「二人とも今日はこの屋敷に泊まっていくがいい」
「そこまで世話になるわけには…」
「構わん、儂としても今後の事を少し詰めておきたい…それに貴公等に会わせたい者もいる。細やかではあるが晩餐も供しよう。それまで部屋で寛いでおいてくれ、それではまた。」
そこまで言うと宰相レプトールは席を立ち、シグルド達を後にして来たときと同じ小さな扉に姿を消した。
そして先ほどの執事と女給が二人をそれぞれのゲストルームに案内し
「シアルフィ公子殿下、こちらの部屋でございます。最低限の物は用意させていただきましたが他にご用命はございますか?」
シグルドはシアルフィ城の自室など問題にならない…いやバーハラ宮の王の間ですらも霞むのではないだろうか?今世一等と呼び声高いトラキア山で産出された大理石の中でも選び抜かれたであろう床にヴェルダン、アグストリア産のビャクダン、マホガニーを惜しげもなく使用された家具…こういうものに無頓着なシグルドですらも息を飲むほどに贅を凝らした一室に唖然としならがら、その部屋のテーブルに用意された水、各種酒類、酒肴等々を見て。
(なるほど…手抜かりなどないという自信の裏返しか)
「いや結構だ。公に御配慮感謝すると」
「は、間違いなくお伝えいたします。それでは御用の際はお手数ですがそちらの呼び鈴で…では」
目礼したかと思うと扉を閉じる音が聞こえるか消えないかという執事は部屋からいなくなっていた。
そして執事と入れ替わりで足音を立て、扉も盛大に鳴らす品性などどこかに置き忘れた来訪者が。
「シグルドく~ん、遊びましょう!って、うお!何だこの部屋!」
「ああ…フリージ家経済力の一端を垣間見たよ」
「おい!この燭台、プラチナだぞ…意味あるのか?燭台なんて蝋燭挿せて安定感さえあれば何でもいいだろうに」
古来より金銀宝珠を好むと言われている竜族とも思えないスクルドの言葉に、思わず笑いが込み上げそうになるのをぐっとこらえてシグルドは彼女の疑問に答える
「確かに用途に大きく影響を与える要素ではないし、貴族の見栄っ張りなんて言われてしまえばそれまでなんだが、それでもこういった物を作るのは、招かれた客に対する歓迎の度合いを表すなんて言われてるんだ、シアルフィ家にも金の燭台を置いているだろ?まあ市井の民から徴税された金でこんなものを作ってるんだから我々は詰られても文句は言えないな」
「べ、別にお前を責めているわけではない…いや、その悪かったよ。」
バツの悪そうな顔で頬をかくスクルドに悪い事をしたと思い、シグルドは話題を変えようと方々に目を向けると、トールハンマーで焼け焦げた彼女のドレスが新調されていることに気付く。
その視線にスクルドも意図を理解していたのであろう、表情が満面の笑みへとコロリと変わったかと思うと、ドレスのスカートをつまみシグルドに問う
「どうだ似合っているか?」
「ああ綺麗だよく似合っている…色はブルーとシルバーだな」
「そうだ、シアルフィの青とフリージの銀。こんなベタベタなやり方をするとはな…女給に着せてもらう時笑ってしまうかと思ったぞ」
シグルドにとってあの老獪な老人が怨敵シアルフィ家、ましてや前回の世界では謀反人の烙印を押した張本人が自分を下にも置かないといった風に遇するのは薄気味悪いものを感じたが、それでもトラキア半島問題へ共にあたるビジネスパートナーが礼を尽くしているのを無碍にするわけにもいかない。
「会わせたい人間がいると言っていたな。やれやれ今夜の食事は味がしそうにもない」
「これから世界を救おうかという者が何を小心な。まあ喉を通らぬというなら私が頂こう。それはそうとここにある酒は飲んでもいいのか?酒肴は?」
シグルドの返事を待たず、グラスにワインを注ぎだすスクルドに青の貴公子は諦めたように告げる。
「好きにしてくれ。我ら両国融和のドレスを赤ワインや食べかすで汚すなよ…」
◇
「シグルド公子、お久しぶりですっ☆あら、そちらのお綺麗なご婦人は?」
「なんだ、はしたないティルテュ…失礼した公子、スクルド殿。これは私の長女でな。お二方に改めてご挨拶をしなさい」
「分かってるわよお父様、うるさいなあ!私はフリージ家の長女ティルテュ=フォン=フリージ、14歳。よろしくね」
荘厳な雰囲気すら感じられる会食の間には不釣り合いなほど、明るく幼くあっけらかんとした声が響きわたり、それにシグルド達も言葉を奪われる。
宮廷内の謀略を常に征してきた鋼の心の持ち主であるレプトールも娘の挨拶には度肝を抜かれたのか、本当に彼にしては珍しく冷や汗をかきつつ平身低頭でシグルド達に弁解を始めた。
「いやこれは…シグルド公子、失礼した。遅くに出来た子という事もあってどうにもこうにもわがままでな。一つご容赦願いたい」
「いやいや閣下、頭をお上げください。頭を上げて頂けなければ我々も困ってしまいます。そ、そうだす、スクルド!公女に御挨拶を!」
「こ、こここれは失念していました!ティルテュ公女、ご丁寧なご紹介を頂いていたのにご無礼をお許しください!」
「うん、いいよー」
レプトールに頭まで下げられ、どうしていいものやらと動転している頭を振り絞ってスクルドに救いを求める。フリージ親子の態度に同じく混乱していたスクルドは自身が真っ先に挨拶しなければならない事を思い出し、慌ててティルテュに謝罪を済ますと、優雅な振る舞いでスカートの両裾をつまみ一礼と紋きり型の文句を口にする。
「ありがたき幸せ。私はシアルフィ公家、主シグルドの待中にして副官を務めております、スクルドと申します。公女殿下とお会いでき光栄の限りであります。」
「こちらこそよろしくね!」
なんとか挨拶が終わると卓上には食前酒が運ばれてくる。
そしてシグルドは気を取り直し、レプトールへ気になっていたことを尋ねる。
「閣下、私に会わせたいとおっしゃっていたのはご息女の事でしょうか?」
「ああ、そのつもりだったのだが本当に申し訳なかった、貴公等に気を遣わす羽目になってしまって」
「いえいえ、しかしもう半年前でしょうか?以前お会いしたときよりも一層、まるで宝珠のようにお美しくなりましたね。ティルテュ公女は」
「ほう美しくなったかね…」
「それはもう」
「レプトール卿、我が主シグルドはご存じのようにその手の世辞は苦手でして、そのままの意味でお受け取りください」
スクルドの言うようにこれは社交辞令などではなく。
前の世界では戦乱によってそれどころではなくなってしまったが平和な時代であれば、フリージの家格を抜きにしても彼女にはさぞ多くの求婚者が募ったに違いないであろう。
彼女の軍事的才覚は惜しいが、それでもこの世界の彼女には今度は女性としての幸せも味わってほしいシグルドは心底そう願い食前酒を口に含んで
「ならばシグルド殿、貴殿の嫁にしては貰えないだろうか?」
盛大に吹いた。
ヴェルダン軍侵攻まであと三年