こちら艦娘広報室   作:たこ輔

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C98 にて頒布予定だった青葉の短編集の一つ
青葉と片腕のない司令官さんの甘い日常です
デートの帰り道、静かな夜でイチャイチャしているだけの話です


ノンシュガーが欲しくなる青葉のスウィート・ショート・ストーリー:月が見ているスペシャリティ

 まばらに並べられた街灯が照らす夜道、青葉と司令官さんは並んで歩きます。

 向かう先は司令官さんのお家。もう何度も通っているはずですが、ドキドキがさっきから収まりません。

 

 改めて意識すると、恥ずかしさと緊張がこみ上げてきてしまいます。足取りもなんだかぎこちなく、度々つま先を地面にぶつけてよろめきそうに。

 

「こうやって並んで歩けるのは嬉しいね。隣に青葉がいてくれることが本当に幸せだなって思うよ」

 

「そう……ですね。青葉も、です」

 

 おかげで先ほどから司令官さんに話しかけられても、返す言葉が少なくなってしまいます。顔もまともに見れず、ずっと前方を直視。しかも司令官さんが構わず恥ずかしい言葉を嬉しそうな表情で投げてくるからなおさらです。

 

「夜になるとこの道もだいぶん雰囲気が変わってくるね」

 

「……そうなんですか?」

 

「うん、静けさがより強調されてるよ。普段は気づかないけど、今日は青葉と一緒だからかな? 新しい発見があって楽しいよ」

 

 ほらまたそういうことを言います! 青葉の頬が赤くなっちゃうじゃないですか。今が夜で本当によかったと思います。だってこの暗やみならすぐにはわからないでしょうから。

 

 それにしても司令官さんの言葉通り、何度も通った、知っている道のはずですが、普段と違って感じるのは夜が見せる表情なのか、この感情のせいなのか。たぶん両方でしょう。

 

 混ざり合って青葉に変な期待を抱かせてしまいます。

それによってさらに高鳴る心。静かな夜道と合わさって。鼓動が司令官さんまで届いてしまいそう。

 

 青葉が曖昧な返事をしないせいで、次第に司令官さんの口数も少なくなってきて……。お互い黙ったまま歩きます。ただ静かに響く二人の足音。

 

 うぅ……なんだか落ち着きません。

 沈黙に耐えられない青葉。なにか話題はないかと必死にあたりをキョロキョロ。右を見て、左を見て。だけどあるのは暗闇とちょっとの明かりだけ。これで話を広げられるほど青葉の心は冷静じゃありません。

 

 きっと気を使ってくれているであろう、司令官さんの優しい微笑みに堪えかねて、青葉は逸らすように、なにより辺りを見回していたことを誤魔化すように空を見上げます。すると目に入ったのは優しい三日月。暖かな微笑みを浮かべています。

 

 ぼんやりとした光の輪郭が、曖昧になった夜空との境界線があまりに幻想的で、青葉はポツリと言葉を漏らしました。

 

「月が……きれいですね」

 

 本当に何気ない、それ以上の意味なんて込めていない一言。だけども司令官さんはおや? と嬉しそうな笑みを浮かべてきます。

 

なんでしょう? 意味が分からず首をかしげました。だけどちょっぴり心を身構えます。だってこういう時は大抵……。

 

「それって、愛の告白かな?」

 

「な……!?」

 

 予感していたとはいえ、不意打ちの恥ずかしい一言に青葉は大きく目を見開きます。ついでに顔がとても熱い。

 言われて気づきましたが、青葉の言った言葉ってたしか、どこかの文豪が愛の告白として使った言葉らしいじゃないですか!

 

 ということは、青葉は意図せずして司令官さんに愛の告白を……!

 

「えっと、その……。それは……」

 

 噴水のように湧きだす恥ずかしさ。ワタワタと弁明しようとしますが口が上手く回りません。いえ、決して愛の告白と捉えられたのが嫌なわけではないのですが……。それでも恥ずかしいことには変わらないです。

 

 頬の熱さが限界を超えて、夜闇に赤く光ってしまいそう。そんな青葉の反応を見て、司令官さんはケラケラ笑っています。司令官さんのイジワル!

 

 ついでにこの原因を作った三日月もイジワルです。と八つ当たり。優しいと思っていた表情は、今ではどこかイジワルに見えます。

 散々笑われて、青葉は不機嫌に頬を膨らませました。

 

「ごめんごめん」

 

 司令官さんは謝ってきますが、表情が笑ったまま。青葉はプイっとそっぽを向きます。

 ちょっと困ったような司令官さんの表所を横目でチラリ。彼は一度夜空を見上げて……それからうん、と頷きました。

 

「本当にゴメンって。……だけど、うん。本当に月が綺麗だね」

 

「司令官さん……」

 

 優しい声音。それまでのからかうような言葉ではなく、本当に、心からの言葉。

 

「この月を眺めながら青葉と夜の散歩ができるのが……本当に幸せだよ」

 

 それはきっと、紛れもない愛の告白だったと思います。青葉と同じ言葉を使って。だけど青葉と違って誤魔化さず。

 

「特別なことは何もないけれど、ただこうして一緒に歩いていることがボクは、たまらなく嬉しいんだ」

 

 それでもちょっと恥ずかしそうに頬を赤らめる司令官さん。この暗やみでもそれがハッキリとわかるくらいに。青葉は彼の顔を無意識のうちに見つめていたようです。

 

 自分の言葉に恥ずかしがる司令官さんに青葉はクスっと笑みをこぼします。なんだか、それまで青葉が必死に恥ずかしさを隠そうとしていたことが、バカらしくなってしまいました。スッと心に溜まっていた力が抜けて、柔らかくなっていくのを感じます。

 

 だからこそ今度は、自然に浮かんだ微笑みと一緒に……。

 

「青葉も、こうして司令官さんと一緒に歩いているの、幸せです」

 

 特別なことは何もない夜道。だけどこうして好きな人と一緒に歩いているだけで青葉もとっても幸福です。

 

「それに気づいたんですよ。この誰もいない夜道だったらこんなことだって平気でできちゃいます」

 

 そう口にして、青葉は司令官の腕に抱き着きました。触れ合う肩。司令官さんの温かさが伝わってきます。

 我ながら大胆なことをしているという自覚はありました。顔だってちょっぴり熱いです。だけどそれ以上に……幸せ。高鳴る心臓のリズムだって心地いい。

 

 こんなにも嬉しいことばかりですがひとつだけ、残念なことがありました。

 

「……歩きにくいですね」

 

 ピッタリくっつけ合った身体。タイミングを合わせて歩かないとよろけてしまいます。まるでちょっとした二人三脚です。

 

「いいんじゃないかな。ちょっと歩きにくい方が、長く一緒に歩けるから」

 

 だけど司令官さんは嬉しそう。優しく青葉の頭を撫でました。

 ちょっとゴツゴツした男の人の手。撫でられる心地よさに青葉は思わず目を細めてしまいます。

 

「それもそうですね。だけど……司令官さんのお家に着いたら、もっと近くにいれるのかなって考えちゃうと、気持ちがはやっちゃいます」

 

 自分でもビックリするくらい大胆な発言。きっと、イジワルな三日月がかけてくれた優しい魔法。この夜道が青葉に勇気をくれたんだと思います。

 まさかそんなことを言われるとはと言わんばかりに、司令官さんが目をパチクリ。驚いた表情を見せます。それからちょっぴり照れくさそうに頭をかきました。

 

 珍しい司令官さんの表情に、青葉はニッコリ。芽生えたイタズラ心が楽しくなってしまいます。

 調子にのって青葉は言葉を続けます。

 

「司令官さんは特別なことは何もないって言っていましたが、それなら青葉たちで特別を見つけてみてはどうですか?」

 

「どういうこと?」

 

 司令官さんは不思議そうに首をかしげました。そんな彼に、青葉はニヒヒと企むような笑みを浮かべます。実は何も考えていなくて、勢いだけ。だけど口にしてみて、案外それが正解な気がしました。

 

「ほら、こうやってくっついて歩けるのも、誰もいないっていう特別があるからじゃないですか」

 

 身体をさらに密着させます。

 

「ちょ……青葉!?」

 

 青葉の行動にたじたじになる司令官さん。恥ずかしそうに口元を押さえていました。司令官さんの驚いたり恥ずかしがったりする様子が見たかった青葉の狙い通り。ご満悦です。

 

 こんなことをしている青葉自身、ドキドキしていますが同時にワクワクもしている、心の動き。

 そんな勢いのままにペラペラと口を動かします。

 

「だから、いつもは人目が気になることも、この特別なら好きなだけできちゃいますよ」

 

「なるほど、それもそうだね」

 

 すると不意に司令官さんが足を止めました。つられて青葉も。

 どうしたのでしょうと不思議に思っていると、突然司令官さんが真正面から青葉に抱き着いてきました。これには青葉もビックリ。

 

「えっ!?」

 

 思わず声を上げてしまいます。い、いくらなんでもこれは大胆過ぎませんか? 誰もいないとはいえ、往来でのハグ。青葉は青葉の頭は一瞬にして沸騰してしまいます。

 

「し、司令官さん……!?」

 

 ワタワタと腕を動かしても、司令官さんは放してくれません。それどころかギュッと密着して……。

 耳にかかる司令官さんの吐息。背筋を駆けあがってくるゾクゾクとした感覚。

 そして青葉の耳元で、司令官さんは息を吐くようなささやきを。

 

「それなら……この特別な夜を、好きにしようかな?」

 

「ぴゃっ!」

 

 思わず変な声が出てしまいました。見れば、今度は司令官さんがしてやったりと言わんばかりの表情。どうやら仕返しされてしまったみたいです。

 

「もぉ~、司令官さん!」

 

 頬を膨らませて抗議しますが、青葉の表情は自然とほころんでしまいます。だってこのやり取りがすっごく幸せだから。

 司令官さんも笑って。二人の笑い声が夜空に溶けていきます。

 青葉に特別は、まだちょっぴり刺激が強かったようです。何より……

 

「誰も見ていないなんて、嘘でしたね。ずっと、月に見られていました」

 

 イジワルな笑みを浮かべる三日月。青葉はベーッと舌を出して不機嫌を見せます。我ながら子供っぽい仕返しだと思いましたが、この三日月にはそれでちょうどいいんです。

 そんな様子を司令官さんにニコニコと見られているのはちょっと恥ずかしかったですが。

 

「……うん、やっぱり青葉と一緒だと新しい発見があるね」

 

「何か見つけたんですか?」

 

 満足そうに頷く司令官さん。彼の視線の先を青葉も見てみますが、何もありません。暗闇と道が広がっているだけです。

 言葉の意味が分からずに首をかしげていると、不意に司令官さんが青葉の手を握りました。先ほどまでと比べれば、全然たいしたことのない密着。だけども青葉の心は確かに、今まで以上にドキドキしていました。

 

 どんな反応をしたらいいのかわからず、硬直。司令官さんは構わず優しい笑みを浮かべてきます。

 

「こうして一緒にいれることが何より、特別なんだなって」

 

「きょーしゅくです……」

 

 その言葉に、青葉の頭からは湯気が沸きだしてしまいました。夜空に溶けていく白。司令官さんの顔が見れず、うつむいてしまいます。

 司令官さんはズルいです。青葉だって気づいちゃったじゃないですか。

 

「月が……きれいですね」

 

 青葉はもう一度口にします。愛の告白と同じ言葉を。だけど今度は誤魔化しません。続けざま、息を吐きだしながら言葉を紡ぎます。

 

「こんなにも月がきれいなのはきっと、司令官さんがそばにいてくれる特別が、あるからだと思います」

 

 三日月のイジワルな笑みはいつの間にか消えていました。今はただ、優しい微笑みを浮かべています。

 

「そう言ってもらえるのなら、嬉しいな。幸せ者だよ」

 

「ふふ……青葉も、です」

 

 司令官さんは三日月と同じ表情。青葉もきっと、同じ顔をしているような気がします。

 重ね合った手から伝わる温もり。

 月に見守られながら、二人並んで歩きました。

                                   終

 


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