青葉と片腕のない司令官さんの甘い日常です
お家でのんびりお茶デートをする話です
「おじゃましま~す」
小声で青葉は中に入ります。足音を立てないようにこっそりと。そんな様子を見て、扉を開けている司令官さんは苦笑を浮かべます。
「もっと堂々と入ればいいのに……」
「そこはほら、その方がちょっとドキドキして楽しいじゃないですか。雰囲気ですよ」
「よくわからないけど……、まあ、入ってよ」
困惑を浮かべながらも、司令官さんはパチリと壁のスイッチを入れます。一瞬にして暗かった廊下に明かりが。急なまぶしさに目を細めましたが、すぐになれました。
ここは司令官さんのお家であるアパートの一室。お誘いを受けて青葉はやってきました。何度もお邪魔していますが、こうして夜に来ると普段とは違ったドキドキが。思わず入り口のそばに置かれた鏡を見てしまいます。どこか、変なところはないでしょうか。
そんな今更なことをしながら、青葉は靴を脱ぎます。
「お茶、淹れるよ。適当に座って待ってて」
そう言って司令官さんは一足先に部屋の奥へ。青葉も続いて入ります。リビングとキッチンが一緒になった部屋。司令官さんがコポコポとお湯を沸かしていました。
「……? これは?」
ソファーに座ろうとしましたが、ふと、部屋の真ん中に置かれたテーブルの上、小さな包みが目に入り足を止めました。可愛い空色のラッピングがされた手のひらサイズの小包。
なんだろうと青葉が首を傾げていると、司令官さんキッチンから声を投げかけてきました。
「ああ、それね。プレゼントだよ」
「プレゼント?」
思わず聞き返してしまいます。まさかの予想していなかった単語に、青葉は目をパチクリ。これを、青葉にですか?
テーブルの上のプレゼントと司令官さんを交互に見ます。司令官さんはニッコリ笑っていました。
「プレゼントをもらうようなこと、何かありましたっけ?」
思い返してみても、心当たりがありません。今日はただの平日だったはず。青葉の忘れている何かありましたかと、司令官さんに問いかける視線を向けました。
すると司令官さんは柔らかい微笑み。あっけらかんとした口調で答えました。
「ないよ。ボクの気まぐれだからね」
なるほど、それは青葉が知らないはずです。なんたってこれはサプライズだったのですから。とてもステキな、驚きです。
「司令官さん、ありがとうございます」
青葉は穏やかな微笑みを浮かべます。だけど内心ドキドキ。だってこんな不意打ちはズルいです。心が温かくなっちゃうじゃないですか。
「開けてみてもいいですか?」
青葉の質問に司令官さんは頷きました。それとほぼ同じくらいのタイミング、包みを手に取ります。軽くて、くしゃりとビニールが擦れる音。中身は何だろうとワクワクします。
ラッピングを止めているテープをはがし、包みをほどいていきます。そして中から出てきたのは……
「クッキー、ですか?」
「うん、この前たまたま見つけてね。なんだか良さそうだったから買ってみたんだ」
曖昧な購入理由を口にしながら、司令官さんがやってきます。手には湯気の立つカップを持って。
司令官さんからのプレゼントは、小さなクッキーでした。透明なビニールに入れられて、口をリボンで巻かれた可愛いお菓子。
生地にドライフラワーが混ぜ込まれているようで、散りばめられた花びらが綺麗です。なるほど、司令官さんがなんだか良さそうと思ったのも納得。
ドライフラワーのクッキーなんて珍しくて、気になっちゃいます。なんだか良さそう。
「司令官さん、一緒に食べましょう」
このクッキーがどんなものかワクワクな青葉は、そわそわと司令官さんを催促。司令官さんは苦笑を浮かべながら、手に持ったカップを差し出しました。まるで落ち着きのない子供に向けるような表情だと思いましたが、今の青葉はそんなことを気にしません。
「もちろんいいよ。そのためにお茶を淹れたんだから。だけど、ボクは甘いもの苦手だから、青葉一人で食べるといいよ」
「そうでした。……残念」
明確にしょんぼりを見せながらカップを受け取ります。そうでした、司令官さんは甘いものが苦手なんですよね。だからこのクッキーの包みも、小さいのでしょう。青葉が一人で食べきれるように。
「それなら、司令官さんが食べれないことを悔しいと思うくらいに、青葉がクッキーを堪能しちゃいますからね」
「それは嬉しいな。それならせめて、ボクはその様子をそばで見させてもらうよ」
気を取り直して、青葉は精いっぱい元気に振舞います。司令官さんとクッキーを食べれないのは残念ではありますが、たぶん一番残念なのは司令官さん自身。青葉がいつまでもしょんぼりしていてはいけません。
せっかく司令官さんのお家にいるんですから、湿っぽい気持ちはもうおしまいです。
青葉はソファーに腰かけると、カップに口を付けます。
「アチチ……!」
唇に触れたお茶はまだ熱く、火傷してしまいそう。口に入れることができません。先にクッキーの方をいただくことにしました。
リボンをほどいてガサゴソと、クッキーを一枚袋から取り出します。柴犬みたいな色の生地の中にポツポツとドライフラワーの鮮やかさ。バターのまろやかな香りはしますが、花の香りはそこまで……。想像と違っていてちょっとがっかり。
だけど大事なのは味ですと、気を取り直してパクっと一口。すると次の瞬間青葉は目を大きく見開きました。
「ん……!」
「どうしたの? あんまりおいしくなかった?」
青葉の反応を見て、隣に座る司令官さんが青葉の顔を覗き込みながら、首をかしげます。
モグモグと口を動かして……ゴクン。飲み込みます。そして、
「司令官さん、すごいですよ! 香りがぱぁって広がりました」
興奮が抑えきれない青葉は司令官さんに詰め寄ります。司令官さんは動じることなくズズズっと自分のカップに口をつけていました。
青葉は構わず言葉を続けます。
「口の中に入れてクッキーがホロホロと崩れていくと、中のドライフラワーからいい香りが広がってきて口の中をいっぱいにするんです。それにすごく甘くて美味しいんですけど、この甘さってたぶん、花の香からくる甘さなんですよね。砂糖みたいな甘さは全然ありませんでしたよ!」
青葉渾身の食レポ。司令官さんが興味深そうに聞いてくれます。そうなんです。このクッキー、食べた瞬間に様々な花の香りがフワッと舞い上がって口の中を満たします。そしてそれが甘さとなって幸せな感情を湧き立たせてきました。そんな、すごくステキで楽しいお菓子です。
「気に入ってくれたならよかったよ。そういえばそのクッキー、お茶と一緒だともっとおいしいっておススメされたよ」
嬉しそうに微笑む司令官さん。こっちまで嬉しい気持ちになってきます。そして青葉は司令官さんの言う通り、クッキーをもう一枚。そしてその後にお茶を飲みました。程よくぬるくなっていたので、もう火傷しそうになることはありません。
「んんっ……!」
青葉はもう一度大きく目を見開きました。香りのつぼみがまるで花開くよう。口の中にお花畑が広がるような感覚。甘さもよりハッキリと感じることができました。だけど同時に、優しい甘さで、甘いのに甘くないと感じる味覚の不思議。もしかしたらこれは……
青葉は一つのことを思いつきます。
「もひふぁひへ、ひれいはんはんもふぁへれるふぁもひれまへんへ」
もしかして、司令官さんも食べれるかもしれませんね。そう言おうとしましたが、口の中に残ったクッキーで何を言っているかわからなくなってしまいました。
慌ててお茶で流し込みます。お腹の奥まで甘い香りが広がりそう、なんて思いました。
そんな青葉の様子を見ていた司令官さんがクスクス笑いを漏らします。
「そうなんだね。だけどボクは大丈夫だよ」
なおも遠慮する司令官さん。まあ、そうですよね。苦手なものを出されて平気だって言われても、警戒はしてしまうのは当然のこと。
ただ、青葉の中のもしかしてが、青葉をわがままにしてしまうのです。司令官さんに同じものを食べてほしい。司令官さんにも香りが咲く感覚を味わってみてほしい。絶対楽しいですから。
それはただのエゴかもしれませんが、それでも青葉は……。
「司令官さん、どうしてもダメですか?」
「その顔はズルいよ……」
困ったと言わんばかりの表情を浮かべる司令官さん。青葉は上目遣いでお願いします。
うーんと司令官さんは唸って、視線をクッキーと青葉、交互に向けます。そして最後に、自分の持っているカップを見た後、
「わかった。一つもらえるかな?」
根負けしたと、司令官さんは人差し指を立てます。青葉が袋の口を向けると、そこから一枚、クッキーを取り出しました。
クッキーをしばらくじっと見つめる司令官さん。ホントに甘いものが苦手だということが伝わってきます。そんな彼にかなり強引に進めてしまい、青葉は少なからず罪悪感。こんな形、よくないですよね。
「ごめんなさい、やっぱり――」
言いかけたところで、司令官さんは目をつむり、パクリと一口でクッキーを口の中へ。少し口を動かし、そのままカップに口をつけて流し込もうとして……止まりました。
「どうしましたか……?」
おそるおそる、尋ねます。司令官さんは吟味しているかのように口をゆっくりと動かしていました。
それから喉仏が上下に動きます。飲み込んだようです。そして目をパチクリ。信じられないものを見るかのような表情で、青葉の持つ残りのクッキーに視線を向けました。
「本当だ、食べれる」
思わず言葉を落としてしまったかのような。そんな雰囲気の口調。司令官さんは口元に手を当てて考えるような仕草。ポツリ、ポツリと呟くように言葉を零します。
「すごい……。確かに甘くないね。だけど香りが凄く甘いんだ。それでこんなに甘いって錯覚するんだ。これは……すごい驚きだよ」
すごいという単語を何度も口にするくらい、司令官さんにとって衝撃だったようです。
「ごめん、もう一枚……いいかな?」
申し訳なさそうに人差し指を立てる司令官さん。青葉はニッコリ、笑顔になります。
「はい。一枚と言わず、好きなだけどうぞ」
クッキーの袋を差し出しました。甘いものが苦手な司令官さんがもっと欲しいと言ってくれた。その言葉が何より嬉しいのです。エゴを、押し通してよかった。
司令官さんがクッキーを一枚取り出します。青葉も、もう一枚。
二人一緒に食べる、同じもの。
「いいサプライズを、やり返されたよ」
「えへへ、そうです。司令官さんにやられてばっかは青葉、嫌ですからね」
楽しそうに、穏やかな微笑みを浮かべる司令官さんに、青葉も笑顔になります。
夜のお茶会って、こんなにいいものだったんですね。これも青葉にとってはサプライズです。
ステキな……温かな時間。ずっと続けばいいのにと思ってしまうほどの幸せ。
だけどもそんな時間はクッキーの終わりと共に終了してしまいます。
「……無くなっちゃいましたね」
もともと一人分で数もなかったため、二人で分け合えばすぐに無くなってしまいます。袋の中は細かい欠片が残っているだけ。
「こんなことなら、もっと買っておけばよかったよ」
司令官さんは苦笑を浮かべます。口が寂しいようで、何度もカップに口をつけていました。
青葉も、もう少し欲しかったなという感情はあります。だけどそこはグッと我慢。だって……
「それは困ります。そんなことされたら青葉は全部食べたくなっちゃうじゃないですか。そうなったら太っちゃいますよ」
「あはは、それは大変だ。なら、このくらいでよかったのかもね」
笑う司令官さんにちょっぴりムッと。だけどそれには同意でした。指に着いたクッキーの粉を舌先で舐めながら。
「そうですね。その代わり、また買いましょう。今度は一緒に。一人で行っちゃゃだめですよ?」
「わかったよ。サプライズも、ほどほどにしておく」
そう口にした次の瞬間、司令官さんは何の前触れもなく青葉の指を加えました。ヌラリと、指に温かな舌の感触。指に着いたクッキーの粉を舐めとります。
あまりに突然なこと、青葉は何が起こったのかわからずその様子をただ眺めて……。
ようやく事態を認識したと同時、青葉の頭は一瞬にして沸騰。抵抗することもできず、あわあわとその様子に戸惑うだけ。
それと同時にこの指を舐めれるという感触。意識してしまって沸き上がる恥ずかしさ。なんだかイケナイことをしているようで落ち着かないです。そういえばこれ、間接キスじゃないですか!?
もう、いっぺんに事が起こりすぎて青葉の頭はショートしてしまいそう。
なされるがままにされる青葉。しばらくしてようやく指から口が離れましたが、ヌラッとした感触がまだ指に残っています。
「うん、おいしいね」
「司令官さん! そんなサプライズ禁止です!」
満足そうな司令官さん、青葉は叫びました。
だけどその一方でこんなにも穏やかな気持ちになれる驚きが凄く尊くて、幸せなもので、自然と笑みが浮かんでしまいます。
だから……どこかでそんなサプライズを心待ちにしていて、そわそわとしてしまう青葉もいました。
同時に、そんなサプライズを司令官さんにできたらなとも考えながら、カップに口をつけてお茶を飲みます。
「どうしたの?」
青葉の企みを察したのかもしれませんね。司令官さんが顔を覗いてきます。だけど青葉は何でもないですと誤魔化しを。だって、口にしてしまったら驚かせれませんから。
終