青葉と片腕のない司令官さんの甘い日常です。
短編集の内容はこれにて終了。ですが彼女たちの日々はまだ続いていきます
青葉が起きたのは、朝よりは遅いけれど、お昼には早い時間。窓から差し込む日差しで目を覚まします。
「ん……、ん~」
ベッドからもぞもぞはい出て、それから大きく伸び。まだ眠気が残る脳みそを起こしました。硬くなっていた全身がほぐれるような感覚が気持ちいい。
「おはよう、青葉」
隣にはすでに起きていた司令官さん。優しい微笑みを浮かべます。外のおひさまにも負けないぐらいの温かさ。ポカポカと陽だまりにいるような気持ちになってしまいます。
「はい、おはようございます」
青葉もふやけた笑みで返します。確認してみたら、口元にはよだれの跡。髪もぼさぼさでがだらしない表情。
だけど司令官さんは愛しそうな表情を浮かべてくれています。ゆっくりと撫でるよう手ぐしで、青葉の髪をとかしてくれました。
「えへへ……」
こんなやり取りがとても幸せで、青葉の表情はいつまでもにやけっぱなし。気の抜けた笑いがこぼれてしまいます。
いつまでもこんな時間が続けばいいのになと思えるほどの、温もりのなか浸っていました。
だけどそういうわけにはいきません。なんせ、起きたらやりたいと思っていたことがあるのです。昨日の夜から離していた、青葉が司令官さんとしたいこと。
「司令官さん、朝ご飯を食べましょう。ちょっと遅くなってしまいましたけど、司令官さんと起きたらしたかったこと、その一です」
普段、寝起きはぼんやり気味の青葉ですが、司令官さんがいるからでしょう、いつもよりテンションが高いです。声がハッキリと出せます。
青葉のリクエストに司令官さんは楽しそうに頷きました。その言葉を待っていたと言わんばかりの微笑み。
「うん、いいね。ボクもお腹が空いているから朝ご飯……今はブランチかな? にしよう」
「ブランチ!? ステキな響きです」
意味は知っています。だけど普段使わない単語に大はしゃぎな青葉。
こんな感じかなと呟く司令官さんはベッドから立ち上がりました。青葉が自分の髪に触れると、すっかり寝ぐせは直っています。
まだ頭に残っている司令官さんの手の感触と温かさ。思わずはにかみを浮かべます。
「司令官さん、ありがとうございます。司令官さんの寝ぐせも、後で青葉が直してあげますね」
「おや、ボクにもあったんだね。それじゃあ、お願いしようかな」
自分の髪を触りながら確認する司令官さん。こんなやり取りができるなんて夢のようです。だけどこれは現実。頬をつねって確認します。
痛いです。痛いですけど、これが幸せです。
「ああほら、そんなことしなくても。ボクはちゃんとここにいるよ」
自分の頬をつねる青葉を見て、司令官さんは苦笑を浮かべ、そして青葉の手を握ります。
これだけで、青葉はお腹いっぱいになってしまうような幸福感。
だけどやっぱり幸福感で満腹にはなりません。グゥとお腹が鳴りました。
笑い出す司令官さん。恥ずかしくて青葉は顔を真っ赤にしてうつむきます。もう、なんでこんなにタイミングが悪いんですか。
自分のお腹に文句を抱いていると、司令官さんは微笑みながら言葉を口にします。
「青葉のお腹も待ちきれないみたいだし、ご飯にしよう」
「もう、そんな言い方しないでくださいよ。イジワル」
むくれる青葉をクスクスと笑いながら、寝室を出て隣のリビングとキッチンの併設された部屋へ行く司令官さん。青葉も機嫌を直してついていきます。
司令官さんが冷蔵庫を開けて……ふと、動きが止まりました。どうしたのでしょうと後ろから覗いてみると……あぁ。納得です。
司令官さんは申し訳なさそうな表情で振り向いて、
「ごめん、簡単な物しかないけど……いいかな?」
冷蔵庫の中には本当に簡素な物しかありませんでした。卵とちょっとのお野菜。ここにあるもので何が作れるのか。青葉はさっぱり思いつかないほど。
だけど青葉は全然ガッカリとは思いませんでした。だって……
「あはは、それじゃあ後で一緒にお買い物に行きましょう」
一緒にしたいことがもう一つ、増えたのですから。
笑顔を浮かべる青葉に、司令官さんは微笑み返してくれました。
「さっそく何か作るから、ちょっと待ってて」
冷蔵庫から材料を取り出しながら司令官さん。青葉も何かしたいなと思い、棚に置かれたコーヒーミルが目に入ります。そういえば司令官さんはコーヒーが大好きでした。
「それならその間にコーヒー、いれますよ。青葉、上手になったんですから」
青葉はお料理する司令官さんの横で、コーヒーの準備をします。昔はインスタントしか作れなかったですが、練習してドリップコーヒーまで作れるようになりました。
ミルを回して、コーヒーの豆を砕いていきます。ゴリゴリと音を立てて、香ばしい匂いが漂ってきます。ちょっと楽しい。
その隣で司令官さんがカチャカチャ卵を溶いていきます。お湯がぐつぐつ沸騰して。キッチンで奏でられる三重奏。青葉と司令官さんの話声も加えて五重奏。
「何を作るんですか?」
「卵焼きとコンソメスープのつもりだよ。簡単なものでゴメンね」
いやいや、すごいじゃないですか。青葉なんて卵焼きがスクランブルエッグになるんですよ。なにより司令官さんが作ってくれるだけですごく嬉しいんですから。
そんなふうに言葉を交わしながら、お互いの作業を続けます。
すごく……幸せな空間。まるで新婚さんのよう。ふとそんな想像をしてしまうほど穏やかな時間。恥ずかしくてとても口には出せませんが、でも、いつかは夢見た……。
そんな光景に近くて、思わずはにかんでしまいます。
砕き終わったコーヒーの粉をフィルターに入れて、お湯を注いでいきます。コポコポ小さな泡と共に昇ってくる香ばしく苦い匂い。
それと同時に、卵の焼ける音。それだけでおいしそうが伝わってきます。
おいしそうな匂いと音、そして隣の愛しい人。すごく……温かいです。
「……よし、できました」
「こっちもできたよ」
青葉がコーヒーをいれ終えると同時、司令官さんが卵焼きの乗ったお皿をテーブルに。その後カップにコンソメスープを注いでいきました。あっという間においしそうな湯気の立ち込める食卓の完成。
「コーヒー持っていきますね」
カップを二つ手に持ちます。一個は司令官さんの、もう一個は青葉用。
テーブルに置いて、それから青葉のカップにはお砂糖を。一杯、二杯、三杯と。青葉は苦いの苦手ですから。たくさん甘くします。ちょっとのコーヒーも入れてまろやかに。
カフェオレの出来に満足。ウキウキした気持ちで向かい合って座ります。司令官さんの顔を見て、思わず浮かべた微笑み。司令官さんも穏やかな表情で、心地いい温もりを心に抱きました
それから手を合わせていただきます。
「青葉の入れたコーヒーおいしいよ。毎日飲みたいな」
まるでプロポーズのような司令官さんの感想。青葉は恥ずかしくなって、照れを隠すようにカップに口を付けました。
一口飲んだカフェオレは甘く、幸せの味がしました。
終