「おまたせ、青葉」
青葉が雑誌を眺めながら待っていると、妹艦であるガサこと衣笠はそう言ってやってきました。
彼女はそれから青葉の隣に座ります。
土曜日のショッピングモール。フードコートの隅っこにある長机の席。お昼も終わる時間ですがまだまだ多くの人でにぎわいを見せています。
休日ということもあって青葉たちもこのショッピングモールに遊びに来ていました。お互いお店を自由に見て回り、この場所で待ち合わせ。
「おかえり、ガサ。どこ見て回ってたの?」
「そろそろ季節の新作とか出るから、お気に入りのブランドのお店に行ってたの」
「そうなんだ。それで、戦利品はどんな感じ?」
やっぱりガサはおしゃれさんですね。今日の服も青葉と違ってビシッと決まっています。
しかしガサは両手をパーにして青葉に見せてきます。
「御覧のとおり、残念ながらウインドウショッピングで終わったわよ。いつも通りって感じ。青葉は?」
あらら、めぼしいものはなかったんですね。とはいえ、それは青葉も同じだったり。ガサの言葉に、青葉はジュースのストローにいったん口をつけて、それから答えます。
「んー、グルっとお散歩ぐらいかな。特別見たいものもなかったし」
「相変わらずな感じね。ま、行きなれたショッピングモールだしね。目新しさはそんなにないわよね」
苦笑いするガサ。その瞳はどこか退屈そう。ここ最近は本当に何もなかったですからね。その感情は青葉もよくわかります。
ガサはなにか、ま新しいものはないかと視線がキョロキョロ。
そして彼女の目線はテーブルの上、青葉のそばに置いてあるジュースのカップに。
「それ、新しいフレーバー?」
「そうそう、梅シソ味だって」
ちょうどすぐ近くのフルーツジュース屋さんで買った新作。随分と挑戦的な味に青葉は興味を惹かれてしまいました。だけどというか、やっぱりというか、ガサの方は微妙な表情。
「えぇ……美味しいの?」
「あはは……微妙」
困惑した表情のガサに、青葉は苦笑を浮かべて返します。
梅ジュースなんてものがありますから、一見すればそれと同じものを想像するかもしれません。ですがこのお店はフルーツをジューサーで細かく砕いて作っています。感覚的にはスムージーに近いでしょうか?
ですから、一口飲めば梅の酸っぱさとシソの青臭さがドロリとした食感と共に口中に広がります。得も言われぬ感想。食レポする気には到底なれません。
思い浮かべてきっと、青葉は青い顔をしていたのかもしれません。ガサは呆れ半分の表情で苦笑い。
「でしょうね。わかってて選ぶんだから、相変わらず珍しいもの好きよね」
「ワクワクしない? こういう妙に目を引くやつ」
「それでも限度ってものがあるでしょ。相変わらずの好奇心なんだから。それより、何読んでるの?」
青葉の性格を十分にわかっているガサは、それ以上ツッコんではきませんでした。代わりに彼女の興味はテーブルの上にある雑誌に。
彼女を待っている間、青葉が読んでいたものですね。A4サイズに五十ページくらいと薄め。
「ん、『レモンピール』って雑誌』
口にしながら、表紙をガサに見せます。カラフルな写真と、同じくカラフルな短文が添えられた表紙。決して派手ではありませんが、どこか柔らかく温かい、そんな雰囲気を感じさせてくれます。
ですがガサの反応は非常に淡泊なものでした。
「何それ、知らない」
「うん、青葉も」
「え~……」
ガサが何か言いたそうに顔をしかめます。これに関しては彼女が何を思っているのか、簡単に分かりました。なので言葉を続けます。
「なんかね、今回で廃刊だって書いてあったから買ってみた」
「あー……なるほど。また妙に目を惹かれたのね」
「そうそう」
笑顔で頷く青葉。ミーハーなんて言われるかもしれませんけど、ふと見かけた時、今回でおしまいということに、寂しさを覚えてしまったのです。
それと同時に、せめて最後くらいは覚えておいてあげたいな。そんな気持ちを抱きました。
青葉の感情、きっとガサは気づいてくれたのでしょう。もしかしたら彼女も同じ気持ちだったのかもしれません。柔らかく微笑みを浮かべます。
「そっか。それで。どんな内容?」
ガサの質問に青葉はページをパラパラめくりながら答えます。
「うーん。雑貨と、生活に関するコラムっていうのかな? カワイイ小物がたくさん載っていて、それに関する小話というか、生活の知恵というか……うん、説明が難しいよ」
だけど、どうにも言葉が上手くまとまりません。それはこの雑誌が持っている特色のせい。
これは青葉が説明するより、ガサに直接確かめてもらった方がいいかもしれませんね。
「とにかく読んでみればわかるよ」
「えーと……『おやすみなさい、お月様。今日はどんな物語を聞かせてくれるの? ホットミルクを片手に、耳を澄ます』。『蝶の夢をみて、星の鱗粉を夜空に散りばめて。夜空の羽を羽ばたかす』」
青葉から雑誌を受け取って、パラパラと流し読みをするガサ。雑誌に書かれた言葉をところどころで口にして。
あ、この内容はステキな眠りというテーマで、快眠グッズや入眠方法が書かれているページですね。
「なんていうか、結構メルヘンというか、ロマンチックな内容ね」
「うん、独特だよね」
ガサの率直な感想に、青葉は頷きます。
そうなんです、この雑誌はとても詩的な表現をしてきます。レモンピールという雑誌の持つ独自の世界観。実のところ青葉は読んでいくうちにどんどんと惹かれていきました。
とてもいい出会いをしたと思います。今回で廃刊になってしまうのが残念なくらい。
ですが廃刊にならなければ出会うこともなかったということを考えると、何とも運命的です。
そんな青葉の思い。どうやらガサには、そのことも見抜かれていたみたいです。
「そうね。だけど青葉、こういうの好きじゃない? 運命的な感じ、するわね」
「それはそうだけど、なんかちょっとひっかかる言い方……」
「別にバカにしているわけじゃないわよ。単純に、らしいなって思うだけ」
笑って言葉を付け足すガサですが、青葉はなんだかモヤモヤしっぱなし。頬を不機嫌に膨らませます。
それに彼女の口ぶりが妙に引っ掛かりを覚えました。それじゃあなんだかまるで……
「む~……。そういうガサは、こういうの好きじゃないの?」
「嫌いじゃないわよ。だけど、私には合わないって思うから」
「そういうもの? 青葉にはよくわかんない感覚だなぁ」
「そういうものよ。だけどその方が青葉らしくて私は好きよ」
ガサからの不意打ちに青葉は思わず赤面。慌てて言い返します。
「もぉ、恥ずかしいこと言わないでよ」
「あはは、ゴメンってば。だけどうん……いい内容ね」
ガサはもう一度頷き、レモンピールのページをパラパラ。それからふと、声に出します。優しさの浮かぶ、穏やかな表情。
「『月曜日のイチゴジャム。始まりの味はちょっぴり甘酸っぱく、これから起こるドキドキを。火曜日のマーマレード。少しほろ苦い優しさ、頑張れって応援。水曜日のブルーベリー。雨模様、落ち込んだ気持ちを慰めてくれる』」
あ、これは……青葉が一番好きなコラム。雑誌の一番最後に載っている、一週間を彩るトーストとジャム特集。
色とりどりのジャムと、それを入れるビン、パンを焼く時の一工夫が紹介された記事。ガラスの中に入れられたそれはまるで、宝石のよう。
情景を思い浮かべるだけでこんがり焼けたパンの匂いが漂ってきて……笑顔になれる、そんなステキな文章。
「『木曜日のピーナッツバター。優しい温もりでつつんでくれる。もう少しだよ。金曜日のチョコレート。とても甘いご褒美、キラキラ輝く宝物。土曜日はとろけるようなメープルシロップ。もうすぐやってくる、日曜日の香り』」
ガサが一拍。この次に続く一節が、青葉が一番好きな言葉。今か今かと待ちわびて、心がドキドキ、ワクワクします。
まるで日曜日を待っているかのように。
「――『そして日曜日のレモンピール。おひさまいっぱいの匂い、新しいものを見つけに行こうと誘いに来る』」
「それ青葉が一番好きなコラムなんだ。入っているビンも可愛いよね」
ガサが読み終わると同時、青葉は感想を口にします。彼女が読んでいる間、ずっとずっと口にしたかった感情。
レモンピール、雑誌と同じ名前。同時に、締めくくる言葉。あぁ、これを書いた人は、本当にこの雑誌が好きだったんだなということが伝わってきます。それがすっごく温かい。
ホクホクとした気持ちを抱いていると、ガサは小さく笑います。
「何となくそんな気がした。青葉にピッタリだって思ったから」
「え~……それ、どういう意味?」
ガサの言葉、誉め言葉のようにも聞こえますが、青葉的には何か含まれているような気が……。訝しげに顔をしかめます。
するとガサが今度はケラケラと。
「別に悪い意味じゃないよ。ただ、これを見て青葉、お腹空かせたりしたんじゃないの?」
「そ、それは……! そんなことない……よ」
必死に抗議をしますが、実のところ彼女の言うとおり。青葉はこのコラムを読んで、すっごくお腹が空いてしまいました。
だって写真で載っていたトーストが、とても魅力的だったんですから。
「おやおや~」
ガサが何か言いたげな、目を細めてニンマリとした笑みを浮かべます。
「もう、ガサ~」
青葉は頬を膨らませて怒ると、ガサが苦笑を浮かべながら謝ります。もう、イジワルなんだから。
「あはは、ゴメンゴメン。でも本当にいいとは思っているわよ。青葉に……似合ってると思……」
そこまで言いかけて、ガサは言葉をピタリ。それと同時に彼女のお腹からグゥ~という音が。おっと、これは……。
「おやおや、ガサも人のこと言えないんじゃない?」
「……あはは、お腹空いちゃったみたい。青葉のこと言えないわね」
先ほどの仕返しと言わんばかりに、今度は青葉がニンマリと笑みを浮かべます。
恥ずかしそうに頬を赤らめ、小さく笑うガサ。
「それなら何か作ろうよ」
すかさず青葉は提案します。実は先ほどからずっとそんな気持ちでうずうずでした。
一方のガサは意外そうな表情。
「あら、青葉が? 珍しい」
「もぉ、そんなこと言ってると知らないよ」
「ゴメンって。……でも、奇遇ね。私もちょうど作りたいものがあるの」
おや、ガサもなんですね。
そう思うのと同時にふと、小さな予感が浮かびます。もしかして……。
「そうなんだ。ところでそれって……」
「うふふ……」
小さく笑うガサ。青葉の予感が確信に変わりました。やっぱり……。
青葉は表情をほころばせます。
お互い顔を見合わせて、それから一緒のタイミングで口にしました。
『レモンピールのマーマレード!』
「あははっ!」
やっぱり。おんなじことを思っていたことに、青葉は思わず笑ってしまいます。
「私も気にいっちゃった。たまにはいいわね。こういうロマンチック」
ガサも優しい微笑みを浮かべながら、レモンピールの雑誌を差し出しました。それまでのどこか退屈な雰囲気は無くなって、今はすごく楽しそう。
それがとても嬉しくて、青葉は雑誌を受け取りながらロマンチックを口にします。
「うん、日曜日を先取りしちゃおう」
「賛成。さっそく買い物に行きましょう。それと、メープルシロップも一緒に買いましょう。土曜日を置いてけぼりは可哀そうよ」
「あはは、そうだね」
珍しくロマンチックを口にするガサ。ちょっと恥ずかしかったようで顔を赤らめています。
そんな彼女を笑いながら、青葉は席を立ちました。
「ついでに雑貨屋も寄っていい?」
席を立ちながら言葉を付け足すガサに、青葉は頷きます。
「もちろん、レモンピールに似合う、ステキなビンを見つけに行こう」
二人してレモンピールの誘いに乗って、新しいものを見つけに行きます。
ああ、なんだかステキな予感が止まりません。
終