衣笠と青葉のとある街での1日。ちょっと楽しく、ちょっと優しい外伝的お話です
久しぶりに会った姉は、相変わらず元気そうだった。
「あ、ガサ。こっちこっち」
改札の向こう側、一足先に到着していた姉……青葉は手を振りながら元気に私、衣笠を出迎える。
「久しぶり。元気にしてた? 広報室の仕事はどう?」
「もちろん、広報室も毎日楽しいよ。ガサも元気そうで何よりだよ。鎮守府は相変わらず?」
「そうね、変わらずよ」
そんな軽いやり取りを交わす。これだけでも妙な懐かしさを感じ、私の心はくすぐったい。
昔は同じ鎮守府で生活し、毎日顔を合わせていた。だけど今、青葉は広報室で私は鎮守府。別々の場所で勤務をしている。気軽に会うこともかなわず、青葉には口が裂けても言わないが心がモノクロになったように、少し寂しかった。
それでも今回、たまたま夏季休暇が重なったということで一緒に遊びに行こうと私から誘い、今日に至る。
「今日のガサ、決まってるね。記念に一枚」
言うや否や、青葉はカメラでパシャリ。私を撮る相変わらずな行動。だけどもそれが懐かしい。それに、今日は少し気合を入れておしゃれしてきたのだから、それに気づいてもらえた気がして嬉しかった。
「それじゃあ私も、お礼に青葉のことを撮ろっかな。カメラ貸して」
「えぇ、青葉はいいよぉ」
遠慮を見せる青葉。写真を撮るのは好きでも、撮られるのが苦手なのは変わらないみたい。だけど私はそんな青葉の感情を無視して彼女の手からカメラを取る。そしてすかさずパシャリ。
「もぉ、やめてってば」
慌てて顔を隠そうとするが、それがかえって滑稽な写真を作り出していた。言葉では怒っている風を装いながらも、口元は笑っている。そんな姉妹のじゃれ合いが嬉しくて、思わず私も表情をほころばす。
ひとしきり青葉の撮影に満足した私は、彼女にカメラを返した。被写体になるのが恥ずかしかったせいか、青葉は頬がやや赤くなっている。それと一緒に、不機嫌そうに頬を膨らませているのが可愛い。
「撮影料の代わりに、何かおごってもらうからね」
「はいはい。ボーナスも出たからいいわよ」
「ホント? じゃあ青葉、牛さんが食べたいな」
一瞬にして機嫌を直す青葉。なんてゲンキン。
「少しは遠慮を考えなさいよ……」
私は呆れた眼を青葉に向ける。彼女は緩んだ笑みを浮かべた。
訂正、青葉は相変わらず元気ではない。前よりも明るくなっていた。それはきっと、広報室勤務のおかげ。
嬉しくもあると同時に、私の知らない彼女があるという事実。そんなモノクロが、私の心にはあった。
「……ねえガサ。ちゃんと寝れてる?」
唐突な問いかけ。心臓がドキリとする。青葉が先ほど撮った写真をカメラで確認しながらの言葉。
「どうしたの突然。青葉が心配するようなことは何もないって」
やや困惑を浮かべながら私は言葉を返す。メイク、失敗したかなと自分の顔に触れてみる。いや、大丈夫。ショーウインドウに映った顔を見ても血色に違和感はない。
「それならいいけど……」
青葉は何か言いたげ。でも、言葉を飲み込んだ。カメラをしまう。
一方の私はホッと安堵の息を吐く。本当、妙なところで勘がいいんだから。
「ねね、ガサ。早速どこか行こうよ。青葉お腹すいちゃった」
青葉の表情は呑気な微笑みに戻る。その表情にどこか安心して、私ははいはいと肩をすくめた。
「そうね。ちょうどお昼の時間だし、どこか行きましょう」
「わーい、ガサおごりで牛さんだ」
「……それは自分で払いなさいよ。青葉だってボーナス出ているでしょ?」
「あはは……」
笑って誤魔化そうとしても無駄よ。
そんなやり取りをしながら、私たちは駅を出て商店街へと向かう。
「綺麗な街だね。現代的な整った街並みなのに、時々目に入るちょっとレトロな異国の風景がワクワクするよ」
道すがら街の様子をカメラに納めながら青葉は感想をこぼす。石畳の道、真新しいビルに囲まれた、昔ながらのちょっと古びた建物が並ぶ商店街。だけども時々景色に紛れ込む異国の造形。そんなモダンとレトロのコントラストが不思議で、だけども楽しい。
「どうしてこの街にしたの?」
青葉の問いかけ、一緒に遊ぶのにこの街を選んだ理由を知りたいという意図が含まれているのを感じた。
なんでだろう。考えてみれば私もよくわかっていなかったりする。
「うーん。何となく、かな?」
「ガサがそんな曖昧だなんて珍しいね」
意外といわんばかりの表情をする青葉。そんな物珍しいものを見る表情をしなくても。ちょっと失礼だと、ムッとする。
「あ、ごめん。だけどやっぱり珍しい。青葉にとってガサは、なんにでもキチンとしていたから」
私の表情を見て、すぐさま青葉から訂正の言葉。眉をハの字にして申し訳なさげ。
彼女を萎縮させてしまったことにしまったと感じ、私は反射的なものでそんなに気にしていないから大丈夫と告げる。
それから誤魔化すように口を開く。
「まあ、青葉ほど気まぐれじゃないわよね」
「あー、ひどい」
私がからかいの言葉を言うと、今度は青葉がムッとした。その反応が面白くて、私は思わずクスクス笑い。青葉もつられてクスクス。
笑いが落ち着いた後、私はもう一度街を見渡す。いろんな文化が通りこまれたマーブル色の景色。
「そうね、強いて挙げるとしたら……なつかしさ、かしら?」
無意識に、何処か郷愁を含んだ眼差し。私の中で何かが納得できたような感覚。
一方の青葉が首をかしげる。
「ガサってここに住んでいたことあったっけ?」
「ないわよ。生まれも育ちも違う場所。知ってるでしょ? ずっと一緒だったんだから」
「じゃあなんで……?」
「きっと……衣笠という私じゃなくて、船としての衣笠が感じているのかも。私の中にある船の想い出。それがきっとここを選んだんだと思う」
今となっては姿かたちのない私のルーツ。深い海の底で眠ってしまっているそれが、きっと生まれ故郷に帰りたいと願ったのだろう。
今、それが叶えられて心なしか、胸が温かいように感じる。
「ガサ……」
青葉の何か言いたげな表情。
「なんてね。それにここは美味しいスイーツがたくさんあるって聞いたから」
冗談めかしてウインク。こんなロマンチックな話題、私のキャラじゃない。
青葉もそれを察してくれたようで、わざとらしいくらいに喜ぶしぐさ。
「あはは、その情報は青葉にとって耳寄りだね」
「そうね、もちろん私もよ」
「でもその前に牛さんを食べに行こう。ガサのおごりで」
「まだいうか!?」
すかさずツッコミを入れる。まるでコントのようなやり取りに、二人して笑いあった。
お昼は青葉のリクエスト通り、ステーキを食べに行った。私の知っているステーキの価格より、何倍もの値段のする高級なもの。
お肉は確かにおいしかった。口に入れた瞬間ほぐれる柔らかさ。あふれ出る肉汁の旨味と甘み。口内が幸せで満たされた。
付け合わせのお野菜も、野菜ってこんなにおいしいものだったんだと驚かされた。
値段以上の満足感。そして満腹感。ゆえに……
「ちょっと、お腹いっぱい……」
青葉がお腹を押さえている。私もちょっと、内側からの圧迫感が苦しい。二人とも明らかな食べすぎ。
商店街のベンチに座って一休み。一度大きく息を吐く。
「しばらくお肉は見たくない……」
げんなりと青葉が零す。どうせ数時間もすれば、またお肉と言うんだろうなぁと、私は予想。それでもひとまず今は彼女の意見に同感。
「お肉どころか食べ物全般、今はいらないわ……」
甘いものは別腹なんて言うけれど、そんなの迷信だと確信した。今甘いものを食べたら、確実に大惨事になる。
と思ったら……
「え、デザート食べたくないの?」
青葉はまだまだいけるらしい。思わず信じられないと言わんばかりの表情をしてしまう。
「え、ほら甘いものは別腹っていうし……」
私の反応を見て慌てて取り繕う青葉。視線が明後日の方向を向いており、まるで説得力がない。
「それにしたって限度があるわよ」
大きくため息。まさか自分の姉がこんなに大食いだったとは。よく見れば肉付きが良くなったような……?
「このままいくと、そのうち確実に太るわね」
私が率直な感想を述べると、青葉は心外そうな表情。周囲の人目もはばからず、大声。
「そんなことないよ!」
「そうは言うけど、広報室の仕事ってデスクワーク中心なんじゃない? 鎮守府時代と比べて動いてないでしょ。実際今何キロよ?」
「う……」
言葉を詰まらせる。やはり心当たりがあるようだ。へたくそな口笛を吹いて誤魔化そうとしても、それがかえって裏付けになっている。
「こんなんじゃ、いずれ提督に愛想をつかされるわよ?」
私がイジワルを口にすると、途端に青葉が真っ赤になった。
「し、司令官さんは関係ないよ!」
必死に否定しようとしているが、私ははいはいと笑って適当に流す。
彼女の言う司令官……提督とはかつて私たちの上司だった人。今は青葉の勤務する広報室の室長。同時に青葉の想い人でもある。……そして、かつて私の想い人でもあった。
私たちは姉妹そろって同じ人を好きになってしまった。だけど結局、私は彼を諦めた。だって彼が好きなのは青葉の方だったから。何より、私は青葉に幸せになってもらいたかったから。
そうするのが一番いいと判断した結果。
割り切ったつもりではいたけれど、今なお心にモノクロが残っている。
それにしても青葉の様子を見る限り、提督とはまだ友達以上恋人未満な関係のままのよう。ホント、今後も思いやられると肩をすくめた。
「むぅ~、青葉のことはいいんだよ! この前だってちゃんとデートしたんだから」
青葉が不機嫌にむくれてしまった。その反応に私は笑ってしまう。よかった。それでもちゃんと、少しずつ前に進めているようだ。
青葉の方も笑っていて、このじゃれつくようなやり取りが楽しい。
安心を感じると同時に、お腹も落ち着きを取り戻してきた。
「そろそろ行きましょうか」
そう言って私は立ち上がる。青葉も立ち上がるが、私よりも動きが軽やか。
「そうだね。スイーツ食べに行こう」
「それはもう少し後にして……」
元気ハツラツに甘いものを食べに行こうとする青葉に、私は心底嫌そうな顔をした。
私のお願いで、しばらくは腹ごなしに商店街をお散歩。その時代に生きたわけではないのに、懐かしさを覚える。
未だ活気の残るお店の数々。私たちは気になるお店を見つけるたびに立ち寄った。
「あ、これとかおいしそう」
そんな中で、青葉が興味を持つのはやっぱりスイーツのお店。確かにどれもこれもおいしそうだけど、今のお腹には勘弁してほしい。
「はいはい、それは後で」
そのたびに私は青葉をお店の前から引きはがす。まったく、これじゃあどっちが姉だかわからない。
……それ以上に、好奇心旺盛な犬の散歩をしている気分だと思ったが、口にしたらさすがに怒ると思ったので黙っておく。
「こっちのお店とか良さそうじゃない?」
私が興味を惹かれた雑貨屋に青葉を誘う。高級さや派手さ、目新しさはないけれど、素朴で温かみのある品々。
「ガサって意外とこういうの好きだよね」
小物の一つを取りながら青葉。「意外と」という表現で、青葉が普段私をどういう印象で見ているのかがよく分かる。
「悪かったわね。どうせ私には似合いませんよ。
なんて、唇を尖らせてすねてみる。すると青葉は優しく首を横に振った。
「そんなことないよ。青葉もこういうの好きだし。ただ、青葉とガサって全然タイプが違うけれど……共通のものがあることが、嬉しいなって」
私はうまく言葉を返せなかった。ただ、気恥ずかしくて照れてしまう。もう、不意打ちのようなタイミングでそんなこと言わないで欲しい。戸惑ってしまう。
なにより、さっきまで子供っぽく振舞ってしまった私が恥ずかしい。
それでも彼女の言葉が嬉しくて、私は微笑みを浮かべる。青葉もニコニコ。
「……あ、これとかよさそう」
不意に青葉がキーホルダーを手に取る。花の飾りがついたもの。なんの花かはわからない。だけど綺麗な青色。
「司令官さんのお土産にしよっと。ガサは何か買っていかないの?」
青葉に問われて、私はそうねと考えるしぐさ。
「私も、こっちの提督に買っていくわ」
そう口にして、青葉のと似たような黄色い花のキーホルダーを手に取った。
「おや、もしかしてガサ……」
青葉が嬉しそうにニマニマと。どうやら私の浮いた話を期待しているようだが、残念ながらそんなものはない。
「違うわよ。青葉も知っているでしょ? 今の提督は女性」
「そういえば。だけどガサがお土産を買っていくってことは、いい人みたいだから良かった」
安心したような微笑みを浮かべる。私のところの提督は、青葉が広報室へ行くのと同時、入れ替わるようなタイミングで着任してきた。そのため彼女は新しい提督のことをほとんど知らない。
とりわけ私は艦隊の先任をしているという関係で、提督と仕事をする機会が多い。青葉はそこを気にしていたようだ。
なんせ、前の前の提督は全くのダメ上司で、その時はさんざん青葉に愚痴をこぼしていたし。
私は大丈夫と微笑み返す。
「今の提督はいい人よ。同性だからかしらね、やりやすいわ。それにすごく優秀よ。それこそ前の提督よりも優秀かも。ちょっと世話が焼けるのは玉に瑕だけど……」
ちなみに前の提督とは青葉の想い人、広報室の室長。
すると青葉が妙な対抗心を見せてきた。
「司令官さんだってすごいんだよ。なんせ青葉たちをまとめているんだから!」
それは自分で言っててどうなのだろうと思ったが、言わぬが花なのかもしれない。
「ま、仲良くやっているわ。年も近いから、まるで姉妹のようにやれているわ。それこそ青葉よりも姉妹しているかも」
「えー、ひどい」
ショックを受けた表情。その反応がなんだか嬉しくて、私は思わず笑ってしまった。対して青葉の方は私が笑った理由がわからずキョトンと。
笑いが落ち着いてきて、ふぅ吐息を吐く。
「大丈夫、青葉が心配するようなことは何もないわ。先任としてもちゃんとやっていけているし、提督と二人で恋活するくらいには毎日楽しいわよ」
「そっか、よかった」
青葉は優しい表情で頷く。それから彼女はキーホルダーの会計を済ませた。私も続いて終わらせる。
雑貨屋を出た後も、私たちは商店街を見て回った。気まぐれにお店に入っては、他愛のない会話を続ける。
それがたまらなく楽しくて、温かかった。
「……さあ、そろそろいいかしらね。青葉のお楽しみ、スイーツでも食べに行きましょ」
ほどなくしてようやく胃袋に空白ができたのを感じる。軽くお腹を押さえてみて、圧迫感がないのを確認。青葉の希望通り、甘いものを食べに行くことができそうだ。
「わーい、やったぁ」
青葉はまるで子供のように両手を上げて喜びを見せる。
「うーん、実に迷っちゃう……」
甘いお店が密集しているエリア。あたりを見回しながらうんうん唸る青葉。あちこちが美味しそうなカラーの看板を掲げており、目移り。どこも魅力で決めかねているといった様子。これは私も悩んでしまう。
とはいえ、実のところ私はここがいいな、というあたりを付けていた。イチゴが目立つ、ミルクレープのお店。だけどそれを言わないのは……なんだか青葉に悪いから。私のわがままに彼女を付き合わせたくない。
それにせっかく楽しい悩み方をしているのに、水を指してしまうのはもったいない。
そう思いながら、青葉はどこを選ぶのかな。彼女の様子を楽しむ。
「……よし、決めた」
唐突に青葉がうなずく。それまでどこかに心惹かれているような素振りを見せなかったので、本当にいきなり。すこし、驚いてしまった。
そうして青葉が選んだのは、なんと私が行きたいと思っていたミルクレープのお店。まるで私の心を読んだかのようなチョイス。そこでも私は驚いてしまう。
「どうしたの? 早く行こうよ」
キョトンと首をかしげる青葉。私は慌てて彼女と一緒にお店に入る。
お店はまるでカスタードクリームのような印象。薄黄色の照明に照らされ、甘い匂いの充満する店内。
ようやくできた胃袋の隙間。正直そんなに入らないだろうなって思っていた。だけども気づけば空腹を煽ってくる。
「これは……甘いものは別腹っていうの、合ってたかもしれないわね」
「でしょう」
私が驚愕を口にすると、青葉は得意げな表情。
「私も太る覚悟をしておいた方がいいかも……」
「なんでよ!?」
青葉がツッコんで、その反応に私が笑う。
じゃれつき合いもほどほどに、私たちは案内された席に座り、メニューに視線を向ける。どれもこれもおいしそう。目移りしてしまう。あ、タルトもおいしそう。
それでも私は初志貫徹、看板にあったミルクレープを選ぶ。
「んー……。青葉はこれにしよ」
一方の青葉は意外にも悩むことなくタルトを選んだ。私が諦めた方をピンポイントで。
偶然にしても、ここまでドンピシャだと驚きを隠せない。
「……すごいわね」
「なにが?」
私は驚嘆を見せるが、青葉はなんのことかわかっていない。すぐさま興味はやってきたスイーツに移り、彼女は目を輝かせる。
「わ、すごい。おいしそう」
子供のようにはしゃぐ青葉。私も表情には出さないが、内心テンションは上がっている。
シンプルなクリーム色の生地と真っ白な生クリームの層。断面からは時々イチゴの赤が見え隠れ。なんだか宝探しのようでワクワクする。
フォークでミルクレープを小さく切り分け口の中へ。しっとりとした生地に、ふわふわの生クリームの口当たり。柔らかな甘さが口の中を満たす。
それから間に挟まれたイチゴの、果物特有の甘酸っぱさ。クリームの甘さをより引き立てた。
しかもこのプチプチとした酸味。これは……ラズベリー。弾けた実から広がるスッキリとしたアクセントが味覚を飽きさせない。
一口、一口が私を笑顔にさせた。
「ん~! おいしい~」
青葉も満面の笑み。美味しいが表情からあふれている。彼女の食べるタルトも、やはり美味しそう。
ちょっぴりうらやましく思っていると、青葉が一切れ、フォークに突き刺してこちらに差し出してきた。
「はい、ガサ。シェアしよう」
差し出されたそれを、私はパクっとカスタードの濃厚な甘さと、砂糖でコーティングされた色とりどりなフルーツの甘さ。まるで散らばる宝石みたいにきらびやかで、口の中が楽しいで一杯に。
「ん、おいしいわね。じゃあ私もお返しで」
青葉にミルクレープを一切れ。彼女はパクっと一口食べる。
「あ、こっちもおいしい。ん~、やっぱりガサの目利きに間違いはないね」
嬉しそうにはしゃぐ青葉。たいしたことではないのに、照れてしまう。
「ミルクレープもタルトもそうだけど、このお店を選んだガサのセンスはさすがだね」
……ん? なんか今、青葉が妙なことを言ったような……。
私がキョトンと首をかしげていると、青葉の方もキョトンとする。
「あれ? ガサこのお店嫌だった?」
「そんなことないわ……。むしろ行きたかったぐらい。だけどよくわかったわね。私、そんなこと一言も口にしていないのに」
「実はガサ、チラチラと視線がこのお店に向いていたんだよ」
言われてみればそうかもしれない。自分でも気づいていなかったことに、青葉は気づいていたということが嬉しいような恥ずかしいような。
「だけどそれを言わなかったのはきっと、青葉のために我慢しちゃっているんだろうなぁって思ったから。青葉が決めるのを待っていてくれたんだろうなって」
だから直前まで素振りを見せることなく唐突に、このお店に決めたのかと納得。となるともしかして……。
「青葉がタルトを選んだのも……?」
「ガサが食べたそうにしていたから。もちろん、青葉が食べたかったてのが一番だけどね。それにほら、分けっこしていろんな味を楽しむきっかけにもなるから」
屈託なく笑う青葉に、私は明確なまぶしさを感じた。
「青葉、変わったわね」
「そう? 全然相変わらずだと思っているけど……」
私の素直な驚きに、青葉は頬を赤らめ照れを見せる。
「なんていうか……伺わなくなったわ。その代わり、ちゃんと見るようになった」
「……どういうこと?」
いまいちピンとこないと、青葉は首をかしげる。とはいえ実のところ、私自身もよくわかっていない。本当になんとなく、でしかないのだ。それくらい些細で、だけどはっきりとした変化。
「前の青葉ならきっと、どこがいいか、どれがいいか私に聞いてきたと思うの。それこそ自分がどうしたいかよりも先に。だけど今日の青葉は見て、考えて、そのうえでどうしたいかを答えてる。そういうとこかなって」
「よくわかんないね」
「私もよ」
「なにそれ」
困惑を浮かべる青葉。だけど同時におかしいと笑みを浮かべる。確かにヘンテコだと、言った私も笑ってしまった。
お茶を飲んで一息つく。暖かな香りがおいしい。
ふーっと息を大きく吐いた後、青葉はちょっと寂しそうな苦笑。
「だけどもっと、ガサみたいに強くなりたいって……思う」
青葉は私を強いという。心の強さを持っていると。
だけども私は全然そんなことない。むしろ今は青葉の方が強いんじゃないかな。そうとすら感じてしまう。
「いつもしっかりしていて、仕事もできて、ガサの方が姉なんじゃないかって思っちゃうほど引っ張ってもらって……カッコイイっていつも憧れる」
ポツリ、ポツリと賛辞をこぼす青葉。その言葉が嬉しくて照れてしまう。だけど……どこか素直に喜べない自分。
それはきっと今の私が、彼女の言うような私じゃないから。
青葉がいなくなってから、何も変わらない大丈夫と言っていたけれど、あれは嘘だ。本当はいろんなことがあった。
そのことを話してしまったら青葉は、鎮守府からいなくなったことに罪悪感を抱いてしまうのではないか。そんな心配があって言えなかった。
でも今の彼女なら……。なにより私自身、抱えているのが辛かったのかもしれない。誰かに話したかったのかもしれない。そしてその相手は……自分の姉がよかったのかも。だからきっと、私は彼女を誘ったのかも。
「ねえ青葉……聞いてくれない?」
「どうしたの改まって……」
青葉の緊張した面持ち。私の感情がうつってしまったみたい。それでも私から目を逸らさない。やっぱり、変わった。
「嘘ついたの。本当は色々あったわ」
甘いものを食べ終えたはずの口の中、言葉を出し渋る。
「……外、行きましょう」
私は一気にお茶を飲み干し、席を立つ。このままではいつまで経っても進まない。少し気分を変えよう。
私たちは会計を終えて外に出る。半歩後ろを青葉は黙ってついてきた。
ゆっくりと商店街を抜けて、向かった先は海沿いの公園。優しい潮風が私の髪を撫でる。
時刻は夕方。日が水平線に沈みかけ、辺りを茜色に染めている。赤レンガの建物に背を預け、私は海の向こうへ顔を向ける。
「きもちいいね」
隣の青葉が微笑みを浮かべる。茜に照らされた横顔。とても映え、青葉でなくとも写真に納めたくなってしまう。
それから無言。彼女は私の言葉を待っている。
一度大きく息を吐いて、それから青葉の顔を見る。
「今、私たち艦娘に関わることで大きな改革が行われているの。青葉も知っていると思うけど、艦娘が鎮守府の外で自由に暮らせるようになるかもしれない。そのための準備にいつも追われているわ。みんなのために頑張れるのはすごく光栄なこと。だけどやっぱり時々……疲れちゃった。気づいていると思うけど、最近寝れてないわ」
無理やり笑顔を浮かべる。けどもきっと歪な形になっているだろうな。青葉のような、魅力的な笑顔を、今の私はできそうにない。
メイクで隠そうとしても、青葉には見抜かれてしまっていたし。
「いろんな提督たちや外部の人との協議。それを繰り返していくうちに先任として、艦娘たちの長としてやっていくことに少し……自身が無くなってきちゃった」
協力的な人はいっぱいいる。認めてくれる人だって。だけどなかにはどんなに頑張っても、否定してくる人も。
単純な実力不足もあるが、私が艦娘だからという理由で頭ごなしに否定してくる人がいる現実。それが……辛い。
艦娘への偏見は、まだまだ多い。その事実に私は打ちのめされてしまっていた。
「だから、青葉が言うような人じゃないわよ。私は」
きっと鎮守府の外で働く青葉は私が感じた現実を、いつも味わっているはず。それなのに笑顔を絶やさない彼女が本当に、まぶしい。
潮風になびく青葉の髪。彼女はおもむろに私にカメラを向けた。不意打ち。とっさのことで私は反応できず、朱色に輝く水平線を背景にパシャリ。
青葉の行動の意図が読めず、困惑してしまう。そんな私をよそに、彼女は撮ったものを確認しながら、満足そうに頷いた。
「そんなことないよ、やっぱりガサは、青葉が思っている通り、カッコイイ。だけど今はたくさん頑張って少し疲れちゃっただけ」
青葉が先ほど撮ったものを見せてくる。どんな顔をしたらいいのかわからないという感情が伝わってきそうなほどの、間抜けな表情。ああ、私ってこんな顔をしていたんだ。
「疲れると臆病になっちゃうから。青葉も経験あるよ」
自嘲するような笑みを浮かべる青葉。彼女の経験には私も心当たりがある。
「あの時は慰めるのが大変だったわ。だけど、今となってはいい思い出」
苦笑を浮かべる私。対して青葉は微笑む。
「うん、あの時はありがとう。だからそんなガサに、青葉が勇気をあげるよ」
いつだか私が言った、青葉への励ましの言葉。今度は青葉が私に向けた。
彼女は小さな包みを私に差し出す。印字されたお店の名前は、先ほど私たちが立ち寄った雑貨屋のもの。
「これは?」
「ガサへのプレゼント。さっき買ったものだけど」
ということは花のキーホルダーか。だけどそれは……
「提督へのお土産じゃなかったの?」
口にしながらも、私は受け取る。ガサゴソと包みを開けると、それは私の予想とは違うものだった。
「えへへ、実はもう一個買ってたんだ」
青葉がまるでイタズラが成功した子供のような笑みを浮かべる。
中に入っていたのはシュシュだった。青い花の飾りがついた小さなシュシュ。
この花はさすがに知っている。
「……アジサイね」
「うん、ガサにぴったりだと思って」
照れくさそうな青葉。
まさかプレゼントがもらえるとは思わず、嬉しさと驚きが心の中で同居している。しかしその一方でアジサイと私、それほど相性がいいのかな? 花には詳しくないからわからない。
私が疑問を抱いていると、青葉がえっとと言いよどむ。頬がこの茜色の世界でもわかるくらいに赤い。それほどまでに口にするのが恥ずかしいようだ。
私が静かに待っていると、青葉は気合を入れるように頷く。
「あのね、アジサイの花言葉は『我慢強い愛情』なんだって。それがガサみたいだなって思って……」
徐々に声が小さくなっていく。だけども彼女の想いが伝わった。なるほど、そう言われてしまったらアジサイと私はお似合いだ。
我ながら損な性格をしていると思っている。大切な人のために我慢していると感じてしまうことは少なくない。
だけど青葉はそれを『我慢強い愛情』と表現してくれた。
そんな、私を表したかのような花のシュシュ。渡してきた本人は優しくはにかむ。
「だから……いつもありがとうガサ。私たちのために頑張ってくれて。だけど時には……肩の力を抜いてほしいな。甘えてほしいな。こんな頼りない、いつもそばにいれない私だけど、ちゃんとガサに寄り添いたいから」
照れくさそうな、だけどハッキリとした言葉。聞いているこちらの心がくすぐったくなってしまう。でも……とっても温かい。
それまで重く心にのしかかっていたものがゆっくりとほぐれていく。どこか自分から孤独になろうとしていた私の心に寄り添う……アジサイの花。
私の我慢は愛情だと、ステキなものだと励ましてくれるような感覚。
私は手に持ったシュシュで髪を結った。
「……似合うかな?」
改めて自分から聞くと、なんだか気恥ずかしい。
青葉は答える代わりにパシャリと写真を撮った。それからニッコリ。
「とっても。ねえ、今度は一緒に撮ろう」
写真に撮られるのが苦手な青葉からの、まさかの申し出。それが私にとってはとても嬉しくて、
「もちろん」
私たちは夕日が沈む水平線を背にして、パシャリとカメラのレンズに顔を向けた。
「ガサ、忘れ物はない?」
夜。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、気づけばもう帰る時間。夏と言えど空は暗くなってしまっている。
改札の前で私と青葉は手を握る。
「大丈夫だよ」
青葉の心配を、私は苦笑しながら返す。なんだかくすぐったいやり取り。だけど嫌いじゃない。
「青葉の方こそ、提督としっかりやりなさいよ」
「な、司令官さんは今関係ないよ!」
顔を真っ赤にさせる青葉に、私はケラケラと笑った。ああ、彼女と別れるのが本当に惜しい。もっと一緒にいたいという寂しさすら感じてしまうほどに。
そう、私は寂しいんだ。ずっと、青葉と離れ離れになってしまったことが。
それが、私の心のモノクロの正体。
「はいはい、進展があったらちゃんと報告するんだからね?」
「もー!」
これ以上はさすがに怒るなと、私からのからかいは終了。切り替えるようにふぅと息を吐く。
「本当に、ありがとう。今日会えて本当によかったわ」
心からの言葉。青葉は照れくさそうに頭をかいた。だけど本当に、青葉に会えてよかった。彼女のおかげで、それまで辛かったものに対して、心のモノクロに対してもう少し頑張れそうと思えたのだから。
「こっちこそこそ。ガサと一緒にいれて、とっても楽しかったよ」
青葉の優しい表情。私もつられて微笑む。
まだまだ一緒にいたいと、この手を離したくないと青葉に甘えたくなってしまう。
だけどそういうわけにはいかない。私も青葉もやるべきことがある。
「あ、もう行かないと」
まるでシンデレラにとっての十二時。発車のアナウンスが駅に響いた。
「じゃあね、お姉ちゃん」
手を振り、青葉に背を向ける。すたすたと改札の向こう側へ。
「ガサ、ファイト!」
青葉の元気な声が聞こえる。
あぁ、やっぱり私は強くない。だって涙がこぼれてしまいそうなほど、こんなにも彼女との別れが惜しい。
だけど大丈夫。頑張れる。
髪を結んでいる、アジサイのシュシュに触れる。
だって私は『我慢強い愛情』を持っているから。
終