想像以上に青葉が原作的イメージから乖離しています。具体的には明るくないです。
――ふと寂しい時は、なぜだかモンブランを食べたくなります。
「うわぁ、司令官さん。このモンブラン凄いですよ!」
栗の甘い香りを前に、青葉はいつもみたいにはしゃいで見せました。
黄金色の糸で編まれた美しいお山。その上にちょこんと乗った宝石はまさに芸術品。それでいてケーキが見せるおいしそうという思いがしっかりと湧いてきます。
カントリー調の店内。木の温かみと落ち着いたジャズが流れ、穏やかな時間を演出しています。
「うん、コーヒーもおいしい。さすが青葉、いいお店知っているね」
テーブルを挟んで向かいに座る愛しい人はカップを手に、笑顔で頷いてくれました。
青葉は得意げな笑みで返します。
「そうでしょう。こういう情報は青葉に任せてくださいよ。……と言っても雑誌に紹介されていたんですけどね」
「いい情報をしっかりと収集できるのは十分凄いことだよ」
「えへへ、きょーしゅくです」
司令官さんに褒められたのが照れくさくて、恥ずかしそうに頭をかきます。
「それにしても本当に凄いね。……ここがバーだって言うんだから信じられないよ」
「そうですよね。喫茶店じゃないんですから驚きですよ」
そうなんです。実は青葉たちが今いるのはバー。他のお客さんたちはお酒を飲みながら楽しそうにおしゃべりしています。
時間も夜遅く。外はすっかりお月様が顔を出してオレンジ色の幻想的な明かりが夜闇を照らしています。
そんな中で青葉たちは夜のお茶会と言ったところでしょうか? なんだか不思議な、ちょっぴりメルヘンを感じてワクワクです。
「………」
だけど……なんででしょう。青葉の心には隙間風。冷たい感情が吹きすさびました。
油断すればそれまであった楽しい気持ちの灯火が消えてしまいそうで、無理やり言葉を続けます。
「知ってますか司令官さん。栗の花言葉って『豪華』なんですよ。まさに言葉通りですよね。これは是非とも写真に収めておかないともったいないです」
寒くなっていく心を隠すように、普段の調子と変わらず……むしろ大げさなくらいに振舞う青葉。カメラでパシャリ、モンブランを撮っていきます。
カメラのフラッシュを浴びたモンブランは込められた言葉通りキラキラとした輝き。だけどそれはどこか空虚で……寂しい。
司令官さんは撮影を続けている青葉を眺めながら、愛しそうな視線を向けてくれます。
嬉しいはずなのに、寂しいです。
「撮ってばっかで食べないのは、そっちの方が勿体ないんじゃない?」
「それもそうでした。いただきます」
あははと小さく笑いながらちょっぴりぎこちない動き、フォークで切り分けたモンブランをパクリ。
「ん、すっごくおいしいです。栗の味が濃厚ですね。フワフワのスポンジも甘すぎなくてちょうどいいです。……あ、見てくださいよ。クリームの中に細かい栗が入ってますよ。コロコロとした食感が楽しいです」
言葉に嘘はありません。とってもおいしい。なのにその感情はどこか薄っぺらい。まるでよくできた食品サンプルみたい。
それが余計に青葉を悲しくさせました。
どうしてこんな気持ちしか出てこないのでしょう。本当はもっと喜びたいのに。嬉しさではにかみたいのに。
今の青葉にあるのは、訳の分からない寂しさだけ。
夜の時間がそうさせているのでしょうか?
どんなに理由を求めても、苦しいだけで何も分かりません。
「それはよかったね。甘いのが苦手じゃなかったら是非ともボクも食べたくなるような食レポだよ」
「やめてくださいよ。青葉もちょっと大げさすぎたかなって、恥ずかしいんですから」
明るく見えるように笑ってはいますけど、凄く歪に思えて仕方がないです。
口にした言葉と口にしない言葉があまりにもチグハグで、お腹の奥にグルグルと気持ち悪い感覚。
「でも本当に甘くて……おいしいです」
感情が漏れかけて、慌てて飲み込みました。口の中に残る、栗の甘い後味。
孤独ではないのに、なぜだか感じる寂しさ。形のない感情がゆっくりと絞めつけてきます。
愛する人と一緒にいて、幸せなひと時を過ごしていて、満たされているはずなのに……。
まだ……いったい何が足りないのでしょう。
寂しさで空っぽになっていく心を埋めるかのように、大好きな人に触れたい気持ちが溢れてきます。
「手、届かないですね」
伸ばした手。たったテーブル一つなのにあなたの右腕には届きません。
虚しく揺れる右袖は、青葉に永遠に掴むことができない現実を突きつけてきました。
どうしようもない、無力感に泣きたい気持ちでいっぱい。
「そうだね。だけどもう片方はちゃんと届くよ」
左腕を伸ばして、青葉の手を取ります。
温かなあなたの感触。求めていた触れ合いなのに……まだ寂しい。
司令官さんは呑気なことを口にしましたが、表情に隠そうとしていた寂しさが見えてしまいました。青葉の胸がキュッと締め付けられます。
この悲しい気持ちどうすることもできず、青葉はただモンブランを食べて我慢するだけ。
あなたはこんなにも優しいのに、ただ寂しさを感じてしまう。
「……本当に、おいしいです」
零した言葉がとてもか悲しくて。同時に何か別のものまで零れてしまいそう。
「――ボクにも一口、貰ってもいい?」
唐突に、司令官さんが言いました。どういう風の吹き回しでしょうか。
青葉は思わず驚きの声。
「え、司令官さん甘いのは……」
「うん、青葉が食べているのを見たら気になってね」
目をパチクリさせ、どうしたらいいのかわからない。戸惑いを見せていましたが、司令官さんに言われるがまま、青葉はフォークを渡します。
受け取って、先端でちょこっとだけモンブランをすくいました。口に入れて……それから苦笑い。
「……うん、ごめん。やっぱり甘いのは苦手だった。だけど、青葉が言っていた通りだね」
そう言って司令官さんはお口直しでしょうか。コーヒーを一口。
その様子を不思議に眺めていると、司令官さんの視線がこちらを向きます。
「……青葉も飲む?」
「あ、いえ……青葉は苦いの、苦手ですから」
青葉は苦いのが本当にダメで、実はコーヒーなんてほとんど飲んだことがありません。
「そっか。やっぱりコーヒーは孤独な飲み物だね」
断ってしまったことに対して司令官さんは残念がる様子は見せず、代わりに気になることを口にしました。
「孤独な飲み物……ですか?」
「ボクにとって、コーヒーを飲んでいる時間は孤独を感じるんだ」
それってなんだか青葉とモンブランの関係に似ている。
カップから漂う湯気みたいに穏やかに、言葉を続ける司令官さん。
「特に理由なんてないんだと思う。お腹が空いたからご飯を食べるのと同じようなことだと思うんだ」
「今も……ですか?」
「うん、大切な人と一緒にいるのに、どこか一人きりになってしまっていると思ってしまって……ごめんね」
申し訳なさそうな苦笑い。
おかしいことなのかもしれませんけど、青葉はその表情に安心していました。
だから司令官さんへ返した言葉は……
「青葉も……飲んでみてもいいですか? 砂糖とミルクをたっぷり入れてですけど」
そう口にしたのはきっと、あなたと同じ気持ちを知りたかったから。
あなたがモンブランを口にしたように。
新しく注文したコーヒーはすぐにやってきました。
湯気と一緒にミルクの優しい、砂糖の甘い香りが漂ってきます。
「……いただきます」
青葉はカップを手に持って、小さく口を付けました。ちょっぴり苦い……だけどそれ以上に甘くてまろやかな温かさがお腹の中に。
「おいしい……ですね」
一言だけ零しました。それから大切な人と同じものを口にしているのが嬉しいのもあって、ずっとカップに口をつけていました。
その間一言もしゃべることなく。周囲の音がよりはっきりと聞こえてきます。
店内で流れるジャズ。他のお客さんたちの楽しそうな声。その中で唯一と言っていいほど、音のない空間がここに。
……ああ、確かにコーヒーを飲んでいるとき、とても静かで……まるで独りきりのよう。
孤独を感じてしまいます。
でも……。
「なんだか悪くないって思っちゃいますね」
小さく笑って、モンブランを一口。モンブランとコーヒーって合うんですね。
「おいしいです」
今度は本当の、心からの感想。
終