青葉と片腕のない司令官さんの甘い日常です。
今回はその始まり、デートの待ち合わせ。
『花の金曜日』なんて言葉がありますが、それは青葉にとっても例外ではありません。
金曜日は心がソワソワ落ち着かない。お仕事が終わる三十分前ぐらいになると、いまかいまかと待ちわびます。
今日は仕事を早めに切り上げて、残りは週明けに。いつでも帰れる準備をします。
十分前になればもう、数秒おきに時計をチラチラ。待ち遠しいが止まりません。
そうして残り五分を切って……
「――そういうわけで、今週もお疲れ様」
その言葉と共に、終礼が締められました。次の瞬間に終業のラッパ。いつもはあっという間なメローディーも、今日ばかりは長く感じてしまいます。
そしてラッパが鳴り終わると同時、青葉は既にまとめてあった荷物を慌ただしく手に取ります。
「お疲れ様でした、お先に失礼します」
そう口にして、早々と広報事務所を出ました。
鎮守府を離れ、広報室のお仕事を始めて数カ月。毎週金曜日は青葉にとって特別です。夕暮れの街を歩く足取りも、鼻歌交じりのスキップ。心がワクワクしています。
「金曜日って、きっと不思議な力がありますね。ウィークエンドの魔法です」
思いついた単語を口にして、その言葉のヘンテコさに思わず笑ってしまいます。だけどウィークエンドって不思議な響き。妙に気に入って何度か口ずさみました。
「ウィークエンド~は~――」
即興の歌を口にしながら、テンション高く速足で。
青葉が訪れたのは駅前の喫茶店。カウンターで注文したココアを受け取って、隅っこの席に座ります。
「うん、ちょうどいい時間。まだかな、まだかな~」
ココアの甘さを堪能しながら、青葉は待ちます。ここは待ち合わせの場所。約束の時間、までもう少し。今からもう、心臓が早鐘を打っています。
心がソワソワせわしない、特別な待ち合わせ。足をバタバタ宙で蹴って、まるで落ち着きのない子供みたいだと、自分でも思います。
お店の扉が開くたび、その人じゃないかと確認。違ったと席に座りなおしてを繰り返します。待ち遠しいが抑えきれない行動。だけどもその感情がとびきり楽しいです。
「あー……たぶん、少し遅れてくるかもしれませんね」
もしかして……と、ココアのカップに口をつけながら、青葉は予感を口にします。あの人の性格的にそんな気がしました。きっと青葉と違って仕事は残しておきたくない人でしょうし。
「それなら仕方ないですね。青葉はおとなしく待ちましょう」
言葉とは裏腹に、未だおとなしくならない胸の高鳴り。だけどこのドキドキを、青葉は密かに楽しみます。これはきっと、幸せの足音ですから。
そして青葉の予想通り、約束の時間を少し過ぎて、その人は来ました。
「お待たせ。待たせちゃってごめんね」
息を切らせて、申し訳なさそうな表情を浮かべて。急いできてくれたことが明らか。
その人の顔を見た瞬間、ぱぁっと青葉の世界が明るくなるような錯覚。もうじき日も沈んで辺りは暗くなってきているはずなのに、まるで夜明けのようです。
「大丈夫です。青葉も今来たところですから」
なんて、待ち合わせでお決まりのセリフを言ってみたら、苦笑されました。
「いや、そんな嘘はいらないって。青葉が先に帰るの見ているんだから」
「あはは、だけど一度言ってみたかったので。それとも、すっごく待ちましたって言ったほうがよかったですか?」
「それは……罪悪感が凄いから、できればやめてほしいな」
今度はすごく渋い顔をされました。コロコロ変わる表情に、青葉はケラケラ笑います。
「冗談です。ぜんぜん待った気分はないですよ。むしろ、この待ち遠しさが愛しいと思ったくらいです」
「それならよかった。ボクも急いできた甲斐があったよ」
こうして待ち合わせをしていたのは先ほどまで同じ事務所にいた広報室の室長さん。だけど青葉にとっては司令官さん。鎮守府時代から一緒にお仕事している人です。
それ以上に、青葉の大切な……想い人。今日はなんと、そんな愛しい人とのデートの日。毎週金曜は一緒に過ごすという、司令官さんとの秘密の約束。
なんで広報室から一緒にならず、こんな場所で待ち合わせをしたか。その理由は単純に恥ずかしいからです。知っている人たちにこの様子を見られてしまったら、恥ずかしさのあまり青葉は次の日から皆さんの顔を見ることができなくなってしまいます。
だから司令官さんとの関係も、秘密です。
「それよりもお仕事お疲れ様です。たくさんあって大変だったんじゃないですか?」
青葉は普段、司令官さんがどれだけ多くのお仕事をされているか知っています。毎日残業してもおかしくない量。それをほとんど一人でやっているんです。
「本当は青葉もお手伝いするべきなのですが……」
眉をひそめて、申し訳ない表情になってしまいます。だって青葉では手伝うどころか足手まといになってしまうことが明らか。大切な人が大変な時に何もできない青葉の無力さがちょっぴり悲しい。
「ありがとう。だけどその言葉だけで十分」
司令官さんは柔らかい微笑みで、優しく慰めてくれました。おっきな手で頭をなでなで。心と頬がほのかに温かくなります。
「えへへ……」
思わずはにかんでしまいます。もっとこうしていたいと思ってしまうほどの心地よさでしたが、せっかくの週末。それだけで終わってしまってはもったいないです。
「司令官さん、さっそく行きましょうよ。今日は青葉の気になっていた映画を見たいです」
「わかったよ。あ、ここの会計はボクにさせてくれないかな? 遅れたお詫びってことで」
ココアよりも甘いキザなセリフ。司令官さんは口にして伝票を手に取ります。ココア一杯だけじゃなくて、もっと頼んでおけばよかったなんて、小さなイタズラ心が心で舌を出しました。
そんな青葉の内心を司令官さんはバッチリお見通しのようです。
「先に一人でデザートまで食べるなんてズルいことされたら、ボクは寂しくなっちゃうな」
「あはは、それは嫌ですね。それにお腹いっぱいになっちゃったら映画の途中で眠くなっちゃいそうです。なにより、青葉は楽しみは後に取っておくタイプですから。デザートは映画の後です」
冗談交じりな司令官さんの言葉に、青葉は茶化して返します。ふざけ合ったこのやり取り。何気ないものだけども凄く楽しく幸せです。
司令官さんが温かい笑みを浮かべていて、つられて青葉も笑顔に。
「さ、行こうか」
そう言って司令官さんが手を差し出します。一瞬青葉はその手を取るか迷ってしまいました。
だって人前で手を握るって、恥ずかしいことじゃないですか。
だけど今日は金曜日。ウィークエンドの魔法が青葉に勇気をくれます。
「はい。エスコートよろしくお願いします」
青葉は手を取りはにかみます。手のぬくもりがとても心地いい。
青葉たちはお店を出て、キラキラ輝く街の中。
「ウィークエンドの~まほう~」
思わず口ずさんだ即興歌。司令官さんがクスリと笑います。
「金曜日の歌です。金曜日ってなんだか魔法があるように思えません?」
言われて、なるほどねと司令官さんは頷きます。それから街をぐるりと見まわし。
「青葉の言う通り、不思議な感覚だね。幸せな雰囲気が満ちている気がする」
優しい司令官さんの言葉。そうでしょうと青葉はどこか誇らしげ。
「それにそう感じるのはなにより……青葉のおかげかもね」
「え……」
不意打ちの言葉。自分の頬がみるみる熱くなっていくのがハッキリとわかりました。
「……きょーしゅくです」
恥ずかしさのあまり、なんて返したらいいかわからず出た言葉。司令官さんの嬉しそうな微笑み。だけどどこかイジワルな……
「むぅ~司令官さんはズルいです!」
プイっと拗ねて見せますが、すぐにクスクス笑い出してしまいます。
こんな他愛もないやり取りの繰り返し。それがたまらなく幸せで。だけど金曜日はまだまだ始まったばかり。
青葉たちのウィークエンドは幸せに色づいていました。
終