一方通行という男の存在はとても曖昧だ。
彼の名前は、セラ・イブラヒムと言う。クルジス共和国に生まれ、三人兄弟の次男として育つ。
2歳年上の兄と、双子の妹が居た。
「(今も昔も、クソなのは変わンねェな。クソッタレ)」
あの国では、あまりにも三人兄弟の存在は特殊過ぎた。昔を思い出せば思い出す程一方通行は吐き気を覚えた。
ただでさえ双子という存在だけでも不気味がられるのに、アルビノという特異体質のせいで散々な目にあったのを忘れられない。
なンで妹までこンなに真っ白なンだよ。こンなに白いのは俺の能力のせいじゃねェのか。
一方通行が感じる疑問は、成長にするに連れて大きくなるが、それは等々解明することはなかった。例の科学者ですら、「遺伝だろうねぇ」等ざっくり言い切る始末。小声で「ハシャ神の転生特典だろうね」等言っていたのを聞いたが、追求したところで嘘臭いし、もしそれが本当ならハシャ神を殴り飛ばしてやろうかと一方通行は思った。
「(都合よく助けてくれる神様なンて存在しねェよ。どいつもこいつも自分勝手な奴ばっかりだ。いつも都合よく現れては事件を解決していくヒーローは見たことあるが、此処はそンな甘い世界じゃねェ。)」
一方通行の前世の記憶はとても曖昧だ。8歳の時にはじめて前世の記憶を思い出した時も、どんなにクソでも兄貴は殺すなという直感を信じるのに役立ったぐらいで、肝心の一番知りたい記憶はこぞってその時以来消滅している。
今一方通行に残っている前世の記憶は、学園都市で第一位の実力を誇る能力者だったと言うことと、例のツンツン頭の少年相手に激闘を繰り広げた記憶があるぐらいだが、常に記憶に残ってあるのはそこだけで、それ以上はどんなに頑張っても思い出せないのである。
何故、上条当麻相手にあんな派手に戦ったのかと言う理由すら今の一方通行には思い出せない。
今の一方通行に分かるのは精々木原数多はクソで木原一族は信用するなということぐらいで、絶対能力進化計画で妹達を殺したことを何一つ覚えていないのである。当然、打ち止めや番外個体に関する記憶も無く、天井亜雄や芳川、黄泉川のことも覚えていない。
クリファパズル545と契約したことや学園都市の新統括理事長になったことも覚えていない。
覚えていないことだらけである。
「(俺はどこまでも中途半端な人間だな、クソッタレ)」
一方通行は冥土帰しから貰った薬を飲み、体調を整える。
ネフロストが要求した対価の代償は思ったよりも重かった。気を抜けばすぐに貧血の症状が現れる他、栄養失調などの体調不良を身体が訴える。あまりにも症状酷い時はヘルメス=バーボンが直接一方通行の治療をするという状態を繰り返していた。
「(自分のケツぐらい自分で拭いてやら。こンなとこに居るのは俺だけで十分なンだよ)」
それでも危険な副作用のある機体に乗り続けるには勿論理由があった。どれもこれも、科学者の実験に付き合うのはソレスタルビーイングに逃がした妹のためだったからだ。
当然、ネフロスト機試乗実験に付き合うということはとっくの昔に妹を逃したことを科学者にはバレている。
試乗実験を拒否すれば、開口一番に科学者は一方通行に、妹を逃がしたことを上層部に伝えると脅してきた。
もう既に上に報告しているかもしれないが、まだ自分が何も処分を受けていないということは大丈夫なのだろう。ネフロストにさえ乗り続けていれば妹は無事なのである。
ミヤ・イブラヒムは一方通行にとってどこの誰だが全く分からない、ソラン・イブラヒムよりも存在が曖昧な少女だった。
それでも彼女は二人の兄を否定することなく育ってきた。ソランが自分達を殺しに来た、あの日までは。
二人は研究所に連れられて、保護を受けたのは良いが、このまま此処に入れば間違いなく彼女は死ぬということが分かるぐらい少女は日に日に窶れていった。
妹が死ぬ?
それは嫌だ、と一方通行は思った。やっと家族が手に入ったのに、もう終わってしまうことが辛かった。
前回は沢山殺してしまったけれど救えた命もあったんだ、今回もできるだろ?と、無いはずの記憶が一方通行に囁いた。
なら、自分が殺したことにして妹を逃がせばいいと一方通行はある日、自分をソレスタルビーイングのエージェントだと言う王留美に出会ってその方法を思いついた。
全ては王留美が、兄がソレスタルビーイングに居ると告げ口しに来たのがきっかけだった。
それを聞いた時、一方通行は兄がソレスタルビーイングに居るのは己の贖罪のためか?と嘲笑った。そして、それ以上王留美の言葉は聞きたくないと思った。
兄がソレスタルビーイングのガンダムマイスターであると聞く前に一方通行は王留美に妹を託した。自分よりも妹の方が役に立つなど言いくるめた。俺がそっちに行けば兄貴を殺しちまうかもなぁ?等自虐の意味を込めて、力が欲しいならまだ温厚な妹の方を選べと売った。
俺はそっちには行かないと王留美に断言した。
こんなところに、妹がこのまま居続けて死ぬぐらいなら、ここよりもまだマシな地獄に落ちてくれという一方通行の独りよがりな願いと共に、ミヤ・イブラヒム逃亡作戦は実行されたのだった。
科学者にはすぐバレてしまったけれど。なんとかなっている。
一方通行はソレスタルビーイングに僅かな希望を見いだしながら、任務を遂行する。
ソレスタルビーイング相手に戦争しなくてはならないのは嫌だが、仕方ない。
人革連が命令する、ガンダムを鹵獲するという任務の成功確率は遥かに低いだろう。その内、妹を取り戻して来いなんて言われかねない。
そうなったら、どこにでも逃げれば良い等一方通行は安易に考えていた。
◾
キム司令とヘルメス=バーボンに呼ばれ、めんどくさいと思いながら一方通行は司令室前にまでたどり着く。
すると、一方通行は自分と同じように連れてこられたソーマ・ピーリスにばったりと出会った。
「(雰囲気がもう少し小動物だったら妹に似てンな)」
「..............」
目は会ったが、敬礼することもなくお互い無言だ。彼女の方から一方通行を睨んで無視する始末である。
一方通行は彼女に関する情報を脳内で再確認する。データによれば、ソーマ・ピーリスは自分と同じ超兵だ。彼女は瞳の色、目つき、前髪さえ違うが、喋らなければ妹によく似ていた。
但し彼女の場合、無能力者だ。一方通行やミヤの様にこれと言った能力を使える訳ではないが、元々の研究目標として唯一の完成体であるとして、超兵のプロトタイプとして上から重宝されていると聞く。
会話することもなく、二人は司令に呼ばれて司令室に入る。
「失礼します。超人機関技術研究者より派遣されました、超兵一号、ソーマ・ピーリス少尉です。」
「............」
キム司令やセルゲイ、ヘルメスやリンコに敬礼するソーマとは反対に、一方通行は上官相手に敬礼することもなく、名乗る気配も無い。
その光景に、セルゲイはこんな若者が超兵なのかと驚く。それもそうである。ソーマ・ピーリスは18歳で、一方通行は14歳。二人揃って若すぎるのである。
「(ピーリスはともかく、一方通行がまともに名乗ることができるとは考えられん。俺は分かってたからいいが、スミルノフ中佐はびっくりするだろうな。司令はもしかしなくとも敬礼や挨拶すらしない一方通行は嫌いだろ。てか、一方通行って今回もその通り名で通すつもりかよ。本名はさすがに知らねぇよ。刹那と兄弟だとか言っていたから苗字はイブラヒムになるのか?)」
リンコは予め一方通行の存在は掲示板やヘルメスによって伝えられていたので臆することなく2人を見る。
当然ながら、キム司令は「またか」と不機嫌そうにヘルメスの方を睨む。彼のベクトル操作を恐れて、人革連では一方通行の指導をできる人間はヘルメス=バーボンぐらいしかいない。それなのに彼が行う指導の仕方は自由奔放そのものもの。それに見合う仕事は行っているが、この態度の悪さは看過できないものがあった。
「イブラヒム少尉、君も名乗りなさい。敬礼もしなさい。」
「チッ。」
一方通行は舌打ちをする。ヘルメスの方を見ればそれはもうありえないような笑顔で、それが何を意味するのか一方通行は理解し、諦めるようにそこでようやく初めて、背筋を伸ばして上官に対して敬礼をした。
「超兵機関所属、セラ・イブラヒム少尉です。本日付けでセルゲイ・スミルノフ中佐の部隊に配属することになりました。よろしくお願いします。」
一方通行は慣れないながらも上官に敬語で名乗った。納得が行かないとセルゲイはリンコが話すよりも先にキム司令に問い詰めた。
「こんな子供も超兵なんですか、司令」
「そうだ。ピーリス少尉は超兵のプロトタイプとして上層部から重宝されている。イブラヒム少尉は能力が発現した超兵の中で一番の実力を発揮した。スミルノフ中佐も彼の通り名ぐらいは聞いたことがあるだろう。中佐よりも一足速く、ガンダム相手に交戦済みだそうだ。」
その言葉を聞いてセルゲイは思い出したようにハッとする。確かにもう彼のことは色んな場所で噂されていたのをセルゲイは聞いていた。
「まさか、彼が噂に聞く一方通行なのですか?!ベクトル操作で風力を操りティエレンのスピードを底上げさせた超人だと聞いております。ピーリス少尉よりも若いではないですか」
「ガキで悪かったな、おっさん」
セルゲイの言葉に、一方通行は、そこまで知っておきながら子供扱いされるのが気に喰わなかったのか悪態を吐く。
「上官に対して無礼です。敬語を使いましょう、イブラヒム少尉」
「うるせェ、三下。オマエに言われる筋合いはねェよ」
それに反応したのがソーマだった。ソーマは口頭だけで一方通行を注意する。リンコはそれを見て、あの一方通行相手によく注意することができるよと感心する。
「バーボン博士、イブラヒム少尉の態度は遺憾だとは思わないのですか」
「今に始まったことじゃないからねぇ。それに、彼には最低限の躾はしてあるよ。それで許してやって欲しいかなぁ。それに、言っちゃ悪いけど此処に居る超兵は君以外みんな失敗作だし。性格に難があるのは今に始まったことじゃない。みんな、自分の能力に酔ってるからね。一方通行君のような事例は至って普通なんだよ。稀にファークナー君のような例外もいるがね、彼らに普通を求めない方が良いよ、ピーリス少尉。それから、僕のことはヘルメスで良いよ。他の皆さんもその呼び方でよろしく頼むよ」
ソーマがヘルメスに意見を求めると、さらっと「これ以上は無理」と言われ、一方通行もさり気なく馬鹿にされて2人とも面喰らう。
ヘルメスの言葉があんまり過ぎてセルゲイが反論した。
「ヘルメス博士、その言い方はあんまりでは...。彼らも人です。私達と変わりありません。」
「君はほんとに人道的だね。でも、そういう思考はこの世界では特に気をつけた方がいいよスミルノフ中佐。君は無能力者で普通の人間となんら変わりないからね。身を護る術が銃かMSしかない。実際問題、一方通行君とファークナー君、二人を同時に面倒を見れるのは僕ぐらいしかいないんだ。君達二人が頂部に入れたのも僕のおかげなんだよ。彼らが普通じゃないのは本人が一番理解しているはずさ。ね、ファークナー君」
「(ヘルメスに言われると何も反論できんな)」
普通じゃないのは、ヘルメスもだぞと内心中指を立てるリンコだが反論できずに無言で頷く。超能力を得た人間が傲慢になりやすく、その能力を自分勝手に使い始めた日には組織として機能しなくなることを人革連の上層部は恐れている。
それ故に超能力が発現した自分達は失敗作で実験体であることをリンコや一方通行は理解しているし、超能力を獲得せずに身体強化や脳量子波を得た軍の規定に順応なソーマは成功例なのだと。その構図が出来ているのはヘルメス=バーボンとアレイスター=クロウリーの力が膨大で巨大だからだ。リンコはまだアレイスターの存在を知らないが、つまりそういうことである。結局この世界もどちらが強いかで全てが決まる。
いつだって現実は無情である。