羽丘女子学園の体育館で華やかなハロウィンパーティーの中心で高貴で咲き乱れる紫の花があった。女性がまた一人華やかな輝きを受け顔を真っ赤にしてその場にへたりこんでしまう。
百花繚乱、独り百花咲き乱れ。その花の名前は瀬田薫、羽丘が誇る情熱の花だった。
「さっすが薫ね!」
「はぁ……でもこれじゃハロハピじゃなくて薫さんの独壇場だけどね」
今日の彼女はハロウィンパーティーの仮装をすると言っていたがそれは仮装じゃなくてコスプレでは、と奥沢美咲が言葉を挟みたくなったものの、周囲の反応が良好ならそれでいいかと溜息をつき、ふと視界の端にいた青年に声を掛けた。
「ども」
「あ、美咲ちゃん」
「薫さん待ち?」
「まぁね」
彼はちらりと薫の方を見てからまたスマホに視線を落とした。本来ならハロウィンパーティーはとっくに終わっている時間だが、この楽し気な祭りから覚めたくないという集まりのため、中々解散しようとはしない。
「帰った方がいいんじゃないですか?」
「そうかも。ただ」
「ただ?」
「……いや、なんでもない」
ああこれはまた薫さんが何かやらかしたんだなと、彼のリアクションから察しをつけた美咲は、黒髪と同じ色をしたネコの尻尾の先についた鈴を鳴らしながら視線が合ったハロウィンパーティーが大規模になった主犯の片棒である弦巻こころを呼び寄せた。
「あら! 仮装してないじゃない!」
「いや、パーティ参加しに来たわけじゃないから」
「そうなのね!」
目元に紫の、美咲と左右対称のフェイスペイントが特徴的な魔女のコスプレをしたこころは、太陽のような瞳を爛々と輝かせ、彼の傍にやってきた。
そんな魔女と黒猫とは薫を通しての知り合いであったため、また彼としても薫と一緒に過ごしてくれる貴重な
「それに女子校内なんだから男の僕が来てもよくはないでだろうから」
「そんなことないわよ!」
「きっと薫さんと踊るだけでハートが飛び交いますよ、たぶん」
黄色い悲鳴とは程遠いよと彼は手で否定する。自分が他者から見て高身長イケメンと分類されたとしても、薫が隣に立てば見劣りし勝てないという、もはやコンプレックスと言ってもいいくらいの、自己否定を抱えていた。
「スマイルよ! スマイル!」
「⋯⋯こころちゃん」
「ちょっと薫を呼んでくるわね!」
「あ、ちょっと待って」
止めようとしたものの既に行動力が人一倍あるこころに手を伸ばした頃にはあっという間に人込みの中に消えてしまった。
美咲は溜息をつきながらまぁこころだからと苦い顔をしている彼に笑いかけた。それからしばらくして、こころが薫の手を引きやってきた。丁度撮影をしているところだった薫は戸惑いながらもプリンセスの行動には何が意味があるのだという信頼から黙ってついてきた。そして、彼の顔を見てその表情を華やかに変化させていた。
「やぁ、来ていたのかい?」
「……来ていたのかい? じゃないんだけど」
「ん?」
きょとんとした薫に彼は少し苛立ち気味に視線をぶつけた。まさかアレを忘れたのかという厳しい視線だったが、そこでもファンに声を掛けられ、名残惜し気に振り返る薫に苛立ちが強まった。
「……やっぱ今日は帰る」
「ちょ、いいんですか?」
「いいんだよ、アイツは王子サマだから。こういう時は応えなきゃいけない性なんだし」
そう言って出ていった彼は体育館の外へとやってきた。中の熱気と賑やかさに比べ少し肌寒い秋の風を受けて、今日は暖かい飲み物でも帰りに買っていくかと足を進めようとしたその時だった。
──その袖がしっかりと掴まれた。誰、と問いかけるまでもなく彼は彼女に背を向けたまま空を見上げた。
「……なんだよ」
「どこへ……行くんだい?」
「帰るに決まってるだろう。僕はこのお祭りについていけないからね」
「私を置いて、かい?」
「じゃああと何時間待てばいいの? こっちは既に一時間近く待ってるって」
「……それは、すまない」
しゅんと下を向いた、ということは彼には見えていないのだが、どうせそうだろうと考え、敢えて冷たく接することに決めた。
謝られて許したい気持ちと、何を今更という気持ちの混ぜ合わせの感情を、彼女にぶつけていく。
「僕はさ、キミにとってなんなの?」
「決まっている、キミは私の伴侶だ。最も愛すべき──」
「──僕はキミの仮面には付き合いきれないよ」
「っ!」
改めて、という思いもあった。瀬田薫の羽丘の王子としての顔、ファンである周囲に振り撒く美しくも華々しい輝きは、彼にとっては理解の外だった。
どうしてそこまで自分とは解離したナニカになろうとするのだろうか。常に本音を別のところに置く幼馴染たちに、彼はいつしかついていけない。理解をしたいとは思わないという悪感情を持ってしまっていた。
「だから今日はもう……っ!?」
「いやだ……行かないで」
だが、瀬田薫の言葉に嘘はない。言葉に派手な装飾こそついてはいるものの、彼女にとって彼はまるで舞台裏でそっと飲み物を手渡してくれたり、様々な世界観を創り出してくれたりと役者を支える裏方のように、太陽ではなく月明かりのような愛をくれる大切な人物なのだから。
去っていかないように、抱きしめてしまうくらいに、愛おしい人物なのだから。
「あのさ薫」
「……なに?」
「今日の約束、忘れてるでしょ」
「やくそく……しまった!」
はぁ、と彼は予想通りの反応に溜息をついた。
ハロウィンパーティが重なってしまった時点でとりやめることができればよかったのだが、それは薫も、そして彼も嫌だという感情が勝ってしまっていた。
「私のしたことが……すまない」
「いや、僕も悪いところはある。ただ、こんなに長引くなんて聞いてないけど」
「そうだね、いや、皆楽しいんだよ……この時間が」
薫は、彼が見る空を見上げた。
きっと、大人になればこうして無邪気にはしゃぐことはできない。彼女たちはそれを無意識的に感じ、その一瞬に楽しいという感情を注いでいるのだと、そう薫は感じていた。
大人になれば大人を演じなければならないのなら、今は子どもを演じていたい。そう思うのが人間なのだと。
「達観したのいらないよ。だったら僕は無邪気なうちに、薫と一緒にいたいけど」
「私は、大人になってもキミの傍を離れるつもりはないよ」
「……なにそれ、プロポーズ?」
「それはキミからしてほしい。私だって……女の子なのだからね」
「気が早いから却下」
「……そう」
また長い睫毛を伏せた薫に、それじゃあ僕がプロポーズしたくなるように早く着替えてきて、なんて言ってしまう甘い自分に、そして飴を与えられ嬉しそうに顔を輝かせる薫に、彼はもう一度だけ溜息をついた。
いつの間にか背中に彼女がいたせいか、冷たい風は身震いをするほどではなく、彼の火照った身体を冷ますのにちょうどいい塩梅に感じられた。
「ま、待たせたかい?」
「……ううん」
「よかった」
「薫ってさ、案外昔から中身変わってないよね」
「……そうかい?」
「うん、まぁ、いいことだよきっと」
変わることもあれば変わらないこともある。彼女が夢見た王子様も、彼女が夢見たお姫様も今は別々の道を歩んでいる。そしてその夢見た王子様の横顔は随分とたくましくなり、今は王子と呼ばれる自分の右手を握っている。けれどその中でも確かに、彼女にも彼にも、昔の面影がある。
「薫、今日は奢ってよ」
「仰せの通りに」
「そうじゃなくてさ……」
「それじゃあ……変わりに今日は、朝まで一緒にいてくれる?」
「……仰せの通りに」
「ふふ」
「はは」
どこまでいっても、彼の背中を、横顔を見てしまうとファンが望む自分を演じることはできないな、と薫は感じた。
──王子ではなく、瀬田薫もまた、彼に手を取られ、共に踊ろうと誘われる一人の女性なのだから。