バンドリ! 恋愛短編集   作:黒マメファナ

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【二葉つくし】長い将来をキミの手を取って

 二葉つくしにとって、所謂、お嬢様学校と呼ばれる月ノ森に通っているものの自分がお嬢様である、特別であるという実感はなかった。だからこそ、月ノ森生としての自覚を持つ、ということは彼女にとってとても大きな意味があった。

 特別でないのならせめて、せめて何か特別に見えることをしよう。見栄、あるいは虚栄ともとれる彼女のスタンスはやがて、彼女のアイデンティティとなっていった。

 

「それでね、七深ちゃんと透子ちゃんってば、私がちゃんとしてって言うまでずーっと盛り上がってて、練習なのにね!」

「すごいね、ちゃんと濃いメンツを纏められてるんだなぁ、つーちゃんは」

「え……えへへ、そ、そうかな? と、トーゼンだよ! リーダーだもん!」

 

 日が暮れ始めた頃、学校帰りの制服姿ではやや馴染めていないようなレストランの一角でつーちゃん、と昔からの渾名で呼ばれたつくしは、向かいにいる彼に輝かんばかりの笑顔を見せてから、慌てて取り繕うように腕を組んで誇らしげに胸を張った。

 ──実際のところは、リーダーらしいことは何一つできている気はしていないのだが、それについては触れないようにしながら。

 

「バンド、頑張っててえらいね。これは俺も頑張んないと」

「あ、そういえば試験、もうすぐなんだよね」

「そうそう」

 

 同い年の彼が指す試験とは学校の定期テストのことではなく外部の検定の認定試験のこと。自分の実力を他者にわかりやすく、簡潔に明文化できるということで始めたもののもはや趣味の一環みたいだね、とつくしは苦笑いをした。

 

「つーちゃんの言う通りかも、勉強するの楽しいし」

「その言葉……羨ましいし、他のメンバーにも聞かせてあげたいなぁ」

 

 定期試験においてのMorfonicaメンバーの成績は八潮瑠唯はトップクラス、広町七深はよくもなく悪くもない中庸であるため除くとしても、残りの三人はお世辞にも良い成績とは言いづらくまた、常日頃の勉強に対する姿勢はつくし以外の二人は壊滅的であった。

 

「でも赤点までは取らないでしょう?」

「……ましろちゃんが」

「そ、そうなんだ……」

 

 自分もギリギリだった、ということは置いておくとしてバンドのパートにおいても結成理由においても最大の要ともいうべき倉田ましろは、その結果に瑠唯がよく外部受験に合格したわねと真正面から言い放つレベルだった。

 

「んー、でも勉強でバンドの練習が取りにくくなるのは辛いよねぇ」

「そーなんだけどさ……でも、やっぱり学生なんだもん! 勉強第一、でしょ?」

「確かにつーちゃんの言う通り……それなら、俺が手伝おうか?」

「え、手伝う……って」

「倉田さん、だっけ? その子の勉強もつーちゃんと一緒に見てあげるよ」

 

 ──つくしがギリギリで回避できている理由が彼、であり、中等部の頃から考査前になるとやたらめったらに赤線が引かれた教科書とまとまりきっていない雑多なノートを持って彼女は彼の家でそれらを整頓するという作業をしていた。ましろもそうすればあるいは、と考えた彼に、つくしは思いっきり頭を横に振った。

 

「それは……だめ」

「ダメ? どうして?」

「だって……それは、私の」

 

 つい、顔が曇ってしまう。バンドのためを思えば彼の提案はありがたく、頭を下げるべきところであるというのは理解できるのに、理性的でない自分がそれを邪魔してしまっていた。嫌だという気持ちを抑えられないでいた。

 

「ご……ごめん、変なこと言っちゃった。ましろちゃんが補習とかになったら大変だもんね……ここはしっかり者の私が、わがままを言うところじゃない……よね」

 

 ズキズキと痛む胸を抑えながら、つくしは笑顔を作った。他者のために自分を押し殺すこともしっかり者でなくてはいけない、リーダーシップには必要だからと喚く心の声をどこかに切り離していく。

 ──お願いします。そう言いかけるつくしだったが、彼はそれを遮り、切り離したはずのつくしのわがままを拾い上げるようにそこまで、と声をかけた。

 

「へ……な、なに?」

「俺、つーちゃんと恋人になった時に約束したこと、あった気がするんだけど……なんだった?」

「え、えっと……ちょっと待って、メモ、メモ……あ、あれ?」

 

 唐突に言われ、慌ててポーチを漁り始めるつくしに対して、彼は深くため息を吐きながら当時の言葉を再生するようにゆっくりとしかしメモではなく彼女の記憶に刻むように言葉を紡いでいく。

 

「恋人になるなら……ううん、その先、将来をちょっとでも考えてるなら言いたいことははっきり言うこと。迷惑だからとか、遠慮とか、そういうのはなくそう……って、言ったよね?」

「うん、言った……気がする」

「え?」

「……ごめんなさい、正直うろ覚えです」

 

 再び、ため息。そんなことだろうと思ったと彼は下を向くつくしに厳しさはあれど暖かな声でそれでと彼女の本音を促した。

 ──本当はどうしたい、と語る彼の目につくしはおずおずと胸の裡にあった痛みを吐き出していく。

 

「ましろちゃんを、あそこに連れていくのは……だめ」

「だめなの?」

「うん。だって……他の女の子と仲良くするの、もやもやしちゃうから」

 

 彼の家で勉強を教わるという時間は、自分だけに与えられたい。彼と二人きりでゆったりとした時間を過ごせるのは自分だけであってほしい。自分で浅ましいとすら感じてしまう気持ちを余すことなく、遠慮することなく伝える。

 嫌がられてしまうかもしれない。そんな恐怖を感じながら恐る恐るといった様子で彼の顔を見上げたつくしは、穏やかでどこかすっきりしたような微笑みに照らされていることに気づいた。

 

「ヤキモチか……うん、わかった」

「わかった……ってなにが?」

「つーちゃんがあの時間をそんな風に特別に感じてるってことが、かな」

 

 会計を終えながら、彼は歌うように上機嫌に、また一つ彼女の飾らないありのままの気持ちを知れたことが嬉しいという感情を隠すことなく声色に乗せていく。そこにヤキモチが嫌だとか重いと感じているようには思えず、またつくしはおずおずと彼に訊ねていく。

 

「い、嫌じゃ……ないの?」

「まさかでしょう」

「でも」

「恋人の素直な気持ちを受け止められないような男だったつもりはないよ。少なくともつーちゃんの気持ちはね」

 

 甘ったるい言葉、あやすような口調、昔から同じ歳であるにも関わらず兄妹として見られてしまうこともある、一緒に成長してきた彼。だがその中に確かに、つくしにしかわからないほど僅かに、兄妹にはない感情を見せる彼の手をつくしはゆっくりと握って、歩幅を合わせてくれる隣を歩いて、なら……とゆっくりとわがままを増やしていく。

 

「つーちゃん?」

「きゅ、()()……しない? ダメなら……どっちかの家、とかさ」

「制服だし俺の家は親いるし……つーちゃんの家もまずいでしょ」

「あ、そ、そっか……うう」

 

 学校帰りに一秒でも早く会いたかったという想いがこんなことで裏目に出るとは思わなかったと肩を落とした。

 そんなつくしの手を彼は引いて、ならこっちだよと家とは違う方向へと歩き始めてしまい、困惑する。同時に、何処へと連れて行ってくれるのかという期待も。

 

「制服がまずいなら……服を買いに行こうかなぁって思って」

「え……あ」

「こういうのも、デートっぽくていいしさ」

「うん……そうだね」

 

 彼のそんな提案に、つくしは少しだけ恥ずかしそうに頷いた。自分から誘ってしまったことを振り返っての羞恥心に顔を真っ赤にして、その事実を覆い隠すようにあのさ、と無理やり話題を転換していく。

 

「こうやってちょっとずつでも、デートしたいな」

「確かに、今まであんまり学生らしいデートしてなかったね」

「うん」

 

 二人はそれぞれ学生らしいデートというものを頭に浮かべて示し合わせたように顔を見合わせ笑った。服を選び、そして二人は学生という身分証明だった制服を袋に仕舞い、大人のフリをしていく。

 ──そうなればもう遠慮はいらない。お互いの気持ちをお互いに受け止めることをもう一度、今度は忘れないようにしっかりと約束した。

 

「……私、これからも頑張る。頑張って、ちゃんとリーダーとして、しっかりしていけるように頑張るね」

「頑張れ、つーちゃんならできるよ。確かにドジでおっちょこちょいなところはあるけど、俺はできるって知ってるから」

 

 信じている、ではなく知っている。後ろから包まれながらどこか確信めいた言葉をくれる

 彼に、つくしはありがとうと微笑み目を閉じた。

 誰にどれだけ励まされるよりも強い彼の声は、誰よりも自分に自信がない故に空回りしがちな彼女に、明るい道を指し示してくれるようだった。

 

「あ、でも」

「なに?」

「困ったことがあったら……バンドじゃなくてもなんでも、遠慮せずに俺に教えて。頑張るつーちゃんを支えることが、俺のつーちゃんに伝えられる大好き、って気持ちだから」

「だいすき……うん、そうする。頼ってばっかりでごめんね」

「いいって、嫌じゃないし。相手はつーちゃんだからね」

 

 昔とは違う関係で、昔とは違う距離感で、だけど彼が昔から大好き、と口にする時の顔はどこか幼い頃を彷彿とさせていて、つくしも昔とは違う関係であることを意識しながらも昔と変わらない笑顔で彼に抱き着くのだった。

 

「大好きだよ」

「うん、ありがとつーちゃん」

 

 しばらく抱き着いていたが、ふと自分の姿に気づきつくしは慌ててごめん! と言いながら離れようとする。だが、いつの間にか腰には彼の手が回っており、つくしはそんな意地悪をしてくる彼の顔を見上げた。

 

「えーっと……あれ?」

「ん?」

「もしかして……もしかする?」

「うん」

「……え、待って、待とうよ!? さすがにさっきので限界じゃ……!」

「ごめんつーちゃん、無理」

「えー!」

 

 結局、暴走してしまった彼を止めることはできずに帰ろうと立ち上がった頃には予定していた時間を余裕で越えており、料金表にあったものより3000円ほど割高になってしまったお金を払い、すっかり夜遅くなって冷えた空気を吸って吐きだした。

 

「お、怒ってる……?」

「え、ううん?」

 

 ため息だと思った彼はつくしにゆっくりと訊ねるが、何故か彼女は妙に嬉しそうな顔をしており、どうしたのと目を丸くされてしまう。

 つくしはその問いに充足感を以て返事をしていく。

 

「なんかさ、大人って感じ」

「……おとな?」

「うん。こういうところから出てきて、夜の街を歩く……みたいなの! 大人じゃない?」

「つーちゃんは大人のイメージ変な気がするけど……まぁいいや」

 

 なにその含み笑いは? とお茶を濁した彼に、つくしは抗議をしようと背伸びをしながら頬を膨らませる。そんな大人と子どもの間にいる彼女の文句を素早く唇で奪ってしまった彼の対応が大人っぽくてずるいという叫びは、夜の街に溶けていった。

 

 

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