バンドリ! 恋愛短編集   作:黒マメファナ

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【牛込りみ】キミがいる世界で回る

 朝早くに起きて支度をして、牛込りみは行きつけである商店街のパン屋、やまぶきベーカリーを訪れた。

 目的はチョココロネ、彼女の大好物の一つであるそれを購入し、早速一つ取り出し幸せそうに食していく。するとその家の前を一人の制服に身を包んだ男子高校生がりみに気付き手を振った。

 

「おはようりみ」

「うん、おはよお」

「幸せそうだねぇ」

「幸せだよお……♪」

 

 りみはうっとりとした表情でチョココロネを一つ、食べきった。そしていそいそとカバンのポーチから携帯用のウェットティッシュを取り出し口許を拭いてから手を拭いてから彼の隣にやってきて、手を握った。

 

「えへへ……このまま、学校まで……いいかな?」

「うん、もちろん」

「やったあ」

 

 彼はそんな風に微笑む小柄なりみの喜ぶ姿に微笑みを浮かべてから、その背中に背負われ重たそうなベースを見つめて逡巡した。

 数秒の間ののち、持つよと提案したのは肩に提げていたカバンだった。

 

「あ、ありがとお」

「いやいや、ホントはベースも持ってあげたいくらいなんだから」

「これは……自分で背負いたいから」

 

 知ってるよ、と彼はりみのカバンを肩に提げながら手を繋ぎなおした。

 彼女には似つかわしくない大きな荷物、彼女にとっての大事なものでもあるベースを彼は少しだけ悔しそうに見つめた。

 

「大丈夫」

「そうだけど……」

「心配してくれてありがとお。うちは大丈夫やから、ね?」

 

 関西のイントネーションで穏やかに、りみは彼の心配を恋人としての想いで汲み取っていく。甘えるだけでなく、隣で並んでいたい。優しくて、チョコパフェのように甘く一つ一つに雑味のない滑らかな愛情をただ受け入れるだけの弱いままの自分ではいたくない。りみのそんな決意の表れでもあった。

 そんな決意を彼は笑顔で受け入れて、行こうかと短いデートのように手を恋人繋ぎにしていく。りみはたったそれだけの変化であっても、まるで星が瞬くような喜びを感じていた。

 

「今日も市ヶ谷さんの蔵で?」

「うん、今度新曲出すんよ」

「というと作曲は」

「もちろんうちやよ~」

 

 嬉しさですっかり関西訛りが出ているりみと彼は商店街を歩きながら会話をしていく。たまに知り合いに会ってしまい恥ずかしくなることがありつつも、バンド練習で中々時間が取れず、また彼も部活やバイトで忙しいため予定の合わないという二人にとって、朝の登校時間は大事なデートの時間でもあった。

 

「ホント、りみのベースはカッコいいよ。それだけにバンドとか全然未知の世界だから悔しいな」

「いっつも来てくれるだけで、嬉しいよ?」

「そりゃあ、緊張しがちなカノジョの応援に行きたいと思うのは、カレシとして当然だよ」

「……ふふ、いつも勇気もらってます」

 

 普段はおっとりとした彼女だが、かわいらしいピンクのベースを持つと、まるで世界が変わったかのようにキリっとした表情で演奏をする。そんなギャップを彼は愛しているのだが、ただ何か音楽を深く理解できるような経験がなかったため、カッコいいなどの感情面でしか感想が言えないことを悔やんでいるフシがあった。

 ──ただりみはそれでも大丈夫、と彼を見上げる。

 

「専門じゃなくても、ちゃんと興味を持ってくれる。いつも終わったら一番に感想を言ってくれる。キミだから、キミだけがしてくれることやんか」

「……うん」

「やから、そんな自分を責めんといて? うちはキミがよかったーってゆうてくれるの、めっちゃ嬉しいんよ?」

「りみ」

 

 りみにとって、彼がくれるものを彼自身がその価値をさげるということは許せないことだった。誰かにものをあげる、もらう時はもらった人がその価値の大きさを決める。そんな考えをしているからこその怒りでもあった。

 そしてなにより彼が自分にとって何かをくれるということがりみにはたまらなく幸せな時間だからでもあった。

 

「……ごめんりみ、反省した」

「うん、わかればいいよお」

 

 彼の言葉にりみはぱっと表情に微笑みを浮かべた。ようやく咲き始めた桜並木の道をりみと彼はゆっくりと歩んでいく。

 そんな春の訪れを見上げていた彼はふと思い出したように表情を明るく変えた。

 

「もらったと言えば」

「なぁに?」

「なにかバンドメンバーからもらったんでしょ?」

「……プレゼント?」

「そ、誕生日プレゼント」

 

 つい昨日行われた誕生日パーティでメンバー四人が選んだプレゼントの話題に、それはうちに来てからのお楽しみ、とりみははぐらかす。

 そんな彼女のリアクションにパニックホラーが大の苦手ジャンルである彼の背を悪寒が駆け抜けていった。

 

「わ、わかった……週末のデートで、だよね?」

「うん。泊まってくやろ?」

 

 そうだね、と相槌を打ち、ますます嫌な予感がしつつも彼はりみが問いかける週末のデートの内容についての話に頭を切り替えていく。

 恋人の誕生日を祝うデートだけに、彼女の好みを詰め込んでいくという予定にりみも自然と口許が綻んでいく。

 

「……って言っても具体的にどこ行くとか決まってないけど」

「じゃあ、散歩したいなあ」

「散歩?」

「うん。天気予報も晴れやし、桜も咲いて……カフェとかゲーセンとか、そういう二人でよく行くところでええよ」

「じゃあ……それでいい?」

「うん♪」

 

 二人でよく行くデートコースで、いつもと違うことを感じながら当たり前の日常を過ごしていきたい。そんなりみの願いに彼は頷いた。

 彼と共に過ごす時間、一緒に食べる甘いチョコレートパフェ、ゲームセンターでクレーンを前に一喜一憂したり、一緒にリズムゲームをしたり。そして夜は仲間とも一緒に見たパニックホラー鑑賞をして、好きなものを食べて一緒に寝る。

 そんな当たり前の幸せに浸って次の記念日に、また彼の誕生日に、愛おしいまでの愛情と日常を過ごしていきたい。

 ──りみは、そんな日常を過ごす中で姉に自慢できるくらいの人間になりたいと常に願っていた。

 

「お姉ちゃんからもね、誕生日おめでとうって連絡来たんよお」

「ゆりさんから? よかったね」

「うん、ちょっと泣いちゃったあ」

 

 海外に飛び立った姉、いつも背中を見てきた姉にはその一年に起こったことをたくさん話していた。成長の中に時折は惚気を挟む妹に、姉のゆりは呆れを含ませつつも成長した彼女に最後にもう一度だけおめでとう、と様々な想いを込めて言葉を贈っていた。

 

「お姉ちゃんがね、キミが嫌な思いをさせてきたら遠慮なく報告すること、だって」

「しないよ……やっぱり嫌われてるのかな?」

「そんなことないよ。じゃなきゃ、キミに任せた、なんてゆったりせんよ?」

 

 確かに、と彼は納得したように頷いた。かと言って好かれてるわけではなさそうだというのは内心にとどめておくことにした。

 ゆりにああいうカレシいいなあと言われているため実は途轍もなく気に入っているという情報を嫉妬の理由も含めて伝えていないので、そう思うことは無理もないとりみは曖昧に微笑んだ。

 

「あ、戸山さんだ」

「あー! おはようございますっ!」

「うん、元気だね戸山さんは」

「はい! 今日も元気いっぱいです! りみりんもおはよ!」

「うん……おはよお」

 

 道中でバンドメンバーでもある戸山香澄と遭遇し、香澄は彼の左側に立って彼と談話を初めてしまう。

 ──思わず、手に力が籠ってしまう。引っ込み思案だった彼女はそれまで感じていなかったものの、バンドのメンバーと積極的に関わることになり、また彼がそのメンバーたちと知り合いになってからというものの、自分が嫉妬深い方だということに気付いていた。

 

「それじゃ、りみりんまたお昼ね!」

「うん」

 

 だがまた別の友人を見つけたようであっという間にいなくなっていく香澄を見送ってから、りみは彼の腕を引いた。

 足を止め、ほんの少しだけ頬を膨らませていく。ヤキモチ、あまり過剰に甘えたくないという思いから若干控えめな嫉妬の表現をした彼女に、彼は大丈夫だよとほほ笑みを浮かべた。

 

「りみだけ」

「ほんとお?」

「浮気できるほど、器用なつもりはないから」

「……ならええけど、モテるカレシを持つと大変だよーって沙綾ちゃんがゆってた意味がわかるなあ」

「それは……いやモテたためしがないんだけど」

「モテる人ほどゆうんやって」

 

 山吹沙綾の情報はどこからきているのかと少しだけ苦笑いをしながら本当にそうだよ、と彼は自分の潔白と一途を主張していく。

 自分は牛込りみただ一人を愛しているのだと、少しだけキザっぽく。

 

「モテないってのは、信じてへんから」

「なんで?」

「だってうちのカレシに魅力がないなんてあるわけないやん?」

「……強欲だなぁ」

 

 そんな苦笑いのコメントにりみは悪い? と笑顔で問いかけた。

 悪くない、悪くないけどと言い訳を重ねていくと、りみはうちの好みのタイプ知ってるやろ? と更に畳みかけていく。自分には当てはまらないと信じて疑わない、彼女の理想の恋人像を何度も聞いている彼は若干言い淀みながら答えていく。

 

「カッコいい、王子様……」

「正解♪」

「絶対違う」

「えー、優しいしカッコいいしー、最高のカレシやと思ってるよ?」

「あの、恥ずかしいからやめよ? みんな見てるんだけど」

 

 惚気を繰り広げていく二人に知っている人は知っているため穏やかな春のような眼差しをしながら通り過ぎていく。

 そんな春の日差しにアテられながら、りみはその輝きと色彩に負けないほどの笑顔を浮かべて、彼を振り回していく。

 

「あでも、妬かせた分の補填はいつでも待ってる♪」

「……はい」

「えへへ、なにしてくれるんやろ~、楽しみ~」

 

 いつもは引っ込み思案な自分が、まるで嘘のように彼の前ではわがままを言える。お姫様でいられる。そんな時間を許してくれるということが、りみには一番大事なことだった。名残惜しく手を放し、そして行ってらっしゃいと手を振ってくれる彼がいてくれるから、ベースを背負って、生暖かい眼差しをする友人たちに最高の笑顔で挨拶することができる。

 ──牛込りみにとって、まさしく彼こそが自分をもっと違うところまで連れ出してくれる王子様のような存在なのだから。

 

 




りみりんはおっとりしてて、お姫様のようにロマンチストな一方で、ベーシストとしてブレない自分でいることが魅力に感じます。
えっとまぁ……関西弁まみれで誰やねん状態ですけど、ふとした時に関西弁が出る。みたいな設定をオーバーに盛り込みすぎた結果ですね。うん、あと彼女、割と手が届くなら伸ばすーみたいなところもアニメとかで描写があったので、こうなりました。
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