【和奏レイ】輝ける日々はキミと共に
装置のような存在だ、と彼女は感情を出すことなく眩い舞台に立ち続けた。サポートメンバーとしてただただ、無感動に。
楽屋から立ち去る時に、後ろで成功を喜び合う声が聞こえて後ろ髪をひかれるような思いすらもあった。けれど、彼女は前に進む。ただ、進んでいく。
──そんな時、彼女は出逢った。自分よりも小さな少女が、自分の求めていた震え、痺れるくらいの熱を持っていることを。
「Sweet! Excellent! Unstoppable!」
「はいっ! 今日も大盛況でしたね、チュチュ様!」
「ふふ、そうだね」
大歓声の余韻もまだ残るライブハウスを出て、バンドメンバーと一緒に歩いているところで、和奏レイは興奮冷めやらぬ雰囲気のプロデューサー兼DJのチュチュに微笑みを浮かべて、ふと前を向くとメンバーたちにごめん、先帰るねとウィンクをした。
「ますきさん……」
「ん?」
「アレ、レイヤさんの?」
「ああカレシ。チュチュにスカウトされる前からの知り合いでさ」
ロックの言葉にマスキングが肩を竦めて応える。いつの間にか付き合ってたんだよなという言葉にやっぱり、とほんの少し恥ずかしそうに眼鏡のブリッジを押し上げるロックに、パレオがやや興味ありげに目を輝かせる。
そんなギャラリーを背中に置くレイに向かって缶コーヒーを投げて、それを片手でキャッチした彼女は微笑みながら距離を開けて風上に立つ。
「あんまり、煙近づけないでよ」
「わかってる」
火を点けて煙を吐き出す彼にレイはけれど楽しそうに、歌うようにお迎えありがと、とコーヒーを煽っていく。
スラリと背の高くクールな雰囲気のある彼女と、どこか日本人離れした鼻目立ちをした彼が作り出す空気はどことなく甘いというよりはほろ苦さを感じるものだった。
「んじゃ、行くか」
「うん」
助手席に乗り込んだレイはすぐさま窓を開けて走り抜ける街灯と夜風に髪を揺らし、目を細める。スピーカーから流れるロックに心の中で拍を取りながら、彼の車から見える景色が好きだった。
「これは?」
「QUEENの……悪い、タイトル忘れた」
「聴いたことない」
「メジャーだったらド忘れしないよ」
「それもそっか」
男性でありながら色気のある甘い歌声を耳に入れながら、やっぱカッコいいよねとレイは口にする。カッコいいってか、と彼はそれに苦笑いをする。
だが、ロックの殿堂入りすらもした偉大なアーティストへの敬意の籠った声で、この人は自分の歌で世界中に伝えようと本気で歌ってる、と口にした。
「ロックだよな」
「ロックだよ。フレディは」
「死んでなきゃ、75歳くらいか……元気に音楽やってたのかな」
「どうだろ」
HIVという重病に掛かり、苦しみの末に自らの死を受け入れた伝説的ロックミュージシャンのもしもに想いを馳せる彼にレイはふふ、と笑った。
二人の行先は特にない。いつもこうして会った日にはロックミュージックと、夜風と共に車を走らせるデートをするのが日常だった。気まぐれに語らい、気の向くまま車が二人を静かな世界に連れていく。
「でも、良いなって思う」
「なにが?」
「QUEENだけじゃないけど、こうやって世界には何年も何年もこうして誰かに感動や、共感を届ける名作ってあるでしょ? そういうの、良いなって」
確かになぁ、ともう音楽は諦めてしまった彼は寒々しい雰囲気を帯びた声で肯定した。輝かしい脚光を浴びるアーティストの足元には夥しい数の、夢に破れて、才能に破れて、音楽性に破れたアーティストたちの骸が積みあがっている。時には亡者が、その栄光の足を引っ張ろうと地の底から手を伸ばす。自分はその骸の一つであり、レイは逆に光を浴びているのだということを彼は知っていた。
「RASも」
「ん?」
「きっとずっとみんなの記憶に残るさ」
「そう……だね。そうなるように、私は歌ってるつもり」
「……自信持てよ、レイヤ」
以前なら、そんなことないとレイは否定しただろう。彼女はRASと、チュチュと出会う前は……そして出会ってからしばらくは、ただ歌うことしかしてこなかった。そこに彼女の想いは何一つ乗っていなかった。だけど、そこにいつしかRASを想う気持ちが乗っていき、そして全員の想いを彼女は歌に乗せるようになった。それがどういう心境の変化かまでは彼にはわからなかったが、記憶に残る歌というのはそういうものだと彼は持論を語る。丁度、曲が切り替わり、悲し気でありつつも決意の籠ったメロディーが流れ始めていた。
「ボヘミアンラプソディー……」
「フレディはゲイだったんだと」
「……えっと?」
「父親は敬虔なゾロアスター教徒で、善悪二元論の中で男色ってのは悪だった。フレディは悪だったんだよ」
「……うん」
ゾロアスター教、世の中は善と悪の二つで構成されているという教えを子どものころから教わってきた彼はどうにかして善であろうと努力したのだが、どうしても自分の好きなものは変えられなかった。
──ボヘミアンラプソディーはそんな自分を殺し、新しい自分へ変わっていきたいという想いと、それでも愛してくれた母親への、自分が善でいられなかったことへの謝意でできていた。
「そっか……彼は、苦しんでたんだね」
「でも、こうして苦しかったもん全部、歌にして、今でも名曲として残ってる」
「そうだね」
「そうやって強い想いがあれば、自然と残ってくよ。レイの歌も」
「……ん」
やがてボヘミアンラプソディーが終わる頃、車が止まりレイはその景色にドアを開け、上を見ながらすごいよ! と彼を手招いた。
あんまはしゃぐとこけるぞと言われ、レイは大丈夫とまた手を大きく振る。
「すごいなぁ……星がきれい……!」
「ロマンチックだろ?」
「最高に」
誰もいない夜の海辺にやってきた二人は、都会の光のないその景色に見惚れていた。幼馴染に言われた、星という言葉、その意味をわかってはいたけど今一度星の偉大さに触れ、自分がこんな風になるんだという決意を新たにしていく。
「ねぇ」
「ん?」
「楽器、積んであるでしょ?」
「はぁ?」
まさかと思ったのも束の間、何度かよろめきながら走って車のトランクを開けて、彼のアコースティックギターを取り出し、元気よく手渡す。
何歌うの? と訊ねた彼に、レイは少し考えてからキラキラ星……かな? と笑った。
「……はいはい」
音楽に一直線な彼女はこうなってしまったらもう止まらない。彼は諦めたようにギターをかき鳴らし、レイの透き通っていてけれど力強い歌が星の煌めく夜空に溶けていく。
気が済むまで歌い、深呼吸をしたレイはまたもやねぇ、と彼の名前を呼んでいく。
「今度は──っ?」
「……私はキミの音、好きだよ」
不意に唇を重ねられ、静寂を車のエンジン音が斬り裂いていく。キラキラと瞳いっぱいに星を輝かせ年相応の、十代の笑みを浮かべるレイに、彼は唇どころか言葉すらも奪われてしまった。
「おま……ったく」
「たまには、ホテルとかどう?」
「はぁ?」
「ほら……いっつも車の中だとさ……痛いし」
そんな言葉に彼は海よりも深いため息をついていく。無邪気かと思えば途端に十代とは思えない色気を出してくる。さり気に指を絡めて、妖しく微笑みを浮かべたのにも関わらず、すぐにまた無邪気さを取り戻す、そんな二面性のあるレイに彼はいつの間にか惚れ込んでしまったことを思い出したのだった。
「了解、近くのでいいよな。つかトシは」
「私、何歳に見える?」
「……はい」
大人っぽいもんな無駄にと呟き、乗れよとレイを促す。
曲が一周したようで、またもやタイトルのわからなかった曲が流れ始め、レイがいい歌だねこれ、最高と笑う。
「……思い出した」
「タイトル?」
「These Are The Days Of Our Livesだ」
「意味は?」
「……教えない」
それはひどくない? と不満げな声を出すレイに彼は後でな、と指を絡めていく。窓を開け、星を眺めながら、彼と彼女の幸せを乗せた車は都会へと戻っていく。
──そんな星を、レイはいつまでも忘れられない、という予感を抱いていた。いつだって彼とドライブをして思い出せるほど、素敵な景色と素敵な音楽だったのだから。