バンドリ! 恋愛短編集   作:黒マメファナ

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【佐藤ますき】キミが一緒なら

 ──ドラムの音が響く。自分を振り返り、驚きと諦観を見せるメンバー。退屈な日々。情熱もある、技術も悪くないのだろう。だが自分とは、自分の音楽とは決定的に()()。彼女はいつも孤独だった。周囲は彼女のことを狂った獣だと称し、畏れられ、距離を置かれる。どうしてこうなったのだろうと自問自答をして、バンドが組めなくても、自分は自分の音楽ができていると常に言い聞かせ続けてきた。その先に、何もない、孤独の闇が広がっていることを知りながら。

 

「ますきー?」

「んぁ!? お……おお、お前か……」

「こんなところで寝ちゃダメだろー」

 

 だが声がしたことで、意識が覚醒した彼女は一瞬だけきょとんとしてから自分が夢を見ていたこと、実家の地下にあるGalaxyのステージの上で寝転がっていることに気づいた。

 悪い悪い、と歯を見せながら笑い、佐藤ますきは頭に残るようでありながら具体的な内容はわからなくなっていく夢を追いかけようと思考を巡らせた。焦燥感、寂寥感、そんな感覚に頭を掻き、振り払うようにまたドラムを叩き始めた。

 

「──それで、なんでまたあんなところで寝転がって……?」

「練習してたらなーんか、今日は調子悪くてな」

「それでアレかぁ、びっくりさせないでよー」

 

 ドラムに集中し、一息を吐いたところで彼がまたやってきて、コーヒーを片手に会話をしていく。のんびりとした口調で、秋口にありながらモンシロチョウでも頭の周りに飛んでそうなマイペースで春の陽気を思わせる雰囲気にますきは毒気を抜かれたようにホントにびっくりしてんのかソレとため息を吐く。

 

「心臓止まるかと」

「そんなにか……見えねぇんだけど」

 

 ますきはまじまじとGalaxyでアルバイトをしている一つ年下の彼を見つめた。能天気そうなその顔は、しかししっかりとますきよりも身長が高く、男性的な特徴もあり、彼女は思わず目を逸らしてしまう。

 

「んー? どしたの?」

「なっ……なんでも、ねぇよ」

 

 ──彼をまっすぐ見られなくなったのは、出逢った時には咲き誇っていた桜の花びらが散り、すっかり冬がやってきた時のこと。

 RASのドラマーとして、バンドのメンバーと本気でぶつかり、涙や怒り、喜び、全部の感情をぶつけて本当の仲間(チーム)と呼べるようになった頃であった。

 だがそんな意識に対して、自分の理想とする男性は、少なくともふわふわと綿毛のような雰囲気を漂わせる彼とは正反対であるからだった。

 

「まっすーさんって、案外ロマンチストというか……白馬の王子サマが好みなんですか?」

「……いや、そこまでわかりやすいモンじゃねぇ……と思うんだけど」

「でも絶対そのタイプって少女マンガ知識じゃないですか~?」

「う、うるせぇ!」

 

 口が堅そうなメンバーに相談したところ、暗に夢見がちと言われたこともある。

 ともすれば不良にしか見えないような彼女ではあるが、昔から所謂お嬢様学校で育ってきたますきにとってそれまで同年代の男性と机を挟んだ距離感で話すことすらなく、どこか空想上の生き物であるかのような錯覚すらあった。

 

「確かに今日は調子悪そーだ。ずーっとぼーっとしてるしさー」

「あ、ああ……悪い」

「大丈夫大丈夫。片付けやっとくからー」

「……あ、おい」

 

 だからこそ、この感情が恋煩いかどうかということもわからず、また認めたくないという気持ちが勝っていた。

 テキパキと片付けを始められ、手持ち無沙汰になってしまったますきは彼から離れていく。自室で転がろうかとも思ったがそれでは胸の中にあるモヤモヤとした正体のわからない感情を意識することになってしまう。そう考えた彼女はスマホで連絡を入れていく。

 

『ハーイ、マスキング』

「チュチュ、今からソッチ行ってもいいか?」

『オッケー、スタジオ開けておくわ』

 

 バイクを走らせ数分、チュチュのマンションにあるスタジオへとやってきたますきは、そこで見慣れたメンバーが揃っていることに驚きの表情をした。

 家主であるチュチュ、その従者を堂々と名乗るパレオ、そして。

 

「ますきさん、こんにちは!」

「ああ、ますき。ますきも、練習?」

「レイ、ロック」

 

 用事ついでに寄った、そう語るのはレイヤとロックだった。次いで驚きのままチュチュに目線を向けるとまっすーさんから連絡がある寸前にお二人からも連絡があったんですよ、とパレオが嬉しそうに説明をしてくれた。

 

「せっかく、どうしてもってレイヤが言うからオフってしてあげたのに」

「ごめんチュチュ、でも、待っててくれてありがと」

「フン!」

 

 それじゃあどうせだし、練習にしようかと仕切っていくレイヤ、準備しますと笑うパレオとロック、そして、その輪の中にごく自然にますきは自分がいることに気づいた。

 ──望んでも、望んでも手に入らなかったチーム。同じ方向を向ける仲間。独りでないという胸の高鳴り。

 

「……ますき?」

「あ、ああ……なんか、わかったような気がしたんだよ」

「ますきさん、最近何か悩んでるような感じしましたよね、解決したんですか?」

「おう……たぶん、だけどな」

 

 彼はそれと同じだ。口調も学校ではなんとか誤魔化しているくらいに粗野で、周囲と自分が違うことに苦心していた彼女にとって、なんでもない日常の一部のように接してくれるということがどれだけ心を動かされる存在なのか……独りにしてくれないということがどれだけ幸福なことなのか、ますきは今更になって気づくことができた。

 

「うっし! 今日は暴れるか!」

「じゃあパレオもお供します!」

「いいね、ぶつけ合おう」

「あわわ……今日は荒れる予感……うちも頑張らんと」

 

 その日はチュチュが本来の練習だったら全員放り出してるわ、と呆れるほどに全員が自分勝手に音楽をかき鳴らしていった。

 ──結局、全員を飲み込んでいったのは独りで突っ走っていくロックだったのだが。

 

「あー、すっきりした! やっぱ最高だな」

「うん、楽しかった」

「疲れましたぁ……」

「なに言ってんだよ! ロックが一番ヤバかっただろ!」

「え、ええ……」

 

 手の付けられない狂犬(マスキング)として敬遠されてきた自分はもういない。今はRASのドラマーとしてのマスキング、そしてメンバーきっての料理担当であり、ロックと少女マンガを貸し借りし、パレオとはかわいいもの談義をする佐藤ますきとしての自分のことが、嫌いではなかった。

 キバを抜かれたわけでも、首輪をつけられたわけでもない。ただ、無暗に吠えるほど弱く脆い存在ではなくなったということ。

 

「あ……おかえりますき」

「おう……ただいま」

「じゃあそろそろ上がるから、お疲れー」

「あ……あのさ」

「んー?」

 

 ロックを送っていき、自宅の八百屋の前まで帰ってきたところで、来た時と同じ制服姿に戻った彼とばったり出会った。

 調子が悪いと言ったのにどこかへ飛び出していたのを咎めることも問い詰めることもなくのんびりと手を振る彼をますきは呼び止める。

 

「これからメシでも、どうだ? 腹減ってさ」

「いいねー、お腹減ったよ」

「よし、じゃあラーメンな」

「おっけー」

 

 どこまでも、自分が描いてきた恋愛とは……マンガで見て想像してきたラブストーリーとはかけ離れたものだった。だが、それだからこそ、自分の気持ちが勘違いではないと信じることができていた。

 ──信じることで漸く、一歩を踏み出せることができる。あの日、チュチュの手を取った時のように。

 

「……ってさ、なんでもかんでも音楽につながるんだよな」

「ますきらしくていいんじゃない? らしい方が好きだけどなー」

「……そうか」

 

 普段のんびりとした雰囲気があるせいで感じることはないけれど、ふとした時に男なんだと感じてしまえる彼。並ぶと背が高くて、背中は広い。重たくて苦労している機材をひょいと持ち上げてしまえる彼。

 ますきは、そんな彼を知るごとに気持ちを深めていくのだった。

 

「それはギャップ萌え、というやつですね」

「ぎゃっぷ……もえ?」

「第一印象とは違うところにキュン、としちゃうところですよ」

「あー、ロックみたいなやつか」

「どちらかというとまっすーさんでは……?」

「あ?」

 

 その言葉通り、関わる時間が増えていくごとに相手の様々な一面がわかるようになったのは何も彼女の一方通行ではなかった。バンドメンバーと関わる姿、クレーンゲームでかわいいぬいぐるみを見つめる姿、お菓子作りのためにエプロンをする姿、第一印象ではわからないますきの表情を知る度、彼もまた、マスキングとしてだけではない佐藤ますきという一人の女性を深く意識していく。

 本当の自分、自然体としての自分、ますきはいつしか、彼に対してどう接するか考えることが減っていく。ありのまま、思ったままの言葉が口から出るようになっていく。

 ──やがて、二人は二人でいることが自然になる。傍にいることが、想いを伝えることが当たり前になっていく。だが今はまだ……その気持ちはお互いの胸の裡でしかない、秘められた想いだった。

 

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