バンドリ! 恋愛短編集   作:黒マメファナ

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【鳰原令王那】何色でもない時間をキミと

 鳰原れおなは、ため息を吐く。学級委員として頼られることに嫌悪感はない。だがそれが本当の自分ではないという乖離が本人の心を蝕んでいく。目を閉じればすぐに思い浮かぶ景色、キーボードを弾く自分、横を見ると彼女と目が合う。楽しくて、観客からはかわいいと言われる。最高の時間。

 ──目を開けばその景色がまるで夢のようだった。誰もが自分をカッコいい、クール、おとなしい、優秀でいい子、そんな風に形容される。彼女にとって中学校というものは一種の牢屋のようですらあった。

 自分の生き方は自分で決める。そんな思いとは裏腹にそれを本当に是としていいのかと問い詰める自分もいた。

 

「レオ」

 

 かわいい自分(パレオ)かわいくない自分(れおな)、その埋めがたい二人の差に押しつぶされそうになりながら校門を出ると、そこには楽器を背負った男が立っていた。どちらでもない呼び方をする彼の名前を呟きやや顔を明るくしかけたところで、同じように校門から出てくる、自分と同じ制服を身にまとった少女たちがちょっと不思議そうに目線を送ったことに気づき、慌てて体裁を整えた。

 

「こ、ここで待つのは非常識かつ迷惑です」

「悪い。気をつける」

「……反省してない」

 

 少し離れて、あたりに同じ制服を着た子がいなくなったのを見計らってから、れおなは彼の隣を歩き始める。

 噂になったらどうするの? そんな柔らかく、だがトゲのついた言葉を受けた彼はもう一度だけ悪い、と反省の色のない謝罪をした。

 

「女子校ってああいうのが噂になるの、すっごく早いんだよ?」

「そういうもんか」

「みんな飢えてるからね」

 

 街中で何組の誰が男と手を繋いでいたとか、カレシらしきヒトと一緒に歩いていただとか女子校はその手の話題であふれていた。特にマジメでおとなしいれおなのようなヒトを校門前で男子が待っていた、となれば爆発的に噂が広まるのは必定だった。

 

「質問責めにあったら、あなたのせいだから」

「はいはい」

「もう、話聞いてる?」

 

 適当に流され唇を尖らせていたれおなは、だが自宅に着くなり少し駆け足でちょっと待っててと彼を置き去りに家に入っていく。生返事をしながら特に気にすることなく、スマホを触り、待つこと十分ほど、そこに鳰原れおなはいなくなっていた。

 

「お待たせ!」

「おう、行くか」

「うんっ」

 

 髪色をウィッグでピンクと水色のツートンカラーにし、眼鏡からコンタクトに変え、制服から着替え、さっきよりも一段高く元気な声で、弾けるような笑顔で()()()は彼の腕を取り駅へと向かっていく。

 パッと見た印象で彼女が鳰原れおなだと気づける人間はどれくらいいるのだろうか。彼はそう考えながらじっと見ていると、まるで犬のように期待したような瞳でなに? と訴えかけてくる。

 

「いいや? レオはいっつも元気だなーと思って」

「ふふふ、このプチデートが楽しいからかな?」

 

 ここから東京のRAS本拠地であるチュチュのマンションまでの道をデートと言い切るパレオに彼はそうかと笑みを浮かべた。普段の彼女からは考えられないほどまっすぐな感情をぶつけられるとそれはそれで照れてしまう……というのをパレオは知っていた。電車に乗っているあいだも絶えずくっついていく。

 

「ねね、今日は? 泊まってもいい?」

「……部屋汚くていいなら」

「え~、この間キレイにしたのに~」

 

 片付けんの苦手なの、と今度は彼が唇を尖らせる。パレオは苦手なのはわかるけど努力をしないと~と歌うように、まるでそれが本当は悪いことではないかのように言葉にしていく。指を彼の指の間に滑り込ませて、嬉しそうに微笑んだ。

 

「しょうがないから、パレオがぜ~んぶキレイにしてあげるね♪」

「キレイ好きなカノジョで嬉しいよ、ありがとう」

「どういたしましてっ」

 

 少女から放たれる蠱惑的とも言える声色に少しだけ心臓を跳ねさせる彼を見て、パレオはまた微笑みを浮かべる。れおなとしては大人しく静かでクールな女性、パレオとしては従順で感情にストレート、だが今の彼女はそのどちらとも違うやや加虐的な色合いが瞳からあふれていた。

 その色に彼は引きずりこまれるような感覚を味わっていた。出会ってから数ヶ月という短い時間、だがその時間の中で彼は確実に彼女という花の甘さに、堕ちていくようだった。

 

「そーいえば」

「ん?」

「今日はなんで迎えに来てくれたの?」

「……なんでって」

 

 だって、面倒だったでしょ? とパレオは片道の時間を指しながらつぶやく。彼の家は確かにチュチュのマンションからはそう遠くにはないが、往復となると彼女の家からは相当な時間がかかる。電車賃もそう安いわけではないし、なにより申し訳なさを感じての言葉だったが、じゃあレオはどっちがいいの? と問われ反射的に声を出してしまう。

 

「そりゃあ……そりゃあさ、嬉しい、けど」

「嬉しいなら喜んでおいて損はないと思うけどなぁ」

「誰かの負担になりたくない」

「そう思ってる時点で重いんだよ、レオは」

「ひどい!」

 

 その言い草にパレオは頬を膨らませる。なんと愛のない言い方なんだろう、この人はどうしてそんなひどい言い方をするんだろう。そんな憤りは握られた手と唇に吸い取られていってしまう。

 

「それが嫌、とは言ってないけど」

「言い方が嫌」

「そんなレオが好き」

「……っ、嫌い!」

「嘘つきだな」

「バカ……アホ、たらし、エッチ、変態」

 

 照れは心にもない、わけではないが傷つける意図ではない罵倒へと変わり、そしてまた、彼を誘う魅惑の花の香りを漂わせていく。わがままでいいんだ、もっとわがままになっていいんだ。そんな安心感がパレオとれおなの境界線を曖昧にしていく。

 

「でも嫌いではないだろ」

「うるさい。その余裕はホントに嫌い」

「年上だから余裕は必要、わかる?」

「知らない」

「お前も大概ひどいよな」

 

 その言葉に逆転した、とばかりにそれが嫌とは言ってない、と先程の彼のように言おうとしたところで、それこそが彼の罠だということに気づき慌てて咳払いで抑える。巧みにこのやり取りが嫌いではないということを示していることだった。

 

「なんだ気づいたのか、えらいえらい」

「子ども扱いしないでウィッグ乱れるからやめて」

「駄々っ子みたいだな」

「じゃあ……ロリコン?」

「うぐっ」

 

 気まずそうな顔で目を逸らしてくるほどの衝撃を受けたことが意外だったため、彼女はきょとんとした後にぷっと噴き出した。年下に、しかもいたいけな中学生をたらしこんだという罪悪感はあること。それでもこうして言葉や手で好きという気持ちを教えてくれる彼が、彼女には宝物のようだった。

 

「笑うなよ。こっちは深刻な悩みなんだ」

「じゃあなんで寄ってきたの?」

「好きになったんだから……しょうがないだろ」

「中学生を?」

「年齢発覚した時にはもう手遅れだったんだよ」

 

 まさか中学生だとは、いつもそばにいるネコミミヘッドホンのチュチュと同じ年だなんて思いもしなかったんだよ、と言い訳を重ねていく。彼女は小柄でかわいらしいもんね、チュチュ様と笑う。小柄でツンとした態度がまたかわいくて音楽に一生懸命で。そんな尊敬し敬愛するご主人様を想っていた。

 

「まぁ……レオもかわいいけど」

「ん?」

「いやレオもかわいいって」

「もう一回」

「何回言わせるんだ」

「普段言ってほしい分」

「どんだけだよ」

「毎秒、常に!」

 

 だが常にはムリ、と断られほんの少しだけ項垂れてしまう。つい、パレオの姿でいると抑制が効きにくくなってしまう。主人と慕うチュチュにも見せることのないわがままや、どうしようもなく好きなヒトを振り回したいという欲求を抑えられないということに意気消沈してしまう。

 

「レオは素直なのが一番だと思うけどな」

「そんなこと言って、めんどくさいって思ってるでしょ」

「うん」

「やっぱり」

「でもレオはそこがかわいい」

 

 落として、上げられて。先程の仕返しとでも言いたげな彼の笑顔に彼女は唇を尖らせた。めんどくさいけど、めんどくさいからかわいい。そんな風に言われても嬉しくないよとは返してみるものの、その言葉が嘘であることは彼女の表情を見れば彼でなくてもわかることだった。

 

「なぁレオ?」

「んー?」

「中学卒業したら、どうすんの? 進路とか」

「決めてないよ。先生にはいいところ狙えるから、とは言われるけど」

「うちの近くは?」

 

 それは通うのが大変、と言いかけてその真意を汲み取った彼女は、同棲はしませんと断った。存在は教えているにしろ両親にもまだ紹介できていないし、なによりまだそこまでの心の準備ができていない、というのが本音だった。だが、先回りされややショックを受けている彼に、そりゃあ、とまだまだかわいらしい未来の展望を伝えていく。

 

「ずっと一緒にいたいし、ほら、け……結婚とか、あるけどまだ早いよ」

「まぁ、十四だしな」

「誕生日来てないから十三だよ?」

「……具体的年齢を出すな」

「去年までティーンですらなかったし、二年前はランドセル背負ってたよ?」

「いじめて楽しい?」

「うん」

 

 ロリコン、という四文字を突き付けられやっぱナシだなと結論を付けた彼にでも、と彼女は志望校を上げていく。どれもが彼の家の近くにあるものばかりで顔を明るくしたところで、彼女はニッコリと笑みを浮かべて告げた。

 

「チュチュ様にも誘われていたから、そっちに行くね」

「……は?」

「二人で住むには狭くない?」

「そうだけど」

「近所になるからいいでしょ?」

 

 彼はもう一度そうだけどさぁと先程の彼女のように唇を尖らせた。その隙に、その溢れ出た好きという感情に、彼女は彼の腕を取りいたずらっ子のような笑みを浮かべてくる。愛されたいという欲求は愛を言葉にしてほしいという欲求へと変わっていく。

 

「ね、一緒がよかった? 一緒に暮らしたい?」

「そりゃあ……レオのこと独占したいし」

「──っ! そっか、そっかそっか!」

「なんでそんなにキラキラしてんの?」

「わたしもだから!」

 

 パレオでもなく、れおなでもなく。自分の作り出した自分ではない本当の声で彼女は目を輝かせて彼の愛に自分のめいっぱいの愛で応えていく。

 ──惚気とお互いのスケジュールのすれ違いで会えない日々が続き膝を抱えてうずくまっていた彼女を発見した主人たるチュチュがそんなのだったらゲストルームくらい貸すわよ! と折れて、予定より早く同棲するのは、それから数年後の話だった。

 

 

 

 

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