【今井リサ】キミと駆け引きとクリスマス
レッスンが終わり、それぞれ解散していく中、今井リサは空を見上げて白い息を吐き出し早足に音楽事務所に向かっていく。誰か他にいるだろう、と思い元気よく挨拶をしたもののそこにはリサの目当ての人物が一人、暖房の音とパソコンのファンの音に紛れて画面とにらめっこをしていた。
「お疲れ様〜」
「あ、ああ今井か……今日って直帰じゃなかったか?」
「まぁね、でも一応報告しておこう、的な?」
「そうか」
その男性はプロとして活動し始めたRoseliaのマネージャーを努めている男だった。今まで自分たちでやってきた広報やオファーの精査などの雑務をこなし、前よりもより彼女たちが音楽に集中できるようにと管理をする人物であり、まだ若い身でありながらこの「大ガールズバンド時代」と呼ばれる空前絶後のガールズバンドブームの最先端たるバンドのマネジメント業務に携わることになった彼は、だが下積み時代とは比べ物にならない多忙さに追われる日々を送っていた。
「てかまた残業? 今日何日だと思ってんの?」
「……クリスマス・イヴだな。思い出させないでくれ、寂しくなる」
「あはは、クリボッチってこと?」
「ってこともクソも明日は一日今井の付き添いだった気がするんだが?」
「そうだったね〜」
既に誰もいなくなったオフィスにタイピング音とリサの鼻歌がセッションを始める。暖房の低い唸り声もまた、リズムを取っているようだと感じた彼はふと画面から目を上げ、自販機からコーヒーを手に帰ってきたリサに訊ねた。
「今井は」
「ん?」
「この時間にこんなところにいて、よかったのか?」
「なにが?」
「いやその、友達とか」
「恋人とかってこと?」
「──まぁ、そうだな」
遠回しにした言葉をわざわざ口にした彼女は密かに笑う。イメージの問題はあるものの特段恋愛を禁止しているわけではないため、そういう相手がいないようには思えない、と印象付けていたリサが24日の夜に事務所を訪ねてきているという事実に違和感があったのだが、リサはそれを先回りしたように彼の机に缶コーヒーを置いた。
「どのみち、明日もお仕事しなきゃなんだからカレシとかいても愛想尽かされちゃうって」
「そんなもんか」
「そんなもんだよ──同年代なんて」
「厳しいな」
苦笑いをし、それならリサの付き添いで一日費やす自分も同罪なんだろうと自嘲した彼に彼女はそうだよと笑みを向けた。ひとしきり笑いあった後に、彼はおもむろにパソコンを閉じ、缶コーヒーを飲み干していく。
「送ってくよ」
「お、ありがと〜♪」
「あと──なにか奢ろうか、簡単なものでいいから」
「……へ〜? 気が利くじゃん?」
まぁな、とコートに手を伸ばし、帰る準備をし始めた彼をリサは目で追いかけて、ベースを背負っていく。他愛ないおしゃべりが過ぎたせいか時間はすっかり22時を回っており、外の空気はひんやりと肌を刺すような冷たさに覆われていた。そんな寒空に長時間放置された車もまた、車内は外と変わらないほどに冷えていた。
「で、何がいいの?」
「ケーキ」
「……いや、もう十時」
「いいよ、今日じゃなくて明日でも」
「明日って……そうか」
「そうそう、てかアタシら、別にボッチじゃないんだね」
「そうだったな」
走り始めた車はようやく暖かい風を出す。その温度にやっとマフラーを外し、前の信号を見つめ、その色が青から黄色に変わり、そして赤になったタイミングでもう一度何がほしいかの答えをリサはゆっくりと伝えていった。
「仕事、昼くらいには終わるでしょ?」
「そうだな、朝早いし」
「おいしいケーキ屋さん、予約してあるからさ……ね?」
「そういうことか……ん?」
彼はその言葉に引っかかりを覚えたものの信号が再び青になり思考が中断される。急激に車内が暖房によって温められたせいで、フロントガラスがゆっくりと曇り始めていく。再び赤信号に引っかかり彼がデフロスターのボタンを押そうとした手をリサがつかみ、顔を彼に寄せた。
「──アタシ的には、このまま一晩……ってのもアリだケドね?」
「か、からかうなよ……全く」
「あはは、顔赤いじゃん」
「……信号のせいだろ」
「そっか、まぁそういうことにしてあげるよ!」
デフロスターによって曇りが晴れ、信号は青に変わる。まっすぐの道を走らせながら彼はチラリとリサの横顔を見ると、彼女の顔は別の明かりに照らされてオレンジ色に染まっていた。
だが心臓の音が聴かれることはなくやがて車はリサの家の前に到着する。彼女は運転席までやってきて、白い街灯に照らされながら窓を叩く。
「どうした?」
「はい」
「……なんだこれ」
「なんだって、プレゼントだよ」
「は……え?」
「明日も寒いらしいから、ソレは必須だからね〜」
そう言って、彼がなにかを言う前にリサは手を振って家の中へと消えていく。
緑と赤、そして金色のラインの入ったいかにもクリスマスといったラッピングに入っていたそれは、赤い色の糸で編まれたマフラーだった。彼女が普段使っているワインレッドよりも少し明るいカラーリングにチェック柄で他の色もあるソレは手編みではなく店のものだったが、いつの間に用意していたんだと彼を驚かせた。
「あ! リサ姉おかえり! どーだった?」
「あら……よかった、渡せたのね」
「うん、バッチリ」
「ええ、本当によかったです。直前までどうやって渡そうと右往左往していたので心配していました」
「……直前で、やっぱり渡せなく、なって……というのは、少し……わたしも」
「紗夜も燐子もひどくない!? アタシだってやる時はやるんだって!」
「明日も……うまくいくといいですね……ふふ」
だが彼は翌日にあることまで全て、五人で考えたことだということには最後まで気付くことはなかった。そして彼女が決して恋愛ごとの駆け引きが上手な部類ではないということも、彼が気付くのはもっとずっと、後のことだった。
もちろんですが前回のリサ回とは話が繋がっていません。せっかくだから事務所絡みの話が書きたかっただけとも言う。