魔王軍との初戦闘です。
「この前は本当に焦ったわー、まさか異世界まで来てヤクザに出会うとは……」
ギルド内で仲間と昼食をとりながらカズマは呟いた。
「『ヤクザ』とはそんなに恐ろしいんですか?カズマ。確かに顔は傷だらけでアンデットみたいでしたけど……。」
「おいめぐみん、間違ってもそれ本人の前で言うなよ。簀巻きにされて川に流されても俺は助けないからな。」
「なっ、簀巻きッ!?ちょ、ちょっと行ってくる!」
「待てダクネス!お前みたいな変態送り込んだと思われたら俺まで殺される!」
身内のドМを何とか抑え、カズマはシュワシュワで一息つく。
「にしてもあいつ、いきなりあんな高難度のクエスト達成するなんてスゲーな。やっぱり女神から特典貰ってるやつは違うぜ。」
駆け出し冒険者が初クエストでグリフォンとマンティコアを討伐した。
ここ数日、ギルド内はこの話でもちきりだった。
「それなんだけど……」
先ほどまで料理に夢中だったアクアが口を挟む。
「あの人、どうも能力とかステータスの特典を受け取った形跡がないのよね。だから貰ってるとしたら武器やアイテムなんだけど……噂では素手で倒したんでしょ?」
作り話だと一蹴されてしまいそうなこの噂が、ここまで町を賑わせているのは理由がある。
一つはギルドカードに記載された討伐モンスター。そしてもう一つは、住人からも信頼の厚い人物であるウィズの証言。
そして彼女の話によれば花山はなんと、たった一人で、拳一つでグリフォンを討伐したというのだ。
女神であるアクアには、転生者がどんな恩恵を受けているか、手にした武器が女神から与えられたものか、そういうことが一目でわかる。
そのアクアが、花山の身体能力は女神の力ではないと言う。ということは――。
「え?じゃあ何、元々死ぬ前から馬鹿みたいに強くて、異世界でも十分通用してるってこと?……いやいや無いってそれは、お前いよいよ女神としてポンコツになってんじゃねーの?」
「あ!いま私を馬鹿にしたわね!?謝って!女神に向かってポンコツなんて言ったことを誠心誠意謝って!」
『緊急!緊急!全冒険者の皆さんは直ちに武装し、戦闘態勢で町の正門まで集まってください』
アクアがカズマに食って掛かったその時、町中にアナウンスが流れた。
街は、一気に慌ただしくなった。
「毎日毎日毎日毎日ッ!俺の城に欠かさず爆裂魔法を打ち込んでいく頭のおかしい大馬鹿は、誰だァーーーーッッ!!」
アクセルの正門。集まった大勢の冒険者たちに向かってデュラハンの怒号が飛んだ。
ゆんゆんには心当たりがあった。爆裂魔法をこよなく愛する自分の親友。もしや――否、まず間違いなくめぐみんの仕業であると察した彼女は逡巡する。
(このままだときっとめぐみんが殺されちゃう……。私が代わりに名乗り出れば……。)
震える体でそんなことを考えるゆんゆんの肩に、大きな手が置かれた。
「ハナヤマさん……。」
「こいつはどういう状況だ?」
「あのデュラハン、私の親友を狙っているみたいなんです……。私が身代わりになろうと思ったんですけど……相手は魔王軍の幹部だって聞いて……勇気がっ……出なくて……。」
うつむいたゆんゆんの頭を花山は乱暴に撫でる。
「下がってな。」
そういって歩き出した大きな背中をゆんゆんは信じることにした。
驚いたのはめぐみんだ。集団内で犯人探しが始まる中、自分が意を決するよりも先に他人が向かっていくではないか。
驚きで言葉を失った彼女は仲間とともにその背を見送った。
「ほう……貴様がやったのか?魔法を使うようには見えないが……。」
黒い鎧のアンデットと、白いスーツの人間。二人の間合いが十二分に近づいたところで、デュラハンは尋ねた。
「……あんた……。」
問いに対して花山は、かけていた眼鏡を外しながらゆっくりと口を開く。
「強えんだって……?」
言葉の意味を、デュラハンは瞬時に理解した。かつて騎士だった自らの、すでに死したはずの細胞が沸き立つような感覚が走る。
「ククク……ハハハハハッ!よもやこんな街に貴様のような勇敢な男がいるとは!いいだろう!」
「俺は魔王軍幹部が一人、ベルディア!騎士道に則り貴様との勝負を受けてやる!」
そういって剣を向けるベルディアに対して、花山は眼鏡を手から落とすとズボンの両裾を手でつかむ。
次の瞬間、服を一気に引き破り、褌一丁の五体がそこに現れた。
「「「「~~~~~ッッッ!!」」」」」
冒険者一同の、声にならない声。
顔の傷からある程度予想はしていたが、体の傷は想像以上だった。
そして何より背中に描かれた大きな刺青。切り刻まれ歪んだその刺青は、もはや美しくすらあった。
「無茶だ!」
叫んだのはカズマだった。
最初、カズマはもしかしたらと思っていた。
自分と同じ転生者の花山なら、女神からもらったアイテムで魔王軍幹部をも倒せるのではと。
だが、そんなカズマの期待を裏切るように花山は何も持たぬ姿になってしまった。
アクア曰く能力の特典ではない以上、褌一丁という何の武器も持たないあの姿では勝ち目などない。
「そ、そうです!身代わりになるなんて辞めてください!デュラハン!城に爆裂魔法を撃ったのは私です!その人は関係ありません!」
「おいアクア!お前の力でハナヤマを援護出来ないか!?」
カズマの声に、アクアだけでなく周りの冒険者たちも奮い立つ。『私を誰だと思っているのよ』『そうだ、俺たちも参戦しよう』『全員で行けば活路はある』そんな言葉が聞こえ始め、今にも向かっていきそうな集団を止めたのは――
「ゆんゆん!?あなた何しているんですか!?」
集団の前に立ち、両手を広げるゆんゆん。知り合いの姿に思わずめぐみんは声を荒げた。
「めぐみん、あの子知り合いなのか!?」
「ええ、ですが説明してる暇はありません……。ゆんゆん!そこを退いてください!」
「……あのね、めぐみん。ハナヤマさんは私に『下がってな』ってそう言ったの。」
「だから何ですか!?私のせいで誰かを死なせるわけにはいきません、退かないというのなら容赦しませんよ!」
杖を向けるめぐみんに対しても、ゆんゆんは怯まない。
「ごめんね……。でもこれはもう『ハナヤマさんの喧嘩』なの。邪魔させるわけにはいかない。」
まだ出会って数日だが、ゆんゆんは花山のことを理解し始めていた。
真っ直ぐめぐみんを見据える目は、めぐみんがかつて見たことのない真面目な視線だったという。
そんな騒がしい正門付近とは対照的に、臨戦態勢に入った二人の周りは禅寺のような静けさだった。
「姓は花山、名は薫。ベルディアさんにゃ何の恨みもありやせんが……シメさせてもらいやす。」
花山が名乗り、構えた。
広く開脚し、両拳を高く広げたその姿勢は、相手の反撃などまるで考慮しない。
これから命のやり取りをする相手に対し、何一つ防御ぐつもりはないと宣言しているのだ。
これを侮辱と感じなかった理由は、ベルディア自身もわからない。
「その意気や良し!!」
袈裟懸けに剣を振り下ろし、戦いの幕が上がった。
――硬ッッ
肩から真っ二つ。そのつもりで振り下ろした剣は 鎖骨一本断つことができず止まった。
宮本武蔵曰く『骨の宮』。その強度は魔王軍幹部の一振りでさえ弾いてしまう代物だった。
血の気が引いた錯覚を覚えるベルディアが見たもの……。
投擲のフォームを思わせる、深い深い振りかぶり――。
刹那。ベルディアの胸部に衝撃が走った。
(なぜ、空が見えている……?)
(なぜ、あの男があんなに遠い……!?)
たかが駆け出し冒険者のパンチ一発と侮る心があったのだろう。何が起きたかもわからぬまま、ベルディアは花山の10mほど先で仰向けになっていた。
混乱したまま半身を起こしたベルディアは自分に何が起こったのかをようやく理解した。
「~~~~~ッ!?」
甲冑についた、巨大な拳の跡。自慢の鎧は無残に凹み、敵の破壊力をこれでもかと示している。
「まだやれるかい?」
「当然だッ!!」
近づいてきた花山に切りかかる。
肉に刃が通るのも気にせず放った花山の拳はベルディアの腹をとらえた。
「フ……フフフ……。」
花山の拳を受けたベルディアは嬉しそうに笑い出す。
――こんな男見たことが無い。
「お前のような男に会えたことを邪神と魔王様に感謝する。だが……。」
ベルディアの雰囲気が変わる。
「俺も騎士として、魔王軍幹部の一人として、負けるわけにはいかない!」
「――これ、まずいんじゃないか?」
誰かが言った。
先ほどまで固唾をのんで戦いを見守っていた冒険者たち。だが、今は皆表情が暗い。
理由は一つ。ベルディアが戦法を変え、花山が押され始めたのだ。
一太刀入れ、離れる、また一太刀入れては、離れる。
ベルディアが選んだのはヒットアンドアウェイ戦法。だんだん慣れてきたのか、今では花山の攻撃を完全に避け始めている。
「ゆんゆん!これ以上は待てません!助けに行かないと!」
めぐみんがゆんゆんに掴みかかる。
「そうだ、さすがにこれ以上はやばい!アクア!『ターンアンデット』を……」
カズマがアクアを探し振り向いた瞬間、背後で凄まじい破壊音が響く。直後、冒険者一同は歓声に包まれた。
「え?え?」
サトウカズマは、決着の場面を見逃した――。
「ッ!!」
もう何太刀入れただろうか。
花山の足元には血だまりが出来、額には汗も滲んでいる。だというのに。
目の前のこの男は未だ倒れず、それどころか反撃までしてくる。
(ハナヤマよ、それはもう食らわん。)
ここで花山がとったのは、初撃と同じ、遠投を思わせる振りかぶり。
(狙うは、がら空きの腹……ッ)
意識を研ぎ澄ませ踏み込んだベルディアは、花山の腹部を切り裂いた――はずだった。
ベルディアは心のどこかで恐怖していた。アンデットよりも不死身に思えるこの男に。
そして、最初に食らった一撃。その威力のほどは自らの甲冑に刻まれている。
そんなバカげた攻撃をもう一度予告された彼は、噴き出した恐怖心で踏み込みが鈍った。
本能が、死肉に宿る魂が、怖気た。
振りぬけば相打ちだっただろうその剣を、ベルディアは防御に使った。
直後激突した彼の拳は、ベルディアの剣をへし折り拳骨型にへこんだ胸を再度打ち抜いた。
「……俺の負けだ。」
花山の全力を二度受けだ胴体は、上半身が破裂したように千切れてしまっている。
「恐怖など……デュラハンになったときに捨てたと思っていたがな。」
「……いい……
花山の言葉に驚いた顔をしたベルディアは、愉快そうに笑った。
「ハッハッハッ!俺は騎士として、決闘で負けたことは無かったが……そうか、これは喧嘩だったか……。」
花山がベルディアの横に胡坐で座る。出血が多く意識が朦朧としているようだ。
「ハナヤマさん大丈夫ですか!?すぐ治療します!」
走ってきたのはゆんゆん。少し遅れてカズマ達も到着する。
「さて、貴様らの中にアークプリーストはいるか?」
「え?あぁ、いますけど……。」
カズマはベルディアの頭にアクアを差し出す。
「そうか、今なら初級冒険者の『ターンアンデット』でも効果があるだろう。浄化してくれ。」
ベルディアに促され、アクアが浄化魔法をかけた。
「ハナヤマ……楽しかったぞ、ありがとう。」
「……へッ。」
花山が小さく笑う。魔王軍の騎士は、青い光に包まれ満足そうに消えていった。
こうして、花山の魔王軍との初戦闘は幕を閉じた――。
カズマ一行と絡まないとマジでギャグが消えるんですよね、ベルディアさんがめちゃくちゃ真面目でなんか違うってなったかもしれないですが大目に見てください……。
読んでいただきたいてありがとうございました。