屋敷を手に入れるのは果たしてどっちか。
夜――。
件の屋敷の一室で、花山は静かに酒を飲んでいた。
月はとっくに真上を通り過ぎ、屋敷の中も静まり返った深夜。それでもこの一室だけは明かりが消えない。
眠くないのか、眠れないのか。それは知る由も無い。
ただ静かに、機械のように酒を口に運ぶ大男。
その背後で何かが蠢いた。
凄まじい速度で振り返った花山の先に居たのは、一体の西洋人形。
こんなものを部屋に置いた記憶がない花山の頬に冷たい汗が流れる。
ゆっくりと人形をつかもうとした瞬間、人形が動き眼前へと肉薄した。
常人なら悲鳴を上げて逃げ出す場面。
だが花山のこれまでの経歴と類まれなる闘争本能は、己の身体に攻撃を命じた――。
一体どれほど眠ったのか。カズマはふと夜中に目を覚ました。
変な時間に起きてしまった思いながら、尿意に従って部屋の外へ出ようとする。
直後、カズマの部屋の壁が、爆ぜた。
カズマが目を覚ましたのは、彼の強運、あるいは本能的な危機回避能力によるものだったのかもしれない。
ともかく、彼はドア付近に移動していたおかげで被害を免れた。
「部屋がね、一つになっちゃったんです。」
「恐る恐る無くなった壁の先を見たら何がいたと思います?」
「ハナヤマ・カオルです。」
「悪霊なんかよりよっぽど怖いですよ。そんな男が何を思ったのか、いきなり俺の部屋の壁を破壊してきたんです。」
「正直、殺されるかと思いました。……でもすぐにハナヤマさんが戦ってる相手が分かりました。」
「西洋人形です。これくらいの大きさの。どこから湧いたのか、まるで蜂の集団みたいにハナヤマさんに群がってきて……。」
「ハナヤマさんですか?……それがね、最初は一体ずつ掴んで放り投げてたんですけど……。」
「例えば、馬車にモンスターがしがみついてきたらどうします?」
「速度を上げて振り落とす……そう、ハナヤマさんもそうしたんだと思います。」
「巨体がね、ものすごい速さで通り過ぎていきました。」
「……その後?知りませんよ、隣行っちゃったんで。隣っていうか、ずっと向こうに……。」
花山が壁をぶち抜くこと4枚。人形の残骸をまき散らしながら、加速した巨体は二階から外に放り出される。
カズマが慌てて一階へと降りると、騒ぎを聞いたらしいめぐみんとゆんゆんが丁度廊下へ出てきていた。
「凄い物音がしましたが、カズマ、何があったんですか?」
「……悪霊を吹き飛ばしながらハナヤマさんが二階から落っこちた。」
「え?それ大丈夫なんですか!?」
「ハナヤマさんより部屋の方が大丈夫じゃない。二階に大部屋が出来ちまった。……というか二人とも同じ部屋で寝てたのか?」
「ゆんゆんがどうしても怖いというので、仕方なく一緒にいてあげたんです。」
「私の部屋に来たのはめぐみんの方じゃない!!」
要するに二人とも怖いんだなとカズマは思った。
他のみんなはどうしたのかと首を回すと、突如玄関の方からアクアの悲鳴が響いた。
「アクア!大丈夫か!?」
カズマ達が駆け付けた先では、アクアとダクネスが二人がかりでドアノブを押さえつけていた。
「二人とも、何をしているんですか?」
その異様な光景に最初に疑問を挟んだのはめぐみんだった。
「今、悪霊の気配をたくさん纏ったバカデカい何かが入ってこようとしたのよ!だから中に入れないようにしているの!」
「いや、それ多分ハナヤマさん……。」
カズマが言いかけたとき、業を煮やしたようにドアノブが一気に動いた。
「おッおッお!?なんて握力だッッッ」
ついにダクネスの力が負け、ドアが開かれた。
そこに居たのはやはり体中人形にまとわりつかれた花山薫。
「ついに入ってきたわね!?先手必勝!『ゴッドブロー』!!!!!」
ろくな確認もせず、アクアが右拳を打ち付けた。
しかし、いかに女神とはいえアクアの細腕で花山の強靭な体に本気の拳をぶつけたらどうなるか。
ポキッ――
小気味よい音が響いた。
花山の身体に流れた神聖な力によって、まとわりついていた人形がぽろぽろと地面に落ちる。
それと同時にアクアの右腕が不自然な方向へ垂れ下がった。
「ぎゃあああああああああああああああああああ」
「なるほど、アクアの腕の方がもたなかったか……。」
「冷静な分析してる場合じゃねーだろ!?おいアクア、大丈夫か!?」
ダクネスをよそに、カズマはアクアへと駆け寄った。
「カジュマしゃん……!うで、うでおれちゃったぁ……!!……グスッ……!」
「まあ被害的にはお前に同情するけど、確認もせずいきなりぶん殴ったのお前だからなぁ……。」
「うわああん!!カズマさんが優しくしてくれないいいいいいい!!」
泣きわめくアクアは放っておくことにして、カズマは花山の方を見た。
ゆんゆんが花山の心配をしているようで、あれやこれやと質問したり体に触ったりしている。
二階は半壊しアークプリーストも負傷という状況にカズマが頭を痛めていると、めぐみんに慰められ気を持ち直したアクアが花山の前へと立った。腕は自分で直したらしい。
「ハナヤマ!あなた私を本気で怒らせたわね!?女神の腕を折るなんて重罪よ!?」
「いや、折ったというよりアクアさんの腕が勝手に折れただけじゃ……。」
「うるさーい!!とにかくあなたも同じ目に合わせないと気が済まないわ!」
ゆんゆんの言葉に怒りのボルテージが上がったアクア。
そんなアクアを見て、カズマに嫌な予感が走る。
「アクア、やめろ!」
「水の女神の裁きを受けなさい!『セイクリッド・クリエイトウォーター』!!!!!」
カズマの制止も聞かず、アクアが魔法を唱えた。
局所的な大洪水は、花山だけでなくその場の全員を飲み込み――。
翌日
「不動産屋のおじさん、茫然としていましたね。」
ギルドで食事をしながら、めぐみんが思い出したように言った。
「そりゃあ、悪霊退治を依頼した屋敷が一晩で瓦礫の山になってたらなぁ……。」
昨晩アクアが生み出した大量の水は、津波のように屋敷の中に流れ込み支柱をすべて破壊した。
その結果屋敷は倒壊し、悪霊どころか屋敷ごとなくしてしまったのだ。
「さすがに私も、屋敷の残骸を見た時のあの男の目はしばらく忘れられそうにないな……。」
そう呟いたダクネスの横には、『私は屋敷を破壊しました』という紙を首から下げたアクアが静かに座っている。
「結局、屋敷の立て直し費用で家買うどころじゃなくなったな。それなりに手持ちは残るけど。」
修繕費は花山とカズマ達で半分ずつ出し合うことになった。
屋敷を倒壊させたのは確かにアクアだが、二階部分は花山が半壊させている。
最初は花山が全額出すと言ったところをカズマが半々にしたのだった。
「そうですね、ゆんゆんとの勝負もあやふやになってしまいましたし。……残念です。」
「そういえばハナヤマはどうしたんだ?不動産屋に謝りに行ってから姿が見えないが……。」
「あぁ、それなら……」
花山はウィズの店にいた。
元々ウィズに持ってこられた依頼を代わりに受けたにもかかわらず、それを失敗してしまったことへの詫び入れをするためだ。
「そんなに落ち込まないで下さい、ハナヤマさん、ゆんゆんさん。代わりに受けて頂いただけでも助かってますから。」
そう言ってウィズは二人にお茶を出す。
「でもウィズさんの信用にも関わるのに……お詫びに何か買います!」
「いいですよそんな、気を使わないでください。私たち友人じゃないですか。」
ウィズの『友人』という言葉に思わずゆんゆんの顔がにやけた。
そして彼女は勢い良く立ち上がると、店内の物色を始める。
彼女のこれまでの経験から友達には貢ぐという習性が出来上がってしまっていたのだ。
「それに、あの子たちも楽しかったと思いますよ?遊んでもらえて。」
「遊び?」
商品を手に取りながらゆんゆんが聞き返す。
「ええ。悪霊なんて呼ばれていますが、あの子たちはただ成仏できずに彷徨っているだけなんです。ただ彷徨うのは退屈ですから、皆さんが来て良い遊び相手になったと思いますよ。」
「そうやって聞くと悪霊なんて人聞きが悪い感じがしますね。」
「そうですね。ただあの子たちはちょっといたずらが好きで、自分のことを怖がっている相手には寄って行ってしまうんです。それが悪霊と呼ばれる原因かと。」
二人の会話を聞いていた花山の身体がビクっと震えた。
顔は見えないが、ウィズとゆんゆんには背中が少し萎んだように見えたという――。
花山の本心は誰も知らない……みたいなのをやりたくて花山に一切喋らせない回になりました。
花山のセリフをなくす手法は多分もうやりませんので今回は勘弁してください。
花山はビビっていたのかどうかはあなた次第という事で……
一言もセリフないですが、皆さんの想像力で花山薫を感じてくれると嬉しいです。
めぐみんとゆんゆんを三回くらい書き間違えたのでアクシズ教会で懺悔してきます。
誤字報告ありがとうございました。