一撃熊って名前好きです。
冬も段々と本格的になってきたアクセルの街。
室内でも寒さを感じる宿屋の一室で、ゆんゆんは真っ赤な顔で布団にもぐっていた。
「すみませんハナヤマさん……風邪引いちゃったみたいで……けほっ……。」
ゆんゆんは基本的に服装を変えない。
周りが雪景色の中を普段通り肌色の多い格好で活動していたツケが来たのだろう。
当然の如く風邪を引いたゆんゆんは見舞いに来たハナヤマにしきりに謝っている。
「気にすることじゃねぇ、治すことに専念しな。」
「うぅ、でも今日はハナヤマさんとクエストに行く予定だったのに……。」
一年の中でも冬は極端にクエスト数が少ない。
危険度の高いクエストが多くなるため駆け出しの街まで依頼が降りて来ないのだ。
そんな中ルナからクエストボード更新の情報を聞き、大喜びで予定を立てていただけあってゆんゆんの悲しみは計り知れない。
――そういえば昔から、遠足の日に熱出してたなぁ私……。
思い出される昔の寂しい記憶。
行事のたびに熱を出しては周りと距離が出来ていったあの頃の記憶が蘇り、ゆんゆんの目に涙が浮かぶ。
そんなゆんゆんを見かねてか、花山は見舞いに持ってきた花束の茎以外を一気に引き抜き握りしめた。
そして絞り出された一滴を左手で受け、ゆんゆんの顔に手をかざす。
「あ……いい香り……。」
花の香りに包まれたゆんゆんは、風邪で体力を消耗していたこともあり途端に瞼が重くなる。
その様子を見て花山は静かに部屋を後にした。
ルナにクエストを受けると言っている以上キャンセルという選択肢はない。
寒空の中、花山はギルドへと歩を進めた。
「いい女?ハーレム!?俺の濁った眼玉じゃ見当たらねぇよ!?お前良いビー玉つけてんな、俺の濁った眼玉と交換してくれよ!!」
花山がギルドにつくと、聞こえてきたのはカズマの怒声だった。
何やら他の冒険者と揉めているらしく、カズマが早口にまくし立てている。
カズマに絡んでいた酔っ払いの男は、カズマの反論の方向性が思っていたのと違ったらしく、困った顔をしている。
「わ、悪かったよ……俺も酔った勢いで言い過ぎた。でも隣の芝生は青く見えるっていうか……一日、一日だけ代わってくれよ冒険者さんよ?」
「よーし分かった代わってやる、一日と言わず好きなだけ交代してやるよ!」
仲間の意見を封殺し、カズマは酔っ払いにパーティーを貸し出すことを決めた。
酔っ払いの仲間たちも今日はクエストを受けないからと了承し、即席パーティーが結成される。
彼らを見送ったカズマはようやく花山を視界に捉えた。
「あ、ハナヤマさんこんにちは。……ゆんゆんは?」
「……風邪だ」
「そうなのか、後でお見舞いいこうかな。……ところで、何のクエストを受けるんだ?」
「一撃熊の討伐。」
――見たい
花山薫対一撃熊……あまりにも魅力的な響きに思わずカズマは頭をさげた。
「一緒に連れて行ってください!」
本日二組目の即席パーティー誕生の瞬間である。
ギルドでのクエスト受付を済ませた花山達はアクセル近郊の畑までやってきていた。
目的は農家を悩ませる一撃熊の討伐。その名の通り一撃で相手を屠る巨大熊だ。
冬眠から目覚めてしまった個体は非常に気性が荒く、その凶暴さは類を見ない。
「俺の敵感知スキルに反応がある……ハナヤマさん、そろそろ来るぞ。」
ハナヤマは現在、農村の入り口で一撃熊を迎え撃つように立っている。
これはカズマの発案で、『腹をすかせた一撃熊は、畑を荒らすだけじゃ足りずに農家の人を襲いに来るはず。』という考えに基づいている。
そしてカズマの予想通り、うめき声を上げながら黒い影が花山の目の前へとやってきた。
「デカッ!?5mはあるぞ!?」
花山と対峙し立ち上がった一撃熊のあまりのサイズに思わずカズマは声を漏らす。
一撃熊はゆっくりと眼鏡を外す花山に、右前足を思い切り振り下ろした。
――腹が減った、腹が減った、腹が減った
獣は我慢の限界だった。この寒い時期に目を覚ましてしまって以来、絶えず空腹に苛まれている。
――長いこと喰ってねぇ……今日こそはあいつらを喰ってやる……
――お!?
餌を求めて彷徨う獣がやってきたのは、ニンゲンの集落。
いつもは逃げられたり隠れられたりしてしまうそこに、今日は餌が一匹立っていた。
――餌!!しかも結構多い!!ウマそ~~~~~ッッ
久しぶりの餌を前にして、獣は歓喜に喉を鳴らす。
――逃げないね……餌のくせに……まあいいや……
どんな相手も一撃で屠ってきた自慢の前足。
久々の餌を前に一秒も我慢できない獣は思い切りそれを叩きつけた。
――は!?倒れねぇ……餌の分際で……ッッ
餌は千切れることも吹き飛ぶこともなく、背中が見えるほど大きく体を捩じっている
――早く死ねよッ俺は腹が減ったんだッッ
獣は前足をもう一度振り上げた。
しかしその瞬間、何かが顔面に激突し――獣の命は終わった。
一撃熊の初撃を余裕をもって耐えた花山は、まるで投擲のフォームの如く大きく拳を振りかぶる。
体重×スピード×握力=破壊力
刹那、この式を証明するかのような拳が一撃熊を襲う。
距離にして目測10m、回転すること四回と半分。
首の骨と頭蓋骨が完全に破壊された一撃熊は、一撃をもって絶命した。
「向こうが一撃熊ならこっちは一撃ハナヤマだからなぁ……こうなるのも当然っちゃ当然か……。」
一部始終を見ていたカズマの心中では興奮と同情がせめぎ合っていた。
「冒険者様、ありがとうございました!これで安心して冬を越せます!」
戦いの終わりを察したのか、農家の住民が花山達の所へ集まってくる。
彼らは感謝の言葉とともに自分たちの畑で獲れた野菜を渡し、花山とカズマは白菜やネギなどであっという間に両手がふさがってしまった。
「いやー、農家のみんな良い人だったな。」
夕日に照らされた帰り道、風呂敷で野菜を運びながらカズマは言った。
花山はというと一撃熊の亡骸を引きずって歩いている。
「……カズマ、飯作れるか?」
「え?まぁ、とりあえずは出来るけど……。」
「今夜は熊鍋だ……。」
カズマは突然の質問の意図をようやく理解した。
「……俺、熊捌くとかできないぞ?」
「それはギルドの奴がやる、問題ねぇ。」
その言葉通り、引き渡しの際に花山は一撃熊をギルド職員に捌かせた。
肉の売り上げは僅かに落ちるものの、新鮮な食用肉を手に入れたのだ。
その間カズマはパーティー交代を行った酔っ払い――ダストが土下座で謝るのを適当にあしらい、ついでにアクアたちからの不平不満にも聞こえないふりをしていた。
そして戻ってきた花山と一緒に宿へと向かい、今は部屋で鍋の支度をしている。
ゆんゆんを呼びに、花山は宿の一つ上の階へと上がる。
実はゆんゆんはパーティーを組んだ翌日に花山と同じ宿へと移ってきていた。
ゆんゆんの部屋をノックすると、目が覚めていたのかすぐに出てきた。
朝よりは体調もよさそうで、顔の赤みも落ち着いている。
「飯だ、ついてきな。」
「もしかして作ってくれたんですか?」
「……俺じゃねぇ。」
そっぽを向いて歩き出す花山をゆんゆんは追った。
花山の部屋の前からはすでにいい匂いがしている。
「お、いいタイミング。カズマさん特性熊鍋、丁度今出来上がったところ――」
部屋の中でせっせと灰汁取りをしていたカズマがピタっと固まる。
「……パジャマ、良いと思います。」
「ひっ……。」
ゆんゆんを舐めまわすように見て言ったカズマにドン引きしながらも、ゆんゆんはテーブルに着いた。
中心に置かれた鍋の中では色鮮やかな野菜と、綺麗な赤身肉が踊っている。
いただきますの合図の後、三人は一斉に鍋に手を伸ばした。
「美味しい……野菜もお肉も新鮮でとっても美味しいです!」
「そりゃあ、野菜は産地直送、肉も捌きたてだからな。おまけに滅多に食えない一撃熊鍋だ。」
「え!?じゃあこれ今日のクエストで取れたお肉なんですか?」
自分が行けなかったクエストで取れた肉を口にする、ゆんゆんの性格では多少申し訳なさを感じてしまう事柄だ。
「……風邪に効く。しっかり食え。」
箸が止まるゆんゆんを叱るように、花山はぶっきらぼうに言う。
「熊鍋は美容健康滋養強壮に良いって聞くしな。それに俺としてはゆんゆんが風邪を引いたおかげで鍋が食べられてるからな、むしろ感謝したいくらいだぜ。」
「もう、カズマさん意地悪ですよ?」
思えばゆんゆんは、風邪の見舞いも誰かが自分のために料理を作ってくれるのも初めての経験だった。
だからこそ気後れしてしまう部分もあったのだが、今は二人の気遣いを素直に受け取ろうと再び鍋に手を伸ばす。
鍋の効果だけではない、体と心が両方温まる感覚がゆんゆんを包んだ。
……ちなみに翌日、鍋の話を聞かれたカズマが三対一で責められたのは言うまでもない。
デストロイヤー戦の構想全然思いつかない。来週の自分に期待します。
風邪引いても治癒魔法で治るのではって思ったけど目を瞑りました。
ゆんゆんがヒロインっぽくなってきている、木崎になってくれ