拝啓、ハクスラ世界より 改訂版   作:naow

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この時リリスこと、井原賢介は気づいていなかった。
清浄の魔法が、掃除に使える万能魔法だという事実に。


面接ドランカーズ

 残り時間は60秒を切った。

 敵殲滅率は90%を超えたか。

 幾度となく挑み、届かなかった目標(ゆめ)

 

 深層領域、100階層。

 

 果てなき夢が、目の前で手を伸ばしている。

 しかし、時間は刻々と刻まれ、敵は溢れんばかりに押し寄せる。

 エリートモンスターが群れをなすモンスターの地獄絵図を、火線を振るって薙ぎ払い、魔法の(やじり)を叩きつけ、切り崩す。

 

 不意に暗転する世界。

 紅い閃光が走り、押しつぶす程の凶悪な気配を放つ巨体が、立ち塞がる。

 

 残り37秒。

 

 迷う余裕もない。

 挑むにあたり、1450に届いたレベルのポイントを振り直してきた。

 今まで火力に振分けて居たステータスを、より先鋭化するために。

 魔力は攻撃力であり、防御障壁の源でも有る。

 結果、今までよりも体力は落ちたが、障壁の硬度は増した。

 

 此処までの戦いでは、新生した障壁の頑健さにも助けられ、対多数の状況をどうにか立ち回って来たが、此処からは1対1だ。

 全力の攻撃を叩きつけ、叩きつけ続ける。

 敵の攻撃も苛烈さと圧力を増し、障壁が悲鳴を上げる。

 

 迷えばやられる。

 避ければ時間切れになるだろう。

 元より背水の陣だ。

 

 リリスは覚悟を決める。

 

「上等よ! ()の全力、余さずくれてやる! ()()()()()()()!」

 

 全力で足を踏ん張り、収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)が出力を増していく。

 じわじわと威力を上げていく火線が、敵の巨体を押す。

 

 その巨体の振るう得物が、ついにリリスの障壁を叩き割る。

 

 返す一撃がリリスの頭を狙って振るわれる。

 しかし、目を逸らすことはしない。

 

 降り注ぐ火球のひとつが、巨体の右肩に直撃し、その体勢を崩す。

 必滅の一撃は、リリスの仮面を掠め、宙を裂く。

「―――――!」

 吠える。

 それは、彼女の叫びか。

 守護者の怒号か。

 深層守護者の誇りと、深層踏破者の意地がぶつかり合う。

 

 残り時間0秒。

 崩れ落ちる守護者。

 

 ギリギリの死闘は今回、踏破者(リリス)に天秤を傾けた。

 

 深層100階層踏破。

 それは、通過点のひとつ。

 この先にも続く深層領域の、ほんの1階層に過ぎない。

 

 だが、確かに踏破した。

 リリスはその事実に、目を閉じ祈るように膝を折る。

 

 目標がひとつ、成就した瞬間だった。

 

 

 

 ……。

 という夢を見たんだ。

 そんなにクリアしたかったのか、健気(けなげ)というか女々(めめ)しいと言うか、どうも俺です。

 

 

 

 気持ちは判るんだよ? 俺。

 だけどさー、俺のレベルは()()()()だし、到達してたのも深層97階だよ。

 鯖読むのはマズいよ。

 あと、なんか台詞の言い回しに「女の子」感が滲んでて、我が事ながら痛いわぁ。

 何度も言うけど、俺は男よ? 女になりたい訳じゃなくてね?

 ……え。まさか、ホントは俺、あんな(ふう)になりたい願望が?

 勘弁してよ……。

 そう言えば最近、ステータスの確認してないね。

 気付いた俺は、鼻歌交じりでステータス確認をする。

 装備類問題なし。

 セットスキル、潜在能力共に問題なし。

 

 レベル1450。

 

 うん、問題な……うん?

 はい? なんで?

 

 

 

 宿酔(ふつかよ)いの頭を抱えて、今日は面接予定の冒険者さんがいる状況で、また珍妙な現象が起きてる訳で。

 えー? これ、確認しといたほうが良いのかな……。

 気乗りしないと言うか、薄気味の悪さを感じて恐る恐る開いたステータス画面の詳細を確認して行く。

 なんか夢で見た通り、今まで体力に多めに振っていたステータスポイントが、魔力に多めに振り直されている。

 俺、体力多めの知力魔導士(ウィザード)な筈なんだけど……。

 まあ、現状だと困ることは無いけどさ。

 そう思いつつHPを確認すると、82万くらい。

 ……減ってるは減ってるけど、レベル差で繕えてる感じ、かな。

 攻撃力がどのくらい上がったのか、出来れば考えたくないね。

 試す場所も無いし、試す機会も無ければ良いし。

 

 つらつら考えながら装備画面に切り替えて各項目を見直し、所持金に目を向けた所でまた固まる。

 

 所持金、66億7820万3261枚

 

 なんで増えてるのん?

 いやいやいや、呑気に構えてる場合かな、これ。

 異常事態じゃない?

 ()()()()()()()()()お金が増えるとか、不穏でしか無い。

 そこまで考えて、今日見た「夢」を思い出した。

 夢の中では深層100階を踏破(クリア)してた。

 深層97階から100階まで、それなりリトライがあったんだろう。

 当然、時間切れでも守護者を倒せば報酬として経験値とお金が貰える訳で。

 そう、あの狂った額のクリア報酬が。

 ……いやいや、まさかそんな。

 「夢の中」で稼いだお金がこっちに反映?

 馬鹿馬鹿しい、と言いたいけど、今こうして日常(ふう)に生活している世界もまた「夢」である可能性を捨てきれていない。

 

 そうなると、こんな事が起きても不思議じゃない気になるし、これを受け入れると別の懸念も生まれる。

 

 急にお金が増えるなら、急にお金が無くなる事も有り得るよね?

 特性変更ガチャで、ムキになって全額、とか。

 さて、夢の中での事となると、防止できる気がしない。

 気休め程度の対抗措置だけど、予備のアイテムボックスにお金を全部入れておこう。

 これで防げるようなら苦労はしないんだけど……。

 

 謎を小出しに増やしていくのは、やめて欲しいなぁ。

 

 

 

 お金の件はタイラーくん辺りに相談しといたほうが良いか悩むけど、どうなのかな……?

 そんな(ふう)に悩みを相談しようか悩んでいる所に、カレンちゃんが部屋に。

「リリスお姉ちゃん、お客さん来たよ、2人」

 そう、2人。

 昨日の斥候(スカウト)ちゃんらしき女の子と、もうひとりはどうもハンスさんの紹介? の、背の高い男の人、らしい。

 話を聞くに戦士系らしい、細身でありながらしっかりと鍛えられた身体(からだ)、らしい。

 4人とも、急な来客で良く観察できたなぁ。

 

 っていうかハンスさんの紹介って、昨日飲んでる時にはなんにも聞いてないんだけど?

 何してるの? 熊さんよぉ?

 

「ありがとカレンちゃん、今行くね。あ、お菓子とお茶お願いできる?」

 台所にお茶があったのは、あれはヘンリーさんのご祝儀だろうか?

 古くなってたり悪くなってたりはして無さそうだったので、普通に使わせて頂いている。

 お菓子は、昨日お土産に買った時に、個人用として買っていたものだ。

 まさかお客様がこんなに早く来ると思わなかったので、蓋を外して、箱ごと出して良いよとカレンちゃんに渡していたのだ。

 余ったらみんなで食べようと約束している。

 余らなかったら?

 はっはっはっ、そんなまさか。

 面接に来て、お菓子バリバリ食える剛の者なんてなかなか居ないって。

 逆にそんな真似できるなら、俺もう、そいつ即決で採用しちゃうよ。

 ……まあ、その場合は俺が、みんなの分のお菓子を買いに行くかな。

「あ、うん、もうそれは出してるよ!」

 おお、何という出来た少女。

 ティアちゃんと2人で接客したらしいが、頼もしいねぇ。

 俺はカレンちゃんの頭を撫で回し、仮面を(かぶ)ると1階へと向かう。

 どうせ面接始まったら(はず)すんだけどね。

 部屋の外で待っていたタイラーくんとジェシカさんが俺の両側に付き、先導はカレンちゃん。

 

 ……え? なにこれ?

 

「気になったんだが」

 状況が面白くて笑いそうになってる俺の耳に、タイラーくんの声が滑り込む。

「おうん?」

 気になったってなにさ?

「ハンスの紹介の(ほう)は判るんだ。動きに隙がない。あれは中堅……Cランク以上の冒険者。クラスは……まあ、それは嫌でも聞くだろう、面接だしな」

 ふむふむ。

 え? そんなレベルの人が、うちに? ハンスさん、どんな紹介したの? 

 あと、なんでクラス情報隠した?

「問題は、もうひとりだ」

 いやいや、Cランク冒険者さんがうちに来て何をしたいのかとか、超怖いんですけど。

 その人のクラスはなんだよ。

 その上まだ? っていうか……。

「もうひとりって……戦いたくない系斥候(スカウト)ちゃんでしょ?」

 昨日のお仲間募集の文章を思い出す。

 

 戦いたくありません。戦いたくないです。

 

 あんな気の弱そうな募集文で、なにが問題なん?

 ……もしかして、すっごい人見知りとか?

 螺旋階段を()りながら、タイラーくんの報告を聞く。

「信じられんが……中堅以上、下手をすると……俺以上の暗殺者(アサシン)だ」

 思わず、足が止まる。

 

 はあ? 暗殺者(アサシン)

 

 いやいや、昨日のあの募集の人、Eランクの斥候(スカウト)だったじゃん。

 あの文面は、なんか儚げで、ボッチ(しゅう)すら……。

「恐らく、タイラーくんと同じ暗殺者(アサシン)斥候(スカウト)ね。なんであんな子が、Eランクなんだろうね……」

 タイラーくんの反対側で、ジェシカさんが難しそうに眉根を寄せる。

 考えが読めなくて、得体が知れない、ってトコかなあ。

 うーん、どうも考えすぎな気がする。

「書いてたじゃん、仲間募集に」

 警戒色を強める2人を見ていたら、なんだか逆にリラックスしてきた。

 そんな俺に、左右から同時に視線が刺さる。

 ホント、息ぴったりね。

「戦いたくない子なんでしょ。暗殺者(アサシン)なんかやりたくないんだよ、だから斥候(スカウト)で登録。優しい子なんじゃないの?」

 タイラーくんとジェシカさんが顔を見合わせる。

 考えもしなかったんだろうなあ、ふたりとも。

 まあ初対面だし、普通は警戒して掛かるか。

 でも、そんな警戒するほどの事かねぇ?

 つまりは考え過ぎに思えるのよなぁ。

 

 俺?

 宿酔(ふつかよ)いで頭痛くてニコニコしてるだけでも大変だし、余計なこと考える余裕がねぇのですことよ?

 

 最悪誰かの差し金、って線は薄いと思うんだよね。

 だって、仮に何処かの誰かさんの刺客だとしてよ?

 俺を含めて狙う価値の有る者が、どれ程いるの、此処に。

 勿論、俺以外の誰かを狙ってとかだったら容赦なんかしないし、俺を狙ってだったらあんまり危機感はないんだけど。

 それをしてメリットのある人って、誰?

 俺、この街に来てまだ全然経ってないし、せいぜい一介の冒険者と揉めた程度だ。

 そんなのが、有名所(ゆうめいどころ)とか大物の暗殺者――どんなのか知らんけど――を雇ってなんて、そもそも出来るとも思えんのよな。

 ハゲゴリラ? あいつは捕縛されて、こないだ連行された筈だし、あの短絡ハゲにそんな手の込んだマネなんか出来ないだろ。

 大森林の黒幕?

 成程、その可能性は考えてなかった。

 とは言え、いざとなりゃそれなりに本気で相手するだけだし、逆に言うとそれ以上の手が無いんだよな。

 その場合の難点は、どれほど力を押さえても家は壊れるし、相手は死ぬんじゃないかな? って事だ。

 まあ、襲撃者だった場合はそれで構わないと思うけど、周辺への被害は避けたい。

「お前の気楽さには、呆れたら良いのか感心したら良いのか分からんな」

 右隣で溜息の気配、左隣に笑いの気配。

 おいおい、褒めても何もでないぞぅ?

 

 さてさて、面接だ!

 ところで、面接官って何すれば良いんだろうね!

 

 

 

「はーい、おっはよー。今日は来てくれてありがとー♪」

 挨拶は全ての基本。

 とは言え、何事も限度は有る訳で。

 言ってしまってから、何処の地下アイドルだとセルフで突っ込む。

 後ろから、タイラーくんが頭を振りながら着いてくるのが判る。

 なにかな? 何か文句でも?

「あ、ああ、宜しくたのむ」

 ソファに座ってお菓子を食べていた男が、慌てたように立ち上がる。

 おお、普通にお菓子食べてたのか、良いねその胆力。

 それ美味しかった?

 俺まだ食べてなかったのよね。

 あ、嫌味とか圧迫とかじゃなく、純粋な好奇心ね?

「あ、あの、宜しくお願いします!」

 その隣で、こちらもオドオドと立ち上がりながら挨拶をくれる。

 うちの斥候(スカウト)2人は、この子を警戒していたが。

 ……おお? 気の弱そうな雰囲気で、しっかりお菓子には手を伸ばしている。

 ふむふむ、なかなか良いガッツの持ち主かな?

 良いねぇ。

 そして、この時点でお菓子屋さんに出掛ける事が決定した。

 2人で良くまあ食ったね? 大きめのアソート1箱がほぼ(から)ですよ。

 他の人はどう判断するか判らんけども。

 

 俺の中で、この2人に対する好感度は激烈に上昇していた。

 

 

 

「えーっと、それぞれにお願いしたい仕事は別々だけど、お話は2人同時でお願いします。2人とも職場は基本、この屋敷だけど、大丈夫かな?」

 陽気な声で仮面を外し、2人を見る。

 2人はそれぞれ俺の言葉に頷き、ソファに座り直す。

 短髪でシュッとした顔の長身ナイスガイ、さっき立ち上がった時に確認出来たが、フツーにタイラーくんよりでかい。

 角刈りは短すぎやしないか?

 (こだわ)りなんだろうか。

「ああ、問題ない。俺は料理スキル持ちだ。名前はウォルター、(クラス)斥候(スカウト)。一応ランクはCだが、単なる依頼(クエスト)にはもう興味がない」

 俺の視線を受けて、短髪デカ()ことウォルターくんが自己紹介をしてくれる。

 おお、料理スキル持ち。

 ハンスさん、ちゃんと俺の希望聞いてくれてたんだね。

 って、戦士職かと思ったけど、斥候(スカウト)かよ。

 ていうか何、スカウト率高くね? なんでスカウトばっか集まってくるん?

「成程、良いね! お願いする仕事は、ウチの料理番だよ!」

 俺が言うと、ウォルターくんが頷く。

 この仕事も、彼の言うところの「単なる依頼(クエスト)」な気がするんだけど、俺の話を聞いてるその態度に嫌悪はない。

 判断基準がよく理解(わか)らんのだけど、まあ、なかなか良いんじゃないかな?

 斥候(スカウト)としてはどうか判らないけど、真っ直ぐそうな人間性は嫌いじゃない。

 俺も頷いてから、一度視線を女の子ちゃんに向ける。

 

 視線が会うと、はっとしたような顔で立ち上がる。

 緊張してるのかな?

「あ、あのっ! 家事スキル持ってます! (クラス)斥候(スカウト)! らっ、ランクはEです!」

 なんだよ可愛いかよ。

 募集掲示板のあれと言い、家事スキルに自信アリなのかな。

 目指せお嫁さんに欲しいタイプ・ナンバーワン?

「あはは! 緊張しなくて良いよ、俺も同じくランクEだし。あの、名前教えて貰えるかな?」

 俺が言うと、恥ずかしそうに顔を赤くして、それでも元気に答えてくれる。

「あ、ごめんなさい。ヘレネと言います! 16歳です!」

 へぇ。

 16歳ねぇ。

 ウチの斥候(スカウト)2人が警戒するのはどんな相手かと思ったけど、見た目も年相応に可愛らしい女の子だよ。

 ただ、ウチの2人の目がずっと厳しいのは色々キツイだろうから、ここではっきりさせてしまおう。

 この質問で駄目だってんなら、働いてもらうこと自体がキツイだろうし。

 俺は一瞬だけタイラーくんに視線を走らせ、それから反対側へ視線を流してから、正面に向け直す。

「うん、有難う。お願いしたい仕事は、此処の家事全般。まあ、キッチリ掃除して! とかはなくて、緩い感じで、それなりに掃除とか、ウォルターさんのお手伝いとかしてくれたら良いよ」

 まずは仕事内容を簡単に。

 さり気なく、ウォルターくんは既に採用決定だ。

 ヘレネちゃんはホッとしたような顔で、可愛く頷く。

 ……年相応なんだけどねぇ、こうして見てるだけだと。

「……ところでヘレネちゃん? 気を悪くしたらごめんね?」

 クッション代わりの謝罪に、当然何のことかわからないヘレネちゃんはきょとんとこちらに顔を向ける。

 

「……暗殺者(アサシン)系の斥候(スカウト)なのかな? それとも、ホントは暗殺者(アサシン)だったり?」

 

 真正面からバッサリニッコリと問いかける。

 瞬間、ヘレネちゃんの顔色が真っ青に。

「どうして、それを……?」

 んー? 隠してた割に、誤魔化すとかはしないのね。

 ちぐはぐと言うか、そこも含めて反応が年相応な感じなんだけど……。

「んー? ウチにも、似たようなのがね?」

 俺は視線を()()()()()()()()、ニッコリと笑って見せる。

 タイラーくんはわざと気配を消すような事をせず、逆にジェシカさんは完全に気配を消している。

 これ、どうなってんのかほんと判んないけど、隣りにいるはずの人の気配が完全に消えている。

 今は目を向けていないから、正直隣にジェシカさんが居るのか全く自信がない。

 

 これ、同じ事をタイラーくんも出来るんでしょ?

 つーか、目の前の2人もできるん? (クラス)的に。

 すっげぇなあ……漫画みたいじゃん。

 ……それどうやるの? 今度教えて?

 

 ここまで頑張って小芝居(こしばい)しているのに、暗殺者(アサシン)ヘレネちゃんは、まっすぐにタイラーくんを見ている。

 え、なに? ホントはコイツが暗殺者(アサシン)スキル持ちだって、見抜いたってこと?

 ホントに漫画みたいな展開なのか、目の前で気配が消えているジェシカさんを見失ったとか言う愉快展開なのか、俺には判断がつかない。

「詳しくは言えませんが……実家が、暗殺者の一門でして……」

 視線を俺に戻して、ヘレネちゃんが静かに口を開く。

 ほぼ同時に、ジェシカさんの気配が戻ってくる。

 割とすぐに解除したけど、もしかして、気配消しっぱなしってしんどいのかな?

「ほうほう?」

 俺の顔をまっすぐ見ていたヘレネちゃんだけど、段々視線が下がる下がる。

 どしたの?

「それで、色々覚えさせられたんですけど、私イヤで……逃げてきたんです」

 ほうほう。

 ……えー?

「それで、この街に着いて、冒険者になって……。最初はノービスだったんですけど、15歳になって(クラス)選択が出来るようになったので、気配消すのが得意だし、斥候(スカウト)かなって」

 どんどん声が小さく、どんどん俯いてしまう。

「でも、私、戦闘が苦手で。戦うのが怖いので、普通の依頼(クエスト)も怖くて受けられなくて。でも、それじゃ生活が苦しくて……」

 話しながら、ぽろぽろと涙を零してしまう。

 

 ええっ。

 ちょっとちょっと⁉

 

 俺は立ち上がると、テーブルを回り込んでヘレネちゃんの(そば)へ向かう。

「実家に帰りたくないんです……! どうか、どうか此処で雇って下さい……!」

 もう泣きじゃくっちゃって大変な事に。

 俺はヘレネちゃんの肩に手を掛け、優しく抱き寄せる。

「落ち着いて、ほら、追い返しゃしないから」

 頭を撫でてやる。

 どんだけ不安だったんだよ。

 全く、変に追い込んじゃったみたいで、凄く俺が悪い人みたいじゃん。

 ただの気の弱い女の子じゃないのか、これは。

 そんな(ふう)に罪悪感に苛まれる俺が視線を転がすと、その先では。

 

 なんで睨んでるんだ、タイラーくんよ。

 俺が悪い訳じゃ無いよ? 無いよね?

 ていうか、君もジェシカさんも立ち上がって、意外と心配したのかね?

 まるで緊急事態みたいな顔しちゃってまあ。

 

 数秒俺を見つめた後、呆れたように何やらブツブツと呟きながら座り直すが、その目は俺から外さない。

 なんだよ、ごめんて。悪かったって。

「あー。あ、ウォルターさん」

 ヘレネちゃんを宥めながら、()っといてしまっているウォルターくんに声を掛ける。

「あ、ああ、なんだ?」

 俺達の様子を眺めてぼけっとしてたウォルターくんだが、声を掛けると意識を取り戻したように俺に視線を向ける。

 ちなみに、それは泣くヘレネちゃんを見てどうしたものかと思案している(ふう)だった。

 人間味と人の良さそうな人間性が見えて、ほぼしゃべってないのにウォルターくんの好感度がぐんぐん上がっていく。

 これでウォルターくんが実は刺客だったりしたら、感心しちゃうぞ。

「落ち着いたらヘレネちゃんにも聞くんだけど、ウォルターさん、いや、ウォルターくん。俺、クランを立ち上げる事になったんだよ」

 

 ……仲間の暴走でな!

 

 ヘレネちゃんの頭を撫でながら、ちょっと腹立たしい事を思い出しつつ、ウォルターくんに尋ねる。

「そのクランの設立に、メンバーがあと2名程、足りないらしいんだよね」

 言いながら、非難がましい視線をタイラーくんに投げつける事を忘れない。

 投げ付けられた(ほう)は、鉄面皮で茶を啜っている。

 コイツはこういう奴だって理解(わか)ってるけど、それでも腹が立つ。

 唐突にいつも通りに戻りやがって。

 さっきのは何なんだよ。

 そんな俺とタイラーくんをそれぞれ眺め、タイラーくんの(ほう)に気持ち呆れたような視線を向けてから、改めて俺を見る。

 ……俺、このウォルターくんとは、大喧嘩(おおげんか)するか超意気投合するか、どっちかだと思う。

「それは、俺を誘ってくれてるのか?」

 信じられない、単純にそう思っていそうな顔。

 見た目以上に、真っ直ぐな男みたいだねぇ。

「ウチが料理人を探していると聞いて、その日のうちに来てくれたんだろ? 昨日は申し訳なかったけど、今日は美味い飯を期待しても良いんだよな?」

 もう、追い返す選択肢なんか無かった。

 採用理由?

 そんなもん、俺が気に入ったから、それ以外に有るか。

 フィーリングだよ、こんなモン。

 

 裏切られたら、俺が間抜けなだけだろう?

 

 俺がドヤ顔決めてる間に、彼はしばし目を閉じて黙考。

 そうして目を開けた時には。

「良いのか? もう他所じゃあ食えなくなるぜ?」

 実にイイ笑顔で、野心的な料理人がそこに居た。

「アンタのクランの台所は、俺が預かってやる。食いたいものは何でも言いな」

「上等!」

 ヘレネちゃんの頭をひとつ撫でてから、俺はウォルターくんに右手を伸ばす。

 その手を、力強く握るウォルターくん。

「よろしくな! ああ、あっちで座ってる美人さんと陰険メガネが、俺を焚き付けた大悪人だ」

 何となく顎で示すと、ウォルターくんはそちらに目を向ける。

「あ、あー、なんつーか、宜しくな」

 俺は今、振り返れないので判んないが、多分ジェシカさんと目があったんだろう。

「宜しく、美人ことジェシカです」

 しれっと美人と名乗り。

 事実だけどさ。

 事実なんだけどさ。

 いつも思うけど、この人の心臓はどうなってるんだろう?

「こっちこそ。知的メガネこと、タイラーだ。仲間として歓迎する」

 誰が知的メガネだ。

 自称すんじゃねえよ恥ずかしい。

 心の声をそれぞれ思い切り口に出して、俺はヘレネちゃんに意識を向ける。

「おーい、落ち着いたかい?」

 俺の肩に(ひたい)を載せた格好で、ヘレネちゃんは俺にしがみつく。

 身長的にはヘレネちゃんのほうが高いので、窮屈だろうに。

「……恥ずかしくなっちゃったのかな? それか、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 ジェシカさんの楽しそうな声が、俺の背中越しに聞こえる。

 俺の腕の中で、ヘレネちゃんがピクリと動く。

 

 ……どうでも良いけど「俺の腕の中で」って、仄かにエロいな。イヒヒ。

 見た目はお姉ちゃんを慰めてる妹だけどな!

 そういう視点で見れば、ヘレネちゃんも黒髪だし、もちろん俺もそうだ。

 いや、だから何だって言われたら、なんかこう、お揃い感が良いだろ、っていう。

「俺は、ヘレネちゃんにも仲間になって欲しいんだ。これはウォルターくんもだけど、別に依頼(クエスト)ガンガン受けて戦ってきてくれ、なんて言わない」

 ゆっくりと頭を撫でながら、諭すように言う。

「ていうか、別の戦いを頑張って欲しいのさ」

 俺の言葉に、身体(からだ)を固くするのが判る。

 まあ、そういう反応になるんじゃないかなー、って判って言ってるんだけどね?

 

「ウォルターくんにはウチの台所、ヘレネちゃんにはウチの(なか)全般。ほんで、時には2人で協力して、買い出しっていう戦いも有るな」

 

 ヘレネちゃんが、ゆっくり頭を上げる。

「ふたりとも、いずれ後輩の面倒を見てもらう事になるし。いやー、過酷な戦場だぜ」

(やかた)(あるじ)にしてクランマスターが、割と極まった変人だからな。ふたりとも、ここに来たのは早まった判断だったんじゃないか?」

 緊張を解こうと言葉を重ねる俺に、タイラーくんが憮然とした声で混ぜっ返しを入れてくる。

 良いタイミングじゃねえかこの野郎。

 

 ……いや待て、極まった変人ってなんだ。

 

「へっ、早まっただ? 遅かったんだよ。なんせ昨日まで、俺はこんな面白(おもしれ)え奴がこの街に居るなんざ、知らなかったんだからよ」

 ウォルターくんも軽口で答えるのは良いがちょっと待とうか。

 面白いってなんだよ。

 早速俺の扱いが雑になってんじゃねぇか。

「あの、私、働きたいです。ここで、働きたいです」

 ヘレネちゃんが、涙を拭って言う。

 その台詞が欲しかったんだぜ。

「ああ、働いてくれ。ただ、(こん)を詰めすぎないように。適当に、手を抜く程度で丁度いいのさ、人生なんざ」

 やることさえやっているなら、な。

 俺が答えると、ヘレネちゃんはちゃんと顔を上げて、まっすぐに俺を見た。

 うんうん、可愛い子は真っ直ぐ前を向くほうが良いね。

 俯くのはしょうがないけど、頻度を減らしていければ大丈夫。

 その為に、仲間が居るんだし。

「んじゃあ、早速だけど。ふたりとも、今は宿暮らし?」

 俺が訊くと、ふたりとも当然のように頷く。

 

 ウォルターくんは「(おか)の大漁旗」と言う宿だとか。

 なにそれ、山の幸なのか海の幸なのか判らんね。

 ヘレネちゃんは「小麦の穂」という宿だそうだ。

 なんか、こぢんまりしてそうなイメージだな……。

 

 訊かれて答えたけど、それがどうした? という顔のニューフェイス2人。

 どうしたのかって? そんなの決まってるじゃないの。

「じゃあさ、今日中に此処に引っ越してこれるかい?」

 2人とも、良い顔で停止するねえ。

 驚いた顔で俺の顔を見つめ、そして何故か2人で顔を見合わせ、また俺に顔を向け直す。

「此処に、って。俺達も、此処に住んで良いのか?」

 戸惑いを隠せない顔のままで、疑問を口にする。

「そりゃそうだよ? だって、通いとか不便じゃん? 宿代だって馬鹿にならないし」

 そこまで言ってから気付く。

 そっか、そもそも宿暮らしを気に入ってる場合も有るのか。

 あー、それは想定してなかったな。

「でも、無理にとは言わないから、宿から通うほうが良いなら……」

「いや、俺は引っ越す! 此処に住ませて貰うぜ!」

 気を使って言いかけた俺を遮るように、ウォルターくんが勢い込んで言う。

 お、おう。

 後で部屋決めような?

「わ、私も、此処に住みたいです!」

 元気になったらしいヘレネちゃんが、鼻息も荒く言う。

 イイねイイね、前向きになれたねぇ。

 ヘレネちゃんも部屋決めないとね?

 その前に、引っ越しにも使える便利アイテムを。

 数に限りが有るし、これは初期メンバー向けのアイテムになるかな?

 またパルマーさんとこで売ってたら、纏めて買っておこう。

 俺は2人にアイテムボックス――見た目はウエストポーチ――を手渡す。

 何だかんだでこれ、かなりの便利アイテムよね。

 ゲーム仕様の便利機能付きには敵わないけど、容量は圧巻の1000立方メートルだからね。

「これ、支給品(しきゅうひん)ね。使い方は――」

 アイテムボックスの注意事項を教えると、容量やら時間停止機能やらに目を丸くする2人。

 ただし、生き物は多分死ぬから、絶対に入らないようにと釘を刺す。

 入ったら、自分じゃ出れないらしいからね。

 出れない、の意味が、出口が見つからないからなのか、入ったら死ぬから自力じゃ出れないと言う意味なのか判らないと、さり気なく怪談風味の釘を刺しておく。

 まあ、実際入っちゃいけない理由は、これのどっちかだと思うんだよね。

 ふたりとも……特にヘレネちゃんがすごい勢いで首を縦に振ってたから、余程怖いと思ってくれたんだと思う。

 まあ、危ないことをしなければそれで良いからね。

 そして、俺は思い付いて、2人に金貨を1枚づつ渡す。

「今日は荷物持ってきてもらって、部屋を決めるくらいしかすることないからさ。親睦深める意味でも、2人で買い出しして来て、晩飯の」

 言いながら、金貨をもう1枚、ウォルターくんに手渡す。

「先に渡した方のお金で、それぞれ服を買ってきて。制服はそのうち用意したいけど、まずは、こざっぱりした奴をね」

 仕事には相応しい服があると思う。

 押し付ける気はないから、2人の感性で選んでもらって、それに沿ったデザインの服を制服として発注なりして、支給すればいいと思う。

「服かぁ……今までそんなもん、気にしちゃ居なかったからなぁ」

 ウォルターくんがぼやく。

 うん、判るよー。

 自分の服なんて、極論、着ることが出来て奇抜じゃなければ何でも良い、ってなるよね。

 奇抜さを求める層も居るんだけどさ……。

「まあ、そう言わずにさ。自分の一番信頼できる道具って、結局自分の身体(からだ)じゃん?」

 唐突な俺の言葉に、ウォルターくんは良く判らないままに取り敢えず頷く。

「その身体(からだ)を飾る服は、一番その性能を知ってる自分で選びたいじゃない。制服を決めちゃうと、次の人からはそれが出来なくなるけど」

 気障(キザ)ったらしい言い回しで自分で笑いそうになるが、まあ、本心でも有る。

 ウォルターくんは少し呆然としたような顔をした後、真顔で「一番信頼できる道具を、飾る」とか繰り返してる。

 うん、思いつきの台詞だから、なんか恥ずかしいからそれはやめて欲しいかな?

「あんまりな服だったら爆笑しながらダメ()しするからさ。恐れずに行ってみよう!」

「いきなり買う気が失せるわ!」

 ウォルターくんの初突っ込み。

 いいね、勢い大事だよ?

 そんな事を思いながら席に戻ろうと振り返ると、こちらに手を伸ばしているタイラーくんとジェシカさんが。

「私も、自分を飾る服を選んできたいわぁ」

「お前がそこまで言うなら、仕方がないから選んできてやる」

 こいつら……。

「あー、ね? 俺の扱いなんてこんなモンだから。緊張なんてするだけ勿体ないでしょ?」

 半ば自棄(やけ)で、俺は頼もしい2人の仲間を指差して、新入りに紹介するのだった。

 ウォルターくんは面白そうに頷き、ヘレネちゃんはどうしたものかと、素直に反応に困っている。

 ふと、ウォルターくんとタイラーくんのタッグに翻弄される未来がちらっと見えたが、そんな予感からはそっと目を逸らす。

 

 翻弄されるのは、俺とヘレネちゃんどっちだ、って?

 7:3で俺じゃないかな?

 

 あ、ちゃんと金貨を1枚づつ取られました。

 なんか不公平感出ちゃうといけないから、俺は子供達と出掛けるかぁ。

 お菓子も買いに行きたいし、ついでにみんなの服を買おう。

 

 

 

 窓の外の青空を見ながら、もうじき大森林の本格調査が始まるのかな、と、ふと考える。

 出来る事なら、黒幕には存在していて欲しいものだ。

 

 自分の中でざわめく黒い感情を(いと)おしく抱きしめて、この窓からは見えない大森林、その中のまだ見ぬ敵に思いを馳せた。




この後、めちゃめちゃお菓子を買った(6箱)。
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