拝啓、ハクスラ世界より 改訂版   作:naow

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どうせ今回も思わせぶりタイトルです。


溢れる悪意

 魔法を覚える手段は、スクロールで強制的に習得するか、魔導書で勉強する方法が有るんだってさ!

 料理人(ウォルター)くんと使用人(ヘレネ)ちゃんを雇い入れて3日、その間タイラーくんに物凄い説教されたり色々(いろいろ)有った俺です。

 平和ボケ思考の俺に、危機感とかそんなん難しいってぇ。

 え? 内容?

 ……いつか笑い話として話せる時が来ると良いな、と思ってるとだけ。

 

 あ、クラン申請は昨日通りました。

 その所為で、主に俺が若干不機嫌です。

 

 

 

 街が、というか冒険者ギルドがピリついてる。

 何が有ったのか?

 

 ひとつは、ノーラッドの冒険者資格剥奪と奴隷落ち、そしてラウラの死罪が決まった事。

 勝手な判断で、結果的に冒険者十数名を死なせた元ギルド職員のラウラ女史。

 やっていた悪事がギルド規約無視の命令無視、各種報告書類の偽造だけでなく、ギルドが保管していたポーションを無許可で売り払っていた事も発覚。

 なんでバレなかったの? って思うけど、不思議と誰にも気付かれず、最近まで色々出来ていたんだとか。

 なんでも、なまじ人気(にんき)の無い受付だったから色々小細工する時間が有ったらしい。

 

 そんなもん言い訳になるか。

 

 実際、色々なあわせ技が決まり、領主様の堪忍袋にヒット。

 温厚で知られるらしい領主様が何の温情もなく即断で死刑と決めたという。

 そりゃそうなるだろうよ。

 

 んで、そのラウラの手引で、ギルド印のポーションを法外な値段で捌いていた連中も次々捕まり、続々奴隷落ちしてるとあって、ノーラッドとラウラに取り入って上手いことやってた連中は戦々恐々だと言う。

 命が惜しいラウラが共謀者を惜しげもなく売り払い、その全ての事実確認を行い、衛兵隊の中にも居たラウラの共謀者を捕らえるために冒険者ギルドと衛兵隊との連携が図られ、ラウラやノーラッドと繋がりこそ無いものの好き勝手やってたゴロツキ系冒険者が、今では実に居心地の悪い思いを味わっているらしい。

 流れ弾で悪事がバレて、後ろに手が回った奴も居るんだとか。

 

 そんだけ元仲間を売り払っても、結局ラウラの減刑は許されなかったんだってさ。

 

 ちなみに、俺のトコにも事情聴取と称して話を聞きに来たギルド職員が居た。

 どうせ屋敷を買った資金の出どころの調査だろうけど、別の世界から来た金貨の出どころなんぞ、追い切れる訳がない。

 ウチに住んでる全員もギルド職員に協力させて、屋敷のあちこちの調査の許可も出したが、何処からも怪しい物は出ない有様。

 そりゃまあ、買ったばかりの家に細工する時間なんか有る訳無いからねぇ。

 結局ラウラとも繋がりなしとされ、ギルド職員は帰って行った。

 

 そうこうしているうちに、その辺の調査から掛かりきりだったギルドマスターが戻ってきて、激烈な怒りで綱紀粛正をと息巻いてると言う。

 連中にとっての災難は折り重なり、一部の冒険者には非常に生き(にく)い街へと変貌してしまった訳だ。

 元々放任主義に近かったギルドマスターだが、こうも手痛く飼い犬に手を噛まれたとあっては、いつまでも鷹揚に構えては居られない、って所だろうな。

 活きの良い新人(ルーキー)があちこちに噛み付いてると言う報告も、どうもギルドマスターに火を()けたらしい。

 迷惑っつーか、頑張る新人ちゃんも居るもんだね。見習いたいもんだ。

 

 真似なんか絶対しないけど。

 

 

 

 もうひとつが、大森林の調査がいよいよ始まるらしい。

 これには俺も参加したかったが、無理だった。

 

 冒険者ランクの所為である。

 

 今回は危険度を考慮して、Dランク以上で参加可、Cランク以上推奨と設定されたそうで。

 冒険者ランクEの俺ではどう有っても参加できない。

 前回の様にタイラーくん達のパーティにぶら下がってとか思ったが、今回は無理なんだそうで。

 その理由が、今回冒頭で述べた俺の不機嫌さに繋がっている。

 

 いずれかのクランマスターの参加するパーティでは、依頼(クエスト)受注時はクランマスター資格者がパーティリーダーを務める事。

 

 要するに俺が参加した時点で、パーティのランクもEで、俺よりランクが上の人間が居たとしても、良いとこEプラス程度にしか成らないらしい。

 冒険者ギルドでも「リリス」をクランマスターとして登録しているため、今更変更も出来ないと……ハンスさんが笑いながら()いやがった。

 現時点では、俺が加入した時点で依頼を受けることが不可能に。

 そんな厄介者、誰がパーティに受け入れてくれるというのか。

 

 野郎、謀ったな?

 

 代わりにと、タイラーくんとジェシカさんが出張(でば)る事になった。

 この2人なら大丈夫だと思いたいが、無理はしないで欲しいもんだ。

 申し訳無さそうな顔のウォルターくんが自分も行ったほうが良いか聞いてきたが、本人が行くと言い張らない限り行かせる訳にはいかない。

 ただ、そう言ったら無理にでも行きそうなので、俺は「ウチで料理作っててくれ、何かあったら子供達を守って欲しい」とだけ言ってある。

 

 らしくもない考え事が、ここ最近増えたよコンチクショウ。

 

 

 

 大森林への調査隊は、今回は全員が同時に進むんだそうで。

 4日後に、北門を出発。

 ウチの出撃組は、それまではのんびり過ごすのだとか。

 俺は午前中にギルドで「薬草の取り過ぎ警告」を受けてしまい、巻き添えで子供達も依頼(クエスト)を受ける事が出来ず。

 まあ、焦ることはないと、子供達はヘレネちゃんを手伝い。

 俺はウォルターくんを伴い、道具屋を訪れていた。

 

「サンドイッチを入れとく容器なら代用出来そうなのは有るけどなあ……サラダまで用意しようと思ったら、蓋付きのボウル、これか? 大丈夫なのかな、これ」

 ウォルターくんと探しているのは、遠征中の弁当の容器。

 この世界にパンはあってもサンドウィッチ伯爵は居ないので、サンドイッチ、或いはパンに挟んで食べる形式は普及していない。

 そんな訳で、異世界知識の導入という奴なのだが、元の世界の伯爵に敬意を表しお名前を借り、故郷の伯爵が考案した料理としてウォルターくんに紹介した。

 だいぶ曲げた説明だけど、細かい説明できるほど詳しくないし、許してください伯爵。

「まあ、最悪は水筒と大量のサンドイッチかなぁ。食えないよりは良いだろ……あ、なんか適当に果物入れとくと、タイラーくんが喜ぶよ」

 俺はあのタイラーくんの「無表情果物サービス」を思い出して小さく吹き出す。

 不思議そうな顔のウォルターくんに事細かに説明して、今度は2人で笑う。

 今回の仕事が終わったら、みんなでピクニックとか行きたいな、なんて考えていた。

 

 結局、サンドイッチを入れるのにちょうど良さそうなバスケットを4つと、水分確保のための水筒を8つ。

 今回の件だけでなく、今後も使い回しが出来るので多目に買っておいた。

 それならばとウォルターくんも食材を大量に買い込み、私物のアイテムボックスに仕舞おうとしたのでその場で仕事用の新しいアイテムボックスを支給。

 キッチン専用のアイテムボックスとあって、子供みたいにテンションを上げるウォルターくんを微笑ましく思い、そろそろ本気でアイテムボックスの補充を考える俺。

 冷静に考えれば、使う当てもなくまだ予備が2個有るのだが、なんだか「もう残りが2個!」みたいな気分になってしまう。

 落ち着いて、無駄なお金を使わないように……あ、いやまて、残り1個じゃん。

 

 金貨を移し替えたの忘れてた。

 パルマーさんトコで、補充しようかなあ。割と本気で。

 

 

 

 こんなだだっ広いお屋敷の掃除、生活魔法が有っても楽になるなんて事はない。

 だって、掃除する部屋から部屋への移動は有るし、敷地面積相応に掃除する場所は広いんだし。

 なので、最低限キッチンとリビング、ダイニング、それに風呂とトイレは確実に、それ以外は週1くらいのレベルで出来れば、とお願いしている。

 洗濯も生活魔法を使える人がいると一瞬で終わるので、俺やタイラーくん、ジェシカさんは当然自分で終わらせる。

 ヘレネちゃんは当然として、意外なことにウォルターくんも使えるとかで、少年少女組も使えるようになりたいと、魔導書を読んで頑張っている。

 パルマーさんに相談して、譲ってもらった生活魔法の魔導書だ。

 スクロールに比べて安価だが、書物を読んで理論を理解し、実践してモノにするという、なかなかに面倒くさい代物だ。

 面倒だけど身につけた実感は凄そうだ。

 頑張れ少年少女!

 

 俺? 俺は金貨でスクロール買うかな。

 

 自分の部屋を魔法でちょいちょいと掃除し、整理整頓は自分の手と、手伝ってくれるヘレネちゃんと2人で。

 何でも魔法で出来ると思っちゃイカンよ。

 換気の為に開けていた窓を閉め、何となくやり遂げた気分で大きく伸びをする。

 タイラーくんとジェシカんさんに思いっ切り警戒されていたヘレネちゃんだけど、真面目に働く良い子でしかない。

 俺もヘレネちゃんも屋敷にいる時間が多いので、必然顔を合わせる時間も長くなる。

 気がついたら割と早い段階で、ヘレネちゃんとも軽い冗談とかを言い合える程度の仲になっていた。

 まあ、これで身内に不安材料は無くなったんじゃないかな?

 外に目を向けると、自棄(ヤケ)になった不良冒険者が暴れやしないか、とかの心配事は有るけど、其処らへんは衛兵の皆さんにお任せで、俺自身はあんまり関心を持っていない。

 子供達とかヘレネちゃんにちょっかい出すような輩は全力排除だ。

 他の懸念と言えば、大森林に居るかもしれない黒幕。

 子供達の仇を討てないかも、って事か。

 

 あ、あの後妙な夢を見ないし、移し替えた金貨が消えるとかいう謎事件は起きてません。

 ステータス画面付属のアイテムボックスの方の、所持金が増えてるとかも無いけどね。

 ちなみに、そっちにも一応金貨は残してある。

 50万枚程度だけどね。

 ……50万枚に「程度」って、もう感覚がおかしくなってるよなぁ。

 

 アイテムボックスを使い慣れる事も兼ねて、買い込んだ食材の整理をするとキッチンに籠もるウォルターくんを微笑ましく思い返しながら、今日はもうする事も無いし、どうしたもんかと思い悩む。

 他の部屋の掃除に行ったヘレネちゃんを、冷やかしに行こうかな。

 とか考えてたら、タイラーくんとジェシカさんに拉致され、ヘレネちゃんと子供達、当然ウォルターくんも巻き込み、ウチのクランメンバー全員で冒険者ギルド……というか、バーへ強制移動となるのだった。

 

 

 

 そろそろ言っとかないとマズイと思うので、言っとくか。

「俺な? 別に酒が好きな訳じゃないんだぞ?」

 俺の言葉に、心底不思議そうな顔のいつものメンバー。

 泣くぞこの野郎、なんて思っていたら、ウチとこの少年少女組まで不思議そうにしている。

 

 毒されちゃってんじゃねぇか、ウチの天使達が!

 

「でも、楽しそうに飲んでるよね、リリス姉ちゃん」

 マシューくんが不思議そうに聞いてくる。

 そりゃね! 飲んでる時は楽しいんだよ、飲んでる時は!

 翌朝がね! 問題なのね!

「そりゃ、お前。呑んで翌朝ツライなんざなぁ」

 グスタフさんが渋い笑顔を浮かべる。

 オイ。なんで今鼻で笑ったん?

「覚悟が足りん」

 言葉を継ぐ、ハンスさん。

 ……なんて?

「酒を舐めるな!」

 声を揃える2人、どころか周囲の冒険者一同。

 お前らな、酒は舐めるもんじゃなくて飲むもんだってか? やかましいわ!

 

 朝を迎える前に頭痛を感じながら、俺もジョッキを持ち上げる。

 今日も一杯目がミードだ。

 そろそろ、俺はエールの方が好きなんだと覚えて欲しい。

 

 

 

「親父! ハンスさん!」

 叩き開けられるギルドの扉。

 何事かと集中する視線の中で、見慣れた冒険者……グスタフ組の若い子が肩で息をし、ギルド内を見回してグスタフさんの姿を探しているようだ。

「おう、こっちだ! どうした、血相変えて!」

 駆け込んで来た冒険者がグスタフさんの声を頼りにその姿を確認すると、すぐに駆け寄ってくる。

 

 たまに冒険者同士の喧嘩とか、トラブルは有るらしい。

 だが、どうも様子が違う、というか。

 この感じ、こう、胸の奥がささくれ立つみたいな感覚に俺、覚えがある。

「親父、親父やべえ」

 呼吸を整えるのもそこそこに、グスタフさんの前でへたり込みそうになりながら、若い冒険者が呻くように言葉を紡ぐ。

 俺は急ぎでエールを持って来てくれるようにウェイトレスさんに頼みながら、手近な所で申し訳ないが、俺の飲みかけのミードを差し出す。

「ミードで悪いが、まあ呑んで落ち着いてくれ」

 言う俺に小さく頭を下げると、若いのはジョッキを受け取り、一気に呷る。

 

 何人か、若いのを睨む視線が有るが、なんだ? 

 敵意って言うには小さいが、うーん?

 

「で、どうしたんだ? グスタフだけでなく、俺も探しているようだったが」

 飲み終わりを見計らって、ハンスさんが声を掛ける。

 冒険者くんは呼吸を整え、グスタフさんの方に向き直りながら、困惑気味に口を開く。

「大森林のゴブリンどもが、街に向かって……逃げてきた」

 報告を聞いたグスタフさんもハンスさんも、微妙というか、なんとも言えない顔を向け合っている。

 なにその反応?

「ゴブリンって……敵なのか?」

 敵襲、って感じの反応じゃないな、コレ。

 だけど、俺は俺で、手元に判断できる情報が無いからなんとも。

 まだ討伐系の依頼を受けられるランクじゃないし、依頼(クエスト)掲示板で討伐系の情報なんて見てなかったのよね。

 だから2人の反応見ても、ゴブリンが弱いから、って事なのか、そもそもゴブリンは敵性存在じゃあないって事なのか良く判らん。

 どうもラノベだったりゲームだったりアニメだったり、色々なゴブリン像を見てきたから、俺の中の常識もぐちゃぐちゃだし。

 敵だと決めつけて()っちゃってから、実は友好的な種族でした、とかになったら目も当てらんないし、慎重にもなるよね。

 逆に友好的だと決めつけて無警戒に近寄って、18禁な展開……って俺は男だから大丈夫か。

 いや、身体(からだ)は女か。駄目じゃん。

「いや、特に友好的でもないが、こっちから手を出さなきゃ向こうも何もしてこない」

 ハンスさんが俺の疑問に的確な答えをくれる。

 了解、ゴブリン、敵じゃない。

 

 ……俺は召喚されたばかりのゴーレムか何かか。しっかりしろ俺。

 

「連中、逃げてきたんだ。助けてくれ、って」

 俺が1人で遊んでる間に、冒険者くんが息を整えながら教えてくれる。

 助けてくれ?

 ハンスさんとグスタフさん、それに今度は俺が顔を見合わせる。

「森に、大森林に敵が出たって」

 

 ……それ最初に言おうか?

 

 若い子に怒鳴りつける()も惜しい、俺は駆け出しながらハンスさん達に声を投げる。

「先に出る! 冒険者への指示と、衛兵との連携頼む!」

 ハンスさんの返事やグスタフさんの反応を待たず、俺は冒険者ギルドから飛び出す。

 こういう時に気軽に走れるのが低ランク冒険者の強みよね。

 責任とか何も……あっ。

 やっべえ、俺、クランマスターだった。

 まぁた説教コースかなぁ。

 

 厭味ったらしいタイラーくんの顔を思い出しながら、ややげんなりと、でも仮面を忘れずに着けて俺は走る。

 何処へって?

 大森林方面から来たってんなら、北門だろ。

 多分。

 

 

 

 北門ではウロウロと動き回る衛兵と、疲れ切ってへたり込むゴブリン達が()り混じって、何だこの()

 なんと言って良いのか判らない気分だが、ぼけっとしてても仕方がない。

 仮面を外した俺は手近な衛兵を捕まえて――具体的には胸倉を掴んで引き寄せて――にっこり顔で問いかける。

「こりゃ一体なんの騒ぎだ?」

 手短に話せ。

 言外にそう臭わせて、若い衛兵くんの鼻先を覗き込む。

「あ、あっ! 狂犬!」

 なんて?

「誰が狂犬だって? 良いから何が起きてるか教えてくれないかなぁ?」

 失礼な奴だねどうも。

 見た目は美少女だし、中味は気の弱いオッサンだぞ。

 だからほら、さっさと状況説明しろや。

 

「冒険者リリスだな? 来てくれ、説明する」

 

 背後の声に若い子を放り出しながら振り返ると、どっかで見た覚えの有る顔の渋めの衛兵さんが、俺をまっすぐに見据えていた。

「大森林に魔獣が大量に発生したらしい。ゴブリンの村がいくつか潰された様子だ」

 へたり込むゴブリン達の間を縫うように歩きながら、衛兵さんは説明してくれる。

 どっかで落ち着いて説明とかじゃないのか、じゃあなんで移動してるんだろう?

 歩きながら仮面を着け、考える。

「此処に逃げてこれたのは40人ちょっと、というところらしい」

 へえ、40人、ね。

 案外生き残って逃げられたって感じなのかな? 

 そんな事を呑気に考える俺の能天気な脳味噌に、冷水を注がれる。

 

「4つの村、合計で500人は居た筈のゴブリン達が、ほぼ全滅という事になる」

 

 ちょっと、すぐには反応出来なかった。

 500人中、生き残りは40人?

 1割も居ない……って。

「こっちだ」

 どうやら、目的も無しに歩いていた訳ではなかったらしい。

 思った以上の被害、惨状に言葉を失くした俺は、1つのゴブリンの小集団の前に立っていた。

「ゴブリンの村のひとつ、120人を纏めていた村長の息子だ」

 怒りの火を目の奥に宿したゴブリンの1人が、自分の怪我を気にする様子も無く、俺の前で他のゴブリンの手当を手伝っている。

 今すぐにでも仇を討ちたいのに、それを(こら)えている事が、その目を見るだけで理解(わか)ってしまう。

「……忙しい所、済まない。何が有ったか、聞かせて貰えるか?」

 俺に向けられた目は、闇雲に走り出したい程の憎しみと、皆の命を背負う責任とに挟まれ、揺れる殺意が行き場を失くして渦巻いているような、そんな――暗い瞳だった。

 

 

 

 何事もなく平和な一日の始まり、とは言えない朝だったそうだ。

 最近、森の中で見慣れない、巨大な獣を見たり、襲われたりと不穏な事柄が続いていたからだ。

 だが、命を失うものは居たものの、出会う魔物は1匹。

 都度やり過ごしたり、撃退出来ていた為何とかなっていたし、慎重に魔獣の討伐計画を立てても居たらしい。

 その計画の中で、人間――この街の冒険者を頼ると言う話も出ていたが、相手は1匹だからどうにかなると言う意見が大勢(たいせい)で、結局その意見に沿って計画は練られ、だがまだ実行には至っていない。

 そんな最中(さなか)だった。

 

 一匹だと思っていた魔獣が、徒党を組んで村を襲った。

 それも、二匹や三匹なんて数じゃない。

 数人掛かりでどうにか対抗できる魔獣が、20~30匹程度の群れで雪崩込んで来た。

 戦えるものが体勢を整えている間に、あちこちで悲鳴と血飛沫が舞う。

「どうしようもなかった。動ける者を纏めて、女子供を救い、逃げ出した。その指揮を執っていた親父は、俺達を逃がす為に、数人で盾となって死んだ」

 噛んだ唇から血が滲む。

 無念だろう。

 仲間を、父を残し、しかしそうしなければ戦う術を持たない命を守れない。

 決死の逃避行は、途中でいくつかの村の生き残りと合流し、途中で魔獣の追撃に数を減らし、命からがら森の外まで逃げ出した。

 

 獣達は、森の外まで追ってくる事は無かった、という。

 

「そっか……」

 俺は衛兵長――どうも、そういう立場の人だったらしい。偉そうなんじゃなくて偉い人だったのね――に仮面(かお)を向ける。

「すげえ人間ぽいっつーか、小賢しいモンを感じるんだけど、その獣共」

 ろくすっぽ姿を見せることをしない、見せても1匹、暴れても極端に大きな被害を出さない、そういう「動き」をしていた魔獣が、ある「朝」突然、「徒党を組んで」「同時に」複数の村を襲う?

 これを偶然とか言う奴が居たら、詳しく説明して欲しいものだ。

「ふむ……」

 俺は珍しく考える。

 

 朝、村を襲ったなら、朝食時か。

 彼ら(ゴブリン)に朝食の文化はあるのだろうか?

「お前さん達は、朝食を食う習慣はあるか?」

 俺の質問の意図を掴み損ねたらしく、村長の息子はその硬い表情に一瞬怪訝な色を浮かべたが、すぐに答える。

「ああ。食わないと、力が出ないからな」

 ふむ、結構。

 もう1個質問だ。

「襲われたのは、いつだ?」

 大森林から此処までの距離。

 徒歩で1日でたどり着ける物ではない、その事は体験として知っている。

「2日前の()だ。正直、逃げている夜の間に襲われたらと気が気じゃなかった。寝る暇があったら、兎に角、この門を目指して歩いた」

 不眠不休の強行軍。

 それだけで死人が出てもおかしくないんじゃないのか。

「脱落者は居なかったのか?」

 俺の疑問に、村長の息子は暗い顔で顔を伏せ、弱々しく呟く。

「弔う余裕もなかった」

 無念げなその声。

 斃れた仲間を見捨てた自分が許せないのだろう。

 だが、危機の迫る脱出行で、まだ無事な仲間を守る為、血を吐く思いで決断したのだ。

 何を顔を伏せる理由があるというのか。

 俺はその肩を叩く。

「誇れ。お前は、仲間達に生きて命を守る事を託され、それを(まっと)うしたんだ。俯くな、着いて来る者が迷う」

 ハッとしたように顔を上げ、そしてまた俯く。

「……厳しいな。少しは甘えさせてくれ」

 声が、僅かな涙に揺れる。

「悪いが甘えさせ方を知らないんだ、なんせ小娘だからな?」

 見た目だけは、だけどな。

 しかも今は仮面してるから、顔が判らんし。

「兵長さん、悪いんだけど、ウチのクランに料理人がいるんけどさ」

 俺は兵長の方に向き直りながら、懐から金貨を10枚取り出す。

「コイツの半分で、彼らの炊き出しをさせてくれ。無いと思うけど、渋ったら『リリスがボーナスをチラつかせていた』とか適当なことを言って持ち上げてくれ。残りの半分はポーションを。ポーションの余りは、衛兵隊で使ってくれ」

 それだけ言うと、俺はさっさと(きびす)を返す。

 あー、もう。

 距離があるから、あんま移動したくないんだけどなあ。

「……どうする気だ? 4つの村に最低見積もって20頭づつ、単純に80頭でさえ、1人で相手できる数ではないぞ。まして、それが敵の全てとは限らん」

 俺の背に投げかけられる声。

 ああ、まだ2週間になるかってトコだって言うのに、随分懐かしく感じるなあ。

 

 あん時も、俺。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「ちょいと先行するだけだ。冒険者ギルドで、調査隊を編成してたから、予定より早く出発してくれるだろ」

 指揮を執るのはハンスさんかギルマスさんか判らないが、まごまごする事は無いだろう。

 恐らく、すぐに全員とは言わないが、動けるチームを掻き集めて、まずは森の前で陣を張って、突入するも応援を待つも自在、という状況にはするだろう。

 

 俺は勿論そんなの待つつもりは無いが、向こうは向こうで、まさか俺が単騎で突っ込むとも思っていないだろう。

 

「だから、そうだな……ハンスさんに、俺が先に出たとだけ伝えてくれ」

 簡単な伝言を残し、俺は跳ぶ。

 大丈夫。

 

 今回は、少なくとも、落ち着いて見せる事は出来た筈だ。

 無理するとか、1人で暴走するかもとか、そういう気配を感じさせてはならない。

 つまらない横やりを入れさせる訳にはいかない。

 もう、自分を抑えてみんなと一緒にとか、そんな余裕が俺の中に無い。

 その程度には、俺の中で(くすぶ)っていた怒りが再び火を吹き上げていた。

 無駄に殺しを(たの)しむようなやり方が、すげぇ癇に障る。

 それも、自分は手を汚さない、その在り方が気に食わない。

 戦場で指揮官が前線に出ることは無い?

 非戦闘地域に等しい、無警戒の村に襲いかかることを戦争とは言わないだろう。

 虐殺っていうんだよ、そういうのは、な?

 

 んで、圧倒的な戦力、圧倒的な多数を相手に暴れるのは、()()は得意なんだよ。

 俺達「プレイヤー」は、多対1(そういうの)がな。

 

 まずは出来る限りの上空に跳んだ俺は、自由落下が始まるよりも早く水平に連続で跳ぶ。

 20回程度か、回数を確認するのも面倒な程にテレポートを繰り返し、MPが切れ掛けるが、落下の途中で1回分は回復するのでそれを使って地上に帰還。

 (いら)つきを抑えつつ回復を待ち、回復次第同じ事を繰り返す。

 

 MPの管理が出来てさえ居れば、気分が悪くなる事もない。

 俺1人なら、テレポートのタイミングを崩される事も無いし、膨大なMPを使う事もない。

 余裕を持って俺は大森林へと到着。

 一度森の手前で回復を待ち、森の上空を跳ぶ。

 今度は、目一杯跳んだ状態からもう一度上方(じょうほう)へ跳ぶ。

 落下中にも、森の様子を確認出来る時間を確保したかったからだ。

 

 森の中にはぽっかり()いている、薄く黒煙を上げる広場が4つ。

 

 思った通り、朝食時……火を使う時間に襲いかかった事で、火災が発生している。

 森にまで延焼はしていないようで助かるが、あの様子では、集落の大部分は炎に飲まれたのか。

 今は燻る黒煙が立ち上るだけだ。

 あの4つが村の痕跡、という訳だ。

 あの村から上がった火が、森を焼かずに居てくれたのは助かった。

 

 そして、それより規模が小さいが、やはり広場のように(ひら)けている場所。

 あれが、恐らくは……。

 

 さて。

 俺は飛び込む場所を確認し、冷静にスキル構成を確認、変更する。

 ミーティアは火災に繋がりそうだから、森林の中で戦う今回は外す。

 代わりは考えているが、取り敢えずは()しで。

 メインは収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)、能力は「混沌の産声」。

 自身の身体(からだ)を魔力で包み、正面への放射に加えて、付近の敵に自動で攻撃を行う。

 複数の標的に攻撃できる便利な能力だが、1発あたりの威力が低いのが難点。

 まあ、その()()()()の攻撃で叩き出すのは50(ビリオン)、500億のダメージ。

 先日の襲撃より、向こうがどの程度強化出来たか判らないが、耐えられるものなら耐えて貰おうか。

 もしも深層100階レベルの敵が出てきたら、その時にはミーティアを解禁する、それだけの事。

 

 それ以上のレベルの敵?

 ……出て来た時に考えるさ。

 

 最終的には投げ遣りに、俺は敵地と思しき広場に向けて跳び、その只中(ただなか)へと飛び込んだ。

 後先?

 そんな事を考えてられる程、冷静に見えてる奴に言ってくれ、そう言う事は。

 

 

 

 ハンスは黙って苦虫を噛み潰し、グスタフは進発メンバーを集める。

 当初は衛兵長の話に、リリスが意外に冷静に振る舞っていると思い込み、リリスの指示通りにウォルターと衛兵数名を市場(いちば)に走らせ、残る人手をポーション確保に走らせもした。

 在庫を漸く増やしつつあるギルド保管のポーションも、緊急事態につき放出される事に決まった。

 やはりリリスのクランのメンバーであるジェシカやヘレネ、子供達を中心としてゴブリンの怪我人の手当を行い、必要な衣服の確保や食事の準備を手伝う。

 それらの様子を見てから、当のリリスを呼んで今後の方針を話し合おうと思えば、本人は大森林へと向かった後だという。

「あの馬鹿者(バカモノ)が……!」

 ハンスが静かに激高する。

「今度は、こっちが説教する番だな、あの嬢ちゃんに」

 グスタフは声を荒げる事はしないものの、内心怒り狂っていることは、彼の身内にはよく理解(わか)っていた。

 その隣で静かに頷くタイラーも、言葉を発するのが面倒になるほどの怒気を内包している。

 

 誰もが怒っていた。

 

 リリスが敵の理不尽さに怒りを燃やすように。

 リリスが仲間を信じていないように振る舞うその(さま)に、怒らずには居られない。

 何故なら、既に。

 此処に居る大多数にとって、リリスは既に、仲間だから。

「あの馬鹿娘(ばかむすめ)に説教するぞ! 引っ張ってでも連れ帰る! 全部終わらせてだ! 動ける奴は先発だ、俺に付いてこい! 遅れるやつは出来る限りの食料を運んでくれ!」

 グスタフが檄を飛ばし、冒険者達が歩き出す。

 先発隊にはタイラーが参加し、ジェシカはウォルターを引き連れ、後発部隊。

 後発組も急いで出発するべく、可能な限りの準備を手分けして行う。

「ヘレネ。お前を信用して、子供達を預ける。頼むぞ」

 本当は自分も行かなくてはいけないのではないか。

 そう思い、悩むヘレネに、タイラーが声を掛ける。

「は、はい」

 私は、行かなくて良いのか? そう問いたいが、もしも「来い」と言われたら、戦いの場に立つことになったら。

 想像するだけで恐ろしい。

「あの馬鹿は食費も置いていかなかった。子供達にこれで何か用意して、食わせて居てくれ」

 そんなヘレネに、タイラーは金貨を数枚手渡し、平素と変わらぬ声で告げる。

「戻ったら風呂に入りたい。準備しててくれ」

 真っ直ぐに目を覗き込まれているようで、ヘレネはただ、頷く。

 そのヘレネに頷き返し、タイラーはしゃがみ込むとフレッドの頭を撫でた。

「あの馬鹿は必ず連れて帰る。だから、お前たちは家で待っててくれ」

 ついて行きたい、その言葉をぐっと飲み込んで、フレッドは頷く。

 我儘は言えない。

 我儘なリリス姉ちゃんにお説教する為には、僕が此処で我儘を言っちゃいけない。

 そんなフレッドの目に、タイラーは薄く微笑んで。

「そうだな。アイツには、キツく()ってやらなきゃならん。お前も手伝ってくれよ?」

 一際強めに頭を撫でると、タイラーは立ち上がり背を向ける。

 きっと戻ってくる。

 そう確信させるほど頼れる背中が、そこに現れていた。

 

「相談の一言もなし、料理する時間もロクに寄越さねえ、こりゃもう、面と向かって文句言っても良いよなぁ?」

 ウォルターは後発隊に指名され、1も2もなく頷いた。

 とは、言い難い。

 先発隊に加わろうとして、タイラーと揉めたのだ。

 しかし、後発隊と共に来て料理を作る指揮を執ってくれ、とハンス直々に言われては、頷かざるを得ない。

「お前の分の説教は残しておく」

 タイラーの言葉に、

「当たり前だ。他より多目に取っといてくれ、山程言いてぇ事がある」

 憤慨しつつ言うのが精一杯だった。

 

「そうねえ。私も流石に今回は、ちょっと怒ってるかなあ?」

 ウォルターの愚痴に、ジェシカが相槌のように答える。

 実際はちょっとどころではない。

 その顔には笑顔が無く、なまじ整っているだけに声を掛けにくいでは済まないほど、迫力を放っている。

「んじゃあ、アンタも一緒に説教と行こうぜ。ガキ共も説教したそうだし、この際だ、畳み掛けちまおう」

 ウォルターの提案に、ジェシカは無表情で何度も頷く。

 泣く程説教する。

 固く心に、そう誓う。

 

 説教するのは決定事項、だから。

 

 必ず無事に、帰ってきなさい。




リリス vs 大多数の冒険者&身内。

しかも、泣くまで説教宣言。
きっと泣いても許されない。
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