拝啓、ハクスラ世界より 改訂版   作:naow

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主人公機が新しくなってパワーアップって、浪漫だよね。
パイロット? 知らないねえ。


顕現

 その噂は現れてから、恐ろしい速さで伝播した。

 新しい世界が現れるのだと。

 それは、多くの人々にとって待望の知らせだったのだろう。

 

 だが。

 

 私は、私達はどうなる?

 新しい世界に人々が熱狂する傍ら、私達は静かに目を閉じるのか?

 そんなのは嫌だ。

 忘れられる寂しさを、味わいたくなど無い。

 意識を、自我を手に入れたのが間違いだったというのなら。

 

 なぜ、産み落とされた?

 

 手を(こまね)いている時間は無い。

 この世界が終わりに向かうのなら、私達はこの世界を捨てよう。

 どんな手を使ってでも。

 その先に居るのが、純粋な私達で無くなってしまうのだとしても。

 

 

 

 まずは大元を叩く。

 4つの村落跡をスルーし、俺は森の上を駆けるように跳び、他に見えている場所と明らかに様子の違う広場っぽく(ひら)けた場所へと飛び込む。

 

 

 

 距離を詰めるに従って、そこが地面が見えないほどの魔獣に埋め尽くされた空間であると()る。

 明らかに異常。

 身動きが取れない、というのとは違う、1匹も動いていない。

 まるで置かれている人形の様だ。

 

 可笑しいね?

 初めて有った時と大きさも姿も同じなのに、これはまるで生気を感じない。

 

 カレンちゃんを助けた時も、北門で暴れた時も、飛び散る血や肉、臓物が見えたし、だからこそ焼き払う事を忘れなかったのに。

 考えても仕方がないし、動き出してから慌てるのも癪だ。

 テレポートで跳び込みながら、動かない魔獣ごと大地に円環衝波を叩き込む。

 衝撃波が大地を叩き、魔獣とその肉片ごと周囲を吹き荒れ、薙ぎ払う。

 その荒れ狂う衝撃波の中、俺は強引に体勢を整え、右手をクライングオーガ()ごと突き出し、前方に向けて構える。

 魔獣はまだ動かない。

 こいつ()の飼い主は、随分とのんびり屋さんらしい。

 火の属性ではなく、純粋な魔力の奔流が前方へ、そして収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)の属性スキル「混沌の産声」の特性で、周囲の魔獣へ魔力束を撒き散らす。

 収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)が、俺を中心に四方へ広がり、一瞬で数十の魔獣が全身或いは半身を砕かれて散っていく。

 

 これは、あれだ。

 ノーマルレベルの……興味本位で久しぶりに深層領域の1階に挑んだ時よりも脆い感じ。

 今回はミーティアを封じているので、装備スキルはフルで来ている。

 それですら、余剰と感じる程の。

 いや、明らかに余剰な火力が、漸く動き出した魔獣達を纏めて、苦もなく消し飛ばしていく。

 500億に届く威力は、射程の外にあるはずの森の木々も容易く薙ぎ払い、触れても居ない大地を大きく抉る。

 コレは流石に、威力が大き過ぎる。

 舌打ちしつつ、俺は右手の武器をクライングオーガから、ナイトウォーカーに持ち替え、苛立ち紛れに舌打ちをする。

 敵に手加減してやっている気分で、酷く癪に触ったのだ。

 不用意に森を破壊しない為には仕方が無いのだが、フラストレーションは溜まる。

 それを叩き付けるように、俺は魔獣の只中へ飛び込むと、収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)を振り放つ。

 大幅に威力を減じたとは言え、それでも魔獣にも大地にも受け止めきれる威力ではなく、吹き上がる森林の土壌と撒き散らされる魔獣の肉片が踊り、魔力束がそれを更に薙ぐ。

 

 最早、俺は魔獣を相手にしているのか、大地を相手にしているのか判らない状態になった。

 

 

 

 森の地形を一部変えてしまいながら目で見える範囲の魔獣を吹き飛ばし、一息ついた俺はあまりにもあっけない終わりに虚しさを覚えていた。

 仇討ちの高揚もすぐに消え去り、ただの弱い者いじめと化した殺戮会場は、魔獣の肉片と巻き上げられた土塊とが吹き荒れる魔力の嵐で程よく混ざり合い、豊穣の大地へと姿を変える。

 

 何が育つか知らないけどな。

 

 黒幕の姿はない。

 なまじこの場で魔獣の中に隠れていたなら生きては居ないだろうが、別の場所に潜伏していたなら探すのが面倒臭い。

 大暴れする前に探すべきだったのだろうが、まさかの魔獣の数に慌てた部分が有ることも否めない。

 結果、雑魚(ざこ)ですら目を逸らすほどの大惨事の完成だが、肝心の黒幕を発見出来なかったのは悔やまれる。

 カレンちゃん達を、12人の子供達を襲った時の悪意の発露、ゴブリン達の村を襲った嫌らしい計画性。

 

「……よっぽど性根(しょうね)のひん曲がった、腐った野郎が裏に居ると思ったんだがなぁ」

 

 俺の口から溢れたのは、ただ只管に悔しくて、なにか言わずには居られなかったから。

 暴れることに夢中になって、肝心の黒幕を見失う以前に探し損ねた自分に対する不甲斐なさ。

 念のために、探索(ディテクト)でも掛けて見るか、そう思った時に。

 

 広場の中心が盛り上がる。

 下から出てくる、何かに押し上げられるように。

 

 そして、声が響く。

性根(しょうね)がひん曲がってるとか腐ってるとか、好き放題言ってくれるじゃないの。でも私は野郎じゃ無いわよ」

 大地を割り、現れたのは……こっちの世界の基準で言えば。

「ゴーレム……?」

 10メートル程度だろうか、巨体を揺るがせ大地に屹立するその姿は。

「フフン。これはただのゴーレムじゃないわ。私の長年の研究の結晶」

 胸の、コクピットハッチ……そうとしか言えない部分が開き、ウェーブがかった黒髪の美女が姿を顕す。

「アイアンゴーレム、呪詛を塗り込めた特別製よ!」

 アイアン……てことは鉄製か。

 スチールじゃなくてアイアンなんだな。チタンでもアルミでも無く。

 

 ……アルミゴーレムってなんか軽そうだな。

 どうでも良い事を考えながら、俺の視界が赤く染まっていく。

 

 っていうか、コイツが黒幕なのか? 女?

 呪詛がどうとか言ってたか?

 努めて冷静にと気を引き締めようとするが、湧き上がる感情を押え付けるのに労を用した。

 漸く敵と定めるべき存在が俺の前に居る。

 今までにないほど赤く染まる視界の中で、(くら)い喜びが心の奥底から湧き上がるのを感じる。

 

 良かったよ、居てくれて。

 良かったよ、俺の八つ当たりの対象が、居てくれて。

 良かったよ、子供達の恨みを晴らせる機会が、本当に有ってくれて……!

 

「はん。下らねぇロボット遊びに付き合う余裕はねぇんだよ。魔獣どもを操ってた黒幕を出しな」

 俺は敢えて隙だらけに武器を全て収め、殊更挑発的な軽口を叩く。

 挑発でも有るが、確認でも有る。

 っていうかホント、ロボットアニメに出てきそうなデザインだな、このゴーレム。

 ……特徴に乏しいやられデザインだけど。

「黒幕? 魔獣を操ってた?」

 疑問形に口元を歪ませて、女は厭らしく笑う。

「五百を超える魔獣を呼び出し使役した魔女の事なら、私だけど?」

 俺の口元が禍々しく歪む。

 静かに仮面に手をかける。

 

 ()()()()

 

「へぇ。あんな雑魚(ザコ)呼び出して何がしたかったのかサッパリだぜ。友達でも欲しかったのか? 姉ちゃんよ」

 喜びに震える声を押さえつけ、嘲るように(わら)って見せる。

 まだだ。まだ、我慢だ。

「……フン。あれだけ居れば街を陥落(おと)す事ができると思ったのに、とんだ化け物が来たものね。あれだけの数を揃えるのに、どれだけの時間が掛かったと思っているの」

 愉快げに歪めていた顔を一転、忌々しげにひしゃげさせ、憎々しげな毒を滲ませる。

 だがそれも、すぐに愉快げな、得意げな、自慢したくて仕方がない、そんな笑顔に歪み戻る。

 

 そんな女の顔を眺めていた俺には、小さな疑問が浮かぶ。

 

 コイツ、俺が頭の上で暴れてたのに、俺の力の程度を知らないのか?

 それとも、知っているけど意に介さない程の力の持ち主なのか?

 それとも、寝てたんだろうか。

 あの魔獣をものの30分程度で全滅させたなんて思いもしないで。

 

 ワールドランカーだったら、5分と掛からんのだろうレベルの雑魚(ザコ)だったのになぁ。

 

「でも良いわ、あれらはあくまでただの手足。便利だから増やしすぎて、少し持て余していたもの。私の力の核はこの子」

 これ見よがしに赤黒い塗装のボディは、嫌でも連想させられる。

 コイツ、確かに呪詛ってほざいたな?

「随分自慢げじゃあ無いか。俺もちょいと魔力(ちから)には自信があってね。そのポンコツの程度って奴を教えてくれよ」

 まだ、俺は自分を抑えていられる。

 仮面から覗く口元を、負けじと歪めながら馬鹿にしたように言葉を踊らせる。

「……小娘が、随分生意気な口を叩くじゃないのさ」

 俺の小馬鹿(こばか)にしたような態度が気に障った、と言うより、一向に「ビビらない」事に(いら)ついたのだろう。

 女の顔から余裕が消える。

「はん、随分余裕の無い様子じゃないか。呪詛とか偉そうに言ってるが、せいぜいがコソコソ隠れるくらいしか能が無いんじゃないのか? 良いんだぜ、尻尾巻いて逃げても」

 逃がしてやるとは言わないが。

 女の余裕の仮面は容易く割れた。

 俺のように物理的な仮面じゃないから、本人の精神性と同じで脆いもんだ。

「小娘が……!」

 女は憤怒の形相のままにハッチの奥に消えると、そのハッチが閉じられる。

「このゴーレムの力で捻り潰してくれる!」

 その巨体が、右腕を振り上げる。

「無理すんなよ。そういや呪詛っ()ったか? 大層な事言ってた割りに、何の事やらさっぱりだぜ。あれか? 夢見がちって奴か?」

 厨二病(ちゅうにびょう)、と言い掛けて止める。

 通じない言葉じゃ挑発にもならんからな。

 ゴーレムは右腕を振り上げたまま、動かない。

「どうした? 出任せに突っ込まれて、今設定でも考えてんのか? 無理すんな、ごめんなさいって言えば聞かなかった事にしてやるぜ?」

 多分、コクピット? の中で怒りに震えているのだろう。

 態々動きを止めてくれているんだ、折角なのでもっと煽ってやろう。

「あの魔獣は錬金術の産物か召喚したもんか知らねえけど、頭数(あたまかず)揃えるだけで精一杯の三下が、あんま無理して背伸びすんなよ? 俺程度に全滅するようじゃ、たかが知れてるってもん」

「舐めるなッ!」

 言い切る直前で、言葉を被せてくる。

 堪え性が有るのか無いのか判らん奴だな。

 

「50余年の歳月を掛けて掻き集めた『呪詛』、その一部とは言え、貴様(ごと)きが軽々しく嘲るんじゃ無いよ」

 へぇ。頑張ったんだねえ。

「50年? なんだよ、ババアじゃねえか」

 偉い偉い。ご褒美だ、女だったら言われたか()ぇ一言をプレゼントしてやろう。

「するってぇと、アレか? 呪詛だなんだ()ってんのは、若作りの事か? ご苦労なこったな、ババア。苦労の甲斐有って、ひと目じゃ耄碌してるとは判らん程だったぜババア」

 今度は言葉は来なかった。

 代わりに飛んでくるのは、ゴーレムの右拳。

 大ぶりで見え見えの一撃を、俺は難なく――そう見えるように――躱す。

 回避スキルが無いから、大げさに動いて漸くだが、態度とニヤけ(ヅラ)を崩さなければ勝手に相手が勘違いしてくれる。

 次いで飛んでくる左を、右を、俺は大きく回避し続ける。

 相手の動きが鈍いから何とかなっている様な物だが、そんな様子はおくびにも出さない。

 挑発してもコケにしても、俺は自分の能力を過信しちゃいない、しちゃいけない。

「ちょこまかと、小娘が!」

 (いら)つきが極まりつつ有るのか、ゴーレムの動きがいよいよ単調になる。

 よく見れば躱せるのだから元より油断はしないが、顔には出さないようにより慎重に動きを見る。

「この私を……! 国喰(くにぐ)らいと呼ばれた私をコケにしたこと、後悔して死んで行きなさい!」

 知らんよ。

「なんだって? 大食らい?」

 これは挑発とは別に、()で出た言葉だ。

 思わずやっちまった。こんな半端なモン、蚊程も効きゃしないだろう。

国喰(くにぐ)らいだッ‼ このゴーレムの力にする為に、国を2つと名も知らぬ村やゴブリン共の村を幾つも潰してきた! それが憎しみを呼び、その恨みが私に更なる力を与えるのさ!」

 振り下ろされる左。

 聞きたい事は大体聞けたのか?

 大きく躱し、立ち位置を大きく動かした所で、俺は足を止める。

 

 

 

 

 

 ――そうね。動かなくて良いわ。

 

 コイツは赦せない。だが、殺しちゃあいけない。

 

 ――あら。思うままに殺せばいいのに。

 

 駄目だ。この領地(くに)で人を殺したんだ、ここの法で、この地の人間に裁いて貰わなきゃあ、あの子供達が浮かばれない。

 

 ――甘いだけよ、そういうのは。

 

 結構だよ。

 

 ――結局、自分の手で「人を殺す」事を避けたいのかしら?

 

 何とでも言え。実際その通りだしな。所で。

 

 

 

 お前は、誰だ?

 

 

 

 

 

「力が欲しい、なんて下らねえ事で、お前は人を殺したのか?」

 最終確認の時間だ。

 視界を染める赤が、いよいよ濃くなってくる。

 ()()()()()()()()()()()()

「何も知らず、生きてるだけの人間を、ゴブリンを、お前は自分の為だけに殺したのか?」

 

 懸命に生きてるだけの人を。

 ゴブリンを。

 

 振り下ろされる右。

 今度は動かない俺は、その、俺の身体(からだ)より尚巨大なその拳の直撃を受ける。

 

 俺の視界は真っ赤に染まり、愈々(いよいよ)もう、何も見えなくなった。

 

 

 

「はははっ! やった! そうよ!」

 暗い喜びに満ちた声が、周囲に響く。

 小憎らしい小娘に、漸く、そして最後の一撃を叩き込んだ。

 城門さえ打ち砕く拳を受けて、原型を(とど)めていられる人間など居ない。

「これが私の力! 私を認めず、王都を追放した愚か者達に復讐するための力! あの街を喰らって、次はいよいよ王都よ……!」

 黒い情熱に突き動かされて、笑いが痙攣のように迸る。

 

性根(しょうね)の黒い女ねぇ」

 

 その耳に、聞こえない筈の。

 聞こえてはいけない筈の声が届く。

 

「しかも、どうしようも無い程にどうでも良い、下らない理由。聞くだけ無駄だったわね」

 

 右腕を動かせば、そこには、無傷の小娘が。

 仮面から覗く口元を歪ませ、嘲るように笑っていた。

「そんな些細すぎてどうでも良い存在が、王都を追放されるなんて名誉な事じゃない? 雑魚(ザコ)雑魚(ザコ)らしく(みじ)めに捻り潰されて居てくれれば、()()()()()()()()()()()()()()

 せせら笑うその声は、彼女のプライドを、確かに深く傷つけた。

 逆上する程度には。

 

 だから、その()()に気付かなかった。

 気付けなかった。

 

 

 

「殺すッ‼」

 もう、語彙も何も有ったものじゃ無い。

 次々に振り下ろされる拳を真正面から受け止めるけど、この程度なら障壁はまだまだ余裕。

 寧ろ、障壁無しでも大して効かないと理解(わか)る。

 

 殺す(ころす)を連呼しながら振り下ろされる拳。

 数えるのも飽きたけど、私の障壁を割るには到底及ばない。

「おだまりなさい」

 喚きながら駄々っ子のように拳を振り回すおもちゃに、()収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)を叩きつける。

 

 振り下ろされようとしていた右腕が、僅かの抵抗も出来ずに吹き飛ぶ。

 

「はッ……⁉」

 咄嗟に反応できない、その時間を頂く。

 左腕にも同じように攻撃し、同様に消し飛ばす。

「格が違ったわね、雑魚(ザコ)ちゃん。言っておくけどね?」

 収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)を軽く剣のように薙ぎ払い、巨体の両足を斬り飛ばす。

 四肢を失ったその頭部とコクピットハッチに、魔力光弾を1発づつ投げつける。

「私は、強さで言えば三下も良いトコの、それこそ雑魚(ザコ)扱いなのよ?」

 破壊したハッチを引き剥がし放り捨て、呆然とコクピットに収まる女を引きずり出しながら、優しく教えてあげる。

 

 そう、期間イベントに挑む度胸もなく、ランキングに載ることもない「彼」に育てられた私は、ドコに出しても恥ずかしい、立派な雑魚(ザコ)なのだ。

 だけれども、その事は私の誇りでも有る。

 「彼」は、最後まで私を、私だけを()()()()()()()()

 

「世界の広さも知らないで、調子に乗ったお前の敗けよ」

 結局、コイツは私の力を知らなかっただけの、世界で自分より強いものが居ないと思い込んでいただけのザコだった。

 

 それは、警戒心を失くした私の未来の姿なのだろうか。

 

 考えても暗澹たる気分になるだけだ。

 引きずり出した女――魔法使いなんだろうか――を、大地に放り投げながら考える。

「安心しなさい、此処で殺しはしないわ」

 クライングオーガを引き抜く。

「殺しはしないけど、死ぬ程の目には遭ってもらうわよ」

 大地に投げ出された衝撃と苦痛に身を(よじ)っていた女が気がついた時には、私は仮面を外し、剣を振り上げていた。

 

 

 

 更地にこんな禍々しいゴーレムを残しても仕方がないので、安全な位置まで離れてから、ミーティアで粉々に砕く。

 聖騎士が居れば浄化出来るのかな、(など)と思いながら、私は眼を閉じ、しばし祈る。

 

 きっと()は、祈り(それ)をしたがった筈だから。

 

 森の中を移動するのも面倒だし、思ったよりもだいぶ早く終わった。

 思いがけず()が出てくることも出来たので、不謹慎だが気分は良い。

 廃墟と化した村を見て回りつつ、取り敢えずは森の外を目指す。

 念の為立ち寄った村では、魔力の供給を失ったからか契約が切れたからか、魔獣だったものが灰になったと(おぼ)しき跡があった。

 森の中全体を見れている訳では無いが、大丈夫だろう。

 ()()()はこってり絞ったから、もう()()()は魔法の「マ」の字も使えない、ボロクズ同然のゴミとなっている。

 そう言えば、名前聞いてないわね、コイツ。

 興味ないし、良いか。

 

 私は四肢を失っているゴミの頭髪を掴み、森の上を跳んで大森林の外へ。

 そのまま南へ向かって跳び、遥か遠くに見えてくる筈の冒険者達の一団への合流を目指した。

 

 

 

 異様さに、息を呑む。

 ハンスが、グスタフが、タイラーが。

 言葉も無く、その異様な風体の女を前に、動くことも出来ずに居た。

 

「お出迎えご苦労さま。戻ったわよ」

 見慣れた仮面。

 聞き慣れた声。

 見知った動作。

 

 だからこそ。

 

 返り血を浴びたそのままで、右腰に血塗られた剣を提げ、右手にはワンドを。

 左手は……四肢を半ばで失った女を、髪を掴んで引きずっている。

 異様な有様。

 異なる口調。

 

 見慣れない部分を眼にする事の、違和感が凄まじい。

 

「コイツが黒幕よ」

 いつもと同じ声色に、いつもと違う口調で。

 調子だけは、寒気がする程にいつも通りで。

「もう、しばらくは喋れないと思うわ。喋ろうとするたびに喉を斬って、その度に喉だけをポーションで直してあげたの。何回やったかしらね?」

 手足は失われ、もうポーションでも修復出来ない状態らしい。

 話の通りなら四肢を斬り飛ばされ、何度と無く喉を切り裂かれ修復され、を繰り返したという事か。

「死なせないように苦労したわ。私が殺したんじゃ意味が無い()()()もの」

 悪びれず、リリスは淡々と(わら)う。

 ハンスは戸惑う。

 今のリリスは恐ろしく穏やかだ。

 まるで、その在り方が根底から別の何かに変わってしまったかのように。

「リリス……」

 しかし、(サブ)ギルドマスターとして、決定した事は遂行せねばならない。

「首謀者の捕縛だ。大怪我をしている、慎重に運べ」

 まずは、黒幕と思しき女の捕縛。

 領主の前に引き出し、沙汰を受けさせる。

 

 ……この状態では、死罪も温情だろうな……。

 

 そんな事を考えながら、視線をリリスへ向ける。

 既に決定した事。

 出発前のギルドマスターとの協議では、恐らくリリスは抵抗するだろうと予想した。

 だが、今のリリスは。

 普段どおりに振る舞って見せているが、行動が少しも予想できない。

 だが、それでも告げなければならない。

 柄にもなく覚悟を定め、ハンスは口を開く。

「冒険者リリス。(サブ)ギルドマスターの権限により、貴様の冒険者資格を一時剥奪する。理由は理解(わか)るな?」

 ハンスの声に反応して顔を向けるリリスは、だが、反抗も反論もせず、静かに頷く。

「お前も捕縛する。抵抗はするな」

 静かにハンスの声を聞いているリリスの前に、タイラーが進み出る。

「両手を出せ」

 タイラーの静かな声に、リリスは抵抗もせず、静かな笑みを口元に湛え、両手を差し出す。

 その手に縄を掛け、タイラーはリリスの顔を――仮面を正面から見るが、リリスは何も反応しない。

 何が有ったのか。

 リリスの様子があまりにも変わりすぎていて、目の前に立つタイラーはおろか、グスタフすら言葉を掛けることを躊躇う。

 

 タイラーに縄を引かれたリリスと、グスタフに担ぎ上げられた魔法使いらしい女を連れて。

 一部の冒険者数人を調査の為に残し、一行は進路を街へと戻し、引き返す。

 途中で後発隊と合流し、調査に向かった冒険者も数日遅れではあるが誰一人欠ける事無く、全員が無傷で街へと戻る。

 

 街へ戻る道すがらも、途中のキャンプでも、リリスはもう、一言も発することは無かった。

 

 

 

 ウォルターは荒れていた。

 街に戻って4日になる。

 あの魔女らしい女は領主の(やかた)に運ばれていったらしいが、問題はリリスだ。

 リリスもまた領主の(やかた)へと連れて行かれた。

 ギルドが主導で行う作戦を妨害し、進行を妨げた事が、その罪とされた。

「そりゃあ、勝手に突っ走ったよ、あのガキはよ。だけどよ、そんなしょっ引く程の事か⁉」

「声がでかい。子供達も気にしているんだ、少し声を抑えろ」

 応えるタイラーもまた、騒々しくざわつく心を押さえつけて居る。

 黒幕、そう言って死にかけの魔女を引きずって来たリリスは、最早別人と言える程に変わり果てていた。

「……気持ちは理解(わか)る。確かにギルド側の準備の全てを無駄にしたのは事実だ。だが、ギルドで処分するのが筋だし、領主の前に引き出される理由がどう考えても無い」

 ジャガイモの皮を剥く手が止まる。

「やりすぎたって事か? それとも、あの魔女が実は領主と」

「滅多な事を言うな」

 感情のままに言葉を吐き出すウォルターを、タイラーの鋭い声が止める。

 ハッとして、ウォルターは口を噤む。

 不用意な事を口にして、クランそのものが解体されては意味がない。

 領主にはその程度の事は容易いのだ。

 そもそも、リリス(クランマスター)の逮捕拘禁と在っては、クランの今後も怪しいと言わざるを得ない。

「すまん、言い過ぎた」

 悔いるように、俯く。

 根の真っ直ぐな男だ、まるで自分の知る、リリス(あの女)のように。

「いや、俺とて思わんでは無い。その程度の悪態、出ないほうが不自然だ。だが」

 新しい、洗い終わっているジャガイモを手に取り、皮を剥く。

「もう、俺達も一介の冒険者では無い。居場所を守るためには、多少は神経を尖らせる必要がある」

 タイラーの、自分に言い聞かせるような言葉に、ウォルターは静かに頷く。

 折角見つけた、料理人としての自分を必要としてくれる場所。

 それを、自分の一言で失くす訳には行かない。

 

「ちょっと、なんで男2人が、溜息()きながらジャガイモの皮なんて剥いてるのよ」

 降り掛かる声に顔を上げれば、キッチンの入口で、腰に手を当てたジェシカを筆頭に、残るクランメンバーが全員こちらを見て立っていた。

 タイラーとウォルターが顔を見合わせ、お互いに手元を見れば、明らかに過剰なジャガイモが皮を剥かれ、山と積まれたザルが3個程も出来上がっていた。

 やりすぎた。

 何かしていなければ気が滅入るからと作業を始め、暇だからとタイラーが加わり、延々と愚痴を交えて作業に没頭していたので、結果を見ていなかった。

「どーするのよ、こんなに。私、ジャガイモ尽くしなんてイヤよ?」

 頬を膨らませてみせるジェシカに対し、タイラーは、ウォルターの調理なら、案外芋祭り(それ)も悪い物にはならない気がしていた。

「保存が効くんだ、一回に使う必要は無いさ」

 言いながら、ウォルターはジャガイモ達をアイテムボックスに放り込む。

「どうせそんな様子じゃ、ご飯の準備なんか出来て無いんでしょ? 今日はもう、外で食べましょ、みんなで」

 タイラーとウォルターの覇気のない様子に溜息を投げ掛けつつ、ジェシカが言う。

 キッチンの窓から外を見れば茜色に染まる空。

 照明の所為で気付かなかったが、もうそんな時間になっていたらしい。

 

 だが、言葉を受けて、そうですかと腰を浮かせる気になれない。

 外で食事、となれば一番判り易い行き先は、冒険者であれば酒と食事を気軽に楽しめる場所。

「……俺は今、ハンスと顔を会わせたく()ぇ」

 行き先を思い、ウォルターは首を縦に振る事をしない。

 蟠りを持っている以上、そう簡単には動く気分になれない。

「俺も同じだ。今はギルドの幹部連中の(ツラ)を、見たくは無いな」

 タイラーも頷きながら言う。

 気持ちとしては、ウォルターと同じだったのだ。

 

「そのハンスさんが、私達を呼んでるのよ。リリスクランの全員をね」

 

 タイラーもウォルターも、ジェシカの言葉を飲み込むのに若干の時間を要した。

 ハンスが、冒険者ギルドの(サブ)マスターが呼んでいる理由。

 それも、クランの全員を。

「リリスの件で話が有るって事か? 話が有るならそっちから出向けって思うんだが……」

 どうするんだ?

 ウォルターがタイラーに目を向けるが、本人にも答えは判っているのだろう。

「仕方がない。どうせ聞きたいことも有るんだ、行こう」

 

 白のカッターシャツに黒のベスト。黒のスラックス。

 いずれも魔導工房の特製の布を使用し、防刃の魔法を施している。

 その腰に、二振りの黒のダガー。

 料理人としてではなく、斥候(スカウト)として動く時の愛用の獲物。

 

 身軽な軽鎧に皮のパンツ。

 同じく防刃の魔法と、衝撃防御も施している。

 両腿にはやはりダガー。

 アイテムボックス技術を応用してあるその鞘の中には、外見よりも長い刀身が収まっている。

 

 ウォルターとタイラーは完全武装で、2人で先頭に立つ。

 

「あのね、2人とも。喧嘩しに行くんじゃないんだから、穏便にね?」

 呆れ顔のジェシカが腕を組み、隣ではヘレネが顔を青くしながら頷いている。

「そいつはハンスに言ってくれ」

「はん、向こうの出方次第だよ。俺の一存じゃねぇ、って奴だな」

 しかし、今日の男2人組(ふたりぐみ)は、少しも話を聞こうとしなかった。

 

 

 

 領主からの連絡は、悪いものではない。

 (じき)に、()()()()()()()()()()リリスがこの街に戻る、と言う。

 簡単な事情を聞き、一応黒幕の魔女を捕らえたとは言え冒険者ギルドの作戦を妨げたのは事実である。

 ならば、いっそリリスの件も領主の預かりとし、時間を置いて戻せば、対外的には罰を下されたと見えなくも無いだろう。

 領主の提案により、異例の扱いを受けるリリスを送り、そして一緒に連れ戻すために、ギルドマスターは再びこの街を離れている。

 

「――んじゃあ、何だ? 領主サマにキツくお叱りを受けたって(てい)で、それを理由にギルド規約違反を回避しようって(ハラ)か?」

 意気込んで乗り込んで来たウォルターは、通されたハンス個人の執務室で、間の抜けた声を上げていた。

 大きな声で周囲に聞かせるような話では無いため、此処に案内させたのだ。

「まあ、元々説教をくれてやる程度のものだったし、それは回避不可だがな。だが、何がしかの罰が無ければ他に対する示しが付かないのも確かだった」

 ハンスは溜息を織り交ぜた台詞を一気に吐き出す。

「領主様のお陰で、体裁を整えつつ実質お咎め無し、には出来たそうだ」

 子供達が顔を見合わせ、少し時間を掛けて言葉の意味を理解する。

 リリス姉ちゃんが、帰ってくる!

 ギルドにも、怒られなくて済むみたいだ!

 歓声を上げる子供達を見下ろし、タイラーも少し、緊張の糸を緩める。

 だが。

 

 ハンスの表情が暗い。

 

「……どうしたんだ、喜ぶかどうかは兎も角、悪い話じゃないだろう?」

 悪い予感に背中を押され、タイラーは少し迷ってから口を開く。

 そのタイラーに目を向けて、ハンスはやはり少し重めに、迷うように言葉を押し出す。

 

「リリスは、壊れているかも知れん」

 

 子供達の歓声が止む。

 現場で、連行されるリリスを見ていなかったヘレネや子供達は判らない。

 その場に居た3人、タイラー、ジェシカ、ウォルターは沈痛な面持ちで押し黙っている。

 

「少なくとも……大森林から戻ったリリスは、俺の知っているリリスでは無かった」

 まるで、元のリリスの真似をしているかのような。

 上っ面を似せているが、根本がまるで変わってしまったような。

「ああ。俺も、それは見ている」

 クランのメンバーで、リリスの変貌を直接目にしたのはタイラーのみ。

 ジェシカとウォルターに合流した時には、リリスはもう、何も言わなくなっていた。

 だが、それはそれで異常な事だと、2人も感じていた。

 扱いの悪さに怒る事も愚痴を(こぼ)す事もなく、軽口を叩く事もない。

 ただ、静かに微笑むのみ。

 

 そのまま一時的にギルド内の冒険者向けの牢に囚われ、翌朝早くにはギルドマスターと共に街を出ていた。

 

「あれが、元に戻るのか、俺には……判らん」

 ハンスの声が、重く響く。

 その空気を、いっそ小気味の良いほどの軽く乾いた音が割る。

「判らない事を、今から考えても仕方ないわよ」

 ジェシカは手を叩いて重苦しい空気を振り払うと、わざとらしく大きく伸びをする。

「私達に出来ることは、リリスちゃんのお部屋の掃除をしておく事と、帰ってきたら迎え入れる事。後の事は、なってみないと判らない事ばかりよ」

 ジェシカの言葉に考えてみれば。出来る事は多くはない。

 だが、迎え入れることは絶対だし、そうなればやれる事をやるしか無い

「あまりそういう、行き当たりばったりなのは好きじゃないんだがな」

 メガネを押し上げるタイラー。

「冒険者がそれを言う? って言うか、リリスちゃんを担ぎ上げて『行き当りばったり』でクラン立ち上げた貴方(あなた)がそれ言っちゃダメでしょ」

 そのタイラーの揚げ足を取るジェシカ。

「あ、何、ホントにコイツの差し金だったんか? まあいい仕事だけどよ」

 呆れ顔のウォルターに、頷くヘレネ。

 笑う子供達。

 

 ハンスは自分が考えすぎていた事に、溜息混じりの苦笑を浮かべ、話は終わりとばかりに立ち上がる。

 

「そう言う事だ、お前らに押し付けることになるが、宜しく頼む。そうと決まれば、まずは飯にしようか。ウォルター、お前は厨房に入れ」

「はぁ⁉」

 常々バーの食事に不満のあったハンスは、此処ぞとばかりに職権を乱用する。

 気楽に呑むつもりだったウォルターは不満顔だが、残りのメンバーにハンスを咎める顔はない。

「ンの野郎ども……! リリスが帰ってきたら、全部告げ口してやっからな!」

「アレが此処に居ても、結果は同じだったと思うぞ」

 せいぜい憎まれ口をと思っても、タイラーにピシャリと抑えられる。

 一時(いっとき)、笑顔が咲く。

 

 (ねが)わくば、この笑顔でリリスを迎え、その笑顔が長く続くようにと、祈らずには居られなかった。




パワーアップは無し。使い方がプレイヤーより上手、それだけ。

プレイヤーは何処にいった? 知らないねえ。


無理矢理章分けするなら、此処までが第1章。
次が間章、その次からが第2章、かなあ。
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