拝啓、ハクスラ世界より 改訂版   作:naow

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目指せ権益生活。
問われる冒険者の意義。


とびだせ悠々ライフ

 名前も決まり、錬金(れんきん)魔法技師レイニーちゃんのお陰でウチこと「ノスタルジア・クラン」にも収入の予感が漂い始めました。

 それはそれとして、リリスの行動の躊躇の無さが怖い、そんな俺です。

 

 

 

 ボディソープとか蜂蜜酒(ミード)用のポーションとか、その辺の登録が諸々終わって1週間くらい。

 案の定、レイニーちゃんの手に負えない勢いで舞い込む発注の嵐に、早々にレシピ解禁。

 ボディソープに加えて、シャンプーだのコンディショナーだの、貴族系ご婦人・お嬢様方が気にならない訳がないラインナップ。

 念の為、登録前に情報公開の準備をさせていて良かった。

 

 街の錬金術師達は突如湧いた金儲けのチャンスに飛びつき、他の日常品や所謂薬用のポーションの生産に支障を来しているとか。

 ダメじゃん。

 もちろん、ボディソープその他の権利は商業ギルドに登録済、ウチの商品の生産・販売については契約で守られるので、不正に販売される物は罰金が取られた上に商業資格まで取り上げられる。

 信用で成り立つ商人の世界は、思った以上に契約に厳しい。

 商業資格と言えば、ウチも権利に関わる以上クランとして商業ギルドに登録する必要がある、とかで早速登録していた。

 レイニーちゃんがレシピ解放するまでは、ウチのクランには売上的な物は入って来ない、そういう契約内容で寧ろレイニーちゃんには心配されたんだけど、いずれこうなるって判ってたし説明したからね。

 まさか1週間そこそこで権利に絡んでいくとは思わなかったけど。

 

 ちなみに蜂蜜酒(ミード)用のポーションは冒険者ギルドで大人気。

 実は、蜂蜜が溶け(にく)いと言うのが微妙に悩みのタネだったらしく、作るのが簡単になったと喜ばれているらしい。

 たまに冒険者ギルドの厨房に呼ばれるウォルターくんからの密告(タレコミ)である。

 いやー、なんか思った以上に早く、のんびり冒険者生活に(はい)れそうじゃない?

 そう考えると、ミードが一層美味いよね。

「今日はいつにも増して上機嫌じゃねえか。どうした、酒が脳に回ったか?」

 自分もやけに陽気な調子で、グスタフさんが俺の頭に手を乗せる。

 ポテチを(つま)みながらの飲酒だったので仮面を外していたため、脳天のガードが甘くなっていた。

 ……いや、この仮面メット、装備した所で脳天部分が開いてるんだよな、侍ポニーっぽい髪型を邪魔しないように。

 つまり、着けてても脳天は防げない。

 

 防具としての存在意義が揺らがされている事実に、その気遣いは必要だったか? と、問わずには居られない。

 

 まあ、今更顔も知らない設計者に文句言っても仕方ないけどな。

「大将こそ、だいぶ良い塩梅(あんばい)じゃねぇの。可愛い子でも引っ掛けたのかい?」

 気がつくとずっと酒場で呑んでるオッサンに、出会いなんぞ有る訳ねぇのは知ってるけどな!

 だがグスタフさんは気に留めることもなく、通りかかったウェイトレスさんを呼び止め、エールを注文。

 

 俺、覚えてた違和感の正体判ったわ。

 此処、バーって呼ばれてるけど俺の知ってるバーじゃない。

 居酒屋だコレ。

 

 ポテトの薄揚げ(チップス)が好評でなんか臨時収入を得たらしいウォルターくんが、俺のアイディアを形に出来れば儲かるし、再現するのに色々考えるのも楽しいし、答え合わせで外れててもそれはそれでいい刺激になると、最近ちょくちょく俺に酒のツマミのアイディアを聞きに来る。

 それも、単純に俺にアイディアを出させるだけで無く、例えばポテトをくし切りにして揚げてみたが、塩以外で味付けはないか、それは薄揚げに応用できるか、とか。

 ポテトサラダをパン粉でくるんで揚げてみたが、感想を頼む、とか。

 考えた痕跡を見せてくれているので、楽しい。

 その結果、バーが居酒屋化していくのだが、まあツマミが増えるのは喜ばしい事。

 ちょっとアイディアを伝えるだけで、工夫をこらした結果のポテサラのコロッケとかが出来てくるのが楽しい。

 マヨネーズやトマトケチャップは存在しなかったので製法を伝える。

 勿論、俺はそんな物詳しくないので、リリスに教えて貰いながら。

 

 説明が面倒臭いと思ったのか、いつぞやの仕返しのつもりか、リリスに世界の各種のソースの製法を纏めて脳内に、映像付きで流し込まれて瀕死になったけどな。

 

 そんな俺の手元のポテチを(つま)みながら、グスタフさんは当たり前のように隣に座る。

 もう慣れてしまって何も言わないが、グスタフさん→俺→リリス→ハンスさん、の順で座っているのが当たり前の光景になっている。

 リリスはリリスで割とどうでも良いらしく、色んな食事を楽しんでいる。

 最近はスイーツを求める気持ちも湧いてきたらしく、漸く俺の言う「冷蔵庫」の必要性に気がついた模様。

 俺がそっちに動かないもんで、痺れを切らして直接レイニーちゃんと何やら蠢いているご様子。

 

 ふふん、計画通りよ。

 俺があやふやな記憶であーだーこーだ言うより、知識持ちのリリスが動いたほうが色々早いに決まっているのだ。

 んで、あの気紛れさんを意のままに動かそうなんざ無理な話なので、自発的にやる気になって貰うように仕向けるだけだ。

 

 ……俺の居る意味ってなんだ?

 

 ふと、気がついてはいけない事に気がついてしまった気がする。

 いやいや、こういう時は気付かない振りして呑むに限る。

「そういや、聞いたか?」

 自棄(やけ)っぱちでジョッキを呷る俺を眺めて笑ったグスタフさんが、思い出したように口を開く。

「うん? 何が?」

 こういう場合の、定番の返し。

 酒場で屯してエールだミードだ呷っていると、色んな噂が耳に入る。

 噂レベルの話なら氾濫しているので、グスタフさんが興味を持ちそうな噂の見当が付きすぎて、逆にどの話題を持ち出してくるか判らない。

 だから、無難に聞き返して、本人の口から語って貰うのが一番なのだ。

「いや、西の(ほう)、なんか峠辺りを縄張りにしてた野盗(やとう)が全滅したらしいってな」

 

 んー。

 ミードを吹き出さなかった俺、偉いぞー。

 

 それ、もしかしてだけど。

「西? でかい規模の野盗(やとう)だったん?」

 さり気なさを装い、確認作業。

 すっごい身内の犯行、具体的に言えば今隣でフライドポテトを味わってるコイツ(リリス)の仕業だと思うんです、それ。

 

 間違っても口にしたりしないけどな!

 

「いや、20人程度の小規模なモンだったらしいが」

「……23人」

 グスタフさんの情報に、すっごい小声で修正を加えるリリス。

 へ、へーぇ、23人だったんだネ?

「なんでも、(ねぐら)と思しき跡が、すげえ魔獣でも暴れたのかってぇ具合で荒れ果ててたってんでよ」

「……私は魔獣じゃない」

 がははと笑うグスタフさんに、やはり小声で突っ込むリリス。

 間にいる俺はアレだ、温度差で割れちゃうんじゃないかと思い悩む。

 物理的に。

「そ、そこが野盗(やとう)(ねぐら)ってぇ(あかし)でも、なんか有ったのかい?」

 黙っていると居た堪れないので、軽口で混ぜ返す(ふう)に口を挟む。

 しかし、これは言うべきでは無かった。

「ああ、連中の持ってた得物だとか、鎧かなんかの破片が散らばってたらしい。再利用しようと思ったら、一回溶かして打ち直したほうが早いってくらい、粉々だったそうだ」

 そう言ってエールを煽り、やはり豪快に笑うグスタフさんだが、俺は割と気が気じゃない。

 第三者視点でリリスの災禍を聞かされるとか、これは思ったより心臓に悪い。

「……証拠を残しちゃったのか、私も詰めが甘い」

 なんせ、隣に突っ込(つっこ)みだの反省だのしちゃってる犯行の主が居るわけで。

「ただ、眉唾だって奴も居てな。その跡やら破片やらは確かに有るんだが、その破片が、手配の人数に比べて少なすぎるとかでな?」

 不思議そうに腕組みするグスタフさんは、その謎を解くことは無いんだろうなあ。

「……証拠隠滅は基本、割と高威力の収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)だったけど、まだ甘かったか。本気で撃てば良かった」

 隣の隣に犯人が居るとも思っちゃいないだろうし。

 っていうかリリスさん、独り言が物騒(こえ)ぇよ!

 やめて? 本気とか、方向間違ったら確実に街に影響出るから!

「で、噂好きの連中の間じゃあ、全滅したってのと、逃げ出してまだ生き残りが居るってのに分かれててな。酒の肴に、あーだこーだと言い合ってる訳よ」

「全滅で間違いない。私がきっちりとどめ」

「あー、どっちだろうなあ! そういうのって、話を聞くと案外、どっちも有りそうだったりして、それ考え始めると面白いんだよな!」

 犯行を自供しようとするんじゃないよリリスさん!

 何のためにキミは証拠を隠滅しようとしたの⁉

 俺の隣でちょっとご機嫌ナナメなリリスが俺を睨むが、お前、自分が口走ろうとした内容をよく考えて反省しなさいバカモノ。

「まぁな。無責任に笑ってられるうちは、笑っとくのが(とく)だわな」

 そんなリリスに気づいた(ふう)もなく笑うグスタフさんの言葉に合わせ、俺も笑って誤魔化す。

 

 どうか、笑ってる間に噂話として風化してくれますように……!

 

 

 

 話しちゃマズい話題と判るものの、やったのは自分と大っぴらに語れないフラストレーションにご機嫌ナナメなリリスを宥める為、俺はリリスと2人で商業区の食品区画に来ています。

 甘いもん()おうぜ、ってことで。

「パウンドケーキは危険って何でなの?」

 甘い物と聞いて一転、ご機嫌であちこちに視線を走らせるリリス。

「カロリー量がやべえんだよ。材料思い出してみ?」

 実はスイーツ関係の「レシピ」に関しては、リリスの方が詳しい。

 そりゃまあ、ネットで拾ったレシピをそのまま記憶してるんだもん、詳しいよね。

 実際に食べたことが無いってだけで。

「でも、現在はレシピも改良されてるんでしょ? 大丈夫じゃない?」

 唇に人差し指を当てて、考え込むリリス。

 ふふん、甘いんだぜ。

「言うほど変わっちゃ居ないし、なにより元レシピの通りに作ったほうがな、味わいが深いんだよ。人によっちゃあ『罪の味』っ()ってな?」

 小麦粉、砂糖、バター、卵、それぞれ完全同量。

 カロリー気にしちゃあ、本来は食えないお(しな)だ。

「スイーツの基本って撹拌(かくはん)と言うか、混ぜる事な気がするのよな?」

 勿論、俺の勝手な偏見だ。

 偏見だけど、そんなに大きくズレては居ないと思うんだ。

 どうなんだろ?

「んー? まあ、必ずしもそうだとは……でも、大体はそんな感じかな」

 生クリームだってそうなんだぜ? もう、基本動作なんじゃないのか、撹拌(かくはん)作業。

 んで、そういう、混ぜる、撹拌(かくはん)する作業っていうのは、つまり。

「お菓子作りの基礎って、錬金術師の得意分野じゃね?」

 俺の言いたいことに、リリスが思い至った様だ。

 最初の一回は、作り方を見せる意味もあるので、俺がやって見せる必要は有るだろう。

 だが、その作業を覚えたなら。

「レイニーちゃんがタネを作って……!」

 焼きの作業は経験が物を言う。

 だが、その経験をもち、遺憾無く発揮してくれる存在。

「ウォルターくんが焼いて、モノによってはデコレーションして!」

 あの料理好きの事だ、始めたならばきっと凝り始める。

 そうこうしてる間に、レイニーちゃんまで調理の方に手を伸ばしちゃったりすれば……!

 

 いや待て、錬金術って「材料を手元に、工程が頭に、結果は手元に」だけっか?

 じゃあ、もしかしてレイニーちゃん1人で焼き上がりまで含めて作れちゃう?

 

「イリスちゃん、戻ってきて。現実に帰ってきて」

 ハッとし辺りを見渡すが変に悪目立(わるめだ)ちこそしていないが食品区画の外れ近く。

 全然気が付かなかった、妄想も程々にしよう。

 俺は咳払いして、改めてリリスに問いかける。

「んじゃあ、どうしようか? 悪魔のお菓子をこの街に産み落とすのか、ヘルシースイーツを流行らせるのか」

 リリスの提起に、俺は腕組みする。

 正直な話、俺とリリスは人間をベースに肉体を作っているが、人間とは違う「存在」なので、カロリーなんぞ気にする必要がそもそも無い。

 味覚は人間に準拠しているので、美味しいとこだけ味わって、カロリーの悪夢に悩まされる事は無い。

「罪の味ってのに、興味は有るんだけど……悩ましいわね……」

 うーん、さすがのリリスでも、即断という訳には行かないか。

 だったら。

「リリス、仕方がない。こういう考えは好きじゃないが」

 俺の決意を含んだ声に、リリスがハッとして顔を向ける。

「俺たちは、ただ与えるのみ。選ぶのは、『人間』に任せよう」

 リリスの顔を見て、ニヤリと笑う。

「素敵ね、神様気取りという訳ね?」

 リリスも、邪悪な笑みを返す。

 決まった。

 悪魔の双子のプレゼントは、カロリーの暴力、元祖パウンドケーキだ。

 砂糖はキッチンにも工房にも有るが、此処は俺たちが用意するのが肝要。

 いやまあ、特に意味がある訳じゃないけど、その方が好き放題に使える気がするってだけでね?

 小麦粉、砂糖、バターに卵。

 ドライフルーツはそのうち挑戦したいので、販売していることを確認できただけでも収穫だ。

 バニラビーンズは有るには有るが、あんまり量がない。

 そう言えば、バニラエッセンスってどう作るのかリリスに聞いて、問題が発覚。

 この世界で、酒精の強い酒を見てない。

 バニラエッセンスと言えばウォッカが定番(リリス調べ)らしいが、そもそもこの世界ではウォッカなぞ見たこと無い。

 そんな強い酒が有れば、あの酒樽の妖精が()っとく訳もないだろう。

 ……今回はバニラエッセンスは見送りだ。

 材料も揃ったので、屋敷に戻ることにしつつ、途中で思いついてヘンリー不動産に。

 塀の一部と建物の一部を改造したいので、近いうちに屋敷に職人さんを派遣してもらえるようにお願いして、今日は即退散。

 屋敷に帰ったらまずはレイニーちゃんと、ウォルターくんを捕まえなきゃ。

 

 

 

 バタバタと屋敷の中を走ってマシュー君に怒られつつ、まずは工房へ。

「ヘイ彼女ぉ! 暇してる?」

 工房では、一息ついたらしいレイニーちゃんがぼーっと椅子に座っていた。

「はい? ああ、お帰りなさい、っていうか早いわね? お昼食べてすぐ飲みに行ったのに、1時間位で帰ってくるなんて」

 このセリフだけで、俺達が普段、どんだけバーに入り浸ってるか判るね。

 今日はまあ、話題的に居づらくなって逃げてきたんだけどね?

「ふふふ! お嬢さん、悪魔的お菓子に興味無いかね!」

 ボディソープやらシャンプーの本日分を作り終え、でれんと呆けきったレイニーちゃんに、俺は大仰にポーズまで決めて言い放つ。

「甘いやつですか? 今丁度欲しい気分ですよー」

 頑張って働くと、甘いものが欲しくなるよね! 判る‼

「よし、では早速ウォルターくんトコに行こう! 取り敢えず最初は俺が作るけど、最終的にはレイニーちゃんの方が上手く作れる筈なんだ!」

 我ながらテンション高すぎて、レイニーちゃんが着いてこれてないのが良く分かる。

 だけどコレは食べて見て欲しい、そういう逸品だ。

 そんな訳でお目当てのオーブンがあるキッチンへ。

 

「たーのもー!」

「あんだよウルセェな!」

 厨房の掃除を終わらせ、一服していたウォルターくんが俺のテンションに負けじと怒鳴り返してくる。

 あ、一服と言っても、お茶を飲んでただけだよ?

 ウチの屋敷で、タバコ吸う奴居ないね、そう言えば。

「タバコは舌が鈍る。俺は凡人だからな、味をぼかす要素はなるべく排除しときてぇんだ」

 うーんストイック。

 それはそれとして、今日の目的は冷やかしじゃ無いんですよ。

「まあ、そんな訳で、焼き菓子を作りたいんですよ大将」

 言いながら、作業台の上に材料を並べていく。

「あぁん? 焼き菓子……って、俺は作った事ねぇぞ?」

 ちっちっちっ。

 ウォルターくんがお菓子作りに興味なんて持って無かったことなんて、風貌を見れば一目瞭然(いちもくりょうぜん)ですよ。

「最初は俺も作るよ。でもね」

 挑戦的に、真正面からウォルターくんの目を見つめてやる。

撹拌(かくはん)作業のプロたる錬金術師と、焼きの工程なんざ呼吸するのと(おな)じ、って言う料理人が、素人の作業を見て真似できない、いや超えることが出来ない道理は無いよねぇ?」

 殊更に挑発的に。

 レイニーちゃんとウォルターくんが、顔を見合わせる。

「あの、撹拌(かくはん)のプロってなんだか語弊がありますよね?」

「こっちもなんだ、妙に持ち上げやがるが、何を企んでるんだ?」

 胡散臭げな2つの視線。

 更に、なんだか遊んでると思ったらしい子供達や、ギイちゃんに引っ張られてヘレネちゃんもキッチンを覗いている。

「おう、なんだなんだ、ガキ共も来たか。ほれ、入ってきやがれ。イリスが何かやらかすらしいぞ?」

 やらかすって何だ料理馬鹿。そういう口はなぁ、結果を見てから()いやがれぃ!

 

 という訳で、ろくに自炊もしていない元アラサー男の、おっかなびっくり料理ショーの開幕である。

 

 常温で柔らかくなっているバター110グラムを泡立て器で混ぜる。

 正直舐めていたのだが、単純作業に腕が悲鳴を上げそうに。

 しかしこの工程を含め、全てを「見せる」事が重要。

 俺は腕と喉から上がる悲鳴を抑えつつ、白っぽくなった所で砂糖を投入。

 ただし、一回で全部ではなく、3回位に分けると良いらしいので、混ぜては砂糖、混ぜては砂糖できっちり3回に分けての全投入。

 すかさず卵を1個投入、腕力勝負で混ぜ合わせたら、更に卵をもう1個。

 ここで、ふるっておいた小麦粉を……ふるっておいた?

 リリスの方を見れば、どうやらその工程は先にやってくれている様子。

 その工程も、職人ズはちゃんと見ていたらしい。

 

 流石だぜ! 俺は完璧にそんな事忘れてたってのに!

 

 そんな訳で小麦粉も投入。

 この先の作業は泡立て器ではキツイ、というか泡立て器が破損するので、ヘラを使用。

 ダマにならないよう、ヘラを使って斬るように混ぜていく。

 ここで妥協してしまうと台無しなので、慎重に、だけど大胆に!

「はぁー……此処までで、私に見せたかった意味が判りました……手作業でコレ、すっごい大変じゃないです?」

 溜息を()いて、レイニーちゃんが俺の手元を眺めた感想を漏らす。

 モチロン大変だよッ!

 俺はいい笑顔で答えるつもりが、声が出ていない。

 ちょっと集中し過ぎであるな。

 咳払い咳払い。

「まあ、大変だけど、各ポイントを抑えて、レイニーちゃんが作業すれば……一瞬じゃない? コレ」

 正直癪では有るが、現実は受け入れなければ先に進めない。

 考え込むレイニーちゃんは、しばし目を閉じた後、俺の目を見据えてハッキリという。

「楽勝です」

 ですよねコンチクショウ!

「錬金術の嬢ちゃんの出番は判るが、俺の仕事はいつだ? 焼くとか言ってたが?」

 おやおや、ウォルターくんが痺れをきらせたようだ。

 しかもまた、タイミングの良いことだねぇ。

「ふふん、お待たせだぜウォルターくんよ。コイツを型に入れて、っと。これを、180度のオーブンで45分程度、焼いて欲しいのさ」

「お、なんだコレをオーブンで焼きゃ良いのか? 温度上がるまでちょっとかかるけど、大丈夫か?」

 言いながら、ウォルターくんは手早くオーブンの準備をする。

 ちょっと時間が有る、って事で、レイニーちゃんも動き出す。

「私もやってみて良いです? 今見てたので、多分出来ると思うんです」

 良いね、元よりそのつもりだったんだ。

 材料を手渡し、改めて分量を伝える。

 かつ、分量はレシピによっては前後(ぜんご)10グラムの差が有る事を伝える。

 要は好みなのだと。

「なるほど、じゃあ、まずは私も110グラムで、コレを基準に何度か作って見る感じですかね?」

 言いながら、作業を開始する。

 俺は「バターを混ぜる時は空気を練り込むイメージで」とか、偉そうに講釈。

 どうせ物の数時間で立場逆転の予定なのだが、今くらいは良いじゃない。

 

 それにしても錬金術はスゴいねえ。

 

 出来上がりのイメージが出来てさえ居れば()()()()()()()()()()()()()というのは、やっぱりズルいと言わざるを得ない。

 見ていた子供達も、思わず歓声を上げるほど、それはあっという間の出来事。

 

 すっげえ、マンガみたい!

 

 そんな訳で、2つの型にそれぞれタネが出来た。

 程なくオーブンの準備も終わり、焼きの工程に。

 

「所で、あんな型、良く有ったな?」

 ウォルターくんの疑問に、俺も頷かざるを得ない。

 調理具を売ってる一角で見かけたのだが、正直、なんで有るのかと。

 ……あ、パン焼くのかな。

 まあ、都合の良いことの1つ2つ、有っても良いじゃないのさ、たまにはね。

 

 そうして焼くこと45分、オーブンから出して10分程置いてから、型から外して切り分ける。

 竹串チェックを忘れてたが、ちゃんと焼けているようで良かった。

 遅れ馳せで2人に竹串チェックを教え、先に言えとウォルターくんに怒られる。ごめんて。

 そして実食(じっしょく)

 

 騒がしい感想の言い合いは割愛するが、俺とリリスの大勝利と言って良い。

 なにげに初パウンドケーキのリリスの笑顔がとても可愛く見えたのは、身内贔屓だろうかね?

 

 やる事はエゲツないのにね。

 人体実験とか。

 証拠隠滅とか。

 

 みんなで仲良く食べた後で、思い出したようにレイニーちゃんが口を開く。

「あの、そう言えば最初に『悪魔的なお菓子』って言ってましたよね? 何の事なんです?」

 不思議そうな顔。

 あれま、材料を目にして手に取って、まだ気づいていないの?

 そんで、今それ聞いちゃうのね? 話すけど良いのね?

 俺の(まえ)フリに若干顔をひきつらせ、カロリー量的な説明後には、俺はレイニーちゃんに掴みかかられていた。

 

 うははははは。

 美味しかったもんねえ? 食べちゃったもんねぇ?

 

 楽しーなぁ!

 

 

 

 レイニーちゃんとヘレネちゃんが、今度はジェシカさんも巻き込もうと妙な同盟を結成している一方、カロリーなんか気にしない、元気いっぱい運動ざかりの子供達は次回のオヤツを心待ちにしている様子。

 意外な事にウォルターくんも気に入ったようで何より。

「いや、色々できそうじゃねえか。果物混ぜたりとか」

 悪魔的菓子にさらなる改良案、衝撃を受ける2人の少女。

 あ、俺とリリスは予想してたサイドだから、今更そんなんで衝撃は受けないよ?

「果物だと水分増えて焼き上がりに影響しそうなのがなあ……あ、ドライフルーツだったらどうだろうね?」

 さり気なく「思いついた」(ふう)を装って入れ知恵。

 なるほどと頷くウォルターくんと、頑張って悪魔の誘惑に抗おうとする錬金術師とメイドさん。

 子供達がもう既に期待の声を上げているので、コレに抗うのは無理ですな。

「そうすっと、ドライフルーツも自家製で作りたいな。今度やってみるかね」

 お菓子作りに前向きになってくれたので、これは頑張ればショートケーキまで行けるかな?

 レイニーちゃんが揺れまくってカワイそうなので、カロリー控えめレシピなんかも織り交ぜつつ。

 

 俺はまだ気付いていなかった。

 今回はたまたま、パウンドケーキの作り方を知っていたから、()()が無かったという事に。

 俺はスイーツ作りなんぞした事がないので、基本的に他のレシピなんて知らない。

 しかし、レシピはリリスが持っていて、「伝達方法」もリリスは持っている。

 俺が実践して見せれば良いと知ってしまったリリスは、大事なレイニー(しょくにん)ちゃんに無闇に負荷を掛けるような真似は控えるだろう。

 

 近い将来、自分の脳がパチパチ言うことになるとは、俺は考えもしていなかった。

 

 

 

 

 

「国喰らいが処刑されたそうだな」

 爽やかな昼下がりの陽光を受けるテラスで、場にそぐわない影が5つ。

「人の話を聞かないで好き放題するからですよ。下手(へた)な事を喋ってやしないか、気が気じゃないですね」

 影の1つが、大仰に肩を竦めて見せる。

「大丈夫じゃないですかね? 聞いた話ですが、モンテリアに連行された時にはもう、喉をやられて喋れない状態だったとか。そもそも瀕死で運び込まれたらしいですし」

 別の影がそれに応える。

「いずれ我らも辿る道よ。享楽に身を委ねた、堕ちた我らにとっては、羨むべき最期なのかも知れん」

 どこか羨望を帯びた溜息に、1人が反応する。

「そんなもん、羨ましくもねえよ。それに、堕ちた理由はそもそもが復讐だ。俺たちはそれぞれ、まだ復讐は果たしていない」

 目的を果たしても居ないのに、死んでたまるか。

「それで、今回集められたのは、国喰らいの冥福でも祈るつもりなの? そろそろ、目的をお教えてよ」

 今まで口を閉ざしていた1人が、先を促すように口を開く。

 

 世界に仇成(あだな)す6名。

 それぞれの理由で、ヒトで有りながらヒトに害を成す、6人の災厄。

 

 その1人が滅ぼされた。

「国喰らいを屠った相手には、手を出さぬほうが良い、と言う報告だ」

 残る4人の顔が、自然と発言者に向く。

「理由を聞いても良いか? 別にあれの復讐なんざする気もないが、立ち塞がるようなら()っちまや良いだろう?」

 1人、荒い口調が疑問を述べる。

 復讐心に突き動かされ、力を求め、力に呑まれたその身だが、それだけに己の力には絶対とも言える自信があった。

「国喰らいを追い詰めたのは、単身の魔導士だそうだ」

 静かな声に、再び時間が停まる。

「それも、無傷でな」

 静かだった世界が、ざわつく。

 魔導士など、国喰らいにとって最もあしらい(やす)い相手ではないのか?

 あの呪詛は最早物理的な障壁とも言えるレベルで、並の魔法なら無効化できるし、並を超えていた所で容易く破れる物ではない。

 少なくとも此処に居る5人ですら、国喰らい(アレ)がゴーレムを纏っている間は有効打を与えられる自信は無い。

「魔導士が単身で無傷だと? 幾ら何でもフカシの()が過ぎるんじゃねえのか?」

 荒い声が、僅かに怒気を帯びる。

 認めたくない故か、それとも、戦いたいのか。

「詳細は判らん。獣追いが力を貸していたらしいが、それも全て倒されたと聞く」

 ムッツリと黙り込む声に、影の中の、別の声が応える。

「ああ、僕が(じゅつ)を教えて、力を貸してたんだけどね。あの姐さん頑張って500近く()()()たのに、あっという間に薙ぎ払われたよ。間違いなく、たった1人にね」

 ごく軽い、朝の挨拶のような報告は、それだけに異様な凄みが在った。

「僕が観察用に紛れ込ませてた子も、巻き込まれて壊れちゃった。お陰で最後までは見れなかったよ。出鱈目な力も在ったもんだね」

 つまらなそうに言葉を締めくくり、僅かな静寂が場に流れる。

「断定は出来ん。だが、異界のモノである可能性は高い。手出しは無用だろうな」

 重々しく発せられた言葉に、溜息や舌打ちなど、大凡友好的とは言えない反応が並ぶ。

「俺達以上に気紛れで、俺達ほど人を憎んじゃ居ない。それだけでも厄介な、化け物……か」

 かつて各国で発見された異界のモノ達の報告を思い出す。

 どれもこれも、出来の悪い冗談のようでしか無い。

 だが、それの半分程度でも事実であったなら、それは油断どころか、そもそも敵対なぞ出来る存在ではない、と言う事。

「それが現れたというだけで脅威だ。我々はまだ、それぞれ目的を果たしていない。別に好きにすれば良いと思うが、こうして結託している(よしみ)だ。無理はするな、程度は言わせて貰おう」

 言いざま、影が1つ消える。

「やれやれ、爺さんはせっかちだね? 言うだけ言って消えちゃったよ」

 肩をすくめる影。

「だが、注意すべきという事は判った。復讐を志す身に『無理をするな』とは笑えん冗談だが、障壁となるなら兎も角、関わらずに済むならその方が良い。忠告は素直に受けるとしよう」

 静かな声が宣言するように言うと、そのまま消え去る。

 他の影も同意であったり悪態であったりを残し、次々と消えゆく。

 だが。

「……冗談じゃねえ。そんな面白いモン、()っとく手こそねえだろうが」

 最後に残った影は顔を上げ、彼方の空を見やる。

「モンテリア、()ったか? 面白(おもしれ)え。遊んで貰おうじゃねえか」

 呟きを残し、影は消える。

 

 日差しを受け止めるテラスには人の姿はなく、始めからそうだった様に、風が遊ぶのみであった。




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