ウチのリリスさんが大暴れした痕跡は日常の様々な噂に紛れ、たまに聞くかな? 程度の物に。
そんな中、パウンドケーキのレシピは相談の末、商業区のお菓子屋さんと提携し、商業ギルドへ登録される運びに。
クランに参加してから2週間程で、レイニーちゃんの登録している商品の数が結構な数になり、間違いなくウチ一番の稼ぎ頭だ。
ちなみに、パウンドケーキのロイヤリティには、レイニーちゃんは兎も角、ウチこと「ノスタルジア」は絡んでない。
ウチではアレを売る予定は無いし、売りたくても店持ってないし、何でもかんでも絡んでいくと、色々と面倒臭いことになりそうだったので、レイニーちゃんがお菓子屋さんに売り込んだ、という形になっている。
ウチで作って食べれれば問題無いし、プロの技術でどう変わっていくのかを見ているのも、きっと楽しいだろう。
それらの出来事とは別に、先週ウチの従業員に給料をお支払いしました。
本当に払う気有ったのかと驚かれて、ちょっぴり傷ついた俺です。
娯楽の普及と称してリバーシでも流行らせて、街の機能を麻痺させてやろうかと、異世界モノっぽいことを考えつつお昼ごはんを待つ。
そんな時間帯に訪れたお客さんに隠しもしないで舌打ちしつつ、セレネちゃんの案内で玄関に向かうと、そこに立っていたのは商業ギルドのお偉いさんらしき人と、レイニーちゃんの担当の人だった。
レイニーちゃんは先に来て何やら話をしているらしいね。
いやそんな事より、
「お待たせしました、『ノスタルジア』マスターのイリスですよっと」
当人比3割増し程度の仏頂面だが、仮面のせいで伝わっていないだろうと気づいたのはたった今だ。
まあ、声の方にも愛想が乗っていないので、多分、ちょっぴりご機嫌ナナメ、くらいには思って貰えただろう。
実際ご機嫌ナナメだしな。
「あ、あの、イリス? どうしたの?」
寧ろレイニーちゃんが慌てておる。
どうしたのかって?
「事前連絡無しで
もう面倒臭いので、仮面を外して遠慮無しに睨みながら言ってのける。
魔女の眼差しには魔力が籠もるという。
それだけで、お偉いさんが気絶した。
精進が足らんわ。
気絶したお偉いさんは客間に放りこみ、看病は担当ちゃんに任せ、俺達は呑気に食事。
ウォルターくんの料理は美味いね、相変わらず。
あ、今日はパスタでした。
「イリス、そろそろ商業ギルドの人……」
え? あっ。
ごめん、3行で忘れてた。
でもなー、どうも気が乗らないんだよなー。
「先程は大変失礼いたしましたッ!」
気乗りしないながらも客間を覗いたら、ああ、こんな異郷の果てで、まさかのジャパニーズ・ドゲザスタイルを眺める事になるとは。
っていうか、そんな必死に謝るくらいなら、最初から
「あー、まあ良いから、そんで話ってなんなの」
字に起こしてみるとすげえ偉そうなセリフだけど、実際は引いちゃってる俺。
流石に土下座は想定してないよ。
お
早速働かせちゃってごめんね、ヘレネちゃん。
そう言えば、カレンちゃん、ティアちゃん、ギイちゃんのお子様3人娘も、最近はヘレネちゃんにお茶の淹れ方とかを習っているとか。
冒険者より良いと思う程度には、あの子達にも身内として心配もするようになった。
男の子組はグイくんも冒険者になったとかで、ノービスクラスで頑張っている。
たまに、タイラーくんが面倒見たり、俺が一緒に遊んだりしてるけど、やっぱ無理とか無茶はして欲しくない。
それでもその内しちゃうんだろうなあ、男の子だし。
「本日お伺いしましたのは、是非、お知恵をお借りしたく思いまして」
言いながら、いかにも中間管理職上がり、と言った風情の疲れた表情で、男は俺に商人ギルドのギルドカードを提示する。
アラン・ウォーデン、41歳。
この世界としては高齢の部類なんじゃないかな?
肩書は都市歓楽施設部統括、とある。
統括? お偉いさんっぽいんじゃなく、ホントにお偉いさんだった。
その割には随分フットワークが軽いと言うか、ホイホイ現場に出ちゃうタイプ?
それに随分と腰が低いと言うか、優しすぎでない?
こういう立場の人が俺がさっきやったような対応に、怒りもしないとか……大丈夫なのかな。
それにしても、だ。
「はぁ……お知恵って、歓楽施設? なんだ、娼館でも取り仕切ってるのかい?」
俺が思ったままを口にすると、アランさんは力なく笑う。
「ははは、まあ、そちらも扱っておりますが……そちらの相談では有りません」
ああ、扱ってるのね。
そっか、成程ね?
まあ、俺はこのナリじゃお世話になる事も無いし、気にしてもしょうがないか。
うん、気にしない気にしない。
……どんな美人さんが居るのか、今度冷やかしに行ってみようかな?
「んぎッ⁉」
隣のリリスさんに足を踏まれる。
なんで? 俺、
「? どうかされましたか?」
アランさんがキョトンとした顔をしているが、流石にテーブル下の惨劇にまで気付く筈もない。
「いえ、実に美味しそうな……じゃなくて、そう、夕食の献立を考えてまして……」
咄嗟に思ったままの事を言いそうになって、慌てて考えても居ない事に言い直す。
隣には、澄ました顔で茶を飲みながら、人様の足を踏みつけたリリスがティーカップを口元に寄せている。
ぐぬぬ、と思って睨みつつ、ふと気づくとレイニーちゃんまで俺を進路上のゴミを見るような眼で眺めている。
なんで?
「そ、それで、その都市歓楽施設部統括さんが、一体何を?」
爪先踏まれるのって痛いよね?
なんで
「はい、実は――」
そこから始まるのは、実に長い話だった。
交易の要衝たるこの街(初めて知った)、アルバレインは東西と南からの大街道の交差点であり(初めて略)、当然
なるほど、活気のある街だけど、この世界は人口が多いのかと思ったら、何の事はない、この街が規模の大きな交易都市だったという訳だ。
広い街で、南門の方には余程の用事がなきゃ行かない、行く気にならない程度には離れている。
それに、南側ってこっちと違って本格派の貴族さんの生息地域でしょ? エンカウントしたら怖いじゃん?
自己制御的な意味で。
んで、そんな交易で賑わうこの街なのだが、ここ数年は東方の、1つ隣の交易の街で大規模なバザーが開催されたりと、そちらに商人の足も向かいがちなのだという。
アルバレインでもバザーをやったりもするそうなのだが、気合い負けというか、開催規模からしてどうしても一歩及ばず、このままではいずれこの街は「古い交易の街」として、静かに寂れてしまう、というのが商業ギルドの悲観的な観測なのだとか。
それを避ける為に、打てる手を打つ。
交易だけでなく、この街でのみ取り扱う、或いは他に比べて質の良い商品を作る等、動き始めているが、並行して目玉となる施設が作れないかと、そういう話が出たのだそうだ。
ざっくりとこう言う話なのだが、ここまで聞いてもまだ俺には良く
いや、状況は
適当な相槌がホントに適当になっていたが、アランさんは気にしていない様子。
「と、そういう訳でして。向こうのバザーの時期に負けてしまうのは仕方ないですが、何かこう、目玉になるような施設とか、そこで行う
ん? なに、なんで歯切れ悪いの?
「何処もまともに取り合ってくれず……協力してくれるスポンサーも見つからない状況なのです」
あらららら。
それって致命的じゃない?
「はい、致命的以前に、何をする資金も無いのです……。どうしたものかと」
あっさりと計画の八方塞がり感を認めるアランさん。
うーん。
商業ギルドからの持ち出しも当然有るけど、大規模な仕事はスポンサーが付かないと動けないだろうなあ。
もう他人事で考えちゃてる俺は、温泉とかどうかと思ったけど、そもそも源泉が無さそうだしなあ。知らんけど。
いや、温泉に
うーん、とりあえずスポンサーの話は一旦置いて、話すだけ話してみるかね。
俺のアイディアなんて、誰も聞きゃしないだろうし。
「ウォーデンさん、この街、水資源ってどうなってるんだっけ?」
訪ねながら、俺は知っている限りの街周辺の地図を思い浮かべる。
東側に川があったが、そっから生活用水を引き込んでるんだろうか?
しかし、そんなにでかい川でも無かった気がするんだけどなあ……。
「ああ、生活用水は、地下水脈が街の真下を通っているので、それを汲み上げて居ますね」
ええ? 川が有って、地下水脈まで有るの?
「……今まで、水不足になった事とか、有るの?」
というか水資源豊富ってスゴいな。
東の川は、畑用の用水を引いたりとか、なんかそういう使い方がメインらしい。
南と、東も川の先は知らないからなぁ。
東門の外なんて、薬草採りに行ったことしか無いや。
「水不足は、私は経験したことが無いですねえ」
顎に手を添え、アランさんは答えてくれる。
ふむふむ、じゃあ、多少の水の再生処理を考えてやれば、問題はないのかな。
水の使用が出来るなら、温泉じゃなくてもやりようはあるね。
しかし。
そこは日本人たる俺の感覚。
この世界、この街の人は果たしてそんなモンに食いつくだろうか?
「あー、ウォーデンさん、別の質問だけど」
俺は、思いつきに対する素直な反応を確認したくなり、慎重に言葉を紡ぐ。
「はい、何でしょう……あ、私のことはアランで結構ですよ?」
答えるアランさんは、人の良い笑顔でファーストネーム呼びを許してくれた。
視界の端で、初対面からファーストネームで呼ばれたレイニーちゃんが微妙な顔をしているのが見える。
「ありがとうございます、んじゃ、アランさん。この街で、お風呂ってどれくらいの普及率ですかね?」
俺の質問に、虚を突かれたのか、アランさんは少し腕組みして考え込み、そして答える。
「調査資料の数字を正確に把握している訳では無いのですが、住民の戸建てに限定しても、おおよそ40%に届くかどうか、だと思います。冒険者向けの宿でも、給湯設備の無い所も多いですし」
ふむふむ、思ったよりお風呂付きの住人が居るっぽいけど、でも全世帯の半分にも届いていないらしい。
「なるほど。ちなみに、その理由は単純に設備が普及していないだけ、ですか?」
住民が言うほどお風呂に興味無い、とかだったらそもそもの計画が破綻する。
コレは訊いておかねばならない。
「ええ、そうですね。今はまだ暖かいですから、水で身を清めるのも苦では無いですが、冬ともなると厳しいですからね」
アランさんの返答に、俺はちょっと自信を頂き、質問の矛先をレイニーちゃんに向ける。
「レイニーちゃんも、まあ、ウチで普通に使ってるけど、お風呂に抵抗とかは無いんだよね?」
ちゃっかりドライフルーツ入のパウンドケーキをパクついてたレイニーちゃんが、俺の質問の意味を掴みそこねてパウンドケーキをくわえたまま俺に視線を向けた。
「お風呂に抵抗というか、もう、お風呂が無いって言われる方が抵抗キツイんだけど」
うん、そうよね、結構長風呂だよね、キミ。
「そうですねえ、このお屋敷のお風呂、素敵ですもんね……」
レイニーちゃんの隣で、うっとり顔の担当ちゃん。
なんで君も? と思ったが、考えてみたらなんか商談とか理由をつけて、ちょくちょくウチに泊りがけで来てるなそういや。
お前さん、風呂目当てだったのかい。
「違いますよ、お風呂とお食事です。あぁ、私も此処に住みたい……」
俺の疑問に、堂々と正面から答える担当ちゃん。
何言い出してるんだ、商業ギルドの人間と其処に出入りしてる技術者が一緒に暮らすとか、癒着の匂いしかしねぇだろうが。
「家賃払うんだろうな?」
一応冗談めかしといてやるが、君は上司と行動している自覚をもう少し持ち給え。
俺が言い、アランさんが咳払いすると一瞬顔色を変えたが、見た目小さくなって見せてるだけで、コイツ反省してないぞ、多分。
それはそれとして、良く判った気はする。
別に、風呂自体が避けられてたり、そういう事では無いのね。
この屋敷にも最初から風呂がついてたし、妙な心配はしてなかったけど、確認した訳じゃ無かったからね。
それなら、本命のアイディア、そいつの反応も確認してみるか。
「んじゃあ、例えば。街の一角に、でっかい風呂の有る施設があって、金払えば誰でも入れるって言ったら、客が来るかな?」
俺の言葉に、アランさんや担当ちゃん、レイニーちゃんの動きも止まる。
リリスは2つめのパウンドケーキに手を伸ばしてるけど、コイツはなんとも思って無いってだけで、話は聞いてるんだよな?
今ひとつ不安になるけど、ま、まあ、大丈夫だと信じよう。
「大きい……風呂、ですか? 価格次第だと思いますが……風呂の無い家庭も多いですし、利用したいと思う者は多いでしょうね……」
顎先に手を当て考え込むアランさん。
「そ、それって問題有りません? 多数の男女が同じ湯船で……?」
小さく手を上げながら、担当ちゃんが恐る恐る問う。
その言葉に、アランさんも「あ」と小さく声を上げる。
「いや、流石に男湯と女湯は分けるよ? 覗きも出来ないようにするし」
「どうせやるなら、お風呂に入る時のマナーも浸透させた方が良いわね。湯船に浸かる前に、身体を綺麗に洗うとか」
俺が担当ちゃんに答えると、それに被せるようにリリスも口を開く。
ああ、そっか。
風呂に入る習慣が薄いと、中々気が回らないかもしれない。
そういう事も考えなきゃ不味いわな。
「なるほど……。ルールやマナーは実際に開始するとなったら決めて行かねばなりませんね。所で、大きいと言ってもどれくらいの規模の物になるのですかな?」
アランさんの表情は飽くまでも前向きだ。
今まで、ホントに碌なアイディアどころか、まともに相手されてなかったんだろうな。
どこか楽しそうにさえ見える。
「大きさは、極端に大きな物は考えていませんが」
答えながら、俺は脳裏に1つの建物を思い浮かべていた。
「まあ、用意できる建物次第ですね」
1度だけとは言え実際に目にした、とてつもない広さの賃貸物件。
内見まではしなかったけど、あの佇まいは遊ばせておくにはもったいないと思うのだ。
なんか、気が付くと結構乗り気な俺が居るんだけど、どこにスイッチが隠れてたんだろう、やる気的な。
「なるほど。そうと決まれば、この街の潤沢な水資源を使いましょうかね」
「水資源……? ああ、水を引いて沸かせて、大衆用の入浴施設を稼働させるのですね?」
俺の考えを読みきったアランさんと顔を見合わせ、俺達はニヤリと笑いあってから、レイニーちゃんに顔を向ける。
「レイニーちゃん、今度は魔道具技師の腕を見せて貰うぜ。取り敢えず、ヘンリーさんの
支える技術はレイニーちゃん(と、リリス)、物件はヘンリーさん。
いつも通りの他力本願な俺がいっそ誇らしい。
詳しい話は、ヘンリーさんを混じえて、可能かどうかの意見を聞きながら。
当然のように話が見えていないレイニーちゃんと担当ちゃん、アランさん、それに暇つぶしに着いてくるリリスを引き連れて、俺はヘンリー不動産へ。
その前に、お土産用の
自分でこっそり食べたり、子供達のお土産用の分の確保も目論みつつ、お菓子屋さんへ顔を出すのだった。
久々のヘンリー不動産。
今日は商談と言う事で、応接室に通された。
「お待たせしました、リ……イリスさん、お久しぶりです」
ヘンリーさんはいつも通りの紳士だ。
一瞬俺の名前を間違えたようだけど、余裕のスルー。
リリスも此処では野暮な事をせず、俺と揃って仮面を外し、軽く会釈。
「お久しぶりです。今日は商業ギルド絡みの案件で、ちょっと規模の大きな賃貸物件を紹介して欲しくて相談に来ました」
まずは簡潔に、来訪目的を告げる。
「ふむ……まずはお話を伺っても?」
人の良い紳士の面影を残しながら、商人の眼差しでヘンリーさんは俺達の対面に腰を下ろす。
「はい、では、まずは事のあらましですが……アランさん、説明をお願い出来ますか?」
俺が話を振ると、アランさんは慌てず頷き、説明を始めてくれる。
こういう場面での場馴れ感は流石のものが有る。
……のんびり気質も併せ持つので、うっかり人様の
きっと。
そんな事を考えている間に、概要の説明が終了。
「成程、大筋は理解しました。しかし、具体的には何を為さりたいのか、そこをお聞かせ頂けますか?」
ヘンリーさんが頷きながら言う。
アランさんは具体的なアイディアを持っていない、というよりアイディアを求めてあちこち走り回ってた人なので、手持ちに具体案はない。
この街の有名な商人とか、色々回ってウチに来たのは最後くらいだろう。
ダメ元だったんじゃないかな?
そんなアランさんが、流石に半信半疑ながらも興味を持ってくれた俺のアイディア。
「銭湯をやりたいんですよ」
俺敢えて、ざっくりと言う。
ざっくり過ぎるし、そもそも銭湯なんて見たことの無いご様子だし、さしものヘンリーさんも目を丸くするしか無いようだ。
「銭湯ってのは、大規模な入浴施設ですよ。大きな浴場を用意して、対価と引き換えに入浴できる、そういう施設です」
流石に多少の説明をしなければ不味い、そう悟った俺は補足を入れる。
風呂文化の普及と、誰でも楽しめる入浴施設の提供、それがまずは一歩目の目標だと。
そしてこのアイディアは、最早ある意味でこの街の特産品となりつつある、ボディソープやシャンプー、コンディショナー等の「お風呂用品」の普及を後押しする目的も有る。
普及させるには、この街の大多数を占める、俺を含めた「庶民」に浸透させなければ話が進まない。
そして、その上で。
「ゆくゆくは、そこに旅人を漬け込んで骨抜きにしよう、っていうのが大まかな最終目標です」
「大まかと言うか、もうそこに向けて注力する感じですよね、色々な事を」
担当ちゃんが手を挙げて発言。
うんうん、よく判ってるね。
所で、そう言えばなんで挙手?
「まあそうね。ウチのボディソープで
ヘンリーさんとアランさんが顔を見合わせる。
「宿泊施設を併設、とかも考えたんですが、そうすると街の宿屋さんが困り兼ねません。なので、銭湯に宿泊施設は付けません。また、建物内にはお土産屋さん程度の店だけで、中規模以上のお店は設置しません。これは宿屋さんと同じく、元から有る商店街の利権を損ねる事の無い様にする為です」
やろうと思えば、銭湯付きのでかい商業施設、なんて真似も出来るだろう。
だけど、そんな事をして元々有る商店街と客の取り合いとか、そういう真似はしたくない。
お互いに利用し会える、そんな関係くらいが丁度良いのだ。
大儲けを狙うと、足元が留守になりがちだ。
大金を
「銭湯……でかい風呂の
俺の発言に、当然の様に何も聞いてないレイニーちゃんがぎょっとする。
俺は軽く
「他にも、開発したい新商品から幾つかあるので、それも技術者と相談して、実現出来次第、導入しても面白いかも知れません」
此処まで話して、自分の話の酷さに笑ってしまう。
今の話の中で現実に出せるものは、今はお風呂セットしか無い。
良く言ってハッタリ、普通に聞いて詐欺だ。
「その、開発中の商品のアイディアは、詳細をお教え頂く事は可能ですか?」
アランさんが探るように俺を見る。
先程のレイニーちゃんの様子から、彼女は何も知らないと見抜いたらしい。
担当ちゃんは俺とアランさん、レイニーちゃんを等分に見回しているので、こちらはその事にも気づいていない様子。
「あはは。実はまだ、レイニーちゃんにも話してない物も有るのです。なので、それについても相談して実現可能かを検討する所なので、詳細はある程度詰めてからで」
変に見栄を張ってもしょうがないし、出来なかったら目も当てられない。
俺は笑って誤魔化しながら、頭を掻く。
だが、今の俺の話を、ただのフカシでは無い、とは受け止めてくれたようだ。
それはそれでプレッシャーだけどね。
実際には、まだなんにも無いのが実情なんだし。
「なるほど。その、銭湯、ですか。そちらと付随する施設を含めた施設だけでも、集客は期待できるかも知れません、ですが……」
アランさんがヘンリーさんに目を向ける。
「それはどれ程の規模の建物が必要なのか……」
ヘンリーさんも、アランさんの視線を受けて困ったように溜息を漏らす。
おや? まさかヘンリーさんも思いつかないとか思わなかった。
……あれ? もしかして
えー?
アレ、住むのは不味いにしても、
いやもう、最悪は買うか?
「ヘンリーさん、俺が家を買う時に候補に出てた、なんとか言う貴族のお家騒動が有った屋敷。あれ、賃貸には出来ないのですか?」
俺が言うと、ヘンリーさんは
貴族のお家騒動、である程度ピンときたのか、アランさんも顔を青くしている。
「
当然だよ?
「あの屋敷、価格を相当下げてますけど、あれ、売れても儲け出ないでしょ?」
アランさんの発言に頷いて見せてから、俺はヘンリーさんへ言葉を向ける。
「ええ……なにせ、前の持ち主の
なるほど曰く付きだもんねえ。
んんん?
その話は初耳だよ、なにさ
囁くの?
って言うか、そんな物件勧めたの?
「ああ、以前お勧めした際は、案内の者に事情の説明をするように言っておりましたので。2軒目の物件を押すように、とも」
成程、そこは商人なんだねえ。
でも、危なかったよ?
もし下見に行くのが俺だけだったら、あの屋敷を買ってたよ?
格安超絶豪邸、しかも曰く付き。
その上
「ヘンリーさん、その
うっかり忘れかけていたが、ここは魔法も有りの異世界だった。
最近は当たり前に受け入れてるけど、まだ俺が見ている夢である可能性は消えてない、ってのは一旦置いとこう。
呪いとかも。
「普通に攻撃して参ります。ただ、屋敷に愛着が有るようなので、追い出す程度で済ませてくれるようですが」
ははーん、厄介じゃん?
ヘンリーさんもアランさんも固唾を呑んで俺の次の動作を待っている。
レイニーちゃんも担当ちゃん――そう言えば、担当ちゃんの名前何ていうんだっけ――も、同様に、俺の言葉なりを待っている様子。
リリスだけは気づいている。
あの顔はそうだ。
ここまでの事態は想定していないし、当然そんな俺が打てる手を持っていない、って事を。
困ったな……多分、仮に戦闘になっても、俺やリリスなら楽勝だと思う。
魔法で倒せる相手なら、俺に任せろ、くらいの勢いですよ。
ただ、
下手に俺やリリスが魔法なんぞぶっ
ちょっと前の俺だったら「我が事ながら自意識過剰」と笑っただろうが、ちょいと事件があって、結果森の一角を独力で開墾してしまった手前、コレばかりは意識して自重せざるを得ないのだ。
ダメだったら、他の魔法じゃあほぼ確実に建物を傷める。
それに、変にこっちが粘れば、
そうなれば、どうしたって建物が荒れる。
それは避けたいんだけど、どうしたもんか……。
別の建物に、とか逃げ出したくもなるが、しかしあの物件は立地的にも魅力なのだ。
静かな中流貴族の屋敷の立ち並ぶ中、尚且、周囲とある程度距離がありつつ、あの無駄に……失礼、えーっと、広い庭園。
整備すればあの庭園でバザーが出来そうだし、片隅に建物を建てる許可が下りれば、警備の人とか衛兵さんの詰め所を置いおたり、バザーの管理の人がそこに詰めたり出来そうだ。
公衆トイレも増設する必要がありそうだけども。
そして、あの巨大な建物なら、巨大な銭湯を作る事も出来るだろうし、
2階はバーとかお土産屋さん、軽食専門店を構えても良い。
3階は各事務所関係。
なんならアランさんにでも、直接現場を見る、とか適当な理由をつけて事務所をここに移して貰うのも良いかも知れない。
そんな事まで可能な敷地面積と建物に匹敵する物件が、他に空いているとはちょっと思えない。
更には、立地的には貴族サマの屋敷が近い、と言う事も利点に成り得る。
あまり騒げば苦情も出るだろうが、あの落ち着いた町並み、景観の美しさは観光にうってつけだ。
季節ごとにバザーを開くとしても、雑多な商業区の一角ではなく、あの閑静な貴族屋敷の通りを抜けて、目指す先があの大邸宅。
バザーを開く方にも客として訪れる方にも、これはインパクトが有るんじゃないかな?
多少騒がしくなるのは、季節の風物詩として慣れて頂くしか無い。
それに普段はあの広い庭が緩衝材になって、多少の騒ぎ声があっても気にならない……と、良いな。
流石に無理かな。
衛兵さんは、むしろ貴族サマが近くに居るからこそ、気合い入れて警備してくれそうだ。
まあ、貴族と言っても南地区程しっかりした感じでも無いらしいし、こっちに住んでる人はむしろ堅苦しいのは苦手って人が多いとも聞く。
出来ればそういう、庶民的には付き合いやすそうな「貴族さん」とは、いい関係を築いて行きたいもんだ。
そんな訳で、あの建物は押さえたい。
1号店、いやアルバレインの湯
んで、此処が当たるようなら、別の区画に庶民向けの、ちょっと小さい施設を幾つか作っても良いのだ。
風呂を沸かす装置は有るんだし(ウチにも有るよ、毎晩の楽しみだ)、それを大規模にすれば良い。
それこそ、魔道具制作技師の腕の見せどころだ。
庶民向けの風呂の
ウチの風呂? その気になればウチの全員で入っても余裕あると思うよ?
野郎の裸なんぞ見ても楽しくも何とも無いから、絶対やらんけど。
あ、女の子チームはたまに一緒に入ってます。
中身オッサンの俺は、大体リリスに理由つけてつまみ出されてるけどね!
サービスのお風呂回?
(俺にも)無いよ残念だったな!
そんな皮算用を幾らしても、まずは
どうしたものか。
「説得すれば良いじゃない」
考え込む俺と、無茶するんじゃないかと心配してる様子のヘンリーさん他を纏めて思考停止に追い込む声は、俺の半身とも言える存在が発したものだった。
「はい? リリスさん、なんて?」
きっと
「だから、その
実に短気なリリスらしい考えだ。
そんな簡単な事じゃなさそうだから困ってるんですよ?
「リリスさんや。キミの『説得』だと、屋敷が半壊しちゃうでしょ? 街に被害が広がったらどうするの」
「……アンタは私の説得を何だと思ってるワケ?」
どこか不満げに、半眼で俺を見ながら口を開く。
なにって、あっはっは。
馬鹿なこと聞くね、この子は。
「殲滅って書いて、『せっとく』って読むんだろ? 実にお前らしいけど――⁉」
言いかけた俺の
正確に打ち抜かれ、脳を揺らされた俺はテーブルの上にゴトリと崩れ落ちる。
もしかして、顎にも良いの入った? なにその神速の2連撃。
この子、実は
「アンタは、この天使とも妖精とも称される私を捕まえて何を言い出すのよ。説得って言ったら説得に決まってるでしょうが」
考え込んじゃう俺に、リリスが声を投げつけてくる。
ああ、殺戮の天使と死の妖精ですね?
元気な返事を返したいのだが、あいにく綺麗に脳を揺らされた俺がまともな言葉を返せるようになるには、もうちょっとだけ時間が必要だった。
領都モンテリア。
交易都市アルバレインから南に馬車でおよそ6日。
そのアルバレインをも凌ぐ巨大都市は、王国に於いて4番目に広く、2番目に美しい街と称される。
その街を訪れた災厄は、思っていたのとは違う街の様子に戸惑いを隠せずに居た。
「どうなってやがる? 化け物じみた冒険者の気配なんぞ何処にも
あちこち
気配を隠すのが上手い可能性は勿論あるが、冒険者ギルドを冷やかしても見かけないどころか、それらしい噂も聞かない。
「最近化け物を退治した冒険者が居るって聞いたんだが」
と、手近な冒険者に酒まで振る舞っても、知っている者が居なかった。
さては唯の噂か、そう思いかけた時に耳に入ったのは、アルバレインで大きな動きが有ったらしい、と言う噂。
聞く話の方向を少し変えれば、アルバレインに最近少し目立つ、仮面の双子の魔法使いが現れ、向こうではちょっとした話題なのだという。
最近、領都に来て、領主の
適当に会話を切り上げ、呑み代を支払って街へ踏み出した彼は鋭い眼光を空に向ける。
完全な無駄足では無い、少なくとも噂に上るような冒険者は存在した。
しかし、双子、と言うのが気にかかる。
単騎と聞いていたが、2人だったのか。
1人が2人だったところで信じられない話に変わりはないのだが。
「……
苛立ち紛れに暴れようかとも脳裏を掠めるが、その衝動は抑える。
なにせ各国で手配されているお尋ね者だ。
妙な真似をして存在がバレたら面倒だ。
負けるつもりなど無いが、この領都の冒険者や衛兵の大多数と渡り合うのは流石に骨が折れる。
目的は飽くまでも、復讐。
それを達成するまでは死ねない。
しかし、国喰らいを倒したという魔法使いには、酷く興味を惹かれた。
異界のモノ。
そいつを喰えば或いは。
世界に
イリスの秘密アイディアは、どんな碌でもない物なんだ……?