元が長いのに、もっと長くなっちゃった……。
無闇に晴れ渡った空を見上げ、公に人類の敵として国を跨いで手配される男は干し肉を噛む。
渡る風は爽やかで、陽光の熱さを程よく和らげてくれる。
「……クソッ。あの芋の薄揚げとやら、もっと買っておけば良かったぜ」
サクサクとした食感の軽さと、程よい塩気を大層気に入ったが、あの見た目に反して保存は効かないとの事で、旅路の伴とするのは諦めた。
油で揚げることで水分を飛ばしているとかで、時間が経ってしまうと空気中の水分を吸い、フニャフニャとして食感が悪くなり、不味くなるのだという。
出来るだけ早く食わせる為の文言だと思うが、わざわざ試したくもない。
時間停止系のアイテムボックス等という高級品の持ち合わせが有る訳もなく、諦めるしか無かった。
心の支えは、目指すアルバレインこそが、芋の薄揚げの発祥の地だと言う事だ。
些か目的が変わりつつ有るが、当初の目的も忘れては居ない。
国喰らいを追い詰めた魔道士とやらを見つけ出し、叩きのめし、喰らう。
同じ「食」に因む名を持つ因果、という訳でも無いし、仇を討とうと思える程の仲間意識が有る訳でもない。
飽くまでも自身の為、強き者の力を取り込む為に。
強き者の心臓を、食す為に。
「あー……早いとこ、
悪食はのんびりと、目的地への道半ばで遥か行く手を見やる。
モンテリアを出て2日、馬で5~6日の道行きを徒歩で
魔術によらず、ただその身に宿る膂力のみで。
目指すのは、本場の「
食道楽の旅路は、目的地まであと僅か。
復讐者としては遥かな旅路の途中、ささやかな寄り道の物語であった。
どうも、良く判らないままに
そんでそのまま帰り、なんて平和に終わる筈もなく。
フラフラと飛び込んだであろう寝床では、脈絡もなくタイラーくんに教えてもらった魔道具「真実の天秤」を掛けられる夢を見るという、思いつく限り中々に最悪な
なんでリリスとの結婚式の場面だったん?
なんで誓いの場面で出てくるん?
お決まりの、永遠の愛を誓いますか? の問いかけに、
「誓います」
と、真面目顔で答えたら肋骨パッカーン。
寧ろ喰い気味の判定に、作為的なものを感じざるを得ない。
俺が何か悪い事したのかと、今までの全部を棚に上げて問いたい。
あ、因みに、俺がタキシードでした。
胸がなんだって?
そこはリリスも同スケールだよ。
1/1スケールだよ。
あっ、でも、ウエディングドレスのリリスは可愛かったです。
気分に多少左右されるものの、ウォルターくんのご飯は美味しい。
自家製のマヨネーズも最早俺の食事に欠かせないモノになりつつ有る。
醤油は只今、リリス主導で作業が進んでいると言うので、楽しみに待つ。
俺? 作り方を知らないし、やりたい奴に任せるに限るよ、こういうのは。
朝食後はヘレネちゃんの淹れてくれたお茶を
ヘンリーさんのご祝儀のお茶が美味しすぎて、こっそり何処で買ったか聞きに行ったりして、同じ
このお茶は
ゆったりと食後にお茶とか、貴族様ってこんな生活なのかなぁ?
「……少なくとも、貴族様は閉店で叩き出されるまで
今日も懲りもせず内心を音読しちゃう俺と、それに対して暖かくて泣けてくる(皮肉)ツッコミのリリスさん。
……いやちょっと待って?
俺、そう言えば酔ってる間どうしてるのか初めて聞いた気がするけど、え?
俺、何? 脱いじゃってるの?
え?
ねえ、なんで誰も止めないの?
「止めてるから半裸で済んでいるんだ、この
ほぼ全員の呆れ顔に見つめられる中、タイラーくんが代表して溜息に言葉を乗せる。
「最初はお前、上半身を……」
「おっとそれ以上は俺の精神がキツイ、今はやめてくれ」
悩み事抱えつつ悪夢まで見て、その上知りたくなかった現実なんて抱えたくないよ今は。
そう。
俺の脱ぎ
……あの、どの辺まで脱いだかは気になるので、やっぱちょっと聞いて良いですか?
ちょっと個人的にショッキングな事は有ったものの、今はそれどころではないと後ろ髪を引かれつつ思考を戻す。
有るんだけど……こう、すっごく切り出し
相談内容は、ズバリ言って、あの曰く付きの大豪邸の購入についてだ。
男爵の狂った娘ことメアリーちゃんは、話を聞けばどうやら執着が有るのは
そこを
だがしかし。
彼女のお部屋は南の角部屋。
とても人気の出そうな位置関係。
例えば、どこぞの有力商会が、資金にモノを言わせて「お嬢様の部屋」を事務所にしたいと言い出したりしたら。
或いは、どこぞの貴族のボンボン辺りが、そこに
お金で動く商業ギルドが、お金さえ払えばと扉を開き兼ねないのではないか?
例えばアランさんにきっちり説明して、そこに手を出すと
アランさんが口酸っぱく、部下にそれを伝えたとしても。
話を真面目に受け止めない馬鹿は、何処にでも居るのだ。
と言うか、居ないと言われても信用出来ない。
だったらいっそあの屋敷を買い、お嬢様の部屋を含む一角を俺の私有エリアにして、立入禁止にしてしまえばどうか?
このエリアはオーナー権限で抑えていますので、どなた様もご遠慮下さい、と言う奴だ。
正直、これでも手を出そうとする馬鹿は居るだろう。
だけど、この建物は商業ギルドの持ち物ではない、となれば勝手は出来ないだろうし、そのオーナーの俺が首を縦には振る筈がない。
冗談抜きで、実力で俺を排除しない限り、無関係な者は入り込む事を許さない。
そう言う空間にしてしまえば良い。
と、割と過激に考えるんだけども。
俺の弱点は、どうにも身内に甘い、頭が上がらないと言う事だ。
一度は購入を諦めた曰く付き物件を、特にメリットも無く買うとか。
いや、メリットはこれから生まれる予定だけど、それでも工事なんかをして、先の話だ。
普通に考えたらそんなの博打でしか無いし、失敗したら赤字じゃ済まない。
そんなもんの許可、どうやって取れば良いんだ?
みんなに、なんて説明するよ?
一応はクランマスターって立場だし、好き勝手にでかい買い物なんて、ダメだと思うのよね。
だけどさ。
リリスに頼むのもなんか違うと思うし、俺の思い付きだし、やっぱ俺が買うしか無いよね。
「イリス。アンタいつもは思った事をそのまま口にしちゃうのに、今日はヤケに慎重じゃない? 拾い食いでもしたの?」
リリスの声に、俺は自分が考え
いつの間にか下がっていた視線の先には、すっかり冷めたお茶が。
「拾い食いってお前、幾ら何でもな……」
まだ相談するという事に踏ん切りの付いていない俺は、曖昧に笑いながら視線をリリスに向け、誤魔化しを試みる。
「見え見えなのよ、バカちゃん。大凡何について悩んでいるかも、透けて見えてる有様よ。いつもみたいに、思いつくままに行動なさいよ、らしくなくてキモチワルイのよ」
気持ち悪いってお前、そこまで……。
ちょっと凹むが、リリスの言いたい事はそういう部分には無いってのは良く分かる。
それこそリリスには珍しく、俺の事を気遣っている事も。
「透けて見えるってなぁ……。そりゃあ、深い事で悩んでちゃいないけど、だからってなぁ」
それが判って
マジで? じゃあ俺、家買いたいんだけど! でっかいお屋敷!
なんて言える訳、無いじゃんよ。
呆れられて終了だ、そんなもん。
「イリス。お前は、
尚もウジウジと悩む俺に、直球で言葉が投げつけられる。
聞き慣れたその声に顔を向ければ、呆れ顔のタイラーくんだ。
悩んでいる事、更にその内容までズバリと言い当てられて、俺は言い訳の言葉も直ぐには出てこない。
「何を思い悩むのか、大体想像は付くがな。好きにしろ」
だから、言い訳なんて考えていたから。
俺は、タイラーくんの言葉を受け止め、消化するのにちょいと時間が掛かった。
え? 今コイツ、なんて?
「好きにって……お前、えぇ?」
本気で何を言われたのか判らなくなった俺は、盛大に間抜けな顔を晒す。
そんな俺の視界の
「見え見えって言ったでしょ?
リリスの言い分がその通り過ぎてやはり俺は何も言えない。
「それで身銭を切ると言う発想に至るのが、お前らしいと言うか……。博打が過ぎるから本当なら止めるべきだとは思うが」
タイラーくんがメガネを押し上げながら言う。
いつもならキザったらしくて癇に障る動作だが、こっちの気持ちの問題か、何故か気遣われている気がする不思議。
「俺は銭湯は当たると思っている。少なくとも、バザーの時期には確実にな。各種液体石鹸の製造・販売権と、銭湯の儲け。それらを考えれば、あの
そんなどうでも良い俺の感想を他所に、タイラーくんがつらつらと言葉を並べる。
そんなタイラーくんの言葉を耳にしながら、俺は何を言うべきか、どう答えるべきか迷い、言葉が出ない。
「あの屋敷を、買おうか悩んでいるんだろう?」
自分の考えに囚われ、自分の言葉を縛ってしまう俺に、いつものように、タイラーくんはまっすぐに言葉を投げてくる。
俺はついに言い訳が脳内でオーバーフローして、何も考えられずにタイラーくんを見つめる。
「悩んでいるなら、さっさと買ってしまえ。事が動く前に決めないと、後悔するのはお前だぞ」
事も無げに、何でも無いように言ってのけるタイラーくん。
お前は人の
ただ、ぽかんと、タイラーくんを見て。
それでも、言葉は1つも出てこなかった。
「儲けは幾らか頂戴ね、イリスちゃん」
リリスのわざとらしいセリフに、俺は有難うと答えたものか、軽口で答えたものか判断がつかない。
なんだそれ?
文句がある訳じゃないけどさ?
絶対怒られる、そう思ってた俺は、
懸案が、俺が思ってた以上に簡単に片付いてしまい、俺はもうなんて言うか、今日の目的を見失ってしまう。
一応、商業ギルドとヘンリーさんトコに顔だして、明日お屋敷で、お嬢様を交えて話が有ると伝えておかねばならない。
それにしたって、そんなに時間が掛かる訳じゃない。
今からそれらに顔を出しても、その後の予定が無さ過ぎて却って動くのに躊躇してしまう。
「イリス姉ちゃん! 姉ちゃんヒマか⁉」
純粋に
ゴブリンの男の子、グイくんがヤンチャに飛びついてくる。
危ないからそういうのは
受け止めた俺はグイくんの頭を撫でながら溜息を
「こらあ! グイ、危ないからそういうコトしちゃダメでしょ! ヘレネ姉ちゃんにまた怒られるよ!」
リビングに駆け込んできたギイちゃんが、グイくんの頭を小突く。
いや、小突くっていうか普通に殴ったな、今。
フルスイングで。
って言うか、なんて? ヘレネちゃん怒らせたの?
それはそれでスゴいことだと思うぞ?
俺、ヘレネちゃんが怒るトコなんて想像出来ねぇ。
「
元気だねぇ、うん、子供が元気なのは良い事だ。
良い事なんだがね?
「グイくんや、喧嘩するなら俺から離れてくんないかな? 巻き込まれて俺が
ギイちゃんに殴られたってぇのに、グイくんは俺から離れようとしない。
何だってんだ、一体?
「ヤだ! イリス姉ちゃん良い匂いがするから、離れない!」
俺の言葉に、
何だそりゃ、死なばもろとも? 喧嘩相手は俺じゃねぇだろ。
「こらあ! もう! 私だってイリス姉ちゃん
なんてどうでも良いこと考えてたら、ギイちゃんにまで熱い告白を貰っちまった。
2人とも可愛いから、喧嘩すんなよもう。
「まってー! イリスお姉ちゃんは私のよ!」
「え? ちょっとカレン? 聞き捨てにならないんだけど?」
更に、面白い事を見つけた顔で駆け込んでくるカレンちゃんと、なんかすんげぇ怖い顔のティアちゃんが次々俺に飛びつく。
待て待て待て、暑い暑い暑い、あと、グイくん潰れちゃう。
リビングの入口では、なんだか羨ましそうな顔でマシューくんとフレッドくんが、仲間になりたそうな目でこっちを見ている。
そんな事より助けておくれ。
子供パワーに圧倒される俺の救いを求める眼差しは、羨んでどう行動するか迷う2人には届いていないようであった。
通りかかったヘレネちゃんが、なんだか黒い笑顔で子供達を引き剥がし、眺めていただけのフレッドくんやマシューくんをも巻き込んで、全員正座させている。
やだ、ヘレネちゃん怖い、でもそんな所も素敵……!
「それで? どうしてイリスさんに抱きついてたんです?」
そこは私の、とか小さな声が聞こえたが、きっと気の所為だろう。
俺の過剰気味な自意識にも困ったもんだ。
今のヘレネちゃんは黒怖くって、ツッコミなんて出来る気がしないので、自分の邪心の為せる
うーん、煩悩即大噴出。
「イリス姉ちゃんが居たから!」
元気の良い、グイくんのお返事。
うん、元気と勢いは認めるけど、意味は
「違うでしょバカ! イリス姉ちゃんを、クエストに誘いに来たんでしょ!」
ギイちゃんが隣のグイくんを小突く……じゃなくて殴る。
うん、あれはやっぱり、殴っている、で良いと思う。
綺麗なフォームで、上から下へのフルスイングだったし。
「
「誰がオーガだ、このエロガキ! 薬草採りもマトモに出来ないクセに、いっちょ前に色気づいてんじゃないわよバーカ!」
おうおう、やっぱ何処の世界でも、女の子ってのは
とてもじゃないが、口じゃあ勝ち目がないぞ、グイくん。
そんで腕っぷしでも互角ってんだから、グイくんの立つ瀬が無いやな。
とかのほほんと見てたら、多分取っ組み合いになる。
「落ち着きなって、2人とも。あんま続けると、あれだぞ? 指差して爆笑しちゃうぞ?」
気の抜けた俺の仲裁。
あんまり仲裁としての役割を果たしてない、そんな気がしなくもないが、まあ、2人が嫌そうな顔で黙ってくれたので良しとしよう。
気を取り直しつつ、俺はギイちゃんの言葉を拾う。
随分離れた所に放り投げられてて、俺も良く気がついたもんだと思う。
「っていうか、俺をクエストに? 薬草採り、OK出たの?」
そう言って、俺はきっと不思議そうな顔で
なにせ、先日俺は薬草を採り過ぎだと言われ、しばらく薬草採取のクエストは禁止されてしまったのだ。
「もうOK出てるよ、一昨日話したよね?」
おぉう?
俺は
頬を膨らませたティアちゃんが、泣きそうな顔で俺を睨んでいた。
「ああああ、ごめん、ごめんて、泣かないで、ね? ね?」
慌ててティアちゃんに飛びつき、わしゃわしゃと頭を撫でる。
仏頂面のティアちゃんはここぞと俺に飛びつき、キツくしがみついてくる。
この子なりの抗議なのだろうか。
俺は頭を撫でながら「ごめんて」を繰り返すしか無い。
「んじゃ、ティアちゃん、一緒に行こうか、みんなでさ」
10分位ぐずっていると思えば、しこたま撫でられて満足した
ヘレネちゃんも行きたそうな顔してたけど、まだお掃除が残ってるからって事で、今日はお見送り。
今度一緒に買い物でも行こうと誘えば、スンゴイ良い笑顔で頷いてくれた。
天使……ッ! 圧倒的天使……ッ‼
ヘンリー不動産と商業ギルドで、明日の予定を伝えて時間を貰う事をお願いして、今日は東門へ。
元気一杯に走り回る少年組と、真面目にやれと怒る女子組、と言うか主にギイちゃん。
学校の掃除の時間とか思い出して、ほのぼのするね。
ちょっと真面目にやってよ
今日はズルはなし! と言われ、アイテム自動拾いの機能オフの仕方が判らず途方に暮れた――結局どうやってもオフ出来ないので、1人だけテレポートでかなり離れた所で採取して、後は
子供達にはホントに
結局食事休憩を挟んで、午後の割と早い時間で全員が採取を終わり、
そして案の定、酒樽の妖精とギルドの熊さんに捕まり、これは絶対子供達に悪影響だと思いつつ、テーブルに引きずって行かれる俺。
「子供達の食事も有るから、夕方には家に帰るからな!」
そんな俺に適当に返事をする、昼から酒を呷る系のダメ
今日はグスタフさんトコの若い子も何人かいて、子供達の相手もしてくれている。
そう言えばなんか最近、俺、っていうか俺とリリス――今日は居ないけど――の隣の席を巡って、ちょっとした争いが起こったりするようになった。
大体はグスタフさんの「めんどくせぇ!」の一言でいつも通りの……まあ、オッサンサンドで片付くんだが、たまに、隣が若い冒険者になったりする。
まあ、今日はいつもの席順だけどもな。
今度一緒に狩りに行こうとか若い子に誘われたり、グスタフさんに頭掴まれたまま
そういうのはウォルターくんのが専門だろうに、と言えば、
「
相談済みだった。
ていうかウォルターくんよ、俺に振っても、俺は基本料理出来ないぞ?
「あー、んじゃ、帰ったらウォルターくんと、それとリリスとも相談してみるよ」
リリスにも相談して……場合によっちゃあまた脳内映像の刑に処されるなあ、とか暗澹たる気分に浸りつつ、適当に若い子に酒を勧められたりして時間を過ごす。
ああ、早いとこ銭湯の
そんな事を考えていた俺だけど、不意にある事に思い当たり、とたんにげんなりしてしまう。
屋敷を買うのは良いけど、金貨用意しとかないと、明日面倒だ……。
早めに帰ってみんなに手伝って貰おう、そう思うが、問題はこの酔っぱらい共が素直に解放してくれるかどうかだな。
予想通りと言うかなんと言うか。
もう帰るもう帰ると繰り返すが一向に解放されず、気がつけば夕刻に。
業を煮やした俺は「もう帰る! ご飯はおウチで食べる!」と、それは立派な駄々を捏ね、なんとか子供達を引き連れて屋敷へ帰還。
ご飯も勿論本心だが、明日の作業を楽にするためにも、なるべく早く帰って金貨を用意したかったのだ。
結局、開放は晩飯前ギリギリになってしまった訳だが。
帰った所で暇だったらしいリリスに捕まり、ほんじゃあついでだとヘレネちゃんとレイニーちゃんを捕まえ、晩飯の準備中のウォルターくんを手伝いに10人で台所に押し掛け、呆れられる。
女子組+フレッドくんが料理に興味津々だったので、4人はウォルターくんについて、他は完全に雑用。
人数が居るからとだんだん調子に乗ったウォルターくんが張り切り、今日はちょっと豪勢な食卓になりそうである。
出来るだけ早く終わらせようと思ったんだけど、完全に裏目に出た形だ。
そんな俺はウォルターくんの手元を眺めてても、何を作ろうとしているのか、さっぱり判らんけどな!
そうこうしている間に料理は出来上がり、何処に出掛けていたのか、ジェシカさんとタイラーくんも帰宅し、みんなで晩ご飯。
何だかんだでみんな集合、良いね。
そんな訳で楽しい夕食後。
今回はこの後地味にキツい作業なので、楽しい思い出はカットで。
俺はいつか使うかも知れない、そう思って用意していた小袋――コインなら大体100枚入りそうなサイズ――を有るだけ用意し、リビングに全員お呼び出し。
っていうか、まあ大概食事の後はみんながリビングに集まり、ワイワイ話して風呂の準備したり、そんな感じなんだけど。
「えー、みなさんに手伝って欲しい事がありまーす」
お屋敷だし、帰ってからもうずっと仮面を外してる俺は、ドヤ顔で腕組みという、人様にモノを頼むにしては随分な態度で宣言する。
頼まれた
「なんだ、まだ迷ってるのかお前は」
やれやれ顔のタイラーくん。
お前はお前で、いつの話をしてるんだ。
「そうじゃねぇよ。お屋敷買うのは良いとして、金貨数えるのが面倒臭いだろ。人海戦術で1万枚、数えときたいんだよ」
俺が言うと、露骨に嫌そうな顔のタイラーくん。
「金貨⁉ 1万枚⁉」
物凄い食いつきで、俺に物理的に飛びついてくるグイくん。
「離れろバカグイ! アンタのじゃないでしょ!」
そんなグイくんの髪と耳を引っ張るギイちゃん。
エグいな……。
ハゲたりモゲたりしない程度にね?
「1万枚って、なんでそんな用意するの?」
不思議そうな顔で、リリスが質問をぶつけてくる。
多分、口にしてないけど、タイラーくんはじめ、他にも似たような感想は各々浮かんでいるだろう。
「あー。あのお屋敷、曰く付きで金貨5000枚なんだけどさ? 倍額出してでも、確実に押さえたいってトコかな」
それでも、本来のお値段には及ばないんだろうけども。
「成程ねぇ……だったら、3万枚にしましょう」
そんな事を言いながら、リリスがティーカップをソーサーに戻すと、リビングのテーブルが上に乗った人数分のティーセットごと消える。
多分、リリスがアイテムボックスに収納したんだろう。
「はぁ? ……いや、そっか。確かに、それくらい出したほうが良いのかもな」
一瞬そんなに? って思ったけど、元の価格に近づけたほうが良いんだろうなぁ、と、思い直す。
新築の相場が判らないけど、聞いたらその金額出さなきゃいけない気がして、なんだか怖いのでスルーしとこう。
まあ、この街で新築ってのは買えないし建てられないし、知らないって事で許して貰おう。
そんな事を考えていると、目の前に金貨の山が現れ、すぐに崩れて金貨の海になる。
おうん? 俺じゃないよ、コレ?
「私よバカちゃん。きっちり3万枚有るから、ほら、みんなで数えるわよ?」
なんだろう、なんでリリスが
そんな思いでぼんやりとリリスを見ていると、リリスは俺に向けて少し得意げな顔をしてみせる。
なにそれ可愛い。
「たまにはお姉ちゃんに任せなさい!」
ああ、言いたかったんだな。
吹かせたかったんだな、お姉ちゃん
「わー、おねーちゃんありがとー」
なので、俺は素直に手を叩きながら言ってみる。
「ホンット可愛くないわね! なにその棒読みと無表情! もうちょっと感謝しても良いんじゃないの⁉」
だと言うのに、リリスには凄く怒られた。
理不尽だ。
っていうかリリスさんや、実年齢? 生前の年齢と合わせて? 言ったら、俺のが遥かに年上だろうが。
お前さんは生後何ヶ月とか言うレベルだろう。
ドヤるぞこの野郎。
知性も知識も、俺はリリスの足元にも及ばないけどな。
「良いから、ほら! 早く数えるわよ!」
すっかりヘソを曲げてしまったらしい。
「悪かったって、ごめんて。色々片付いたら、お菓子買いに行こうな?」
「ヤダ! 生クリームの乗ったショートケーキ作って!」
すっかりご機嫌斜めで幼児化されてしまった我が姉。
ショートケーキて……。
どうせ生クリームとかそのうち作るんだろうなー、とか思ってたけど、ここで要求されるとは思わなかった。
聞き慣れない単語と漂うスイーツの予感に、女性陣とウォルターくんがやや前のめりにこちらの様子を伺っている。
これは、絶対に作らされるな。
そんな事を思いながら、取り敢えずリリスの機嫌を取るために頭を撫でる。
「あー、どうせならカロリー控えめのやつ作ろう。フルーツいっぱいの」
頭を撫でた事よりも、具体的なプランを提示された事に大変お慶びの様子で、んふー、とか言ってる。
我が姉は実に可愛らしい。
こういう所は、だけど。
そんな事を思いながら、俺はコインを数え、100枚毎に小袋に入れるよう
子供達は張り切って、大人組? は何だかんだとくっちゃべりながら、それぞれのペースで作業を進める。
……冷静に考えたら13人居るとは言え、1人約2300枚の計算なんだけど、みんな
投げ出されても困るから、決して言わないけど。
ワイワイと騒がしく作業を勧めてる最中に、俺はふと、「アイテムボックス内で任意の枚数を小袋に収める事は出来ないのか?」という疑問に駆られる。
こっそり200枚試してみたら、ちゃんと2袋出来てしまった。
俺は嫌な汗を抱えつつ、この実験結果の公表を差し控えた。
今言ったら、確実に吊るし上げられるからな。
そこそこ良い時間になった頃に、作業終了。
小袋に100枚づつきっちり小分けされた金貨達、都合300袋を有り難くくアイテムボックスに収め、ふと、俺は
「タイラーくん、ジェシカさん。久々にアレやるかい?」
本来は2度としない予定だったんだが、リリスが身銭を切ってくれたし、何だかんだ面倒臭い作業を手伝って貰ったってのも有る。
それに、
ちょっとした不公平感が要らんフラストレーションになっても困るし、ガス抜きの意味でも、ここらで何かやったほうが良いかも知れない。
「アレ? ……ちょっと待ってろ、袋を取ってくる」
「用意してるよバカ、何の袋持ってこようとしてるんだお前は」
流石タイラーくん、ジェシカさんは何の事か判らなかった様なのに、コイツは一瞬で気付いた。
恐らく、部屋に置いてあるであろうアイテムボックスを取りに戻ろうとしたのだろうが、させる訳ねぇだろが。
鼻が利くと言うか、勘が良いと言うべきか。
いずれにせよ、油断できん奴である。
「イリスちゃん? あれって?」
心底不思議そうなジェシカさんが凄く美人可愛いです。
「金貨が大量に出たら、そりゃあもう、ね?」
そんな俺視点の、仲間に対する寸評は兎も角、イベントの説明はきちんとしなければ。
俺の説明になっていない言葉で、それでもピンと来たらしい。
「ああ! うん、私ちょっと鞄取ってくるね?」
ピンと来たのは良いんですがね?
「だからダメだってば! 入れ物はこっちで用意してるから、今回はそれに入れるの!」
こいつら、コンビで同じ発想か!
そんなもん、金貨が何枚有っても足りんわ!
そんな俺と面白ダメ大人
ピンと来るものも無いので、何だそりゃの質問も無い。
あー、馬鹿やってるなー、位の感想なんだろう。
まあ、ルールの説明が、全ての説明になるだろうし、取り敢えず聞いて貰おう。
説明の前に、俺は作業が終わった段階でリリスが戻してくれたテーブルとティーセット達を、アイテムボックスにしまう。
短時間で出入りの激しい家具である。
ともあれ、そうして出来たスペースに、俺は様々なサイズの袋を、敢えてごちゃ混ぜに――ぱっと見て袋の大きさが判らないように――積み上げる。
「まずは、袋選びだ。ただし、ひっくり返したり、
この説明で、真剣な顔をする6名と、まだ良く
メガネを光らせ、タイラーくんが誰より早く山の一角に手を伸ばし、選んだ袋を1つ掴む。
「俺はコレだ。もう引っこ抜いて良いのか?」
メガネを押し上げて、俺に目を向けるタイラーくん。
本気すぎて引くんだけど?
「待て待て、こういうのは
俺の言葉に、真剣に袋を選ぶ者、良く判らないなりに適当に手を伸ばす者、それぞれがそれぞれ、袋をしっかりと掴んだ所で、俺の号令で一気に引き抜く。
基本的にはそんなに大きくない、小脇に抱える程度のサイズを中心に、大きさにばらつきが有る、程度のものだ。
孤児院の子供達が、小遣い稼ぎのために一生懸命作った袋を、まとめ買いしたのだ。
意外としっかりしていて、金貨の重みにも充分耐えてくれるだろう。
しかし、ばらつきが有るとは言え、実に悲喜こもごもである。
タイラーくんはドヤ顔で、一番大きな袋を引き当てた。
この野郎、良い勘じゃねぇか。
他はそれなりに大きさはバラけつつ、あんまり不満も出ない感じであった。
と言いたいが、1人、悲しみを背負った者が居る。
ヘレネちゃん……可愛いとか言ってるけど、君……
俺は、不憫すぎて泣いた。
「み、みんな、
まだ何が始まるのか判っていないので、何だか楽しげなヘレネちゃんを痛々しく眺めながら、俺は何も無くなったスペースに、金貨の山を築く。
それはやはりすぐに崩れ、金貨の海に。
この辺りで、全員、何が始まるのか
ヘレネちゃんの目に、ちょっとだけ、悲しみが浮かんだ。
「さあ! その手の袋に、詰められるだけ金貨詰めてみよう! 袋に入った分だけ、
俺が全部言い切る前に、全員が金貨の海に飛びつく。
豪快に袋に流し込むタイラーくんやウォルターくん、それを真似る男の子組。
両手で掬い、楽しそうに袋に流し込むジェシカさん、それを真似る女の子組。
なんだか色々買い込む計画でも立てているのか、ニヤニヤしちゃってるレイニーちゃんと、金貨の感触を確かめるように少しづつ、しっかりと袋に収めるヘレネちゃん。
「アンタも、暇な事思いつくのね。私がお金建て替えた意味、無いじゃない」
俺の隣でソファーに腰掛けながら、
言われた俺はと言えば、笑って頬を掻き、誤魔化す。
限界を超える! とか頑張った結果、袋が破裂し、残った袋状の部分にどうにか両手に収まる程度の金貨が残った、と言うタイラーくんの有様を素直に爆笑し、それを横目に見ていたウォルターくんがそっと金貨を袋から抜いていたりと、見てるだけでもなんか色々イベントが有った訳だが、それでも割とすぐに全員が袋詰を終えてしまう。
欲をかかなければ、普通に誰よりも金貨を得ることの出来た筈のタイラーくんは、
やべえ、なんか童話みたいで、見てる分にはすげぇ笑える。
まあ、お前さんは前回分も有るから、そんな気にすんなよ、な?
終わってみれば子供達もヘレネちゃんもニコニコで、レイニーちゃんはニヤニヤで。
人間性とか見えちゃって面白いね、これ。
もうちょっと規模縮小しつつ、またやろうかな、なんて思えてしまう。
そして、床に、もの凄く金貨が残った訳だけど。
「よし、んじゃあ、残りはリリス、拾っといてくれ」
出来るだけ普通に、事も無げに言う。
面倒事を押し付けた、なんて事は無い。
リリスも俺と同じく、金貨やアイテムの自動取得は出来るんだから。
「……アンタ、まさかと思うけど、コレが目的だった訳?」
ポツリと呟く声に、俺は囁きで返す。
「いんや? 最初から考えてたんだ。折角だし、ついでに
納得しなさそうなリリスの頭にポンと手を置いて続ける。
「なんて言うか、お前さんにはまあ、色々世話になってるしな」
リリスはちょっと驚いた顔をした後、ちょっと頬を赤らめて、すいっと視線を逸らす。
「何よ、ついでとか言ってんじゃ無いわよ」
そんな事を言うリリスの頭を、俺はわしゃわしゃと撫で回す。
たまにこういう可愛い様子が見れるから、楽しいんだよな、
金貨は片付き、テーブルやティーセットは元に戻った。
ちょっといつもより遅くなったが、これから風呂に入り、髪を乾かし、横になったら1日が終わる。
明日は、ヘンリーさんにあの屋敷の購入意志を伝える。
それから、手続きだったり、その後の事をアランさんと話し合ったり、工事の業者なんかも手配して貰わなきゃいけない。
商業ギルドに買わせるでもなく、賃貸でもないから、工事費は俺持ちなのかなあ、そんな事をぼんやり考えつつ、俺の意識は夜に溶ける。
明日は忙しくなりそうだ。
せめて、今夜の夢くらいは、楽しく、穏やかな物が良い。
暗転しつつ有る思考の片隅で、俺はふと、そんな事を思う。
ささやかな祈りに反して、俺は夢を見る事もなく、只々眠りに身を任せるのだった。
書きたいことを詰め込んだらそりゃ長くなるよね、削ろう、と思って挑んだんですが。
削れませんでした、この辺がアマチュアってことね。