私の戦闘描写は素人の初めての手料理に似ている。
慣れない作業に悪戦苦闘で手間も掛かるのに、大して上手くもないという……。
‼注意! 今回はちょっと酷いシーンがあるかも知れません‼
自分の
だけど、その身内がキレてるどころか殺意大開放でどっか飛んで行ったら、逆に冷静で居る事も難しいと知りました。
もー、なんなの? あ、どうも俺です。
フリーフォール中に水平に連続テレポートも、案外慣れるもんで。
今回は人探ししつつだから比較的短距離の連続跳躍なんだけど、割と広がっている草原とか西へ伸びる街道とかには、それらしい姿は見えない。
案外遠くまで跳んだんだろうか?
そう思いつつ、例によってMPの管理も兼ねて一度地上に降り、回復を待つ。
MP
経験済みだから間違いない、って事で意気揚々とサボり歩き。
それにしても、とサボりの時間を使って俺は考える。
リリスが妙に、というか急に殺気を振り撒いたのは一体なんでだ?
正直、俺のブレーキ役が先にキレてるとか非常に面倒臭い有様な訳なんだけど、原因とか切っ掛けとかトリガーとか、そういったモノに何ひとつ心当たりがない。
女の子の日か? とか下品な事言ったら俺にまで殺気が向くだろうから言わないけど、その馬鹿げた質問の答えは否だ。
俺はリリスのボディを元に「コピー」されてる様なモンだから良く分かるけど、この
飯も食うし酒も飲むし酔うし酔った上に半裸になったりもする(らしい)俺だが、体内には臓器と呼べるモノはない。
心臓や、およそ脈の取れる箇所にはダミーで拍動が与えられているし、擬似的に血液も流れているが、基本的にこの
胴体に収まっているのは内臓とは別の、この
それを内臓と言うんだって?
意味で行ったら勿論そうなんだが、しかし生物の身体としては不自然に過ぎて、幾ら説明の1つもない俺とは言え、違和感を感じない訳がないのだ。
ソレについては、いつか話す日が来るかもしれない。
出来れば語りたくない類の話題だし、正直理解出来ていない話でもある。
そんな不安に駆られた俺は、その辺の不安も含めて、割と早い段階で問いただしても居た。
具体的には、モンテリアの領主様のお屋敷にいる間に、だ。
「えっと、じゃあ、リリスさん?」
文字通り出来たてで、まだ名前も無かった当時の俺は引き攣る顔を隠す術もなく、リリスを見て口を開いていた。
「俺は、人間を辞めてる所か、なに? 生物ですら無いの?」
殺されてこっちで
「何を持って人間とするか、生命体とは何か、って言うのは……」
「小難しい話じゃなくて、単純な話をしてるんだけどな?」
露骨な話題逸しになんぞ、乗ってやらんわ。
基本的にエネルギーの摂取量が極小で済んで、取り込むエネルギー源は基本何でも良くて、取り込んだモノは基本的に全部エネルギーに変換しちゃう。
俺が生前に比べて少食になったのも、つまりはそういう事らしい。
うん、便利だねー。
でもそれ、ちょっと度を超えててさ?
もうそんなの、人間じゃないだろ。
っていうか生物ですら無いんじゃないのか?
「味覚は人間準拠だから、変なの食べると気持ち的に後悔するわよ?」
人差し指を立てて、リリスさんが教えてくれる。
妙なお気遣い有難う、あんまり嬉しく無いし、試す気も無いけどな!
後悔だけで済むなら、毒物とかは基本気にしなくて良いんだな?
なんて、割と前向きっぽい事を思いついちゃう俺も、大概な気がしなくも無いけども。
そんな現実逃避の先に割とショッキングな記憶を掘り出す不毛な俺の目に、瞬間に閃く閃光と、巻き上がる土煙、飛び散る樹木なんかが飛び込んでくる。
どうやら始めちゃったご様子。
どうにもリリスっぽく無い行動に、俺は小首を傾げつつテレポートで戦闘の現場を目指す。
目指すのだけど、止めるべきか、リリスに加勢するべきか、行動の方針をまだ決められない俺はモヤモヤとした感情を抱えて、気が付くと舌打ちしていた。
目まぐるしく変わる景色に気を取られる間も無く、悪食は背中を地面に打ち付ける感覚に反射的に
視界の端に飛び退く獣追いが見えた気がしたが、質量すら感じられる殺気の圧力を前に、余計なことに気を回す余裕など無い。
余りにも巨大な殺気は、却って攻撃の来るタイミングを掴ませてくれない。
咄嗟に横に跳んだのは、読めた訳ではない。
純粋に、勘だった。
魔力によると思われる火線が、ついさっきまで悪食の立っていた地面を刳り、悪食を追う様に薙ぎ払われる。
獣追いが一瞬自分から殺気が逸れたと見るや、大地に爪を立てるように身を屈め、両手指を実際に大地に潜り込ませる。
「戦闘中に僕から目を離すなんて、いい度胸だね!」
獣追いが得意とするのは呪術。
国喰らいと同じく生贄を必要とするタイプの禁術だ。
膨大に溜め込んだ、恨みを抱えた魂を核に、獣を象った形代を作り上げる。
ゴーレムの一種では有るのだが、核として使用している「人の魂」の影響か「
しかし、人の魂が獣の形に無理矢理落とし込まれ、土塊から発生した筈なのに肉と臓器を持つ。
重ねて発生した齟齬に魂は苦痛を受け続け、その苦痛がゴーレムの原動力となる。
最悪の連鎖は、その「形」を得てそれを失うまで続く。
だが、その仮初の生命を、自ら捨てる行動は取れない。
ゴーレムの一種であるが故に、命令には背けず、命令にない行動を取る事が出来無い。
その、巨大な狼を模した形代が、10を超える数量で獣追いと仮面の女の間に湧き上がる。
仮面の女――戦闘に際し仮面を着け直したリリスは、その光景に忌々しげに、仮面の中で眉根を寄せる。
黒髪の方は良く判らない、ただ強いだけの術者か何かだろう。
だが、赤毛の方は。
リリスは悪食が跳んだ方向へ魔力束をを短く叩きつけ、掌大の光る
細かい狙いなど付けていない、牽制になればそれで良い。
その
赤毛の男、獣追いと彼が作り出した獣達、その側面へと。
「戦闘が始まってから戦力の用意とか、舐めてるの?」
獣追いが仮面の女を見失い、気付くまでの一瞬に、獣達へと火線が叩き付けられる。
化け物。
まだストックが有るとは言え、虎の子の獣が喚び出して間も無く肉片に変えられる様は、獣追いの心胆に冷え冷えと霜を降らせる。
降りかかる大きな
化け物。
異界より来たりし者は、往々にして強大な力を持つと聞く。
それにしても些か、これは想像していたソレを超えている。
「まだまだ
仮面の女は言いながら、獣共を蹴散らした火線を止めると、先程悪食に向けて放った
挑発に素直に腹が立つが、強引に自分を押さえ付け、獣追いは隙を探す。
嬲るようにばら撒かれた光の
攻撃に紛れてやり過ごすという選択は、直撃しなくても発生する爆発に確実に巻き込まれるのは目に見えているので、大きく距離を取るしか無い。
本来のゲーム中で目にする魔力光弾には爆発の属性など無いが、幾つかのスキルをオフにして尚数千万単位のダメージを誇る一撃は、触れるだけで容易く大地を刳り、吹き払う。
なんだ、あの馬鹿げた威力。
それに、あの数、なんであんなに展開できるんだ?
経験上、見た目は魔導士の使う「マジック・アロー」に似ている。
純粋な魔力で作り出された魔法の矢は、使い手の魔力・技量によってその威力を大きく変える。
だがこれは、名の通った魔道士が放つ「とっておき」と同等、いやむしろそれ以上の威力に見える。
それだけなら、別に良い。
問題は、無造作にばら撒かれる、その全てがその威力である、と言う事だ。
そんな芸当、かなりの腕どころか、王国や神聖国の賢者と言われる者でも出来やしない。
少なくとも、今まで会った、闘った、殺した連中の中に、こんな化け物は居なかった。
逃げ回りながら、獣追いは1つの現実から目を背けた。
自分の作り出した獣が、別魔法とは言え、物体としての抵抗を見せる事も無く
大人が見上げるほどの「魔獣」を、原型を留めない程に破壊するのにどれ程の魔力を要するのか。
そもそも、どれ程の威力が有ればそんな事が出来るのか。
そして、知らないからこそまだ冷静で居られた。
赤毛くんがリリスから大きく距離を取りつつ、何やら地面に手を突いたと思ったら、彼の周囲の地面から見慣れた感じの魔獣が湧き上がる。
その出現の仕方がちょっと気持ち悪いのもあってか、なんか俺の心がざわつくのが
俺は落下中の上空から戦場を俯瞰しつつ、どうでも良い事に気を取られていた。
そんなお花畑な俺とは別に、リリスは2人相手とは言え、余裕を持って立ち回って居る。
無闇に
そのなんともソツのない戦い方に混ざる違和感に、俺は呑気に顎に手を添える。
……リリスさん、もしかしてだけど、赤毛くんの方がお気に召さないご様子?
そりゃ、あの獣を造り出す能力は厄介かもだけど、それにしても召喚即削除はちょっとなんというか。
必死? っぽく見えてしまうよね。
動きそのものは優雅、ってか、ゲームじゃ無いってだけで、あんな自由に動けるもんなのか。
流れるような足運びと、武器と宝珠を両手にそれぞれ持ちながら、その両手を大きく振って光弾を振り撒く様はまるで踊っている様だ。
その魔力光弾が着弾した地面がボンボコボンボコ爆発してるのを無視すれば、だけど。
まあ、あの動きは参考になるし、ああやって動くのも、なんとなくだけど、魔力光弾だからこそ、って気もする。
至近弾で自分が死ぬ未来が見えるけど、これは気の所為かな?
などと馬鹿な事を考えつつも、俺はナイトウォーカーを持ったままの右手を突き出し、自由落下に身を任せながら。
リリスに飛びかかろうと機を伺っている様子の黒髪の方に、
牽制のつもりなので、直撃を避けるように狙いを付けて。
黒髪が俺の殺気かなにかに気がついて跳び退くのを確認してから、俺も戦場にテレポートを果たす。
「来たぜぇ、真打ち登場だよっと」
何が何の真打ちなのか自分でも良く判らない、つーかどう考えても俺は影打ちでしか無いんだけどな。
リリスでさえ、赤毛を見据えたまま動きを止めて居る。
「……何しに来たの、っていうかギルドの
そのリリスさんが冷たく言い放つ。
何しにって、そりゃお前。
「珍しく熱くなってやがるから、
俺の文句にも、リリスは目を向けてくる事も無い。
「大体、こいつ等は俺の客だろう? なんでお前が1人でもてなしてんだ。俺にも分けろ」
俺が言うと、リリスは俺に背を向けたまま、触媒剣を握る手に力を込める。
柄が鳴く小さな音と、小さく何か呟いた声が聞こえたが、言葉は俺に届かない。
「……なんでそんな怒ってんのか知らんけど、やりすぎんなよ? 手配犯らしいし、あの領主様に引き渡さなきゃな」
言いながら、無理かもなぁ、そんな予感を覚えつつ、得物を――ナイトウォーカーを構える。
同時に、スキル構成にミーティアが含まれていない事を再確認。
ゲームとは違うから、ミーティアは本当に「取り扱い注意」の魔法に変わってしまった。
……いつぞやはお構いなしに連射したけど、あの時は別の方法で威力を押さえてたからちょっとばかし状況が違う。
攻撃スキルも、メインはやはり魔力光弾と、
「そっちは任せる、俺はこっちの、黒髪のおにーさんと踊らせて貰うぜ」
俺は構えた
「……元より、お前等2人が目的だったんだ。順番なんざ、どうでも良いやな」
黒髪が、身を低くしながら唸るように言う。
あー、近接系かなぁ。
まっとうな対人戦は初めてな気がするけど、大丈夫かなあ、俺。
緊張感とかとは無縁でそんな事を考える俺の後頭部に、別の知らない声がぶつかる。
「ちょっとちょっと、悪食さんよ、僕も居るんだけど? なーんで独り占めの
声の感じからして、2人とも、俺達に負けるつもりなんかは無いご様子。
……まぁ、そんなモンだろうなあ。
伊達で国際指名手配なんかになっちゃ居ないだろうしなぁ。
「馬鹿な事言わないで頂戴? そっちの黒い方はどうでも良いけど……アンタは私が殺す。勝てるどころか、逃げられるなんて思わないでね」
どこか脳天気な俺とよく似た声が、随分と冷たく響く。
だから、殺すとか駄目だってば。
言い掛けた俺を遮るように、リリスが言葉を続ける。
「アンタのその術……人様の魂使ってるでしょ?」
はぁん?
俺は目の前の黒髪くんから注意を外さないようにしつつ、真後ろのリリスの様子も伺う。
随分と冷え冷えとした殺気を纏ったリリスが、きっと見たこともない様な顔で言葉を紡いでいるんだろう。
戦闘に入った今は、仮面で見えないだろうけども。
「気に喰わないのよ、人の魂使って強くなってる
……。
うん、人の魂を使うのが許せないのは俺も同感。
だけど、俺の魂を引っ掴んで
まあ、その件
山賊に攫われてただけで巻き込まれた名も知れぬ女性には、きちんと謝罪しなさいよ?
その件も、話はちょっと違うんだけどね。
「……ハッ! なんだい、お説教の
身を低くして、地面に手をつく赤毛くん。
その周囲に湧き上がる魔獣達を、リリスは黙って眺めている。
背中越しだし、仮面にも阻まれてるし、その表情は判らない。
だけど、もしかしたら。
リリスは、本当に……人の魂を使うあの男が。
いや。
人の魂を
もしかして、
本当の所は判らない。
俺は考え事の沼から一旦足を上げ、目の前に集中を戻す。
其処には、俺の行動を律儀に待ってくれている黒髪くんが。
「考え事は終わったか、仮面の魔女」
低く構えたまま、低い声で問うてくる、黒髪の獣。
殺気が静かに、まるで針のように鋭く研がれているのが解る。
「なんだい、律儀な男だねぇ。待っててくれたのかい?」
正直助かるが、態々礼を言うことも無い。
多分、戦闘勘は向こうのが上。
こっちとの地力の差がどの程度か。
黒髪の姿勢が、一層低くなった。
踏み込んで来る、そう思った時に、影と化した男が地面を蹴った。
湧き上がる獣の群れが、攻撃の姿勢を取る前に正確に撃ち抜かれて行く。
自身には直接攻撃が飛んで来ないが、油断できる状況では決して無い。
遊ばれて居るのか、嬲るつもりか。
何れにせよ面白くない状況で有るし、気の抜ける場面も来ない。
「全く、次から次へ……! それはいつ弾切れになるんだい!」
大きく飛び退きながら、獣追いは毒づく。
着地した先で同じ様に獣達を創り上げると、即座に攻撃に移らせる。
急拵えで単純な攻撃命令だが、先程までのように棒立ちで破壊される事はない。
次々と大地を蹴り、仮面の魔女へと躍りかかる獣の群れ。
それでも簡単に撃破されるだろうが、ほんの僅か時間を稼げれば良い。
獣追いは
数が居ても駄目だ。
戦場にでも出た事が有るのか、この女は多対一に慣れている。
多数をけしかけても駄目なら、今できる最大の
大地から、一際大きな獣が立ち上がる。
おおよそ百の魂を注ぎ込んだ、今この場で出来る最大の下僕。
先程までの獣の、3回り程も大きな体躯が、しっかりと大地に爪を噛ませる。
百もの「人間」の魂を練り込まれ、その身のあちこちから人と思しき顔が浮かんでは消える。
強引に作り出された呪われし魔法生物は、獣と言うにはその体毛は全て失い、肥大した筋肉に覆われた歪な四足歩行の化物は、不規則に浮かび上がる人面と思しき何かも相まって、元が同じ獣とは到底思えない醜悪さを放っていた。
その口から漏れるのは獣の唸りでは無く、幾つものくぐもった嘆きと憎しみ、恨みの慟哭。
獣の身に落とし込むには膨大過ぎる苦痛に
これほど半端に後手に回るとは考えていなかった彼の、現状用意し得る、急拵えの最大戦力。
準備さえ出来れば、あのオバサンより強力なゴーレムだって、僕なら創れたのに……!
唇を噛むが、誰に言い訳出来るものでもない。
歪な肉塊とも見えるそれに自分を護る様に命令を発し、先にけしかけた獣達の方へ視線を向ける。
多少時間がかかったが、流石に動く獣共を即座に殲滅など出来はしないだろう。
その乱戦にこの獣と共に飛び込めば、この巨体に、この悍ましさに目を向けない訳には行かないだろう。
隙さえ出来れば、直接――。
そう思った彼の意識は。
既に討ち果たされた獣達の成れの果て、肉片が飛び散る想定外の様子に、一瞬漂白された。
幾ら何でも早すぎる、そう思う間も無く、横合いからの斬り裂くような殺意に押され、身を庇うように左手を上げ、そのまま反射的に飛び退く。
また横⁉ さっきまでは確かに、正面に居たのに⁉
混乱する思考の彼が咄嗟に殺気とは反対方向に身を投げると、入れ替わりに切り札が殺気と獣追いとの間に割り込む。
助かった、そう思いながら身体を大地に投げ出し、すぐさま身を起こし攻撃の姿勢を取る。
先程も、急に消えたと思ったら横合いから攻撃して来た。
移動の方法も
まるで、影法師の爺さんみたいだ。
脳裏に、国喰らいの死を伝え、皆に警告を放った老人の姿が浮かぶ。
影を渡り、影で殺す、影の住人。
本来は膨大な魔力を要する瞬間移動を、苦もなく実行する、桁違いの化物。
その化物の放った警告が、耳の裏で囁く。
異界の者に、手出しは無用。
血が滲む程唇を噛み、自身の弱気を追い払う。
乱戦で仕掛けるのは失敗したが、未だ切り札は健在で、自分も負けては居ない。
魔導士の癖にやたらと動き、どうやら肉弾戦を挑んで来た様子には肝を冷やしたが、あの巨躯を相手に肉弾戦は思うようには行かないだろう。
隙が出来たら、即座に飛びついてありったけの
その身に抱え込んだ魂の数など、最早正確には把握出来ていない。
その中から、一度に使用できる数、およそ100もの魂を肉体に流し込まれ、自我を保てる人間など存在しない。
慌てず機を待てば良い、そう考える獣追いに、機を待つ隙は与えられなかった。
巨大な獣は数秒保たずに全身を細切れの肉片へと変え、血塗れの魔女が無造作に剣に纏わり付く血を振り払っていた。
「ちょこまかと動き回って小煩い獣を喚び出してるけど、結局出来るのはそれだけみたいね? もう飽きたし、殺すけど良いわね?」
仮面の魔女が、心底からつまらなそうに言う。
何が起きたのか、どうして切り札がゴミに変えられたのか、全く理解出来ない。
相手の動きも見えず、勝ち筋が見えていない事は、無意識に理解を拒んでいた。
「舐めるなよ……! 僕だって仇成す者! 人間如きに、負ける訳が無いんだよッ!」
怒りの為せる
今なら、限界以上の魂を扱う事も出来る。
「ありったけの人の魂を叩き込んでやる! 自我が呑まれる恐怖を、たっぷり味わって死にな!」
らしくもない怒号は、余裕の無さの顕れか。
本人はそんな事にも気づかないが、自身の神経を逆撫でする事柄には直ぐに気が付けた。
「どうしようもない馬鹿ね」
また、見下された。
自尊心が軋む。
「態々手の内を晒して、何がしたいの? そんなネタで笑ってあげるほど、笑いに飢えてる訳じゃないのよ」
血塗れの魔女は言葉通り、笑いもせず、冷ややかに言葉を放つ。
それが、酷く癇に障る。
初めて人を殺した、あの時のように。
「大体、あんたねぇ……」
激高し、今にも飛びかからんとするその耳に、ため息交じりの嘲りが滑り込む。
「傷口から、ご自慢の魂がどんどん漏れてるわよ? ネタ切れになる前に、攻撃しなくて良いの?」
何を言っている?
獣追いは下らない戯言に忌々しげに舌を打ち、左腕を魔女へ向ける。
今の自分なら、いくらでも魂を操れる。
魂を飛ばした所で撹乱になるかどうか、と言う程度だが、それでもありったけをぶつければ、女子供など恐怖に身を竦ませるだろう。
恐怖に囚われれば、そのまま魂達に飲み込まれるかもしれない。
そうでなくとも、直接叩き込む、その隙が作れれば良い。
そう思う獣追いの視界には、左腕が上がってこない。
「私の
取り込んだ筈の魂が立ち昇る様が見えるのに、左腕が見えない。
視線を少し下げ、左肩に目を落とした獣追いは。
その先に有るはずの腕が消失している事に、漸く気がついて。
「あんなトロ臭い、無様な回避でどうにかなると、本気で思ってたの?」
声にならない絶叫を発し、次々と溶けるように消えていく魂たちを掻き集めようと右腕を振り回し。
「敵を目の前に取り乱すとか、素人そのものじゃない」
急激にバランスを崩し、大地に横たわった。
地面に頭を打った衝撃で、我に帰る。
左腕を失くし、なくしたはずの左腕に集めようとしていた魂が次々と傷口から漏れ、解放されていった。
腕は、いつ失くした?
巨獣を創った直後の、横合いからの奇襲、あの時か。
状況を整理しながら、急ぎ起きようと藻掻くが力が入らない。
視界が、急速に暗く狭まっていく。
降ってくる土砂を鬱陶しく払い除けながら、それでも起き上がれない身体に焦りが募る。
その、自由にならない視界に、魔女の姿が現れた。
近い。
恐慌か、或いは未だに諦めていない故か。
彼は咄嗟に残された右腕を、魔女に向けて突き出す。
その掌が、触れさえすれば。
その想いも虚しく、あっさりとその手首を捕らえられ、細身の少女とは思えない膂力で
「簡単にパニック起こすなんて、ホント、とんだ素人ね。アンタ、自分が負けるとこなんて想像してなかったでしょ?」
仮面の奥から、いっそ憐憫とも取れる嘆息が漏れる。
右腕を取られ、半端に引き起こされた身体で尚抵抗を試みるが、上手く力が入らない。
「で? アンタもう永く無いけど、言い残すことは有るかしら?」
不思議と、見下されて居るのに思ったほどの怒りが湧いてこない。
酷く、
何が起こったのか、獣追いは自分の
「
フラッシュバックする。
恐慌状態に陥り、必死に魂を掻き集めようとした時、何かの光を見た。
あの光は、見た事が有る。
この魔女が、何でも無いように放っていた。
魔女の片割れが、空中から撃ち込んで来た。
何故、注意をはらい、警戒することを怠ったのか。
それは、国喰らいの喚び出した獣達を瞬く間に討ち滅ぼした光。
監視に付けていた彼の獣が、一瞬で破壊された光。
それが、あの時自分に向けて放たれていたのだ。
だから、彼は一瞬に下半身を失ったのだろう。
唐突過ぎる感覚の断絶に、脳は痛みを伝えることを拒んだ。
その痛みのショックで、絶命する恐れが有ったから。
否、絶命が確定しているからこそ、不要な痛みを押し退けたのだ。
「アンタ程度に耐えれる攻撃じゃ無かった、それだけよ」
人ならざる呪術の礎となった彼の
右腕を捕えられ、攻撃するには絶好のチャンスだと言うのに、力も沸かなければストックしていた膨大な魂たちも失われつつある。
残っていたとしても、朦朧とする意識では操ることも叶うまい。
「で? 言い残す事は?」
促されるが、言葉を放つ余裕もなく、視界は急速に失われていく。
何か。
何か、言わなければ。
僕が、無くなってしまう。
「僕は……僕は、ただ……」
思い出したように喉を駆け上がる血が、言葉を遮る。
言わなきゃ、でも何を?
復讐したかった?
違う、本当に望んでいたのは、そんな事じゃない。
「ただ、生き……かった………おかあさ……」
霞む視界が、涙に滲む。
本当に望んでいたもの、それは。
「……つまんない
叩き斬る様な言葉に反感を覚える余裕も無く、ただ、自分の心臓に剣を突き入れられた事だけは理解出来た。
「アンタのつまんない復讐に巻き込まれた無関係の魂達だって、生きていたいと思ったでしょうよ。自分の身ひとつで立てもしない、人様の魂でどうにかしようなんて甘ちゃんが復讐とか、夢見すぎなんじゃないの?」
最早誰に語られる事も無くなった生い立ちを、懐かしい家族を思い起こす事すら許されず、罪人はその生命を落とす。
リリスの放つ侮蔑の言葉は、もう、咎人の魂には届かなかった。
リリスちゃん、一切の容赦なし。
でも、駄目って言ったのに……。