拝啓、ハクスラ世界より 改訂版   作:naow

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お久しぶりです。
えーっと、すみませんでした(土下座


完全敗北

 俺より身体(ガタイ)がでかいのに、低い位置から来る攻撃に混乱する。

 低く踏み込んで来るならまだしも、時たまその体格を生かして視界を奪うように動きつつ、しっかり低い位置から仕掛けてくる。

 その度に肝を冷やした俺は、自分が障壁を張っている事を忘れて慌てて飛び退く、なんて場面が出てくる。

 その癖意識が下段に集中しがちになると、しっかり上から振り下ろす攻撃も混ざって来るので気を抜けない。

 動き自体はしっかり見えているのに、うっかりするとフェイントなんかも使ってくるイヤらしさに、咄嗟に出るのが舌打ちという体たらくだ。

 レベル差も有って俺の方が速い筈なのに、こちらの攻撃はモーションの段階で間合いを外される。

 殺してはいけないっていう頭が有るのでおっかなびっくりになってる、そんな言い訳も有るには有るが、それ以前に単純に、場数の差が露骨に出てる塩梅だ。

 相手もどうやらそれ――殺したくないっていう甘さ――を理解したらしく、それ相応に大胆に動いて来つつある。

 俺は後ろに跳んで距離を離しつつ、魔踊舞刀(まようぶとう)を極短距離で振り払い、仕切り直しを図る。

 

 下手に殺さない様(そんなこと)に気を使うと、俺の戦闘勘の無さも相まって、どうあっても後手に回ってしまう。

 

 目の前の狂気から注意を外さず、ちらりとリリスの様子を伺えば、魔力光弾をバラ撒いて居るのが見えた。

 愚図愚図してたら、リリスはあの赤毛をホントに殺し兼ねない。

「余所見たぁ、随分余裕だな?」

 不意に近くから聞こえた声に、血が逆流するような感覚を味わう。

 次に聞こえたのは、鈍い打撃音。

 障壁のお陰で何のダメージもないが、その障壁ごと揺らされたような錯覚にゾッとする。

「ケッ、あけすけに隙を見せたと思えば、こういう事かい。良く躱していたから、気付かなかったぜ」

 言いながら、連打。

 一撃で壊せないなら、壊れるまで殴れば良い。

 惚れ惚れする程シンプルな思考で、黒く変色したその両拳を障壁に叩きつけ続けてくる。

 

 あの自称Aランクゴリラよりも疾く重い攻撃が、目の前で障壁を叩き続ける様は心臓に悪い。

 俺は敢えて踏み込みつつ、ワンド――ナイトウォーカーを振り払う。

 魔踊舞刀(まようぶとう)の危険さを理解しているのか、俺が踏み込んだ時には黒髪は大きく飛び退いていた。

 振り払う軌跡が地面に爪痕のような斬り傷を刻み、湿った土と巻き込まれた雑草が僅かに宙を舞う。

「見掛けによらず、動きも速いし度胸もある。だが、そいつは何度も見たからな」

 自然体で立つ黒髪は、気負った様子もなく、だけど隙も見せずに俺と対峙している。

 

 さて、何となく仕切り直せたが、こっからどうしたもんかな。

 

「お前のその技、威力は申し分無いが、頼り過ぎだな。剣でも無いから見た目に騙されるが、こう何度も見せられれば流石に慣れる」

 嘲るでもなく、笑うでもなく、淡々と説明してくれるその様子に好感……なんて覚える筈もなく、薄気味の悪さが際立つだけだ。

 この暑いのに黒のロングコートっぽい服に隠された身体(からだ)は細身に見えるが、それこそ見掛けに騙されてはいけない。

 

 警戒して大きく動いてなんとか回避して来たが、ついに捕らえられた。

 障壁を信頼しているし、実際に耐え抜いてくれたが、正直今まで敵対してきた連中の中で、一番の圧力だった。

 障壁の回復には相手の攻撃を一切受けずに5秒経過する事が必要で、既にその条件は満たしている。

 相手の攻撃があれだけ続いても割れなかった事から、相手は少なくとも同じゲームの「プレイヤー」でも「キャラクター」でも無い様だ。

 だが、そんな事で安心できる気が一切しない。

 あの魔女のゴーレムの方がデカかったし、質量込みで一番威力が有った筈なのだが、此処まで脅威を感じなかった。

 

 等身大で、それなのに自分を見下ろすほどの長身が、あらん限りの殺意を技量に乗せてぶつけて来る様子には、肝が冷える。

 理屈は理解(わか)らないが急に黒く染まった手が、まるでその意志の具現の様で、アレに捕まったら()られる、そんな気がして仕方がない。

 身構えて対峙していると、なんだか奴の実際の見た目よりもでかく見える。

 これがきっと、呑まれてる、っていう事なんだろう。

 

 俺は徐に構えを解いて、大きく伸びをする。

 

 視野が狭まって良くない。

 あのままじゃあ、追い込まれた俺はきっと、あいつを殺すしかなくなる。

 こちらが明確な殺意をもってそれをするなら兎も角、追い詰められて反射的に殺したとなれば、俺は自分への言い訳が上手く出来そうにない。

 結局人を殺したくないだけだと、リリスに笑われそうだが。

「まずは、その邪魔な壁を壊させて貰う」

 凶獣(けもの)が、再び低く身を沈める。

 こちらに叩き付ける殺気に、揺らぎは無い。

 殺したくはないが、時間も掛けられない。

 俺は気付かぬ内に、いや、もうとっくに、焦っていた。

 ゲーム内の挙動には無いが、こうなったら、直接殴るしか無い。

 動きを良く見て、カウンター気味に当てる。

 そんな事ばかりを考え、ゆらりと動いた()()()()()()()()()()()()

 

 追った心算(つもり)だった。

 

 漫画で読んだ知識に、虚実ってのがあった。

 動きに緩急を付け、フラリフラリと実体を掴ませない。

 相対した者は、まるで幻影を相手にしている様で、死角へ死角へと潜り込む相手に翻弄される。

 

 そんなもの、漫画だけの話かと思っていた。

 動きは見えるから、そんなモノに引っかかる筈が無い。

 そう思っていた俺は、凶獣(けもの)の動きに慣らされている事に気がついていなかった。

 だから。

 

 相手が常に同じ速度で真っ直ぐに動くのだと、決めつけていた。

 

 ゆらりと身体(からだ)を振った方向に、反射的に。

 先読みして視線を、いや、あろうことか、意識そのものをそちらに向けてしまった。

 ()()()()()()()()()()()()()()に、凶獣(けもの)の姿など有りはしない。

 

 身体を揺らされる感覚。

 ハッとして視線を翻せば、其処には、見えない筈の障壁に右の掌を押し当てて、黒い凶気が嗤っていた。

 

 押された? 動かされた?

 俺のHP……およそ90万のHPの、142%までの攻撃を吸収する障壁が……?

 

 心臓までが氷つく様な驚愕。

 俺の動揺などお構いなしに、凶獣(けもの)は障壁に掛けた掌に力を込める。

 左の掌も障壁に押し当て、渾身の力で。

 

 踏み込んでカウンターで攻撃する寸前に障壁を解除する心算(つもり)だったのだが、まんまとフェイントに引っかかった事が俺の命を繋いだらしい。

 先んじて解除していたら、今頃俺はあの両腕に捕まっていただろう。

 捕まったなら、きっと。

 

 凍りついた血液が、つう、と流れを取り戻す。

 狭められた視界が、何となく開かれた気がした。

 それは、きっと馬鹿な理由。

 根拠も何も、有ったものでは無い。

 

 ……捕まったら、きっと? どうなるってんだ?

 

 目の前の凶相に呑まれかけていた俺だが、最悪の想像が思いつかない事に気が付き、強張った身体(からだ)が動きを取り戻す。

 目の前には俺の障壁相手に奮闘する黒髪くん、俺はそれほどの圧力を受けても微動だにしていない。

 先程()()()()()と感じたのも、実際には勘違いだ。

 俺は、動かされたんじゃなく、不意を突かれて障壁を殴られ、蹈鞴を踏んで、()()()()()()()だけだ。

 およそ128万のHPに相当する障壁は、小揺るぎもしていない。

 あれだけバカスカ殴られてもどうという事も無かったのだ、そのアイアンクローが奥の手だったとしても、容易く割れる筈が無い。

 

 よしんば、割られたとしても。

 

 深層領域を彷徨ったこの俺の身体(リリスのデッドコピー)が、容易く傷付くとも思えない。

 そして、動きを止めてくれているなら、こちらの攻撃のチャンスだ。

 全力で俺の障壁に取り縋っている今なら、多少は反応が遅れるかもしれない。

 俺は無造作にワンド、ナイトウォーカーを振るう。

 咄嗟に、ただ振り払うように振るワンドから、数多の剣閃が宙を裂き、眼前の凶獣(けもの)に殺到する。

 だが、その攻撃も当然のように避けられた。

 まるで知っていた、というように、黒髪は地を蹴り、魔踊舞刀(まようぶとう)の刃が通り過ぎる頃にはしっかりと体勢を整えていた。

「ふん、硬いな。どうなってやがる、その壁は」

 飄々と立つ。

 燃え盛るようなその殺気は、相変わらず少しも揺らがずに。

「教えるかよバァカ! フラッフラと得体の知れない動きしやがって、いい加減諦めて大人しく(ばく)につけこの野郎!」

 負け惜しみじみた負け惜しみを口にしつつ、俺は本気で、自分の甘さをどうにかすべきと思い始める。

 今避けられたのが、まさにその甘さによるものだったからだ。

 

 下手に直撃させたら殺してしまう。

 

 そう思ったから、ノーモーションで繰り出せた筈の攻撃が、出始めで鈍った。

「お前……」

 仮面で隠れていない口元を引き結ぶ俺に、黒髪男が声を掛けてくる。

「闘い慣れてないと言うより、ひょっとしてアレか?」

 自然体でワンドをゆるりと下げ、俺は言葉を待ってしまう。

 相手の動きそのものを、見落とさないように。

「俺を殺さないように、とか、そんな事を思ってるのか?」

 仮面をしている筈なのに、色々と見透かされる。

 舌打ちしたい気分だが、そこは堪える。

「お目出度い事だ……が、こっちとしてはやりやすい。お前がまごついてる間に、その壁を壊しちまえば良い、それだけだ」

 俺はもう何度目か、ワンドを掲げるように構える。

 奴の言う通りだ。

 生温い遣り口では、捉える事さえ出来ない。

 なまじ見えているから、コイツを無傷で捕らえる事に拘り過ぎた。

 思えば、妙なことに拘ったものだ。

 あのハゲゴリラ相手には、一切の躊躇が無かったってのに。

 ちらりと獲物(ワンド)に目を落とし、飲み込んだ溜息を鼻から漏らしつつ、「敵」と定めて目を合わせる。

 

 ……奴を捕らえる為に、その手足を落とす。

 

「覚悟を決めた、って様子だが、まだだな。まだ、殺意が無い」

 言いながら、今では見慣れた低い構えでゆるりと這う。

 だが、一度完全に騙されている身だ。

 そう何度も、その気持ちの悪い動きに騙されてなんぞやらん。

 妙なフェイントで動きが鈍っているその鼻面に、俺は無遠慮に踏み込む。

 真正面から向かい合う形で相対する形から、尚も影が俺から見て左へ流れようとする。

 俺はその動きを目で追いながら、そいつの更に奥、奴の後ろへと。

 テレポートで跳ぶ。

 奴に呑まれてて忘れていた、ってのも有るが、相手の実力が不明なので、温存していた、って理由も有るには有ったのだ。

 なにせ、テレポートに使うMPは膨大なので、下手に跳ぶと俺のMP総量の90%を切ってしまい兼ねない。

 

 それは、俺の障壁が消失するという事。

 

 だが、俺は完全に頭を切り替えて使用を解禁した。

 まず、相手の攻撃は見えているのだから、回避は出来る。

 完全には無理だったが、此処までそれがある程度出来ていたのは事実だ。

 そして、よしんば攻撃を受けても、コイツの攻撃では俺に深手を与えるのに時間が掛かる……筈だ。

 障壁に掛かった負荷の程度は判らない。

 なにせ俺が識っているのはその障壁が「HPの142%」である事と、「耐久値を超えると割れる」事、そして「障壁の耐久力の回復には5秒間、攻撃を受けない」という事だけだ。

 だが、あれ程の怒涛の連打を受けて尚障壁は健在だった訳で、俺のHP90万で受け止められない事も無いだろう。

 よしんばあの連打が90万を超えるダメージを与えていたとしても、それはあの乱打によるダメージ総量だ。

 だったら、好き放題させなきゃ良い。

 そして、ついでに言うなら、俺の障壁を破れない時点で、コイツが俺かリリス、どちらかと同じ存在、と言う線は消えている。

 それは微かだが、俺の自信の拠り所になっていた。

 あの押せ押せの場面で手加減して遊ぶ理由も判らないし、あれはやらなかった、じゃなくて出来なかった、という事だろう。

 動きも見えてるしな。

 

 リアルに同レベル以上の武僧(モンク)とかを相手にしたら、俺、目で追える自信なんか無い。

 

 実際にはもうちょっと単純な断定と決めつけをぐるぐると考えながら、俺は俺の死角を取った筈の黒髪の、更にその後ろを取る、と言う位置取りに成功した。

 多少距離が有る、だが俺には絶好の間合い。

 奴が見慣れた軌道より、やや離れた間合い。

 射程を抑えて振り回し続け、すっかり慣れさせたそれを超える間合い。

 叩き付けるのは、此処だろう。

 自分の殺気なんてモンにも無頓着な俺が、殺気やら何やらを消すなんて小器用な真似出来る筈もなく、俺は踏み込みながらワンドを振り翳す。

 気付いて横飛に大地を蹴りながら俺を確認しようとする、その姿に、魔法によって生じた剣閃が幾筋も、巻き込むように殺到する。

 

 ()った。

 そう確信するその俺の目は。

 

 何もない空間をぶん殴り、強引に自分の身体(からだ)を真上へ跳ね上げる黒髪の姿を映していたが、何が起こったのかを理解するのには少しばかり時間を要していた。

 

 

 

 取って置き、と言うには余りにも力技なそれを、悪食は「攻撃」ではなく「回避」のために使わされていた。

 全身の筋肉を引き絞り放つそれは、不意の不完全な姿勢で放ったにも関わらず自分の身体(からだ)ごと、()()()()()()()()()()()()

 大気を叩いた、その非常識な威力で。

 

 本来は対象に、直接叩き込むもの。

 自身の、文字通りの全身全霊の拳打。

 その一撃のみで全身の筋肉、場合によっては骨に至るまでを酷使する為、2度目は文字通り命を賭して、それでも1撃目の威力の半分も捻り出せる事は無い。

 日々弛まぬ修練の(はて)に辿り着いたその膂力の全てを動員した、そういった類の一撃。

 大凡名の通った「強い人間」程度の相手であれば、まともに当たれば爆散する程度の威力。

 その亡骸は、まるで巨大な獣に食い千切られた様にその身体(からだ)の大半を失う。

 ――彼が「悪食」と仇名される、その一端とも言えるもの。

 自身に殺到するかつて無い殺意を伴った攻撃に、咄嗟の判断で回避の為だけにその秘蔵の(わざ)の封を解いたのだ。

 結果としては不意を突く攻撃を回避出来たのだが、浮き上がる身体(からだ)は完全にコントロールを失っている。

 無理な威力を叩き出すために動員された筋肉たちはしばし強張り、姿勢を整える事さえ容易ではない。

 そもそも、着地を気にする前に、目の前の敵が今の自分を見逃すとも思えない。

 

 そう考え、無理矢理動かした視線の先では、仮面から覗く口を大きく開け、呆けたように両腕をだらりと下げた魔女が硬直している。

 

 何事か判らないが、助かった。

 強張り激痛を放ち、特に右腕に至っては筋肉が幾箇所も断裂したようで愈々思うようには動かず、表皮が裂けて血を吹き出す傷が幾つも出来上がっていた。

 それでも、腕が残っているだけマシか。

 魔女が、悪食が大地に崩れるように落下するまで呆けてくれていたのは幸運だった。

 或いは本当に、あの魔女の戦闘勘は素人レベルなのかもしれない。

「てっ……テメエ!」

 地面に片膝を付いた悪食に、魔女はワンドを突きつけて吠える。

 本人が考えているより混乱しているようだ。

 状況に依らず、隙さえ有れば攻撃する。

 そういった事は出来ない、或いは思いつく事も無いらしい。

「ピーピーうるさい小娘だな。なんだってんだ」

 まだまともに動かない身体(からだ)に気付かれないように慎重に、右腕を自分の身体(からだ)で隠すように立ち上がりながら、口調は余裕を装う。

「なんだはコッチのセリフだこのスットコドッコイ! 何なんだよ今のインチキは⁉」

 納得行かない、そんな感情を隠す事もなく、地団駄まで踏んでいるその様を滑稽に思いながら、しかしさり気なく退路を探る。

「インチキとは大層な評価じゃねぇか。これでも取って置きなんだがな」

 今目の前に居る魔女、それと双子のもうひとり。

 姉と言ったか、そちらは獣追いに執着している様子だったが、しかし。

 この魔女と同等レベルの存在であれば、獣追いでは厳しい戦いになるかもしれない。

 いや、はっきり言って勝ち目は無いだろう。

「インチキと言うなら、お前のその、なんだ? 結界か? ソレだって相当なインチキだろうが。それに」

 ここからは、どうやって逃げるか、それを考えなえればならないようだ。

 言葉を弄んで隙を作ってくれるようなら助かるのだが、幾ら素人とは言え能力は一級の魔導士(ウィザード)

 其処まで間抜けだと思い込める程、悪食は能天気では無かった。

「今の、俺の後ろに回ったのは何だ? 歩法にしちゃあ見えなさ過ぎだ。殺気が()()()ぞ、まるで瞬間移動だ」

 適当な時間稼ぎの、単なる戯言。

 そんなものに返ってくる言葉は、ある意味、予想を超えたものだった。

 

「まるでも何も、瞬間移動そのものだよ」

 

 悪食は苦労して表情を動かさず、しかし静かに驚愕する。

 瞬間移動の魔法、あるいはスキル、それが確かに存在することは知っている。

 だが、悪食の知るそれは、大部分が非常に燃費の悪い、その上安全を確保した上でなければとても使用出来るようなものではない代物だ。

 身ひとつでの移動でも膨大な魔力を消費し、並の魔導士(ウィザード)では実行出来ないし、出来ても数日は回復に時間を要する、それ程のものだ。

 そんなモノを、戦闘という特殊な場面で平然と使用する存在など、悪食は今までひとりしか知らなかった。

 その唯一も、厳密には瞬間移動の魔法ではなく、個人が生まれ持ったスキルなのだが。

 ふと、悪食は思い当たって声を上げる。

「……あの酒場(バー)から表に放り出したのも、瞬間移動か」

 突然の殺意と戦闘状況への移行から失念していたが、屋内から気が付けば屋外へ運ばれた、あの状況も瞬間移動が無ければ説明がつかない。

 あの双子の姉の方を一瞬見失ったのも、そういう事なのだろう。

 つまりは、二人共が戦場を好き勝手に転移出来る類の化物。

 それを可能にするのは、生来持つスキルなのか、それとも、常人では意識を失うほどの消費魔力を物ともしない存在か。

「ああ、あれもそうだな。なんだよ、こんなモン、そんなに珍しいか?」

 気が抜けたように、魔導士(ウィザード)短杖(ワンド)で自分の肩を叩きながら問うてくる。

 

 こんなモノ、と来たか。

 

 背筋がうそ寒くなったような気がして、悪食は小さく身構える。

 戦闘勘はこちらが上。

 場数もこちらが踏んでいる、その点には自信が有る。

 だが、そもそも力量差が有り過ぎる。

 

 全力で殴っても割れない結界。

 自分の全力に容易く追いすがる身体能力。

 虚実に対する、無鉄砲とも思えるような対応力。

 

 そして、あの瞬間移動まで駆使されては、咄嗟の機転とは言え満身創痍に陥った今の悪食では、どれ程の抵抗が出来るのか想像も付かない。

 

「まあ、そんな(こた)ぁどうでも良いや。とっととお前さんを踏ん縛って、リリスの方を止めに行かねぇと。あっちは最初(はな)っから殺す気だからな」

 それでも、可能なら生かして捕らえようとするらしいその姿勢こそが、悪食が付け入るべき最大の隙だろう。

 その隙を、この身体(ザマ)でどうやって突くか。

 

 やれやれ、単なる魔導士(ウィザード)だろうと侮って、容易く殺して心臓を喰らう心算(つもり)が、とんだ化物の尾を踏んだものだ。

 

 悪食には目的が有る。

 滅ぼすべき敵が居る。

 だから、死ぬ訳には行かない。

 そう考える一方で、だが、ぼんやりと。

 

 全力を出して死ぬなら、それも悪くない。

 

 そんな事を考え始めていた。

 

 

 

「やれやれ、愚か者が。異界のモノに手出しは無用と忠告した筈だがな?」

 空間から染み出したような声は、しかしはっきりと。

 悪食と、そして相対するイリスの耳に、はっきりと届いていた。

 

 

 

 相手さんが俺のテレポートに何やら面食らってくれたらしく、俺の隙だらけな有様もプラマイゼロ、って感じ(主観)になったと思った矢先、俺とあの黒男の間――空間? から声が響く。

 なにやら奥の手かと身構えるが、相手の様子からどうもそれも違うらしい、そう思う間も有ればこそ、それは()()()()()()()()()

「う、うぇえ?」

 見事にまでに禿げ上がった、まるで枯れ木のような爺さん。

 杖まで突いて、仙人然としたその爺様は、男――悪食だっけか――を庇うように、俺の前に立ち塞がる。

 

 え?

 なに? この期に及んで、まだ敵が増えるの?

「ちっ……。何しに来た、ジジイ」

 そんな援軍に、悪食は随分と友好的なご様子だ。

 登場即仲間割れとか、割と新しいな。

 ……いやそんな事も無いか。

 取り敢えず身構えながら、俺は呑気な事を考える。

「随分なはしゃぎ様だな、そう噛み付くな。態々老骨を押して助けに来てやったと言うに」

 そんな俺に負けず劣らずの呑気さで、爺様はカラカラと笑う。

 嫌いになれそうもないキャラだが、言い様から察するに、どうやら敵な訳で。

「そいつのお仲間って(こた)ぁ、爺様もあれか、手配犯か?」

 光弾をいつでも放り投げられるように準備しつつ、俺は爺様に声を向ける。

「おお、随分と可愛らしい(わらべ)じゃないか。そのようなナリで『国喰らい』を捕らえ、この『悪食』を圧したとは、俄には信じ難いな」

 答える声は流石の年の功と言うべきか、気負いも何も有りはしない。

 だが要は、はっきりとした「イエス」って訳だ。

 そして、この爺様の実力は未知数。

 

 仕切り直しに仕切り直しが重なって、結果俺が不利になってる気ぃしかしないな。

 

(わらし)、そう()くな。この者にはよぉく言って聞かせる故、此度は見逃してはくれまいか?」

 にこやかに、爺様は言葉を紡ぐ。

 ははーん、そうやって惑わして、悪食と連携しての奇襲、とかそんなトコか?

 俺は投げ遣りな溜息を吐き散らす。

(わり)ぃけどな、爺さん。生きたままの賞金首が雁首揃えてくれてるのを、ホイホイと見逃す程、お人好しでも無いんだよ」

 左手の宝珠を腰の後ろに回して隠し、いつでも撃てる状態であることを誤魔化す。

 ……まあ、バレてる気はするけど、この際気にしない。

「しかしな。2対1では、こちらに分が有り過ぎると言うもの。大人しく見逃すのも、判断としては悪くなかろう?」

 まあ、言わんとする事は理解(わか)る。

 悪食の方は何となく慣れてきたし、現状、迫力は兎も角実力では俺のが上っぽい。

 しかし、新登場の爺さん――言葉面(ことばづら)矛盾感が凄い――の実力は不明だ。

 引っ掻き回されたら、正直どう転ぶか判断できない。

 しかし、だからと言って、見逃す訳にも行かないだろう。

「あんま舐めないでくれよ、御老体。お前らが100人居た所で、俺の相手は務まらんよ」

 という訳で、わかり易い虚勢を張る。

 光弾バラ撒いて牽制して突っ込み、二人の脚を一気に――文字通りに――奪えば、趨勢は決まるんじゃないかな。

「それに、2対2だし。負ける要素なんか無いのに、見逃す道理も無いわ」

 そんな呑気な決意を固めた俺の耳に、聞き慣れたけど聞きたく無かった、愛すべき姉の声が転がり込む。

 胸の奥がチリッと痛んだ気がして、俺は顔だけを声の主へと向ける。

 其処に居る、その佇まいを見て、俺は仮面の中で、表情を歪ませてしまった。

 

 剣を腰に戻したリリスは、その空いた筈の右手に。

 赤毛くんの右手を引いて。

 その力なく地面に顔を落とすその身体を引き摺って。

 

 明らかに死体と理解(わか)るその身体を。

 下半身を失った赤毛くんと共に、ゆっくりとこちらに歩み寄るその姿に、俺はどう言葉を掛けるべきか、少しも思いつかない。

「賞金首、それもアンタ達レベルなら、当然のようにデッド・オア・アライヴでしょ? 別に、大人しく投降なんかしなくて良いわよ?」

 嘲笑うような言葉とは裏腹に、その仮面に隠された(かお)から覗く口元には一片の笑みも無い。

 薄ら寒くなる程の無表情。

 

 殺して欲しく無かったから焦ってたんだけど、色々頑張ってたのも無駄になった。

 投げ遣りと言うには余りにも重い無力感に苛まれ、俺は咄嗟に口を開く気力も湧かない。

「ほっ、これは驚いた。其奴も、決して弱くは無い筈だが」

 場違いなほどに軽い声に、思わず俺は首を巡らせ、視線を戻す。

 そこでは枯れ木のような爺さんが、仲間の筈の赤毛くんの死体を目にしながら、しかし笑みを崩さずに言う。

 悪食とかいう黒髪の方は何か思う所があるのか口は閉ざしたままだが、俺達から目を離すような事はない。

 爺様のその、年の功と言うには少し肝が座り過ぎている様子に、俺は背筋が泡立つような怖気を覚え、身を竦ませてしまう。

 今この場に居るメンツの中で、色々と覚悟が足りていないのは間違いなく俺だ。

 命を狙ってくる相手に対しても「殺さない」なんて甘い事を言って、身内が敵を殺した事に動揺し、敵さんの気迫やら何やらに呑まれている。

「イリス。アンタ、やる気が無いならどいて頂戴? 邪魔だから」

 挙げ句に突き付けられるのは、身内からの戦力外通告。

 その言葉に、俺は冷や汗を滲ませつつ、それでも踏み止まる。

「駄目だ。コイツ等の相手は俺だ。これ以上は殺させない」

 少し、声が上擦ったかも知れない。

 正直、今は敵よりも味方が怖い。

 だけど俺は、精一杯の強がりで、リリスに背を向ける。

 

 俺が甘いのは良く判った。

 判ったけど、だからって引く訳には行かない。

 俺がすぐ傍にいて、これ以上手を汚させる訳には行かない。

 1人は見殺しにした訳だし、それ以前に、この世界に来てリリスは既に20人以上を殺している。

 今更2人ばかり庇った所でなんの意味も無い事は承知しているし、こんなモン偽善以外の何物でも無い。

 

 だけど。

 だからどうした、と言う奴だ。

 

 偽善だろうが強がりだろうが、俺はリリスの手を汚させたく無いんだよ。

 

「ふむ、お嬢ちゃんや。志は立派だがな。そんな事では我等は止まれんのだよ」

 爺様の笑みが深くなり、その足元の影が広がる。

 一瞬錯覚かと思ったが違う。

 大きく広がる影がこっちにまで届きそうで、得体の知れない攻撃かと警戒した俺は大きく飛び退く。

 それこそが狙いだ、なんて気付く事もなく。

「此処は退かせて貰おう。獣追いは残念だが……死体を持ち帰っても仕方がないな」

 その言葉と、影に呑まれる爺様と悪食の姿に、俺は爺様の思惑を漸く悟る。

 逃げるつもりか。

「ッこの!」

 慌てて投げつけた魔力光弾は、影の中に消えた2人の居た辺りを通り過ぎ、大きく外れた地面を爆散させた。

「高潔なお嬢ちゃんや。いずれどこぞで(まみ)えた折りには、心ゆく迄遊ぼうぞ。それまで壮健でな」

 声と共に不自然な影は狭まり、地面に溶けるように消える。

 

「……逃したわね。どうすんの?」

 リリスに言われる迄もない。

 リリスを止めて、敵を殺さずに捕らえる、なんて調子の良い事を言いながら、結果的に俺は徹頭徹尾敵に呑まれ、余裕を失くし、何一つ成す事もなかった。

 結果はリリスの手を汚させ、手配犯は1名死亡。

 2名取り逃し。

「どうもこうも()ぇよ。帰るぞ」

 せめてと、俺は赤毛くんの死体を抱え上げ、リリスの方を見ることも出来ずに歩き出す。

 

「平和なヒトが、無理しなくて良いのに」

 

 リリスの声が聞こえた気がしたが、俺はロクに答える事も出来ず、ガチャガチャと駆け寄る複数の鎧の音と足音を微かに耳に捕らえながら、その音のする方――街を目指すのだった。




思ってたのと違う結末に、私が困惑……。
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