色々と調べないと、判断を間違うことにもなっちゃう。
話を聞くこと、話をすることはとても大事。
ダンジョンに魔石採取、というか
なんて、呑気な挨拶してる場合じゃないらしく。
俺が住んでるアルバレインからそこそこ、多分徒歩で6日位かな、って距離にあるダンジョンに居るんだけど。
やたらと蝙蝠系やら蟲系の多いダンジョンの2階層で、パニクって全滅しかけた……というか3人中2人死んで崩壊したパーティに遭遇、辛くも1人救出できた訳だけども。
助けた1人は10代後半くらい、死んだ2人は明らかにもっと年下。
無理に連れて来たのか、何か事情が有ったものか。
話を聞かなきゃ判らんけれど、第一印象は最悪だ。
男だとしたらちょっと髪が長いが、女だったらちょいと短い。
戦闘の後だし、血やら何やらで汚れているが、顔自体はまあ整っていると思う。
こんな所に居る以上、冒険者なんだろうけど。
ノービスクラスなんてぇ駆け出し未満の冒険者を2人も抱えて、こんなトコで何をしようって魂胆だったのか、聞いて説教でもしてやらなきゃ気が済まない。
そんな俺の隣で、同じ様に年若い冒険者を見下ろすタイラーくんも、表情が硬い。
普段は一言多い系の無表情仮面だが、今の無表情はいつものソレとは何か違う。
……なんてーか、いつもみたいに鈍感さを発揮してれば良いのに。
なんで俺は、今回ばかりは何かを感じ取ってしまうのかねぇ。
「おい、タイラーくんよ。なんか思う所でも有るん?」
むっつりと黙り込むメガネに声を向けるが、すぐには反応が帰って来ない。
いらん時にはしゃあしゃあと揚げ足取りに来るくせに、なんだってんだ一体。
そんな事を思っている間に、魔石を回収してくれたジェシカさんが俺とタイラーくんの間に立つ。
「……イリス。魔石の回収は、まだ必要か?」
タイラーくんは俺の質問には直接答えない。
こういう時に問い詰めても、多分なんの効果も無いだろう。
「2階層に降りる前で、一応、必要最低限は集まってるぜ。ただ、数が有っても困ることは無いからな」
だから、素直に答えつつ、ちょいと
「他に用が無いんなら、もう少し集めときたいね。そうそう容易く行き来出来る場所じゃないからな、此処は」
仮面を外して、まっすぐにタイラーくんの目を覗き込む。
「一応聞くが。こいつを保護して、ギルドに死体ごと届けると提案したら?」
そんな俺の視線を正面から受け止め、気圧されることもなく気負うこともなく、だけど短く問いを投げてくる。
「俺が、ウチのクランメンバーの依頼を疎かにするだけの理由が有るならな。だが、なんの事情も知らねぇ俺の目には、
視線を外しも逸らしもしないで、俺も答える。
「馬鹿の尻拭いをしてやる程、暇でもお人好しでもねぇんだけどな、俺」
ぴくりと、馬鹿、もとい気を失っている冒険者の肩が揺れたのが判る。
視界に入れてなんか居ないんだけど、判ったとしか言いようがないし、正直、判った所でどうでも良い。
「見た目通りの状況なら、俺もお前と同意見だ。だが」
静かに苛立つ俺とは、別方向に不機嫌さを滲ませるタイラーくんが意識を取り戻しつつ有る筈の冒険者に目を向ける。
ああ、なんで俺、あんな細かいことに気が付けたのか
タイラーくんが気にかけて見てたからだ。
そんなタイラーくんの反応で、なんとなく察したんだ。
「……俺が耳にした話と、こいつの話。それを合わせた話次第では、多分」
思えば、タイラーくんが不機嫌って時点で、だいぶ珍しい事だ。
そしてこの様子を見るに、俺に対してでは無いらしい。
だからと言って、この年若い冒険者に怒っているのとも違う様子だ。
「ねえ、どう動くにしても、まずは安全を確保しない? お腹も
膠着しかけた俺とタイラーくんの間で、ジェシカさんが手を叩く。
さすがウチのお姉さん枠、仲裁なんて手慣れたもんだ。
「だな。もういい加減、ウォルターくん弁当食いたいよ、俺ぁ。確実に判る安全域って有るのかい」
降参ともお手上げとも取れる、肩を竦めたポーズで俺は首を振り、それから大きく伸びをする。
「確かにな。定石で言えば、階段とその付近は、大抵は安全域になっている」
タイラーくんが冒険者を肩に担ぐのを見ながら、へえ、と俺は妙な感心をしてしまう。
そういう場所なんて、待ち伏せしやすそうなのに。
「ダンジョンの目的は、獲物をなるべく引き込んで殺して取り込む事だ。もっと深い階層なら兎も角、こんな低階層で
ふんふん、なるほど。
こいつホントはダンジョンマスターとかじゃないだろうな?
そう思い問いかけると。
「よせ、俺はお前ほど人間離れしてなど居ない。俺の知識は、一般論の範疇でしか無い」
なんて否定された。
いやちょっと待てや、誰が人外だこの野郎。
階段前の広場で適当な場所を選び、薪を用意して火を起こす。
ジェシカさんが敷物を用意してくれて、俺達は適当に腰を下ろしたり、タイラーくんは米俵よろしく運んできた例の冒険者を横にして、ポーションも飲ませているので出来ることはもう無いとばかりに薪周りに腰掛けたりしている。
えらく華奢だし、もしかして女の子の線も有り得るんだが、中々豪快な運びっぷりである。
普段だったらツッコミの1つ2つぶつけてやるんだが、事情がわからない以上この名も知れぬ冒険者に対する不信感は拭えないので、俺は文句も言わないしフォローもしない。
タイラーくんも感情的には似たようなモノらしく、普段のウチのメンバーに対する態度に比べると、幾分荒い感じだ。
そんな手荒な扱いをされている方はと言えば、時々小さく呻いたりはするものの、目を覚ます様子は無い。
さっき目覚めたかと思ったが、単に身じろぎしただけだったらしい。
とは言え、いい加減、そろそろ目を覚ますだろう。
だからといって珍客の目覚めを黙って待ってやる理由もないので、俺達は各々アイテムボックスから弁当を取り出し、思い思いに味わう事に。
「んで? タイラーくんよ、お前さんが聞いた話ってのは何だい。俺の目には、駆け出しが
もしも狸寝入りしてるんだったら、こんなセリフは随分な喧嘩の売り様なのだが、当然俺は声量を落とすなんて真似はしない。
「俺に当たるな。気持ちとしては、8割は俺もそう思っている。だが、キナ臭い噂も昔から有ってな」
きっちりと食べ物を飲み込んでから、タイラーくんが口を開く。
「おう、当たってるように聞こえたなら悪かったぜ。あんま気分が良くねぇからな、言い方がキツくなっちまう。んで、キナ臭い噂って?」
俺は弁当を行儀悪く
そんな俺達のやり取りに、ジェシカさんが言葉を挟んでくる。
「うーん、イリスちゃん、ホントにお嬢様だったんだねえ。あの街に限らず、どこの冒険者ギルドでも聞く話なんだけどねえ」
とても不思議そうなジェシカさんの口振りから察するに、冒険者として活動してたら聞く、そういう類の話らしい。
とは言え、こんな俺を捕まえて、その感想がお嬢様て。
その正体は半物流業の冴えないオッサン(27)だったんだけど。
生きてきた世界が文字通り違うので、冒険者の常識とか知らないだけなんだけどなあ。
お世辞にもマナーだって良くないし、なんなら口調1つ取っても、目に余るほどの育ちの悪さだ。
食べ物を口に含んだままで喋ったりなんかしないけども。
「良くある話だ。素行の悪い冒険者が、駆け出しなんかを引き連れてダンジョンへ。駆け出しが罠に掛かったりモンスターに襲われてる間に、先に進むなり逃げるなりする、とかな」
つまらなそうに口を開いたタイラーくんの言葉は、なんだかラノベでよく見た光景の話。
俺の周りにはその手の下種が居なかったから気づかなかったが、冒険者って括りで見れば、そういう事をしそうな手合は確かに居た。
あのハゲゴリラ(実はハゲてない)ことノーラッドだっけ? とか、他にもなんかガキ相手にしか威張れ無さそうな小悪党っぽい連中なんぞ、幾人も見かけたもんだ。
そんな連中も、北門への魔獣襲撃事件以降、俺の目に入ることは少なくなったから、てっきり東の街か領都か、どっかに移動したもんだと思ってたんだが。
「アルバレインにも、そういう下らねぇ馬鹿がまだ居るってことか?」
そういう手合に騙されたか利用されたってんなら、なるほど確かに同情の余地がちったあ有るだろう。
で、もしもそういう話だったとして。
悲鳴を聞いて割とすぐに駆けつけた俺達は、誰ともすれ違っていない。
あのT字路を俺達は左に曲がったが、誰かが右に行ったのか、それとも左の先に進んだのか。
少なくとも、このダンジョンから逃げ出しては居ないって事だ。
まあ、タイラーくんの予想が当たっていたら、なんだけど。
「馬鹿はどこにでも居る。ブランドンが最近その手の連中に睨みを効かせて、素行の悪い連中は軒並み冒険者ランクを落としてるからな。もう何組かはアルバレインからは逃げ出しているし、やりすぎて労働奴隷落ちした輩も何人か出ている」
文句を言う前にタイラーくんの口から飛び出した、ブランドンさんの思わぬ頑張りにちょっと感心してしまう。
野郎、意外とやるじゃねえか。
領都へ往復するのが仕事じゃねぇんだなあ。
今度、リリスに頼んでウォッカでも餞別に渡そうかな。
「なるほど、それでも完全じゃないって事なんだな」
ブランドンさんがいくら頑張っても、上手いこと逃げる奴は居る。
冒険者は基本自由、勿論最低限のルールは有るんだが、触れてもバレなきゃお咎めなし。
怪しい噂の有る冒険者なんかは素行の調査もするんだろうけど、調査って奴はどうしたって時間が掛かるもんだしな。
俺達は、俺は口に出さないように、ただ苛立ちを募らせる。
結局は、話がどう転んでも気分の良い事にはなりそうに無いって事だ。
「まあ、コイツが目を覚ませば、話は色々と聞けるだろうが、な」
そう言って、タイラーくんはチラリと視線を横へ走らせる。
俺はその視線を追う事をせず、警戒マップに意識を向ける。
一定範囲内に入ってくる何者かは居ない。
これが安全域かと場違いなことに感動しつつ、その安全域に入り込むもの、すなわち人間は居やしないか。
その事に、少しだけ注意を向けるのだった。
呑気に食事なんかを終わらせて、しかし動けない人間が居る以上俺達も何も出来ず。
仕方がないので、3人でウォッカを使ったカクテルの話だとか、ウイスキーやらブランデーとはなんぞや、とか、そういった話に花を咲かせつつ時間を潰す。
「そうなると、葡萄や小麦も育てたほうが良いのか?」
酒造に向いた品種と向かない品種が有るらしい、なんて話をうろ覚えでしてみたら、タイラーくんが顎に指を添えて考え込む。
こいつ、こう見えて酒に目がない節が有るよな。
「まあ、可能ならその方が良いんだろうけどさ。いきなり手を広げすぎだろ。もう、ウチが管理できる範囲を超えてるぞ」
元々、クランの立ち上げ人数ギリギリからスタートして、人が増えたつってもレイニーちゃんとグイくんギイちゃんの3人だし、その内2人は子供だ。
キッチンを預かるウォルターくんや屋敷の管理を司るヘレネちゃんは各々の仕事で手一杯だし、俺やリリスはスイーツの発展に忙しいし、タイラー&ジェシカ組は呑むのに忙しい。
手が足りないのだ。
……足りないったら足りないのだ。
酒造所に関しても、商業ギルドどころか領主様まで絡んできて、もはや周囲の諸々の協力がなきゃ、管理なんて無理だ。
そこに持ってきてウイスキーやらブランデーやらを造るってのも無茶な話だってのに、その上原料の育成なんざ、冗談抜きでウチじゃあもう手を伸ばしようがない。
「じゃあ、いっそ街の事業にしちゃえば良いんじゃないの?」
ジェシカさんが無邪気に無茶なことを重ねてくる。
そんなモンの音頭取るなんざ、俺は絶対にヤだぞ。
「そこまで行くと、もうウチと商業ギルドの話じゃなくて、商業ギルドと領主様との話になると思うよ?」
そんな事を言いながら
こういう状況で酒を飲むほど自殺願望は無いけど、せっかく持ってるアイテムボックスとお金、ちょっとの贅沢は良いじゃない、ねえ?
それは兎も角、1つの案として、商業ギルドと、あとはそれこそブランドンさんに、その辺の話を振るのは有りかも知れない。
酒造所の制作に、まさか商業ギルドやら領主様だけに金を出させる訳にも行かないので、俺とリリスも金を出している。
出資している以上、当然見返りも有る訳で。
その利益だけで、多分ウチのクランとしてはもう、ほぼ働かずとも食っていけるレベルになるらしい。
リリスの試算だから、あんまり間違って無いと信じる。
……あれでどっか抜けてるからなぁ。
ホントに信じて良いのか、ちょっと迷うけどな。
「成程な。問題は、いつ頃その新しい酒を呑めるようになるか、か」
タイラーくんが真面目くさって腕組みをする。
ただ呑兵衛が待ちきれてないだけだから、妙に真面目腐るのをやめろ。
「ウィスキーやらブランデーやらは、本格的に呑めるようになるのは10年20年先だぞ? まさかリリスに、流通に乗る分全部造らせる訳にはいかんだろうしな」
俺が言うと、タイラーくんが音がしそうな勢いで顔を上げる。
何だよびっくりするじゃねえかこの野郎。
「どういう事だ⁉ リリスの話では、目処が立ったのでは無かったのか⁉」
びっくりするなんて呑気な感想を漏らす前に、タイラーくんが俺の両肩に掴みかかってくる。
何だよ
そんなに呑みたかったのかよこの野郎。
「お、落ち着けよ。大体、リリスが
ブランデーケーキを食べたい、その一心で頑張る我が姉ことリリスは、ああ見えて案外身内に甘いと言うか、ウチのメンツに頼まれればあんまり嫌とは言わない。
ブランデーのお裾分けくらいはしてくれるだろう。
そう言えば俺、ウイスキーを使ったお菓子っていまいちピンと来ないけど、なんか有るのかな?
無い事は無いだろうけど、判らん。
まあ、リリスが造ると言ってる以上、多分菓子絡みなんだろう。
ウォッカ造ったのも、もともとはバニラエッセンスの為だったしな。
「そうか、すまん取り乱した。俺らしく無かったな」
俺の言葉に我に返ったのか、タイラーくんは俺を開放しながらメガネを直す。
いやいやいや、とても
コイツは、いずれはハンスさんタイプの酒飲みに成るに違いない。
「私も楽しみだわあ、そのお酒も、
マイペースなお姉さんことジェシカさんが、心底楽しみにしてそうな笑顔で聞いてくる。
ジェシカさんは、あの試飲会以来、柑橘系の
「ああ、果物の相性は有るけど、それぞれそういうカクテルが有った筈だよ」
個人的には、あんまり口当たりが良すぎるのも問題だとは思うんだけど。
でもまあ、ジェシカさんが前後不覚になってるところなんざ見たこと無いし、むしろ俺のが記憶飛んでる有様だし、言って治まるならそもそも深酒なんざしやしないだろうし。
後半は単なる俺の反省になってる気がするが、兎も角、ジェシカさんに限って言えば、飲みすぎて失敗って絵は浮かばないから、きっと大丈夫だろう。うん。
「う……」
そんな風に盛り上がってる呑兵衛2人と一般的常識人である処の俺の耳に、その小さな声が耳に滑り込む。
多分、俺は急に表情が消えたんだと思う。
「イリスちゃん、顔、顔」
ジェシカさんが苦笑して言うけど、顔て。
せめてさ、表情とか言おうよ、ねえ?
思わず苦笑しそうになりながら、俺は威圧目的で仮面を掛け直す。
勿論、威圧したい相手はジェシカさんじゃないし、タイラーくんでもない。
そもそも、この2人にそんなもん効く訳がない。
俺はなんとも言えない気分を一旦脇において、立ち上がると目を覚ましつつ有るらしい冒険者の方へ足を向け、腕組みまでして見下ろしながら待つ。
俺の後ろでは、多分2人がこちらに顔を向けている筈で、その2人は俺の態度に苦言を述べたり注意したりはしてこない。
タイラーくんの話を聞いた後だと、色々と思うところも有るけども。
まずは話を聞かなきゃ、判断のしようもない。
そんな俺が見下ろす前で、びくんと小さく震えてから、そいつはゆっくりと目を開いた。
話し声が聞こえる。
女が2人、男が1人。
楽しそう、だけど何を言っているのかは判らない。
話し声が、
足音が、近づいてくる。
ああ、私は、横になっているのか。
なんで、横になっているんだっけ?
みんなと一緒に、冒険に。
ホントは駄目だけど、あのオジサンが、子供でも出来る仕事が有るって。
そうして、そうだ。
私達は、ダンジョンに来て。
頭が痛い、少しぼうっとする。
ゆっくり目を開く。
誰かの足が見える。
誰だろう?
みんなはどこに?
そして、私は思い出す。
みんななんて居ない。
居る筈がない。
何故なら。
私は急いで
視界に飛び込んだその仮面、その奥の冷たい気配に、身体を竦ませた。
「よう、坊主。それかお嬢ちゃんか? どっちか判らんが、目ぇ醒めたか」
仮面に隠れて、こっそりと溜息を
我ながら、随分と冷たい声だ。
先入観で威圧とか、中々に最低な対応な訳だけど、疑惑は晴れるまでは疑惑なのだ。
そもそも仲間ですら無いし、若干悪いとは思うが線は引かせてもらう。
俺を見上げて言葉もない冒険者に、俺はしゃがみこんで視線の高さをなるべく近づける。
「喋れるか? 状況は判るか?」
声色に温かみが欠けているが、反省する気もしない。
「あ、あの、仲間は……?」
小さく震えながら、目尻に涙を堪えつつ、若い……若すぎる冒険者は俺を見上げている。
ホントに、コイツは何でこんな所まで来たんだ?
到底、危険に身を晒す覚悟が有ったようには見えない。
「仲間? お前、覚えてないのか? お前も見ていた筈だろう」
どんなお花畑な理想を見て、こんな地面の下までやってきたのか。
それとも、タイラーくんの言う通り、騙されたんだろうか。
俺の言葉を受けて数秒、呆けていたその
続いてその喉から迸ったのは、それなりに声量は抑えた、それでも十分なほどの絶叫だった。
「シャーリ……! フランク……!」
岩盤のような地面を掻き毟るように、バタバタと両腕を暴れさせ、仲間の名を呼ぶ。
もう、答えなんて返って来ない、その名を。
地面を殴る手も止まり、答えの無い呼び掛けもすぐに止む。
「死体は回収してある。街に帰ったら返してやるから、ちゃんと弔ってやんな」
自業自得だろうが、騙されたのであろうが、どっちであってもこういう場面は遣り切れない。
嗚咽を漏らすその頭に、ぞんざいでは有るが、仲間の死体を回収してある事は伝えてやる。
……仲間の死体を取りに戻る、なんて言い出されたら面倒だから。
「んで、お前さんはどこの街の出だ? 俺達はアルバレインだが」
タイラーくんの記憶を信じるなら、コイツもアルバレインの筈だ。
だけど、そもそもアルバレインには数日滞在しただけ、って可能性もあるし、もっと言えばタイラーくんの勘違いの可能性も有る。
色々勘ぐるくらいなら、本人に聞くのが一番早いに決まっている。
「……わた、私もアルバレインです」
ぐいと涙を乱暴に拭うと、眉根を寄せ、目元に力を込めて俺の方に顔を向ける。
涙を零さないように、って所か。
声や口調から察するに、コイツは。
「人様の事をどうこう言う
俺自身がそうだし、今、後ろにいるジェシカさんもそうなのだから、うっかりとでも「女なのに冒険者なのか」なんて事は言わない。
直接は言わないけど、結果同じ事になっちゃったけどな。
「はーい。イリスちゃんに、人の事は言えないと思いまーす」
早速混ぜっ返しに来たな。
「同感だ。むしろお前はもっと酒に集中しろ」
多分腕組みして頷きながら言ってるだろう
お前はお前で、さり気なく別方向でこき使おうとするんじゃないよ。
混ぜっ返しの所為で横道に逸れたが、コイツは女だった、って訳だ。
まだ子供の範囲だと思うが、口に出すと多分後ろの2人がまた混ぜ返しに来る気がするので言及しない。
どうせ俺だってガキにしか見えんよ、文句はリリスに言ってくれ。
俺も言うから。
「まあ、そんな事はどうでも良い。アルバレインに戻るので良いんだな?」
俺の後ろで、薄い気配が動くのが判った。
タイラーくんが、特に気配を消すような理由も無いので普通に動いているのだ。
「お前を放っておく訳には行かない、俺達も戻ることになる。だが、その前に質問に答えて欲しい」
ちらりと横目に見ると、タイラーくんはふらりと自然体で、だらりと身体の両側に添えられたその両手には、いつ抜いたのか
なんだよ怖えよ、なんで武器持ってんだよお前。
「お前達が、こんな所まで来た理由はなんだ? ノービスを抱えた駆け出しが、背伸びで済む冒険では無い筈だ」
言いながら、タイラーくんは俺の隣にしゃがみ込む。
その腕は膝に乗り、手に持つ武器が、嫌でも目に入る。
冒険少女は震えを抑えることが出来てない。
……うん、仮面で冷たい声の冒険者につっけんどんに対応されたり、無表情な冒険者が両手にダガーもって迫ってきたらそりゃあ怖かろうなあ。
特に後者。
「答えて貰おう」
さり気なく右手のダガーを持ち直し、チキ、と小さな音がなる。
……普段そんな音のするような手入れなんぞして無ぇだろうに、なんか細工しやがったなこの野郎。
そーいうのも圧迫面接の範疇に入っちゃうんだぞ?
いや寧ろ、武器を使用した脅迫だな。
コレは尋問術のひとつなのか、拷問術の前段階なのか。
判断がつかないし怖いから聞けない。
止めてやりたい気持ちが湧かなくもないが、俺はそれをぐっと堪える。
……俺にも、何かこう、尋問とかに使えるスキルは無いものかなと思うが、ゲーム由来のスキルの方は戦闘用しかないし、こっちで覚えたスキルやら魔法やらはほとんどが生活魔法だ。
パルマーさんに感謝だけど、今この場面では全く役に立たない。
そんな訳で、俺はタイラーくんの隣で、無言で威圧する事に。
微妙に魔力を放出させるイメージで、冒険少女を見つめる。
まあ、仮面の所為で、俺の視線なんて判りゃしないだろうけどな。
「私、私達は、ホントは薬草を採りに行く予定だったんです」
震えながら、なんとか声を押し出す。
その目は俺とタイラーくんとを忙しなく行き来していたが、語るにつれて視線は下がり、地面を見がちになる。
その都度、タイラーくんは視線を上げさせ、気がつけばタイラーくんと見つめ合う形で話している。
……まあ、目を見ながら話すことで、真偽を図るひとつの目安にしているんだろうな。
それ以外にも、俺の知らない、思いつきもしないテクニックを幾つも使ってるのかも知れないけど、さっぱり見当もつかない。
そうなると俺に出来ることは、訳知り顔で偉そうに見据えてやるくらいなのだった。
結論から言えば、タイラーくんの読みが正しかった訳で。
それはそれで苛立ちが募る。
要約すると、アルバレイン近くで薬草採取してるところで三下系小悪党に唆され、冒険に憧れるノービスの仲間2人に引っ張られる形で、ホイホイとこんな所まで来たのだという。
ダンジョンまでで1週間。
食事はどうしたかと聞けば、簡単な食事は小悪党が用意したらしく、後は小動物を狩ることも出来たのでどうにかなったという。
「小動物を狩れない誰かよりは、よほど有能だな」
うるさいな、俺は狩れないんじゃなて、狩ると灰か消し炭にしちゃうんだよ。
肉とか素材が全く獲れないだけだから、別に良いじゃねぇかこの野郎。
混ぜっ返し泣きそうになったのは兎も角、ダンジョンに着くまでにあれこれと親切にされたことですっかり気を許してしまったらしいが、2階層――さっきの場所だろう――で突然ノービスの1人が刺された。
それを見たもう1人が悲鳴を上げ、それに反応した魔物がわんさと寄ってきた所で、気がつけば小悪党の姿は無かったという。
1人がバラバラで、何ならパーツが幾つか欠損してたのは、血の匂いに釣られた蟲に集られた結果だったらしい。
「……そいつが奥に行ったのか、一旦脇道に退避して俺達と入れ違いになったのか。その辺りは不明だが、このダンジョンで目的を果たすために囮に使った、という線が濃厚だろうな」
タイラーくんの辿り着いた結論に、俺も同意だ。
復讐とかの犠牲になるには、この子はちょいとばかり人が良すぎる。
騙されたと言う方がしっくり来る程度には。
勿論、この冒険者が嘘を付いている可能性はあるが、タイラーくんが目を見て対峙したのだ。
本気かフリかは別として、そういう意図はあっただろうし、それ抜きにしても無表情なタイラーくんは普通に怖いだろうと思う。
うん、嘘なんか
そんな感じでタイラーくんが判断した訳だから、俺は冒険少女じゃなくてそのタイラーくんを信じるのだ。
「こりゃあ、ブランドンさんかハンスさんに相談する案件じゃねえのか?」
信じるからこそ、俺は言う。
本人が復讐したいなら止めないし好きにすりゃ良いけど、それとは別に報告する必要はあるだろう。
そう思う俺に、タイラーくんが頷いてみせる。
「報告する他ないだろうな。寧ろ、その男はまだこのダンジョンか、出ているとしてもこの近辺だろう。追い抜いて先に帰れるなら、色々と手も打てるだろうな」
そう言ってから、ふと表情を曇らせる。
「……そいつがアルバレインに戻るなら、だが」
まあ、そうなんだよね。
必ずしもアルバレイン所属とは限らない。
だけども。
「どうせアレだろ? ギルドカードはどの街の冒険者ギルドでも共通なんだろ?」
俺達はとっくに冒険少女を包囲から開放し、腕組みで面を突き合わせたまま突っ立って意見を言い合っている。
「そんで、ギルド間の連絡は、ある程度素早く出来るんだろ? 良く判らんけど」
「ああ。お前の考えてることはなんとなく判るが、それでもなるべく早く戻りたい所だ。つまらん工作をさせる時間を奪いたい」
俺の意を汲んで、頷きつつも急ぎたい理由を述べてくれるタイラーくん。
冒険者ギルドに報告して、この冒険少女が嘘を
どうやって判定するかは知らないけども。
そんな俺の言いたいことを理解してくれたのは助かる。
だけど、タイラーくんは知らないから色々と考えを巡らせている。
「急いで帰ると言っても……
腕組みしつつ、非常に珍しいことに俺を気遣ってくれているご様子。
普段から気遣って欲しいもんである。
「だが、時間は惜しいからな。少し無茶をして貰うことになるが……頼めるか?」
コイツが俺に頼み事?
背筋が寒くなったぞこの野郎。
だが、気持ちが判らなくもない。
なるべく急いで帰って、小悪党を潰してやりたいってトコだろう。
俺だってそんなもん、同じだ。
だけど、これからダンジョンを出て、テレポート連打は拒否させてもらう。
「そいつはノーだ」
俺の返事に、何言ってるんだコイツは、という顔を即座に返すのはやめろ。
せめて、空白を一瞬でも良いから挟め。
そう思いつつ、しかし俺はタイラーくんが何か言う前に口を開く。
「そんな手順踏まんでも、帰りは一瞬なんだよ」
今度こそ、タイラーくんが驚いた顔をした。
やったぜ。
「は? 意味が判る様に説明しろ。そんな夢を見た、とか言う話では無いだろうな?」
なんと言って良いのか
ちょっと離れて聞いていたジェシカさんも、流石にぽかんとしている。
「夢って、あのな……。いやまあ、パルマーさんトコで、珍しいからってな?」
言うに事欠いて夢とかこの野郎。
そんな事、真顔で言う訳ねぇだろうが。
「ポータルのスクロール買って、覚えた」
高かったけどポータル移動便利だし、なんかそういうの憧れるし、迷わず購入。
勿論、試運転はしてある。
毎日の棒振り剣術、あれの帰りに使っているのだ。
屋敷の庭先をポータライズしてあるので、帰りだけは一瞬で大変便利。
そのうち、領都辺りにもポータルを設置しようか検討中である。
「お前は……なんでそういう大事なことを黙っていたんだ」
さり気ないドヤ感を醸し出す俺に、表情を消したタイラーくんが詰め寄る。
「聞かれなかったから」
こういう場面の定番の返しは、だが、タイラーくんはお気に召さなかったらしい。
「そういう事は事前に申告しろ、このたわけ!」
結構マジなトーンで怒られた。
え、だってお前らだって割と好き勝手やってる系じゃん。
なんで俺がスキルの取得を申告しなかっただけで、こんなに怒られてるの?
納得行かぬ。
事前の報告も、とっても大事