本文すら湧いて来ないって言うのに……。
「随分とまあ……」
報告を聞きながら、ソレと判るほど不機嫌な声でリリスが机に頬杖しながら俺に目を向ける。
そんな姉に報告する俺はと言えば、絶賛正座真っ最中な訳で。
……俺、正座させられる率が高くないか?
そんなに悪い事したか? 俺?
「楽しそうな事してるじゃない? 私が四苦八苦してたって言うのに?」
お前それは自業自得だろう誰も頼んで無いぞ、とか。
誰が好き好んでトラブルに首突っ込むか、とか。
思った所で、怖すぎて口に出せない。
思った以上に時間魔法の習得に手こずっているのだろうか?
タダでさえイライラしてたらしい所に、リリス視点では――こっちはソレどころじゃなかったが――楽しそうな事をしてた俺達に随分とご立腹のご様子だ。
……いやちょっと待って、その割に正座してるの、俺だけなんだけど……なんで?
そんな俺の疑問は当然のように無視される訳だけど、魔法の取得に思いの外時間が掛かっているらしいのは俺にも予想外だった。
リリスでその有様だと、俺なんかじゃあとても理解できる物ではないだろう。
元々他人事感全開だったけど、より一層その思いが強くなる。
最早、俺には無縁の領域だ。
「いやまあ、その、もっと簡単で、起伏のない魔石採取の予定だったんだよ?」
俺達が集めた魔石はレイニーちゃんに渡してある。
俺は頼まれた量ギリギリだと思っていたが、元々「コレくらい有ればだいぶ余裕がある」ってラインの発注だったらしく、大変喜んで頂けたご様子。
んで、レイニーちゃんは報酬を、と言っていたが、俺は立場上クランマスターなんて張ってる訳だし、クランメンバー、しかも稼ぎ頭から無闇に金を毟るのは何か違う気がしてそれを辞退。
この、自分の体面を守るだけの考えから俺名物の迷走が始まった。
まず、俺が報酬を受け取らないとしても、一緒に行ったタイラーくんとジェシカさんには報酬は払わなきゃマズいし、俺が受け取らないって言ってるのに、レイニーちゃんに出させるのはどうかと考えてしまった。
一方で、クランメンバーでもそういうのはきちんとさせなきゃいけないとも思うし、でもでも、なんてぐるぐるグダグダと色々考えた挙げ句。
今回は俺が2人に報酬を出す、なんて大見得を切ってしまった。
するとまあ、その発言がリリスだけでなく、報酬を受け取る側のタイラーくんやジェシカさんの逆鱗に触れたらしい。
そんな事を口々に捲し立てられ、気がついたら
うん、ちゃんと思い返せば、怒られる理由と俺だけが正座させられてる理由がすごく良く
「まあ、ダンジョンでのトラブルの件はイリスを責めないでやってくれ。流石にあんな事は予想出来ん」
溜息の上に肩まで竦めて、タイラーくんが珍しく俺のフォローに回ってくれている。
珍しいっていうか、これはアレだろ、後で絶対酒をせびってくるヤツだろ?
「別に責めてる訳じゃないわ。私があれこれ四苦八苦して苛々してた間に、なんだか楽しいことに遭遇してたって言うのが羨ましかっただけよ」
そんな事を言いながら、頬を膨らませてみせるリリス。
素直な感想ありがとう。
だけどな、お前はどうか知らんが、俺にとってはひとつも楽しくなんか無かったぞ、「事件」に関しては。
いい加減足が痺れてきたし、俺が悪い部分に関しては心底から反省しているので、もうそろそろ正座から解放して欲しい。
そんな俺ですがみんなはどう?
レベッカ……ちゃんの加入に関しては、リリスには特に問題は無いらしい。
寧ろ俺を狂犬呼びしたのがツボったらしく、若干お気に入りになっている感すら有る。
……お前は俺をどういう存在にしたいんだ。
「まあ、事情は判ったわ。それに、クランのマスターはイリスなんだもの。イリスが決めたことなら、私に異論はないわ」
そう言いながら、リリスは椅子から立ち上がる。
随分と物分りが良いと言うか、なんと言うか。
「ウチのクランに入るかどうかはレベッカの意志ひとつだけど、入りたいんなら俺は拒否しない、ってだけだぞ?」
なんかそんなリリスを見てると俺の行動が正しいのか不安になってしまい、思わず情けない声を上げてしまう。
「だから、そのアンタの決定を尊重する、って言ってるのよ、馬鹿ちゃん」
そんな俺に呆れた声を投げつけてくるリリス。
視界の端っこで、ジェシカさんがしきりに頷いているのが見える。
えっとジェシカさん、それは俺の決定を尊重する、って部分に対して頷いてるんだよね?
馬鹿ちゃん、の方じゃないよね?
「そんな事より、キッチンへ行くわよ。パウンドケーキ作りましょ」
大きく伸びをしながら、そんな事を言い出すリリスに、俺はきっと間抜けな顔を晒してしまっているんだと思う。
そんな俺の視線を受けたリリスは不機嫌そうな顔を一転、悪戯っぽく笑うと、黒ずんだ小枝のようなモノが浸された、濃い琥珀色に染まった液体が満たされている小瓶を俺に見せつけてきた。
一瞬ウィスキーかと思った俺だが、中で液体に浸かっているのが鞘付きのバニラビーンズだと気づいた俺は更に間抜けな声を上げる。
「へ? おま、それ、バニラエッセンス? でもまだ時間が……」
バニラビーンズをウォッカに漬け込んで、そんなバニラエッセンスが使えるレベルになるまで、環境にもよるけど凡そ2ヶ月。
作ったのが約2週間前で、どう考えても計算が合わない。
俺の戸惑いに、リリスは不敵に笑うのみだ。
だけど、ソレこそが答え。
リリスの勝利宣言なのだろう。
「え? なに、時間魔法、モノに出来たの? でもええ? お前、四苦八苦してるって」
ついさっき、随分不機嫌にそんな事言ってたじゃん。
どういう事なの。
「私は四苦八苦
本日数分ぶり、2回めの馬鹿ちゃん呼ばわり。
いや、慣れたから良いんだけどさ。
って、「してた」って事は過去形?
「そうよ。でも、どうにかなったのは昨日のお昼前の事ね。全く、回りくどい書き方と無駄に抽象的な表現と、挙げ句にあちこち飛びまくる説明の所為で、理解に丸2日掛かったわ」
俺の姉ことリリスの事を、俺は随分見くびっていたかも知れない。
ドヤ顔で腰に手を当てて軽くふんぞり返って見せるリリスに、俺はそんな思いを抱く。
手こずっていたその理由は、魔導書の記述の判り難さにあったらしい。
「えっと、表現がアレだったの? 理屈は?」
底知れない思いで、俺は正座していることも忘れてリリスを見上げる。
「表現に関して言うと、私が書き直したら文章量が半分以下になったわよ」
しれっと言いながら、リリスは手書きらしい紙の束を見せつけてくる。
羊皮紙じゃなく、俺も見慣れた真っ白い紙。
実は珍しくは有るものの、入手が困難って程じゃなく、パルマーさんトコのみならず、街の雑貨屋でも扱ってたりする。
この世界の文明レベルがホントに
「……因みに、内容は……?」
勿論、馬鹿な質問だって事は
リリスが編纂し直したのだ、文章を
「当然、私が理解した事も盛り込んで、より詳しく、
そんな俺の疑問に答えるリリスは、自信満々に答える。
どうやら、内容そのままどころか、より深い物にしてしまったようだ。
魔法なんて物の知識がびっくりする程無い俺には想像もつかないが、たった2日で、
ちゃんと寝てたのか心配になる。
しかしバニラエッセンスを使ったパウンドケーキが楽しみで仕方ないご様子のリリスに、今から寝ろとは言い出せず、手を引かれてキッチンへ。
今日来たばかりで戸惑いしか無いレベッカちゃんも引き連れて、俺達はウォルターくんの城へと突撃したのだった。
バニラビーンズ入りも旨かったけど、バニラエッセンス入りもまたちょっと違う風味が出て旨い、そんな事を思う俺と、とにかく上機嫌でいつになくテンションの高いリリス。
子供たちを含むウチのメンツも、新メンバーのレベッカちゃんもどうやらバニラエッセンス入りのパウンドケーキを気に入ってくれた様子で何よりである。
そんなのんびりした雰囲気とは裏腹に、ちょっとキナ臭いレベッカちゃん周りの話の続きをリリス含めたクランのメンバーに伝える俺。
小悪党グループがトチ狂ってレベッカちゃんに報復、とかなると、ウチのメンツも標的になり兼ねないからきちんと話しておかねばならない。
「ってコトで、また面倒臭い話になってるワケなのよねぇ」
俺の説明を横から補足してくれていたリリスが、口調の割にはにこにこと締める。
表情とセリフが合ってませんよ、姉上。
その笑顔はパウンドケーキの余韻か、降って湧いたトラブルに期待してるのか、どっちなんだ。
「まあ、その事も含めて、イリスには後でちょっと相談が有るから、時間を貰えるかしら?」
そんなどうでも良いことを考える俺に目を向けてから、リリスがウインクしてみせる。
なんだよ可愛いな。
「ああ、それは構わねぇよ」
俺の時間なんぞで済むなら、幾らでもくれてやらあ。
相談、って部分に恐怖を覚えなくも無いが、リリスが俺に判断を委ねてくれたんだ。
強制される前に応えた方がまだマシってモンだろう。
「それじゃあ、その小悪党? そいつらの相手は私とイリスがメインでするから、タイラーくんとジェシカさんにはレベッカちゃんの護衛を、ウォルターくんとヘレネちゃんには、レイニーちゃんや子供たちの護衛をお願いしたいんだけど、頼めるかしら?」
リリスがそう言って見回すと、目の合った連中が次々頷いて行く。
「任せろ。どうせ数日の事だろう」
メガネを直しながら、事も無げに言い切るタイラーくん。
「ちゃんとお仕事したら、お礼にお酒貰えるかしら?」
軽口を言いながら、見たことのないキリッとした笑顔を見せるジェシカさん。
「ウチの家族に手ぇ出そうなんて野郎には、手加減なんざ必要ねえな?」
料理専門と公言して憚らないのに、ウチの
「怖いのは苦手ですが、みんなを守る為なら、躊躇いません」
静かに宣言する、普段のおっとりとした様子に隠れた暗殺者の片鱗を覗かせるヘレネちゃん。
ヘレネちゃんが
その気持は嬉しいけど、本音で言えば無茶はさせたくない。
それはヘレネちゃんに限らず。
「ありがとうな。でも、つまらない怪我をしないように、みんな、無茶な事だけはしないでくれ。危険から逃げる事は恥でもなんでも無いんだ、必要な手段は迷わず使ってくれよ?」
思わず真面目くさって、俺はみんなを見回す。
我ながら心配性だと思うけど、ついさっき、子供の死体を回収してきたばかりだ。
フレッドくん、マシューくん、カレンちゃん、ティアちゃん、グイくん、ギイちゃん。
それに、他のメンバーも。
誰1人、傷ついて欲しくない。
そんな俺の、過保護気味な願いを込めた視線に、みんな力強く頷いてくれる。
多分この後のリリスの「相談」ってのは、例の小悪党を追い詰める算段についてだろう。
簡単では有るが各々の役割が決まり、子供たちには暫くは屋敷の中でヘレネちゃんやウォルターくん、レイニーちゃんの手伝いをお願いした。
全部終わったら、みんなで近くの草原までピクニックに行こう、そんな事を約束して。
その後、時間魔法でウイスキーやブランデーの熟成が飛躍的に進む事、まだ加減が判らないから、これから色々試す事を聞いたタイラーくんが見たこと無いほどやる気を見せていたり。
ブランデーケーキという存在にレイニーちゃんがびっくりするくらい食いついてきたり。
俺達がダンジョンに行っていた3日と少しの時間の中で、何回かグスタフさんが顔を出してた事を聞いて、そんなにウォッカが欲しいのかあのオッサンは、なんてみんなで笑ったり。
魔石版に低温を発生させる方法について、なんだか小難しい事を言い合っているリリスとレイニーちゃんの会話について行けなかったり。
そんな色々を経て夕食をみんなで採り、食事に感動しているレベッカちゃんがふと思い出したように涙を浮かべているのを見て見ぬ振りして、俺達は団欒の時間と風呂タイムを過ごすのだった。
そんな思い思いの夕食後の時間の中、俺はリリスの部屋に居た。
俺の部屋もいい加減殺風景だが、リリスの部屋も負けず劣らずだ。
魔導書とか色々買い込んでいるらしいが、その辺の物は全部アイテムボックスの中らしく、部屋に乱雑に置くどころか、書架を設置する気もないらしい。
曰く、アイテムボックスなら任意で取り出せるので、下手に本棚を置くより便利なんだとか。
本なんて管理しきれなくなる予感がするので、俺はアイテムボックスを本棚代わりに出来る気がしないけど。
「んで、相談ってのはなんでい? 俺が役に立てるのかね」
嫌味でもなく、単純に自分の能力に対する不安から、俺の第一声は懐疑的なものになる。
それに対して頷いてみせるリリスは真面目な顔だが、不安の色はひとつも無い。
「うん。だけどその前に、あなたに幾つか魔法を転写するわ。……今までの『映像』なんかの比じゃない苦痛になると思うけど、受け入れて欲しいの」
そんな真面目な表情をくるりと一転させ、驚くくらいに晴れやかな笑顔で、リリスはあっさりと、だけどなんかとんでもねえ事を言いやがった。
もう、相談って言われた時点でヤな予感がしてたし、サシで話すって時点で特大モンだと思っては居たけども。
視線も外さないその表情には、当然のように、俺を逃がす
正直に言えば、今まで送られた脳内映像、アレよりキツいとなれば嫌に決まっている。
だけど、そう思うであろう俺の逃げ道を、正面から立ち塞がるという力技で、リリスは塞ぎに来たのだ。
それでも尚俺が拒否したら、リリスは考えているであろう「計画」をこっそり実行するのだろう。
俺が寝てる隙とかに。
……苦痛なんてまっぴら御免だけど、身内に不意打ちされて悶絶するなんてもっと嫌だ。
そりゃもう嫌だけど、嫌だっ
「……今更じゃんよ、任せとけ。お前さんの無茶の5つや6つ、受け止めてやるよテヤンデイ」
だから俺は、出来るだけ不敵に言ってのける。
冷や汗ダラダラで。
「ありがと♪ そう言ってくれるって、信じてた♪」
見た目で判るくらい楽しそうに、リリスが言う。
もしかしたらだけど、誰かに魔法を転写なんて実験、本当にしてみたくてウズウズしてたんじゃないだろうか。
今までだって、聞いただけでも色々血みどろな実験の数々をして来ている訳だし、元々好奇心が強かったんだろう。
「……お前さんの魔法の転写
思わず一部口を滑らせた俺の目を見詰めるリリスに、努めて笑顔を向ける。
震えが誤魔化せてないし、そもそも笑顔になっていたか自信は無いけど。
いくらリリスがすることでも、何でも確実な訳じゃない。
実験なんてものは、誰がすることでも危険が伴うってモンだろう。
リリスは俯くように俺から視線を外して、数秒で俺に視線を合わせ直す。
「舐めないでよね? 私を誰だと思ってるの」
不敵な笑顔で、強気に微笑んで見せる。
だけど、笑いを堪えきれていないのか、少し瞳が震えている。
俺は、それが怖くて仕方ないから思わず視線を逸らす。
「だだだだよな。も勿論信じてるぜ、
暫く俺の目を見詰めたリリスは、ニッコリ笑うと大きく頷いて、それから俺に転写する魔法を説明してくれた。
その内容に俺は少し驚き、思った以上に大掛かりっぽい事実に後悔の念を大きくしつつ、それがどんな意味を持つのか、それを使ったリリスの計画――今回の小悪党騒動の先に有るもの――に聞き入るのだった。
そして俺達は場所を俺の部屋に移し、ベッドに横たわった俺はリリスの術式を施され。
声を上げる間もなく激痛に襲われ、暗闇の中に転がり落ちて行くのだった。
「随分と大掛かりな話だが、お前1人で出来るのか?」
冒険者ギルドの入り口脇に立ち、ギルド前の広場と立ち並ぶ屋台、行き交う人々を眺めながら黒髪に長身の男が、問う。
問いを受けた背の低い黒髪の少女もまた男と同じ様に視線を適当に遊ばせながら、答えを口の端に乗せる。
「出来るも出来ないも、やるしか無いでしょうが。ホントならイリスの力も借りたいけど、まだ寝てるからね。目を覚ましたら、すぐにでも手伝って貰う予定よ。領都から魔法師とか魔導師借りても、到着まで日が空いちゃうし、それを待つより早いしイリスの能力だったら確実だから」
アルバレインの冒険者ギルドマスターであるブランドンが、街の新興クラン「ノスタルジア」マスターの姉であるリリスから持ちかけられた話に感想を述べるなら、それは良く出来た詐術だった。
一見良く出来ているので可能な気がするが、よく考えずとも計画に裏付けが無い。
だと言うのにその少女が行おうとしている事に別段反対しないのは、偏にギルド側の懐が痛まない、それだけの理由だ。
「しかし、本当に出来るのか? その」
反対はしないが、懐疑は有る。
腕組みしながら視線を伸ばす先は、広場の喧騒、その更に奥。
到底目など届く筈もない、此処から大きく離れた、要壁沿いに寄り添うように存在する
「街全体を覆う、監視網とやらは」
リリスが目指すのは、ブランドンが呟いたそのまま、アルバレインを覆う監視網の構築だった。
領都モンテリアですら整備されていない、王都で一部実験的に魔石を利用した警備システムが開発されている、その程度の、まだ大きな注目を集めている訳でもない代物。
それを、一介の、在野の魔導師が成そうと言うのだ。
到底、出来る事とは思えない。
「まあ、勝算は有るわよ。私が見てるのは、にんげん……他の連中とは違う所だもの」
寧ろなんでこんな事に気が付かないのか、続けてそう呟く仮面の少女に、ブランドンは視線を戻す。
「まあ、成功したらめでたいし、失敗した所でアレだ、領都ですら出来てないモンだからな。気落ちする必要は無いから、せいぜい気楽にやってくれ」
成功すれば精々が衛兵連中に恩を売れる程度の恩恵だし、失敗しても冒険者ギルドどころか、街の懐が痛む事もない。
資金も作業の人手も、ノスタルジアが用意する。
だから実験をさせろと言われて、気楽に頷いたのだ。
「成功してくれれば、衛兵連中も楽になるだろうしな」
スラムの方へと向けていた視線には理由が有る。
元々スラムで鬱屈しているのは訳有りの者ばかりだが、少し前から冒険者崩れの逃げ込む先になった。
ならず者の巣窟の色合いがより濃くなり、その目が北のゴブリン村に向いているのは間違いない。
酒という判りやすい利益を生み出す物がそこに有るのだ、真っ当に働く気も無い連中が考える事など想像に容易いのだ。
そういう連中も居るからこそ、冒険者ギルドも衛兵隊も真っ先に人を派遣し、ゴブリン村、特に酒造施設の防御を固めさせたのだ。
更にはそういうならず者を飼っている貴族連中の好きにさせない為に、ブランドンが誰にも先んじて動いた。
強行軍で領都へと駆け領主様の裁可を得て戻り、領主様以上の権力でもなければ手出し出来ない様に固めた。
それでも尚、小さな嫌がらせを重ね、ゴブリン達を疲弊させて正常な判断を奪おうと画策している連中も居る。
「まあ、他は兎も角、西の
なにやら考え込むリリスに、ブランドンは軽々と事情を放り投げる。
受け取った方はしばし動きを止めてから、徐に隣の男に肘鉄を叩きつける。
「っ
「なんだじゃないわよこのッ。そんな許可が有るんだったら、七面倒くさい監視網なんて作らなくて良いじゃないのよ」
険悪な視線――片方は仮面に隠されている――がぶつかり合う。
「証拠がねえから
ブランドンのぼやきにも似た苛立ちに、リリスは舌打ちで返す。
「全く……。まあ、今日の
リリスの胡乱げな呟きに、ギルドマスターがやや鋭い視線を投げかける。
「あんま無茶しないでくれや。貴族にまで出てこられたら面倒臭いじゃ済まないからな。程々で頼むぜ?」
受ける方は動じる事も無く、まるでただの軽口のやり取りのように返事を投げる。
「出てくるなら、諸共潰せば良いだけよ。誰が私の前に立ち塞がるっていうの?」
ブランドンは、話でしか知らない。
結果でしか知らない。
北門周辺に現れた魔獣どもに絶え間無く大火球を投げつけ続け、結果今でも一部荒れ放題に放置されるほどの被害を出しつつ、魔獣を撃退した事を。
その魔獣を操っていたらしい、
同じく
それを、このリリスと、双子の妹であるイリスとで成し遂げたのだと、俄に信じるのは難しい。
だが、事実として街の北門を出た先の一部の地形は変わり、死体は出た。
「安心して。
一歩前に踏み出し、大きく伸びをするその後ろ姿を眺めて、ブランドンは背中に冷たい汗が浮くのを知覚する。
その軽い口調で放たれた言葉がただの冗談でもなければ、大袈裟な虚言の類でもないと、薄っすらと見え隠れする殺意が示していたからだ。
「勘弁しろ。貴族連中だけでも面倒が多いってのに、その上バケモンの面倒まで見れるか。頼むから大人しくしてくれ」
軽口に包んだそれは、ギルドマスターではない、個人としての、本心からの嘆願だった。
あれほどしつこく現れては衛兵に追い払われていたならず者と冒険者崩れは、翌日から、ゴブリン村には姿を見せなくなった。
当地の衛兵は仕事が減ったことを素直に喜んだが、事情を知った冒険者ギルドのマスターは胃の痛みを抱える事になる。
衛兵隊に連絡をとった上で確認を行わせた結果、街の西に有ったはずの
次のお話は1ヶ月は湧いてこない自信が有るぞぅ!