拝啓、ハクスラ世界より 改訂版   作:naow

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迷走。
迷走中の迷走。


リリスの野望・序章

 レイ・ラインと言い、地脈と言い、霊脈と言う。

 細かく言えば違うとされるそれらは、凡そ人の意志で操る事など出来はしない、その1点で共通している。

 と、思う。

 

 惑星(ほし)の上を駆け巡るそれは目に見える事は無いが、確かに存在して。

 

 いや、()()は緑を成す豊かな大地のみならず、青々と湛えられた海をも渡り、峻厳な山を駆け上り、荒涼たる砂漠を物ともせず進み。

 何者も遮ることのない蒼穹を廻り、果ては層を成す大地岩盤をはるか潜り抜け、その中心となる核にまで達する。

 

 それは、惑星(ほし)の記憶。

 惑星(ほし)そのものと、そこに生まれた生命という奇跡達の全てを、雑然と呑み込むように保存している。

 

 いつか惑星(ほし)が寿命を迎え、宇宙(そら)へ還るその日まで。

 

 

 

「何を似合わないこと言い募ってるのよ。そもそも宇宙(そら)って。……私、アナタを抜き出した時、思考系に手を加えちゃったのかしら」

 ぼけーっと宙に漂いながら、なんとなく考え事をしていた俺は、その考え事を割と表層に近い部分でしていたらしい。

 俺の考えを()()()()()リリスは、心配げな顔を俺に向けた後、その表情に不安の色を付け足した。

『俺がおかしくなった、みたいな心配はやめてくれ。俺自身、不安で仕方ねぇんだ』

 俺は口を開いた心算(つもり)で、考えを放つ。

 なにせ今の俺は声を出せない、ので、感覚としてはこういう表現になってしまう。

「それは勿論、不安だと思うけど。それにしてもね」

 リリスは()()()歩を進めながら、ごく小さな――誰にも聞こえないような――声で言う。

 向かっているのは、北門の監視塔。

 先にブランドンさんに取り次いで貰い、衛兵隊の大隊長さんに許可を貰って来た。

 名目は、ゴブリン村への不埒者の接近を阻むための監視強化、その案を練る為の実地見学。

 

 実態は。

 

『えへへ、私、こういう所には初めてきましたー』

 ()()()()()リリスの、俺から見て向こう側に。

 姿を消している貴族然としたお嬢様がにこりふわりと楽しそうに浮いている。

 まあねぇ、貴族のお嬢様には、縁の薄い所だろうねぇ。

 同じ様にふわふわとリリスの傍らに漂いながら、俺はそんな事を考える。

 

 本日のお出かけは、見た目はリリス1人。

 実は姿を消している不死(アンデッド)系お嬢様ことメアリちゃんと、何故か霊体化、というかなんか光の球にされた俺が左右についている、そんな状況だ。

 

 因みに、お嬢様の方はただ姿を消しているだけで戦闘能力には何の差し障りもないが、俺はと言うとこんな姿にされるに辺り、戦闘能力は完全にオミットされている。

 現時点で言えば、俺はリリスの隣であーでもないこーでもないとどうでも良い考えを垂れ流すだけの、やかましい光の球なのだ。

 それも、きっと霊感の高い人じゃなきゃ見えない類の。

 

 まあ、気をつけていれば思考がダダ漏れになる事は無いらしいけど、それは気をつけていないとダダ漏れになると言うことな訳で。

 たまに、歩くリリスに小声で注意、というか「うるさい」なんて文句を言われているのだ。

 

 俺がこんな姿になっているのは、つまりはリリスの実験の失敗の結果だ。

 魔法の転写実験は、リリスのうっかりと思い込みで失敗し、俺の元の肉体は、えーっと、肉体的には生きている、という状態になってしまった。

 ……どうやっても言い繕え無いのではっきり言えば、植物状態だ。

 身内の実験の失敗で植物人間になる主人公、とか、今まで居たかも知れないけどさ。

 

 俺はそもそも、主人公なんて張れる程、色々出来る訳じゃないんだが。

 なんで俺がこんな目に。

 

 ……脇役(モブ)だからか? 

 それはそれで、色々酷くね?

 

 そもそもだ。

 思い返してみれば、リリスの脱走劇? に巻き込まれて、世界を超えるエネルギーにする為だけに生命を(つか)われて。

 巻き込まれて異世界(こっち)に(意識が)来たと思えば何やら大きな声じゃ言えない実験とか研究の果に作り出された身体に収められ、紆余曲折を経て身体が分裂し、その片割れに意識を移されたと思ったら、実験で脳を破壊されるとか。

 

 改めて考えてみると、ホントにロクな目にあってないな。

 嘘でももうちょっとこう、信憑性の有る話を並べるんじゃないかな?

 色んな意味でロクでも無さ過ぎて、寧ろこれは現実なんじゃないかと思えてきてしまう。

 夢で有ることを切実に願うばかりだ。

 

 夢だったら夢で、目覚めた後に行く病院を真剣に吟味する作業が待っている訳だけど。

 

 俺の身体はと言えば、屋敷の俺の部屋で昏睡している風を装いながら、こっそりと修復……ではなく、リリスによる改修を受けているのだ。

 リリスは俺という魂の器を作るに当たり、普通の人間である俺の手に収まる範囲、普通の人間の脳の容量とほとんど変わらないそれを用意していたらしい。

 

 で、そんな話を聞かされた俺は、てっきり魔法の転写に失敗したのは、脳の容量が少なかったからか、と思ったけどそうではなかったらしい。

 

 なまじ人間に準拠した構造を模倣してしまったらしく、記憶を出し入れする通路――それが何処を指すものかは、俺には判らない――が狭いことを失念していたのだそうだ。

 良く理解(わか)らないけど、記憶を出し入れする通路は1箇所では無いらしく、だからこそ、多少大きな情報を無理に流しても、人体の危機回避本能的な何かがその大きな情報をあちこちの通路に分散させ、ゆっくり取り込むと思ったんだそうだ。

 俺にはリリスが何を言っているのか理解(わか)らないし、なんでそんな風に思えたのかも理解できない。

 

 しかし、事態はリリスの予想を裏切った方向に進み、リリスの表現を借りるなら。

「通路が数カ所壊れて、記憶の出し入れを制限する機能が働かなくなったの。人格の方まで壊れそうだったから、そっちは身体から抜き出して、取り敢えずエーテルを依り代にしてみたけどね」

 だそうだ。

 断っておくが、俺はここまでも、リリスの言っていることがひとつとして理解出来ていない。

 大体何? 通路が壊れたって。実験云々の前の話じゃん? それ。

 記憶の出し入れを制限する機能、なんてモンも謎だが、それが人格に影響?

 色々怖すぎて手に負えないんだけど。

 そっちを抜き出したって、魂か何か? それを、エーテルに……エーテルってなに?

 

 混乱する俺に、魂はまだ肉体に有って、今の俺は単なる人格でしか無いんだと言われたんだけど、そんな事聞かされても理解なんか出来ないし、当然落ち着ける訳がない。

 無いんだけど、泣き喚こうにも涙も出なけりゃ声も出ないし、その癖あれこれグダグダ考え込んで見れば煩いと怒られるし。

 元々リリスの劣化コピーだった身体を、今度はリリスの準コピー位のレベルで作り変えるらしいので、出来るまで大人しくしていろと言われたのだが。

 身体の方のスペックが上がっても、使うのは俺だぞ?

 

 使いこなせる気がまるでしないな、うん。

 

 

 

 監視塔の上に辿り着き、見た目1人のリリスは衛兵さんの案内なんかを受けながら、塔の上からあちこちに視線を走らせている。

 そして俺はと言えば、リリスの指示でドローン代わりにふよふよと上空から街を俯瞰している。

 俺の目を通して見たいものが有るから、可能な限り高い所へ、なんて言われたんだけど。

 ……リリスは「飛行」とか「浮遊」とか、そういった魔法は覚えていないんだろうか?

 まあ、俺で役に立てるなら、何でも良いけども。

 

『一旦上昇を止めても良いから、西側の方に視線を向けてくれる?』

 テレパシーって奴は、距離をある程度無視して会話できるのが良いね。

 リリスの声に操作されて、俺は視界を街の西側に向ける。

 視界はリリスと共有しているというか、半分乗っ取られている感じなので、逆に言えばリリスが見たいものが判る。

 視界の中に、いつぞやの戦闘を行った森周辺が入り込んでくる。

 

 あの狂獣(ケモノ)ヤロー、覚えてやがれよ。

 

 舌打ちしたい気分で考えると、脳裏に黒髪の男の顔が思い浮かぶ。

 見たい顔ではないが、忘れる事も出来ない。

『落ち着きなさい。アンタがそんなトコで愚痴愚痴言っても、あの男に届く訳でもないし、私が煩くて迷惑に思うだけなんだから』

 リリスに窘められ、というか苦情を言われてしまい、取り敢えず静かにすることに。

『うん、あの辺みたいね。()()から、アンタ驚いて騒がないでよ?』

 リリスの声が頭の中に響く。

 何が? って思ってる間に、視界が切り替わるような、なんと言って良いか理解(わか)らない感覚に戸惑いを深める。

 そんな事に気を取られる俺の視界の中で、森の中を走り、南北に伸びる青白い光の帯が浮かび上がってくる。

『おお……おおお。こりゃまた……なんか、飲み込まれそうで(こえ)ぇな。コレが、お前さんが言ってた地脈とか言う奴か?』

 話に聞いて想像していたよりもスペクタクルな光景に、ちょっとテンションが上がる。

 リリスの視界調整? で見えるようになった光の帯も、良く見ると細かく枝分かれして、街に伸びてきている。

『伸びてきてる、じゃないわよ? 視界を街の方に戻して』

 俺の思考に反応したリリスの声に促されて街、主に冒険者ギルドがある方向へ目を向ける。

 その視界のあちこちで、乱雑では有るが、あちこちに細く走る青白い線が見えた。

 一部は空に立ち上り溶けるように見えなくなっているものも有る。

『こんな風に、ある程度栄えてる街は霊脈の近くに有ることが多いのよ。霊脈の真上とかになると、かなり規模が大きくなるんじゃないかしら? それこそ、話に聞く王都とか、聖都ってところは霊脈の真上なんじゃない?』

 そんな解説リリスの声を聞きながら、街のあちこちに視線を走らせる。

 ホントに街中に地脈……霊脈? 違いって有るのか? が走ってる。

 走ってるんだけど……。

『リリスさんや。あの、この霊脈な? 思った以上に奔放というか、特に建物を選んでる訳じゃないのな?』

 なんと言うか、乱雑と言うか、奔放と言うか。

 自然に存在するもの故仕方ないんだろうけど、街のあちこちに走り回っているだけ、って印象だ。

『そうね。街の設計プランに、霊脈を活かす方法は考慮されてないのよ。まあ、見えないものは仕方ないわよね』

 いつぞやの、お屋敷探しで見た廃屋が、キレイに霊脈から取り残されているのが見えて哀愁を誘う。

 一方で、冒険者ギルドとアルバレインの湯1号店は太めの霊脈の上に乗っているのが見える。

 商業ギルドの方は、微妙に外れて居るような……。

 多分、遠目だからそう見えるだけだろう、きっと。

 ちょっと物悲しい気分を振り払って、俺はリリスに意識を向ける。

『んで、ホントに出来るのか? この霊脈を整える、なんてコト。それが出来なきゃ、お前さんのプランが全然進まねぇぞ?』

 そんな疑問と同時に、脳裏に「風水」なんて文言も浮かぶが、それもリリスに伝わったらしい。

 鼻で笑う気配と同時に、リリスの意識が言葉になって飛んでくる。

『ご心配ありがと。でもね、人間()()と一緒にしないで頂戴? 大体、基本的には全てをお構いなしに貫いて流れる霊脈を、建物を立てて塞ぐだの流れを止めるだの、ちゃんちゃらおかしいわよ』

 珍しく、リリスの言葉には楽しげな悪意が揺れている。

 心底蔑んでいるかのような、こう見えて普段のリリスからは想像もつかない言い様だ。

 普段からは想像もつかないのに、妙にハマると言うか、不思議だけども違和感は無い、そんな声色。

 声じゃ無いんだけど。

『そもそも風水は墓作りの基礎知識よ。アンタが言った、惑星(ほし)の記憶の中に、人の魂を還す。その為の作法にして、遺された家族が故人の冥福を信じられる環境づくり』

 とても整然とは言えない霊脈の枝の流れを目で追いながら、リリスの言葉を俺は意識に焼き付ける。

『そんな、霊脈を感じられるけど管理は出来ない人間が、根源への畏怖と家族への想いを撚り合わせたモノ、それが風水よ』

 その結びには、郷愁が揺れた気がした。

 が、そこに続く言葉には、それはもう欠片も見受けられない。

『そんな素朴な心の作法を、家運? 金運?』

 嘲笑の気配が向けられているのが、というかこの声が聞こえているのが俺だけだから、物凄く居た堪れない気持ちになる。

 なんかごめんなさい。

『ろくすっぽ霊脈に触れないどころか、下手すれば見えもしない連中が、随分と欲に(まみ)れて匂い立つことを言い募るモノね。ビルを建てたら霊脈を堰き止めた? そんな程度で止まるモノを、霊脈とは言わないのよ』

 普段も意外と尊大だけど、ここまで楽しそうに悪意を剥き出しにするリリスは見たことが無い。

 それくらい、まあ、アレだったんだろう。

『ま、まあまあ、うん、俺は霊脈なんぞ見たのも初めてだし、ビジネス風水屋にも見えてないんだろうよ。けどさ、言っときゃ需要があるって方が問題とも思うけどな? 結局』

 俺は言い切ってしまって良いものか少し迷ってから、まあ、もはや違う世界か、或いは夢の中の話だからな、と変な割り切り方をして口を――今、口は無いけど――開いた。

『馬鹿が馬鹿を騙してるってだけの話だろ? そもそも、あんなモンをどうこう出来るのか、実際見ちまうと甚だ疑問だしな』

 チラリと、視線を街の西、大霊脈へと向ける。

 街を縦横に走る霊脈の枝は、まあ頑張ればどうにか出来るかも知れない。

 だけど大霊脈(あっち)は、制御しようとしてどうこう出来るもんじゃない気がする。

『歴史上には、居たのよ? ただの人間だけど、霊脈に干渉出来た、って存在も』

 リリスの意識に同調してなんとなく人間下げの発言を繰り出した俺に、当のリリスが事も無げに答える。

 え、なにそれ人間すげえじゃん。

『と言っても、あんな大きな霊脈じゃなく、この街に走ってるのと同レベルの霊脈を相手に、だけどね』

 言われて視線を戻して、ああ、大霊脈(あれ)に比べればコレくらいなら、と思いかける俺だが、直ぐに考えを改める。

 この近辺を走り回ってる霊脈だって、それなりに力のある流れだと思う。

 見るだけなら兎も角、それに手を加えてどうにか出来るなんてことが、本当に人間に可能なんだろうか?

『まあ、歴史上でも稀の出来事だけど、確かに有ったのよ。霊脈を動かして栄えた都市も、霊脈を断たれて滅びた国家も』

 嘲弄を伴う悪意に取って代わったのは、郷愁と哀悼。

 発生で言えば良いとこ1年、下手すればもっと短い筈のリリスの意識は、インターネットから広がる膨大な情報の海の中で急速に成長を遂げたのだろう。

 だが、それにしては些か言葉に感情が乗りすぎている気がする。

 そこまで同調、或いはそれに近い体験が出来るほど確かな情報が、其処には有ったのだろうか。

『上辺をなぞっただけの情報なんて、取るにも足らない物ばかりよ。どの国だろうと、重要な情報っていうものは、深く深く隠されているわ』

 ぼんやりと考えたコトが、リリスに伝わったらしく、柔らかく答えが返ってくる。

『スタンドアローンのハコの中だったり、或いはアナログな記憶媒体を厳重に保管したりね。だけどね、大多数の人間は気づいて無かったのよ』

 話の舵の切り方がちょいと急で、俺は行き先を見通せない。

 見通せないが、今、リリスが言いたい事はぼんやりと判る。

『……霊脈は惑星(ほし)の記憶、って話か? アクセス出来れば、知りたい事は知れるって事か?』

 それこそまるで、インターネットの世界だな。

 荒唐無稽の度が過ぎて、目の前に光に奔流があちこちに見えて無ければ鼻で笑うレベルの話に、俺は笑いではなく溜息を返す。

 だが、リリスの声は笑っていない。

『そうね。まあ、それこそ惑星(ほし)の持ってる記憶の範囲内なら、だけどね。連綿と受け継がれてきた、限られたシャーマンの家系にのみアクセス出来ていたその膨大な知識にアクセス出来れば、まあ色々と便利よね?』

 途切れること無く流れる霊脈と、街の直ぐ側を流れる大霊脈を眺めて、その中に収まっているであろう記憶とはどれ程の物かと想像を巡らせる。

 が、当然うまく行く筈もない。

『インターネット回線が試行されて、普及していくのに並行して、一部で霊脈へのアクセスは可能かが議論され始めたわ。そもそもインターネットは霊脈へのアクセスを目指した、疑似霊脈モデルなんだ、なんて説も出る程度にはね』

 いつの時代にも、トンデモ説なんてのは流れるもんだ。

 流行るかどうかは別として、まあ、ちょいとトんじまってる奴なんてのは、何処にだって湧くもんなんだろう。

『事実は逆よ。インターネット回線が普及したからこそ、霊脈へのアクセスが模索され始めたの』

 なんて考えてたら、事実はもっとスッ飛んでいるんだと言われた。

 なにそれ、話がでかすぎて笑いも湧いてこない。

 ってえ事は何かい? 結局ネットと霊脈は繋がるのかい、話の上では。

『せっかちな人ねえ、アンタは。まあ、結論から言えば繋がったのよ。話の上じゃなくて、現実でね』

 流石に脳天気な俺が冷やかすも、リリスの言葉に冷やかしを押さえられるどころか思考を漂白される。

 

 繋がった?

 

 現代知識の結晶(インターネット)が、オカルトの極地(れいみゃく)に?

 幾ら何でも俄には信じられない一言に、リリスの溜息が被さる。

『あのね? 私、結構最初から、あれこれヒントあげてた筈なんだけど?』

 ヒント?

 最初から?

 どのくらいの最初の話?

『……アンタどうせ、コレは夢だとか思い込んで人の話聞き流してたでしょ? 普通に考えてみなさいよ』

 鳩が豆粒大の鉄球を喰らったような顔でポカンとしてしまうが、そんな俺にお構い無しでリリスは言葉を続ける。

『そもそも生命を使って世界を超えるって何よ? 普通に考えて、イッちゃってる殺人鬼の戯言じゃないの』

『あ、ゴメン。俺、お前さんの事、イッちゃってる殺人鬼だと思ってた』

 リリスの言葉に、おお、とか思うより先に、俺は思った事の中でもっとも言わなくて良いことをそのまま口にしてしまう。

『……そのまま霊脈に突き落としてやろうかしら、この馬鹿ちゃん』

 そんな俺に素の素敵な反応を返してから、尚呼吸を一度整えて、リリスは続ける。

『ちゃんと結果を識って、其処に至る道筋をきっちり調べて、検証を重ねた上で実践したんだからね? アンタみたいに思いつきで突拍子もない事をしたのとは、訳が違うんだから』

 口振りから察するに結構な勢いでお冠なご様子だけど、言ってることはやっぱり意味が理解(わか)らない。

 結果を知って?

 この場合、結果は……異世界に飛ぶ、って事だよな?

 えーっと、つまり?

 異世界に飛べる事がわかったから、その方法を調べて、検証を……?

 うん、やっぱり理解(わか)らん。

『いや、やっぱどう考えてもアレだろ。結果此処に居るのが現実だとして、この結末を知ったって何処でだよ。ネットで「異世界に行く方法」なんて検索かけた所で、与太話以外出て()やしないだろが』

 そう言えば、エレベーターが云々なんて話も有ったな、異世界っ()ったら。

()()は霊脈にアクセスする事が出来るようになったって言ったでしょうが。世界を渡る方法が有ったのよ、地球(ほし)の記憶の中に』

 どうしても既存の常識から離れられない俺に、焦れたようにリリスが言い募る。

 霊脈が全てを記憶するなら、なるほど誰かが実践していたらその記録は残っているのか。

 誰かが実践した、なんて考えるだけでも爆笑モノの作り話にしか思えないのに、それが信用出来るほど確かな情報だったのだろうか。

 聞いただけだとただの装飾過多の自殺方法でしか無いだろうに。

 それとも、その顛末までも詳細に記憶していたのだろうか?

『その方法ってのは、飛びついても構わないほどの珠玉の一手だったのか? 幾ら霊脈が記憶している情報だからって、真偽までは不明だろうに』

 情報の精査。

 情報自体は幾らでも有るだろうが、それが事実かどうかはまた別の話だ。

 人の考えた事、実践した事が惑星(ほし)の記憶として刻まれていくのなら、間違えた考えや行動もまた『情報』として刻まれていくのだろう。

 それを取捨選択する基準は何だ?

 単なる主観だったら、ネット上の情報と変わりない訳だが。

『記憶されてる情報の詳細が判りやすいのよ。なにせ、実際に行動を起こして、その顛末まで刻まれてるんだもの』

 なんて穿った心算(つもり)でちょいと突っついて見たのだが、返ってきた言葉に憮然と納得してしまう。

 なるほど、ネットの情報と違って、ちゃんとそれを考えた奴が実行したのかどうか、結果どうなったかまで記憶されている訳か。

 そんなん有りかと思いかけたが、逆に行動したかどうかが判るのに結果は記録されないなんてのは……いやいやいや、待て待て。

『ちょい待ちリリスさん。行動しました、結果どうなりました、それが記憶されてるのは良いよ? でもな?』

 俺はリリスが渡ったロープの細さを考えて目眩を覚える。

 それはひょっとして、ロープどころか、糸並みの細さだったのでは?

 俺の考えが正しかったら、やっぱりそれは一か八かの賭けでしか無い。

 それしか無いと飛びつく程、無謀な娘だとは思えないけど。

 もしかしたら、俺が思っている以上に追い詰められていたのだろうか?

『生命を使って世界を渡ります、こう考えるのは構わない。実行するのも、他人なら干渉しないさ。だけど自分が実行するとなると、まだ決定的な情報が足りない気がするんだ』

 俺が意識を紡ぐも、リリスは今度は恐ろしいほどに静かだ。

 距離を空けての会話は相手の顔が見えない。

 携帯やスマホの無い世界でちょいと暮らして、その事すらも忘却の向こうだった。

 だから、こんなにも不安になる。

 なってしまう。

『どうやって、意識? 魂? それが、別の世界に跳んだなんて事が確認出来るんだ? 自分のにしろ他人のにしろ、生命を使ってまで実行するんだ。確実に「向こう」へ行けると確信できる証拠なり記録なりがないと、実行するには足りないだろ』

 俺が言葉を連ねても、リリスからの返答はない。

 其処に確かにいる、そういう気配めいたものが有るだけだ。 

『大体、世界を超えたなんて結果を観測出来るなら、条件さえ満たせば飛ぶ先を選べる事にも繋がるだろ。そうなると、まるで』

 言おうとした言葉が、意識が止まった。

 

 これは躊躇だ。

 

 リリスの気配が笑った気がする。

 もしも、何らかの方法で、飛ぶ先を確認出来るなら。

 選べるなら。

 選ぶ方法が有るなら。

 

 確認して、選択しない、そんな理由が有るか?

 

『アンタにしては、案外考えるじゃない? 其処に気が付くなんて思わなかったわ』

 何でも無いようなリリスの一言に、俺は今までとは違う冷たさを感じて球体のような身を縮める。

 

地球(ほし)の記憶を読んで得られたのは、飛ぶ方法、その有効性及び結果。そして、移動先の確認及び選別する方法よ』

 

 つまり、リリスは。

 この『世界』を選んで飛んで来た、と言う事だ。

 ランダムに飛んで偶然、生命体の居る世界に来た訳ではなく。

 確信を持って、意思疎通の出来る知的生命体――それも地球人と良く似た――が居る世界へと跳んだのだ。

 それは良いとしよう。

 問題、というか不気味なのは。

 

 この世界を選んだ理由だ。

 

 思い浮かぶウチのクランのメンツ。

 一人ひとり鮮明に浮かぶその顔は、どれも偶然この世界で出会った仲間だ。

 彼らに会うことが目的、なんて可愛い言葉で誤魔化されはしない。

 そんな生っちょろい、目的とも呼べないものを目的にしたりはしないだろう。

 誰かに会う、或いは追いかけるとするなら、どういう形であれ知っている存在をこそ、追うだろう。

 得体が知れない、という事の恐怖。

 ()()が跳んだからこそ、霊脈に刻まれた記憶。

 超える世界。

 選べる行き先。

 

『リリス、お前は。お前は、誰に会いに来たんだ?』

 俺の生命を(つか)ってまで。

 

『案外、面倒臭いくらいに色々考えるじゃない。ご褒美に、ちゃんと教えてあげるわ、この世界(ここ)に来た理由は。作業が終わったら、ね』

 リリスの笑みが深くなった気配が伝わってくる。

 俺は傍に居なくて良かったと安堵するが、すぐに逃げることも出来ないと気付いて小さく震える。

『話が思い切り、極端に脱線しちゃったけど。まずはこの霊脈の枝がどう街の中を走っているのか、もっと細かく確認するわ。悪いんだけど、もう少し上昇しながら南側へ行って貰えないかしら』

 リリスの声の気配が普段のそれに戻る。

 ほっとしたものか判断がつかないまま、俺はリリスの指示に従い、アルバレイン()を見下ろしながら南下し、貴族様の屋敷ってのはデカイのばっかりだな、なんて考えに逃げたりした。

 

 

 

 そして俺は、「大体掴んだ」というリリスの言葉に再誘導され、ほぼ街のど真ん中に。

 冒険者ギルドよりも南の、住宅街の真上でメアリお嬢様と共に待機しているのだった。

 

『メアリーちゃん、どしたの? 暇になっちゃった?』

 にこにこふよふよ飛んできたお嬢様になんだかほっとしながら、俺はそんな意識(ことば)を向ける。

『ちがうよー。リリスちゃんが、お仕事だって』

 返ってきたのは、なるほどちゃんと用事があってのことなのね、などとちょっと失礼な感想が浮かぶモノ。

『取り敢えずコレが上手く行ったら、私の魔力も跳ね上がるからってー』

 なんてのほほんと構えていたら、メアリお嬢様の口からも爆弾発言が。

 なにそれ、メアリお嬢様の魔力が跳ね上がるって、それってつまり戦闘能力の向上よね?

『え……? それって、つまり、どれくらい魔力が上がるのかな?』

 リリスの目的が朧気に見えて来てなんだか不安になってきた所に、身近な危険がより危険になるという話を重ねられ、俺は動揺の隠し方を思いつけない。

 

『えー? えーっと、()()リリスちゃんとか、イリスちゃんと同じくらいに成れるかも、って』

 

 楽しそうなメアリお嬢様のお言葉に、目の前が暗くなる気がした。

 警戒が必要、って存在が、思いっきり脅威にまで格上げするって話じゃん、それ。

 

 慎重に思考が漏れないように苦労しながら、俺は暗澹たる思いを抱える。

 

 リリスの目的が見えたと思ったけど、それは多分俺にとって楽しい事なんかじゃ無くて。

 メアリーちゃんがより一層危険な存在になる事が、リリスが目的へ至るのに必要な事だとして。

 

 我が姉(リリス)の目指す先が不穏なものでしか無いという予感に、無い筈の胃がキリキリと悲鳴を上げた気がして、居もしない助けを求めて周囲を見回す。

 そんな俺の隣で、お嬢様はにこにこと、何やらリリスとテレパシー中のご様子なのだった。




変な方向に話が膨らんでるけども。

考えてたのと違う……!
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