拝啓、ハクスラ世界より 改訂版   作:naow

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進めちゃいけない一歩もある。


禁足地

 一度はリリスが焼き払った貧民街(スラム)、というか流れの冒険者を含む違法な住人達による手作りハウス群。

 どこから板切れなんぞ集めて来たものか、チラホラ復活しているのを見ると乾いた笑いが出る。

 

 これで必死に生きてるだけの人達だったら笑いもしないしちょっかい出す気も湧かないんだけど、冒険者登録してるだけの犯罪者集団だと思うと、慈悲も引っ込むというものだ。

 

「……馬鹿どもが、居るのは(わか)ってるんだよ。せめて抵抗くらいさせてやるから、武器持って出てこい雑魚(ザコ)ども」

 声を整えて、朗々と告げる。

 告げてから気付く。

 やっべ、名乗ってないから連中も何の事やら(わか)らんだろ。

「ノスタルジアのイリスだ。ウチの身内に下らん喧嘩吹っかけてくれたからな、礼に来てやったぜ馬鹿ども」

 名乗ってやると、脳内レーダーに映る光点が動く。

 リリスが人間離れした方法で霊脈に落とし込んだ冒険者データベースを利用しているので、その光点が全て冒険者登録してある事が(わか)る。

 あと、ついでに連中の名前とか(クラス)とかも。

 

「ノスタルジア? 新入りのちんちくりんが、何の用だ?」

 板っ()りの一部が開き、冴えないオッサンが顔を出す。

 どうでも良いけど、それドアなん? 何処から出入りしてるかと思ったけど、壁がスライドしたのは驚いたぞ。

「ウチのモンに手ぇ出した、その落とし前着けに来たっ()ってんだろうがハゲ。残りも毟るぞこの野郎」

 例によってハゲてるかどうかは分からない。

 なんかメットっぽい物を(かぶ)ってるから(わか)らんのだけど、まあ、きっとハゲてるんだろう。

「誰がハゲだ、このちんちくりん! 大体なにが落とし前だ、お前らに喧嘩売った覚えなんぞねぇよ!」

 威勢よく吠えてるけど、こっちに喧嘩を売ってくる心算(つもり)は無いらしい。

 さてさて、北門で暴れた件か、領主様のお気に入りって噂の所為か、どれが引っ掛かって喧嘩売って来れないのか知らんけど。

 

 俺には関係ない事だ。

 

「蝙蝠洞窟でウチのモンの仲間を刺し殺して、身に覚えがないも()ぇだろうがよ」

 一呼吸置く。

 言おうか言うまいか、すべきかどうか迷っていたのだが。

「蝙蝠洞窟ぅ? なんの事だか」

「ウチのレベッカを騙してノービス共々洞窟に連れ込んで、囮にして捨てて来たんだろうが」

 流石にレベッカちゃんの名前に覚えは有るらしい。

 オッサンの表情が強ばる。

 

 そう。

 この、今俺に対峙しているオッサンこそが、レベッカちゃんから聞いた――偽名だったが、ブランドンさんやハンスさんが特徴から割り出した――適当な甘言で騙してダンジョンまで連れ込んだ当人なのだ。

 いやあ、このデータベースは便利だねえ、名前やらが一発で(わか)る。

 当然部外秘のモノだし、俺やリリス、メアリーちゃんが握っていることは秘密だけど。

 

「何の事だ! 俺はそんなダンジョンには」

「当のレベッカから聞いた。偽名使ったらしいが、人相やらを聞いたギルドマスターがお前だって気付いたんだよ」

 言いかけるハゲのセリフを、バッサリと断ち斬ってやる。

 ギルドマスター(ブランドンさん)まで絡んで来てると知り、オッサンの顔色が変わる。

「あの小娘、生きてやがったのか? あの数の魔物の中で……」

 なんでそうも簡単に自白なんかしちゃうのかな?

 基本的に人が良い?

 

 そんな訳はない。

 

 オッサンの様子と言うか、どうも形勢が悪いと見るや小屋の中から、いや、周りの掘っ立て小屋からも、ゾロゾロと人影が滑り出してくる。

 どいつもこいつも冒険者崩れ。

 たまたま街中に散ってたのが、場所が()いたってんでこぞって集まって来たんだろう。

 誰がどういう理由でこの場所を()けたのか、そんな事も知らないで。

「ハッ。雑魚(ザコ)と三下共がうじゃうじゃと。寄り集まって酒造所でも脅してやろうって魂胆か? ()()()もウチの縄張りなんだよ、馬鹿どもが」

 ことさらに朗々と、歌うように告げる。

 俺もお嬢様も、完全に魔力を抑え込んで威圧感はゼロ。

 コイツ()には、ただの調子に乗ったガキにしか見えていないだろう。

 例え、色んな噂を聞いていたとしても、だ。

「コイツを消して、そのレベッカとかいう小娘を殺せば問題ないんだろ? 酒もせびり放題だ、()らん理由が無いだろうが」

 絶対的多数、そんな程度の安心感の中で、気の大きくなった三下が嬲るように笑う。

 唯の小娘相手に、人数居なきゃ威張れもしない小物がまあ、偉そうな事で。

 先のハゲを押しのけるように3人、両サイドから2人づつが先鋒……っていうか、もうそれで十分だと思い込んだ顔で出てくる。

「けっ。お前らも好きだな。ガキの何が良いか(わか)らん。ああ、そっちの上玉は俺も楽しませて貰うかな」

 お約束過ぎる三下らしいお言葉だが、それは素直に俺の逆鱗に触れる。

「この野郎、誰がガキだコラァ!」

 反応が子供そのものだ、そんな声と眼鏡の反射が脳内で瞬いたが、無視する。

 そりゃあメアリお嬢様は出るトコ出てて引っ込むトコは引っ込んでるワガママボディの持ち主では有るが、俺だって一応出るトコは出てるだろうが!

 

 だから腹の事じゃねぇって!

 

 憤懣やるかたない俺が短杖(ワンド)に手をかけた所で、すい、と、お嬢様が俺を手で制す。

「まあまあまあ、イリスちゃんのお目当てはお任せするからー」

 コロコロと転がるような、軽い声。

 いつも通りのお嬢様ボイス、の筈なんだが。

「イリスちゃんの身内は私の身内も同然だものー。私だってー」

 俺ですら抵抗が困難に思える程の強烈な気配が、周囲を押さえつける。

 

「怒ってるんだよー?」

 

 狂気の深淵不死姫(アビスリッチ)

 穏やかな笑顔のまま、その内包する魔力を周囲を圧し潰そうとするかのように発している。

 

 これでもまだ、手加減してるんだぜ?

 

 お嬢様の底知れ無さに改めて肝を冷やす俺と、何が起こったか理解出来ていない冒険者崩れども。

 口々に怒号を上げ、混乱の最中(さなか)冒険者崩れ(コイツら)は、本当に理解(わか)って居ない。

 

 理解(わか)った時には手遅れ、なんて事は、案外身近に転がってくるモンなのだ。

 俺はさり気なくお嬢様に道を譲る。

 そんな俺ににこりと笑顔を向けてから、その目から笑みを消す。

 それを見ただけで、俺の背中が粟立つ。

「まず死にたいのは、その7人なのねー?」

 実際の所、迷いがなかったと言えば嘘になる。

 まだ、積極的に人を殺すのもそれに加担するのも、抵抗が無い訳じゃない。

 だけど、あの悪食(ケモノ)と、目の前のコイツ()が教えてくれた。

 

 俺が手を拱いて馬鹿を逃せば、無関係の人間が巻き込まれる。

 

 あの野郎(あくじき)の復讐劇の際には、汚職に塗れた一領主がほぼ全滅したらしいが、その領主の私兵や街の衛兵も大勢犠牲になったと言う。

 私兵はまだしも、っていうとアレだが。

 衛兵は、純粋に街を守りたかっただけの若者だって居ただろう。

 自分とこの領主が腐ってようが、そこで生活している家族、仲間、守りたいものは有っただろう。

 そう言った想いも纏めて、悪食は細切れに食い散らかしたのだ。

 復讐の()()()で。

 

 ここに居る冒険者崩れだって、偶々(たまたま)俺達が近くに居たからレベッカちゃんは助けられたものの、3人中2人は殺している。

 俺達が居なければ、多分レベッカも死んでいただろう。

 これまでもそういった事をして来たんだろうし、これから先も、生命(いのち)の続く限り同じ事を繰り返すだろう。

 

 改心なんて、余程衝撃的な事でも無ければ出来やしないし、況してや楽に生きるために手を汚すことを躊躇いもしない連中だ。

 挙げ句、コイツ()の後ろにはとある貴族が付いている。

 生きたまましょっ引いても、モンテリアに連行どころか、その日の内に適当な理由をつけて釈放され兼ねない。

 そういう連中が口先で改心なんて言った所で、信用できる訳なんか無い。

 

 同じ土俵に降りる様で凄まじく気が乗らないんだが、それすらも多分、手を汚したくない俺の言い訳に過ぎないんだろう。

 綺麗事じゃ済まない事もまた、案外身近に潜んでいるモンだ。

 

「悪いね、メアリーちゃん。俺ももう、覚悟は出来てるから」

 お嬢様の様子に何かがおかしいと気付いたのか、連中は短く意味のない言葉を上げては居るが、まともに動ける様子は無い。

 押しつぶされそうな異様な雰囲気の中、俺は静かに。

 仮面越しに呟く。

 

「やっちゃってくれ」

 

 少しづつ漏れ出していた魔力が、俺の一言で一気に押し出される。

 禍々しく(うね)る様な魔力が周囲の空気に取って代わり、お嬢様の身体(からだ)がゆっくりと浮き上がる。

 威圧感に晒されパニックを起こしていた馬鹿共の内1人が、ハッとしたように武器を構え直すが、遅すぎる。

 釣られるように弓を、投げナイフを構える連中に、不死姫は笑みを湛えた口元で、笑っていない眼差しで告げる。

 

「死になさい」

 

 凍り付く程に冷たい一言。

 その瞬間、俺達を半包囲する様な位置に居た筈の7人は、足元に湧いた影に呑まれる。

 派手な音も無く。

 炎が爆ぜる事も、氷の華が咲く事も無く。

 

 一瞬で、7つの生命(いのち)が呑まれて消えた。

 

 俺は、俺の知らない魔法と、それを躊躇いもなく使ったお嬢様に恐怖する。

 あれを、俺は躱せるだろうか?

 或いは、レジスト出来るんだろうか?

「……は? お、おい? トマス? ハンク? ……野郎、何処に消えた⁉」

 お嬢様の魔力に気圧され、そして仲間が一瞬で7人同時に消えた事で、途端に浮足立つならず者共。

 俺は溜息を()く。

 脳内レーダーの反応は綺礼に7人分消失。

 呆気ないにも程が有るが、お嬢様は最初から手加減も容赦もする気は無かったらしい。

「みんな死んだわよ? 死体も出てこないくらい、遠くて暗い所で、ね?」

 お嬢様の語尾が間延びしていない。

 そして、お嬢様は地上に降りてくる事も無く、地上を睥睨したままだ。

 転移系の魔法だろうか?

 遠く、暗い場所。

 宇宙空間か、それとも別の何処か、なのか。

 

 ――今は置くが、いつこの力が俺に向くとも限らないし、この魔法を使えるのがお嬢様だけとも限らない以上、リリスと()()話し合う必要が有りそうだ。

 

「お嬢様、今の魔法は?」

 答えが来るか(わか)らないが、なんとなく問い掛ける。

深淵の呼び声(アビスコール)っていう、下位魔法だよー? まあ、私の能力(ちから)が凄く上がったからー、ちょっと下位とは言えない規模になってるかもだけどー」

 お嬢様は、何の衒いもなく普通に教えてくれる。

 えっと、普通に教えてくれるんだね?

 俺は呆けそうになりそうな所で気を取り直し、そっと霊脈に瞬間アクセス。

 

 へへへ、俺も「簡単な」アクセスなら、出来なくはないんだぜ?

 ……リリスの調整のお陰だけど。

 

 深淵の呼び声(アビスコール)

 闇系統空間魔法。

 対象複数(2~4人)を10秒程度の時間を掛けて亜空間に引き込む。

 レベルに応じて補正有り。

 引き込まれる際にレジスト可能。

 

 仮面付けててホントに良かったと思う。

 補正効き過ぎだろ!

 4人? 7人を1秒掛けずに飲み込んでたぞ!

 あんな一瞬の出来事に、レジストなんて出来んのか⁉

 一瞬でそこまで流れるように突っ込んで、俺は呼吸を整える。

 うん、後でリリスと対策を練っておこう。

「……下位魔法って規模じゃなかったね。まあ、横から水差(みずさ)してゴメン。続きをどうぞ」

 俺が小さく謝ると、お嬢様を見上げていた冒険者崩れの1人、(わか)りやすく杖を持っている男がワナワナと震えだす。

 おやおや、魔導師(ウィザード)崩れか、はぐれ魔術師か。

 今回の、敵方の解説役ってトコかね?

深淵の呼び声(アビスコール)……! リッチの使う魔法だ! こ、この女、魔物(モンスター)だ!」

 宙から見下ろすお嬢様を今更人間でないと認識したようだが、色々と遅すぎだろう。

 ちらりと視線をお嬢様に向けるが、お嬢様は表情を変えていない。

 ……凍りつくような笑顔が、張り付いたままだ。

魔物(モンスター)とは、言ってくれますね? 冒険者(どうぞく)を襲って殺して奪うような輩が、身の程を弁えなさい」

 裏切りとかそういう事が心底(きら)いなメアリーちゃんが、底冷えするような声と眼差しを、はぐれ魔術師に向ける。

 

 信頼していた家族、その家長に殺されるという、ある意味最悪な裏切りに遭っている彼女だから。

 そう言う行為には、殊の(ほか)嫌悪を示すのだろう。

 

 だからまあ、言ってしまえば。

 コイツ()は、最初からお嬢様の逆鱗に触れていたのだ。

 ……もしかしたら、俺以上の能力を持つお嬢様だから。

 此処に居る冒険者崩れ全員の、過去の所業を「検索」済みなのかも知れない。

「パ、パウエルはどうした! あいつは一応、神聖魔法が使えるんだろう!?」

 冒険者崩れの一角から怒号が飛ぶ。

 ふぅん?

「や、野郎は居ねえよ、今日は説法がどうとか……!」

 別方向から、返事が返る。

 ほうほう、へえぇ。

 馬鹿が相手だと、色々楽で良いね。

 そっかぁ、馬鹿共に手を貸す神職者が居るのかぁ。

 例の貴族様絡みなのかな?

 

 言い忘れてたけど、お前らの発言、全部録音(とっ)てるからな?

 まあ、コイツ()には教えても意味ないから言わんけど。

 

「あら。教会の関係者でも、お仲間に居るの?」

 お嬢様が冷たく問う。

 ああ、こういうセリフの時にはセリフのフォントが変わるんだろうな、なんて場違いなことを考える俺。

「そ、そうだ! お、俺達に手を出すって事は、教会に、聖教国に喧嘩を売るって事だぞ! 今なら……」

 馬鹿の1人が、何に気がついた心算(つもり)か、それでも震える情けない声で恫喝しようと試みているようだ。

 呂律が怪しい事も、今此処に居ない権力を振り翳してみせる間抜けさも、みっともないへっぴり腰も、何もかもが情けない。

「あらあら。だ、そうだけど? イリスちゃん、どうする?」

 メアリお嬢様の声が俺に向く。

 間延びしていないだけでいつもと同じ調子の筈だが、何処か楽しそうだ。

「そうだなぁ、どうすっかなぁ」

 答える俺も、声に馬鹿にしたような嘲笑が乗る。

 余裕で尻尾切りされそうな三下共が、自分でも無理があると(わか)るセリフを並べるのも滑稽だけども。

「今なら、何だってんだ? 今更助かるとでも思ってんのか間抜け」

 俺も、抑えていた魔力を解放してやる。

 お嬢様の魔力に当てられて、既に腰砕けになっていた馬鹿共が、完全に動けなくなる程度に。

 

「教会が出てくる? 聖教国とやらが動く? だからどうした? お前らが死ぬことには何一つ変更なんか無いぞ?」

 

 散々粋がっといて、形勢が悪くなると見るや虎の威を借りる。

 そういうの、見てて気分の良いもんじゃ無いんだよね。

「ば、馬鹿か、聖教国が怖くねぇのか⁉」

 地べたにへたり込みながら、それでもまだ、なけなしの虚勢を張る声。

 レベッカの仲間を――子供を刺したハゲだ。

 俺は幾重(いくえ)にも気分を悪くして、仮面越しに睨む。

 仮面越しの筈だけど、男はそれだけでもう声も出ない。

「お前らみたいな三下と一緒にすんなよ、ハゲ。俺の仲間に手ぇ出すって言うならな」

 態々説明してやるのも癪なんだが、俺は優しいので諭してやる事にする。

「聖教国だろうがなんだろうが、問答無用で敵だよ。真正面から叩き潰してやる」

 一歩。

 たったそれだけ踏み出して、言ってやっただけで。

 全員が、言葉を失くしていた。

「あらあらあら、イリスちゃん、それは随分大胆な宣言よ?」

 不死姫モードのお嬢様が、コロコロと笑う。

 いつものぼんやり可愛いお嬢様と違って、なんか、うん。

 こういうお嬢様も悪くない。

「でも、私も同感」

 お嬢様が艷然(えんぜん)と呟くと、馬鹿共の凡そ半数――12、3人の胴体に、黒い孔が()く。

 何事かと思う間もなく、その()()()()()()()()()()()()()()吸い寄せられる男達。

 恐怖と激痛で迸る悲鳴さえ、その孔に呑み込まれて行くようだ。

 凄まじい絶叫が上がっている筈だが、その音量は決して大きくない。

 自分の身体(からだ)に開いた孔に向かって吸い寄せられるって、その恐怖たるや想像したくもない。

 お嬢様、いやお姫様は随分とエグい事がお好みのようで。

 あれよと言う間に当初の半分以下まで数を減らし冒険者崩れ共は動く事も出来ず、まともに口も動かせないので意味のある命乞いも出来ない。

 俺はこの魔法も気になったものの、なんか怖いので確認は後にしようと決める。

 それに、そろそろ俺も動かなければ。

「メアリーちゃん、ありがと。こっからは俺がやるよ」

 俺が更に前に出て、お嬢様にストップを掛ける。

 そんな俺の行動に何を勘違いしたものか、安堵に顔を緩ませた男2人の胴体が袈裟に斬り裂かれる。

 悲鳴が上がるが、その程度では終わらない。

 切断面から身体(からだ)が少しずれているものの、血が吹き出してこない、そう思った瞬間。

 2人の身体(からだ)がそれぞれ、その切断面に吸い込まれていく。

 先程の孔が、切断面に変わった様な物だ。

 斬られた筈の2人は尚絶叫を放つが、やはりその声も呑み込まれていく。

 

「ちょっと楽しくなってきたのにー、イリスちゃんの意地悪ー」

 お嬢様が地上に降り立ちながら、頬を膨らませている。

 不死姫様モードは、解除してくれたようだ。

 

 まだ魔力は収めてないけど。

 

「ごめんて。でもさ、俺も(いら)ついてるし、ちょっとは譲ってくれると嬉しいんだけどな?」

 なんとなくお嬢様の肩を揉みながら、宥めに掛かる。

 ()っといたら、この状態からでも余裕で皆殺しにし兼ねないからなぁ。

「うん、イリスちゃんはクランマスター? だもんねー。それは怒ってるよねー」

 聞き分けの良い感じでにっこり笑って、メアリーちゃんが俺に顔を向ける。

 

 まだ、目が笑ってない。

 

「そりゃそうよ。メアリーちゃんが怒ってくれるのは嬉しいけど、ちゃんと俺もやんないと」

 お嬢様にひとつ頷いて、俺は男共に顔を向ける。

「舐め腐った馬鹿が調子に乗るからな」

 

 左手に魔力の宝珠を、右手に短杖(ワンド)を構え、短く呼吸を整える。

 人を殺す事に――例えそれが悪人だろうとも――抵抗は有るが、引っ掛かりは俺が思っていたよりも小さかった。

 

 出力を抑え、発射距離も短く設定したとは言え、10本の収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)がそれぞれ獲物を、男共の下半身を吹き飛ばす。

 一瞬で腰から下を失った連中は、思い出したように全員が同時に地面へと落下する。

 響き渡る悲鳴。

 今度は何処かへと吸い込まれる事も無く、悲鳴は悲鳴として機能する。

 役に立つかは別として。

「とは言え俺は優しいからな。遺言くらいは聞いてやるぜ」

 軽く短杖(ワンド)を振りながら、唯一五体満足でへたり込む男――主犯のハゲ――に向かって歩み寄る。

 周囲では、「痛い」だの「助けて」だの、弱々しい声が渦巻いている。

「遺言くらい、気の利いたこと言ってみせろよ。徹頭徹尾、唯の雑魚(ザコ)じゃねえか」

 道すがらの掃除よろしく短杖(ワンド)で――魔踊舞刀(まようぶとう)で死にかけの雑魚(ザコ)どもを細切れに斬り払いながら、足を止めない。

 

 もう、言い訳は効かない。

 

 背後で、お嬢様が満足げに頷いた気がした。

 這いずる雑魚(ザコ)共を綺礼に細切れにしてから、俺は男を見下ろす。

「で? お前の遺言はなんだ? 言ってみろよ、覚えてなんかやんねぇけど」

 振り上げた右手の短杖(ワンド)――ナイトウォーカーを、アイテムボックスを駆使して剣――クライング・オーガに持ち替える。

 とっさに言葉も無い男に、俺は自分の前言を無視するように振り下ろす。

 迸る絶叫と、飛ぶ左腕。

 返り血が気持ち悪い、そんな事を思いながら、俺はもう一度腕を振り上げた。

 

 

 

 馬鹿共の死体は、「黒虚空(くろうつろ)」という魔法――ローカライズ班に患っている人間が居るらしい――で纏めて亜空間へ吸い出した。

 お嬢様の魔法と違って、地面やら要壁(ようへき)の表面やらを巻き込んでしまい、一種異様な風景になってしまったが、まあ良いだろう。

 馬鹿共、と言うか主犯のハゲを締め上げて聞き出した話はきっちり音声ログとして録音(とっ)てある。

 

 返り血は、清浄(クリーン)の魔法で洗い清めた。

 

 そもそもなんであんな洞窟の浅層で凶行に及んだかと言えば、連中の後ろに居た貴族様の尻拭いと言うか。

 馬鹿貴族のバカ息子が冒険者気取りで取り巻き連れて魔核迷宮(ダンジョン)に潜ったは良いが、たまたまあの魔核迷宮(ダンジョン)の活性期にカチ合い、取り巻き数人を犠牲に泣きながら撤退。

 活性期っつーのは何かって言うと、そのものズバリの魔核迷宮(ダンジョン)が「生物」として活性化している期間なんだそうで。

 各ダンジョン毎に違いは有るらしいが、概ねトラップが一時的に増設されたり魔物が普段の数倍規模で生成されてたりと、かなりの()る気状態だとか。

 捕食期って説と、何らかの原因でダンジョンの魔核(コア)が弱っている為、防御の為に行っている、って説が有るらしい。

 それって両方なんじゃないのか、とか思うけども、割と他人事なのでその辺の事は割愛する。

 

 ……んで、逃げ出したのは良いものの、その際に勝手に持ち出した家宝の短剣を落としてきたとかで、一応本物の冒険者であるあのボンクラ共に回収依頼、というか命令が出たんだそうだ。

 理解(わか)り易いレベルの馬鹿のテンプレに、感動すら覚えるな。

 命令とあらば動かなければならん訳だが、活性期と分ってる魔核迷宮(ダンジョン)にのこのこ入りたがる馬鹿は居ない。

 じゃあ新人でも騙すかと考えたが、冒険者ギルドではその辺の情報は既に出回っていたとかで……。

 

 んん? 俺はなんの下調べもしなかったけど、タイラーくんやジェシカさんが知らなかったとは考え(にく)いんだけど。

 あいつら、まさか知ってて言わなかった? 楽しんでたか、さては?

 後で問い詰めよう。

 

 兎も角、ルーキーですらまともに話を聞いてる連中なら同行を渋る状況だったので、街の外で薬草採取してる冒険者を見つけて声を掛け、浅い階層だから危険はないと騙した上で、更に魔核迷宮(ダンジョン)で有ることは隠して居たのだと言う。

 普段から薬草採取や街中の依頼をメインにしていたレベッカちゃんは、アルバレイン付近の魔核迷宮(ダンジョン)の位置情報なんか知る筈もなかったから、簡単に騙されたって事だろう。

 で、予め馬鹿息子から聞かされていたルートを辿り、家宝の短剣を見つけた所で少しルートを外れ、子供を刺していつもより増量されている魔物たちを呼び集め、自分は隠れてほとぼりが冷めるのを待っていた、という状況らしい。

 

 あの時近くに居たらしいのだが、聞けば俺達を見かけていないし、特殊なアイテムを使って身を隠していたから周囲の状況が詳しくは(わか)らなかったらしい。

 冒険者崩れ風情が、特殊なアイテムを、って所にキナ臭さが漂うんだが、まあこの際どうでも良い。

 そうしてお宝持ってホクホク顔で戻ってみれば、どういう訳か自分が冒険者ギルドに手配を掛けられていると知った、と。

 馬鹿貴族の手の者が、冒険者ギルド内部に居るらしい。

 そいつはレベッカちゃんとハゲに関係があるなんて知らないが、どういう訳かハゲがマークされていると言うことは知れたのですぐさま貴族様に報告。

 で、お宝を届けたハゲに怒鳴り散らしたんだとか。

 

 あの貧民街(スラム)跡に雁首揃えていたのは、場所が()いたからってのと、貴族様から早急になんとかしろ、なんて無茶を言われてどうしたもんかと頭悪いなりに考えていたんだそうだ。

 今となっては悩む必要も無くなったから、感謝して欲しいもんだ。

 

 馬鹿貴族に関しては、取り敢えず俺は現状では無視。

 ただし、領主様には証拠付きで密告(タレコミ)予定だ。

 どうせ近々、PC持って顔出しに()かなきゃならんのだし。

 

 問題は、俺の気分だ。

 身内の、なんて言い訳付けてるけど、結局は自分が気に入らないってだけの理由で人を殺した俺は、この先どうなるんだろうか?

 上の空で酒造所に顔を出し、簡単な状況報告を受けた俺とお嬢様は、土産と称して渡されたウォッカの瓶をアイテムボックスに仕舞うと努めて陽気に振る舞ってゴブリン村を後にする。

 お嬢様が居るというのに上の空な俺は、冒険者ギルド(まえ)広場も半ばという所で漸く、ギルドハウス前に立つリリスに気がついた。

 

 俺は、俺が思った以上に他人の生命(いのち)に無頓着で。

 ……今までと同じ様に、仲間たちに向き合えるのか。

 ぐだぐだと考えるが、答えは見ないように努めていた。




戻れない道もある。
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