拝啓、ハクスラ世界より 改訂版   作:naow

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自分の罪を呑もうと悪戦苦闘のイリス。
自分の罪を自覚し自己嫌悪するリリス。


領都にて

 霊脈にアクセスできるようになった事で、この惑星(ほし)が記憶している魔法に触れることが出来る。

 

 ――アンタは興味無いワケ?

 

 どうにか調子を取り戻したリリスに煽られ、ほんじゃあ挑戦してみようかい、と思ったのは領都への旅の馬車の上でのこと。

 流石に色々と集中を欠く状況だったため、即挑戦とは行かなかったが。

 その晩の野営時に時間が空いたので、俺とリリスが見張りを行っている合間にちょこちょこ潜ったりしてみた。

 

 深いトコまで潜ると持っていかれそうで怖いので、浅瀬をちゃぷちゃぷ、という情けない有様だったけども。

 

 っ()ーか、そんな大魔法とか禁呪を求める気持ちは無いし、寧ろファンタジーでは基本とも言える魔法が俺の手元には無いので、その辺を補完できれば良いな、程度の軽いノリだからこれで良いのだ。

 良いったら良いのだ。

 

 

 

 そんな感じで、気持ち明るくなった空を眺めて旅路は終盤。

 間で雨は降ったものの、慌てるほどの大雨には遭遇していない。

 運の良い旅路だったと言えるだろう。

 

 罪は消えない。

 それがどうした。

 

 その程度には強がれるようになったと思う。

 

 俺が旅の途中で手に入れたのは、回復魔法()飛行魔法(フライト)、そして遠隔視(リモートビューイング)

 フライトとリモートビューイングは練習しなきゃ使えない気がするので、まあ、それは帰ってからの課題にするとして、回復魔法はもっと早く欲しかった所だ。

 なぜかパルマーさんトコでも見かけなかったのだ、回復系統の魔法。

 そして取ってから気付いたけど、回復系って時間魔法で代用出来やしないかな?

 怪我は勿論、病気や状態異常も、時間をちょこと戻せば済むんでないかい?

 そう思ってリリスに聞いたら。

「まあ、そうなんだけど……。っていうか回復魔法は概ね2系統あって、そのうち片方がまさに時間に干渉する系統なんだけど」

 なんですって?

「時間を戻して健康な状態に戻す魔法と、肉体に直接働きかけて強引に治癒を行う魔法、って思っておけば良いわよ。細かい所は説明してもわかんないでしょ」

 非常にざっくりした説明だけど、俺にはとても助かる。

 細かい事を云々されても、理解出来る気がしない。

 俺が新しく覚えた方は、強引に回復力させるほうだ。

 傷を癒やすけど被術者の体力を消費する魔法と、術者のMPを使って体力を回復させる魔法、それに状態異常を「本来在るべき状態」に戻す魔法を複合させた、欲張りセットだ。

 そんな便利なモン有るかって?

 組み合わせて無理矢理造った。

 魔法知識の乏しい俺だから、その辺は霊脈に湛えられた先人の知恵にあやかった。

 正直色々怖かったんだけど、ちと気になる発見もあった。

 

 俺が組み合わせた魔法、なんと言うか。

 まるで最初から、組み合わせる前提で作られたような、そんな痕跡が有るのだ。

 単体だと、そのまま使ったらなんか安定感に欠けると言うか。

 傷を癒やすけど体力を消費するとか、怪我の程度に依っちゃあ、魔法かけて死ぬか怪我で死ぬかの2択に成り兼ねないぞ。

 そう考えると、寧ろ元はひとつだったものを、無理に分けたかのようにも思える。

 誰が何のために?

 気にはなったし、まあ予想できるモノもあるし、探せばその辺の原因になる記憶も検索できるんだろうけど。

 なんか色んな意味で深いトコに行かなきゃいけない予感がしたので探していない。

 

 君子危うきに近寄らず。

 

 俺は君子でも聖人でも無いけど、厄介事は御免だし危険に飛び込んで武勇伝を語りたい(タチ)でもない。

 平穏で安穏である事の有り難さよ。

 小市民らしく、手にしたもので満足するのが一番なのだ、うん。

「時間遡行で回復させる方は、元からある疾患とか、生来の欠損は埋め合わせが出来ないのよ。回復専用に作られた魔法と比べたら、ちょっと微妙な場面もある、ってこと」

 そもそも、時間魔法を使える人も限られるけどね。

 リリスはそんな事を言いながら、優雅にティーカップを傾けていた。

 コイツ、旅程で飲みたいからって、ヘレネちゃんに大量にお茶を淹れさせたな?

 お前のアイテムボックスには、ティーポッドが幾つ入ってるんだ。

「ただまあ、アンタも想像付きそうなお約束がこの世界にも有ってね? あんまり大っぴらに回復魔法なんか使うんじゃないわよ? 特にアンタのは、完全回復魔法なんだから」

 そう呟いたリリスの様子が妙というか、変に圧が強かったので頷くしか無かった。

 その理由は、ホントにヤなんだけど、やっぱり知っておいたほうが良いモノなのかい?

 ただまあ、回復魔法が出回ってなかったり、大っぴらに使っちゃいけないって辺りで、ぼんやりと理由は見えるけどな。

 

 聖都。

 例の馬鹿どもに協力していた神職者。

 ……あーあー、ヤダヤダ。

 関わりたくないけど、どうなるやら。

 

 そんな色々考えたり面倒くさくなったりした旅路の終点は、見たことの有るバカでかいお屋敷の前だった。

 

 

 

 てっきり冒険者ギルドに寄るもんだと思っていたから、いきなり領主様のお屋敷前に出てびっくりした。

 領主様のお屋敷ってだけ有って、俺、この建物の全容を把握出来ていない。

 外観ですら視界をはみ出すんだもん、このびっくりパレス。

 ……まあ、俺みたいな小市民が、領主様のお屋敷のアレコレなんて把握する必要も無いんだけど。

「なんでギルドに顔出さなきゃならんのだ。報告するモンは全部此処にあるってのに」

 俺の疑問に憮然とした顔のブランドンさんが答え、その隣に困り笑いのレイニーちゃんが並んで歩く。

 大丈夫か? レイニーちゃん。

 セクハラとかされて無いだろうな?

「言うに事欠いてなんてこと言いやがるんだこのバカタレ。お前らを敵に回すような事するか」

 どうやらいつも通り漏れていた心の声に反応するブランドンさんだが、そう思うんだったら口調も改めて?

 いややっぱ、変に謙られたら気持ち悪いから、今のままで良いや。

 そんな事を思う俺は何をしているかと言うと。

 

 屋敷に運び込む荷物を乗せた荷車を引いていたりする。

 

 ……俺、クランマスターだよね?

「レベルお化けなんだから、そんなの苦にならないでしょ? がんばってー」

 横でリリスが茶々だか応援だか判んないこと言ってるけど、ステータス上はお前のほうが強いんだぞ、筋力も。

 まあ、代われとは言わんけど。

 ホールに通されて荷物の説明をし、酒を持ち込んだと判るや屈強な男共がやってきて樽を運び出してくれた。

 続いて見慣れない奇妙な箱について、ウチで造った魔道具だと説明すると簡単な検分を行い、危険がないと確認してから、これも別の男達が運んでくれた。

 荷車は俺のアイテムボックスに放り込み、大きく伸びをしたりして旅の疲れプラス諸々を解している所に謁見許可が。

 久々に会った、人の良さそうな領主様は俺とリリスの頭を撫でて労ってくれた。

 おじいちゃんかな?

「おお、久しぶりだ、大きくなったな? 二人共、元気そうで良かった」

 にこにこ顔で俺たちの頭を撫でまくる領主様。

 あの、ほんの3ヶ月そこそこで、そんな目に見えて成長したりしないと思います。

 そうは思うものの、俺はされるがままで反論はしない。

 領主様だから、って事じゃなくて、何て言うか、凄い懐かしい記憶を刺激されてしまう。

 この感じ……おじいちゃんかな?

 

 

 

 酒が楽しみらしくソワソワしちゃってるおじいちゃ……領主様には少しお待ち頂いて、先にPCのセッティングと使い方をレクチャーし始めるリリス。

 クラウスさん、と言う領主様お抱えの魔導師(ウィザード)の美おじと領主様本人が非常に興味深げに説明を聞き入っている。

 更に改良を加えたリリスの学習法はいよいよダメージも無く、お二人の理解をしっかりとサポートしてくれているようだ。

 ……言い方に気を使った所で結局危ない事を、それも領主様にしているんだから実のところ気が気ではない。

 俺、領主様にはなんとなくうっすらと敬愛の念を持っているから、あんまり無茶な事はして欲しくないし。

 ダメージが無いから良いってもんじゃ無いんだよ、リリスさん。

「ふむふむ、これは奇怪なものですな……。これで、もうアルバレインの冒険者ギルドと繋がっていると?」

 興味津々に画面を覗き込むクラウスさんが顎髭を擦りながら疑問の声を上げる。

「リリスや、説明は判ったが、これは本当に()()()に連絡を取れるものなのか?」

 隣で同じ様に、いや、魔導師(クラウスさん)よりも興味津々で画面を見詰めている領主様。

 リリスの説明プラス「学習(でんげき)」で理解できているとは言っても、それがどういった事になってどう連絡が取れるのか、実際に目にしていないのでまだ半信半疑の2人。

 そんな2人は期せずして、同時に視線をリリスに向ける。

 ちょっと困り顔の髭美おじと人の良さそうなおじいちゃ……領主様を目にした俺は反射的に吹き出しそうになったが、多分人生でトップクラスの辛抱強さを発揮して堪えた。

 領主様を見て笑うとか、不敬にも程が有るからな。

「そうですね。実際に連絡をしてみましょう。……ブランドンさん、お名前をお借りしますよ?」

 視線を向けられた当のリリスは笑うなんて素振りは見せず、涼やかな笑顔で答える。

 流石に領主様に対しては口調も改めるらしい。

 うん、お姉ちゃんえらい。

 

 足を踏まれたのは何でだ?

 悲鳴とか上げられないからやめて欲しいんですけど?

 

「ん? ああ、構わないぞ。ハンスに連絡するんだな?」

 いつもは腕組みがトレードマークか? ってくらい厳ついお茶目さんが、今日は流石に姿勢を崩さずに顔だけリリスに向けて応える。

「ありがとう。それじゃあ、早速」

 ブランドンさんに笑顔で応えて、早速キーボードを叩き始めるリリス。

 そういう世界だから仕方ないけど、異世界感全開の最中で見慣れたアルファベットは、見てて不安になる。

 これ、やっぱ、うん。

 絶対ただの悪い夢だと思うんだけどなぁ。

 未だに怯える俺の不安とかは置き去りに、画面に、というかなんか見慣れた入力フォームにはリリスの打ち込んだ文字が浮かび上がる。

 

 ――ハンス仕事しろ。

 

 うん、笑わなかった俺は偉いと思う。

 見てた領主様とクラウスさんは爆笑してるし、ブランドンさんは頬をひくつかせているけど。

 多分、ブランドンさんの中で、リリスが完全に俺と同じ扱いになったんだろう。

 だが、説明を聞いていたとは言え、この3人はまだ判っていないというか、注意を払って居なかった。

 ……CCに、なんでアランさんとか衛兵総長とか入ってるんだよ。

 無いとは思うけど、全員が反応してきたら流石に笑うだろうが。

 

 果たして、数秒後。

 っていうか返信早いな。

 テストでメール送る、って話はしてただろうけど、PCに張り付いてたのか?

 

 ――お前も仕事しろ。

 ハンスさんの声まで聞こえてきそうなぶっきらぼうな返信に耐えきれずに口元を手で隠した俺の目に飛び込んで来たのは、容赦のない追い打ちだった。

 

 ――心配なら、衛兵隊から若いのを監視に向かわせるぞ? ギルドマスター殿。

 多分あの渋い声でニヤついているであろう総長さんのご返信。

 アンタもPC前に居たのかよ。

 

 ――ブランドンさん、酒造所と商販部門から苦情が来ています。お酒の発注は、商業ギルドを通すか、せめてお店に頼んで下さい。

 アランさんが、理解(わか)っているだろうに……此処ぞとばかりに狙いすました文面を叩きつけてくる。

 っていうかアンタもですか。

 

 ――先日言っていた「酒風呂」というのは、ノスタルジアのリリスさんに確認したのですが無理だそうです。アマンダ。

 送信はブランドンさんのアドレスだけど、本文にアマンダさんの署名。

 ブランドンさんのPCで何してんの、っていうか勝手には出来ない筈だから、ハンスさんがOK出したんだろう。

 そんでブランドンさんや、酒風呂ってなんだよ銭湯に作る気だったのか?

 やめろ、これ以上笑わせるな。

 

 耐えられず口元と腹を押さえてしゃがみ込む俺と、領主様の手前下手な事は出来ないからプルプル震えているブランドンさん。

 本人は何もしていないのに総攻撃を受けるとか、慕われてるなギルドマスター。

 返信を見ては大笑いの領主様とクラウスさんは楽しそうで何よりである。

 この2人、ただの仲良しさんなんじゃなかろうか。

「アルバレインの衛兵総長は、ガイウスだったか。中々頼もしいな、ブランドン?」

「はっ、頼りにしております」

 笑いを堪えきれない領主様にまさか暴言で返すわけにも行かず、ブランドンさんは真面目くさって答える。

 駄目だ面白すぎる。

「さ、酒風呂とは、確かに夢は有りますな」

 笑いすぎてひーひー言いながら、クラウスさんが涙を拭う。

 泣くほど笑わんでも、でも気持ちは凄く理解(わか)ります。

「は、はっ。ほんの好奇心でしたが、お恥ずかしい限りです」

 ホントに恥ずかしいわ。

 思っただけで口には出してないんだけど、ブランドンさんに睨まれる。

「この様に」

 1人だけ涼しい顔で、元凶が口を開く。

「複数に同じ内容の連絡をする事も、それぞれから返答を受け取ることも可能です」

 内心笑い転げてるんだろうなー、なんてことが想像できるくらいに楽しそうな目元でリリスが澄まし顔を作る。

「今回は事前に連絡する事を伝えていましたので返信は迅速でしたが、基本的には受け手側がPCを使用し、メールの受信を確認する必要があります。受信の確認はある程度時間を決めて行う等、ルールを設けたほうが良いかも知れませんね」

 リリスの言葉に、俺とブランドンさんは気付く。

 なんでこんな錚々たる? 面子が、素早くメールに反応して返信なんぞ出来たのかと思えば。

 リリスが事前に領主様の前でデモンストレーションの為にメールを送る事を、それぞれに伝えて居たのだ。

 そして、ブランドンさんはそんな事を知らされていなかった、と。

 

 説明は別に良いし、注意も悪くないと思う。

 ただ、ブランドンさんの扱いがナイス過ぎて、俺はもう他の事はどうでも良い。

 この後は試作のウイスキーとブランデーの試飲会だろうけど、自棄酒すんなよギルドマスター。

 やっぱり声には出していないけど、笑いを堪えられない俺。

 そんな俺を睨むブランドンさんだったが、今日ばかりは何も気にならないのだった。

 

 

 

 その後はリリスがクラウスさんにPCの設定方法なんかをレクチャー。

 あんな美おじで気さくでお茶目なナイスガイだが、LVで言えば92の魔導師(ウィザード)

 そりゃあリリスや俺に比べるとレベル差は否めないが、良く考えると超強化前のお嬢様よりレベルが上ってのは凄いと思う。

 俺と違って、実力を磨き抜いての現在(いま)なんだろうし、素直に尊敬出来る。

 リリスの説明(学習)を受けて見る色々なソフトウェアにいちいち反応してたし、色んな利用法が見えているんだろう。

 切れ者っていうのは、こういう人を言うんだろうな。

 この人が、これから領主様お抱えの他の魔導師(ウィザード)達にPCの使い方をレクチャーする事になる。

 

 リリスの「学習(でんげき)」無しだと大変だと思うけど、それでもこの人だったら何とかするんだろうな。

 そんな予感というか、信頼できる何かを感じた。

 

 PCが気に入ったらしい領主様は勿論、クラウスさんもPCを欲しがり、4台中1台はクラウスさんの専用になるようだ。

 そのうち領都(こっち)の冒険者ギルドとか商業ギルドにも導入するんだろうし、そのついでに魔導師団全員分のPCの発注が来ても俺は驚かない。

 

「これは、やはり王都に……陛下に奏上するべきだろうなあ」

 一頻りPCで遊んだ……説明を受けた領主様が少し考えて口を開く。

 ああ、やっぱりそうなるのね。

 まあ、珍しいものだし、使えたら便利なモノだもんね。

「厄介な連中の耳目に入る前に、直接ご説明させて頂いて、この領都とアルバレインに()()()()()()()()()()に関してはそのまま使用する御許可を得なければならんだろうな。それが出来なければ」

 領主様がにこやかに俺たちを順に眺める。

 

 ……なんだろう、なんか怖いんですが?

 

「既に使用して、有用性を実感している者からの反発が有るだろうからな」

 抑え込んで使用者を限定させるより、ある程度広く普及させた方が都合の良い魔道具。

 その事を感じたか見抜いたのか、領主様の笑みは黒い。

「これを使うには、ある程度以上の見識が必要となろう。学園にも専門の学科を創設する事を考えたほうが良いかもしれん」

 先を見すぎる領主様が怖いです。

 無論、暴走してあれもこれもと手を広げるようなお人じゃあ無いとは思うけど、懐疑的に掛かられるより怖いと思うのは何でだろう?

「まあ、それも陛下の判断ひとつでしょうな。その辺りの事については、後々詰めましょう。私はアルバレインの酒、それも新作と聞いてはそれが気になって仕方が有りませんよ」

 溜息を()いて肩まで竦めて、いちいちサマになる美おじことクラウスさん。

 良いけど、この人も呑兵衛組かい。

 定期的に領都にウォッカを出荷している事は知っていたけど、行き先は領主邸(ここ)だったのかい。

 予想はしてたけど。

 それもそうだと頷く領主様は楽しげに笑うと、なんか漫画に出てきそうな執事さんに指示を出す。

 

 きっと、俺達があれこれしてる間に、料理人さんやメイドさん達が色々と準備に大忙しだったんだろう。

 此処最近はウォルターくんの料理ですっかり舌の肥えた俺だが、果たして領都の料理はどれ程のものかとワクワクしてしまう。

 どんな酒が出てくるかと話し合うお偉方を前に、先に味わった事に優越感を感じているらしいブランドンさんが何やらニヤついている。

 

 あんま勝ち誇んなよ、不敬に思われても知らんぞ?

 

 脇腹を小突いた俺の意図に気付いて咳払いをし、気を引き締め直したらしいブランドンさんに、本当に大丈夫なのかイマイチ不安な俺だけど、他人事だしまあ、それなりに信じることにするのだった。

 

 

 

 晩餐。

 見たこともない規模で料理が並ぶこれを、俺はそれ以外に表現する方法を知らない。

 

 前回は基本お説教されに来たから、今回とは違うとは言え。

 やはり前回と比べてしまい、色々な意味で圧倒されてしまう。

 そんな俺の視界では、なんか領主様のご家族が、実に晴れやかに思い思いの料理と酒を味わっていらっしゃる。

 メイドさん他「働いている」方々は仕事中なのでお酒はナシのご様子。

 後日、彼ら彼女らにもお酒をお送りしますと言えば、領主様が超ご機嫌に。

「イリスは優しい子だな! 皆、イリスが後日酒を届けてくれるそうだ、今回はすまんが、次回は必ず振る舞うぞ!」

 領主様が俺の背中をバンバン叩きながら使用人の方々に宣言すると、そこかしこから歓声が上がる。

 確か侯爵様よね?

 使用人に対する態度というか接し方と言うか、双方フランク過ぎやしませんかね?

 まあ、こういうお人だからこそ、俺が大人しく言う事を聞いている、ってのも有るんだけどね。

「あのウォッカと言う火酒も美味だったが、これは……! 私はこのブランデーと言う酒が気に入ったぞ!」

 クラウスさんと呑んでいる領主様の息子さん……親父さんに似てないし若いな、お幾つだろう? 20後半?

 その息子さんが、どうやらブランデーをお気に召したご様子。

 その向こうでは、一心不乱にウイスキーを呷る弟君が……大丈夫かアレ、あんな飲み方して、倒れやしないだろうな?

 

 ブランドンさんは酒の説明で饒舌に喋りすぎてアルバレインで試飲していたことがバレ、禁酒を命じられている。

 だからはしゃぐなって言ったのに、あの子供おじさんめ。

 酒造の責任者であるリリスに説明を任せておけば問題無かったのに、自ら墓穴を掘りに行ったギルドマスターを取り敢えず無視し、俺達はスイーツを……。

 

 教える羽目に陥っていた。

 

「ふむふむ、成程? では何故、砂糖を一度に入れてしまわないのです?」

 質問に熱が入りすぎて物凄い近さの料理長さんに圧倒されながら、なんとか倒れずに踏ん張る、そんな健気な俺。

「あー、それはね?」

 俺の隣では、珍しくリリスがタジタジで同じ様に質問に答えている。

 本人も、こんな筈じゃなかったんだろう。

 

「甘味が少ないわね?」

 

 何気ないリリスの、そんな一言が引き金だった。

 アルバレイン経由でウチの、ウォルターくんの特製スイーツが入って来て居るらしく、此処モンテリアでもスイーツが人気になりつつ有るらしい。

 なりつつ有る、と言うことはまだ人気を確立しきれて居ないという訳で。

 アルバレインからの直送品と、それを見様見真似で――まだアルバレインに調査やらに出向く気にはなっていないらしい――作られたモンテリア製の焼き菓子。

 確かに美味いがなんと言うか、今までとの違いが判らない、形に凝っているだけだろう、なんて評判のままなのは、なにせ生菓子は輸送に適さないからだ。

 しかし、領主様とそのご家族は話には聞いていたらしい。

 酒を使ったパウンドケーキや、真っ白な生クリームで覆われたショートケーキ。

 そして、俺の知らぬ所(ギルドの酒場(バー))で試作されたというレアチーズケーキ。

 

 レアチーズケーキの話は俺も初耳で、思わずリリスに詰め寄った。

「美味しかったわぁ」

 そんな俺の剣幕に余裕綽々で答えたリリスの小生意気な笑顔は、俺と領主邸のご婦人方を敵に回すには充分だった。

 

 筈なのだが、気がつくと俺までが質問される側に回り、嫌な予感にそっと視線を周囲に這わせれば。

 多分これは、実際に作るかなにかしないと、収まらない雰囲気だ。

 そんな事を考えている内に、料理人達に担がれて俺とリリスは厨房へ。

 可哀想な瞳で見た室内では、ブランドンさんが嫌に楽しそうに手を振っていた。

 その口元は。

 

 ――オマエタチ モ フコウニ ナレ。

 

 酒を飲めない悲しみを俺達の不幸で忘れようとしている、悪い大人の見本であった。

 

 

 

 なんで領都くんだりまで来て、小麦粉を振るっているのか。

 実作業の大部分は料理人達に任せているとは言え、解説は実演を混ぜたほうが判りやすい。

 むくつけき料理人どもの熱気に酸欠になりそうになりながら、取り敢えずパウンドケーキとブランデーケーキ、ショートケーキのレシピを伝授するために奮闘する双子なのだった。

 

 努力の成果が目の前で花開くと、なんだかんだで嬉しいもんだ。

 新鮮なフルーツをふんだんに使ったショートケーキが特に人気のご様子で、ご婦人方は屋敷の料理人がこのレシピを手に入れた事が何よりの収穫、といったご様子だ。

 悪い大人の代表、ブランドンさんはウチ発のスイーツ類を報告しなかった件で領主様にお説教されていた。

 

 うーん、ザマみよ☆

 

「気は晴れた?」

 お料理教室から開放され、テラスに出て椅子に腰掛け、一息ついて甘いカクテルをちびちびやってた俺に、不意に声が掛かる。

 顔を上げると、何処か線の細い、頼りなげなリリスが俺を見下ろしている。

「……普通に強がれる程度には、なったかな?」

 なんとも、心配されそうな雰囲気で問われてしまえば解答に困る。

 今心配なのは、どっちかと言えばお前だよ、リリス。

「お前はどうなんだ? 疲れてる風だけど」

 弱って見える、そうは言って欲しくないだろうから、言葉を選ぶ。

 リリスは黙って椅子を引くと、俺の隣に腰を下ろす。

 領主邸から見える町並みは、遠く離れるにつれて夜の闇に溶け、家々から漏れる明かりが小さな星を地に撒いた様に浮かび上がっている。

「……うん。うん、大丈夫だよ」

 俺に視線を向ける事もなく、俯き加減で手にしたグラスを弄びながら、判りやすく気のない返事を返してくる。

 そういうのは、大丈夫じゃない奴のセリフなんだよ。

 今の俺じゃあ、支えになるなんて言葉は言えやしない。

 まだまだ、自分の中の自分から目を逸しているような俺じゃあ、誰かの支えになんかなれっこ無い。

 ないけれど。

 

 諦める程、大人しい心算(つもり)もない。

 

「バァカ。強がるなら、らしくしな」

 リリスの動きが止まる。

「泣きたい時は泣いて良いんだよ。誰に見せる必要も()ぇ。だけど、気持ちを吐き出したいなら」

 リリスに向けた言葉の筈だけど、言いながら気付いてしまう。

 これは、自分(おれ)に向けた言葉だ。

 そして俺は、随分前に仲間に涙を見せた。

「俺達が。俺が居るじゃねぇか」

 間に合わなかった俺を、仲間達は「悪くない」と、それだけ言ってくれた。

 今の俺はまた余計な事で悩んで、後ろ向き真っ最中だけど。

 たまには背伸びして、俺の背中を支えて押してくれた、仲間達の真似をしても良いだろう?

「愚痴やら弱音を吐く器には、なってやるよ。アドバイスなんぞ出来やしねぇけど、受け止めるだけなら俺にも出来るからな」

 格好つけてから、俺はグラスを傾ける。

「全然格好良くないわよ、馬鹿ちゃん」

 どうやらいつも通りのリリスのセリフだが、如何せん覇気が無い。

「威勢が()ぇなぁ。真っ直ぐ立つのがツラいなら、俺が背もたれになってやらあ」

 らしくもない、そんな事は俺が一番理解(わか)ってる。

 でも、言わなきゃいけない気がして、口は止まらない。

「俺達は2人でひとつだ。頼りにしてるんだから、お前も頼れ」

 アンタなんかの力が無くても、私1人で生き抜いて行けるわよ。

 そんなリリスのセリフを予想して、なんだか小っ恥ずかしくなった俺はグラスを呷る。

 

 だけど、リリスは何も言わずに。

 

 不意に掛かる右肩の重みを柔らかく支え、俺は視線を空へ向けた。

 澄んだ星空にばら撒いたような星達が、俺たちを見下ろしていた。




遠隔視(リモートビューイング)で覗きとかしちゃダメだぞ、イリス。
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