「な、何言ってるんだ!? 俺達は仲間だろ!? 一緒に日本に帰るんだって、そう言ってたじゃないか!」
「そうだよ! どうして!? 私達、仲間でしょ!?」
街に入れず追い返されると決まって項垂れていた
勇者サマ以上の勢いで軽戦士ちゃんや
拘束を解除されたばっかりだって言うのに、コイツらは元気だなぁ。
その元気は牢に繋がれる的な意味では街に
「日本に帰る為に、仕方なく協力してただけ」
そんな勇者(笑)に答える
いや、冷たいにも程が有るんじゃないの? ってくらい、その眼差しには容赦が無い。
見た目は
……それくらい、この自称勇者と仲間達に辟易してたって事だろうかね。
「この人の言う事を信用するには色々足りないと思う。だけど少なくとも、あの国の人の言うことを鵜呑みにして、平和に生きてるゴブリンを殺そうとしたのはどうかと思う」
皆きちんと服を身に着け、一緒に働く人間と笑い合いながら資材を運ぶゴブリン達。
あれを見て敵性存在と思えるなら、どうかしてると俺も思う。
「でも、それじゃお前ら、日本に帰れないんだぞ!?」
なんとか食い下がろうとする勇者サマだが。
「アナタはホントに、
冷たすぎる声が、その言葉を
「こっちの都合もお構いなしに召喚なんてしたくせに、具体的な指示も無し。肝心の帰る方法も教えてくれない。胡散臭さで言ったら、神様を語って私達に世界の平和を守れなんて言う方が怪しいでしょ。喚び出されて目を覚ました時から、帰れるなんて思ってないわ」
冷たいとかなんとか言う以前に、そもそも言い分を聞いてあげる様子が見えないし。
……聖教国で、何か有ったんだろうか?
興味はあるけど、現状、聞き出せるほど仲良くないからなぁ。
今のままなら、そもそも仲良くなるのも難しそうだし。
俺から見たら、此処までその勇者サマと旅してたのは事実だし、向こうだってそれは自覚してるだろうし、敵対する気は無くても、遠慮してお互いに避けちゃいそう。
「でもっ! この街にも入れないんだよっ!? 2人だけだと、色々困るんじゃないかなっ!?」
機転を聞かせたものか天然の賜物か、
直前までは自分達に下された処分に反発し、街に入れろと大騒ぎしていたクセに、すぐにその処分を盾に仲間の離脱を阻止しようとするのは調子が良いと言うか、狡猾と言うか、
そんな感想は兎も角、その発言はそれなりに考えなきゃ不味い問題を突いている。
流石に顔を見合わせて黙り込む軽戦士ちゃんと
だが、何を通じ合ったものか、
アイコンタクトとかまた、随分と高度なコミュニケーションだね?
「あなた達と旅して、あちこちでトラブル起こしているのを止めもしなかった私達の自業自得よ。あなた達に心配されなくても、自分達でなんとかしてみせるわ」
きっぱりと、軽戦士ちゃんは数分前までの仲間達を斬り捨てる。
どの程度この世界ってものを見てきたか判然としないが、潔いと言うか、思い切りが良いと言うか。
結局、言うほど信頼関係の構築が出来ていない状態での旅路だったのだろう。
って言うか、やっぱコイツら、あちこちでトラブル起こしてたのか。
こんな、仲間内での連携が取れそうにもない有様で、何をしてやがるんだか。
そんなザマだってのに、何がコイツらを突き動かしていたのか。
ホントに世界を救うつもりだったのだろうか?
日本に帰りたい、その一心だったんだろうか?
それとも、他に何か有るのか?
それぞれの目的達成の為の、何がしかのプランは有ったのだろうか?
とてもそんな
どっちかと言うと、行き当りばったりの選択の結果の今に見えなくもないのが、どうにも俺の心配を助長させる。
驚きゃしないが、溜息が漏れるのはどうしようも無い。
此処に来て離脱を宣言した2人の口調、その表情には、妥協する様子は一欠片も見えない。
それは勇者サマも感じ取ったのか、弱々しく伸ばした手から力が抜けて、だらりと垂れ下がる。
これは、なんと言うか。
俺はリリスに目を向け、その呆れたような眼差しにちょっとたじろいでから、衛兵長さんに視線を向ける。
それだけで、何も言っていないのに頷いてくれるけど、ゴメン、俺の言いたい事、訊きたい事がホントに伝わってるか全然判らん。
こういう時は、きちんと言葉にするべきだな。
俺が。
「兵長さん、確認するけど、出入り禁止はその自称勇者とその仲間が対象、だよな?」
自称、って部分にやや力を篭めつつ、指差しまでしてやる。
「そうだな。危険人物とその仲間を、街に入れる訳にはいかんからな」
兵長さんが、よく通るその声で堂々と答えてくれる。
勇者とか名乗ってあちこちで煙たい扱いを受けて来た筈の男は、真正面から否定された挙げ句に力でも捻じ伏せられ、終いには危険人物として街へ入る事すら拒否され、悲劇の主人公と言うには情けない面持ちで突っ立っている。
人に良い様に持ち上げられて、根拠も無く自分は勇者だと信じて疑わなかった――その時点でどうかと思うが――男は、此処に来て行く先を見失ってしまった。
哀れと思わなくも無いが、コイツに同情する気は微塵も湧かない。
っ
勇者なんて呼ばれてチヤホヤされて、そこそこ鍛えられて強くなったモンだから、あちこちで好き勝手するのが楽しくなっちゃったんじゃ無いのか?
中堅そこそこなら兎も角、ベテランクラスの冒険者が、粋がってるガキ相手に現実を教えるとか、そうそう無さそうだし。
チンピラ紛いの、中堅手前の冒険者を相手に調子に乗っちゃったとか、その程度の
大体、勇者なんてのは「称号」であって、職業な訳が無い。
コイツは、
理解出来てると思いたいけど、でもなぁ。
さっきまでの丸出し馬鹿な発言を思い返すに、どうもなぁ。
まあ、コイツの事は良いか。
「んじゃあ、その危険人物のパーティから離れた人間も、やっぱ街に入れちゃ駄目かい? 少なくとも其処の2人は、ゴブリンを敵と見なしては居ない様だけど」
言いながら、兵長さんだけでなく、周囲――見慣れた仲間達や
冒険者ギルドの
まあ、そりゃそうだよなあ、なんて思いながら良く見れば、ジェシカさんやヘレネちゃん、それにウォルターくんは「しょうがねぇなコイツは」と言いたげな苦笑いを浮かべている。
ちなみに、リリスとタイラーくんは「また始まったか、この馬鹿」って顔をこっちに向けている。
「それは、普通は認められないな」
兵長さんの、発言の内容の割には優しい、言い含めるような声が響く。
「危険人物の仲間であった、というのが問題なのは大前提だが、その上で、だ。自分の都合で仲間を見捨てて離脱する様な人間を、容易く信用出来るか? という話でも有る……のだが」
厳し目の意見を述べながら、しかし、兵長さんは何かを考える様に発言を一旦収める。
まあ、それが普通の反応だよなあ、なんて思いかけた俺の顔に疑問符が浮かぶ。
街を守る衛兵隊、その北門を中心とした一団を纏める立場としては当然の判断だと思うし、其処に疑問は無いんだけど。
何を思っての、その歯切れの悪さなんだろうか?
「確かに、最初からそっちの2人はパーティ内での立ち位置と言うか、考えは少し違っている様だった。一緒くたにするのは違うかもしれん、とは思えなくも無いが」
別方向から声が上がったと思って視線を動かせば、ハルバートを抱え込むように腕組みしたハンスさんが、さも困ったと言う様子で俺を見ている。
「確かに、話を聞いてみるべきかも知れんな」
そんなハンスさんの発言を受けて、兵長さんも腕組みして、溜息まで
ねぇ、だからなんなのそれ?
なんで二人して、そんな歯切れが悪いの?
「……そっちの4人は兎も角、2人の方は少し話を聞かせてもらえるか? ハンス殿、付き合ってもらえるかな? それと、ファルマン
意を決した、というよりは仕方がない、と言いたげな面持ちで、兵長さんが声を発する。
街に入れるかどうかを話し合うのに、冒険者ギルドの
当の本人達の言い分も聞くのはまあ、当然だろう。
……馬鹿ひとりと、それに従う仲間は
だけど、此処で俺とリリスが呼ばれる意味って。
それも、「冒険者」としてでは無く、クランマスターとしての俺達に、でも無く。
……つい最近の、望んでた訳でも無いからついつい失念してしまう、その名前の重さを、俺はやっぱりきちんと把握出来てなんか居なかった。
何やら重要そうな話し合いが行われるっぽいのに、勇者たる自分と純粋な仲間がその場から排除されている事に不満は有るらしいが、コテンパンに伸された上に多数の衛兵や冒険者に囲まれ白眼視されては、威勢も無くなるモンらしい。
まあ、暴れようにも向こうにはグスタフさんも居るし、ウチとこのタイラーくんとジェシカさん、それにウォルターくんもヘレネちゃんも居る。
「……ヘレネちゃん、なんかすっごい無表情っていうか、見たコトない顔してるんだけど?」
初めて会ったときのオドオド顔は最近じゃすっかりナリを潜めて、ほんのり笑顔が可愛らしい、そんな印象だったんだけど。
今、そこで無表情に勇者とその一行を眺めている様子は、およそ見た事の無いものだ。
俺がたまにお説教される時だって、あんな迫力出しゃしないのに。
「アンタ、あの子の出自、忘れてるんじゃないの? あの子は元々、暗殺者の家系の出でしょうが」
リリスが、俺にだけ聞こえるように、ポツリと言う。
「ああ、そう
俺も小声で返すと、リリスは盛大な溜息を漏らした。
ええ?
なに? どしたの?
「アンタね……。もうちょっと身内の事には目を向けときなさいよ。あの子は『戦う』事が嫌だとは言ってるけど、『暗殺』を嫌ってるとは言ってないでしょう?」
リリスの物騒な呟きに、俺はしばしポカンとしてから、ちょっと慌てた視線をヘレネちゃんに向け直す。
えええ? なにそれ?
「それってどう違うんだよ? ヘレネちゃんはそもそも暴力行為が嫌いとか、そういう意味で言ったんじゃないのか?」
戦うのは嫌い、つまり暴力が嫌い、そう思ってたんだけど。
っていうか、割と普通にそう思うと思うぞ?
実家の家業が嫌で逃げて来た、とも言ってたし。
泣いてたし。
「さあね。暗殺するのは構わないけど、正面切って戦うのは苦手なのか……面倒な手間が増えるだけの戦闘は効率が良くないから好きじゃない、って意味なのか。興味が湧いたなら、聞いてみたら良いじゃない」
リリスの囁きに、俺は頭痛を覚える。
考えすぎだと思いたいし、実際ヘレネちゃんは殺気を放つなんて物騒な事をするような位置からは、普段はずっと遠く離れた所にいる。
今だって、ただ、無表情で勇者サマと仲間達を眺めているだけだ。
「お人好しの能天気ちゃんなんだから……」
リリスの溜息が、俺の意識に冷たい風を吹き込む。
やめてよ、怖いよ。
なにその呟き。
俺がちょっとイヤそうな視線を戻せば、困った様な顔を俺にちらりと向けてから、リリスは首を
「ヘレネちゃん。そいつらが大人しくしてるなら何もしなくて良いわ。だけど、騒いだり暴れたりするようなら、そいつらは私とイリスの
え、何を言い出すの?
その言い方、それ、アレだよね?
俺とか
そういう物騒な事、誰にだってあんまり言っちゃいけないと、俺は思うよ?
慌てた俺がそれ以上の反応が出来ないうちに、リリスが結びの言葉を投げつける。
「やっちゃいなさい」
唖然とした顔のタイラーくん。
笑顔の仮面が剥がれ落ちるジェシカさん。
そして、獲物から目を離さず、凍りつくような殺意の発露を隠そうともしないヘレネちゃん。
俺は憮然と頭を振る。
「リリス、お前、いつから知ってたの? ……ヘレネちゃんの
普段は屋敷の手入れを中心に、メイドチックな仕事を好む優しい笑顔の女の子。
刺繍が得意だったり、ちょくちょくウォルターくんの手伝いで厨房に入ったりもしてる、なんと言うか、家庭的な事には割とオールラウンダーな彼女。
家庭菜園みたいなのが欲しい、なんて話もしてたな、そう言えば。
冒険者としてのランクはE。
俺が――俺とリリスが――国喰らい戦に挑んだ時は、戦闘行為を嫌い、屋敷と子供達を護るために街に残ったと言う、気弱な筈の。
それを気にして、帰ってきた俺達に涙ながらに懺悔した、そんな子が。
ウチの
「アンタが見ようとしてなかっただけでしょ。まあ、それがあの子にとって心地の良いものだったのは間違いないみたいだけど。だからこそ、
俺はヘレネちゃんが危険な事を嫌う、優しい女の子だと思ってたし、だからまあ、危ない仕事はしなくて良いと日頃から言ってきた。
確かにレベルが50台と、この世界では高い部類である事は気になりはしたものの、本人がしたい様にさせていたのだ。
目を背けていた、と言われると耳が痛いのは、やはりちゃんと見ていなかったんだなあ、と自覚させられるからだ。
「あー、ヘレネちゃん。殺気が漏れてる漏れてる。気持ちはありがたいけど、無理に手を汚さなくて良いからね?」
俺が声を掛けると、ハッとしたような表情で、殺気を収めるヘレネちゃん。
ちょっとバツが悪そうに、俺に向かって頭を下げて見せる。
ジェシカさんと勇者サマ一行が、ホッとしたように表情を緩める。
ジェシカさんには悪いことした気分になるが、
「まあ、いざって時の判断は任せるよ」
なんか安心させると勇者どもがまた騒ぎ出しそうな予感がしたので、俺は手に持った手綱をあっさりと放棄する。
ひんやりと辺りに広がる、ヘレネちゃんの、触れれば切れるような殺意。
「イリスちゃん? 心臓に良くないから、ヘレネちゃんで遊ぶのやめてくれないかしら?」
ジェシカさんが困り笑いで俺に懇願するけど、俺は苦笑しつつ軽く手を振って、ヘレネちゃんを止める事はしない。
まあ、後でヘレネちゃんとジェシカさん、両方のストレス発散に何か考えとこう。
酒と甘味と、後は……何が必要かな?
「まあ、向こうはあんだけの
思考を切り替えて、俺は兵長さんとハンスさんに顔を向ける。
そんな俺に向けられるのは、なんとも微妙な顔の群れ。
今日はなんか、こういうの多いな?
「あのな……ファルマン
そんな疑問符を豪勢に飾り付けたの俺の耳に、ハンスさんの溜息混じりの声が滑り込む。
おうん?
「なんで? なんでファルマン
俺が訳の
「お前だお前。お前とリリスは、この領の領主、ファルマン
再び、やれやれと口を開くハンスさん。
兵長さんはその隣でうんうんと頷いている。
「えぇ? ちょっとやめてよ。俺もリリスも、ファルマン
ちょっと慌てて声を上げると、今度はリリスが盛大な溜息を漏らす。
ちょっと、身内までそんな反応なの?
「なんでどうでも良いタイミングでポンコツなのよ。名前が重要に決まってるでしょうが」
言いながら、リリスは俺の鼻先に人差し指を突き付けてくる。
やめて? 今、
俺の鼻がピンチなんだけど?
「ファルマン
言って、俺の鼻先をリリスの人差し指が弾く。
「正直、ああいう手合を放り出すのに丁度良い理由になったから、感謝したいが。しかし、お前たちはあの連中を追い出した上で、そこの2人を引き取りたいと、そう言う事だろう?」
兵長さんがそんな俺とリリスのじゃれ合いを取り敢えず無視して、言葉と視線だけ俺に向ける。
その言葉を受けた俺は、うんうんと頷こうとして動きを止める。
「……はァ!? 引き取るぅ!?」
待て待て待ってちょっと待って。
視線を回せば、居心地の悪そうな軽戦士ちゃんと
確かに心配は心配だよ?
今までどんな旅路だったか想像も付かないし、ある程度鍛えられたかも知れないけど。
心配すんなって方が無理だろう。
特に最近、酒や銭湯の評判で、この街に入る旅の連中も増えてるってのに。
隣の街に取られてた客足が戻ってきたんだぜ、やったね。
「ちょっと待ってくれ、俺はそこまで考えちゃ居ねぇよ!?」
いかん、関係ない事に思考を逃避させる所だった。
俺は大慌てで兵長さんに向き直る。
「じゃあ、アンタはこの2人を、右も左も判らないこの世界の、この街に放り込んで、困ってる所を眺めてニヤニヤしたいから助け舟を出してるの? 我が妹ながら、良い趣味過ぎてヒくわぁ」
そんな俺が続く言葉を口にするより早く、リリスが俺のコメカミを言葉の拳骨で小突く。
「おい姉、誤解を招くにも程が有るだろうが」
棘
「だって違わないでしょ。じゃあ訊くけど、アンタ、どういう
そんな決意も虚しく、俺の言葉を悠然と遮り、びしっ、と音がしそうな勢いで、リリスは2人組に指を突きつける。
他所様を指差しちゃいけません。
「えっ……そりゃあ、うん」
リリスの勢いと、肝心の俺の言葉を待って、静まり返る一同。
「……なんか、可哀想だったし?」
こういう時、咄嗟に、適切に言語化出来ない自分の脳が恨めしい。
脳そのものの性能はリリス並みらしいけど、使うのが俺じゃあどうしようもない。
聞いただけでは理由にもなっていないそんな言葉に。
リリスは馬鹿かコイツは、という表情を隠しもせず。
ハンスさんはふいと視線を逸し。
兵長さんは目を閉じ黙考し。
軽戦士ちゃんと
「……馬鹿じゃないかと薄々疑ってたけど、ごめんね? 疑惑じゃなくて、アンタは馬鹿だったわ」
リリスの断定が突き付けられるが、やはり、誰も否定なんかしてくれなかった。
さて、なんで俺が軽戦士ちゃんと
そんな感情でいちいち手を差し伸べていたらキリがない、ってのは良く
それに、ウチのちびっこ――とはいえ、もうじき4人は13歳になる筈、グイくんとギイちゃんはまだ12歳で、誕生日はもっと先らしい――を筆頭に、この街にはノービス冒険者、未成年で正式に冒険者になっていないだけの卵達が懸命に生きている。
そう言う、自分と仲間達の力で頑張って生きている、そんな
得ないんだけど、でも、それこそ俺がヒトである所以ってモンであって。
この世界にも、救いを求めるか細い
だけど、俺は聖人なんかじゃないのだ。
俺が動くのは、いつだって俺のエゴの為でしか無い。
可哀想だと思ったその瞬間に手を差し伸べて、助けて悦に入れればそれで良いのだ。
そう考えると、リリスの言う「良い趣味」とさほど変わらないのだが、それでも。
ちらりと視線を向ける。
この2人は、そもそも
それを言ったら勇者一行は全員そうだろうけど、ちやほやされてその気になって、ロクに自分で考えもしないような馬鹿は知ったこっちゃない。
この2人は、そんな馬鹿どもと旅を共にしながら、それなりに思うところも有ったようだ。
周囲の様々な反応や言葉、勇者たちの振る舞い、自分達の置かれた立ち位置。
疑問が湧かないほうがどうかしているのだ。
だから、共に旅をしてきたとは言っても、決して仲間とは思っていなかったのだろう。
考えすぎかも知れないけど、第一印象から、まるで仲間同士には見えなかったんだから、大きく外れているとも思いたくない。
だけど、どれ程注意深くても、思慮深くても。
育ってきた環境で培ってきた感性と言うものは、そう簡単に塗り替わってはくれない。
平和なあの国で産まれ、普通に育ってきた彼女たちが、どれ程こっちの世界の常識を身に着けて旅に放り出されたのか、それすら疑問なのだ。
俺だって、こっちの常識とか倫理観とか、そんな事には全く自信が無いってのに。
荒んでいる訳でも無く、人を疑うと言うにはちょっと優しいその眼差しを、放っとく気にはなれない。
「同郷のよしみ……いや、違うな」
誰にも聞こえない様な小声で呟いてから、俺はすぐに否定する。
そんな小綺麗な感情なんかじゃない。
「俺が人助けなんざ、柄じゃ無いんだ。単なる気まぐれさ、可哀想だっていう、それだけの」
色々とリリスに対する反論の言葉を考えたけど、そんなものは手元には無かった。
目に映った、自分の足で立ち上がろうとする意志に、気まぐれで手をのばす、それだけの。
自分本位の、気まぐれだ。
「自分で考えて自分で歩こうって気概を買った、って言うのは有るけどな。それだけ覚悟が有れば、この街で冒険者として身を立てて行けるだろ。妙な馬鹿はだいぶ減ったようだし」
例の馬鹿貴族を文字通り叩き潰してから、随分と治安は良くなりつつ有るらしい。
領主様の血縁に連なったヤベえ奴がこの街に居て、妙な真似すれば実力行使に出てくるとなれば、馬鹿貴族のお仲間も慎重になるってモンだろうし、破落戸冒険者だって自分の
他所に邸宅とかのある貴族様はそっちに逃げたのも居るらしいし、破落戸冒険者もこの街を離れた奴が結構居ると聞いた。
ざまあご覧あそばせ、ってやつだな。
「
散々に自己弁護の壁を建て、ない胸を張る俺に、周囲の反応は冷たかった。
「まあ、そうだな。正論には聞こえる。聞こえるだけだが」
「危険人物の仲間であった以上、身請け人は必要だと思うが」
「ホントに冷たい。冷たすぎてお姉ちゃん、怖いし情けなくて泣けてきちゃう」
それぞれがそれぞれの立場から、「それで済むわけねぇだろ」と言ってくる。
なんでだよ、と言いたい気持ちと同じくらい、その言い分も
リリスに関しては、ただ俺を追い込んで遊んでるだけだな、うん。
「あああ、もー! 判った、判ったよ! 街に入れる為の身元引受人にはなるよ! 定宿が決まるまでの寝床も提供する! ただし、ウチが引き取るかどうかは、本人の意志しだいだ! これでどうだよこの野郎ども!」
元より短気で短慮で行き当りばったり。
そんな俺が、色々と考えるのが面倒になったのは、当然の帰結という奴で。
仕方ない、という顔の大人2人が小さく嘆息するのと、何やら楽しそうな顔のリリスが口元を隠すのを横目に、俺は当の若年二人組みに向き直る。
「っ
主に身内のせいでちょっぴり心がささくれだった俺は、あんまり愛想が良いとは言えない顔だったと思う。
そんな俺の視線と表情と言葉を受けて、2人は顔を見合わせる。
逡巡と戸惑い、それに打算。
「……私達、
頷きあってから俺に視線を戻し、軽戦士ちゃんが言う。
へぇ?
ちょっと面白いものを見るように、俺はその決意を眺める。
「まあ、こうまで身内やら目上の連中に煽られちゃあな。それなりに協力してやるよ」
言いながら、俺は軽戦士ちゃんに右手を差し出す。
「ノスタルジアクランのクランマスター、イリスだ。お前たちが生き方を決めるまでは、客人として迎えてやるぜ」
その手を握り返しながら、頷いてくる。
「それまで、利用させて貰うわ。私は掛川
硬く握るその手が解かれ、次に
「私も、良いようにアナタを使わせて貰うね? 私は明石
2人が、それぞれ名前を、日本人名を名乗る。
……その
ちらりと思ったが、口には出さない。
「おう、よろしくな。んじゃあ、街に入る手続きの前に……。用事、済ませてきな」
思った事とは別の事をニヤリと口にしてやると、2人は俺に頷いて見せる。
そして、俺に背を向けると、つい先刻までの仲間……勇者達の元へと歩いて行く。
勇者は顔を輝かせ始める。
こっちのやり取り、その声や言葉は聞き取れなかった筈なので、仲間が戻ってきたとでも思ったのだろうか。
おめでたい事で。
腕まで広げて受け入れ体制万全の勇者の顔面に、2つの革袋が叩きつけられる。
「あの国に貰った、お金の残りよ。無駄遣いはしてないから、それなりに残ってるわ」
軽戦士ちゃん――カナエがいっそ惚れ惚れするような冷たい声で言う。
「手切れ金。それ持って、早く私達の前から消えて」
犬を追い払うように、トモカは手を払って見せる。
そうして「用事」を済ませると、2人はあっさりとかつての仲間に背を向け、こちらへと歩いて戻ってくる。
「待て、待ってくれ! どうして、お前たち……仲間じゃないか! どうして!」
がっくりと膝を落とした勇者サマは、
いちいち芝居がかって鬱陶しい野郎だ。
どうしてだって? そんなもん。
「馬鹿だからだろ、お前らが」
俺は優しいので、きちんと声に出して教えてやった。
優しい俺の姉も、軽やかな笑いを手向ける。
蒼白だった顔を真赤にした勇者サマは、しかし実力では勝てないと知っているし、まだ直ぐ側に居るヘレネちゃんの殺気が増して来たのを感じてか、何やら此処までは聞こえてこない文句らしきを言いながら俺達、そして街へと背を向けて歩き出す。
その背を追って駆け出す一行を眺め、俺達は街へと戻る。
その前に、兵長さんは衛兵たちに、もし戻ってきても追い返すようにと指示を出す。
ジェシカさんとタイラーくんも戻ってくるのを警戒して、ゴブリン村に夜までは待機すると言ってたけど。
お前らは酒が欲しいだけだろう。
此処までである程度方針は決まったものの、一応本人たちに簡単な質疑応答が行われる。
実は危険人物でした、とか目も当てられないし。
……でも、冷静に考えたら冒険者なんて「力こそパワー」ってな考えで生きてる奴も多いし、危険さ加減で言えば、俺とリリス以上の危険物は、この付近にはそうそう無い。
ごく簡単なやり取りの後、溜息混じりのリリスが「野暮用」に酒造所へと足を向け、俺と新入り(仮)の2人は兵長さんについて歩く。
街に入る前の手続きと、もう少し細かい確認作業……魔道具を使った審査と、俺がこの街に入るにあたっての身元引受人になる旨の書面にサインする為だ。
「あー、無理強いはしないけど、貴族ごっこがしたい訳じゃないなら、家名……名字は名乗らない方が良いぞ? 面倒事が増える」
詰め所に向かう道すがら、ごく気軽にフルネームで名乗った2人に、俺はどうでも良いという調子で告げる。
「そうなの?」
「ああ。日本の思い出のひとつだろうし、大事なモンだろうけどな。こっちじゃ、名前しか無い、ってのが普通なんだよ。せいぜいが街の名前と一緒に『アルバレインのイリス』とか『モンテリアのリリス』とか、そんな感じだな。冒険者なら、二つ
二つ
ホントに誰だ、狂犬とか付けた奴。
丁寧に礼をしてやるから、マジで出てきやがれ。
「ウチのクランに入るなら、クラン名と一緒に名乗っても良いし。まあ、家名付きなのに貴族じゃない、なんて、厄介事を呼ぶ事が多い……らしい」
どうでも良いことを一旦頭の中から追い出し、言葉を続ける。
俺はその、名字があるのに貴族じゃないって事で生じる厄介事には、
馬鹿正直に「井原賢介」と名乗らなくて良かった、と。
名前と言えば、リリスはちゃっかり「イハラ」をミドルネームに付けてるけど、俺の方は「ケイス」だ。
名前のもじりかと思ったけど、それだったら「ケンス」とかだろうし、どういう意味が有るんだろ?
ありそうで困る。
「ふうん……。名字を捨てるのはちょっと抵抗があるけど、名乗らないだけ、って考えれば平気なのかな。それで良いか判らないけど」
軽戦士ちゃんことカナエが腕組みして考え込む。
まあ、名字は単純に、家族との思い出だったりもする。
捨てろっていうのは酷だしなぁ。
「良いんじゃないか? 言われなきゃ知らない事だし。まあ、慣れるまでは名乗り方も練習しときな」
冒険者ギルドの、いつもの
そう言えばここには来てないけど、レイニーちゃんは多分
カナエとトモカが正式にウチに入るかはまだ不明だけど、それはそれとして、ウチのメンバーは紹介しといた方が良いだろう。
イカれたメンバーを紹介するぜぇ! みたいな。
「今更自己紹介の練習なんて、変なの」
トモカがちょっと楽しそうに言う。
「まぁな。でもまぁ、慣れだよ、慣れ」
俺は茶化すように笑う。
「そもそも、この世界にも慣れてないわよ、私は……」
カナエが、溜息を漏らしてボヤく。
やや疲れた顔だが、どこかスッキリとした様な、そんな
同朋ってだけの理由で、誰にでも手を伸ばしてやろうとはやっぱり思わないけど。
地球から、自分の意志で跳んで来た「キャラクター」と、巻き込まれた「プレイヤー」。
その存在だけでも、考えれば厄介なのに。
ここに来て、こちらから「召喚」された存在がそこそこ居る、って事実に軽い頭痛を覚える。
さっきの勇者みたいな馬鹿がまだ居るから、って事じゃなく。
いややっぱ、それもちょっと有るけど。
その召喚魔法は誰が編み出したのか?
この世界に、昔から伝わっていたものなのか?
俺が「視た」限りでは、古い時代の魔法なんかでは無かった。
では、誰かが作ったのか、それとも何らかのヒントを元に、古い魔法を復活させた、とでも言うのか。
その辺りの情報が、不自然なほどに視えなかった。
まるで、注意深く隠蔽でもされてるかの様に。
深く潜れば視えるのかも知れないが、俺が何の対策も無しに深く潜れば、流れに攫われて戻ってこれなくなる恐れもある。
調べるなら、リリスと相談しながら、だな。
だけど、もしも、その召喚魔法を作ったのが「キャラクター」だとしたら。
目的とかは知らないし、なんで聖教国なんぞに手を貸しているのか知りたくもないけど。
もしそうなのだとしたら、単純に召喚されたコイツらは、やっぱり俺達「プレイヤー」と似たようなモンなのだろう。
世界を超えるエネルギー源として利用されて、ついでにそれぞれのキャラクター達の都合で連れてこられた俺達。
この世界の、一部の人間の目的の為に求められた、それだけの理由で殺されたコイツら。
怯えた顔のカナリーの顔が、浮かんで消えた。
……嫌われて捨てられたあいつに比べりゃ、俺は遥かに幸せなんだけどね。
じゃあ、カナエは、トモカはどうなんだろうか?
近々、リリスと、そして
兵長さんの差し出す書類にサインしながら、俺は溜息を止められない。
取り敢えず、とっとと帰ってウォルターくんの作ってくれたご飯が食べたい。
ああ、でもその前に、どうせ
そう考えると溜息どころか、乾いた笑いしか浮かんでこない。
今更だけど、そんな俺です。
今、イリス家の部屋はどれくらい空いてるんだっけ?
もっかい確認しなきゃ。