拝啓、ハクスラ世界より 改訂版   作:naow

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サボリ気味冒険者のいつもの風景。


ぐうたら冒険者、日常に帰還す

 時の流れって奴は、存外に早いモンで。

 ひとりでこんな世界に放り出された時はどうしようかと思ったし、その時からずっと夢の中なんじゃないかと思っても居るんだけど。

 程々に仲間も出来て。

 こうして静かに酒坏(さかずき)を傾けていると、不思議と、この世界の、この場所に居るのが当たり前に思えてきて。

 逃避なのかも知れないけど、そんな想いが胸に……。

「リリス! ウイスキーとは気が利いてるじゃねえか! 俺はやっぱコイツが一番だと思うぜ!」

 現実逃避しようと目を閉じる俺の片耳を、破鐘(われがね)の方がお淑やかじゃないのかって思える声が引っ掻き回す。

「声が大きいのよヒゲ眼帯! まだまだ試作なんだから、そんな堂々と言ってるんじゃ無いわよ!」

 そんな酒樽の妖精のハイテンションボイスに、キーキー喧しく答える声が逆側の耳に刺さる。

「……うるっせえんだよ! 人を挟んで大声でやり取りすんじゃねぇ! 鼓膜がどうにかなっちまうだろうが!」

 ちょっと時間が経った(ふう)に、現実から目を背けようと頑張る俺の邪魔をするんじゃない。

 ウォッカの柑橘割くらい、好きに楽しませて欲しいもんだ。

 

 え? 勇者?

 

 連中を追い出したその日の夕刻、いつもの酒場(バー)ですけど?

 あんな馬鹿の相手した後で、酒を呑まないとかありえないだろ。

 

 酒造所に顔だしたリリスとタイラーくんとジェシカさんが、やたらと酒瓶持って帰ってくるし、そうなったらもう呑むしか無いよね。

 酒場(バー)に酒持ち込みなんて、普通はどうかと思うけど。

 いずれ流通する筈の、その試作品をギルドマスターか(サブ)マスターも立ち会って確認する、なんて適当な理由が付けられて、こんな無体な行動も許されている。

 あの大量の瓶のうち何本かは、今此処に居ないギルドマスターに渡される事になっているし、ギルドの営業終了後には他の職員にも振る舞われる事になっている。

 

 とは言え、他のフツーの冒険者の皆さんにはまだまだ行き渡らないので、もうちょっと控えめにしたほうが良いのだけれど、そんな俺の常識的な忠告に耳を傾ける、善良な仲間なんて居ないのだった。

 

 軽戦士のカナエちゃんと魔法士(メイジ)のトモカちゃんはそんな俺達(ばかども)の騒ぎっぷりを目にして、この先の自分達の身の振り方以前に、本当に俺達に付いてきて良かったかと自問している様子だ。

 

 うん、そりゃまあ、そう思うだろうなあ。

 寄り集まって何するかと思えば、迷いなく酒を呑み始める連中を目にしちゃあなぁ。

 でも、うっかり依頼(クエスト)受けて外に出たら文字通り命懸けなんて事も普通(ざら)に有るし、冒険者のノリにはある程度ついてこれるようになったほうが、良いと思うよ?

 

「おうい、新顔ー。呑んでるかー?」

 とは言え、知らない顔に囲まれちゃあ、切っ掛けがなければ会話も難しいだろう。

 一応同年代――に見える――俺が、ジョッキを掲げて声を掛けてみる。

「あ、うん、ジュースだけど……って言うか」

 酒場(バー)の喧騒に、物珍しそうに辺りを見回していたカナエちゃんが俺の声に反応して顔を向ける。

 一瞬、俺とリリス、どっちが声を掛けたのか迷ったらしいが、片手でジョッキを掲げている俺が声の主だと見定めて、口を開く。

 ちなみに、カナエちゃんとトモカちゃんは、ジェシカさんとタイラーくんとの間に収まっている。

 どういう塩梅でそうなったかと思ったが、まあ、俺とリリスはいつもどおり酒樽の妖精と熊に挟まれている。

 どっちも強面でガタイの良いオッサンだし、その隣は怖かったんだろうな。

 

 ……ちっ。

 あわよくば代わって貰おうと思ってたのに。

 

「あのさ、えーっと……イリスさん、だっけ? アナタ、私達とあんまり年齢(トシ)変わらないよね?」

 カナエちゃんの疑問声に、トモカちゃんが頻りに頷く。

 俺は隣のリリスと顔を見合わせる。

 うーん、まあ、見た目で言えばそうなのかな?

 一応、()()()は俺もリリスも16歳って事になっている。

 

 実際には、リリスは生後1年とちょっとってくらいだろうし、俺に至っては27歳なんだけど。

 

 まあ、そんな事は口にせず、俺とリリスは揃って頭を上下させる。

「……未成年がお酒呑んじゃ駄目だと思うんだけど……?」

 そんな俺達に、カナエちゃんが半眼を向けてくる。

 はい?

 俺は一瞬何を言われたか理解(わか)らず、無言でジョッキを呷る。

 そして、そのジョッキをテーブルに置きながら、問う。

「未成年? 俺、一応16歳なんだけど……?」

 心底理解(わか)らない、そんな顔をしてるであろう俺に、カナエちゃんは溜息を漏らし、トモカちゃんが口を開く。

「お酒は、ハタチから」

 言われて、はたと思い当たる。

 

 そっか、日本(にほん)じゃそうだった。

 

 俺は日本にいる時分から既にオッサンだったし、こっちに来てからも誰にも咎められなかったし、周りも普通に酒を勧めて来たモンだから、全然不思議にも思わなかった。

「あー、うん。日本(にほん)じゃそうだったけど、この国は15になったら成人扱いだぜ? 酒も呑めるよ?」

 俺が言うと、今度は異邦人2人が目を丸くする。

 なんでそんな不思議そうなんだ?

 地球でだって、国が違えばルールやらモラルやら、全然別(ぜんぜんべつ)モンだったりするじゃん?

「……ホントに異世界なんだね。慣れた心算(つもり)だったけど……」

 何やら頭を抱えている。

 真面目なのかな?

「呑まなきゃやってられない事ってのは、結構有るぜ? まあ、モノの試しで呑んでみろよ」

 日本でこんな事言ったら、怒られるとかじゃ済まないんだけど、此処はいわゆる異世界だ。

 そんな気楽さでジョッキを持ち上げて見せるが、強制転生女子高生は真顔を俺に向ける。

「いりません!」

 言って、おそらく果実飲料(ジュース)が入っているジョッキを呷る。

 うん、まあ、真面目で結構な事だと思うよ?

 別に、酒を呑めなきゃ一人前(いちにんまえ)と認められない、そんな世界でも無いし。

「……私は呑んでみたい」

 その隣で、俺のジョッキに興味深げな視線を向けるトモカちゃん。

「トモ!? 駄目だからね!?」

 慌てて仲間を止めに入るその姿は、まるでお姉ちゃん。

 つまらなさそうに唇を尖らせるトモカちゃんは、しかし、すぐに興味を料理へと移した。

 塩唐揚げを、ひょいひょい(つま)んで食べる。

 

 ふははは、美味かろう。

 

 ウチの自慢の料理人、ウォルターくん直伝の塩唐揚げだ。

 思えばこの酒場(バー)の料理も、そのウォルターくんの尽力で、俺が初めて来た時に比べると随分と向上したモンだ。

 もちろん、味的な意味で、だ。

「ちゃんと唐揚げ。びっくり」

 (つま)んだ唐揚げを眺めながら、目をキラキラさせている。

 そんな相方の様子に、今ひとつ信用出来ない面持ちで、カナエちゃんもフォークを伸ばす。

「ホントに? 味、ちゃんとついてるの?」

 そんな事を言いながら、恐る恐る、唐揚げを口に運ぶ。

 家庭科かなんかで失敗唐揚げを食った事あるのか?

 そんな事を適当に想像する俺の目に、次第に顔を輝かせていく様子が記録されていく。

 クール系に見せかけて、結構表情変わるのな。

 寧ろ比較的可愛らしい顔立ちのトモカちゃんの方が、あんまり表情が動かない気がする。

「ホントだ! 醤油じゃないけど、うん、美味しい! これ、塩唐揚げだね!」

「ショウユ?」

 顔を綻ばせる様子を微笑ましく思っていると、カナエちゃんの発した感想にウォルターくんが反応した。

「そう言えば、イリスがショウユがどうとか言っていたが……お前たちも、それを知っているのか?」

 そんなこの世界の料理人――見た目はそうは見えないけど――の反応に、うっかり妙な事を口にしてしまった、そんな表情を向け合うカナエちゃんとトモカちゃんは考え込むように口を閉ざし、その視線をウォルターくんの方へと向ける。

 その視線をしばし受け止めたウォルターくんの視線が俺の方に転がり、何となくバツが悪そうな新顔2人もこっちに目を向ける。

 そう言う発言の後は、もうちょっとこう、3人で情報交換でもするもんだろう。

 なんで俺に視線が向くんだ?

「ええと……その、知ってるは、知ってるけど……」

「味は知ってる。でも、()()()に来てからは見た事が無い」

 ちらちらと視線を俺とウォルターくんの間で言ったり来たりさせながら、カナエちゃんは歯切れ悪く言葉を濁し、トモカちゃんは毅然と意味不明な事を言う。

 さり気なく異世界人(いせかいじん)――の意識――であることは黙っているんだから、変なことを言って注意を引いて欲しくないんだけど。

「そりゃもちろん知ってるけど、作り方までは知らないぜ? 悪いけど」

 俺は2人が妙な注目を引いてしまう前に答えながら、両手を軽く上げてみせる。

 変に知ったかぶると面倒な事になるので、()()()()()()()事にしよう。

 まあ、余程興味が有ったとか、そんな理由でもなきゃそれがどういうものなのか、説明も難しいのは想像して貰えるだろう。

 説明出来た所で、せいぜいが大豆が原料の調味料、程度のモンだ。

 大豆から麹を作って塩水(しおみず)混ぜて発酵させて、圧搾して……なんて、作り方の説明なんて余程の事が無けりゃ無理だ。

 俺だってその程度のことは聞き齧っているが、細かい工程やそれぞれに掛かる時間なんかは知らないし、聞き齧りだから抜けだって有るだろう。

 

 新兵器の霊脈検索で探そうと思えば、この世界の似たような調味料は探せるかも知れない。

 だけど、そうすると、何となくだけど。

 

 探しちゃうと、案外本物の醤油を探し当てちゃって、その過程でそれを作った同郷の人間に出会ってしまいそうで。

 なんと言うか、躊躇してしまうのだ。

 

 同郷の人間に有って懐かしい話をしたい、そんな夢を見ない事もないんだけどさ。

 今まで出会った同郷人、7人中5人が残念な馬鹿だったから、なんと言うか。

 同郷人不審に陥るよね。

「まあ、何処かで出回ってるかも知れないし、そのうち回ってくるかも知れないし。今はこっちにも商人が戻ってきてるし、年末だっけ? なんかバザーやるんでしょ? そこで出るかも知れないし」

 俺はそんな考えをぐっと飲み込み、適当に思いついた事を適当に口にする。

 商業ギルドのアランさんが忙しそうだと、ウチのレイニーちゃんの担当ちゃん……名前、すぐ忘れるな……誰だっけ? が言っていたのを思い出したのだ。

 

 銭湯開業前からの計画だった、あの広い庭園を使ってのバザー。

 

 それを、いよいよ開始出来るのだとか。

 ウチのボディソープやシャンプー類、それに酒。

 その辺の商品が、貿易で各地を回る商人達の目に、どれ程アピール出来るのか、楽しみである。

 

「おう、お前らどけよ。このテーブルは俺達が使ってやるぜ」

 

 調味料の話から、年末のバザーに思いを飛ばしている俺の耳に、聞き慣れない声が滑り込んでくる。

 なんだか酷く無礼な事を言われた気がするんだけど、何処の馬鹿だ?

 

「聞こえなかったのか? 俺達は王都出のBランクパーティだ、大人しくこのテーブルを()けろって言ったんだ、田舎者ども」

 

 視線を向けるより早く、別の声が俺の苛立ちスイッチに触れてくる。

 ……なんだって今日は、馬鹿がこんなに沸くんだ?

 勇者パーティの後はBランクパーティだぁ?

 馬鹿の大判振る舞いなのか? 今日は。

 仮面を手に取りながら、多分、今日一番の溜息を漏らす。

 

 俺達が陣取っているのは酒場(バー)のど真ん中の大テーブルだ。

 似たような大テーブルは他にも4つ有るが、このテーブルはど真ん中だけに目立つ。

 別に俺は目立ちたいなんて心算(つもり)は無いんだけど、もともと此処はグスタフ組がぐだぐだと呑んでた席だ。

 そこに俺が居るのは、別に乗り込んだわけでも喧嘩売った訳でもなく、気が付いたら取り込まれて、顔出(かおだ)しゃ此処まで引っ張ってこられるってのが正しい。

 だからまあ、正直このテーブルに未練も執着も無い。

 

 無いんだけどさぁ。

 

「ああ、女は残れ。男に用はない、とっとと退()け」

 

 それでも、無礼で下劣な馬鹿に大人しく席を譲ってやろうって思うほど、気弱でも無い。

 ……相手のレベルが俺より上だったら、まあ、穏便に逃げることも視野に入ってくるんだけどね?

 気が大きいのか小さいのか、そんな事はさておいて、自分でも判るくらいに剣呑な視線を向ければ、そこには5人の、見て判る破落戸冒険者。

 レベルは全員20そこそこ。

 見てくれと言いレベルと言い、どう見てもBランクとは思えない。

 大体あれだぞ?

 Bランクって、結構な熟練冒険者だぞ?

 ウチとこのタイラーくんとジェシカさんがBランクってのも信じ難いのに、こんな見て判るクズ冒険者がBランクだと?

雑魚(ザコ)が背伸びしてんじゃねぇよ。何がBランクだ、実力も頭の程度も良いとこEランクじゃねぇか。()かけねぇ顔に免じて教えてやる、粋がりたいなら時間帯を見合わせな」

 言いながら、手にした狐面を付ける。

 こういう手合は、痛い目を見ないと理解(わか)らない。

 立ち上がる俺の胸元に、案の定、男のひとりの手が伸びてくる。

手前(てめえ)! 誰に大口叩いてるのか判ってるのか!?」

 俺は特に抵抗もせず、されるがままに持ち上げられる。

 この程度で軍礼服が伸びる訳もなく、平然と俺をぶら下げている。

「お前らだよ、雑魚(ザコ)ども。余裕が無いにも程が有るだろう、馬鹿が」

 ポケットに手を突っ込んで、ぶら下げられたまま軽口を叩く。

 別に我慢する心算(つもり)も必要も無いんだけど、何となく、次はコイツはなんて言うのかなあ、なんて考える俺に、後ろから声が掛かる。

「イリス。結果に関与はしないが、出来れば殺すな。叩きのめすのは構わん」

 ハンスさんの声だ。

 ちらっと左肩越しに後ろを振り返れば、あーあー、視界に居る全員が中々な形相だ。

 ジェシカさんの笑顔がすげえ怖いし。

 まあ、いきなり暴れそうなのは、このメンツだと俺かリリスくらいのモンだけど、手を出してこられたら、全員反撃するだろうな、これ。

 

 そんな視界の面々の中で、ゲンナリ顔の新顔2人がちょっと印象的だな。

 

「あぁ!? このデカブツ、お前も舐めてんのか!?」

 俺をぶら下げたまま、男がハンスさんに暴言の矛先を向ける。

 この男の後ろでは、残り4人がニヤニヤと俺達を眺めている。

 

 馬鹿共が、その程度のレベルで、なんの余裕だ。

 その人は、多分、冒険者の基準で言えばAランクだぞ。

 立場的には冒険者ギルドの(サブ)マスターなんだけど。

 

 俺は溜息を()いて、男の右手首――俺を吊り下げているそれに手を掛ける。

 

「あぁ? 手前(てめえ)、抵抗でも――」

 手の中で、鈍い音が短く連鎖する。

 俺の行動に反応しかけた男は、すぐに耳障りな絶叫を上げ、束の間の拘束から解かれた俺は床に両足を戻す。

 それにしても(きたね)え声だな、耳が(いて)ぇし。

 

 右手首を押さえて絶叫を続け、男は床を転げ回る。

 その手首は、俺がさっき()()()()()()()()

 

 もう、まともに武器も持てないだろうな。

 

「大の男が、テメエから喧嘩売って来といて、やり返されてピーピー騒ぐな、鬱陶しい。大体テメエら、宿にも寄らずにまっすぐ此処に来たのか? (くせ)えんだよ、まずは身奇麗にしてからこいや」

 顔を蹴って黙らせ、俺は狐面越しの視線を残る4人に向ける。

 何が起こったかは判らない、だけどここで引き下がる訳には行かない。

 そんな様子と怒りの形相で、それぞれが得物に手を伸ばす。

「このクソガキがッ!」

 それがどの男の声だったか。

 4人は同時に動いた。

 冒険者ギルド内とは言え、武器を抜くこと、それを人に突きつける事がどういう意味か、判らない連中でもあるまい。

 あのお調子者の自称勇者とは違って。

 武器を抜くという事は、殺すという意思表示。

 反撃されて殺される覚悟を持っての行動。

 俺はそう解釈しつつも、ハンスさんの言いつけも有るし、そこそこ手を抜こう、そう思って()()を開始した。

 

 

 

 結果から言えば、最初に俺に手首を潰された男が一番の軽傷で済んだ。

 残る4人は。

「無闇に武器なんぞ抜くからそういう目に遭うんだよ。俺の機嫌が良くて助かったな?」

 ボロ雑巾のほうが、掃除に使える分まだしも役に立つ、そういう状態で仲良く床に折り重なっている。

 全員の利き手を完膚無きまでに破壊し、丁寧に両膝を踏み砕いた。

 首や背骨は無事だと思う。

 肋骨は……無事な部分も有るんじゃないかな?

「まだ意識は有るんだろ? とっとと治療院にでも行きな。()っといたら死んじまうぞ」

 右手首を押さえている男に声を投げてから、俺は背を向ける。

 まあ、ホントに死んじゃうかは判んないけど、手加減にも限度が有るからなあ。

 そこそこ強めに()(ぱた)いたし、もっと言えば、別に死んでも構わないとも思ったし。

 

 ほんの数日前の葛藤や、ハンスさんの言いつけ云々は何だったのかと言う程、俺の行動の物騒度が上がってるけど、それもこれも馬鹿が調子に乗って突っ掛かって来た結果だ。

 俺は悪くない。

 

「お前らはただの冒険者だから、この程度で済ませてやるよ。賊の(たぐい)だったら、問答無用で殺してたぞ?」

 一応捨て台詞を置いて、俺は席に着く。

 一方で、ハンスさんの指示を受けたギルドの職員数名が、ボロ雑巾以下の破落戸どもを抱えてギルドハウスを出て行った。

 余計な仕事を増やしてゴメンね、職員さん。

 

「昼間の勇者サマと言い、今さっきの馬鹿どもと言い、何なんだ?」

 席に着くなりブーたれると、グスタフさんが俺の頭に手を載せてグリグリと撫でる。

「最近は商人やらの評判で、旅人や冒険者が来るようになってきたからな。酒と風呂の評判でな。そうするとまあ、中にはああいう馬鹿も混ざってくる訳だ」

 言いながら()いている手でジョッキを傾け、豪快に笑ってみせる。

 軽く酒場(バー)を見渡せば、俺を知ってそうな、驚きもしていない連中と、俺達から目を背ける連中とに別れている。

 そう言えば見たこと無い顔も、ここ最近増えた気がする。

「ああいう手合は門で追い返せないのかい? 昼間みたいに」

 されるがままに撫でられながら、俺は口を尖らす。

 下手に抵抗すると結局撫でられる時間が伸びるので、最近じゃあ、余程機嫌が悪くない時はされるがままだ。

「昼間の様な判りやすい馬鹿は(はじ)けるが、普通は問題を起こさない前提で門をくぐるからな。素行が悪かろうがなんだろうが、門で暴れるか手配でも掛けられてなきゃ、大体は街に(はい)れるな」

 夜中はそもそも入れないがな、そう言ってまた豪快に笑う。

 

 いや笑えねぇよ。

 

 イキナリ冒険者ギルドで問題起こしてるじゃねぇか、あいつら。

 俺の納得が行かない様子に、リリスの向こうに座るハンスさんがジョッキを持ち上げる。

「新しい街に入った冒険者が、舐められないように粋がって見せるのは何処でも見る光景だ。ああまで考えなしの馬鹿は滅多に見ないがな」

 そう言ってウォッカを呷るその言葉を継いで、タイラーくんが口を開く。

「そんな馬鹿を、あそこまで手加減無しで叩きのめすのも、お前くらいのモノだがな」

 眼鏡を直すその隣で、カナエちゃんがうんうんと頷いている。

 おいおいおい、ちょっと待て。

 軽く視線を走らせると、それぞれ困り顔だったり微笑みだったり小難(こむずか)しい顔だったり様々だが、タイラーくんの意見に反対する奴は居ない様子だ。

 冗談だろう?

 反論を述べようとしたその鼻先を、聞き慣れた声が抑える。

「あら。イリスはびっくりするくらい、手加減したわよ?」

 ブランデーを注いであるグラスを手に、リリスが一同を見渡す。

 一同の視線もまた、リリスに集中する。

「私やイリスが手加減無しでやったら、そこに転がってたのは怪我人じゃなくて肉片よ」

 言って、目を閉じ、香りを楽しむようにブランデーを腔内に流し込む。

 

 フォローは嬉しいけど。

 あの程度の連中相手には、それは事実だけど。

 お前、言い方ってモンがあるだろうが。

 

 しばし静まり返る周囲の中で、いち早く気を取り直したジェシカさんが、ちょっぴり引き攣った笑顔をリリスに向ける。

「えっと、こういう室内で魔法を使うのはどうかと思うわよ?」

 俺の魔法をいくつかその目で見ているジェシカさん。

 洞窟での小物相手に魔法を使っている所とか、もっと前に、魔獣騒動の時の俺の大暴れも見ていたらしい。

 そんな彼女だから、俺の本気、イコール魔法、と捉えたんだろう。

 

 それも間違って無いんだけどね?

 

「あんなゴミを廃棄するのに、魔法なんて使う必要無いわよ。って言うか、魔法使(つか)ったら肉片も残さないわよ」

 グラスをテーブルに戻しながら、リリスは涼しげに言う。

 お前はお前で、極端だな。

 一部の魔法を使えば、確かに肉片も残さず消せるけどさ。

「私達と同レベルの相手なら兎も角、あの程度なら素手で十分に挽き肉に出来るわ」

 今の俺と違って、リリスは狐面を付けていない。

 その紅い目が、少しも笑わずに告げる。

 

 その瞳を見つめ返す方は、各々、言葉もなく黙り込む。

 リリス()の背に立ち上る、冷たい殺気を幻視でもしてしまったかのように。

 もちろん、リリスは殺気なんか放っちゃ居ない。

 

 ただ、本気の発言すぎて、誰も笑えないだけだ。

 

 俺は小さく吐息を漏らすと、仮面を外してジョッキを呷る。

「あーもう、物騒な会話はヤメだヤメ。結果手加減はしてるんだし、もう良いだろ。ンなコトより、飯の話でもしようぜ」

 居た堪れなくなった俺は、努めて軽い調子で声を上げる。

 リリスのアホ、仲間内で白ける真似してどうすんだ。

 ちらりと視線をやるが、全然気にした様子も無いのがまたハラが立つ。

 そんな俺の首に、やけに太い腕が絡みつく。

「馬鹿、飯の話なんざどうでも良いんだよ。そんな事より酒の話だろうが!」

 グスタフさんは、普段は鬱陶しいけど、こういう時には頼りになる。

 それぞれ俺の真横に近い位置に居るハンスさんとグスタフさんは、流石のベテランの貫禄で、リリスの発言にも動じる様子は無い。

 ただ、その酒が呑めなくなるから、俺をヘッドロックすんのはやめて欲しいんだけど。

「あぁ? オッサン、飯の話がどうでも良いたぁ、良い度胸じゃねぇか」

 テーブルの向こうで、ウォルターくんが反応する。

 彼なりに、どう言って良いか判らない空気を変えたいのも有るんだろう。

 タイラーくんやジェシカさんに比べて、彼はこういう場の空気を大事にすると言うか、妙な具合で揉めたり沈んだりするのを嫌う。

 まあ、言うべき事は、物怖じせずに言うアツい男でもあるんだけど。

 だけど、そこよりも先に、俺の扱いについて抗議して頂きたい。

「おう? お前が俺に文句たぁな。もっと酒に強くなってからにした方が良いんじゃねぇのか?」

 すげえ楽しそうに、酒樽の妖精が挑発する。

 すんのは良いけど、その前に俺を解放しろ。

「上等じゃねえか。今日はへこましてやるぜ、オッサン」

 言って、ジョッキを掲げておかわりをアピールするウォルターくん。

 ……もしやキサマ、もう空気がどうのとか、どうでも良くなってねぇか?

 俺の扱いについてとか、もっと言うこと有るだろうが。

「おっと、それは俺も混ぜて貰おう」

 眼鏡を直すと、同じ様にジョッキを掲げるタイラーくん。

 お前は何の関係も無いだろうが。

 場の空気がどうのとか、考えもしてないだろうが。

 呑みたいだけだろうが。

 何なんだ、この眼鏡は。

 

「あらあらあら、それじゃあ、勝った人はイリスちゃんをお持ち帰り出来るとか?」

 

 そんな男どもの暑苦しくてどうでも良い勝負に、ジェシカさんがニコニコと一石を投じる。

 この人はこの人で、何を言い出してるんだ?

 こんな危険物を持ち帰り?

 あまりの発言にもう一度テーブルを見回せば、顔を赤らめて口元を隠したりと、思い思いの仕草で俺に視線を向ける新顔2人とレイニーちゃん。

 表情が消えるヘレネちゃん。

 なんでか、すんごい(かお)で俺を睨むリリス。

 慌てて遺憾の意を表明しようとする俺。

 

「……あ、俺はそれ、要らないな」

「俺もちょっと……」

「俺も要らん」

 そんな俺が反応するより早く、口々にその賞品を拒否する、飲み比べ予定だった男ども。

 拒否が早いし息ピッタリだな、おい。

「なんでだ! 魅力のカタマリだろうが!」

 賞品にされるのは激しく(ノー)だが、邪険にされるのはそれはそれでハラが立つ。

 複雑な秘めたるオッサン魂に突き動かされ、別の意味で抗議する俺を、野郎3人は再び見事な連携で迎え討つ。

 

「魅力……?」

「お前はもうちょっと飯食って成長しろ」

「それ以前の問題だ。寝言は寝床で言うものだ」

 寄ってたかって、挙げ句に真顔で言うとはどういう了見だ!

 ぎゃいぎゃいと騒ぐ俺はしかし、結局野郎3人に鼻で笑われあしらわれると言う、非常に不愉快な目にあった。

 

 中味はオッサンだけど、見てくれは美少女。

 何が不満なんだこの野郎ども!

 

 自分で何に怒っているのか良く判らなくなった俺の視界の端っこで、ヘレネちゃんが中途半端にジョッキを掲げて、泣きそうな顔で俺を見ていた。

 そのジョッキは、どういう意図で掲げられたモノだったんだろうか?

 

 結局行われた呑み比べには、何故か俺も参加した訳だが、それから1時間も俺の記憶は()たなかった。

 

 

 

 昨日は妙なのに出くわすのが多い1日だったなぁ、そんな事を思う俺は自室のベッドの上で何となく目を覚ました。

 いつもの如く、帰宅した記憶なぞ無い。

 風呂に入った記憶も無いのに、見事な半裸でベッドの上に転がっている。

「……起きよう。あと、酒は控えよう」

 もう何度目か判らない、心の籠もらない反省を口にして、身体(からだ)を起こす。

 

 取り敢えず、風呂に入ろう。

 

 そう思った俺が半裸で部屋を出て、いつも通りにヘレネちゃんに怒られ、それなりに着替えてから風呂場へ向かい、身支度を整えて居間に顔を出したのは、もうじき昼と言う時間だった。

 

「おー? あれ? 君達、ちゃんとウチについて来たんだねぇ。部屋はどうしたん?」

 居間でワイワイとはしゃぐ子供達と、寛ぐ大人組。

 その中で若干居心地の悪そうな新顔2人。

 ウォルターくんの姿が見えないが、まあ、どうせキッチンだろう。

「あ、お部屋は、取り敢えず客間にお通ししました」

 ヘレネちゃんが立ち上がって俺に報告し、頭を下げる。

 彼女はメイドっぽい服装をしているが、それは彼女の選んだ仕事着であって、立場的には純粋な俺達の仲間――雇用契約有り――だ。

 壁際に控えて立っている、なんて事はさせずに、みんなと一緒にソファで寛ぐようにお願いしている。

 

 お願いしないと、壁際で立ってるんだもん。

 

 そんな「仲間」としての扱いにも慣れてくれたヘレネちゃんだけど、どうしてもこう、俺に対する態度がまだちょっと硬い。

 もうちょっと、フランクに接して欲しいなあ、なんて思っちゃうんだけどなぁ。

 これはお願いしても、中々出来ない事らしい。

 

 嫌われてるって事、無いよね?

 

「そかそか、ヘレネちゃんが案内してくれたんだね。ありがとね」

「はっ、はい! とんでもないです!」

 俺が笑顔で礼を言うと、ヘレネちゃんは顔を真赤にして頭を下げ、ソファに腰掛ける。

 可愛いけど、なんで顔赤いんだ?

 ……今の俺の発言に、セクハラ要素でも有ったんだろうか?

 気をつけねば。

 俺は小さく咳払いすると、新顔……カナエちゃんとトモカちゃんに顔を向ける。

「……あー。結局昨日は話せなかったけど、改めて。此処がウチのクラン、『ノスタルジア』の拠点だ。で、俺が一応はクランマスターって事になってる」

 そう言ってちらりと動かした視線の先には、リリスとタイラーくんとジェシカさんが並んで茶を啜っている。

 能力で言えばリリスの方がクランマスターには相応しいんだけど、本人が面倒だから嫌だと言っているし、タイラーくんとジェシカさんは、クランの資金を食いつぶすなら裏方の方が都合が良いとか言って、こちらにも拒否されている。

 

 どういう理由だよ。

 

 そういう訳で、俺がクランマスターと言うしかない。

 溜息を()きたい気分で、俺は視線を2人に戻す。

「それを踏まえて、2人には今後の身の振り方について考えて欲しい。俺から提示する事が出来るのは2つ」

 言いながら、指を1本立てる。

「ひとつは、この屋敷を出て、冒険者をするなりなんなり、自分達で身を立て、生活する道」

 まあ、キツイ言い方になるかもだけど、それでも、これは普通の生活をすると言う事だ。

 冒険者に限らず、どんな仕事をしてどんな生活をするにしても、誰しも各々の力で生きている。

 とは言え、平和な日本で暮らしていて、突然こんな世界に「召喚」された元女子高生に、いきなり自活しろと言っても難しいだろう。

「もうひとつは、取り敢えずウチのクランに入って、この屋敷で生活しながらこの世界に慣れる道。いつかクランを抜けるのも自由だ」

 もう1本指を立て、言う。

 これはまあ、甘やかしと言えば甘やかしなんだけど、事情を考えたら()っとけない、そんな俺の心情だ。

 2人とも、もうじき40に到達しそうなレベルとは言え、年齢的には16歳くらい。

 妙な大人に騙されたり、変なダンジョンに入り込んで罠に掛かったりしたら目も当てられない。

 2人とも、罠解除のスキルとか持って無さそうだしなぁ。

 

 俺の内心は判らなくとも、提案については2人は顔を見合わせて、そして言葉もなく頷いている。

 

 この2人、妙にアイコンタクトが多いけど、もともと友人同士だったんだろうか?

「昨日も言ったけど、私達はあなた達を利用したい。心苦しいけど、お世話になります」

「お世話になります」

 カナエちゃんが言い、トモカちゃんが続く。

 やれやれ、そんな大博打(おおばくち)みたいな顔しなくてもねぇ。

「わざわざ偽悪的に言わんでよろしい」

 俺は立ち上がると、二人に向かって歩み寄って、右手を差し出す。

「歓迎するぜ。取り敢えず、飯食ったら部屋決めるか。希望は有るかい?」

 俺の手を取り、カナエちゃんが答える。

()いてるなら、何処でも。文句は言わないわ」

 次いで俺の手を取ると、トモカちゃんが言う。

「鍵が付いてて、眠れるなら何処でも良い」

 2人とも、シンプルで結構。

 特にトモカちゃん、この子は意外と何処でも生きていけるのではなかろうか。

 

 その後、ウチのメンバー達がそれぞれ自己紹介していく。

 子供達がそれぞれ元気いっぱいに、大人組はそれぞれの個性で。

 此処に居ないウォルターくんとメアリーちゃんは、それぞれ改めて顔を合わせることも有るだろう。

 そもそも、ウォルターくんとは昨日会ってるしな。

 

 ……メアリーちゃん、俺的にはもうクランメンバー扱いなんだけど、本人にはまだ聞いてないな。

 今度ちゃんと誘ってみよう。

 これで拒否されたら俺、泣いちゃうかも。

 

 新入り2人を眺めながら、俺はほのぼのと思考を遊ばせる。

 そうだ、折角同郷の人間を仲間に出来たんだし、またケーキでも焼こうかな?

 

 昨日とは打って変わって平和な日常に、俺はそんな事も考える。

 

 どうせ夕方には、またいつもの馬鹿騒ぎなのだ。

 のんびり出来る時には、徹底的にのんびりしておこう。

 何かを考え込んでいるリリスの口元が笑いの形に歪んでいるのを見て、俺は窓の外へと視線を逃し、思考も逃避させるのだった。




仲間が増えたよ、やったね!
しかも、今度は斥候(スカウト)じゃ無いよ!
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