拝啓、ハクスラ世界より 改訂版   作:naow

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治癒師(ヒーラー)という職業と、その周辺の胡散臭いお話。


悩める回復魔法

 気軽に回復魔法が使えない、こんな異世界なんて。

 今日は挨拶が短めな俺です。

 ……これはこれで、なんか作品タイトルみたいだな。

 

 

 

 治癒師(ヒーラー)の扱いと言うか、そもそも(クラス)の登録なんて自己申告だと思い込んでた。

 俺は戦士だ、って思ったら戦士として登録できるモンだと。

「それは基本職の場合だな。中級職以上の場合は、試験を受ける事になる。ただ、治癒師(ヒーラー)の様に特別なクラスも有る」

 ジョッキを呷りながら、冒険者ギルドの(サブ)マスターの熊さんが教えてくれる。

 頼れる野生動物である。

「本来は、お前の魔導師(ウィザード)も、自己申告では無理なんだがな。魔導師(ウィザード)は、魔法士(メイジ)系統の上位職だ」

 今更ンな事言われても、最初にすんなり通っちゃったんだから俺の所為じゃないぞ。

 まあ、冒険者登録の時の魔力適性のチェックで、ずば抜けた適正値を叩き出したから、疑われなかったらしいけど。

 それで良いのか、冒険者ギルド。

 魔法士(メイジ)は基本職だけど、魔力の適性が一定以上有る者だけが就く事が出来る、他よりは少しだけ特殊な(クラス)なんだそうな。

 魔法士(メイジ)として経験を積んだら、精霊魔法士(スピリチュアラー)呪法士(シャーマン)魔砲術士(ガンナー)等の中位以上の(クラス)へと昇格する事が出来る。

 

 試験を通過したら、ね。

 

 ちなみに、ハンスさんの説明によると、魔導師(ウィザード)は同じ字の魔導師(ソーサラー)と並んで、上位職だそうで。

 と言うか、ウィザードって正確には魔法使い……いや、俺の思い込みだ、今更気にするのは辞めよう。

 ソーサラーかウィザードかを別けるのは、ほとんど好みなんだとか。

 それで良いのか魔法業界。

 

「じゃあ、私は試験を合格すれば、中位職になれる?」

 トモカちゃんが無表情の目をキラキラさせて、ハンスさんを見ている。

 さっき冒険者登録を終えたばかりで、何やらテンションが上っているらしい。

 

 見た目からは、非常に判り難いけれど。

 

「さっき見たが、魔力適性的には問題無いな。ただ、試験は当然無料(タダ)と言う訳にはいかん。(かね)を稼いでくるんだな」

 期待に満ちた眼差しを受け流し、世知辛い現実を突き付けて酒を呑む熊。

 すかさず今度は俺に視線を向けるトモカちゃんだが、見えてる魂胆には、俺だって簡単に首を縦に振る訳には行かない。

「気持ちは判るけど、その前にFランクとしての仕事を2つ3つ受けてからにしな。実績も無しに(クラス)だけ上がっても、多分良いこと無いぞ」

 いきなりこんな世界に放り出されて、どうしたもんか判らずあれこれやらかした、俺という見本が有るんだ。

 せっかく基本職から経験出来るんだから、しっかり基礎を積みなさい。

 ……そう言いたいんだけど、やっぱ俺自身が相当楽してる自覚は有るので、あんまり強く出れない。

「ウチのクランマスターはケチだー」

「此処のメシ代、自腹で払わせても良いんだぞ?」

 ぶーたれる魔法士(メイジ)にピシャリと叩きつけると、余計な発言は余計な出費になると気付いたのか、トモカちゃんは黙々とステーキを頬張り始める。

 そう言う現金なとこ、嫌いじゃないよ?

「そうなると、私も幾つかクエストこなしたら、昇級試験受けさせて貰えるの?」

 ステーキに夢中なトモカちゃんの隣で、今度はカナエちゃんがサンドイッチを片手に声を上げる。

 ……サンドイッチ、気が付けば酒場(ここ)の定番メニュー入りしてるな。

 ウチのウォルターくんは、あれで結構小銭を稼いだんじゃなかろうか。

「ああ、段階なり手順なり踏んでくれりゃ、構わんぜ」

 本当は、試験費用は自分で稼げと言うべきなんだろうけど、まあ、中位職の試験代くらいは、面倒見るのも良いだろう。

 この先、子供組も成人してノービスを卒業するんだろうし、その先には同じ話が出るだろう。

 その時には、やっぱり同じ様に対応する事になるんだろうし。

 

 子供組が成人、15歳か。

 さぞや生意気盛りなんだろうな。

 

 そんな事を考えて、ちょっと微笑ましくも寂しい気持ちを満喫した所で、俺はハンスさんに改めて言葉を向ける。

「んで、さっきもちらっと聞いたけどよ。……治癒師(ヒーラー)が特殊なのは、なんでだ?」

 (じつ)は冒険者ギルドで登録出来ない、特殊な(クラス)と言うのは治癒師(ヒーラー)だけではない。

 例えば騎士(ナイト)は、(クラス)として表示されもするが、本質的には爵位だ。

 この国で言えば、王に認められて、初めて名乗ることが許される。

 じゃあ冒険者に騎士(ナイト)は居ないのかと言えばそんな事は無く、冒険者として登録しつつも王国の為に働いたと認められて騎士になった者も居るし、逆に武勇をもって騎士に叙されてから、冒険者登録する者も居る。

 後者は割と変わり者な気がするけど、きっと俺の偏見だろう。

 

 だが、そんな騎士(ナイト)と比べても、治癒師(ヒーラー)は特殊と言うか、様子がおかしい。

 いつぞや眺めた仲間募集掲示板でも治癒師(ヒーラー)が居たので気にして居なかったんだけど、まさか自己申告出来ない(クラス)だなんて思わなかった。

 

「聖教国の連中が、治癒、回復魔法は神の御業、或いは許された者だけが使える模倣だと言ってな。市場にも回復魔法の魔法書やスクロールが出回らんし、普通は聖教国が絡まない治癒師(ヒーラー)は出てこない」

 ハンスさんはジョッキを呷る。

 その中身が透明なのは、水なんかじゃなくてウォッカだからだ。

 そう言う呑み方はよした方が良いって、マジで。

「普通じゃない治癒師(ヒーラー)ってもの、居ないことは無いのか?」

 俺が疑問を放つと、静かにジョッキをテーブルに戻した。

「無論、居た。だが、そう言う者達は、聖教国に拾われるか……謎の失踪を遂げるか、だ」

 俺は呆れたように吐息を漏らし、カナエちゃんは口元を両手で覆い、トモカちゃんは食事の手を止める。

「おやおやまあまあ。そいつはまた、随分と怪しいハナシじゃないの」

 蜂蜜とレモン果汁入の蜂蜜酒(ミード)をひとくち呑み下してから、視線をハンスさんに向ける。

「そうだな、実に不審だ」

 そんな視線を受け止めながら、ハンスさんは何事でも無いかのように言う。

「やれやれ面倒な話だな。そんなザマで、回復やら治療はどうすんだ? 冒険者でなくても、街にも必要だろ。いちいち教会に金を払うのか?」

 俺の疑問に答える前に、ハンスさんはジョッキを掲げておかわりをアピールする。

 

 もう呑んだのかよ。

 

 そんな呑み方して、良く(サブ)ギルドマスターとしての仕事が出来てるモンだ。

 それ以前に、身体(からだ)に悪いから、ホントにやめといた方が良いと思うよ?

「聖教国ではそうなんだろうし、この街にも、聖教会は有る。だが、この王国では錬金術師や薬師による治療行為が認められている。先に教えておくが、聖教国では聖教会以外の治療行為は認められていないらしいぞ」

 疑惑の眼差しを向けられているとは思っていないであろうハンスさんが、その疑惑以上に怪しい現状を教えてくれる。

 まぁ、その辺の事は何となく、予測可能だったと言うか、お約束と言うか。

 俺は、別になんも悪いことをしていないカナエちゃんに、半眼を向ける。

 ごめんよ、半眼なのは余りにもアレな聖教国の所為だから。

「そんな目で見られても、私は知らないわよ。……でも、あの国では治療するのもポーションを売ってるのも、全部教会だったわ」

 召喚されたのがその聖教国だから、違和感を感じなかったのだろうか。

 旅の途中は、怪我の回復や予期せぬ病気には、どう対処していたのか。

 

 ……いや、そう言えば居たなぁ、キャンキャンうるさい治癒師(ヒーラー)が。

 

「此処までの旅路は()()治癒師(ヒーラー)が居たから、街の治療院とかの世話になる機会も無かった、か」

 あれで、意外と優秀な治癒師(ヒーラー)だったんだろうか?

 戦闘では役に立ちそうには見えないんだけど、意外と見かけによらないのか?

 戦闘後にのんびり回復してたんだろうか。

「そうね。まあそれなりに回復は出来ていたし。それに、何処の街でも村でも、トラブル起こして叩き出される才能の持ち主が居たから、のんびり散策なんて出来なかったし」

 その才能を間近に見ていた人間の言葉は重い。

 あの治癒師(ヒーラー)ちゃんの回復魔法は兎も角、馬鹿勇者(自称)は、仲間を連れて異邦を旅してる、その自覚は有ったんだろうか?

「……お前らがあの馬鹿を見限ったの、判った気がするわ。まともに宿取れた事、あんのか?」

 話の本筋に関係ない所だけど、気になった俺は思わず心の声をそのまま言葉にしてしまう。

 旅路の途中で街を見かけても、馬鹿がパーティリーダーだった所為で、まともに宿を取るどころか滞在すら出来ないとか。

 俺なら2回めにトラブル起こされた時点でキレてる。

「ええと、2~3(に・さん)回は?」

 カナエちゃんの隣でステーキを平らげ、満足気なトモカちゃんが答える。

 

 君は君でマイペースに、さり気なく良いモン食ってるね?

 お支払いは俺だからって、随分遠慮が無いね?

 

 聖教国って、アルバレインっ()ーか、この王国の東の方だった気がする。

 ちゃんと地図見たこと無いけど、冒険者ギルドでちらっと見た限りじゃ、そうだった筈だ。

 多分。

 距離だけ見ても、此処からモンテリアまでの比じゃない。

 どんだけの時間を費やした旅だったのか。

 それなのに、その旅路でたったの3回そこらの宿。

 そんなのちゃんと宿を取ったうちに入れて良いものか、甚だ疑問である。

「うんうん、君達は頑張ったよ」

 俺は同情したものか、何とも言えない顔でジョッキを持ち上げて、蜂蜜酒(ミード)を口に運ぶ。

 話が横道に逸れてしまったので、口に含んだ酒を飲み下して、改めてハンスさんへ顔を向ける。

「まあ、あの2人の苦労話やら愚痴は後で改めて聞くとして。それで、だけどさ」

 ハンスさんは俺の言葉を聞いているのか居ないのか、ウェイトレスさんから受け取ったジョッキを変わらぬ調子で呷っている。

「例えば俺が回復魔法を使えるっ()ったら、結構マズいのかね?」

 俺の軽い一言に、ハンスさんはジョッキを呷っている姿勢のままで数秒固まる。

 

 えっ、そんなに?

 

「……使えるのか? 本当に?」

 ジョッキを下ろすのも忘れて、ハンスさんは目をこちらに向ける。

「あー、うん。最近覚えた」

 いつもの通り、カッコいい言い回しなんか思いつかないので、俺も適当にジョッキを傾けながら答える。

 ハンスさんの胡散臭気な、と言うか、値踏みでもしてるのかって目つきに居心地の悪さを感じながら、やっぱこの話はマズかったか、と内心で舌打ちしながら。

「……いつ、いや、どうやって覚えた?」

 声色が、詰問のそれに変わりつつ有る。

「安心してくれよ、俺は教国なんぞに関わりは無い。俺が覚えたのは、()()()()()()()だよ」

 俺は目を伏せてハンスさんの刺さるような視線から目を逸らして、勿体ぶるように言う。

 

 得体の知れない、謎でしか無かった魔導師(ウィザード)が街に居着いて、色々有って気が付けば領主様に気に入られて。

 そんな奴が、実は聖教国の関係者かも知れないと思ったら、そりゃ警戒もするだろう。

 だから、俺は即座にその疑いを否定する。

 あんな馬鹿を勇者とか言っておだて上げて、体良く放逐するような胡散臭い国と、関わりが有るなんて思われるだけでも御免だ。

 

 ただし、教国に関わって居ないのは勿論本当だけど、古い時代の回復魔法だ、っていうのはほぼガセだ。

 なにせその部分の根拠は、リリスが、俺の覚えた回復魔法は本来の姿のそれ、って言っていた、それだけでしかない。

 本来の姿を分割して、わざわざ使い(にく)くされている今の回復魔法を、半ば強引に元に戻しただけ。

 本当に本来の魔法に戻っているのかは当然不明だけど、効果そのものは(いにしえ)のそれと同じ筈だ。

「教国については、向こうからちょっかい掛けてくるなら叩き潰す。その程度の興味しか無いよ」

 ジョッキをテーブルに預け、開いた目をハンスさんに向けて、静かに言葉を押し出す。

 

 ああもう、回復魔法ひとつで、ホントに面倒臭いな。

 

「わかった、聖教国に関しては、お前の言葉を信じよう。気になるのは」

 そんな(ふう)に溜息を堪えて意識をジョッキに向けた俺に、気難しげな声が降ってくる。

「古い時代の回復魔法、と言う事だな。それは何が違うんだ?」

 ちらりと視線を向ければ、やはり笑っていないハンスさん。

 何となく視線を転がせば、新人2人やジェシカさん、タイラーくんと、グスタフさんまで興味深げな視線を俺に向けている。

 あれか、リリスが人前で使うなって言ったのは、こういうのを見越しての事だったんだろうな。

 理解(わか)ってる心算(つもり)だったけど、やっぱり認識が甘かったらしい。

 今度こそ俺は溜息を()いて、目を閉じる。

「何も小難しい事はないよ。単なる、完全回復魔法さ」

 多分、そこそこのどよめきが起こるかな、なんて予想しつつ、俺はさらりと答える。

 なんでも無い事のように言っておけば、多少なりとも衝撃は緩和される、かも知れない、なんて脳天気な事を思いながら。

 しかし、俺の予想に反して声は上がらず、俺の耳に届く酒場(バー)の喧騒には仲間の声は混ざってこない。

 何事かと若干焦るが、顔には出さないように注意しながらゆっくりと目を開ける。

 そんな俺の目に映るのは、仲間や見知った顔の、息を呑んだような表情の群れだった。

 視界の中、新人2人すらも言葉も無く、呆然と俺を見詰めている。

 

 なんで?

 

 びっくりした俺まで黙り込むと、酒場(バー)ど真ん中の大テーブルを沈黙が支配する。

 周囲のテーブルはそれぞれ盛り上がり、こっちに注意を払う様な奴はほとんど居ないらしい。

「か……んぜん? 回復?」

 カナエちゃんが、誰にも先んじて口を動かすが、絞り出されたのは弱々しい単語だ。

 その顔を見れば、何かを抑えるように、その手を口元に押し当てている。

 

 え? 大丈夫?

 吐きそうなの?

 

「確認させて。完全回復魔法って、どういうモノなの?」

 その隣のトモカちゃんが、無表情で――だけど、何となく真剣な眼差しで――俺に問い掛けてくる。

 俺はその視線に目を合わせる。

「どうも何も……怪我と病気を含む状態異常の回復、それに体力の回復をあわせてるヤツだな」

 俺が「霊脈」で魔法を興味本位で漁った時には、それらは別々の魔法として存在していた。

 リリスには後で、本来の姿とは違うと教えられたが、俺はそんな事を知る筈もなかったし、なにせ浅い流れで拾った魔法だ。

 もっと深いところまで()()()、それこそ本来の完全回復魔法も見つけられたかも知れないけど、旅先の夜警の合間の片手までの作業だ。

 ロクな準備も無いままに深みにハマって流されるとか、そういう危ない目に会いたくなかったから、そんな真似はしなかった。

 だけど、その時に面白いスキルを手に入れていた。

 

 合成。

 

 スキルと言うか魔法に近いモンだけど、覚えてみると色々便利だ。

 多分、錬金術師とか、或いは他の生産職が覚えるようなモノだと思うけど、俺も覚えられたんだから仕方ない。

 霊脈の中では、何か色々と事情が違うのかも知れない。

 今度リリスに確認してみよう。

 

 そんな面白スキルを手に入れた俺だけど、別に錬金術に限らず、なにかしらの生産系スキルを持っている訳でもない。

 じゃあ意味ないじゃん、一瞬そう思ったんだけど、魔法の合成が出来たんだから、何が役に立つか判らんものだ。

「そんな……。回復魔法はそれが別れてて、それぞれランクに依って効果の強弱も変わる、そう教わった」

 少し青褪めて見える顔で、トモカちゃんが言う。

 

 ランク?

 初めて聞いたけど、そんなモンあるの?

 

 改めて、脳内で魔法を確認してみるが、回復魔法の効果は判るけどランクなんてものは判らない。

 効果としては、さっき行った通りのものでしか無い。

 それがどの程度の効き方なのか、なんてのは、言われてみれば確かに、試した事もなかった。

 

 これで大して効果が無かったら笑う所なんだろうか。

 

「怪我や状態異常の回復には、被術者の体力を使う。場合によっては、怪我は治ったけど体力が尽きて死ぬ、と言う事も起こり得る。それを回避するために、体力を回復させる魔法か、ポーションなどを併用する」

 訥々と、トモカちゃんが言葉をつなげる。

「私は、そう教わった。それらを統合させた魔法は存在しない。それは神の御業、教会でも聖人とか、或いは聖女と呼ばれる人にしか使えないって」

 その目は、まっすぐに俺を捕らえている。

 

 聖女、ねぇ。

 

「それで? まさかこの俺が、聖女サマだなんて思っちゃ居ないよな?」

 鼻で笑ってみせる。

 こんな口の悪い、ガサツな存在が聖女だなんて、誰にも見えやしないだろう。

 そんな呼ばれ方をするくらいなら、狂犬や番犬の方が遥かにマシだ。

「全然、そんな(ふう)に見えない」

 俺の人の悪そうな笑顔に、トモカちゃんが素直に答える。

 思わず小さく吹き出しながら、俺は大きく頷いて見せる。

「見えたら困るわ。でもまあ、その説明は有り難いね。俺は回復魔法を……そうだな、発掘して、それを統合させたのさ」

 軽く言って、蜂蜜酒(ミード)を呷る。

「いや、軽く言っているがな……。お前、それがどんな事か理解(わか)っているのか?」

 てっきりトモカちゃんからの流れで、カナエちゃんが何か言うかと思っていたが、その隣の眼鏡が口を開いた。

 カナエちゃんはそんなタイラーくんの言葉に、頻りに頷いている。

「どんなって、回復魔法使えるようになってラッキー、って話だろ?」

 俺のドヤフェイス回答に、全員が揃って呆れ顔で溜息を吐き散らす。

 なんだそれ、練習でもしてたの?

「ラッキーとかそんな話で済むか、このスカタン。回復魔法のスクロールも魔導書も出回っていない現状で、それを会得できた事が問題になるんだ」

 タイラーくんが皆を代表するように眼鏡を直しながら言い、それに続いてカナエちゃんが口を開く。

「私からすると、どうしてもイリスちゃんは聖教国の関係者って事になるんだけど……。でも、確かに向こうで見た事は無いし……」

 日本から聖教国に「召喚」された彼女は、そもそも聖教国を信用して居なかったと公言している。

 そんなカナエちゃんが、見知らぬ筈の異国で、回復魔法を使う聖職者以外の人間を見て、どう思うのか。

 まあ、余り良い想像にはならないだろうなぁ。

「だから、俺は教国の関係者じゃ無いから。大体」

 俺は言葉を切って、それを溜める。

 言った所で、どうあっても言い訳にしか聞こえないと思うんだけど。

 それでも言っちゃう辺りが、悲しいところと言うか。

「本来の回復魔法をバラして、使い勝手を悪くしたのも、そもそも教国の関係者なんじゃねーかと疑ってるってのに。そんな胡散臭い連中の手駒になるなんざ、お断りだぜ」

 そう、誰がやったのか、それがいつの話なのかなんてのは浅く潜った程度では判りはしなかったけど、わざわざ効果をキレイに切り分けてある辺り、どう考えても作為的だ。

 術者の負担を減らす為?

 それだったら、怪我の回復と体力の回復、状態異常の回復も同じく体力回復をセットにして、2つに分ける、で良いと思う。

 わざわざ3つに分けたのは、費用の請求の為なんじゃないかと邪推してしまうのだ。

 

「胡散臭いって……どういう事? 使いやすくする為、とか、そんなんじゃないの?」

 教国を信用出来ないと言い切るカナエちゃんだが、俺ほど穿った見方はしていなかったらしい。

 その顔色が悪いのは、或いは、その可能性から目を逸らしたいのか。

 

 3つに分けていると言う事は、使用時には、最低でも2つは併用しなければいけないという事。

 

 怪我は、或いは病気は治せますが、体力が付いてこないので、死んでしまうでしょう。

 それを避けるための魔法は、これくらい掛かりますよ。

 いえ、確かにお気持ちで、とは言いましたけどね? でもねぇ。

 ……なんて売り言葉が見えてきてしまう。

 

 教国の連中にすりゃ、ケチって払えなかった奴が死んだ所で、何も困りはしない。

 怪我は直したのですが、残念です。

 ()()()()()()()()()()()ばかりに、必要な魔法を使うことが出来ませんでした。

 

 勿論、邪推だし妄想だ。

 妄想ついでに言えば、状態異常、病気の治療の方を分けたのは、また別の理由も思いつく。

 使い易くする為、なんかじゃない。

 

 使わない為に、だ。

 

 なにせ、体力の回復は出来るんだから、死なないように体力を持たせ、ヤバいかな、となっても、使うのは軽い状態回復魔法。

 それだけで、教国の神官かなにか知らないけど、彼らが居れば命はつなげる。

 逆に言えば、いつまでも金を毟り取れる訳だ。

 

 ただの妄想だってのに、酷く気分が悪い。

 

「――そんな感じで、金をせびり易いんじゃないかと思った訳さ」

 俺は思った事を、幾分和らげて伝える。

 カナエちゃんはトモカちゃんと顔を見合わせ、しかし言葉は無い。

 俺の妄想を聞いたハンスさんは、渋い顔でジョッキを握りしめている。

 グスタフさんもジェシカさんも、いつもの陽気さがナリを潜めている。

「タダの妄想だ、と笑い飛ばすのは簡単だがな」

 そんな中、タイラーくんが口を開いた。

「この街の、聖教国の連中の言い分を聞いているとな。無いとも言い切れんな」

 聖教国は他国にも熱心に働きかけ、その教会をあちこちにバラ撒いているらしく、当然このアルバレインにも有る。

 タイラーくんの言葉でその事を思い出した俺は、ふと、やや古い記憶を刺激されてハンスさんに顔を向ける。

「ハンスさん、いつぞやの子供達の葬儀、手を尽くしてくれたのは、連中なのか?」

 生来、無信心とは言わないが、信仰無精とでも言うのか。そういった方面にはとんと疎い俺だ。

 ()()()に来てから、そういう宗教じみた施設に顔を出した事すら無い。

 だから。

「うん? ああ、いや、あれは別の、元々この国で信仰されている教会の方だ。……俺は聖教国が好かんのでな」

 この街で「教会」と言ったら、2種類有るんだなんて事すら知らなかった。

「後からノコノコやってきて、お前たちの信仰しているモノは神ではない、真の神は嘆いている、悔い改めなければ地獄に落ちるしか無い、なんて謳われてもな。不愉快に思うしか無いだろう」

 苦々しげなその口調から、聖教国への嫌悪がありありと伺える。

 ハンスさんの立場で此処まで好きに言えるって事は、この王国では、聖教国の勢いはそれほど大きくは無いって事なんだろうか。

 

 それにしても、国どころか、世界が違ってまでこんな話を聞くとはねぇ。

 人間、考えることは似たようなモンって事かね。

 

「何を話しているかと思えば。イリスと()の回復魔法は、古代魔法の再現実験の産物よ。魔法を占有して金儲けに狂奔してるような連中と、一緒にされるのは心外だわ」

 

 呑気に考える俺の後頭部に、聞き慣れた身内の声がぶつかる。

 おや、思ったよりもお早いお帰りで。

 っ()ーか、古代魔法の再現とか、言い訳にしても良く思いついたね?

「それを秘匿してた俺達だって、あんま人の事は言えないと思うけどな?」

 振り返れば、憤懣遣る方無い様子のリリスが仁王立ちしていた。

 

 

 

 俺の余計な一言で、更に機嫌を悪くしたリリスに棘付きの言葉を浴びせられたりしたものの、その辺の遣り取りは日常の延長でしか無い。

 そんな事よりも、さり気なくリリスが俺の回復魔法までコピーし(パクッ)ていた事の方が気に掛かる。

 遠隔視(リモートビューイング)と言い、回復魔法と言い、俺は結構怖い思いをして「霊脈」に潜ったってのに。

 この分だと、飛行(フライト)の方もコピーさ(パクら)れてると思ったほうが良いだろうな。

 

 ホントに(かね)の請求するぞこの野郎。

 

「お笑い勇者サマを追い返したし、その上無関係のクセに回復魔法まで使えるとなれば、教国から見たら私達は敵そのものでしょうね」

 回復魔法が使えると言う事で生じたどうでも良い疑惑を、リリスは鼻先で笑い飛ばす。

「そういやお前、堂々と『魔王』なんて名乗ってたしな。そりゃ教国にしてみりゃ、敵でしか無いわな」

 俺は、いつもより離れた位置に座るリリスを指差して笑う。

「駄犬が吠えてるんじゃ無いわよ。まあ、どう転んだって無関係か敵対かの二択にしかならないんだし、気にしすぎてもね」

 離れた位置から俺に噛み付いて見せてから、リリスは俺と同じく特製の蜂蜜酒(ミード)を呑む。

 まだ日も高いし、強い酒を呑む気分じゃないのは俺と同じか。

 小腹が空いた俺は、通りかかったウェイトレスさんにポテチを注文してから、リリスに言葉を投げ返す。

「物騒な二択じゃないの。まあ、俺はそれで構わないけどな」

 無関係か、敵対。

 友好的な関係を結ぶ選択が出てこない辺り、やっぱコイツは俺の姉妹だわ。

「元より、この国ではポーションも薬草も、商業ギルドや冒険者ギルドを通じて流通している。連中がその大本を握ろうとしても、現状では不可能だ。だが、魔法となると話が変わる」

 そんな俺とリリスの遣り取りに、熊さんが割って入る。

「連中にとって、ポーションは兎も角、回復魔法が使える在野の人物、というのは邪魔でしか無い。いずれ、何がしかの動きは有るだろうな」

 言って、俺の目をじっと見つめるハンスさん。

 俺はその視線を受け止めて、肩を竦めてみせる。

「やれやれ怖いねぇ。まあ、そっちは向こうさんの動き次第かね。向こうが穏便に済ますってんなら、こっちだって無闇に暴れる理由は無いさ」

「そういう事ね。私達は、なにせ平和主義者だから」

 口々に言って、平和な笑顔を浮かべてみせる俺達双子。

 リリスさんや、平和的と言うには、その笑顔はちょっぴり獰猛ですよ?

 そんな俺達の様子に、ハンスさんはやれやれと頭を振る。

 他の連中も、何処か諦めたように苦笑やら溜息やらを漏らす。

 

 ()()アホ勇者を筆頭に、各種勇者を世界にバラ撒いているらしい聖教国。

 出回らない回復関係の魔導書類。

 ……そして、馬鹿貴族と繋がって居た痕跡のある、神聖魔法を使えるらしい「教会」に所属する男。

 

 聞いた時から胡散臭いと思っていたけど、だんだんその濃度が上がってきている様だ。

「……余りやりすぎるなよ?」

 ハンスさんの心からの忠告は、多分、心底心配してくれているんだろう。

 

 在野の回復魔法使いは、教国に抱き込まれるか、或いは消される。

 俺達がその、在野の回復魔法を使える存在である以上、いずれ教国に知られたら、どちらかに動くであろうから。

 

 そんなハンスさんの言葉に、俺達は。

 多分、揃ってイイ笑顔だった。




おはなしの難産度があがってるぅ
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