拝啓、ハクスラ世界より 改訂版   作:naow

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 たまには思っても居ないことで心配されちゃうお話。


心配性の不器用な過保護

 リリスさんは銭湯4号店についてのお話で、会談した貴族様と意気投合したと自称している。

 初めて会った貴族様と意気投合とか、嘘を述べるにしても、もっと上等なものを用意せよ、と思うんだけど、そう言うと怒る。

 

 いやだって、そんな話、信じろって方が無理だろうがよ。

 

 俺が下手に顔出したら相手さんを怒らせるかも知れないからって、領主様(おじーちゃん)がわざわざ一筆(したた)めて来るレベルの、本物の貴族様だぞ?

 温和な仮面の下に愉快な本性を隠してる、あの領主様(おじーちゃん)とは訳が違うんだぞ?

 

「あのね。私とアンタを一緒にしないでくれる? なんて言ったら良いかなあ? 生まれ落ちた瞬間から、持ってる気品が違うのよ、アンタとは」

 

 ドヤ顔で蜂蜜とレモン果汁を加えた特製蜂蜜酒(ミード)を呷るリリス(おまえ)は、どう足掻いてもやっぱ俺の姉だよ、うん。

「気品? ここ最近で一番のジョークじゃん」

 飛んできた空のジョッキが、俺の額で良い音を立てる。

 

 こっちも呑んでる最中は、狐面してないんだからちったあ加減しろよ。

 ひっくり返った俺を指差して笑う周囲の冒険者(ばかやろうども)に素直にイラつきながら、そんな事を考える。

 

 リリス(こいつ)は、ホントは貴族様を怒らせて帰って来たんじゃないのか、そう思うんだけど、どうかな?

 

 

 

 回復魔法が使えるって事を、周囲にばれないようにこっそりと……いやでも、結構普通にさっきまで話してたのに、今更隠しても、なんて思いつつ、カナエちゃんとトモカちゃんの手首の痣を消すことで証明してみせた俺。

 まあ、効果が小さいので、これを治したことによる体力の消耗なんて無きに等しい気がするし、そんなものが有るのか無いのか、体感しろと言うのは無理な話な訳で。

「いや、回復した時点で充分だ。お前をおちょくると、その辺の冒険者が半殺しにされかねん」

 意外なことにタイラーくんが真っ先に信用してくれたらしいが、相変わらず一言余計である。

「お前をボッコボコにしても良いんだぞこの野郎」

 なんてちょっぴり凄んで見せたけど、半笑いで肩を竦められただけだった。

 普段は殆ど表情が動かないくせに、こんな時には良く表情が変わるな?

「不毛な事はやめなさい、アンタじゃ良いようにあしらわれて終了でしょうが。口先で勝てる相手じゃ無いでしょ」

 何となくそうなるだろうなー、って思ってた事を代弁してくれる姉。

 

 うるさいやい、そんな事ないやい!

 

「問題は、効果の程は兎も角、実際に回復魔法が使える事だ。後先も考えずにこんな場所で使って、人の口に戸は建てられんぞ」

 ハンスさんが、言う割にはのんびりとした様子でジョッキを呷ってみせる。

 体格の所為でジョッキが小さく見えるけど、大ジョッキになみなみとウォッカ注いでるからな、このオッサン。

 もうちょっと人間社会に溶け込む努力をしろよ、野生の熊さんよ。

 カパカパ呑んでるそれ、水じゃねぇんだよ。

「あーあ、これからは怪我人やらが出たら真っ先に呼ばれるぞ。お前、妙に甘っちょろい所あるからなぁ」

 その熊の逆側、俺を挟んで隣りに居る眼帯している酒樽の妖精が茶化すように笑う。

 こっちも全く平素と変わらないご様子だが、呑み方はハンスさんのそれと変わらない。

 バケモノしか居ないのか、この酒場(バー)には。

 妖怪呑兵衛のクセにうるさいなぁ、俺が甘ちゃんなのは自分で良く知ってるよ。

「俺は、見知らぬ他人を治療してやろうってほど聖人っ()はねぇよ。身内以外は診ねぇからな」

 唇を尖らせて精々不満げに言って、蜂蜜酒(ミード)を喉に流し込む。

「私は、貴族様相手に法外な金額で商売しようかしら?」

 少し離れた席のリリスが、面白そうに唇を歪めている。

 そういう悪そうな笑顔(ツラ)、よく似合うなあ魔王サマよ。

「変な恨みごとを抱えるようなコトすんなよ? 絶対に俺が巻き込まれるから」

 釘を刺しとこうと思うけど、こんな釘で歯が立つとも思えない。

 案の定、リリスの笑みは深くなるだけだ。

 ああ、ホントに面倒臭い。

 ジョッキを咥えながら、俺は酒場(バー)の天井に視線を向ける。

 別に何がある訳じゃないけど。

「所でイリス、さっきのナンパ男達だけど、あれ、大丈夫なの?」

 そんなカナエちゃんの声が耳に届いたので顔を戻せば、驚いたような顔の群れが俺を凝視していた。

 

 なになに? どした?

 

「ナンパ? 誰が? え? イリス、アンタナンパなんてしたの!?」

 目を見開くとか言う珍しい表情で、リリスがテーブルに手をついて立ち上がり、いつもより離れた位置だってのに掴みかかってきそうな勢いで俺を見る。

 どういう理由で、そんな面白おかしい理解になったんだ、お前は。

「なんで俺がナンパすんだよ、逆だ逆。(オレ)ぁ男にゃ興味ねぇよ」

 ジョッキを戻してひらひらと手を振って、それから周囲を見回してやれば、呆れ顔が半分、悲しそうな顔が半分。

 っ()ーか、なんだ?

 さっきまでの、結構なキナ臭さの話の時には周りはほぼ無反応だったのに、急に周囲の視線がこっちに集まってんな。

「男に興味が無いとか、若い娘が悲しいことを言うんじゃねぇよ。お前はもうちょっと色々出来るだろう? そうだな、例えば、もっと女らしい恰好をするとか」

 腕組みまでして、グスタフさんが深く息を吐く。

 なんだかお父ちゃん感出してるけど、余計なお世話だよコノヤロウ。

 ほんでグスタフ組の、お前らは揃いも揃って、小難しい顔で頷くんじゃない。

 着ないからな? ヒラヒラした服なんぞ、絶対に着ないからな?

「イリスがナンパされた? カナエ、冗談はもっと洗練させんと、笑えないぞ?」

 眼鏡を直しながら、タイラーくんが何か言っている。

 お前はお前で、やっぱなんか失礼だなコンチクショウ。

 ……なんて思ったけど、なんだろう、なんか微妙に顔が怖いな。

 

 気の所為だよな?

 

「いえあの、ホントにナンパされたんです。私達3人だけど」

 ちょっと気圧された様子のカナエちゃんが慌てたように答え、タイラーくんに視線を向けられたトモカちゃんが唐揚げをぱくつきながら頷いてみせる。

 いつ頼んだの、その唐揚げ。

 随分大盛りだな?

「……どういうコトなの? アンタ、ホイホイ着いていったりしてないでしょうね?」

 尋常ではないほど冷たい声に顔を向ければ、リリスが盛大に殺気を漏らしている。

 落ち着け、理由は理解(わか)らんけど、取り敢えずその殺気を隠せ隠せ。

「まずは座れよ、取り敢えず呑め、お前は」

 すげえ怖いんだよ、お前が怒ると。

 こんなに殺気をだだ漏れに點せちゃって、こんなんじゃ周りの冒険者のみなさんだって、怯えちゃって……。

 

 そんな事を思いながら再び周囲を見渡せば、あれ?

 

 全員って訳じゃないけど、なんだ?

 こう、怒ってらっしゃる様に見える視線が、ちらほら見受けられるんだけど?

 え? なに? 俺、下手こいた?

「……あー。その場で袖にしたら、こう……3人共、手首掴まれてな?」

 説明責任に駆られて状況を話し出すと、揺らめく周囲の殺意。

 気の所為か、距離を詰められてる気がするし、なんなの怖い。

「手首を? 掴んだ? アンタの?」

 殺意の代表格が、静かに質問を飛ばしてくる。

 何だよ、怖いからやめてよ。

「ああ、俺もだけど、そっちの2人もな。手首に出来てた痣は、そん時のだよ」

 周囲の視線がカナエちゃんとトモカちゃんに向き、そしてまた俺に戻るのを感じる。

 怖えな、視線に物理的な圧力を感じるぞ。

「で? お前は怪我はしていないのか?」

 タイラーくんまでが、イヤに静かな声を押し出してくる。

 ヤだなあ、説教された時を思い出して背筋が冷えるんだよ、その声。

「俺は怪我なんかしねぇよ。並の頑丈さじゃねぇからな」

 言って、俺は右袖を捲くってみせる。

 見よ、この細い手首。

「頑丈だから無事だった、か。そいつらは、お前の体感で、どの程度の強さで握っていたんだ?」

 なんと言うか、タイラーくんの様子がおかしい。

 なんだこれ、尋問か?

「あー? えーと、結構強かったな……。手首くらいなら、握りつぶしても構わんって程度? 普通のコだったら、ヤバかったかもな?」

 そう言って、俺はカナエちゃん達に顔を向ける。

「え? 私は、痛いくらいで済んでたけど……」

 ちょっと引いたような顔で、答えてくれるカナエちゃん。

「私は、さっき回復してもらうまでずっと痛かった。ちょっと骨の心配してた」

 無表情に左手首を掲げ、飄々と答えるトモカちゃん。

 って、そんなに痛かったのかよ。

 早目に言いなさい、そういう事は。

「なるほど、まあ、相手も握力にばらつきは有るだろうが……バケモノが無事で、軽戦士は痛い程度、魔法士(メイジ)は手首を負傷、か」

 言いながら、眼鏡を上げるタイラーくん。

 ちょっとまてや、誰がバケモノだこの野郎。

 ……と、いつもなら噛み付く場面なんだけども。

 眼鏡を直す指の間から覗く目が、見た事が無いほど冷たい。

「まあ、そういうこったな。2人とも回復してるし、俺は元より怪我はしてねぇ。馬鹿3人は衛兵隊に連行されたし、もう問題ねぇよ」

 そんな目を見た俺の口は軽口を吐き出すことも出来無い。

 なんだか妙な胸騒ぎを抑え込み、それでもなんとか、なるべく陽気に言ってみせる。

 

 なぁんで、お前はそんなに殺気立ってるんだい? タイラーくんよ?

 

「そうか、衛兵隊が働いたか。所でイリス、俺は少し用事が出来た。晩飯までには戻る」

 そう言って立ち上がるタイラーくん。

 なになに、何処行こうっての?

 話の流れから嫌な予感しかしないから、そういう事言うの、やめてくれるかなぁ?

 慌てて止めようと立ち上がりかける俺の前で、リリスが考え込むように閉じていた目を見開く。

「……待ちなさいな、タイラーくん」

 おもむろに口を開くと、動き出そうとするタイラーくんを制止する。

 ちょっと今までにない事態を前に、役に立たない俺に代わり、身内を律しようとしてくれるのか?

 なんだかんだで頼れる姉だぜ……!

 そんな(ふう)に安心してしまった、その目の前で、リリスは軍服の胸ポケットから何やら手のひらに収まる何かを取り出し、タイラーくんへと放り投げる。

 うん?

 なんだそれ?

 反射的に受け止めたタイラーくんは、それをしげしげと眺める。

 見た限り、黒い、なんかのケースの様だけど……。

 何が入ってるんだろ?

「……これは?」

 ケースを開けて中を確認してから、リリスへと質問を投げつける。

 残念ながら、俺の位置からはその中身は見えない。

 ただ、ケースを開けた瞬間に、ひやりとした何かに首筋を撫でられたような気がしただけだ。

「タイラーくんなら聞いたこと有るんじゃないかしら? 『享楽の抱擁』よ」

 答えるその声に暫し黙考し、タイラーくんはケースを閉じる。

「これは、要返却か?」

 すう、と細められた瞳が、リリスを捉える。

 答えるリリスは、楽しげに唇を歪ませる。

「そうね、どうせ使う予定も無いし、報酬代わりにあげるわ。使いたい時には借りるわね?」

 答えを確認すると、ぐっとそのケースを握り締める。

 そしてタイラーくんは俺達に背を向けると、喧騒の間を抜けて冒険者ギルドから外へと消える。

 

 じゃ、ねぇんだよ!

 

「リリス!? おま、なんてモン渡してんだ!」

 リリスが渡した「享楽の抱擁」、なんだか危ない薬の名前みたいだけど、ソレはそんな生易しいモンじゃない。

 なんで俺が知っているかって?

 見てたからだよ、そのアイテムを。

 つい最近、と言うか、ついさっき、だ。

「あらあら、別に死ぬわけじゃなし、構やしないわよ」

 肩を竦めて見せるリリスと、そんなリリスに怯えている俺の様子に、流石に気になったのか、ハンスさんが俺へと目を向ける。

「なんだ? 享楽の、なんとか言っていたが。それはどういった物なんだ?」

 そいつは、トモカちゃんが気になっていたアイテムのひとつ。

 ちらりと視線を向けるが、トモカちゃんは気付いた様子もない。

 

 そうだよな! アイテム名と説明文(フレーバーテキスト)とか、あの場では俺にしか見えて無かったもんな!

 

 何となくリリスに目を向けるが、コイツは「好きになさい」みたいな態度でグラスを傾けてやがる。

 絶対コイツのほうが、俺より遥かにトラブルメーカーだと思うんだけど!

「……呪いのアイテムだよ。ひと刺しで、精神崩壊を誘発する程の激痛を齎す」

 冗談で買ってこようかと思ったアイテムを、実の姉が俺より先に購入してました。

 しかも、俺が想定してた相手にその針先が向かうようで、積極的に止める気にならないのがなんとも。

 

 だけど、つまりはタイラーくんは、衛兵隊の隊舎に向かったんだよな?

 見つかったら怒られるじゃ済まないと思うんだけど……?

 

「……なるほど、そうか。今更追いかけた所で、アイツには追いつけんだろうな」

 慌て焦る俺とは対象的に、ハンスさんは落ち着き払っている。

 えっ、なんで?

「いやいやいや、そんなんで良いのかよ(サブ)マスさんよ!? 今まさにウチのクランメンバーが犯罪行為を……!」

「バレなきゃ問題ねぇんだよ」

 慌てふためく俺の肩を、グスタフさんが叩く。

 

 はぁ!?

 このオッサン、何言ってんだ!?

 

「冒険者の自由の原則だ。お前も大好きだろう?」

 逆側から、ハンスさんがしれっと言ってのける。

「心配要らねぇよ。アイツがそこらの衛兵なんぞに、見つかるような真似(ヘマ)するかってんだ」

 唐突に背後から掛かる声に、見上げるように振り返れば、そこには揚げ芋(ポテチ)を山盛りにしたバスケットを持ったウォルターくんが立っていた。

 あ、今日はこっちの厨房に居たのね?

「アイツが行かなかったら、俺が行ってたぜ?」

 テーブルに揚げ芋(ポテチ)を置きながら、そんな軽口を叩く。

 いや、いくら軽口でも物騒すぎるのでやめて頂きたい。

「滅多な事を言うんじゃねぇよ、衛兵隊と揉めてどうすんだ。大体、相手の特徴も聞かずにどうすんだ? アイツ」

 折角出された料理だけど、摘みながらも心配で、口から出るのは感想ではなく愚痴だ。

「おいおいおい、お前は斥候(スカウト)を甘く見すぎだな? 調査から潜入まで、俺らの得意分野だぜ?」

 言って、ウォルターくんはガハハと笑ってみせる。

 豪快なのは結構だけど、そんな事を大声で言うんじゃないよ。

 とは言え、まあ、そうなんだろう。

 それに。

 

 タイラーくんは、暗殺系のスキルを持つ、斥候(スカウト)だ。

 

 安心しようとして思い出した事が、余計に俺の心臓に嫌な汗を伝わせる。

 大体、なんでこんな事になってんだ?

「なんであんなヤベえ奴みたいな雰囲気で出て行ったんだアイツぁ。まるで仲間の仇討ちにでも行くような(ツラ)だったじゃねぇか」

 蜂蜜酒(ミード)を呷って素直に愚痴れば、周囲の顔の群れがキョトンと俺を見る。

 何だよ何なんだよ。

「姐御。お言葉ですが、姐御にちょっかい出した野郎を、衛兵に任せてそれで収まる筈が無いでしょうが」

 隣の大テーブルに陣取るグスタフ組のひとりが、実に暑苦しい眼差しで言い、周囲がそれに激しく首を上下させる。

「その通りだ! 俺達の姐御に色目使った挙げ句に力づくでどうこうしようなんざ、許してやる理由がひとつも見当たらねえ!」

 更に別のひとりが鼻息も荒く力説する。

 それに頷くグスタフ組と、眺めて笑う酒樽の妖精。

 いや、止めろ妖精さん。

 お前んとこの若い連中が、なんかおかしな事言いだしてんぞ。

「待て待てちょっと待って、畳み掛けるようにツッコミどころを晒してくるんじゃないよ。何だよ姐御って。その後のセリフもおかしいし」

 色々と勢いが凄いし、とても俺の手には負えねぇよ。

 取り敢えず、「俺達の」ってなんだ。

 なんで俺が他所のクランのマスコット的な扱いになってんだ。

 野郎にモテても少しも嬉しくねぇよ。

 ふと気付けばいつの間にかジェシカさんも姿を消しているし、ちらりと見れば周囲の野郎どもの視線は暑苦しいし、どうすりゃ良いんだこの状況。

 俺は蜂蜜酒(ミード)を一気に呷ると、ジョッキを高々と掲げる。

 

「こっち注文! ブルドッグ! ジョッキで!」

 

 大声で、最近流行り始めたカクテルをオーダーする。

 ウォッカとグレープフルーツのジュースとのカクテルで、やはり女性冒険者に人気なのだが、本来は確か1:3の割合で作るものの筈だ。

 オシャレにグラスで楽しむのが正しいだろうし、そのグラスの縁を塩で飾ればソルティドッグになる。

 だと言うのに、どうもアルコールが強い気がする辺り、下手すると此処のは1:2とかになってる可能性が高い。

 俺が弱いだけ、っていう可能性も無論有るけど。

 だけど、むしろ今は1:1くらいの割合でも構わない気分だ。

 何故かって?

 

 こんなモン、呑まずにやってられるか!

 

 

 

 翌朝、いつもの様に頭痛を抱えて起床し、いつものように半裸でうろついてヘレネちゃんに怒られて風呂に入る、っていうルーチンをこなしてダイニングに顔を出す。

「うっす」

 風呂入ろうがなんだろうが、問答無用な頭痛に屈しそうになりながら、既に集まっているクランメンバーに死にそうな顔で挨拶する。

「イリス……。あんまり呑みすぎるのは良くないよ?」

 ついぞ聞いたことのない様な真っ当な苦言に、思わず驚いて顔を向けると、そこには何とも言えない顔のカナエちゃんが俺を見ていた。

「若年の飲酒は良くない」

 隣のトモカちゃんもそんな事を言うが、こっちはなんと言うか、無表情に近いので心配されてる気があんまりしない。

 とは言え、そんな心配と言うか、酒に関して言われた事が無かったと言う事実に気付かされて、俺は呆ける。

 

 考えてみれば、これが普通の反応()()()

 この世界に慣れすぎたとか毒されたとか、そう言う次元の話じゃない。

 

 これが、同郷の人間が居る、って事なのかと、変な所で感心してしまう。

「……なに? そんな顔されちゃうと、心配してるほうが変なのかと思っちゃうんだけど」

 余程呆けていたのか、俺に見詰められていたカナエちゃんが居心地悪そうに身動ぎする。

「そうだぞ、カナエ。イリスの心配なぞ、もはや変人の所業だぞ」

 横から茶々入れてくる眼鏡が、朝っぱらから著しくウザい。

 コイツは、なんでしれっとトースト齧ってんだこの野郎。

「この場合はカナエちゃんが正しいだろうが。お前はお前で途中で消えやがるし。お前と言い、ジェシカさんと言い、何してやがったんだよ」

 言いながら、トーストにバターを塗る。

「あ、やっぱ良い。言わなくて良いからな? タダでさえ宿酔(ふつかよ)いで頭(いて)ぇんだ、これ以上頭痛の種を増やさんでくれ」

 トーストは旨いんだけど、タイラーくんと呪いのアイテムとの組み合わせを思い出すと、げんなりした色が顔に滲んで出るのを自覚してしまう。

 具体的に効果と顛末を聞かされたら、食欲を無くす予感しかしない。

「クランの頭痛の種が、何か言っているようだが」

 そんな俺に、眼鏡が涼しげに憎まれ口を放り投げてくる。

 もうちょっと元気だったなら、その喧嘩買ってやったのに。

「私は、タイラーの手伝いをしてただけよ? 酒場(バー)に戻ったらイリスちゃんが潰れてて笑っ……驚いたけどね?」

 にこやかに、ジェシカさんが笑顔をくれる。

 ……今、笑ったって言いかけたよね?

 無理しなくて良いのよ?

「……いつもあんな呑み方してるの?」

 対照的に、何処までも心配そうなカナエちゃん。

 ああ、心配してくれるのはカナエちゃんとヘレネちゃんだけだよ。

 最近じゃ、子供達ですら、潰れて帰ってくるのが俺の日常だと思ってるみたいだし。

「イリスは呑み方が下手なのよ。こんな大人になっちゃ駄目よ?」

 悲しみに暮れる俺に、実の姉の容赦の薄い追撃が刺さる。

 リリス(おまえ)だってちょくちょく潰れてんじゃねぇか、他人事じゃねぇぞ。

「大人って……同い年なんだけど……」

 堂々と言い切るリリスの有様にも気圧されたのか、カナエちゃんの勢いが更に落ちる。

 頑張れ、と言いたい所だけど、まあ、そうだよなぁ。

 見た目も相まって、16歳ってのを信じてるんだろう。

 ホントは中身は27歳のオッサンだって知ったら、どんな顔すんだろうな?

 リリスに至っては1歳と数ヶ月だし。

「カナエ、諦めたほうが良い。世界が違うし、モラルも違う。あ、そのドレッシング取って」

 悟りきった顔のトモカちゃんが、キリリとドレッシングを所望してくる。

 俺は苦笑しつつも自分で取り分けたサラダにドレッシングを振り掛け、のそりと立ち上がると手を伸ばしてそれを手渡す。

 あんまり行儀が良いとは言えないけど、まあ、身内での食事のひとコマだし、大目に見て欲しいモンだ。

「慣れた方が良いとは思うけどな。染まる必要はないぞ? 世界が違おうがモラルが別モンだろうが、自分の心に応えられるのは自分だけだ。正しいも正しくないも、お前らが決めな」

 偉そうに格好つけながら、サラダを口に運ぶ。

 んむ、ウォルターくんお手製のドレッシングは旨いな。

 宿酔(ふつかよ)いの胃袋は、そんなに量を受け付けてくれそうに無いけど。

「冒険者の、自由の原則と言うものもある。責任が伴うが、それを踏まえれば何をするのも自由だ」

 俺の言葉と、それを補強するようなタイラーくんの言葉に、何かを考えるような顔のカナエちゃんと、相変わらず無表情なトモカちゃん。

「衛兵隊の隊舎に忍び込んで、捕まってる冒険者に呪いの針をぶっ刺す自由は、どうかと思うけどな」

 そんな空気を感じながらも、なんかタイラーくんの余裕顔が気に入らない俺は余計なセリフで引っ掻き回す。

 思った通り、微妙な顔になってしまうカナエちゃん。

「殺しては居ないさ。運が良ければ復帰も出来るだろう。随分優しいと思うが?」

 当然、そんな言葉がこの眼鏡の動揺を誘うなんて、出来る訳も無い。

「精神崩壊なんざ、冒険者としては死んだも同然だろうが。まあ、それは良いんだよ。俺が心配したのは、お前が下手うったりしないか、それだけだよ」

 トーストの焼き加減も非常に俺好みだ。

 トーストとスープ、スクランブルエッグとサラダを三角食べならぬ四角食べしながらそんな事を考え、空いた口で憎まれ口を放り投げる。

 俺の食べ方は、タイラーくん達には随分と忙しなく見えるらしい。

 とは言え、俺はこの食べ方のほうが落ち着くのだから仕方ない。

「お前に迷惑を掛けることはしないさ。だから食事くらい、落ち着いて取れ」

 そんな事を考える俺に返って来たのは、思ったよりも随分とおとなしい言葉。

 もっとキツめの嫌味が返って来ると思ったのに、なんとも調子が狂う。

「これが、1番落ち着く食い方なんだよなぁ……」

 精々、その程度の事しか言えないのだった。

 

 

 

 眼下に草原と、彼方に大森林を眺めながら、俺は飛行魔法(フライト)の練習をしている。

 テレポート連続ジャンプよりは遅いけど、消費MPが随分少ないので、これはこれで使い勝手が良い。

 バランスを取るにも小難しいことを考えなくても良いし、わざわざ収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)で飛ぶ必要は、二度と無いだろう。

 この程度のMP消費なら回復量の方が上回ってしまうので、障壁を張りながら飛ぶのも余裕だ。

 空中で停止も出来るので、遠隔視(リモートビューイング)を併用すれば、偵察の真似事も出来そうだ。

 遠隔視(リモートビューイング)はどうしてもそっちに集中しがちになるので、その隙に撃ち落とされたら笑い話だけど。

 空中を滑空しながら、南、モンテリアのある方向、その先を見透かすように目を細めて見る。

 ただの裸眼で見える筈もないが、その先にあるのは王都。

 ……PCの件も有るし、ぼちぼち顔を出さなきゃ駄目っぽい。

 そのうち、領主様(おじーちゃん)から連絡と言うか、その件に関して呼び出しも有るだろう。

 

 個人的には王都に用は無いし、むしろ東の……聖教国のほうが気になる。

 召喚、なんて悍ましい方法で異世界の人間を呼び寄せて、言葉巧みに操る連中。

 

 確実に、敵になるだろう国。

 

 俺やリリス以上の、化物が居るかも知れない、そんな国。

 

 さしあたって、どう動くべきか。

 国が相手となれば、幾ら何でも個人ではどうしようもないだろう。

 ましてや、化物……キャラクターが居る恐れも有るのだ。

 いつぞや相手した、プレイヤーである所の「カナリー」は、俺とのレベル差が大きすぎた。

 奴の攻撃では、俺の障壁を割ることは出来ない程の差が。

 その立場が逆に成りかねない様な相手が、もしも聖教国に居たら。

 

 ゲームでの最高レベルは、1万だ。

 

 そんなレベルの化物が居たら、俺どころかリリスであっても、どうしようもない。

 どうしようも無いんだけど、でも。

 リリスが追ってきた相手が、そんな化物だったら。

 しかもリリスの敵だったら。

 

 大森林に背を向け、アルバレインを視界に収めると飛行魔法(フライト)を加速させる。

 

 成るようにしか成らないし、結局はリリスと行動を共にするのだ。

 俺は、つまらなそうな顔を無貌の狐面に隠して、青空を駆ける。

 仲間も増えて、あの広い屋敷も随分と部屋が埋まった、そんな事を考えると、僅かに気持ちが軽くなる。

 今日は菓子屋で焼き菓子でも買って帰るか、それとも屋敷でケーキでも焼くか。

 

 色々な事を考えつつも全部に答えを出せないまま、見慣れた街の、思えば初めてくぐった思い出の北門へと降下を開始する。

 何事も、何とかするしか無いだろう。

 覚悟と言うには余りにも好い加減なそれを抱えて、今日の日常へと向かう。

 

 荒れるか、凪ぐか。

 

 先が判らない以上、今大事にするのは仲間と日常。

 らしくも無い事を考えていると自覚した俺は不器用に笑ってから、すっかり居心地の良くなった、俺達の屋敷を目指すのだった。




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