拝啓、ハクスラ世界より 改訂版   作:naow

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今回は、主人公の自分勝手さが全面に出ています。

自分勝手で我儘、それがリリスちゃん(なお、中身は


4 日常はいつも昨日の続き

 若い子って良いなぁ。

 元気にいっぱい食べてる子を見ると、こう、なんか幸せな気持ちで、つい見とれちゃうよね?

 

 あの、衛兵さん? なんで構えてるんです?

 

 

 

 さて、未成年者を不法に労働させている疑惑に巻き込まれ、なんとか疑いが晴れた俺です。

 冤罪だと判っても頭を下げない衛兵隊にちょっぴりご立腹な俺は、ちょっぴり本気の収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)を直上に放射。

 

 恐れ(おのの)いた衛兵さん達に土下座を頂き、意気揚々と半壊の衛兵隊詰め所を後にした。

 しばらくは青空を見ながら反省せよ。

 

 

 

 子供達がびみょーに距離開けてるぅ……。

 

 やめて? おいちゃん子供だけに働かせるとか、そんな危ない人じゃないよ??

 

 え? そうじゃない? 街中で攻撃魔法使(つか)うのが怖い?

 文句は俺を怒らせた人に言って下さい。

 

 

 

 そんなホンワカイベントが有りつつ、午後からは完全無欠で暇になった俺&少年冒険者達。

 何となく色んな話が聞けそうな冒険者ギルド併設の酒場に足を向けつつ、気になった事を聞いてみる。

 

「この街は……孤児は大きくなったら、どういう仕事につくんだい?」

 孤児、その生い立ちだけで負い目を感じる子も居るとか、よく聞く話だ。

 産み落とされた子供に、罪なんざ、無いってのに。

「え? 大工さんになったり、読み書きができたら領主様の所で働いたり。孤児院の手伝いをする人も居るよ?」

 

 あれ?

 

 俺が思ったより、なんというか色々仕事がありそうで、なんか悲観的な感じじゃないね?

「冒険者になって、将来は冒険者ギルドの職員、て子も結構いるよね」

「働いて、将来はお店を持ちたいって頑張ってる人も……」

「男の子は、冒険者とか衛兵さんになりたがるよねー」

 衛兵隊も人気の職業ですか。

 屋根吹っ飛ばしてごめんよ、衛兵のみんな。

 でも冤罪だめよ?

 しかし、話を聞く限り、なんというか暗い話は微塵も無いな。

 昨日のあの……なんて名前だっけ? ゴリラでいいか。

 あのゴリラの当たりの強さは、あれはどっちなんだろう?

 孤児に対するものか、新入りに対するものか。

「それはどっちもです、ノーラッドさんは、そういう乱暴な人だったので」

 俺が聞くと、カレンちゃんがフンスと鼻息も荒く教えてくれる。

 生粋のこの街出身の人は孤児に対しての偏見はないが、他所から流れてくる事が多い冒険者の中には、孤児を嫌う者も多いという。

「すぐ乱暴する人がいっぱい」

 ティアちゃんも身に覚えがあるのか、嫌そうに言う。

「そういうのはアレだな。……舐められたくねェけど無闇に喧嘩売る度胸もねェ三下が、確実に自分より弱そうな子供ビビらせて悦に入ってるだけだな」

 殊更に声を大きくしたのは、目的地についてテーブルを確保したからだ。

 なんでかって?

 そりゃあ勿論。

 

 無闇に喧嘩売る度胸もねェ三下が、確実に自分より弱そうな子供が入って来たってんで、チラチラこちらを見てやがるからだ。

 昨日の今日でアレだけど、子供に威張るしか能のねェ馬鹿に容赦なんかしないよ?

 

「おう新入(しんい)り、誰が三下だって?」

「お前だ馬鹿野郎」

 何処かのテーブルから上がる声を、振り向きもせず、叩き切るように遮る。

 激昂したらしいそいつが立ち上がる音。

 椅子が倒れる派手な音がして、直ぐに殴られるような音。

 

 ……え? まだ俺何もしてないよ?

 

「三下が図星突かれてピーピー(さえず)るな。捻り潰すぞ」

 流石に驚いて振り向くと、大男みたいな熊がのっそりと立っていた。

 状況を察するに、あの熊が三下を殴り飛ばした……らしい。

 

 え? 大丈夫? あの冒険者、死んでない?

 ていうか冒険者ギルドに熊が居るんですけど?

 ちょっと冒険者、熊退治してー?

 

 そんな事を考えて居ると、熊は静まり返った酒場の中を、まっすぐこちらに向かってくる。

 なんで?

 っていうかホントにでけェなおい!

 本物の熊じゃねえのか?

 なんだこの迫力⁉

「……お前は、そっちの子供達とはどういう関係だ?」

 熊が人語を喋った。

 いや、さっきも喋ってたか。

 よく見りゃ、ちゃんと服も着てるし。

 俺は驚きもそこそこに、少年たちと顔を見合わせる。

 少年たちも唐突な流れの変化に戸惑ったようだが、その質問には自信を持って答えられる。

 頷き合うと、熊の方に顔を向け、俺達は同時に答える。

「友達だよ」

「仲間だよ!」

 まるで漫画のように、俺達は声を揃えられなかった。

 嬉しいけどなんだかショック。

 でも仲間か。

 それはそれで嬉しいね。

 周りで見てた冒険者の中で、笑いが漏れる。

 畜生、覚えてやがれっ。

「友?」

 熊は、笑いもせず、俺の台詞を拾っていた。

 そんなに不思議な言葉だろうか?

「ああ。右も左も分からんこの街で、この子達が俺をここまで案内してくれたんだ。今日は俺のために、一緒に薬草採りにも行ってくれたしな。一緒にメシも食って、こんなモン、もう友達(ダチ)だろう?」

 仮面を外し、精一杯の笑顔で言ってやる。

 こういう時は、渾身のドヤ顔で決めるのが礼儀だ。

 

 

 

「一緒にメシも食って、こんなモン、もう友達(ダチ)だろう?」

 ハンスは認識を改めることに決めた。

 仮面を外しながら、あんな良い笑顔で言われては、妙な疑いを向けるほうが野暮に思えてくる。

 子供達も、すっかり懐いてるようだ。

「そうか」

 単なる無法者では無さそうだと、聞いてはいた。

 今さっき見掛けた小芝居(こしばい)は、子供達を守るために、敢えて自分ひとりに怒りを向けさせたのだろう。

 

 無茶だし、考えも無い。

 

 周囲の冒険者の実力も知らずに、下手すればこの場にいる全員に喧嘩を売る覚悟で。

 そうでもなければ、ああも堂々と啖呵を切るなんて出来ないだろう。

 自分より強い者が居たとしても、退()かない。

 早死にする馬鹿の考え方だ。

 だが、それを自分の為でなく、友と定めた子供達の為に選ぶ。

 褒められたものではない。

 だが、友として隣にいれば、これほど心強い者も居ないかも知れない。

「よく判った。だが、その友のためにも、無茶はするな」

 子供達よりほんの少し年上と言った所だろうか。

 だからこそ、子供達も懐いたのかも知れない。

 ハンスは思わず、その頭を強めに撫でていた。

「んぐあ⁉ 髪が、ていうか(いて)ぇよ⁉」

 ワタワタと、ハンスの手をどかそうと藻掻く様子に、たまらず隣のテーブルの女冒険者が笑い出し、笑いの輪が酒場中に広がっていく。

「俺はハンスだ。このギルドの(サブ)マスターをやっている。困った事があったら呼べ」

 頭を撫でる手を止め、握手を求めてそのまま突き出す。

 しばし、ハンスの手を不思議そうに眺め、彼女はニヤリと笑うとその手に自分の華奢な手を重ねる。

「新人のリリスだよ。晩飯に困ってるんだ、助けてくれ」

 ぬけぬけと言ってのける。

 

 本当に、大した度胸だ。

 

「悪いが、厳しく接するのも俺の仕事の内でな。自分のメシは自分でなんとかしろ、新人(ルーキー)

「なんて厳しい社会だ、世知辛くて泣けてくるねェ」

 ふてぶてしい受け答えは、既に中堅冒険者並だ。

 ずっとこの街にいる気かは表情からは読みきれないが、この街に居てくれれば色々と面白い事になるかも知れない。

 それは、根拠のない予感。

 実力次第では、色々と仕事を振るのも良いだろう。

 

 その前に、釘を刺しておこう。

 

 そう思い、ハンスは心持ち居住まいを正す。

「まあ、程々にな。お前に暴れられると色々面倒だ。なにせ他所から流れて調子に乗ってる馬鹿はどの時間帯でも居るからな」

 表面上、リリスは反応せず、笑顔のままだ。

「お前に腕を切り落とされるのは、ノーラッドだけで済ませて欲しいもんだ」

 ハンスにバカ呼ばわりされた、反応しかけた調子に乗っている自覚の有る冒険者の幾人かは、続く言葉に動きを止める。

 Aランクの荒くれノーラッドは有名で、その有名人が腕を斬り落とされて引退したと言う事は噂として広まっている。

 今のハンスの言葉は、ノーラッドの腕を切り落としたのがあの新人の小娘だと、そう告げたのだ。

 その言葉を受けた新人(リリス)は、表情を動かさずに応える。

「そいつは気分次第だね。腕だけで済むなら、ラッキーだと思って欲しいもんさ」

 次にちょっかいを掛ける手合には、腕だけで済ませる心算(つもり)はない。

 

 これで、それなりの釘になってくれただろう。

 

 新人だと思って手出しすれば、タダでは済まない。

 基本、冒険者というのは危険と隣り合わせの職業だ。

 傭兵まがいの仕事もあるし、商隊の護衛ともなれば、野盗(やとう)(たぐい)と殺し合いになることもザラだ。

 気の荒い者もそれなりに多く、酒の席での殺し合いは珍しい事でもない。

 だが、余程でも無ければ、冒険者同士の殺し合いを裁く事はない。

 それこそが、冒険者の自己責任の原則。

 

 酒を飲むのも自由なら、酔ってケンカを売るのも自由。

 返り討ちにあって殺されるのも、お好きにどうぞ、という訳だ。

 

「まあ、幾らなんでも大量殺戮ともなれば、そうだな……。冒険者ギルド(うち)だけじゃなく衛兵も動くから、やりすぎるなよ」

 リリスの胆力を気に入ったハンスがニッコリ笑って言うが、言われた(ほう)は流石に笑えない。

「アンタは俺を何だと思っているんだ……」

 ハンスのハッタリだと思い込もうと必死な者。

 注意が必要な実力者だと警戒を強める者。

 俺っ娘(おれっこ)という事実にトキメキを押さえられないモノ。

 様々な視線が、げんなりとハンスを見上げるリリスを凝視していた。

 

 

 

「はぁ~。なんか大変な訳ねぇ」

 隣のテーブルでヒトサマを思い切り、指差しまでして爆笑しやがった金髪美人冒険者のジェシカさんが、少年たちの1人、おとなしいマシューくんの話を聞いて思う所があったのか、その頭を撫でている。

 どうでも良いが、年頃の男の子の頭を撫でるのはやめたげなさい。

 結構恥ずかしいモンなのだよ。

「いえ、僕たち、どうせ成人したら孤児院を出なきゃいけなかったし、今から仕事するのも悪くないかなって」

 割と、されるがままになっているマシューくん。

 もしかしてアレか、君は年上のお姉さんが好きなのか。

 ……判る、判るぞー、その気持ち。

「んで? ジェシカはんはこの街長い訳?」

 エールを呷りながら、絡み酒チックに俺は声を向ける。

 

 というか、常温だっていうのに、エールってなんだ、美味いなコレ。

 俺、ミードより好きかもしれん。

 

「長いっちゃ長いわね……もう1年か。色んなとこ見たって程生きてないけど、ここはいい街だと思うわ」

 同じ様にエールを呷り、気持ちのいい笑顔で言い切る。

 

 良い街……?

 

 昨日からタチの悪い冒険者を結構見掛けたし、衛兵にも絡まれてあんまり良い印象無いんだが……。

 フツーはそんなモンなのだろうか。

「お前は飲みすぎだ……全く」

 ジェシカさんの隣で、真面目そうな金髪の青年、タイラーくんが苦々しげな顔で呟き、隣の相方に目を向ける。

 タイラーって名前の割に、ちょいと真面目すぎやしませんかね?

 コレでフルネームがジャスティ・U、とかだったら俺が爆笑する自信あるぞ。

「だってこの子達、面白いじゃない?」

「否定はしないが」

 酔って居るのかゲラゲラ笑うジェシカさんに、冷静に応えるタイラーくん。

 ていうか、否定しろや。

 なんだ面白(おもしろ)いって。

「タイラーくんもあれかい? ジェシカはんと一緒に流れてきたクチかい?」

 俺だけが肴になるのも悔しいので、生贄を引きずり込もうと画策する。

 こういうのは、寡黙だったりすると狙われやすかったりする。

 

 マシューくん、君も気をつけようね?

 

「タイラーくんって……。いや、俺はこの街の()だ。ジェシカとは出会って1年になる、のか?」

 その疑問形は俺には分からんて。

 ジェシカさんを見れば、にっかりと笑っている。

「そうそう、私がこの街に来てすぐ出会ったから、もう1年だね」

「ほうほう、その表情(カオ)は、いい出会いだったみたいだねぇ?」

 ジェシカさんの笑顔を視界の端に収めつつ、真っ直ぐタイラーくんを見てニヤついて見せる。

 タイラーくんは表情を動かさないで、しかしさり気なく視線を俺から外す。

 

 おー? 何だい初々しい反応じゃないのぉ?

 

 完全なるオッサンモードでニヤニヤと、タイラーくんをイジる気満々な俺。

 色々聞きたいことが有るよねぇ? ねぇタイラーくん?

「タイラーは料理が上手くてね、外食を減らせて助かるんだよー」

 ニコニコのジェシカさんは、上機嫌で口を開く。

「お前が無闇に外食をしたがるだけで、俺は普通だ。大して料理できる訳でもない」

 対して、タイラーくんは冷静に応える。

 うんうん、まだまだ序の口だもんねぇ。

 イイヨイイヨー。

「掃除も得意だもんね。お部屋が綺麗で助かるわぁ」

 おお、お掃除。

 お部屋のお掃除する程の仲ですか。

 いや、同じお部屋だから必然的にぃ?

 ニコニコ顔のジェシカさんと、ニヤニヤヅラの俺。

 心底鬱陶しそうなタイラーくん。

 どう反応して良いのかわからない子供組。

 ガヤガヤと喧しい此処、ギルド併設の酒場で、このテーブルだけ生暖かい空気が漂う。

「お前は散らかし過ぎだ。服を畳むくらいしろ」

 おぉ?

 タイラーくんの反撃。

 それは同棲を認めたに等しいが、面白いからもうちょっと突っつこう。

「おやおや。下着なんかもタイラーくんが畳むのかね」

 質問がもう、セクハラのオッサンそのものだが、これは酒の所為だ。

 俺はあんまり悪くない。

 いやぁ、酒って怖いね。

「そうだ」

 だが、短く答え、タイラーくんは少し大きめの音と共に、木製のジョッキをテーブルに置く。

 っていうか叩きつける。

 あれ?

「コイツ、毎度毎度人の部屋に勝手に入ってきて、好き放題散らかして居るんだぞ? 自分の部屋に帰れって言っても、今日は部屋を取ってないとか平気で言う。信じられるか⁉」

 あ、あれ? なんか風向きがおかしいぞぅ?

「毎回1人分で取ってた部屋に押しかけられて毎朝注意されつつ違約金払って、最近じゃ最初から2人分だ! 無駄な(かね)を使っているのに、コイツは酔って帰ってくるわ宿代は払わないわ……!」

「お、おう」

 ヒートアップするタイラーくんの勢いに押されきって困り果てる俺。

 ジェシカさんはニコニコ顔でエールのお代わりである。

 っていうか、ジェシカさんや、アンタ何してんの。

 色んな意味で大物すぎるでしょ。

「大体お前は……!」

 タイラーくんが俺への愚痴から、短いステップで本人への口撃に移ろうと、身体(からだ)ごと向きを変える。

 おー、言ったれ言ったれ。

 そういうのは本人にキッチリ言わないとダメよ。

 

 俺はジェシカさんには、そういうの効かない方に賭けるけどな。

 

 だが、彼の文句が口から飛び出すより先に、ギルドの扉が荒々しく叩き開けられた。

 反射的に視線を入り口に向けた俺達、いや、その場のほぼ全員の前で、その男は荒れた呼吸を強引に整え、そして声を発した。

魔獣(まじゅう)が! 魔獣(まじゅう)がこの街に現れた!」

 俺を一時捕縛した衛兵と同じ装備のその男は、汗まみれの顔を拭おうともせず、それだけを叫ぶと、そのままカウンターへ向かい、案内係に率いられて奥へと向かって行く。

 あの(サブ)マスターみたいな熊、ハンスさんと話をするのだろう。

 

 魔獣(まじゅう)、ねぇ。

 随分と急なイベントじゃない?

 

 俺はポーションを(から)になった自分のジョッキに注ぎ、残りを少年達と大人組に(すこ)しづつ分ける。

「酔い醒まし。これから仕事っぽいじゃない?」

 言って、俺が率先して飲み干す。

 

 毒にも効くと思うから、アルコールも分解してくれるだろう。

 勿論、試したことなんかないけどね!

 

 子供組は酒飲んでないけど、なんかまあ、気分的な?

 ともあれ、顔を見合わせた都合6人だったが、振る舞った俺が率先して飲んだのが効いているのか、割と迷いなく飲み干していた。

 取り敢えず熊ハンスさんが出てきて指示を飛ばすだろう事が予想できたので、俺達は装備を確認しつつその登場を待つのだった。

 

 

 

 案の定、すぐに熊の化身、(サブ)マスターことハンスさんが皆の前に姿を現す。

「昼だと言うのに飲んだくれがそれなりに居るな? 結構結構」

 流石にギルドの(サブ)マスター、魔獣(まじゅう)が迫る中、流石の胆力。

 っていうか、魔獣(まじゅう)が何匹なのか判んないから、少なくとも俺は慌てようが無いのよね。

 少年たちは不安そうで、カレンちゃんとティアちゃんは両側から俺の手を握っている。

 

 うーん、かわいぃ……。

 

魔獣(まじゅう)の群れがこの街の外に陣取っているそうだ。北門の先、ほぼ真北からこちらへ南下して来たらしい。大森林から出てきたんだろうな」

 ほうほう?

「北門ってのは?」

 小声で、ティアちゃんに聞いてみる。

「今日、薬草(やくそう)取りに出た門です。昨日、魔獣(まじゅう)が出たのも……」

 なるほど、あっちが北ね。

 全然意識してなかった、ちゃんと方角は覚えておこう。

 しかし、昨日のあの狼が出た方か……。

 昨日の魔獣(まじゅう)も、その大森林とやらから出てきたんだろうか。

 いや寧ろ、今日出てきてるのも同種なのか?

 

 ……アレがそのまま出てきたんだったら、正直全然怖くないんだが……。

 折角、ゲームプレイ中には見なかった狼というか、4つ足系モンスターなのになぁ。

 え? 居る? 森のハンター? えぇ? 他にも居た?

 ……いや全然記憶に無いんだけど……居たのか、4つ足。

 

 無責任にどうでも良いことを考える俺を他所に、説明は続く。

「マトは大型の獣型、見た目は狼だが兎に角でかいんだそうだ」

 衛兵から受けた報告を、そのまま俺達に伝えてくれているのだろう。

「数は、目測で20匹以上。薬草採りの新人(ルーキー)と近場に出ていた日銭稼ぎが、相当数やられたらしい」

 あまりにも淡々と続く報告だったので、普通にスルーしかけた。

 

 は?

 被害者出てるの?

 

 こんな感想が即湧いた俺は、(あま)ちゃんで間抜けなのだと痛烈に思い知らされる。

 そうだ、昨日この子らが襲われて、俺が通りかからなければ危なかった、かも知れないのだ。

 今日は俺達は、たまたま薬草採取を即終わらせて、昼過ぎには帰ってこれたから魔獣(まじゅう)を見る事も無かった。

 しかし、普通に採取してたら、60本なんて時間が掛かる。

「ハンスさんや」

 俺は優しくティアちゃんとカレンちゃんの手を外し、2人に笑顔を向けてから前に向き直る。

「どうした、新人(ルーキー)

 話の途中だと言うのに、ハンスさんは律儀に俺の声を拾ってくれる。

「聞きたいんだ。その魔獣(まじゅう)ってのは、こうも度々街の近くまで来るもんなのか?」

 離れた位置からとはいえ、その目が真っ直ぐ射抜くように、俺の目を捉える

 何かを考えるように少し押し黙った後、ハンスさんは口を開いた。

「そうか、お前だったな。昨日、アレを倒したのは」

 一度頷いて、ハンスさんは言葉を続ける。

「正直に言う。昨日今日報告された狼モドキは、初めて見るモノだ。昨日の段階ではその脅威度を疑問視する向きも有ったが、今日の被害規模を聞くと、厄介なモンだ」

 疑問視、ね。

 不快な(いら)つきが、小さな火種になって胸中に灯る。

 まあ確かに、こんなチンチクリンな俺が、単身で倒せたんだ。

 話を聞くだけだったら、大した魔獣(まじゅう)じゃ無かったと思っても仕方がない。

 なにせ、立場が違ったら、俺だってそう思っただろうから。

 しかし、それでも昨日の時点で、魔獣(まじゅう)出没の情報は衛兵や冒険者達の間で共有されていた筈だ。

 軽くでも、注意喚起は出来なかったのか?

 それが有るだけで、少しは違った筈だ。

 勿論、それでも舐めて掛かる馬鹿は必ずいる。

 特に、現物を見て相手した訳ではない他の連中は、俺より楽観視しててもおかしくない。

 狼の魔獣(まじゅう)と聞いても、それがバカでかいと聞いても。

()っても、新人(ルーキー)が1人で3匹殺ったんだろ? 余裕じゃねえかンなもん」

 そう言って、鼻歌交じりに出かけて行くのが目に見える。

 

 拳を固く握る。

 どうしようも無く、(いら)つきが募る。

 

 キッチリと情報が上がっていて、その上での話なら、と注釈は付くが。

 俺と魔獣(まじゅう)、どっちの実力も知らずに勝手な判断をしたのが、一端(いっぱし)の冒険者だったら正直知ったこっちゃない。

 情報の重要性も理解できないような自殺志願者を止めるほど俺は優しくないし、見掛けても()っといたとは思う。

 だが、そもそも注意喚起する立場の者が、それを怠っていたら?

 若しくは、その情報を出す方が俺の報告を軽視して、舐めていたとしたら?

 俺はどうするべきだ? どういう態度で居れば良い?

「被害はどんな程度なんだ?」

 今だけは感情を押し殺して、冷静に問う。

 他の冒険者達と連携して、被害を押さえてくれているかも知れない。

 怒るにはまだ早い。

 そう、自分に言い聞かせている俺の耳には、聞きたくなかった現実が流し込まれる。

 

「被害は、惨憺たるもんだ。近場に食肉用の獣を狩りに()っていた駆け出しや、子供を中心とした外壁付近の採取組は……全滅だそうだ」

 

 左手を掴むカレンちゃんの手に、力が籠もる。

 子供。カレンちゃん達と同じ、孤児院組なのだろうか?

 親の手伝いをしたい、そんな市井の子供だろうか?

 

 どっちでも良い。

 どっちでも同じだ。

 どっちだろうが、守るべき、これからを担うはずだった命だ。

 

「そもそも、俺が昨日報告した筈だよな? 俺も午前中に薬草採り受けて出たけど、その時も特に注意なんか受けなかった。こりゃどういう事なんだ?」

 思わず漏れ出した俺の声は、まだ冷静で居てくれている。

 内心は煮え始めているが、まだ、声だけは。

 

 そう。思い返せば、俺は依頼を受ける時も、出かける直前でさえ。

 魔獣(まじゅう)が出たから注意してくれとか、そういう事を言われていない。

 実は引っかかっていたのだが、昨日報告したのは俺だ。

 だから敢えて、言わなかった可能性も有る。

 知っている筈だから、と。

 だが、そもそも誰も、そんな情報渡されてなかったら?

 注意すべき情報を持ってなかったら、普段どおりの単なる狩り、或いは薬草採りと同じ気分で出掛けるだろう。

 そんな子供の犠牲は、本人の不注意と言えるのか?

「今朝、俺は訓示を出した。魔獣(まじゅう)の出現報告が有った、些細な事でもいつもと違うことがあったら留意し、身の安全を守ることを第一とするように伝えろ、と」

 ハンスは髭の下の口を歪め、拳を握りしめている。

 俺と同じか。

 押さえているのか。怒りを。

 

 それは誰に対しての怒りだ?

 

「その指示を、勝手に解除した馬鹿が居る」

 ハンスの声が罅割れて聞こえた。

 限界まで感情を押し殺しているのか。

 聞いた俺の方が、怒りで聴覚がおかしくなったのか。

 沸々と煮えたぎり続ける俺の前で、ハンスもまた怒りを抱えて言葉を続ける。

「1人の受付役だ。面倒だし、魔獣(まじゅう)なんてそうそう出ない、そう言って。俺にそう進言して、許可を得たと嘘までついてな。多少は不審に思ったらしいが、俺の許可が有るならと、他の受付もそれに従ったらしい」

 続けられた言葉で、その内容で。

 怒りに震えるのは俺とハンスだけでは無くなった。

 冒険者の幾人かが、ある物は表情を消し、ある者は分かりやすく表情を憤怒(ふんぬ)に染めて。

「おかしいたぁ思ったんだよ。なんで昨日魔獣(まじゅう)が出たって報告が有ったってのに、今日その警告が無ぇんだってな」

 ベテラン風の冒険者が進み出ると、ハンスの胸倉を掴む。

「その巫山戯た受付、ここに連れて()い。どう責任取るつもりか、聞かせて貰いてぇもんだぜ!」

 事と次第に依っては、タダで済ませない。

 いや、あの怒り様では、そもそも言い訳を聞き届けることが出来るかも怪しい。

 俺も同じ心持ちだから、良く分かる。

 いや、俺のほうが少しばかり過激かもしれない。

 何故なら、今の俺の内心はと言えば。

 

 顔を見た瞬間に、八つ裂きにしかねない。

 その程度には、どす黒く(こご)っていた。

 

「そいつは今、別件で……ノーラッド絡みの不正で勾留中だ。近々、侯爵閣下の所へ送られる手筈だが」

 ハンスはそこで、一度言葉を切る。

 受付役の名前は出さなかったが、ノーラッド絡み、と聞いてピンと来た冒険者もかなりの数居るようだ。

 直ぐ(そば)に居るジェシカやタイラーの表情も厳しい物になっている。

 ハンスは受付の名前は最後まで出さなかった。

 冒険者は、あくまで、勝手に当たりを付けただけだ。

 ハンスがそこで、居合わせた冒険者の、様々な怒りの相を、目に焼き付けるように見渡す。

 一人ひとりの怒りを受け止めるかのように。

 その目が、俺とぶつかって止まる。

「今回の件も、侯爵閣下に報告せねばならん。そいつは、いよいよ覚悟が必要な状況になった」

 はン、覚悟が必要、ね。

 随分と、上品な言い回しをしたもんだ。

 受付が手を抜いて大惨事、街まで危険に晒した。

 その責任を取って死罪。

 今回の件だけじゃなく、色々やらかしてるらしい口ぶりだが、そんな(こた)ぁどうだって良い。

 罪には罰を、その原則は守ってると言いたいんだろうが、心底どうだって良い。

 

 馬鹿1人(くび)り殺した所で、子供達は帰って来やしない。

 

 だが、腹の虫は収まらない。

 収まる筈がない。

「……で、現状は?」

 仮面を(かぶ)りながら、手短に問う。

 返事を待たずに、暑さに外していた左腕のガントレットを再び纏う。

 スキル構成がどうとか、正直確認する心の余裕を、この時点で俺は無くしていた。

 昨日の時点で色々外してあったが、場合によっては付け直すことも視野に収まってくる。

 

 ――結果から言えば、この時スキル構成を戻す事をしなくて、本当に良かったと思う。

 

 地形がどうとか、周りの被害とか、知ったことか。

 こんな心持ちだったから。

 スキル構成を使い慣れたものに戻していたら、俺は本当に、この街の破壊者に成り下がっていただろう。

 述懐は兎も角、この時点で、俺の行動指針は決まっていた。

 

 1人で出れば、何も問題ない。

 

「どうにか逃げてこれた連中は、必要なものは手当を受けて、ほかは衛兵隊と共に北門で魔獣(まじゅう)の侵入を防いでいるそうだ」

 当然、その程度は出来ていて貰わなきゃ困る。

 冒険者側は不意打ちを受けた格好だろうが、衛兵隊は、魔獣(まじゅう)の情報を持っていた筈だ。

 当然、備えはしていなければおかしい。

「門扉を閉じる事も視野に入ってるらしい、というか半分閉じてるそうだ」

 だが、どうにも半端な対応に思える。

 

 随分と、お粗末な対処じゃねェか?

 

 情報を持っての、余裕の対応にはどうにも見えない。

 昨日の時点で、魔獣(まじゅう)の出現報告は、俺達が間違いなくして有るのだ。

 最初(ハナ)っから、防衛戦力を増強しておけば良かった話じゃねェのか?

 昨日の今日で増員が間に合わなかったか?

 それとも……。

「……昨日、衛兵の方にも報告した筈なんだが? 衛兵は俺の報告無視して遊んでやがったのか?」

 声に殺意が乗るのを止められない。

 ここで殺気を放った所で、何もならない。

 誰も助けられない。

 だが、それでも言わずに居られなかった。

「流れの旅人の話は信用出来なかったか? それとも、ただの旅人(ごと)きに倒せたケモノを、舐めてたのか?」

 誰も、ハンスすらも答えない。

「舐めて掛かった挙げ句、子供(ガキ)を見殺しか? 随分ご立派なモンだな?」

 振り返った数人が、俺の姿を見てすぐに視線を(そら)した。

「落ち着け。今から押し返す。ここにいる全員で――」

「うるせぇよ」

 ハンスの言葉を、俺は断ち斬る。

 

「まともに働く気もねぇ部下を、事が起きるまで切る事も出来無かった馬鹿に、今更何が出来るんだ?」

 

 (いら)つきが、どうあっても収まらねぇ。

 俺は左腰の剣を少し考えてアイテムボックスに放り込み、馴染みの短杖(ワンド)に持ち替える。

 次いで軍服の左ポケットに収まる、非励起状態の魔力の印を確認すると、身を翻して単身出口へと歩き出す。

 大人は別に良い。

 自己判断で、舐めて掛かったんだとしても自己責任だ。

 死んだ所で同情すら無い。

 俺自身にすら、それは当然のように適用される。

 

 だが、子供は?

 俺の報告を真剣に受け止めた大人が、止めるなりすれば良かったのではないのか?

 俺が、もっと危機感を持って、外で見掛けたガキどもに声を掛ければ良かったんじゃないのか?

 

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「これからするのは、タダの八つ当たりだ。ガキどもに注意喚起ひとつしなかったギルドと、まともに人の話も聞きゃしなかった衛兵どもと、ガキを殺した獣どもに、文句なんざ()わせねェ。巻き添えで死にたくなかったら、大人しくすっこんでろ」

 自分でも理解(わか)るほど頭に血が昇った俺は、赤く染まりつつ有る視界の中で、思考はそれなりに冷酷だった。

 

 冷静では無い。

 

 普段通りなんて、とても言えない。

 理解(わか)っているが、止める気もない。

 背中に向けて言葉を発していた俺は入り口で一度止まると、肩越しに振り返り、仮面越しにハンスの目を見据える。

(サブ)マスターさんよ。全部殺して戻ったら、キッチリ侘びてもらうぞ。俺にじゃねえ、顔も知らねェガキどもにだ」

 それも含めて八つ当たり。

 一番許せないのは、人任せにして安心しきった、俺の間抜けさ加減だ。

 俺は自己嫌悪を抱えつつそれだけ告げると、後はもう振り返らず、昼前にも一度出た北門へ向かって走った。

 

 

 

 渦巻く殺意に押しつぶされそうだった。

 ハンスは浮いた冷や汗を拭う。

 成程、怒らせてはならない手合であることは間違い無いようだ。

「おい。おいハンスさんよ。良いのかよ、新人(ルーキー)にあそこまで言わせてよ?」

 見知ったベテラン冒険者、Aランクのグスタフが、ハンスの胸倉を掴んだままでせっつく。

「事実だ。それに、あの怒り様よ。お前、アレの前に立って止める自信あるか? 多分、ノーラッドより酷い目にあうぞ?」

 多分、殺される事は無いだろうが。

 生きてるだけ、と言う状態が、果たして幸運と言えるか理解(わか)らない。

「冗談だろ。魔獣(まじゅう)だってあんな殺気出しゃしねぇよ」

 グスタフがハンスを解放しながら言うと、周りの冒険者も文句を言うのを辞めた。

 街でも数少ないクランを纏めるこの男は、口は悪いが面倒見もよく、クランメンバーのみならず、他の冒険者にも1目置かれている。

 そんな男が言うのだから、黙るしかなかったのだろう。

 それに。

「それは良いんだよ。寧ろ、俺達だって怒ってんだ。だから俺達も早く向かうべきだろうが!」

 この男も、頭に血が登っていた。

 リリスも子供が襲われたと聞いてから、明らかに殺気を押さえていなかった。

 それは、グスタフも同じだったのだ。

 昨日の魔獣(まじゅう)出現の件を知り、昼から他の冒険者に注意する様に話して居た。

 だが、グスタフがここに()る前に出た連中は、そもそも注意喚起すらされていない。

 

 ここで昨日の魔獣(まじゅう)の件を知った時には、彼は直ぐにハンスを呼びつけ、怒鳴り散らした程だ。

 子供や駆け出しが危険な目に有っているというのに、なぜ昨日の今日で警告らしい警告を出さないんだと。

 

 ハンスはハンスで、警告を出すように職員に指示を出していた。

 ここで初めて、お互いの認識に齟齬が有ると発覚し、ハンスは職員を問い質した。

 その後の顛末は既に話した通りである。

 この一件で、ギルドは冒険者達の信用を少なからず失うだろう。

 

 だが、それも仕方ない。

 

 反省も後悔も、今はしている場合ではない。

 今は兎も角全員で協力して、魔獣(まじゅう)を追い払わねばならない。

「その通りだ。新人(ルーキー)に遅れを取るな! ただし! 子供はここで待て!」

 ハンスはハルバートを手に、大きな動作で声を張り、冒険者を鼓舞する。

「衛兵は街に獣を入れないように、門に張り付いて動けまい! 俺達が斬り込む!」

 リリスの殺気に当てられて居た冒険者達が、ガチャガチャと音を立てて身支度を済ませ、今はそれぞれが怒りの火を内に灯して次々にギルドを飛び出していく。

「おう、ハンスさんよ。全部終わったら呼んでくれ。俺もあの嬢ちゃんに、説教受けなきゃ気が済まねぇ」

 グスタフは一抱えも有るような大剣を軽々と背負い、出口へ身体(からだ)を向ける。

「ああ、ぜひ頼む。俺1人じゃあ、怖くて仕方ない」

 割と軽口でも無い事を言いながら隣に立つハンスの背中を、グスタフのベテランらしい力強い平手が叩く。

 

 こうして、冒険者ギルドからの戦力が、北門へ向かって駆け出していた。




前半を書いてる時は、こんな締めになる予定は皆無だったという。

改変を試みるも、上手く行かなかったという。
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