超々低空ホバー
勿論、普通に飛んだ方が楽だし早いんだけどね?
ホバー移動しながら
不意を突いたテレポートで距離をとって、スナイプするのが良いのかな?
いやまあ、1番確実なのは十分距離をとっての
それは色々どうなんだ、って思う訳で。
実は高速で飛びながら魔力
そんな事を思ったり試したりしつつ、日課の棒振り剣術ごっこ(独学)なんかもして、イイ汗かいて屋敷に戻って昼間っから風呂に浸かったりとかしてみたり。
なんとなくのんびり出来てる感じだけど、そういう日が続く事に、なんとなーく不安を覚える俺です。
異世界ナンパ(され)事件から2週間程過ぎた訳で。
街はいよいよ旅人や見かけない冒険者が増え、いつもの
冗談を真に受けられると、困るっ
身近な出来事で言えば、錬金魔道具技師ことレイニーちゃんが、念願の冷蔵庫の試作を完成させた。
勿論、見た目は兎も角、中身の技術と言うか理屈と言うか、そういった部分は俺の知ってる冷蔵庫とはまるで別モンの、魔石を利用した魔道具だ。
リリスと何やら相談しながらの作業だったらしく、その見た目はツードアの冷蔵庫。
製氷室も完備している。
真空断熱とか色々やってるらしいけど、どうせ聞いても判らないので、最初から技術的な説明は聞き流していた。
原理が判らなくても使えれば良い、そういうサイドの人間だし。
「いつも思うんだけどさ……。お昼からお酒飲んでるのって、どうなの?」
子供組との共同作業での薬草採取に出ていたカナエちゃんが、戻ってくるなりいつもの大テーブルに腰を落ち着けながら言う。
「いつもの光景なんだったら、もう好い加減に慣れるのが良いと思うよ?」
そんな不審物を眺める眼差しを飄々と受け流しながら、ひらひらと手を振って見せる。
「何か
「……だそうだぜ? オッサン」
ジト目で正論らしきを述べるカナエちゃんから目を反らし、その先に居た酒樽の妖精に矛先が向かないかと試みる。
「俺はクランマスターで
珍しくちょっと真面目な顔で言い切って、ジョッキを煽る。
なるほど、そういう考え方もあるのか、とは頷き難いんだよ、それ。
「酒造所も商業ギルドも、そうそう頻繁に用事が有っちゃ困るんだけどなぁ」
ぶっちゃけて言えば、酒造所はリリスの管轄で、商業ギルドが主に用が有るのはレイニーちゃんの方な訳で。
その2人を差し置いて、それぞれから俺宛に何か連絡があるとすれば、それは十中八九トラブルな訳で。
個人的にはそんなモンには関わりたくないんだが、関係してる以上そういう事も言えないし、やっぱり俺宛の連絡は、基本無い方が理想なのだ。
まあ、商業ギルドの方で言えば銭湯絡みの話が無くもないけど、冒険者向けにようやく完成した3号店はブランドンさんが受け持ってくれてるし、貴族様専用の4号店はリリスが窓口だ。
必然、そっちの連絡なりも、それほど頻度が高い訳じゃない。
こんなタイミングで、銭湯の売上がガタ落ちしました! とか連絡が来ても、正直対処には困るんだけども。
「だったらせめて、
何となくどうしたもんかと短く悩んでみると、カナエちゃんのどこか責めるような声に現実に引き戻される。
まあ、言いたい事は
ほんじゃあ素直に
別段、冒険者ランクを上げたいとも思わんし。
下手にBランク以上になっちゃうと、指名依頼なんて言う、聞いたことの有る面倒くさいヤツが舞い込んでくる事も有るらしいし。
ただでさえ
そんなこんなで俺自身はもちろん、クランとしての儲けもそこそこ有って、正直クラン資金は俺の資産とは別にしてるけど、それももう既にそこそこの額になっている。
具体的に言えば、クランハウスとしてもう
当然、ウォルターくんやヘレネちゃん、レイニーちゃんにきちんと給金払って、その上でだ。
ウォルターくんとレイニーちゃんに至っては、それぞれ
まあ、個人では圧倒的にレイニーちゃんが稼いでるんだけど。
名前が売れてきたのか、レイニーちゃんの工房の方にもちょいちょいお客さんが来てるらしいし、良いことである。
屋敷を改装して、レイニーちゃん工房直通の門扉とドアを造った甲斐が有るってモンよ。
ぼちぼちレイニーちゃんだけでなく、ウォルターくんやヘレネちゃんも含めて、それぞれに助手とか同僚とか、用意したいところだねぇ。
それぞれ、そろそろワンオペは厳しいだろ。
ウォルターくんなんか、いつ休んでるんだろ? ってレベルだし。
カナエちゃんの言葉から、俺の状況からウチのメンバーの状況まで思考を遊ばせていた俺は、グスタフさんの豪快な笑いに何事かと視線を向ける。
「なんだイリス、お前、自分とこの新入りに、自分とこの状況の説明もしてねえのか」
グスタフさんのセリフに、表情をキョトンとさせたカナエちゃんと、無表情ながらどこか興味を持った
「だって、なんか自慢みたいで恥ずかしいじゃんよ。っつーか、石鹸やら酒売ってる時点で、そこそこの儲けが有るって
それに、銭湯1号店は建物は俺が買ったもんだし、それの売上の1部とか、賃料とかも入ってくる。
まあ、維持費は出ていく訳だけど。
「えっと。つまり、イリスは実は、働かなくても食べていけるサイドの人?」
唐揚げ大盛りを突付きながら、トモカちゃんが言葉を向けてくる。
食べること以外に口を使ったかと思えば、随分とまあ身も蓋もない言いようだな。
「うーん、まあ、実は困ってないねぇ。冒険者ランクを上げようとも思わんし。ウチの子供組と一緒とか、身内の依頼ってんなら、普通に動くけど」
答えて俺は、やや投げやりに言葉を零す。
実のところ、仕事とは関係無く、やらなきゃいけないことは幾つか出来たんだけど。
それについて、ちょっと腰が重いんだ、ってのは内緒で。
ちょっと想像してたのと違ったのか、カナエちゃんが呆けたような顔を俺に向けている。
「それに加えて、信じられん事だが、コイツは領主様の孫になったからな。むしろ、妙な依頼を振る訳にも行かなくなってる」
新入りの様子に気を取られている間に背後に立った声が、俺の頭上に降りかかる。
「おやおや。俺は自発的にカウンターを避けてる
「堂々とサボってるとか言うんじゃねえよ、このバカ」
ニヤニヤと、しかし振り返りもしないで言う俺に、ブランドンさんの拳骨が降ってくる。
もー、すぐに暴力振るうんだから。
「まあ、下手に暴れられても困るし、実際問題止められんからな。こっちとしても助かるんだが……」
不自然に途切れる言葉と、何やらゴソゴソと動いている様子に、俺は仕方無しに振り返る。
ヒトサマの後ろで、何してるんだよ。
「ホレ。お前の言う、身内からの依頼だ」
振り返った目の前に、1通の書面が突きつけられる。
折り畳まれているそれは、多分、ブランドンさんの懐から出てきた物だろう。
受け取って、目に飛び込んでくるのは必要以上に綺麗な文字。
人の手によるものとも思えないそれを見ただけで、それがプリントアウトされた物と知る。
って事は、メールか。
メールで、ブランドンさんが受信して、そんで俺の身内って……。
考えるだけで背筋に冷や汗が流れる中、視線は文章を追う。
ウチの新人2人組とグスタフさん、それにグスタフ組の若いのがなんとなく見守ってくれている中、内容を確認した俺は重い、それは重い溜息を漏らしたのだった。
重い足取りで屋敷に戻った俺は、多分、気乗りしない面持ちでシンプルな扉をノックし、出てきたリリスにブランドンさんから渡された文書を突きつける。
正直、このまま押し付けられたらどれほど気楽かと考えなくもないが、それが可能とも思えない。
文書を読み進めるリリスの表情が面倒くさそうに、面白おかしく変化していくのは見てて楽しいが、正直それどころではない。
なんせ、他人事じゃないからな。
「……思ったより早いわね。イリス。アンタ、
心底嫌そうな顔を上げて問うてくるリリスだけど。
「……割と本気で、それは俺のセリフなんだよなぁ……」
暫し無言で見つめ合った双子は、ほぼ同時に溜息を吐き散らした。
その時、ついでにお酒も売り込みたいから、ウォッカとウイスキーとブランデーもよろしく! とも。
どっちかっ
「……っ
夕飯時に、俺は弾まない声でメンバーに告げる。
盛り上がる子供組が拍手し、新顔3人組が驚いたような顔を俺とリリスに向けてくる。
そう言えばカナエちゃんとトモカちゃんは、レベッカちゃんといつの間に仲良くなったんだろ。
まあ、クラン内で反目されたりしたら目も当てられないし、仲が良い分には問題無いからこのままで居て欲しいもんだ。
「へぇー。なんかちょっと時間掛かった気がするけど、漸くなんだねえ。気をつけて行ってきてね?」
レイニーちゃんがナイフとフォークを手に、他人事風に見送り体勢に入ったが、逃さないよ?
っ
「レイニーちゃんも行くんだよ? 制作した本人なんだから」
俺が軽く言ってのけると、ぽかんと口を開けるレイニーちゃん。
この子、割と最初からだけど、表情がコロコロ変わって面白い。
「えええ!? なんで!? なんで私!?」
「だから、PC作ったのはレイニーちゃんでしょうが。製作者が行かないでどうすんだよ」
心底不思議に思ったので、思ったことをほぼそのまま口にすると、レイニーちゃんは実に不本意そうな顔をした。
「製造者責任だったら、領主様に持ってって説明した事で果たしたと思うんだけど? 第一、純粋に遠いのよ、王都」
頬を膨らませる勢いで、不機嫌に理由を述べるレイニーちゃん。
前半に関しては異論が有るけど、後半に関しては凄く同意出来る。
出来るんだけど、同意ばかりもしてられない。
「んじゃあ、
俺の言葉に、レイニーちゃんはへの字に口を閉ざす。
そんな事を実際に言ったら、単なる不敬だ。
縁もゆかりも無かったとしても、俺だって領主なんて張ってるお人に、そんな無礼なことは言えやしない。
最初から喧嘩売る
「まあ、諦めて、物見遊山気分で行こうじゃないの。どうせ帰りはポータル作るだろうから、早いだろうし」
王都の中にポータル作ったら問題起きそうだから、王都からちょい離れた所に作る感じになるのかなあ。
レイニーちゃんは俺に半眼を向けてから、腕組みして考え込み、すぐに溜息を
……実はウチで一番、表情豊かなんじゃないだろうか?
「わかった、諦める。その代わり、何か面白いアイディア頂戴!」
うん、諦めが良いのは大事だね。
だけど、それ、あんまり口にしないほうが良いと思うよ?
「アイディアねぇ……。俺は適当なモンしか出せないぜ?」
何か思いついたとしても、俺は構造なんか理解できてないモノの方が多いから、概略の説明すら怪しい。
そういう意味で言うなら、それこそリリスの方が適任なんだけど。
「えー……? うん、リリスちゃんだったら色々相談出来るけどさあ……」
しかし、レイニーちゃんの返答は、歯切れが悪い。
それは流石にリリスも気になったようで、顔を上げてこっちを見ている。
「リリスちゃん、色々厳しいのよ……主に納期が……」
心底げんなりと、レイニーちゃんがテーブルに顔を伏せる。
「ちょっと! 私、そんなに厳しくないでしょ!?」
聞き捨てならなかったらしいリリスがテーブルに手をついて立ち上がり抗議するが、レイニーちゃんはテーブルにぐったりと身を預けたままで答える。
「PCなんて、仕様の理解が出来てるかどうか怪しいのに強行させられるし、冷蔵庫は協力してくれるかと思ったら要求スペックが高いし……そして納期……」
一瞬で死に体になったレイニーちゃんから漏れ出る不満と愚痴に、思い当たるところが有るらしいリリスはぐうの音も出ない。
それを眺めていたタイラーくんがメガネを押し上げ、そして俺は腹を抱えて笑い転げるのだった。
一応、他に王都に行きたい人~、みたいな感じで同行者を募集するものの、なにせ領主様と一緒、という中々に神経を擦り減らしそうな旅路、希望者は居なかった。
子供たちは行きたそうな様子は有ったが、流石に今回は見送りと言うことに。
今度、皆でポータル使って行ってみようと約束した。
当たり前のように遊びに来ていたメアリーお嬢様にも聞いてみたけど、「うーん、面倒だからやめておくー」とのんびりと答えられた。
ウチの連中の反応は、
そう言えば、メアリーちゃんには聞きたいことが有ったんだった。
今の話には関係ないけど、この際だ、聞いてしまおう。
「メアリーちゃん、もういっそ、ウチのクランに入るかい?」
何気ない感じで言った途端、メアリーちゃんだけでなく、リビングに居たメンバー全員が俺に顔を向けた。
えっ?
「えー。もうとっくに、メンバーの
「アンタ、今更……って言うか、今まで除け者にしてたの?」
「信じ難いほどの不義理だな。そんなに薄情な奴だとは思っていなかったぞ」
「え……すごい人がメンバーなんだな、って普通に思ってたのに……」
等々、それはそれは盛大に突き上げられた槍先に乗せられて、非常に居心地が悪い思いを味わうことになってしまった。
なんだよ、みんな、そんなにすんなり受け入れてたのかよ。
俺に、その旨言っといてよ。
メアリーちゃんに関しては、俺、絶対に拒否なんかしないのに。
みんなの懐の深さと槍玉に挙げられた不条理さになんとも言えない感情を抱くけど、俺が悪い……俺が悪いのかこれ?
領主様邸に挨拶に赴いた俺は
どうにも慣れないのは日本人的感覚なのか単に俺がシャイなだけなのか今ひとつ不明だが、まあ、俺だけでなくリリスもじんわりと疲労の色を滲ませているので、それを見てなんとなく諦める。
「……ひどい目に遭ったわ……」
疲れ切った顔のリリスのげっそりした声を笑ってやる元気もない俺もまた、リリスと似たような表情なんだろう。
きっと服装の所為だろうと意見が一致した俺達は、出立までにと宛てがわれた部屋で将官用の礼服に着替える。
まあ、
「アンタの言った通りだったわ……」
折角王都に行くんだし、どうせなら今まで着たことのない服を着よう! と言い出したリリスに押し切られ、ゴシックなドレスなんかをチョイス、装備の関係でしっかりヘッドドレスまで着用した俺達。
なまじウチの連中の反応が良かったもんだから調子に乗ったリリスと、気恥ずかしくも満更でもない俺は、たまには良いだろう、と、軽い気持ちで出掛け、結果が先に述べた惨状である。
挨拶と言うには派手に揉みくちゃにされた訳で、礼に始まり礼に終わる日本人としては、些か過剰なスキンシップに疲弊してしまった訳だ。
礼節って言葉を知ってるのか、って?
知識としては知ってるよ、身に付いてるとは絶対に言わないけども。
「やっぱこれ系の方が落ち着くわ……っ
かっちりと着込んだ礼服にコートを羽織、旅路だけはといつもの、無貌の狐面を纏う。
流石に、王様に謁見の時には外しなさいと言われそうなので、その時には軍帽になるんだろう。
あっという間に着替えてしまった双子の様子に、周囲はなんとも残念なご様子だったが、どうかこの格好で勘弁願いたい。
「うんうん、移動はもうちょっと楽な服でも良いだろうね。あ、王都に着いたら、さっきのみたいなドレスに着替えるんだよ?」
しかし、
隣のリリスが、狐面の中で嫌そうな顔をしたのが伝わってくる。
『ほれ見ろ、余計なことすっから』
流石にこの場で口には出せないので、棘だらけの念話を飛ばしてやる。
『何よ私の所為!? アンタだって言う程止めなかったじゃないの!』
即座に返ってくる姉の雑言。
素晴らしいレスポンスだが、あんまり嬉しくはない。
『下手に止めようもんなら暴れだすだろうが、お前は』
ニコニコの領主様の前で、表情にも声にも出さず、静かに喧嘩する仲良し双子姉妹。
まあ、リリスが色んな服を着たがってるのは知ってるんだけどね?
俺を巻き込まずに、1人で着飾っててくれれば良いのに、なんて思うんだけど。
それを言うと本気で怒るので、二度とは言えず、黙って従うしか無い俺からのささやかな仕返し念話は、中々に気に入って貰えたようで何よりである。
俺自身も、色々とダメージ受けてるけどな。
王都を目指す6台の馬車、
今回は王都には用が無いって事で、いつも移動時には一緒のブランドンさんは居ない。
じゃあ残りの馬車は何かってぇと、食材なんかを積み込んでる馬車と野営の支度なんかを積んでる馬車、それと護衛の戦士団の皆さんだ。
護衛に関しては、俺、っ
俺もリリスも見た目は軍礼服だけど、中身は完全に実戦用の装備だからな。
2人とも、何かが有れば即座に飛び出せる。
まあ、何も無いに越したことは無いんだけどさ。
心のどっかで、ちょっと待ち構えちゃってる俺が居るよね。
ただでさえ魔獣やらが居る世界で、
その上
化け物の相手は嫌だなぁ。
俺は、窓に写る自分の目を見ながら、こっそりと溜息を
先に王都まで単身で飛んで、ポータル作っちゃえば楽だとは気付かないうっかりさん。