拝啓、ハクスラ世界より 改訂版   作:naow

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改定作業で改めて思ったこと。

戦闘描写少なッ!


5 前略、救えませんでした。追伸、救われました。

 俺には、ゲーム内で使用できた移動用のスキルが有る。

 ウィザードである俺が使えるのは、「テレポート」だ。

 日本語ローカライズされた時に、これ含めて数少ない、「漢字翻訳」されなかったスキルのうちの1つ。

 微妙に合ってない、感覚だけで当てられたっぽいスキル(収束魔力束(しゅうそくまりょくたば))や、駄洒落か? というスキル(魔踊舞刀(まようぶとう)……迷う舞踏ってなんだ)よりは、割り切ってて良いと思う。

 

 だがしかし、実際には移動用として使用するには少々難がある。

 その理由の最たるものがクールタイムの存在である。

 その再使用待機時間(クールタイム)は11秒。

 それほど待たないと思えるかも知れないが、これが意外と長い。

 本来は半画面程の距離を、緊急回避的に移動するものだが、ウィザードには――他のクラスは触ったこと無いので判らないが――そのクールタイムを「0」にする装備が存在する。

 それが、ナイトウォーカー。

 名前に反し、なんとも可愛らしい見た目のワンドだ。

 関係ないが、武器の名前は海外製の割とそのまんまの物が多い気がする。

 日本語訳とか、漢字が当てられてる武器も勿論あるけども。

 翻訳チームが違うのかな?

 それは兎も角。

 斜め見下ろし(クォータービュー)のゲームプレイ画面と違い、今俺はリアルな……いや、夢かも知れないんだよな、意外と深刻な……視界の中でその魔法を使用して気付いたことが有る。

 

 視界が切れていない限り、任意の距離、任意の場所に跳べてしまうのだ。

 

 気付いたのは今さっき。

 ナイトウォーカーに持ち替えて跳ぼうとした時に、跳べる距離が何となく、感覚で理解(わか)ってしまった。

 だって、マーカーっぽいナニカが出るんだもん。

 上空のような、遮るものがないところでは流石に制限がありそうだが、今見回す街の中では、俺は届かないと思える所がない。

 これ、あのゲームが3Dとかになっても、こんな便利には使えないんだろうなー、と思いつつ、夢ならではの? 仕様変更に使いながら慣れるように努める。

 まず、使おうと思えば、跳ぶ先の予定ポイントにマーカーが浮かんで見える。

 改めてそのマーカーに意識を向ければ、跳躍完了。

 なにせ今となっては真・リアル視点なので、3D画面どころの騒ぎではない。

 感覚で掴めるので助かる。

 あと、ゲームが違うが、「いしの なかに いる」を避けることが出来るのは大きい。

 死因が物体融合とか、ゾッとしないものである。

 

 ……怒ってギルドを飛び出した割に、随分余裕だなって?

 この部分は後付だよ! リアルタイムでこんな事考えながら激怒出来てたら、もう別の理由で医者に行かなきゃだろう⁉

 

 え? 並列思考? そんな人いるの? 凄いね……。

 

 というか、この時の俺は、もう本当に、感覚でテレポートを使ってたんだ。

 目につく建物の屋根の上に飛び、建物の上から上を次々に渡っていく。

 なるべく高く、なるべく遠くに。

 こうして後付で文章を足さないと足りないほど、シンプルな思考で、淡々と。

 ハッキリと脳裏に残っているその時の感情は、もう、あんまり言いたくないけれど。

 

 殺意、それだけだった。

 

 

 

 数度のテレポートの果てに、俺は防壁の上からそれらを見下ろす。

 

 そうして、舌打ち。

 

 何が20匹だ。

 見る限り、その倍は居るように見える。

 まあ、後から増えたのか。

 忌々しいその獣共の群れの一角、何かを漁っている連中を見て、俺は迷いなくそこに跳んだ。

 ゲーム内でのモーションと少し違うが、俺は跳んだ先に居る獣をテレポートの勢いで(はじ)いて(ひる)ませ、無防備な胴体を魔踊舞刀(まようぶとう)で細切れに斬り飛ばす。

 その一撃はスキルの上乗せこそ無いものの、手加減はしていないので数体(すうたい)を巻き込み、纏めて肉片に変える。

 こう見えて俺は、ゲーム内では曲がりなりにもレベル1250だ。

 難易度ノーマルに出るかどうか程度の雑魚(ザコ)、相手になる訳が無い。

 俺は続けざまにテレポートからの体当たりを、或いは蹴り――本来こんな挙動はないが、スキルの現地改修って事にしよう――を数度繰り返し、狼どもを文字通り蹴散らしながら、ある物をアイテムボックスを駆使して拾い集めていた。

 

 子供達の、無残な遺体。

 食い散らかされ、バラバラにされているものも多い。

 狼どもの餌にくれてやるには、俺の度量は小さすぎる。

 せめて、街の中で葬ることが出来るように。

 あらかた集めた所で、俺は上空経由で防壁の中へ戻る。

「貴様! いや、どうやって外へ出た⁉ どうやって戻った!」

 お偉いさんらしい衛兵が、突然現れた俺に驚きつつ、駆け寄りながら怒鳴る。

 

 それが、酷く癇に障った。

 

「うるせぇな。人の話もロクに聞かねぇクセに、質問の仕方も弁えねぇのかよ」

 仮面は外してない筈だが、その衛兵は明らかに気圧された。

 それすらも、気に入らない。

 ビビって狼狽える位なら、絡んでくるんじゃねえよ。

「……子供の死体を回収してきた。今から広げる。手を集めて、弔う手配をしろ」

 もう、丁寧に説明なんてする気分じゃない。

 何か言いかける衛兵を無視して、俺は地べたに遺体の欠片(こどもたち)を並べていく。

 酷く陰鬱な気分になるが、そのパーツの、どれとどれが組みなのか、「アイテム」として収容してしまった俺にはよく理解(わか)ってしまう。

 その凄惨な遺体をそれぞれまとめ、地面に、判明した名前を魔法で刻んでいく。

 収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)を応用し、細く弱く、丁寧に。

 並べた遺体は12人分。

 回収できた部位はまさしく断片で、それぞれが人1人を構成するには圧倒的に足りない。

「こ、これが……」

 衛兵達が息を呑むのが分る。

「犠牲者で、死体の部分が残ってた者だ。他に居たかもしれんが、回収できる死体はなかった……12人だ」

 俺は、本来会った事もなく、名前すら知らないはずの子供達の死体の欠片を前に、簡単に説明するので精一杯だった。

 そう、会ったことが無いから、「アイテム」として名前を知ることは出来ても顔は判らない。

 これも、俺を含め、衛兵隊、冒険者ギルド、幾つもの重なったミスと油断が奪い去ったモノだ。

 

 12人の名前を、俺は刻み込む。

 

「俺は昨日来たばかりの旅人だ。この街の人に、彼らを葬って欲しい」

 感情を漏らさないように苦労しながら、俺はそこまでを告げて、背を向ける。

「お前が……昨日の魔獣の報告をしたという旅人か……?」

 その背に、衛兵の声が貼り付く。

 

 どんな顔で、衛兵(おまえ)は俺を呼び止めたんだ?

 

「……だったら何だ? 文句を言われる筋合いはないぞ」

 振り返って顔を見たら殴りかかってしまいそうで、俺は姿勢を変えず、罅割れた声を絞り出す。

 今は耐える。

 直接的な仇は、今その防壁の向こうに居るのだから。

「済まなかった。報告は聞いていた」

 耳に滑り込む声に、一瞬、門の外の喧騒が遠退く。

 反射的に、ワンドを強く握りしめる。

「……謝罪の相手が違うだろう。間違えるな」

 それだけ言うと、俺は今度こそ、返事を待たずに防壁の上に跳んだ。

 

 防壁の内側には、どうやら冒険者(ぼうけんしゃ)どもが雁首揃えて集まってきたようだった。

 

 

 

 防壁にたどり着いた時には、外は戦争の有様だった。

 

 連なる閃光と爆発と衝撃。

 まるで戦役で呼び出される魔道士隊が列を組んで大火球の魔法を放っているような有様。

 それを、たった1人、単身で。

「ハンス殿!」

 ややもすれば現実離れしているその光景に見とれて、いや、圧倒されているハンスの耳に、名を呼ぶ声が響く。

 振り返れば、北門の監視と防衛を任されている衛兵隊の隊長が沈痛な面持ちで走り寄って来るところだった。

 

 

 

「これは……これが……そうか、リリスが」

 ハンスは地面に並べられた死体群の前に跪き、僅かに祈りを捧げる。

 全てが終わったら、その時に謝罪を。

「……警告を受けていたのに、()かせなかったこちらの落ち度だ」

 衛兵隊長がハンスに頭を下げる。

 しかし、ハンスはそれを偉そうに受け取ることは出来ない。

「いや、頭を上げてくれ。冒険者ギルド(こちら)も取り返しのつかない失態を犯している。だが、その話は全てが終わってからだ」

 (すこ)しづつ離れていく爆音が、押し上げられていく戦線を(あらわ)していた。

 ハンスはハルバートを抱え、門扉を抜けて防壁の外へ立ち、そして見る。

 

 絶え間なく降り注ぐ幾つもの火球が魔獣ごと大地を叩き、砕く。

 決して大きくはない体躯のリリスが、その杖を右手に掲げ。

 大魔法を行使するその姿、その背はまるで泣いている様で。

 

 ただ見ている事さえ、辛かった。

 

 

 

 都合50頭、ってところか。

 俺は魔力光弾(まりょくこうだん)の発動を停止し、一息()く。

 

 魔力光弾(まりょくこうだん)を止めたことで、流星雨(ミーティア)の発動も止まる。

 

 ()()()()()()()()のは、時間にして、1分ちょっとだったろうか。

 感情に任せて得物(武器)を持ち替え、目につく(はし)から光弾(こうだん)を叩きつけ、ミーティアが降り始めてからは視界もろくに利かない為、ただただ撃ち続けた。

 

 多分、実際にはもっと早い段階で敵の殲滅は終了していたと思う。

 だがその程度ではとても心は晴れない。

 憂さ晴らしの様に魔力を放出し、10分近くもの間、俺は魔力光弾(まりょくこうだん)を放ち続け、ミーティアを落とし続けたが、それでも気持ちは一向に晴れなかった。

 

 魔獣共は蹴散らして、大地は結構な範囲でクレーターが広がりガタガタに荒れ果てたが、俺の心は何も掴み取れなかった。

 

 得る物の無かった思考で、ぼんやりと考える。

 

 報告では20頭。

 来てみればその倍以上。

 数の確認も出来ない……訳はないだろう。

 ということはつまり、増えたということ。

 今まで、冒険者ギルドが把握していなかった魔獣が突然現れた。

 北の大森林、と言ったか?

 キナ臭い。

 どう考えても人為的だ。

 人かどうかはさて置き、意図的な物を感じるのは、俺が見もしない「そいつ」に罪を(なす)り付けたいからだろうか?

 剣を強く握り、モヤついた気持ちに任せて北へ踏み出そうとした俺の背に、声が掛かる。

「もう良い。大森林は、改めて調査を入れる」

 ハンスの声。

 彼は、彼自身は出来る事を確実にしていた事は理解した。

 だが、心の奥がザワつくのは止めようがない。

「人の話を聞きもしねぇであれだけの死人を出して、お前の何処を信じりゃ()いんだ? あぁ?」

 酷い八つ当たりだ。

 自分で判るから、余計に(いら)つきが募る。

「今、森ごと消して来てやる。それで万事解決だ、そうだろう?」

 振り返ることはしない。

 今振り返れば、気持ちが萎えそうで。

 

 他人(ひと)の所為にして楽になりたいが故に。

 

「森に生き、森に糧を得る者も居る。森でしか採れない種類の薬草類も有る。お前なら森を焼き払う事も容易いだろうが、許可出来ん」

 声の調子から、近づいて来ていることが判る。

 だが、俺は動かない。

 動けない。

「簡単な警告ひとつ出せなかったギルドの(サブ)マスターさんが、誰になんの許可だよ。寝言はガキどもの赦しを得てからほざけ」

 口が、まるで勝手に動いているようで。

 確かに憎しみは有る。

 だが、それは、ハンスに向けてのものではない。

 

 向ける相手が違う。

 

「……確かに、俺は判断ミスをした。職員を信じたつもりで任せきり、確認を怠った結果がこの惨事だ」

 ハンスは、俺の真後ろに立っている。

「だからこそ、もう間違える事は出来ん。お前が怒りのままに暴れる事は、許さん」

 振り返った俺は、ハンスの腹筋に拳を叩きつける。

 肉体的には非力とは言え、それなりのレベルの俺の拳は、だが、震えているように貧弱で。

 ハンスの巨体を揺らす事さえ叶わない。

「お前の許可なぞ居るか! 子供を死なせたお前の!」

「そうだ」

 悲鳴にも似た叫びが俺の喉から上がる。

 それを受け止めたハンスの声は、悲痛だった。

「俺が殺した。だからこそ、もうこれ以上の失敗は出来ん。お前を含め、この街の冒険者に俺の失敗を押し付ける事は出来んのだ」

 多分、きっと、ハンスはそんなつもりでは無かったのだろうけど。

 それはきっと、俺の聞きたかった言葉。

 俺は間違っていないのだと、そう言って欲しかった俺への回答。

 それが解って、俺は。

 

 ――酷く、気分が悪かった。

 

「宿に戻る。気分が悪い」

 俺がそれだけ言うと、ハンスは道を開けてくれた。

「明日、ギルドに顔を出せ」

 ハンスの声が聞こえたが、もう俺は返事を返す気力も無かった。

 

 

 

 冒険者達が北門に着いた時には、街の外は聞いた事も無いような爆発音が連なっていた。

 それも直ぐに収まり、フレッド達は門扉に走り寄ろうとして、地面の「それ」に気付いた。

 

 バラバラになった手や足。

 頭の一部、胴体の一部。

 その地面に刻まれた名前。

 

 それは、昨日、カレンが、そして自分がなっていたかも知れない姿。

 胃の中味がせり上がってくるのを感じた時には駆け出し、少し離れた所で吐いていた。

 涙がこみ上げる。

 改めて自分の運の良さ、リリスが通りかかってくれた幸運に感謝する。

 恐らく自分も気持ち悪くなっただろうに、追いかけてきてくれたカレンが背中をさすり、マシューとティアも直ぐ(そば)に居てくれている。

「ごめん……友達の……名前だったんだ」

 フレッドは消え入りそうな声で呟く。

 彼が目にしたのは、彼らと同じ孤児院の子供の名。

 地面に刻まれた名前と、転がっている右手、それだけで、間違いなく本人だと理解(わか)ってしまった。

 意識して見ていた事なんて無いはずなのに。

 

 その手のひらは、何故か妙に小綺麗で。

 

 思い出すその背中を、カレンが抱きしめる。

 言葉もなく。

 他の仲間も、言葉もなく、ただフレッドの(そば)に居続けた。

 

 

 

 ジェシカとタイラーもまた、他の冒険者達と同じくその光景を目にしていた。

 並べられた死体の断片と、その持ち主の名前。

 今や開け放たれた門扉から覗く、連続して止まない爆発の連鎖。

 

 吟遊詩人の歌う悪魔の、魔王の所業にも思えるその轟音は、ややあって収まる。

 

 聞いたところでは、冒険者たちが集まる前には魔獣は数を増やし、50に届こうかという程に膨れ上がっていたらしい。

 その群れの中に飛び込んだ小柄な、仮面の女冒険者。

 あまりにも華奢な見た目に衛兵が止めようとするも、彼らが動き出す前に魔法を放ち、数え切れないほどの火球を次々に大地へ()としたと言う。

 俄には信じがたい話だが、衛兵がそんな嘘を並べる理由もない。

「ただの小生意気な小娘だと思ってたんだがな……」

 タイラーが眼鏡を押し上げ、呟く。

「……あんなに怒るようには、見えなかったのにね」

 ジェシカが、笑顔を少し曇らせて、その呟きに応える。

 ただの口の悪い、少女と呼べるその見た目と合っていない感じの話し方の、不思議な冒険者。

 飄々としていて、ケンカを売ってくる相手には容赦しない癖に、冒険者が魔獣に殺されたと知るや、誰よりも激昂したお人好しの新人冒険者。

 近くに魔核迷宮(ダンジョン)も存在しないこの街に現れた、それも大地を覆う程の数の魔獣を、その大地ごと打ち砕いてみせた魔導士(ウィザード)

 

 どこかバランスの悪い、目を離せない後輩。

 

「あ、戻って……来……た……」

 自分でも、あまり物事に動じない方だと思っているジェシカだったが、門の内に戻ってきたリリスの姿に言葉が詰まる。

 いつも仮面のように纏っている、自分の笑顔が消えていることを自覚する。

 

 痛い。

 傷だらけの身体(からだ)で、止血もせずに。

 千切(ちぎ)れそうな両手を抱え、両足を引きずるように。

 

 血のように紅い瞳を、血の涙で濡らして。

 

 そんな姿を幻視してしまった。

 ハッとして見直せば、武器を収め、俯き加減で歩く小さな姿。

 その身体(からだ)には、実際は欠損どころか傷の1つも無いと言うのに。

「何だ……今のは……」

 自分のではない声に視線を向ければ、驚愕の相を浮かべたタイラーがリリスを目で追っている

 何が視えたのだろう。

 自分と、同じ()()が視えたのだろうか?

「タイラー……貴方(あなた)、何が()えたの?」

 恐ろしかったが、自分だけが()えた幻ではないと思いたかった。

 だから、意を決して尋ねる。

 

「血まみれで……泣いている子供だ……」

 

 短く応えるタイラーの顔をしばし見つめ、そして歩き去るリリスの姿を視界に収める。

 

 

 

 最悪な気分だ。

 

 宿に戻り、今日の分の支払いと、多分動きたくないだろうと、明日の分まで支払いを済ませる。

 湯桶の手配をして部屋に戻るが、ベッドに飛び込むともう動く気力が切れた。

 

 俺が悪いんじゃない。

 俺が殺した。

 俺は戦った。

 俺が見捨てた。

 俺が。

 俺は。

 

 ぐるぐると頭の中で文字が踊る。

 声が木霊する。

 頭が割れそうだ。

 

 俺が何をした。

 何もしなかった。必要な事を、ひとつも。

 

 いい歳だと言うのに、涙が溢れてくる。

 面白可笑しい冒険生活、その夢なのだと思い込んでいた。

 だと言うのに、これはなんだ。

 夢に牙を()かれた不快感。

 現実なのか?

 夢ではないのか?

 現実ならば。

 俺は、子供を見捨てたのか?

 判らない。

 理解(わか)らない。

 今こうして悩んでいるのも、きっと誰かに「違う」と言って欲しい、浅ましい俺の心の動きだ。

 情けない。

 何も違わない。

 

 俺はもう動く事を諦めて、泣きながら意識を手放した。

 

 

 

 冒険者ギルドに集まったのは、朝になってから。

 昨日、宿に帰ってからみんなで決めた。

 リリスさんの所に行こう、と。

「リリスさん、泣いてた……」

 ティアがそう言っていた。

 マシューにはその様には見えなかったが、酷く落ち込んでいるのはよく理解(わか)った。

 

「僕たちは助けられたのに、助けることが出来ないのは嫌だ」

 

 フレッドの言葉は、全員の気持ちだ。

 冒険者ギルドには、やはりというか、リリスの姿はなかった。

 念の為受付で聞いてみるが、今日はまだ姿を見ていないという。

 来たら、(サブ)マスターが用事があるから教えて欲しいと、伝言を頼まれる始末だった。

 テーブルのひとつに陣取り、フレッドが口を開く。

「リリスさんの宿に行こう」

 残る3人は同時に頷く。

 待っているのが辛い。

 迎えに行って、一緒に屋台でなにか食べよう。

 

「あら、お嬢ちゃんの居る宿、知ってるの?」

 不意に掛かる聞き慣れた声に、4人は振り返る。

 黄金色(きんいろ)の髪を纏めて、ニコニコと佇むお姉さん冒険者がそこに居た。

「……お前も宿に向かう気か。そこはこいつ()に任せたほうが良いんじゃないのか?」

 眼鏡に短髪で難しい顔のお兄さんが、そのお姉さんに釘を刺すが、見る限り手応えは無さそうだ。

「お姉さん達も、リリスさんの所に行くの?」

 ティアが警戒心もなく、見慣れた笑顔のジェシカに駆け寄る。

 その頭を撫でながら、ジェシカは笑顔を崩さず応える。

「まあねぇ。私も心配なのよ、あの子」

 マシューは無言で、ジェシカの隣で仏頂面のタイラーを見上げる。

「……昨日のあれは、アイツが悪いわけじゃない。明らかに悪い奴は1人居るが、他は『まさか』の重なりだ。誰にあんな被害が予想出来たと言うんだ」

 無表情で言いながら、マシューの頭を撫でる。

「アイツが自分を責める理由はない。少なくとも俺達は、礼を言わねばならん」

 不器用な撫で方だが、マシューは、いや、それを見ていたフレッドもカレンも、顔を綻ばせる。

 

 そうだ。

 僕たちは、リリスさんにお礼を言いたいんだ。

 

 今ひとつ、リリスに対してどうしたいのか、助けると言っても何をすれば良いのか掴めず、勢いに任せて行動を起こす事で突破口が見つかればと、闇雲に動き出した所だった。

 そこに大人な冒険者の言葉は、確かな指針となった。

「じゃあ、行きましょう? ここに居ると、相談とか言って飲み始めちゃうから」

「それはお前だけだ」

 ジェシカがのんびりとした口調で急かす様な言葉を発するが、受けるタイラーは容赦ない。

 2人のやり取りに、少年たちの笑顔はますます深まる。

 この人達が居れば。

 みんなでなら。

 

 きっと、リリスさんも元気に出来る。

 

「おう、坊主共」

 不意に掛かる声。

 振り返った胸元に何かが投げ込まれて、フレッドは反射的に受け止める。

 そこに居たのは、いつも何かと助けてくれる、グスタフが笑顔に髭を歪ませていた。

「あの嬢ちゃんトコに行くんだろ? そいつ持ってけ、なんか旨いもん食って、ここに嬢ちゃん引っ張ってきな」

 機嫌の良い笑顔で、豪快に笑う。

「良いのか? 受け取った以上、遠慮はしないが」

 フレッドの頭に手を乗せ、タイラーが問いかける。

「当たり前だ。それに、それしきの端金(はしたがね)じゃあ礼にならん。冒険者(おれたち)の礼はコイツだと決まっているからな」

 言いながら、ジョッキを掲げてみせる。

 グスタフの周りでは、やはり気のいい笑顔を浮かべた数人の冒険者が、同じ様にジョッキを掲げていた。

「……恩に着る。では、早速向かうとするか。(かね)まで受け取ってグズグズしていたら、ジェシカがエールを飲み始める」

「ちょっと、幾らなんでも酷くない?」

 タイラーがらしくもない軽口を叩くと、受けるジェシカは頬を膨らませてみせる。

「お前がさっき、自分で言ってた事だろう」

 真顔なので冗談か本気か判らないタイラーに、不満を表情で訴えるジェシカ。

 笑うグスタフたち。

 上手く行きそうな、そんな気持ちは膨れ上がる。

「よし行くぞ、リーダー」

 少し強めに頭を撫でられ、フレッドは驚いて振り向き、顔を上げる。

「今は、お前が臨時のパーティリーダーだ。頼むぞ」

 咄嗟の事に、声も出ない。

「そーそー。さ、急いでパーティメンバー迎えに行きましょ、おなかすいちゃったし、ね?」

 ジェシカが、フレッドの(ひたい)(つつ)く。

 ほんの僅か、呆然と放心したフレッドは、直ぐに力強く頷いた。

 行き先は知っている。

 なにせ、自分たちが勧めた宿だ。

 6人のパーティは、揚々とした足取りで、目的地を目指す。

 

 

 

「ここに居るの?」

 なぜだか、驚いた顔のジェシカと、やはり感情を読むのが難しいタイラーが、揃って宿を見上げる。

 朝と晩の食事付きで、良心的な価格とサービスが評判の名店「銀の馬の骨」。

 いい宿だが、妙な客が多いと言う噂もある。

「うん、僕たちがお勧めした宿なんだ」

 誇らしげなフレッドに続いて、マシューがタイラーを見上げる。

「昨日リリスさんが良い宿だって言ってくれたんだ。ここの、2階の角部屋に居るんだって」

 ジェシカとタイラーが顔を見合わせる。

「……どうしたの? お姉ちゃんたち……?」

 ティアが、不思議そうに見上げる。

 その顔を見下ろし、少しかがみ込むようにして視線を合わせると、タイラーは静かに口を開いた。

「ここは、俺も使っている宿だ」

 ティア始め少年たちは、驚きに目を丸くするしか無かった。

 

 

 

 ドアがノックされている。

 意識はとっくにハッキリしているが、今は全然動きたくない。

 

 悪いが、居留守にさせて貰う。

 

 宿代は昨日払っている。

 何の問題もないだろう。

「寝ているのか? 鍵は()いているか?」

 聞き覚えの有る声がドアの向こうから聞こえる。

 踏み込む気か?

「これくらいの鍵だったら問題ないけど、男どもは此処で待ちなさいな」

 押し(とど)める声。

 ……いや待て、あれは「男」を止めてるだけで、自分は入ってくる気じゃないのか?

 面倒くさい。

 だが、この女の声も聞き覚えが有る。

 

 ややあって、扉が開けられる音が聞こえた。

 おいおいおい……俺は今、手加減出来る気分じゃないって……。

 少し物騒な考えを始めた俺の耳は、その時、小さな細い声を捉えた

 

「リリスさん……?」

 

 カレンちゃんの声?

「リリスさん、起きてる?」

 続いて聞こえたのは、ティアちゃんの声か。

 もそり、と、俺は身体(からだ)を起こす。

「あらあらあら、暗いのに判るくらい酷い顔よ? ほら、桶借りてきたから、顔洗っちゃいなさいな」

 テーブルの上に湯桶を置いて、窓を開けるのはジェシカさん。

 差し込む光を反射して、金色の髪が眩しい。

「な……なんなの……」

 (うご)こうにも、泣きそうな顔のカレンちゃんとティアちゃんに飛びつかれ、身動きが取れなくなった。

 

 え、なにこれ。

 俺の捕縛命令でも出たの?

 

 鬱々と考え事をしていた俺は、寝起きの比にはならない程度には脳が動いていた筈だった。

 だが状況の変化が急すぎて、思考が着いていかない。

 

 身支度が整う前に部屋に踏み込んできた男ども――タイラーくんの顔面に、反射的に枕を投げつけるのが精一杯だった。

 

 

 

 扉を開けた先は薄暗く、カレンは心臓を掴まれたような気持ちで立ち尽くした。

 この部屋は、悲しい。

 

 違う、悲しいのはリリスさんだ。

 

 カレンは勇気を出して一歩踏み出し、それにティアとジェシカが続いてくれた。

 ジェシカさんは機転を効かせて借りてきた湯桶を、テーブルに乗せている。

 

 リリスさんは声を掛けたら起きてくれたけど、その顔は。

 

 泣きはらした、酷い顔だった。ジェシカさんは顔を洗うように言って窓を開けてくれていたけど。

 カレンとティアは、悲しくて、辛くて。

 迷わず駆け寄り、リリスに抱きついていた。

 

 

 

「あー。で、何? 心配で押し掛けたって? キミタチはオカンか何かかね?」

 顔を洗って身支度を済ませ、俺は正座させた男どもに事情聴取中である。

 男どもに向かって「オカン」呼びはアレだが、なんというか、お節介加減が同レベルである為、これは致し方のない表現だ。

 ちなみに仮面は付けてないし、髪も下ろしている。

 ウィザードと言えば、ゲーム内で見慣れたポニーテールなイメージだが、実は装備に依っては髪型も変わる。

 

 この程度でおしゃれ云々言うつもりは無いが、まあ、気分だ。

 

 面倒臭いだけとか、そういう事ではない。

 きっと。

「それにしても、リリスちゃんも此処に泊まってたなんてねえ」

 ジェシカさんが露骨に話題を逸らす。

 見え見えすぎてそんな……え?

「え? 何? ジェシカさん……じゃねぇな? タイラーくん、君、此処に?」

 ジェシカさんも宿を取っているのか確認しようとして、昨日の話からそれは無いなと思い至る。

 目を向けると、案の定、タイラーくんは眼鏡を直しながら頷く。

 

 格好つけてるけど、お前、今正座してるからな?

 

「そうだ。俺はこの上の部屋だ」

 (うえ)って……。

 何となく天井を見上げ、俺は溜息を()く。

「人が落ち込んでる時に、夜中(よなか)までドッタンバッタンうるせぇなぁと思ったら……」

 ありゃあ、よく分からんが、なんか色恋沙汰の音じゃねえ、まるで喧嘩の様相だったぞ?

 いやまあ、野暮だし聞かないけどね?

「それは済まない。昨日の夜から、お前を励ましに行こうと、お調子者が息巻いててな」

 そういう事言われたら怒れなくなるだろうが。

 いやまあ、もう怒るも何も無いけど。

「部屋がバレてたら、昨日の内に()かねない勢いだな……」

 照れ隠しに口にしたのは、割とどうでも良い下世話な軽口。

「そうだな。こう見えて向こう見ずの世話焼きだ。部屋が理解(わか)っていたら、昨夜の内に急襲していただろうな」

 おい。

 お前、冷静に言ってるけど、それお前。

 お前の相方が、夜中(よなか)に女の部屋に襲いに行くって言ってるんだぞ。

 ちょっと言葉選べ。努力しろ。

「だが、事実だ」

 タイラーくんはブレない。

 だけどなんだろう、ちっとも眩しくない。

 ジェシカさんと並んで、変人枠で良いと思う。

 

 すっかり毒気を抜かれた俺は、両側から美少女に抱きつかれるという大変な栄誉に預かりながらも、非常に釈然としない微妙な表情(ツラ)で、だけど立ち上がれる程度には心が軽くなっている事を確認して。

「まあ、なんだ。素直に礼を言うけど、でもなぁ」

 溜息混じりに、憎まれ口を叩く。

「お前ら、心配しすぎ」

 だが、真面目顔のツッコミ役は怯むこと無く、言葉をあんまり選ぶこともしない。

 

「あんな(ツラ)でとぼとぼ歩いて帰られて、心配するなって方が無理だろう。なんで街を救ったお前が一番傷ついているんだ」

 

 まっすぐの()が過ぎて、すぐには反応が出来ない。

 俺に抱きついてる2人の手に籠もる力が増した。

「言わせて貰うが。なんでお前があんな顔していたのか、本気で理解(わか)らない。まるで抱えきれない責任に押しつぶされそうな顔だったが」

 正座の姿勢を崩さず、タイラーは真っ直ぐに俺の眼を捉えたまま言葉を紡ぐ。

 タイラーだけではない。

 その両隣で、フレッドとマシューも真剣な顔で、俺を見ていた。

 まるで……。

 やめてくれ。

 俺は、俺には、その視線はキツい。

 そんな、真っ直ぐな眼で俺を見るのは辞めてくれ。

 俺は、誰も救えない出来損ないなんだ。

 

「お前が責任を感じる理由が何処にある」

 

 子供達の視線に耐えきれなくなりそうな所で、タイラーの声が耳に滑り込んできた。

 何処に有る、って、お前……。

 唐突な問いに虚を突かれ、漂白され掛けた思考だったが、直ぐに影がさす。

 自分の中に(わだかま)る思いと、タイラー達の真っ直ぐな視線に耐えかね、俺は俯く。

「俺が、街の外で張ってりゃ、それで救えたんじゃねぇのか? そうしたら」

「自惚れるな」

 漸く絞り出した言い訳じみた自傷(じしょう)の言葉を、タイラーがあっさり打ち壊してくる。

「お前は強い。ちらりと見た程度だったが、圧倒的だと思った。だが、それだけだ」

 何を言われているのか理解(わか)らない。

 俺は再び顔を上げる。

「お前だけじゃない。完璧な人間など居ない。強かろうがなんだろうが、1人で全てをなど、傲慢が過ぎる」

 俺は、ぽかんとタイラー()()を見る。

「お前は、衛兵に報告もしたし、冒険者ギルドにも報告している。どちらにも、魔獣の死体を見せて。お前は出来る事を、迅速にしていたんだ」

 何を、言ってるんだ?

 

 そんな事は、それは、だって、俺は誰も救えなくて。

 

 うわ言のように、それは唇から零れ落ちる。

「だから。お前は出来る事はしていたんだ。後は上が動く問題だ。冒険者ギルドは受付の身勝手で、衛兵隊は情報を軽視して、結果ああなっただけだ」

 真っ直ぐに、タイラーくんの()が、俺の眼を捉える。

 

「お前は、悪くない」

 

 俺が聞きたかった言葉。

 

 気がついた時、俺はボロボロと涙を零していた。

 人前で泣くなんて、大の大人が、なんて格好悪いんだろう。

 だが、俺は涙を止める事が出来ず、釣られて泣いている12歳の少女2人に頭を撫でて慰められるという状況に陥ったが、そんな事に気付く余裕もなく只管涙を零すのだった。

 

 

 

 今更気を利かせたタイラーくん(ひき)いる男どもは先に宿を出て、(おもて)で待っているらしい。

 何でも、ギルドで呼ばれているとか聞かされ、昨日のハンスとの別れ際のやり取りを思い出した。

 その前に、何やら食事にもお誘いらしい。

 ギルドに行けば、酒の海で食事どころでは無いとかで、昼くらいは飯を食っておくとの事だ。

 それは良いのだが、「(おもて)へ出ろ」は使い(どころ)を間違っているぞ、タイラーくん。

 

 どうも俺はお節介で、気の良い――俺には勿体ない仲間が出来たらしい。

 

 それは良いんだが、そう言えば俺、ギルドの(サブ)マスターに「説教する」宣言してたような。

 なんか、急にギルドに行きたく無くなってきたな……。

 それを言ってもどうせ、あいつ()はお構い無しで俺を引っ張っていくんだろうなぁ。

 

 

 

 調子に乗って啖呵を切るのは、もうコリゴリだ。

 溜息を()く俺の顔は、きっと泣き笑いだったと思う。




感情に振り回されて疲弊。
仲間に救われるのは、きっと王道。
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