コウさんのナビで
ネットで調べた情報では三千ほどの人口のうち半数以上が高齢者だという村は、片側二車線の国道によって海側と陸側に隔てられ、平地と呼べるものは海岸に面した猫の額ほどの部分に集中していた。
ビデオカメラを構えて豊網の全体を撮影し、ゆっくりとパンしながら海側をズームしていく。そこには限界集落には不釣り合いなほど小ぎれいな漁港と、付随する水揚げ設備や保冷倉庫などの施設があった。だが、停泊している船は港のそれと対照的に古びた漁船ばかりで、船腹を半分晒して溺れるように繋がれている。
国道を挟んだ陸側に目を向けると、急勾配の斜面に張り付くように住民の家屋が立ち並んでいた。建物の新旧は無秩序に混在し、いくつかの家には白い塗装が赤サビで朱に染まった軽トラックの隣に、最低でも四百万円は下らないだろう真新しい高級車が停まっている。
「見ろよ。ここの連中は何をやって稼いでんだろうな? 漁に出たら沈没しそうなボロ船ばかりのくせに、クルマの方は羽振りがよさそうじゃねえか」
「漁業補償や補助金でじゃぶじゃぶになってる……ってハナシ、本当みたいですね」
「叩けばホコリ、どころじゃねえな。面白くなってきたじゃねえか」
「どこから聞き込みましょうかね?」
「あのなァお前、アタマ使えよ。真正面から『インチキしてますか?』なんて聞いて回って『ハイしてますよ』ってな事になるわけねえだろ。こういうのはな、貧乏人から聞くに限んだよ」
「貧乏人……?」
思わせぶりに笑う彼を追って車に戻り、キーを捻りながら意味を問うと「取材のイロハだよ」と面倒くさそうに言った。
「いまの日本じゃ珍しくなっちまったけどな、ひと昔前の東南アジアあたりじゃ見慣れた光景だ。あの手の不労所得ってのはな、地元の権力者と取り巻きが良い思いをして……長いモンに巻かれねえ奴と下っ端役人にゃ回って来ねえんだよ」
「じゃあ、役所ですか?」
「お前な、アタマ使えッつってんだろ。市町村合併してんだから、ここに役所があるわけねえよ。もっと考えろ」
この地域の情報が集まり、保証金や補助金事業に関連し、その上で利益にありつけない者がいる場所。それでいて、地方自治体ではない——
「そんな都合の良い人がいる場所なんか、あるんすかね?」
「わかんねえのかよ……ここの産業基盤はなんだ? 漁業だろ。漁協って知ってるか? いくらジジババばかりの土地でも、ガキがいりゃ学校あんだろ? それとな、この程度の規模の村だって警察の駐在所くらいあるんだよ! ッたく最近の若けェ奴らときたら……」
「すんませんね、勘が鈍くて。ところで、朝飯のカップ麺はカレー味と普通のやつ、どっちがいいですか? あと、思ったんスけど消防署なんてのはどうなんですかね?」
「普通の……いや、カレー。ざっと見た感じ、消防署じゃなく消防団だろうな。おにぎりねえのか?」
「ツナマヨでしたよね。ありますよ」
消防団だとすると地元住民の有志であって、公務員のように村の外から来た人間はいない。俺たちが欲しい情報源とはならないだろう。漁協、駐在所——そして学校か。さっきの騒がしい娘、深緒に出くわさなければよいが。
◇ ◇ ◇
すでに発生した事故や発覚した事件の取材であれば、カメラを向けただけでワイドショーのコメンテーター気取りでベラベラ語りたがる素人は山ほどいる。だが、隠されている、まだ事件になっていない事柄について聞かれるままに語ってくれる者は滅多にいない。
物事を外部から隠しておくためには関わる人間の数を絞り、さまざまな方法で利害関係を構築し、裏切れない仕組みを造り上げることが必要だ。コウさんの話では、まず情報提供者に信頼されることが不可欠だという。
記者の基本だと同僚から酒の席で聞いた気がするが、カメラマンは撮影するものであって聞き込みは守備範囲外ではないだろうか。
「お前な、フリーランスの連中は一人で全部やるんだぞ。カンボジアじゃあ鉄鉢てっぱちから宿から食い物の調達から、ベトナム軍の広報との交渉だ撮影だ記事書きだ、何もかも手前ェでやったもんだ。甘ッ垂れてんじゃねえよ」
今の俺より若い頃、コウさんは『地雷を踏んだらサヨウナラ』の一ノ瀬泰造と同じ修羅場を踏んだ戦争特派員だった。人づてに聞いた話では、現場で殺気だった兵隊に銃を向けられたこともあるらしい。
「いいか、俺の読みじゃあ今回のネタは……少なく見積もっても数億って額のカネが動いてる。バレたら一人や二人が首括るか海に浮かぶ程度じゃ済まねえ」
「出ますか、人死に」
「出る。朝っぱらだってのに、この国道を通るのはガキと散歩のジジババだけだ。港に出入りする連中も全然いねえ。さっきは権力者の取り巻きしか得しねえって言ったがな……事によると、ここの奴らは……」
「まさか、ほぼ全員が? そんな……」
「それを否定する材料、持ってるのか」
それは予断だ。しかも、穿ちすぎな極論としか思えない。陰謀論の半歩手前と言っても良い。だが、彼の勘は次々と裏付けられることになった。
コウさんは最初の聞き込み先に漁協の支部を選んだ。『東京で働いていたが、定年退職を機に移住する予定だ』という出まかせで預金口座を作る手続きをしながら、職員から雑談を装って雑多な情報を聞き出していく。俺はその会話を懐に隠したスマホで録音する係だ。
職員曰く、青年団は消防団を兼ねている。
曰く、ニシン漁で繁栄していた頃の網元である『豊網』氏の名が村の名前になっている。
曰く、豊網の現当主は入り婿で、道議会の議員だ。親戚筋にも町会議員などが複数。
曰く、先代当主は終戦間際に樺太からふとからの引き揚げ船を手配し、富を築いた。
そして。
豊網の当主は、この村の神社の神主でもあるという。
「私はここの生まれじゃありませんし、氏子でもないんですけどね。『いどら様』って聞いたことのない神様なんだそうです。イロハのイじゃなく、あの……五十音の最後の方の字を使うんだとか」
ゐどら、と書く神様なんて聞いたことがない。へぇ、と興味なさそうに相槌を打つコウさんだが、唇の端が微妙に上っている。
「その神様ぁ、どんなご利益があるんですかね?」
「そうですねえ、長生きと豊漁の神様だって聞きましたね。ソッキ様とも言うらしいです。どう書くのかは……申し訳ないですが」
「いやいや、いいんですよ。手続きも済んだってのに、長っ尻しちまって。こっちこそ申し訳ないです。ああ、済みません……お名刺頂いても良いですか? これから何度か助けてもらうかもしれませんので」
接客用の作り笑いの中に期待感をにじませ、四十がらみの男性職員は名刺を渡した。どっこいしょ、と普段なら言わない演技を入れつつ立ったコウさんは、聞き忘れを思い出したとばかりに『ゐどら様』の神社の場所を尋ねた。
「お参りする場所はすぐ近くですけど、ご神体って言うんですかね? それがあるのは船で沖に出たところにあるニシン岩なんだそうです。そういえば、確か今日の夜に何か祭事があるはずですね。明日は餅まきするって婦人部の方が……」
好々爺のふりをしたコウさんは、人の良さそうな笑みで何度も頭を下げながら漁協の建物を出るなりタバコに火をつけて——悪い笑みを浮かべた。
「ちゃんと録ったか?」
たぶん、俺も似たような顔をしていたに違いない。クルマに戻り、スマホを操作して確認する。
「完璧です」
「まずは裏ァ取るぞ。話からして、ここの大ボスは先代当主だろ。神主だったら祭事にツラ出すのは間違いねえ。取り巻きの
「ニシン岩ってのは、どこなんですかね?」
「あいつは沖って言ってたな……後で探すか。とりあえず、俺は移住希望のジジイだ。お前は……仕方ねえ、息子ってことにするか?」
「まあ……それが面倒なさそうで無難ですかね」
「そんじゃ、行くか」
「不肖の息子がお供いたしますよ、親父殿」