遠き暁   作:Bingo777

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第七話 これから③

「同じだ……あん時と同じだ。あいつらも取り引きしてた……化け物どもが金のインゴットだとか、でかい宝石だとかを持ってきて……」

 

「取り引きってことは……その対価には、まさか」

 

 贄取り召されや、と連中は言っていた。

 つまり、いけにえを取って対価とするのか。

 

 モニタの中には二機のドローンから送られてくる映像が流れている。深緒の目は何も映していない。そして、俺はほんの少しだけしか、あの娘に関わっていない。

 

 報道とは、その場所に立ち会うことに価値と意味がある。カメラマンはファインダーを覗くとき、そこに映るものに対して無責任な傍観者となる。飢餓に苦しむスーダンで『ハゲワシと少女』を撮ったケビン・カーターのように。溺れている者がいたとしても、撮ってから助ける人種が俺たちだ。

 

 だが、だがしかし、いま何かができるのは俺たちだ。

 何かできるのは、俺たちなんだ。

 

「おい、滅多なこと考えるんじゃねえぞ。あそこにゃ鉄砲持った奴だっているんだ」

 

「だからって何もせずにいられますか!?」

 

 冷淡に過ぎるもの言いに、怒りで目の前が真っ赤になった。両手でコウさんの襟を掴み、そのまま締め上げて怒鳴りつける。そんな俺を彼は真正面から睨みつけ、強烈な頭突きを入れた。

 

「このバカ息子が、頭ァ冷やせって言ってんだ。今、俺たちゃ土壇場にいるんだ。ここが分かれ目なんだよ。わかるか? ミイラ取りがミイラになっちゃあ、元も子もねえんだよ。できる事と、できねえ事を取り違えたら、お前……死ぬぞ」

 

「こんな時に嘘っぱちの親父面すんじゃねえよ!」

 

「いいから聞けよ。三つだ。三つ聞くから、答えろ。いいな?」

 

 ひとつ、海上保安庁への通報ダイヤル番号。

 ふたつ、ドローンにスピーカー出力機能があるかどうか。

 みっつ、全てのデータをクラウドストレージに保存するまでの所要時間。

 

 最初の答えは118番だ。次は、スピーカー出力で音声を流せる設計になっている。そして、最後の答えは『すでに行っている』だった。

 

 それを聞いたコウさんは、堅気に見えないほどの悪人顔でにやりと笑う。

 

「いいじゃねえか。お前にしちゃあ上出来だ。じゃあよ、俺の言う通りにするって約束しろ。できなきゃ俺ァこのまま逃げる。危うきに近寄らず、だ」

 

 どうする、と問いかける目に俺は、ゆっくりと頷いた。

 

◇ ◇ ◇

 

 ——よく聞けよ。俺たちゃ腕っぷしも弱けりゃ三脚くらいしか得物もねえ、無力で哀れな若造とジジイだ。だがな、ここがどれだけイカれた場所だとしても、推理小説みてえな孤島でもなけりゃ、吹雪の山荘でもねえんだよ。いくらでも手はある。

 

 まず、お前はドロンのスピーカーを使えるようにしろ。それが済んだら、宿に戻ってクルマ取ってこい。その間に俺はひと芝居打つ。なに、ちょろいもんだ。

 

 言われるまま、俺はノートPCを操作して設定を変更した。タブレットだけ掴んだ俺は追い払われるように防波堤を後にして、宿に停めたままのクルマまで走った。リモコンでドアキーを開け、ポケットに入ったエンジンキーを回すまでに、十分か、十五分ほどかかった。

 

 きっと、それがコウさんの言った『分かれ目』だったのだろう。

 

 クルマを確保したと伝え、迎えに行くと電話をかけた俺の耳には——彼とは別人の、低く籠るような声がした。

 

《やってくれたな。親父は始末した、次はお前だ》

 

「誰だ!? 何をした!?」

 

《車に乗っているな? 逃げる気か。できるかな?》

 

「何をしたんだ!?」

 

《始末したと言っただろう。死体も上がらないし、警察だろうと海保だろうと、何もできんよ。面倒はあるが、次の祭りまで待てば済む話だ。カメラもパソコンも処分する。お前のしたことは、ぜんぶ無駄だ。逃げても必ず見つけて殺す。必ずだ》

 

「この野郎……!」

 

 通話が切れたスマホを握ったまま、予想だにしなかった凶報を——彼を殺した本人から告げられる現実を理解できずにいた。そんな俺を現実に引き戻したのは、まるでゾンビ映画のように無表情に、運転席のドアを開けようとする宿の老婆だった。

 

「この、罰当たり者がァ……ゐどら様ァお怒りじゃあ……!」

 

 老婆のうしろには、それぞれの家から出て、包丁や果物ナイフ、野球バットやゴルフクラブを持つ豊網の住人が国道を埋めている。それは、あまりにも非現実的で、ひどく悪い夢のようで、心のどこかがひび割れるに余りある光景だった。

 

◇ ◇ ◇

 

 どこをどう走ったのか、まるで思い出せない。無我夢中でハンドルを握って、とにかく少しでも村から遠くへとクルマを走らせたのだろう。自分の足で走り続けたように心臓は早鐘を打ち、体は汗と小便でぐしょぐしょだった。

 

 土地勘がない場所で、でたらめに走ったせいで現在位置がまったく分からない。来る時は、彼と一緒で——雑だが間違いのない道案内があった。

 

 いま彼の名を呼ぶと、呼んでしまって返事が戻って来ないことを確認してしまうと、心が折れてしまう。何もかも狂った場所で、唯一信じられる人が消えてしまった。これから俺はどうしたらいいのか? 連中が俺を探し、殺されるのを怯えて逃げ回るしかないのだろうか。

 

 現代の日本で、誰にも見つからずに何日過ごせるのだろう。あいつらの手は、どこまで長く伸びてくるのだろう。悪い考えばかりが渦のように俺を取り巻いた。

 

 そんなとき、スマホが一通のメールを受信した。クラウドストレージからの自動送信メールだ。こんな時に、と思いながらも、何か別の思考に逃避したいと言う欲求からメールを開くと——ストレージ容量が限界に到達しそうだ、という内容の定型文だった。

 

 業務用として契約して、高画質の画像や動画のファイルを山ほど保存できるはずだ。それなのに、何故? ああ、そうか。取材データとドローンで撮影した生のデータを未編集で放り込めば、いくら何でもそうなるだろう。

 

 ちょっと待て。

 それはつまり、俺がコウさんと分かれてからのデータもあるってことだ。ドローンもノートPCも壊されてしまったけれど、クラウドにデータはある。そして、スマホもタブレットもある。

 

 見なければならない。恐ろしくて堪らないけれど、俺には見届ける義務があるはずだ。

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