——騙すようなことになっちまって、すまんな。
だけどよ、二人そろってぶっ殺されちゃあ堪んねえや。だから、勘弁しろよ。まあ、なんだ。海千山千の俺にも読み違いってのはあるんだな。消防団の連中がよ、飲んだくれてりゃいいのに仕事してやがったんだな。
まあ……あれだ。お前がかけた保険なんだから、遅かれ早かれ見るんだろうよ。だから、最後になるだろうから、言っとくよ。
俺にゃ連れ合いもガキもいねえけどよ、お前と親子ごっこして……親父になるのも悪かねえなと思っちまったよ。お前みてえなバカが息子だったら、ゲンコツがいくつあっても足りねえだろうけどな。楽しかったよ。
俺の取材メモな、お前にくれてやる。デスクの一番下の引き出しん中に入ってる手提げ金庫だ。合わせ番号は『ひとよひとよにひとみごろ』だ。じゃあ、達者で暮らせ、バカ息子。
◇ ◇ ◇
コウさんは海上保安庁へ漁協職員の名を騙って「豊網地区の沖、3キロにあるニシン岩で夜間操業中の数隻の漁船が衝突・炎上している」という通報を行っていた。続けて、連中に向けてドローンのスピーカーから「こちらは海上保安庁の巡視船です、当該地区で船舶火災が発生しているとの通報を受けました」と姿の見えない巡視船を演出してのけた。
儀式は一時的に混乱に陥ったが、そう長くは騙せずにドローンは発見され、撃ち落された。彼の最後の言葉は、真っ暗な画面の中で告げられていた。
「何が親父だよ……かっこつけやがって、コウさん……ッ!」
奥歯を食いしばっても、嗚咽と涙を止められなかった。
だが、泣くほどに恐怖は燃えて——涙が涸れるころには灰になった。
そうだ。もう恐怖は燃えて、燃え尽きて灰になった。
俺の中で新たに燃えようとしているものは、怒りなんて良いものじゃなく怨みだ。
いま、札幌のホテルで俺はこの原稿を書いている。
俺たちが見聞きしたもの、感じたことをできる限り詳しく書いたつもりだ。しかし、言葉だけではあの体験を言い表せない。豊網村での出来事を社会に公表するべきかどうかも、今は判断ができない。
この原稿を書き終える俺が思う事は、復讐だ。親父の敵討ちだ。
その結果によっては、データは永遠に誰の目にも触れなくなってしまうだろう。
今から一週間後、3つのアドレスにBCCでストレージの場所とパスワードを添付した送信予約メールを作成した。
これは遺書だ。メールが送信された場合、きっと俺はこの世にいない。
四日かけて、どうにか準備は整った。
警察に見られたら言い訳しようのない、物騒極まる品物だが上手くやれた。
このまま、あの夜のように逃げ回るのは真っ平だ。
だから、俺は朝を迎えに行く。
今はまだ遠く、いつ終わるとも知れない深い夜を焼き尽くして。
夜明けに辿り着くために。
あなたがこの原稿を読んだという事は、俺は失敗したという事だ。
どうか、俺たちの話を信じてほしい。
豊網の夜は、まだ終わっていないのだから。
遠き暁
END
本作、これにて完結となります。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
2万文字以内、という制限の中で話を畳むのに意識を取られて
細部の描写や伏線の回収に漏れがありますなぁ。
ともあれ、冒頭でもお伝えしました
・インスマウスを覆う影のオマージュ
・TRPG的な要素
に加えて、
・ラヴクラフトっぽく手がかりを残して破滅する主人公
これも達成できたので個人的には満足かな、と。
ご感想などいただければ嬉しいです。
また、次作でお会いできるまでご機嫌よう。