すこしでも楽しんでもらえるなら作者冥利に尽きます。
結局かぐや姫に飲まされて、記憶がなくなってしまったあの夜から二週間が経とうとしていた。萃香と竹林で遊んでいたらあっという間だった。時の流れというのは早いものだ。
そして、その二週間の間に翁に見つかるということはなかった。さすがにおかしいんじゃないかと思いもしたが、見つかるよりはいいかと気にしないことにした。
まぁ、そのうちの五日間は、かぐや姫が翁に月云々を打ち明けたため、翁が付きっきりになってしまったこともあり、かぐや姫にも会えなかった訳だが。
そして、今は萃香と月の使者とやらから、かぐや姫をどう連れ去ろうかと考えている。かぐや姫だけなら話は簡単だ。今攫ってしまえばいいのだから。しかし、月から来る人まで、一緒に攫って欲しい人がいるときた。
その人と連絡がとれればいいのだが、それもできないらしい。だが、かぐや姫が言うには目さえ合えばこちらがどうしたいかを覚ってくれるはずらしい。そいつ、月人じゃなくて覚なんじゃないのか?
「月から来た奴をボコボコにするのが一番だと思うが、どうだ?」
一番自分に合っていそうな案を出してみる。あれこれ考えるより楽そうだし。
「さすがにそれは最終手段になるんじゃないかい?向こうは何してくるか分からないんだ。慎重にいって損はないよ」
最終手段か……。そもそも、月からどうやって来るのか分からない以上、ろくに作戦なんて立てられそうもない。瞬間移動のようにして、かぐや姫だけを攫われたらこちらはどうしようもないし、こちらは誰を攫うのか知らないのだ。
かぐや姫は、多分見ればすぐに分かると言っていたが、せめて特徴ぐらいは教えて欲しかった。
「どうにか、姫にその人と一緒に上手く月の一行から離れてもらうようにするのが一番かねぇ」
普通に攫うならそれが一番安全だろうが、そう上手くいくだろうか。
たいした案が出ないまま夜になってしまった。真ん丸の月がこちらを見ている。何が楽しいのか、ウサギが餅をついている……ように見える気がする。しかし、初めにウサギが見えるなんて言った奴はちょっと目がおかしいんじゃないかと思う。正直、言われてもウサギに見えるか微妙なところだ。
萃香と二人、屋敷の北東の竹林で待機をすることにする。いざという時に間に合いそうそうな距離で、なおかつ、月の使者が降り立つであろう縁側が良く見える場所である。かぐや姫はいつもの縁側の位置で月を見上げている。
「なぁ、本当に月から人なんて来るのかな?」
あの小さな月を見ていると、本当は月人なんていないんじゃないと思えてくる。
「さすがに嘘はついてないと思うけどね。もしかしたら全員竹から生まれてくるのかも?」
萃香が笑って言う。
「それなら、全員育つまで待たないと」
いつになるか分からん、とため息をつく。
なんだか、気を張っているのが馬鹿馬鹿しくなってきた。適当な気持ちになってきて、もう一度月を見る。すると、月の中に黄色い点が見えた。
目を擦ってみてもう一度目を凝らして見る。だんだんと点が大きくなっているように見える。
「本当に月から来るんだ……」
萃香にも見えているようで、隣で驚いている。
黄色い点はだんだんと形を成してきて、船のような形に見えるようになってきた。だが、それは小さく見えていたせいであって、詳細が見えるにつれ、金色の雲に乗った神輿のような形になり、形としては船から遠ざかっていった。
あれが月の乗り物なのだろうか。なかなか、へんてこな形をしている。
しかし、近くまで来たら分かったのだが、服のほうはこちらと変わらないようで、乗り物と同じで金色の着物を着ている。
……が、一人だけおかしな格好をした女性がいる。縦の中心に入った線から、左右にそれぞれ赤と青に配色された衣服を着ている。さらに、上半身と下半身で赤と青が逆である。頭にも同じような色合いのものを被っている。あれが、かぐや姫の教育係だろうか。いや、絶対にそうだ。見れば分かる人なんてあの人以外いない。というよりも、赤と青の人のせいで他の人がみんな同じように見えてしまう不思議だ。存在が濃すぎる。
その人を唖然としながら見ていると、目が合ったような気がした。この暗い竹林の中まで見えるというのだろうか。
「いま、あの人こっち見てなかったか?」
「あぁ、あの目は私たちに気づいてる目だった」
萃香に聞いてみると、やはりあの人で通じたらしい。
変な服装をしているが、侮れない相手のようだ。別に敵対するわけではないが、そう思った。
月人を乗せたものが降り立つと、例の女性ではなく普通の金の月人が進み出てきて、かぐや姫と話し始めた。何を話しているのだろうか。迎えに来ました、とかそんなところか。
話が終わると、その後すぐにかぐや姫は後ろにいた翁と話し始めた。翁は驚いたような顔をした後、破顔しかぐや姫を抱きしめた。二人とも静かに涙を流していた。
私は二人が会話しているのを見たことはないが、翁はかぐや姫を子供のように、また同じように、かぐや姫は翁を親のように思っていたのだろう。
別れなんて経験したことのないが、大切な人と別れるときには、それは涙を流すくらいに悲しいのだろう。私も誰かと別れるときには、同じように涙を流すのだろうか。
私にはよく分からないことだった。
しばらく二人で抱き合っているのを、律儀にも見守っていた月の使者団だったが、動きがあった。一人が布……羽衣のようなものを持ち出してきたのを、目立つあの人が止めていた。かぐや姫に似合わないからだろうか。羽衣を持ってきた人はしばらく抗議をしていたようだが、許可が下りなかったのか諦めて戻ってしまった。変な格好をしているわりに結構偉い立場にあるらしい。逆に服が変なほど偉いのだろうか。
今度は、別の人が壷を持って翁に近づいていった。何が入っているのだろうか。さすがに、水ではないだろうが。翁は最初は貰うのに乗る気ではなかったようだが、とりあえず受け取っておくことにしたらしい。玉手箱じゃなければいいが。
かぐや姫の感動の別れも済んで、これからどうするのかを見守っていると、かぐや姫はそのまま月の乗り物に乗り込んでしまった。そのときに、一度かぐや姫はこちらを見たが、それだけだった。……これでどう攫えというのだろうか。やっぱり月の奴らをぶちのめした方が良かったんじゃ、そう思っている間に月の使者は月に向かってさっさと上り始めてしまった。
「萃香はここにいてくれ!」
返事を聞かずに乗り物と平行して、竹林の上を翔る。できるだけ見つからぬように、竹のぎりぎり上を飛ぶ。
あれは思ったより速い。だが、私の方がもっと速い。あんな訳の分からないものに負けては烏天狗の名折れだ。翼がないものに飛行に関して勝てぬ道理がない。
しばらく追いかけたところで、動きがゆっくりになってしまった。もちろん私ではない。なにかあったのだろうか。
……これは機が巡って来たか。そう思い、一気に乗り物へ向けて急上昇する。目立つ二人だ間違えることはないだろう。一発で掻っ攫ってやる。
と、急に二つの影が乗り物から飛び降りてきた。あの二人だ。……なるほど、なかなか豪胆な方法をとる。嫌いじゃない。
上昇したままの勢いで落下中の二人を、それぞれ左右の脇に抱えるように捕らえ、そのまま一気に空を疾走する。右のかぐや姫は私と同じ方向に頭があるが、左のもう一人は逆に掴んでしまったので顔が確認できない、お尻なら見えるが。もちろん二人とも背中から掴んでいる。もし、逆から掴んだら背骨が大変なことになってしまう。
金の乗り物も追いかけてくるが、いかんせん、速さが足りない。当たり前だ、天狗が相手なのだ、敵うはずがない。ざまぁみろ。空は天狗のものだ。
これは楽勝だなと思った刹那、自身の後ろで激しい衝撃と熱が襲って来た。周囲が明るくなり、一瞬遅れて爆発音が響く。
「止まらないで。大丈夫、当てさせないわ」
何だ!?と思い、後ろを振り向こうとする前に、自分の左側から、落ち着きを払った理性的な声が聞こえた。
「きゃー、えーりん流石ねぇ」
右側からはかぐや姫の明るい声が響く。月の奴らから攻撃を受けたらしい。おそらく、えーりんとやらがどうにか守ってくれたのだろう。あの威力と熱では、当たったらひとたまりもないだろう。月人もなかなかやってくれる。期待に応えるべく、前を見据えさらに加速する。
しかし、こちらには人質のようなものがいるというのに、あいつらはなぜ爆発するような攻撃を仕掛けてくるのだろう。二人の命はどうなってもいいのだろうか。……いや、考えるのは後だ。今は切り抜けることに全力を注ぐべきだ。
その後も何度か攻撃が仕掛けられたが、すべて私の後ろで爆発を起こして不発に終わっている。
「……そろそろいいわ、降りましょう」
追っ手を引き離しはしたが、確実に撒いたとは言えない距離で、えーりんに進言される。なにか策があるとみてもいいのだろうか。
辺りに身を隠せる場所がないか探した後、近くの木が生い茂る山に着地する。そこで二人を降ろし、初めてえーりんを間近で見ることができた。
えーりんは、銀髪を後ろで腰にも届く大きな三つ編みにした、知的な雰囲気漂う美人だった。背は私より頭一つ分大きいくらいか。
あのへんてこな服装に、なにやら星座のようなものが描かれているが、そこは月じゃないのだろうか。
「……ありがとう、おかげで姫も私も助かったわ」
えーりんは、何かを呟いた後、お礼を言ってきた。
「いや、礼を言うのはこっちのほうだ。助かったよ」
この人がいなかったら、私は今頃黒焦げになっていただろう。想像するだけでぞっとする。ただ、攻撃に気づけなかったのと、攻撃方法が分からなかったのには驚きを隠せない。いったい何をどうしたら、あの威力のものをあの速さで撃ち出すことができるのだろう。
それなことより、こんなところで降りて大丈夫なのだろうか。すぐにでも追いつかれそうだが。
「今、簡易結界を張ったから、おいそれとは見つからないはずよ」
こちらの心を読んだかのように、えーりんが答えてくれた。あの呟いた一瞬で結界を張ったのだろうか。
「えーりんはすごいのよ」
どうだと言わんばかりに、なぜかかぐや姫がえへんと胸を張っている。姫、とえーりんが諌めるような声を出すが、どうやら満更でもなさそうで、嬉しそうな顔をしている。
なんだか、この二人を見ていると、途端に萃香に会いたくなる不思議だ。
「そうだ、自己紹介がまだだったな。私は烏天狗の節だ」
さすがに、えーりんと呼ぶわけにはいかず、自己紹介もかねて聞いてみる。えーりんは愛称かもしれないし。
「よろしくね、節。私は……八意永琳よ」
……えーりんはえーりんだったか。
名を名乗る前の微妙な間はなんだろうか。まさか、名前を忘れた、なんてことはないだろうし。
「そうだ、さすがに名前がそのままってわけにはいかないわよね」
突然、かぐや姫がぽんと手を打ち、そう言った。たしかに、かぐや姫の名は人間の間では有名になりすぎている。だが、そんな簡単に名前を変えてもいいのだろうか。愛着というかなんというか。
「そうねぇ、じゃあ姫を抜いてかぐや、輝夜にしましょう」
……そんなのでいいのだろうか。永琳の方に目を向けると、微笑ましそうにかぐや姫、もとい輝夜を見ている。保護者といった雰囲気が出ている。
「改めてお礼を言わせて貰うわ。ありがとう、節。できれば萃香にも言いたかったんだけどね」
「あぁ、萃香には私から伝えておくよ」
「それじゃあ、またいつか会いましょう。私たちは月から見えない場所を探すわ」
そう言って、輝夜は永琳を伴ってどこかへ行ってしまった。私は二人の後姿が見えなくなるまで見送った。輝夜は十二単がとても歩きにくそうだった。
……月から見えない場所、そんなところはあるのだろうか。朝しか来ない国とか?
もしくは、永琳の作った結界のようなものが常に張り巡らされていたら、月からは見えなくなるかもしれない。だが、そんな酔狂な場所があるとは思えない。あの二人の旅は永くなりそうだ。
輝夜がいた屋敷に戻ると、屋根の上で萃香が月を見ていた。向こうもこちらに気づいたようで、手を振っている。
「無事で良かったよ。爆発があった時にはどうしようかと思った」
ここからでもあの爆発は見えていたらしい。あんなに派手にやったら当然か。
「永琳……赤と青の人が助けてくれたんだ」
萃香はやっぱりか、といった顔をして、只者ではないとは思ってたと言った。
その後、かぐや姫が輝夜に改名したことや、お礼を言いたがっていたこと萃香にを伝えた。
「それって姫が抜けただけじゃないか」
……だよなぁ。
月人はいろいろと私達とは違うなぁと、この一件を通して思い知らされた。特に服装とか。
真ん丸の月では相変わらず暢気にウサギが餅をついていた。
とりあえず、ここで竹取物語編が終了です。まだまだ話は続きますよ。
ニート輝夜もいいですが、個人的には姫様しているほうが好きです。