朝になるのを待ち、萃香と共に変なものを持っている烏天狗を探すために、屋敷から北を目指す。しかし、天狗の特徴などは知らない上に、唯一の情報が、天狗の組織に属しているということだけだ。正直、見つかる気がしない。
そもそも、組織といっても、天狗が集まって何をするというのだろう。普通、群れる生き物は人間などの弱い生き物であり、集団で狩りをするためだったりする。だが天狗は違う。天狗は強い妖怪だ。特に空においては負けを知らない。
まぁ、その辺は向こうの天狗に聞いてみればいいだろう。なにか特別な事情があるのかもしれないし。
「そんな簡単には見つけられないと思ってはいたけどねぇ」
いつものように、私に持たれている萃香が言う。たしかに、辺りに目をやっても、木、森、山である。とても目に優しい色をしているが、別に嬉しくない。この中に烏のような羽があっても気づけないだろう。
どうして烏天狗は黒い羽なのだろうか。七色とかなら見つけやすいのに。そのことを萃香に言うと、とても嫌そうな顔をした。なぜだ、発想は悪くないと思うのだが。
二人で山に目を凝らしていると、前方からすごい勢いで黒い何かが飛んでくるのが見えた。なんだろう、と警戒している間に黒いそれは、私達のすぐそばで風を巻き起こしながら急停止した。はた迷惑な奴だ。
「おやぁ、これはめずらしいですね。烏天狗が鬼を運んでいますよ?」
丁寧だが、どこか馬鹿にした話し方だ。気に入らない話し方だった。
私達の前に止まったのは、私と同じ山伏の格好をした烏天狗の少女だった。顔には声と同じく、人を小馬鹿にしたような笑顔を貼り付け、黒色の短い髪の上に頭巾(ときん)を被っている。頭巾からは左右に、私の服についているようなぼんぼんが、二つずつ紐で繋がっている。なるほど、ぼんぼんをこういう風に使ってもありかもしれない。だが、少し邪魔そうに見える。
「この辺では見ない顔ですねぇ。どこから来たんですか?」
少女が懐から巻物と筆を取り出しながら尋ねてくる。空中でどう書くつもりなのだろうか。疑問に思いながら答える。
「ここから西のところだ。しゃめいなんたら、っていう烏天狗を探しに来た」
話し方や顔が気に入らないので、自然と私も固い口調になる。仕方がないことだ。誰だって、気に入らないことがあれば不機嫌になる。
こいつは風を操って巻物を固定しながら、筆を走らせていた腕の動きを唐突に止めた。いつのまに墨をつけたんだ。
紙を固定できるほど器用に風を操れるのを、顔色一つ変えずに行うなんて、こいつは感に障るが、なかなかできる。
萃香にあれはどうやってるのか聞かれるたので、それを教えてあげると、萃香は驚いたようだった。
「分かるのかい?」
これでも烏天狗だ、風に関することなら、そんじゃそこらの妖怪には負けない自信がある。が、さすがにこんな風の使い方はできない。私にできるのは、せいぜい風を強く吹かす程度だろうか。
そもそも風を操るとはどういうことなのだろう。私の場合は羽を使って風を起こすが、彼女はそれらしい動作をしないで風を動かしているように見える。もしかして、これも能力とやらなのだろうか。
「あぁ、そういえば自己紹介がまだでしたね。わたくし、清く正しい烏天狗の文(あや)と申します。以後お見知りおきを」
言葉遣いだけは丁寧だが、敬意の欠片もない挨拶をされる。
……ご丁寧にどうもと、こちらも名乗る。自分で自分を清く正しいと言うのは恥ずかしくないのだろうか。
指摘しようと思ったが止めた。恥ずかしく思っているなら言わないだろうと、当然の答えに行き着いたからだ。
そんな質問よりも、もっと大事なことがある。
「お前はこの辺の天狗の集落を知っているか?」
正直言って、あまり係わり合いになりたくない種類だ。だが、このままでも探し物が見つかるとは思えない。背は腹に変えられないというやつだ。
文は貼り付けた笑みを変えずに答えた。
「えぇ、存じていますよ。私もそこの一員ですからね」
「それは良かった。そこまで案内を頼めるか?」
思ったより話が進みそうだと、私が聞くと、文は筆の柄を顎に当てながら少し考えた後、頷いた。
「鬼を里に連れて行くのも面白いかもしれませんねぇ。いいでしょう、案内しますよ」
なぜ、こうも一言余計に言うことができるのか。眉間に皺が寄るのを感じる。
萃香の方を窺って見るが、とくに反応した様子はない。それどころか、どうした?とでも言いたげな顔で見上げてくる。
どうしたではないだろう。鬼を見世物にしようと言っている様なものじゃないか。
萃香が黙っているなら話も抉れるだろうし、一応は口を出さないが、胸の辺りが嫌な熱さを持ったようだった。
「それじゃあ、ちゃんと付いて来て下さいね」
そう文は言うと、ゆっくりと北に飛び始めた。ちゃんと、と言うわりに遅い。馬鹿にしているのだろうか。こいつの行動一つ一つが鼻についてしかたがない。私はこんなにも沸点が低かっただろうか。いや、私が悪いのではない、こいつがむかつくのがいけないのだ。そう思うことにした。
萃香を抱えて、のろのろとまた北に向かう。本当にこちらで合っているのだろうか。まさか、騙そうとしているんじゃないかと、こいつの顔を見ると思わずにはいられない。
人の顔というものは、たしかに笑顔のほうが安心、信頼し易いのだろうと思っていた。だが、それは間違いだったらしい。
「節さんは何をしているんですか?その刀を見るところに、哨戒あたりだと思うのですが」
私がそんなことを思っているのを知ってか知らずか、話の種にでもと思ったのだろう、そんなことを聞かれる。これは組織での、という話だろう。
「組織になんて属していないから、そんなものはない。むしろこちらが聞きたい、なぜ組織なんかに?」
聞き返すと、文はぽかんといった表情を浮かべた。相変わらず私の顔の眉間には皺が寄ったままだ。
「なぜって、え?……あぁ、一匹狼ならぬ一匹天狗ですか。なかなかどうして、あなたたちは面白いですねぇ」
またも懐から巻物を取り出しながらの発言だ。その巻物に何を書くのかは知らないが、酷く私の気分を害す、というのは確かだ。
「えぇと、なぜ組織作るのか、でしたっけ?そうですね、強いて言えば弱いからですかね。独りにこだわるなんて、それは一昔前の考え方ですよ?」
なんの冗談だと思った。天狗が弱い?ふざけるのもいい加減にしてもらいたい。
「お前には天狗としての矜持はないのか?自分で弱いと言って、恥ずかしくないのか」
文は今までの笑みを消し、代わりに目を細めて嘲笑に近いそれを顔に付けた。
「あなたは自分が強いとでも?天狗は慢心する妖怪だと相場は決まっていますが、あなたは少し驕りが過ぎませんかね」
手のひらを天に向け、やれやれと言わんばかりだ。
こうもあからさまだと、挑発だと分かっていてもくるものがある。
「……私はお前みたいな奴は嫌いだ」
「奇遇ですね、私もあなたのような人は嫌いですよ」
……あぁ、そうか。このまま話をしても無駄なのか。ならば、こいつに思い知らせてやればいい。そう考えるのが先だったか、体が動くのが先だったのかは分からない。
萃香を左腕で抱きかかえ、右手で素早く抜刀する。だが、相手は速く後ろに下がり、避けられてしまった。斬ったのは手に持っていた巻物のみだ。
「怖い怖い。こちらは丸腰ですよ?」
「うるさい。それはお前の落ち度だ。私には関係ない」
じりじりと目の前の天狗との間合いを詰める。向こうも警戒しているらしく、笑みは変わらないが、少し引きつったものになっていて、お互いにいつ動きだすかを計り合っている。
辺りに張り詰めた空気が漂っていた。この空気に少しでも刺激があればそれが弾けて、すべてが動き出す。そんな緊張感があった。
「……二人とも少し頭を冷やしたらどうだい」
いままで黙っていた萃香が口を挟む。
求めていた刺激とは違った、静かな口調だったので、空気が弾けることはなかった。
「だってこいつが……」
「それはこの人が……」
今度は計らずとも同時に反論してしまい、お互いに口が詰まってしまう。
くそっ、なんでこんなやつと……、そう思いながら文を睨む。向こうも同じようで、こちらを睨んでいた。
萃香はそんな二人を見て、一度ため息をついた。
「節、頭にきたからって、すぐに刀で訴えかけるのはどうかと思うぞ、それに戦いが得手じゃない奴に勝って嬉しいか?」
そこで一呼吸を置いた。
「あんたにしてもそうだ、なんでもかんでも煽るもんじゃない。節とやり合ったって、あんたがまずいことぐらい分かっているだろうに」
萃香がそこまで言い切ると、私も文も黙ってしまった。もちろん睨み合ったままだ。
萃香から見て、文は戦いが得意ではないとはどういうことだろう。あの身の動きの速さから見るになかなかのものだと思うのだが。
「それに、ここは天狗の住処の近くだ。ここで事を起こすのはよくないんじゃないかい」
……たしかに、ここで騒げばすぐにこいつの仲間が駆けつけてくるのだろう。そうなれば多勢に無勢、少し厄介かもしれない。
あぁ、たしかに組織と言うのはこういうときに役に立つ。だが、それで勝ったとしても、私は自分の不甲斐なさを許せないだろう。多数で囲むやり方は私は好きではない。やはり、強きものは群れるべきではないのだろう。
ここは萃香に免じて許してやろうと、刀を鞘に納める。
文も萃香の言に納得したのか、戸惑った顔を少し見せた後、あの人を小馬鹿にした笑顔に戻った。
しかし解せないのは、萃香の最後の言葉は二人に向けられた言葉だった、ということだ。私に対しては敵の応援が駆けつけてくるから、という意味であることは分かるが、文にとって、それがどうまずいのかが分からない。あの一瞬の戸惑った顔も謎である。
「白黒つけたいなら、もっと穏便なことにしなよ」
萃香の声にはどこか呆れが含まれているように感じた。
穏便なこと……何があるだろうか。
「では、速さで勝負するのはどうでしょうか」
文の提案だ。
……悪くない。飛行の速さなら私も自信がある。これは相手も相当に自信があるのだろう。小馬鹿にした笑みではなく、好戦的な表情に変わっている。
相手の得意な方法で叩き潰してやるというのも、それはそれで趣がある。
「いいだろう、お前のその嫌らしい顔を崩してやる」
「言いますねぇ、あなたの天狗の鼻がへし折れるのが先じゃないですか」
私たちは再び睨み合いをすることとなった。
萃香は、再びため息をついていた。
文ちゃん登場です。性格を可愛らしいものか、嫌らしいもののどちらを前面に出そうかと迷った結果、こうなりました。