朝、目が覚めると体の痛みはほとんどなかった。ただ、お腹は強く押すとまだ痛かったが。天狗の治癒能力は意外とすごい。これなら今日は大丈夫そうである。
しかし、旅に出ると入っても、いかんせん私はこのあたりの地理に疎い。基本的に萃香任せになるのだろうが、はたしてこの鬼にまともな舵取りができるのか疑問だ。
正直行き当たりばったりの旅でも良いには良いが、こいつの場合行き当たらずばったりになる可能性が高い気がする。
が、一応聞いてみる。
「旅とは言うが、次に行く当てはあるのか?」
「この山に来る前に少し大きめの集落があったから、そこでいいじゃないの?でもって、とりあえずの刀の回収だね。その後は知らん」
……非常に不安だ。
だが、刀の調達が終わってからでも進路を決めるのは遅くないので、一応一人旅をしてきた萃香を信じてみようかと思う。
と、ふと気になる点を聞く。
「刀をいただくのに夜になってから盗みに入るのか?」
「夜ねぇ……こそこそするのは鬼の性にあわないねぇ。変装でもするかい?」
変装するのはこそこそする内に入らないのだろうか?鬼の基準はよく分からない。それに、変装といったって私の羽と萃香の角をどう誤魔化すというのだろう。さすがに酔狂な格好をしている人間では通らんだろうに。
すると、萃香は何かを思いついたように布を渡してくるように言ってきた。寝床に使っていたぼろきれを渡す。
「おう、ありがとう。これをこう……」
そう言って萃香は自分の角に布を巻き始めた。
……一切角の形が隠れていない。傍から見ると頭からでかい芋虫が二つ生えているようにも見える。
なんなんだこいつは、これで変装と言うつもりなのだろうか。ただ角が気持ち悪くなっただけじゃないか。
そう思いながら萃香を見ていると、
「まぁ待て、節の言いたいことも分かるが、実はこれは大陸の方の民族衣装でな、ターバンと呼ぶらしいんだ。こうして布を巻いていれば「あぁ、大陸の方の……」となる訳よ」
なるほど、私はそんな風習は聞いたことがないが、旅慣れた萃香の知識なのだろう。さすがにこういう時は頼りになるな。
心の中で馬鹿にしていた萃香に心の中で謝っておく。頭大丈夫かとか思って申し訳ない。角は気持ち悪いが。
「それは私の羽でもいいのか?」
「ああ、とりあえず巻いておけばターバンらしいからな」
萃香は自信満々そうに言う。
それではと私の羽に布を巻いてみる。少し窮屈だが仕方がない。そして気持ち悪い。人間の文化とは分からないものだ。
正直これで変装できているとは思えないが、布一つで判断してしまうほど人間という生き物は頭が悪いのだと思うことにした。なぜそのような生き物が、刀というすばらしいものを作り出せるのかが疑問だが。
もしかすると裏で妖怪が作っているのかもしれないな。
「よし、これならターバンを巻いた幼女と少女だな」
「少女2人だ」
私が言うと、萃香が真顔で即座に訂正を入れてきた。
「いや萃香は幼女だろ。自分の姿を見たことないのか?」
少し馬鹿にした風に言うと、なんだとー、と言いながら襲い掛かってきた。
ふん、そちらがその気なら、こちらも本気を出さざるをえないな。
天狗の奥義をとくと見るが……あっ、ちょっと待てお腹は駄目だいたたたたた……
そんなふうにじゃれあいながら、住み慣れた山を出発した。
その人里はすぐに行ける距離にあるらしく、歩けば昼には着くとのことだった。しかし、私はそんな場所を知らない。いかに今まで周りに興味が無かったのだと思い知らされた。
私たちは山から妖怪の足で少しのところの人里の前に来ていた。本当に近かった。
その人里は一応見張り台のようなものが入り口にあり、一人の青年が暇そうにしている。確かにこの近くには強い妖怪がいないとは言え、これは怠けすぎではないだろうか。
近くの藪に二人で隠れながら萃香に尋ねる。
「おい、本当に大丈夫なんだろうな?」
「鬼は嘘をつかないのさ。どっしり構えたらいいんだよ」
……ここは萃香の言葉を信じるべきだろう。
二人で入り口に近づいていく。さすがに無能ではないのか、見張りの青年がこちらに気づいた。が、なんとも妙な顔をしている。いや、妙なものを見た顔といったほうがいいだろうか。その視線を受けて私も妙な顔をしてしまった。萃香は本当に堂々としていた。その肝を分けて欲しい。
結局青年は引き止めはしなかったものの、私達が里に入ってからも妙な顔をやめなかった。
そして、変装をした私達は人間が住むところに足を踏み入れていった。
そこらにいる人間の視線がこちらに向いている。
やはり何かを間違えたか?
いや、大丈夫なはずだ、私達が妖怪だとばれてはいないはずだ。ばれていれば人間は騒ぎ立てるはずだ。
すると、この空気は何だ?
萃香もこの状況に戸惑いを隠せていない。
意を決して私たちは人里の異様さに警戒しながら足を進めることにした。
「……なぜこんなに注目を浴びているんだ」
人間は一様にあの青年と同じく妙なものを見た顔をしている。しかし、人の顔に恐怖などの表情は無く、妖怪を見たというようなものではない。
「この注目はなんだか分からんが、変装は成功しているぞ。とにかく刀を探そう」
はいよーという声を聞きながら、集落を進み始めた。
意外とすぐ刀を見つけることができた。
雑貨などを売っている店の一角に刀が積んであった。
……妖怪の私が言うのもなんだが、もう少し品揃えに気を使ったほうがいいと思うのだが。
同意を求めようと萃香の方を振り向くと、店の入り口に角がつっかえていて涙目になっていた。……あいつは駄目だ。
まだ人が遠巻きにこちらを見ている。何がそんなに人間を惹きつけるか分からんが、これでは事を起こすにも騒ぎが大きくなりすぎてしまう。ここはどうにか穏便に済まさねば。
「お嬢ちゃん、その、今日は何のようだい?」
店主が私の"ターバン"をちらちら見ながら聞いてくる。
「うむ、私は刀が欲しい。あとこれはターバンだ。」
店主はターバン?と首をかしげながらも、
「刀ねぇ、ところで、嬢ちゃんたちはお金を持っているのかい?」
何故か尋ねるというよりも確認するように感じたのは気のせいだろうか。
もちろん金など持っていない。妖怪にそんなものは必要ないからな。
いつの間にかそばに来ていた萃香にも目線で問いかけてみると首を横に振っている。まぁ、当然といっては当然だ。
持っていないことを伝えると、それじゃあ売れないねぇと、困ったような顔で言われてしまった。いや、困っているのはこちらなのだが。
一応物々交換ももちかけてみる。非常に手放したくはないが、山伏衣装のボンボンと交換しようと言ったら苦笑いでそいつはちょっと、と断られてしまった。人間にはこのボンボンの良さが分からないらしい。
やはりここは強引に、そう考え始めたとき、
「いやぁ、迷惑かけてすまなかったねぇ。行くよ、節」
と、萃香が店を後にしてしまった。びっくりしながらも追うように私も外に出る。
どういうつもりなんだろうか。萃香を見るとなにやらニヤニヤとしている。
「どうするつもりなんだ?あとその顔は気持ち悪いぞ」
「き、気持ち悪いとはひどいね」
ごほんと一つ咳払いをすると、萃香は得意げに語りだした。
「もとより簡単に刀が手に入るなんて思ってなかったからね。"秘策"があるのさ」
秘策?正直期待できそうにない。
だが、今のところはそれしか手が無いように思える。最悪強奪することなるだろうから、とりあえず秘策とやらを見てやろうと思っていると、萃香はおもむろに両手を上げた。
そして、むむむと少しうなった後、えいやと声を上げた。
すると少し離れた先ほどの店の中が騒がしくなっている。また、別の方向からも何か驚くような声が聞こえてきた。
いったい何をしたのか萃香に聞くと、
「ふふふ、私にはね『萃(アツ)める能力』があるのさ」
何も集まってないじゃないかと思っていると、遠くから何刀かこちらに向かい、相当な速さで飛んできているのが見えた。周りでこちらを見ていた人間が慌てて避けている。
「おお、やるじゃないか。見直したよ」
私が言うと、萃香はふふんと自慢げに胸を張っている。張る胸は非常に残念だが。
ずいぶん強引だが、これで刀の調達はできたなと思っていると、刀の一本が萃香に突き刺さった。いや、突き刺さった、というよりめり込んだと言ったほうが正しいのかもしれない。
なんだ!?と思う前に横腹に衝撃。こちらにも刀が突撃してきた。
痛みに耐えながら言う。
「おい、萃香!もっとゆっくり集めろ!」
「いたたた、そんなこと言っても調整なんて効かないよ」
そんなことを言っている間に刀はどんどんこちらに突っ込んでくる。刀は鞘に収まっているからいいが、これが抜き身だったなら惨事になっていただろう。
刀自体は手に入ったのでもうここにいる必要は無いと、涙目になりながら自分に当たってきた生意気な刀を一本と萃香を脇に抱え、羽のターバンを取り一気に飛び立った。集まった刀も一緒について来たが、しばらく飛ぶと次々に落ちていった。
抱えた萃香が話しかけてくる。
「結局騒ぎになっちゃたねぇ」
誰のせいでこうなったと思っているのだろうか。
だが、萃香のおかげで刀は手に入ったので、何も言わないでおく。
手に入れた刀は、太刀と呼べるもので長さは2尺強といったところか。切れ味はもとより期待していない。そもそも私には研ぐ技術が無いので、たとえ業物であってもすぐに同じになってしまうだろう。
どこかで刀について学んだほうがいいのかもしれない。
しばらく飛んだところで、そこそこ大きめの山の麓に降り立つ。なんとなく山の中に降りるのが憚られたからだ。
萃香は見た目の通り軽かった。この体からあの膂力が出る意味が分からないが、妖怪なんてそんなものかと考えるのを諦めた。
萃香を降ろし、これかどうしようかというところで、萃香がターバンを取りながら言った。
「ここにいる妖怪にでも強そうな奴の話でも聞こうかね。まぁ何かしらこの山にいるだろ」
言うなり萃香は、山にずんずんと進んでいった。
そういえば萃香は強い奴に会いに行くなんて言っているが、それはなんのためなんだろうか。何か特別な理由があるのか、それとも単純に戦いたいだけなのか。案外ただ旅がしたいだけで、とりあえずの目的を作るためなのかもしれない。
まぁ、そんなことは後で聞けばいいだろう。鬼がそういう種族なのかもしれないし。
「おおい、置いてくぞー」
考えている間足が止まってしまっていたらしい。萃香に促され、慌てて付いていった。
人里にまったく変装できていないが、人間になりきっているつもりのまぬけな鬼と天狗が来た、という風の噂を聞くのはまた後の話。