私は萃香を抱きながら、勇儀のいた山から西へ飛んでいた。トンボが2匹連結しているような格好になっている。私が上で、萃香が下だ。
西にある竹林と言っても、意外とこの辺には竹が多い。これは難航しそうだ。せめて近くにあるものとか、目印になりそうなものも教えて欲しかった。
萃香もどうにか探しては……くれていないようだ。平行して飛んでいる鳥と睨めっこをしている。つつかれてもしらないぞ。
下の人間が米粒程度に見えるくらいの高度をふらふらと飛んでいると、目の前に違和感を感じた。本当に、ちょっと風の当たり具合が変わったかな?という程度でしかない。だが、とても気持ちが悪い。ぞわぞわする。
萃香にそのことを伝えて、しばらくその場に滞空する。萃香も集中すれば何かを感じるらしい。
並走していた鳥も動物の察知能力だろうか、何かを感じ取ったのかすぐに離れて行った。いや、私達が止まったからか。
「『何か』がいるねぇ。こっちをじっと見てるよ」
萃香がそう言ったとき、目の前の違和感があった空間に、つーっと切れ目のようなものがゆっくり入っていった。いや、切れ目が入ると言うより、切れ目が生まれると言ったほうが表現としては正しいかもしれない。空間そのものに傷をつけているようで、自分の目がおかしいのかと2、3瞬きをするがそれは変わることはなかった。萃香はじっと切れ目を睨んでいる。
……敵か。
今、萃香を持っているため両手が使えない。刀が使えない烏天狗なぞ、何の役にもたたない。どうにか萃香を敵に貼り付けることができればいいのだが。
むしろ、このまま地上に降りたほうがいいのか?
だが、こちらからは相手が分からないが、向こうはこちらを捉えている。下手に動くのは危険だろう。
どちらにせよ、すぐにでも動けるように翼に力を込める。相手にすでに捕捉されているので、不意をつくことはまず不可能だ。だが、私の速さなら……。
目の前の切れ目が一定の長さまで伸びきったら、両端に赤いリボンがぽんっとついた。何か攻撃の前段階なのか、それともこれはただの目くらましで、敵は別の場所から虎視眈々とこちらを窺っているのか。
すると、今まで切れ目だったものが左右に開き始めた。わずかな隙間からこちらを見るいくつもの目が見える。生理的な嫌悪感が湧いた。
そして十分に開いた目の大量にある空間から人影が出てきた。
その人影を認識するより早く跳ぶ。風なんて置いていってしまえ。敵が何かする前に当たって砕いてやれ。萃香はどうなっているか知らん。
「はぁい、こんにち……え?」
何かの言葉を聞く前に私達は敵にぶつかっていた。
何かにぶつかり、私と萃香、そして当たった人影と共にどこかに転がり出る。すぐに体勢を立て直し、辺りを観察する。たどり着いた場所は畳が敷かれ、真ん中に丸いちゃぶ台があるどこにでもありそうな居間だった。タンスも置いてある。ざっと6畳といったところか。ふすまや障子、床の間もあり普通の民家のようだ。
すぐそばに波打つような長い金髪を持ち、紫色のやたらひらひらした衣装の女が倒れていた。こいつが敵か。
「いたたた、ちょっといきなり酷いんじゃないかしら?」
紫色の女は鼻を押さえながら涙目になりながら起き上がった。どうやら奇襲は成功したらしい。
どうも敵意はなさそうなので、構えは解くが一応警戒はしておく。
「そちらから先に手を出しておいて、酷いはないんじゃないか」
先に手を出したのはこちらのような気がするが気にしない。しいて言えば視線が不愉快だった。そしてやられる前にやっただけだ。
「それで?あんたは私達に何か用なのかい?」
萃香が紫色に向かって聞く。それが私も知りたい。
「……こほん、まずは自己紹介でもしません?あんた、ではお互い不便でしょう」
ずいぶんとわざとらしく咳払いしているのがなんだか気に障る。鼻の頭が赤いままなのが妙にまぬけだ。
「先に自分から名乗るのが筋ってもんじゃないのかい」
どうも萃香はこいつに対してやたらと棘のある物言いをする。たしかにこの女にはあまりいい印象は持てないが。
「ええ、そうですわね。……私は八雲紫。スキマの妖怪ですわ」
隙間の妖怪?聞いたことがない。隙間が好きなのだろうか。虫みたいだ。
「私は萃香、でこっちが節。見ての通り鬼と天狗だよ」
遠まわしにお前は何の妖怪だか分からんと言っているのだろうか。深読みのしすぎかも知れない。
「スキマというのはこれのことですわ」
こちらの思っていることを読んだのか、いつも説明しているのかちゃぶ台の上の空間に例の切れ目が現れた。あの目がこちらをじっと見ている。
「これを便宜上スキマと呼んでいるのです。もともと世の隙間に住み着いているのが妖怪。その隙間を操るなんて浪漫があるとは思いません?」
冗談めかした口調だ。
……でも、ちょっと今のはカッコいいかもしれない。私も何かそういうことを言えるようになりたい。
「それで、本題ですけど、今私は強い妖怪を探していますの」
ほぅと、私と萃香の目が光る。少し違う気がするが、これが棚からぼた餅と言うやつだろうか。
しかし、すぐに紫が付け加える。
「別に戦おうとか、そんな理由ではないわよ。式神……まぁ手足となる部下みたいなものを探しているのよ」
ま、一応本命はいるんだけどね、と最後に言った。
本命がいるのに私達を付け狙っていたわけか。欲張りなやつだな。
「ふーん、じゃあ私達は御眼鏡に適ったってことかい」
「というより、候補として見ていて、気づかれたから顔を出しただけですので。そこまでは考えていませんわ」
「なんだ、ただの覗き魔か。」
「……そうとられてもしかないわね」
紫は口を引きつらせている。
そういえば、紫はスキマから出てきたが、あれは空間を移動できるような代物なのか。そもそも、ここはどこなんだ?
「なぁ、ずっと気になってるんだが、ここはどこだ?紫の家なのか?」
私が聞くと、少し迷ったような顔をして考えてから、
「まぁ、実質私の家のようなものかしらね。ここは……そうね、迷い家とでも言っておきましょうか。どこから入るのか、どこから出るのかも分からない場所よ」
そんな場所が存在するのだろうか。少し探検して見たい衝動に駆られる。
「さて、ここで会ったのも何かの縁ということで、どこか好きなところへスキマで案内してあげるわよ?」
「それはありがたいことだけど、何かたくらんでるんじゃないのかい?」
紫の誘いに萃香は半目で答える。私としては渡りに船だと思うのだが。
「いえいえ、そんな。売れる恩を売っておきたいだけですわ」
紫が口を手で隠し、笑いながら言う。
「……たしかに、ここから出るのもめんどくさそうだし、ご好意に甘えさせてもらおうかな」
萃香が『ご好意』をやたらと強調して言う。
……なんというか、二人ともめんどくさい。
紫が笑みの表情をまったく変えずに、どこに行きたいのか聞いてきたので、これ以上こじれる前に私が答える。
「私達はいますごい美女に会いに行くところだ。なんでも竹から生まれたらしい」
「あら?美女ならここにいるわよ?」
紫の言葉に萃香がふんっと鼻で笑う。紫の笑みにピシリと亀裂が入ったような気がする。
「……いいわよ、あれは私も気になってるから。月から来たお姫様なんて素敵じゃない?」
月から来た?竹から生まれたんじゃないのか?
なんとも謎に包まれた美女のようだ。謎が多いと魅力的になると言った萃香は正しかったのか。私も早く謎が欲しい。
「月と言っても、あなたたちが思っているような月じゃないわ」
思っているような月じゃないとはどういうことだ。別の月でもあるのだろうか。萃香もしっくりきていない顔をしている。
「月の裏側には月人が住んでいるの。そこではここよりもっと文明が発達しているらしいわ」
いつか奪い取ってやろうかしらと息巻いている。紫の素を垣間見た気がする。こちらのほうが私としては好みだ。欲しくなったら奪い取るのが妖怪だしな。
それにしても、あんなに小さな月にすむなんて月人というのはどれだけ小さいんだろう。
「月の話はこれくらいにして、件のお姫様がいる竹林へ案内しましょうか」
と紫が言って、人が一人入れそうなスキマを開けた。何回見てもこの目の大群は気持ち悪い。これは紫の趣味なのだろうか。ひどくセンスが悪いと言わざるをえない。
「さあ、スキマに2名様ご案なーい」
そう言いながら、紫はスキマの中へ入っていった。
萃香と目を合わせて一つ頷いた後、意を決して不気味な空間に足を踏み入れて行った。
スキマの中は暗く、あの気味の悪い目がひしめいていた。どこまでも広がっているような、自身の体に絡み付いているような、どちらともとれるような不思議な空間だった。たまに傘だったり布団だったりが浮かんでいた。紫の私物だろうか。
何が起こるか分からないので、右手は刀の柄に常に手を掛けておく。
一瞬だったのかそれなりに時間が掛かったのかよく分からなかったが、前に入り口と同じような形の光が見えた。ここにいると、色々な感覚がおかしくなっているようだ。
おそらく出口であろう光に飛び込むと、そこは竹林だった。
スキマを出た傍で紫が待っていて、私のすぐ後に萃香も出てきた。
「ここを真っ直ぐ行ったところに目的の場所がありますわ」
ここまで送ってくれた紫に礼を言い、進もうとすると、
「ああ、そういえば、月の娘はどうやら婚約が決まりそうなんですって。本人にはのる気はないみたいですけれど」
と、教えてくれた。
へぇーそうなんだと適当に流して、今度こそ、後で話を聞きにきますわと言っている紫に別れを告げ萃香と竹の中を進み始めた。萃香はまた紫に会うのが嫌なのか、すこし顔をしかめている。
少し進んだところで萃香に尋ねてみる。
「そんなに紫は気に入らなかったのか?」
「うーん、ああいう腹に一物抱えてそうな奴はちょっと苦手でねぇ」
確かに、そういう感じではあったが、悪いやつではないだろう。
萃香と話しながら少しずつ見えてきた目的の家に向かって歩く。
さて、噂の美人とやらの顔を拝んでやろうじゃないか。