「紫ー?ゆーかーりー?」
かぐや姫がいた屋敷から大分離れた開かれた道で、紫に呼びかけてみた。覗きをしているのならおそらく反応してくれるはずだ。
「聞こえてるわよ。それと私に覗きの趣味はないわ」
目の前にスキマが開いて、中から紫が顔を出した。かぐや姫との会話から聞いていたらしい。やっぱり覗き魔じゃないか。
それにしても、上半身だけスキマから出ている姿はなんだか不気味だ。そこにスキマがあると意識しないと、足が無いのではないかと錯覚しそうだ。
案外スキマの両端の赤いリボンは、スキマを強調するためにつけているのかもしれない。
こちらの先を見越したように紫が言う。
「言っておくけど、私は協力しないわよ」
「なぜ?」
「なぜもなにも、私に協力するメリットがないわ」
メリットが何か分からないが、おそらく得とかそういう意味なのだろう。思ったとおりの答えだが、予想は外れて欲しかった。
「ふーん、あんたには乙女の嘆きってものが分からなかったみたいだねぇ」
歳をとるってのは怖いねぇ、と萃香が肩をすくめながら言う。
そんなに紫は歳をとっているのだろうか?見た目は妙齢と言っても過言ではないと思うのだが。
「な、なんですって!?……い、いいわよ、手伝ってあげる。私はまだ乙女ですからね」
そんなに乙女が大事なのか。妖怪というのは見た目では意外と歳が分からないもので、紫はとても長い年月を生きているのかもしれない。
そういえば萃香はどれくらい生きているのだろうか。ちなみに、私はまだまだ若い天狗である。人間が死ぬ程度も生きていない。
「その代わり!式神を捕まえるのをあなた達に手伝ってもらうわよ」
「そのくらいならかまわんさ」
萃香は二つ返事で答える。捕まえる式神は、前に言っていた本命とやらだろう。
……おそらく、紫は最初から手伝うつもりだったんじゃないかと思う。断るつもりならそもそも顔を出さないはずである。萃香もその辺はなんとなく分かっていそうだ。
「私はその例の職人とやらを屋敷に連れてきてあげるから、あなた達は向かってきている貴族の足止めをして頂戴。さすがに真っ直ぐ来られては時間が足りない……いいえ、そんなに急ぎたくないわ」
じゃあね、と一言残してスキマの中に消えてしまった。何回見てもスキマとやらは意味が分からない。スキマのあった辺りに手を振ってみるが、見事に何も無かった。
……さて、これからどう足止めをするか考えないといけない。
「足止めって言ってもねぇ、とりあえず道を塞いでみる?」
萃香が腕を組みながら提案してくる。
たしかに、私達にできることと言えばそのくらいしか思いつかない。だが、あからさまに道を塞ぐようなことをすれば、変に勘ぐられかねない。貴族の揚げ足を取るために、こちらが逆に足をとられては本末転倒である。
「そういえば、萃香の能力は、逆に引き離すことはできないのか?」
能力を使えば何か違うだろうかと、尋ねてみる。
「ん?うーん、どうだろう。ちょっと試してみるか」
萃香が集中し始める。能力を使うにもなにかコツのようなものがあるのだろうか。そのコツさえ掴めば、私でも使えるのだろうか。
そんなこと考えながら萃香を見ていると、急に私の体が目の前にいた萃香に引き寄せられた。
突然のことでなんの反応もできずに抱きつくように萃香にぶつかり、そのまま押し倒すように二人で倒れこんでしまう。角が当たりそうになって危ない。
「う、うわっ、節!?」
私の下になっている萃香が真っ赤になって驚いている。
今、私は萃香を押さえつけるような体制で四つんばいになっている。傍から見たら、萃香にナニしようとしているように見えるだろう。ナニ?ナニはナニだ。
あたふたとして、赤くなっている萃香を見下ろしていると、こちらまで変な気持ちになってくる。慌てて身を引こうとするも体が動かないばかりか、さらに萃香に近づいていってしまう。
「せ、節、さすがにこんなところじゃ……」
「ち、違うぞ萃香。能力だ、能力をどうにかしてくれ」
萃香は一瞬えっ、という顔をしてから、
「あ、あぁそっか能力のせいだよね、うん」
と、ひとしきり焦った後、目をつぶり再び集中し始めた。
とりあえず、引き寄せている能力を何とかしてくれないとどうにもならない。少しの間待った後、体を覆っている力が抜けた。……なんだかもったいない気もする。
ほっと息を吐き、体を起こそうとすると、瞬間、私の体は宙に浮いていた。訳が分からない。投げられたとか、そういう類のものではなく、体がそのまま上に痛みも無く吹っ飛んだような感じだった。宙に浮くといっても、ちょっとやそっとではなく、生えている竹の頭より高かった。
「節ー!ごめーん!」
萃香の謝る声が聞こえ、何が起こったのかを理解する。なんだ、やればできるんじゃないか。
すぐにその場で体勢を整える。
能力とやらは、融通が利くんだか利かないんだか分からないものだ、と思いながら滞空していると、こちらに向かってくる牛車が小さく見えた。結構派手に装飾をされているところを見ると、そこそこな身分の貴族のように見える。あれが件のくらもちの皇子とみていいだろう。
「おい萃香!こっちに向かってる貴族がいるぞ!アレをどうにか止めてくれ!」
下にいる萃香に届くような声で叫ぶ。萃香は節はどーするのー、と聞いてくる。
「道を変えた後にもう一度仕掛ける!」
あの大きさの牛車なら、ちゃんとした道でないと通れないだろう。どこか、別の道に遠回りした後に、もう一度止めれば大分時間は稼げるはずだ。
わかったー、と緩い声を聞き、そこから少し離れた場所に降りて様子を見る。うまく追い返せればよいのだが……。
牛車が萃香の前まで、と言っても大分離れているが、来て止まり、中から非常に服装が汚い男が出てきた。服はまるでどこかにこもっていたのだろうかと思うぐらい汚れている。綺麗な牛車から出てきたので、どこかちぐはぐな印象を受ける男だった。そんな格好でかぐや姫に会おうとする精神が分からん。何か理由でもあるのだろうか。
男と萃香は離れた位置でなにか会話を交わしているようだが、ここからでは聞き取れない。少し離れすぎたようだ。
問答の後、萃香が一歩踏み出したとたん、その貴族は慌てて牛車に乗り込み元来た道を逃げ帰っていった。よく方向転換できたものだ。意外と牛が高性能だ。しかし、所詮は牛なので遅い。これならそうとう時間を稼げるだろう。
少し時間を置いて、萃香を回収し、距離をとって追跡する。
「何を話していたんだ?」
「宝の匂いがするってかまかけたら、面白いぐらいに真っ青になって逃げて行ったよ。あれで当たりだね」
だらしないねぇ、と萃香は言っているが、鬼にそんなこと言われた人間はたまったものじゃないだろう。私だって逃げるかもしれない。牛車をノロノロと追いながらそう思った。
それにしても、この竹林は大きい上に整備された道が少ない。竹林を出て、別の道でまた入るのにかなり時間がかかる。
かぐや姫……いや、かぐや姫を拾った翁はなぜこんなところに住んでいたのだろう。もっと人気に近いところでも良いだろうに。
牛車が道を変え、また竹の中に入ってくる頃には日が暮れて、辺りはすでに暗くなっていた。この時間なら、かぐや姫に会えないかもしれないが、念には念を入れてだ。
このくらいの暗さなら人間は明かりが無いと中々進めないと思うのだが、意外とあの貴族はがんばる。というか、牛ががんばっている。
先回りをして、萃香を離れた場所に下ろし、牛車の前に降り立つ。派手に風を撒き散らしながら着地したためか、私の威厳に恐れおののいたかは分からないが、牛は一声上げて動きを止めた。
「ここは私の縄張りだ、如何様な理由があっても立ち去ってもらおうか」
敵意を振りまきながら刀を抜き、少し低めの声を出す。牛はすでに後ずさりを始めている。竹林が縄張りの天狗と言うのもなんだか変な気がするが、まぁ仕方ないだろう。
「ま、まて、私はここを急いでいるのだ。後でいくらでも褒美は出そう。今は通してくれないか」
貴族が明かりを持ち、牛車から出てきてそんなことをのたまう。
なぜ妖怪が人間の言うことを聞かなければいけないのか。むしろ、財宝程度で言うことを聞くと本気で思っているのか。天狗をあまり舐めないでもらいたい。
生意気な人間に一気に近づき、刀の切っ先を喉元に突きつける。薄皮一枚切り、首から一筋血が流れる。
「二度は言わない。ここから去れ」
私がそう言うと、貴族はゆっくり一歩ずつ後ろに下がり、情けない声を上げながら牛車に乗り込むと一目散に竹林から出て行った。
刀を鞘に納め、萃香の元へ向かう。とりあえず今日はこれで大丈夫だろう。あとは紫が上手くやってくれればいいのだが。
萃香と合流した後、一旦かぐや姫がいる屋敷に戻ろうということになった。
屋敷に戻ると、かぐや姫は最初と同じように縁側に座って月を見ていた。月はまだ丸くなかった。あと二週間といったところか。
「上手くいったのかしら?」
こちらに気づいたかぐや姫が声をかけてくる。目線は月から動いていない。
「この竹林で追い返してやったよ」
「あら、もうそんなところまで来ていたのね」
なんというか、他人事のような言い方だ。もっと危機感というものを持ったほうがいいのではないだろうか。
「ところで、あなたたちは泊まるところはあるの?無いのならここに泊まっていってもいいわ」
妖怪二人ぐらいならなんとかなるわよ、と誘ってくれる。正直、風さえしのげればどこだっていいのだが。
「そこの畳の間を使っていいわよ。……私はもう寝ることにするわ」
縁側と繋がる部屋を指して、あくびをしながら歩いていった。なんというか、うわの空だったな。月に帰りたがっているのだろうか。
しかし、ここには使用人とかはいないのだろうか。見つかったらまずいと思うのだが。
そういえば、帝のみの字も聞いていない。勇儀は嘘をついたのか?……いや、それはないだろう。もしかしたら帝になにかあったのかもしれないな。もしくは、かぐや姫はやっぱりお眼鏡にかなわなかったとか。
とにかく今日はもう寝よう。そう思ったが、なにぶん私は人間の家に泊まるなんて事は今までなかったので、どうにも落ち着かない。羽がむずむずする。
警戒してとかではなく、緊張して眠れないのはなんだか恥ずかしい。
座りながらそわそわとしていると、萃香が近づいてきて、
「どうにも人の家ってのは慣れないね。寝付けそうにないよ」
そう言って、隣に座った。
「な、なんだ、萃香は子供だなぁ。さみしくて眠れないのか?」
萃香が近くに来てくれたことと、同じ事を思っていたのかと知り安心して、少し強がってそんなことを言ってしまう。
「んー、まぁそんなところかな」
と、笑った。
なんとも煮え切らない答えだが、まぁいいだろう。
せっかく萃香が隣にいるので、羽で包むように寄り添うと、なんだか胸の辺りがぽかぽかしてきて、次第に眠くなってきた。二人ならば、なんでもなんとでもなるのだと思う。
最後に、意識が完全に眠ってしまう前に萃香におやすみと言われた気がした。私はそれに返せたのだろうか分からないまま、眠りについた。