私は夢を見ていた。
もしかすると夢ではないのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。とても気持ちがいいのだ。
なにか柔らかくて暖かいものに包まれているような感じだ。いや、柔らかいものの上に乗っているような……よく分からない。ただ分かるのが、体も心もとても暖かく満たされているということだ。
『それ』は私の頭の上か下にあるらしい。もしくは、私が『それ』に乗っているのかもしれない。『それ』に腕をまわして、顔を擦り付けてみる。とてもいい匂いがする。私の好きな香りだ。こころなしか『それ』が動いたような気がした。
顔だけでもこんなにも幸せな気分なのだ、もっと全身で感じてみたい。そう思って、『それ』を押し倒して抱きついてみた。抱きついたら『それ』はもごもごと動いたので、ぎゅっと抱く力を強くしたら大人しくなった。
『それ』は思ったより小さかった。私よりも一回り大きさが違う。包み込むような暖かさを感じたから、もっと大きいのかと思ったがどうやら違うようだ。
あぁ、本当にこれは落ち着いていられる。このままずっとこうしていたいくらいだ。萃香にも教えてやりたい。
……萃香?そういえば萃香はどこにいるんだ?
呼びかけてみるが返事はない。返事がない代わりに、なぜか『それ』が少し熱くなった気がする。
まぁいいだろう。今はこの夢にまどろむとしよう。
「…………るの?………………よ……」
誰かの声が聞こえる。女の声だ。萃香の声ではないのは分かる。だとするとかぐや姫か、それとも紫だろうか。
どうにもまだ頭が寝ているようでうまく聞き取れない。
いまだに私が抱いている『それ』はまだ暖かかった。
「今は動けないんだ。見ればわかるだろう?」
これははっきり聞こえた。萃香の声だ。今萃香は動けないらしい。どうしたのだろうか。
「それをどうにかすればいいんじゃないの?」
かぐや姫の声だった。萃香も『それ』にくっついているのだろうか。逆か?『それ』が萃香にくっついているのか。
……『それ』?じゃあ、あれは夢じゃなかったのか?いや、これも夢なのか?まずい、頭が混乱してきた。
「……!まずいわ、あいつが来たみたい。早くどこかに隠れなさい」
そうかぐや姫が言ったと同時に、私の体は何かに引っ張られた後、襖が閉まる音がした。辺りが暗くなったようだ。妙に現実的である。やはりこれは夢じゃないのか。だが『それ』の感覚は残ったままだ。私は『それ』に抱きついている。
だんだんと意識がしっかりしてきたぞ。まだ眠いが、閉まろうとする目をこじ開けて、辺りを確認する。寝起きということもあり、何も見えない。
今、私はどこか暗くて狭い場所にいるらしい。物置(押入れ、納戸のような場所)か何かだろうか。四方が壁に囲まれている部屋なんて、それくらいしか思いつかない。
見えないながらも、『それ』が何かを確かめようと、むにむにと触ってみる。柔らかい。
「ちょ、ちょっと節、くすぐったいよ」
なぜ、萃香がくすぐったがるのだろう。私は『それ』を……。まて、『それ』を触って萃香が反応するということは……。
急に意識が覚醒し、がばっと体を起こす。そうした途端頭に衝撃が走り、がつんという音が響いた。何かにぶつかったらしい。とても痛くて、すぐに頭を押さえる。
「……大丈夫かい?」
萃香に心配されるが、正直頭が痛いどころの話ではない。いままでなんだか分からなかった『それ』は萃香だったのだ。じゃあ、あの夢の中のこともまさか。
「だ、大丈夫。大丈夫だ」
半分以上自分に言い聞かせるようにして答える。ここに明かりがなくて本当に助かった。今は林檎より真っ赤になっている自信がある。何の自慢にもならないが。
「今、昨日の貴族が来たみたいなんだ。私達の顔を見られたらまずいだろ?」
たしかに襖の向こう側から男の声がする。だが、そんな貴族のことより、今はこの状況のほうが大事(おおごと)だ。
もし、仮にもしだ、あの夢だと思っていたことが現実で、『それ』が萃香だったとしたら、なんて事をしてしまったんだ。あれでは私が萃香に甘えている様ではないか。
一人で悶々としている間に、外では大分話が進んでいたらしい。くらもちの皇子が蓬莱の島に行った話を延々としている。年老いた声が聞こえるからに、どうやら翁もいるようだ。かぐや姫の困ったような声も時折聞こえてくる。
途中、鬼と天狗を蹴散らしたなんて話も出てきた。それは私達のことだろうか。
「紫は間に合ったのかなぁ」
「間に合ったのかなじゃありません。私はこんなにも早起きをしたというのに、あなたたちはこんなところでいちゃついているなんて……」
萃香小さくつぶやいたと思ったら、すぐに近くにスキマが開き、中から紫がにょきっと出てきて、まったくと文句を言ってきた。なぜか暗闇のなかでも紫は、まるで光でも当たっているかのようによく見えた。どういう仕組みなのだろうか。というか、そんなに目立ちたいのか。
体を起こし、いちゃついてなんか、と抗議の声を上げようとして、また頭をぶつけてしまう。同じところだ、とても痛い。涙も出てきた。萃香がぶつけたところを撫でてくれた。心なしか痛みが引いた気がする。
萃香によしよしと頭を撫でてもらっていると。なんとなく夢の中の感覚に近いような気がした。寝ている間にもこうしてもらっていたのだろうか。そう考えると、恥ずかしいような気がしたが、不思議と心は落ち着いていた。なぜだか萃香の胸に頭を預け、撫でられていると、私の胸の奥がじんわりと暖かくなるのを感じるのだ。
「……おたのしみ中のところ悪いのだけど、いいかしら?」
紫は呆れたような顔をしていた。
また頭をぶつけるのではないか、という不安と、このままでいたいという気持ちがあり、そのままの体勢で視線だけを紫に向けた。萃香はずっと頭を撫でてくれている。
紫は一つため息を吐いた後、こんなのに手伝わせて大丈夫かしら、とつぶやいた。失礼なやつだ。
「あなたたちに式神捕縛を手伝ってもらうときは、改めて話にくるから、そのときはよろしくね」
それじゃあねと、スキマと共に消えてしまった。
紫が消えてから少しすると、にわかに外が騒がしくなってきた。紫が連れてきてくれた人たちであろう男達の声が聞こえてくる。
最初は戸惑ったような声だけだったが、まだ金を払ってもらってないよ、というような内容の会話もされ始めると、貴族は途端に動揺し始めた。
結局、貴族が持ってきたものは偽者の作り物だと分かったということで、翁が追い返していた。最初はこの男達は偽者だとまくし立てていた貴族だったが、翁にぴしゃりと言われすごすごと退散していった。ちなみにその場にいた職人の集団には褒美を与えることにしたようだ。
……。
……静かになってしまった。萃香は何も言わず頭を撫でてくれている。私も何も言わずに頭を撫でられている。不思議な時間が過ぎていった。
「あいつは帰ったわよ、ってあら?お邪魔だったかしら」
いきなり光が入ってきて、眩しくなる。襖が開けられてかぐや姫が顔を見せた。
光が差したことで、お互いの姿が見えるようになり、萃香の方を見ると萃香もこちらを見ており、目が合ってしまった。
「あら真っ赤」
かぐや姫が笑っている。私たちは何も言うことができなかった。
「ありがとね、助かったわ」
あの後、のそのそと物置から出て、萃香と二人で正座をしていた。なんとなくばつが悪くてそうしていたい気分だったからだ。
「ありがとうついでに、もう一つだけお願いしてもいいかしら?」
かぐや姫は、かわいらしく小首をかしげながら、手を合わせて聞いてきた。
なんというか、普通にこういう仕草ができるのがかわいい女なのだろうと思う。
「あんまり、面倒じゃなければいいけどねぇ」
同感である。
「たいしたことじゃないわ。私をさらって欲しいのよ」
……は?
そんな、その辺のものを取ってくれとでも言う様に言われても……。
「……そいつはちょっと面倒だねぇ」
……同感である。
「別に今というわけじゃないわ。次の満月の夜に私を連れ戻しに月の使者が来るわ。その時に使者から私をさらって欲しいのよ」
あれ?月に帰りたいんじゃないのか?てっきりそうだと思っていたが。しかも連れ戻しにって、逃げ出してきたみたいじゃないか。
見た目以上になかなか豪胆な性格らしい。
「それは、なんでか聞いていいのかい?」
「ええいいわよ。……もともと月というのは退屈な場所でね、ちょっと悪いことしちゃったのよ。それで怒られてここに落とされたの」
月からみたらここは監獄のような場所なのだろうか。なんだか感じが悪いな。
「別にさらうなら今でもいいじゃないか?なにか使者が来たときじゃないと駄目な理由でもあるのか?」
「前に話した教育係のこと覚えてる?その人と一緒に逃げようかなって」
駆け落ちというやつか。いよいよ物語の様になってきたな。
「ふーん、まぁいいじゃないか?なぁ、節?」
「ん、あぁいいと思うぞ」
こちらとしても、特に異存はないので了承する。
「本当にありがとう。あぁ、そうそう、変な天狗の話だっけ。たしか、しゃめー……、しゃめいなんたらって名乗ってたわ。ここから北の天狗の組織に属しているんですって」
天狗の組織か……。誇り高き天狗が、人間のように群れたりするなんて珍しいこともあるもんだ。たしかに変な天狗と言えるだろう。
「さて、せっかくお願いも聞いてくれたんだし、こちらもお持て成しをしないといけないわね」
お酒なんていかがかしら?と、かぐや姫の誘いに、ぴくっと萃香が反応した。なんだ?酒か?
「じゃあ、決まりね。今夜またここに来てね。まぁ、別にここにいてもいいんだけどね」
ということで、今夜、酒が振舞われることになった。
うーん、酒自体はそんなに好きではないのだが……。前回のようなことが起こるかもしれないし、今夜はあんまり飲まないようにしよう。そう心に誓った。
この話だと職人は切り殺されないし、かぐや姫も爆笑しません。帝も登場しないし、姫にステルス機能もありません。いろいろ竹取物語と違いますね。