ちょっと短いです。
夜になり、節と一緒に畳の間で待っていると、かぐや姫が一升瓶を2本程持ってあらわれた。見た目のわりに力持ちだ。か弱いお嬢様なのは外見だけなのかもしれない。
勇儀のところで飲んだ酒の味を思い出して、少し顔が緩んでしまう。だが、隣にいる節はそうでもなさそうだった。いつものしかめっ面のまま酒を睨んでいる。
節はもう少し笑ったら可愛いと思うのだが、どうしてかいつも仏頂面をしている。もったいないが、そういう顔なのかもしれない。ただ、こんな顔をしながらも変に的を外したことを考えているから面白い。
だが、これで背が高くて鋭さが前面に出ているような顔なら格好がつくのだろうが、私が言うのもなんだが、背もあんまり高くないし、顔も童顔なので微笑ましいだけになっている。
「さぁ、飲みましょう。今夜は特別に私がお酌してあげるわよ?」
かぐや姫にお猪口を渡される。
このかぐや姫はよく分からない。月から来たと聞いているが、ほとんど人間のような感じがする。だが、普通の人間とは何かが決定的に違う。月人だからと言ってしまえばそれまでだが、種族が違うということだけではないような気がするのだ。
何が違うのかは感覚的に分かるだけなので、非常に気持ち悪い。別にかぐや姫本人に敵意はないのだが、どうしても少し警戒してしまう。
「すまない、私はあんまり酒は好きではないんだ」
「それは残念ねぇ。まぁでも美味しいお酒だから、とりあえず飲んでみなさいよ」
節とかぐや姫が、飲む飲まないの攻防戦をしている。私は自分で酒を注ぎ、その戦いを眺めることにした。
かぐや姫が言うように、この酒はなかなかに美味しい。ただ、強くはない。あんまり体に効いてこず、味を楽しむような酒のようだ。これはこれでいいのかもしれないが、私としては、もっとがっつりしたものの方が好きなのだと思う。まだそんなに酒を飲んでるわけではないので、一概には言えないかもしれないが。
戦のほうはかぐや姫が勝ったようで、節が諦めたようにちびちびと飲み始めた。
「あんまり、節をいじめないでおくれよ?」
「あら?いじめてなんてないわ。ただお酒を飲んでもらっているだけよ?」
それをいじめていると言うと思うのだが。
まぁでも、節が酒を飲めるようになり、二人で飲めるようになれば嬉しいので、あんまり強くは言わない。
節は一杯飲んだらすぐにかぐや姫が注いでしまうので、流されて結構な速度で飲んでいる。あまり強くはない酒なのに、すでに顔が赤くなっている。大丈夫だろうか。
「あんたは飲まないのかい?さっきから注いでばっかだが」
かぐや姫が節に注いでばかりいるので、尋ねてみる。というより自分の飲む器すら持ってきていない。まさか直に飲むわけではないだろう。
「私、飲むのより飲ませる方が好きなのよ。他人が酔った姿を見るのは楽しいからかしらね」
いい性格をしている。節はその犠牲者になってしまったわけだ。ご愁傷様だねと笑ってしまう。
だが、私もそれに乗って今は、顔を赤くして、自分の服に付いている梵天(ぼんぼんのこと)をいじっている節の酔った姿でもつまみに、この酒を楽しむことにしよう。
「んー、やっぱり萃香はいい匂いだなぁー」
……完全に対岸の火事だと思っていたが、こちらに飛び火してきてしまった。川は思ったより近かったようだ。
節は、胡坐をかいて座っている私の膝の上に頭を乗せぐりぐりとしている。すごくくすぐったい。これじゃあ朝と同じじゃないか。
今日の朝も寝ぼけた節が抱きついてきたが、どうにも無意識のうちに甘えたがっている節(ふし)がある。別に起きている間に来てもいいのだがなぁ。
そもそも天狗は基本的に組織で行動し、身内間での繋がりが強い種族だと認識している。だが、初めて会った山では天狗は節一人だったはずだ。一匹狼ならぬ一匹天狗といったところか。
見た限りでは、本人に気にした様子がなさそうなので、とりあえずは口を出さないつもりだが、何かあれば力になるつもりだ。
「いいわねぇ、私も膝枕してもらいたいわ」
何をいきなり言い出すのだこの姫は。そんなこと絶対に嫌だ。なにが悲しくて、よくも分からん姫を膝枕しなければいけないのか。
「……そんなに嫌そうな顔しなくてもいいじゃない。それにあなたに対して言ったんじゃないわ」
「じゃあ誰さ。翁かい?」
「おじい様に膝枕なんてされたことないわね。月にいた頃の人よ」
あぁ、前に言っていた人か。
……ん?待てよ、いままで月から来たって事だけに意識が行っていたが、教育係がいたってことは月である程度は生活していたってことだ。その後ここに来て、竹の中に埋まってたってのか?竹に埋まるって表現も変な気もするが。
月から追い出されたとも言っていたから、自発的に小さくなった訳ではないのだろう。つまり、月にはそれができる何かがあるということだ。そして、かぐや姫は見た目以上に生きている。
なんというか、紫の言っていた月の技術とやらの片鱗を見た気がする。
「なぁ、あんたはいったいいくつなんだ?」
「あら、女に歳を聞くものではないわ」
「それは失礼したね」
……月にはまだまだ謎が多そうだ。
会話が途切れてしまったので、手持ち無沙汰に節の濡れ羽色の髪を撫でる。少々硬めなのが手に気持ちいい。この髪質なら伸ばしても映えるだろうに。一回薦めてみてもいいかもしれない。
髪に手ぐしを入れていると、天狗特有の尖った耳が髪から飛び出ているのが気になったので弄ってみる。
「んー?んー……」
弄っていると、なんだか面白くなってきた。ためしに息を吹きかけてみる。どんな反応が返ってくるか楽しみだ。かぐや姫も口に手を当てて、興味深そうに見ている。
「んっ……」
……思ったより、甘ったるい声が節から出てきた。
姫を見ると驚いたような顔でこちらを見ていた。が、次第に悪戯できるものを見つけた、とでも言いたそうな、悪どい顔に変わっていった。そして、こちらに対して、何かに噛むつく様なしぐさをする。節の耳に噛み付けとでも言いたいのだろう。……まぁ、ちょっとは気になるので、乗ってやらんこともないかな。もうほとんど眠りかけているだろう節の耳を甘噛みしてみる。
「あっ、やぁっ」
……そんなに悩ましい声を上げられると、なんだか節を襲っているみたいだ。半分襲っているようなものなのだが。
節の幼い顔から、こんな声が出ているのはなんだか倒錯的であり、禁忌を犯している感覚に襲われる。これ以上はいけないと、頭を振って一度この考えを追い出す。
「お布団でも用意したほうがいいかしら?」
「あ、あんまりからかわないでおくれよ」
かぐや姫がニヤニヤと、いやニタニタと笑っている。すごく腹の立つ笑い方だ。
悔し紛れに酒を勧めてみる。おいしい酒だ、飲んだほうがいい。
「飲んだらどうだい?こんなに美味しいんだ、損するよ」
「この話題はもう終わりかしら?もう少し遊びたかったのだけど。そうね、せっかくだものね、頂こうかしら」
節が飲むのに使っていた猪口をこちらに差し出してきたので、酌をしてやる。
「いいわねぇ、あなた達は仲が良さそうで。その娘、まだ若いんでしょ?大事にしてあげなさい」
月の姫に言われるまでもない。というか、発言が完全に大人のそれだ。こいつは月でどれだけの時を過ごしてからここに来たんだ。意外と私よりも年上だったりして。
まぁたしかに、節はまだまだ若い天狗だろうと思う。妖気もそんなに大きくはないし、それを察知する能力もあまりない。
だが、弱くはない。身体能力は並みの妖怪より上だし、なにより『能力』がある。それが何かは分からないが、あんな竹光もびっくりな刀で鬼を傷つけられるのは、さすがに『能力』がないと説明できない。刀の使い方に優れているわけではなさそうなので、本人も無自覚の内に『能力』を使っているのだろう。隠している可能性も無くはないが、節の性格からいって、それはなさそうである。
だが、技量が伴わない戦い方はいつかは頭打ちになる。私は刀の使い方なんて分からないから、いつかそういったものの師ができればいいと思う。
「ところで、月ってのはどんなところなんだい?」
せっかくの機会だ、月ってのがどんなものなのか聞いておきたい。ウサギが餅つきでもしてるのかねぇ。
「そうねぇ、ここより発展した場所って事はたしかね。機械……からくりみたいのがいっぱいあるわ。あとはウサギね」
本当にいるんだ、ウサギ。
「でも、月人はだめね。長生きだけして、ぐでんぐでんな生活してるからつまらないわ」
……月人の人物像が少し崩れていくのを感じる。優れた文明を築いたところで、それを使うものがだめなら話にならなそうだ。紫が月のものを奪うのは時間の問題かもしれないな。
「さて、その娘も眠っちゃったことだし、そろそろお開きにしましょうか」
と、かぐや姫が立ち上がり、部屋から出て行ってしまった。。
……私はどうすればいいのだろうか。節が寝息を立てて気持ち良さそうにしている。これを起こしてしまうのは忍びない。
まぁ、この状態で一夜を過ごすことになるのも悪くないだろう。
おやすみ、節。
……あっ、まずい足が痺れてきた。