ゼロの使い魔 〜使い魔は冒険者〜   作:まほうつかい

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第十一話 祝宴(あとしまつ)

 『土くれ』のフーケはこの幸運を始祖に感謝していた。

 誰も知らなかった『破壊の杖』の正体、それがこんな所で解明されるなど思っていなかった。

 東方で使われていた兵器だと言うなら価値は倍増する。好事家に売れば一財産になるだろう。

 

(本当はオールド・オスマン辺りを引っ張って来るつもりだったんだけど、こりゃ大当たりだ!

 ……これで『あの子たち』にも楽をしてあげられるね)

 

 フーケは故郷に残して来た『彼女たち』の事を思い浮かべた。

 けれどいきなり大金を送ったら『彼女』は吃驚してしまうかも知れない。

 いつもの額に色を付けたぐらいがいいのだろうか?

 だがそれではいつまで経っても『彼女たち』の生活環境は良くならないだろう。

 

(……いっそ、私が持ち込んだ方がいいのかも知れないね)

 

 考えてみればトリステインに来てから一度も里帰りをしていない。ならば「トリステインで一山当てた」とか言って全額一気に持ち帰った方が自然に受け取ってもらえる筈だ。

 

(……とりあえずこの餓鬼共をどうやって撒こうかね……?)

 

 異様に弁の立つ男にモップでメイジを倒すメイド、そして得体の知れない魔法で自分のゴーレムを粉砕してくれた小娘。

 メイジ二人組も脅威ではあるが、やはりこの『冒険者』なる輩は一筋縄ではいかない様だ。

 先程の『芝居』をもう一度やってみようか?

 だが流石にあれほどの巨大ゴーレムは連発出来ない。

 

(休憩を提案する? 駄目だね、こいつら最初っから退却を前提にしているからかえって怪しまれる。ならどうにかして誤摩化しながら別れるしかないね。問題はどうやって別れるかだけど……)

 

 必死で知恵を巡らせるフーケ。

 そんな『彼女』を冷徹に見る視線があることに、フーケは全く気付かなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 無事に学院の秘宝を見つけ、一行の気が緩んでいたのは間違いない。

 だから突然ルイズが出した指示に戸惑ったのも仕方が無いのかも知れなかった。

 

「トモ、シエスタ! ミス・ロングビルを拘束しなさい!!」

「「「えっ!?」」」

 

 何のことだか解らず呆然とするキュルケとタバサ、そしてロングビル。

 だがルイズの指示が出るや否や、トモとシエスタは常人離れした素早さでデルフリンガーとモップをロングビルに突き付けていた。

 

「ちょっと? 何、何なの!?」

「何事!?」

「こ、これは一体、どう言うことですか!?」

 

 

 意味が分からず狼狽えるキュルケとタバサ、そして鼻先に刃を突きつけられたロングビルは涙目で抗議する。しかし事情が理解出来なかったのは武器を突きつける二人も同じであった。

 

「え、ええと、説明してくれますか? 何だかよく解らないんですが……」

「同感です。これはどういうことなのか詳しく教えてください、ご主人?」

 

 困惑する一同を睥睨し、ルイズはロングビルに向かって言い放つ。

 

「お芝居はもう止めましょうミス・ロングビル。……いえ、『土くれ』のフーケ!!」

「「「「!!」」」」

 

 一同の時が止まった。

 キュルケは驚愕で、タバサは得心で、シエスタは困惑で、そしてロングビルは衝撃で。

 それぞれがそれぞれの理由で絶句する。

 変わらないのはルイズと、腑に落ちた表情のトモだけであった。

 

「な、何を言い出すんですか!? 何を証拠にそんなことを……!!」

「理由は色々あるんだけれど、まずはこのアジトの様子から始めましょうか?」

 

 わなわなと震えながら詰め寄るロングビル。

 そんな彼女に、ルイズは真相を明かす探偵のように語り始めた。

 

「ここに罠を仕掛けたのは予測してたの。でも貴女は直接襲って来た。それが第一の証拠ね」

「どういうこと?」

 

 その推理に首を傾げるキュルケの疑問に、ルイズは不敵な微笑みを浮かべて答える。

 

「私がフーケなら、追撃に備えるより全力で逃げる方を選ぶでしょうね。罠だって落とし穴や虎鋏みたいな仕掛けを使うし、わざわざ待ち伏せなんてしないわよ」

 

 通常なら泥棒が出たのならまず衛士隊に連絡する。しかし衛士隊も準備などがあるため、即座に動ける訳ではない。そして泥棒はその僅かな隙を突いて逃走を図るものだ。間違っても待ち伏せなぞする筈が無い。

 

「ですが、フーケだって休憩や睡眠は必要です! たまたま休んでいた時に私達が来たので仕方無く戦ったのではなくて!?」

 

 焦ったようにもう一つの可能性を持ち出すロングビル。だがルイズは慌てずに切り返した。

 

「貴女がフーケの足取りを追った時間と、そこからとんぼ返りして学院長に報告した時間。そして私達が此処まで来るのにかかった時間。これを全部合わせると、どんなに短くても八時間以上経っている計算になるわ。逃亡中のフーケがそんなに長い時間此処に留まっているなんて、絶対に有り得ない」

「うぐっ」

 

 ルイズの指摘を受けたロングビルが言葉に詰まる。

 それを見たルイズが駄目押しとばかりに一層声を張り上げた。

 

「何より一番の理由は『偶然が続いたこと』よ。『偶然』先生方が大勢外出して手薄だった。『偶然』逃げ出すフーケに気が付いた。『偶然』フーケが一カ所に留まり続けていた。『偶然』フーケがアジトを留守にしていた。『偶然』接近するゴーレムに気付かずに人質になった。そして『偶然』秘宝の使い方が明かされた時に気絶から覚めた。これだけ『偶然』が重なるなんて有り得ない、それこそ人為的なものを疑わずにはいられない程に」

 

 そしてルイズはぴたり、とロングビルを指差して断言する。

 

「もう言い逃れは出来ないわよ、『土くれ』のフーケ!」

 

 ギリッと言う音が響く。ロングビル、いや『土くれ』のフーケの歯軋りの音だ。

 彼女の計画自体は完璧だった。しかし、今回は余りにも想定外のことが多過ぎた。

 強固過ぎる宝物庫、使い方の解らない『破壊の杖』、尻込みする教師陣、頭の切れ過ぎる生徒達、焦り過ぎた自分。

 そして何より目の前に立ち塞がった『冒険者』達。

 未知の敵を侮った訳ではない。彼らの実力が彼女の警戒を上回った、そう言うことだ。

 

(言い逃れる? ……無駄だ、こいつの口には敵わない!

 なら隙を突いて逃げ出す? ……無理だ、あの風竜からは逃げ切れない!

 だったら此処で戦う? ……駄目だ、精神力に余裕が無い!

 ……どうしよう、どうすればいい!?)

 

 どんなに思考を巡らせても、この状況から逃れる術が見つからない。

 最早勝負は着いた。フーケの目に涙が溢れる。それは抵抗出来ない悔しさでも、知謀を見抜かれた怒りでもない、家族との別離を知って流す哀惜の涙だった。

 

(ごめんよティファニア! もう会えない!!)

 

 涙に暮れて頽れたフーケを、キュルケとタバサは冷たい目で見下ろしていた。

 どんな理由があるにせよ、彼女は犯罪者である。情けをかける理由が見つからなかった。

 

 シエスタは複雑だった。

 不謹慎だとは解っているが、彼女の活躍はある種の娯楽でもあったからだ。

 貴族に逆らえない平民達にとって、同じメイジとは言え貴族を出し抜く大胆不敵なフーケの犯行は爽快の一言に尽きる。鬱屈した不満を持て余した平民達は、被害者が増える度にフーケへ惜しみない拍手喝采を浴びせ、その被害者に嘲笑を浴びせかけたものだ。彼女にも覚えがある。

 

 けれどフーケが学院を襲った時、その幻想は打ち砕かれた。

 ゴーレムが逃走を図った時、シエスタの同僚が踏み潰されかけたのだ。

 間一髪で救出した同僚の恐怖に歪んだ顔が忘れられない。

 もしシエスタが『冒険者』で無かったら?

 もしあの場に居合わせなかったら?

 ……ほんの少し運命の歯車がずれていただけで、彼女は永遠に同僚を失う所だったのだ。

 そして賊の正体があの『土くれ』だと知ったとき、シエスタは悟った。

 

 『土くれ』のフーケは噂のような平民の味方じゃない。ただの盗賊に過ぎないのだ、と。

 

 噂の怪盗への失望、その正体への困惑、そして目の前で泣きじゃくる女性への同情。

 色々な感情が混ざり合う。それでも、シエスタは突付けたモップを引こうとはしなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 さて、一見フーケを追い詰めた様に見えるルイズだが、実の所追い詰められていたのは彼女も同じであった。

 

(困ったわね。どのみち縛り首になるんなら、口止めだって効果は無いし)

 

 そう、フーケの正体がロングビルだったことが拙いのだ。

 彼女は『冒険者』に深く関わり過ぎている。レベルアップや神器などの詳しい事情はともかく、『ルイズ達が冒険者である』ことを知る彼女をそのまま衛士隊に突き出す訳にはいかない。

 縛り首確定とは言っても裁判自体はきちんと行われるだろう。そしてフーケの証言と言う証拠があればロマリアだって動く。最悪、異端審問官がダース単位で送られて来てもおかしくはない。

 いっそこのまま口封じを……と考えていたルイズの脳裏に、ある疑問が湧いた。

 

「……ねぇフーケ、貴女どうして逃げなかったの?」

 

 先刻の推理でも語った通り、フーケに待ち伏せの必要は無いのだ。なのに彼女は一旦学院に戻ってわざわざ追手がかかるよう仕向けている。

 何故自ら窮地に陥るような真似をしたのか、ルイズにはそれが解らなかった。

 

「そ、それは……『破壊の杖』の使い方を知りたかったからよ。本当はオールド・オスマンか、教師の誰かを呼ぶつもりだったの。使い方が解らないアイテムなんか、売れないから。……もう意味は無いけれど……………ううっ」

 

 ルイズの詰問に、しゃくり上げながら答えるフーケ。

 そして帰って来た答えを元に、ルイズの頭脳はより深い思考に入る。

 

(使い方が解らないから追手を? そうか、あのゴーレムで私達を追い詰めて『破壊の杖』を使わせようって魂胆だったのね。……あれ? じゃあ何で使い方の解らないものを盗んだりしたのかしら? ………いえ、そもそもどうしてフーケはマジックアイテムを狙うのかしら?)

 

 マジックアイテムは確かに高額で取引される。けれど足が尽き易い。

 売ると言うからにはフーケの目的は金銭だろう。ならば何故、わざわざ足の付き易いマジックアイテムを狙う必要があるのだろうか?

 狙いを貴族に絞っているのも不自然過ぎる。確かに貴族は贅沢な生活を送っているが、大半の貴族は見栄を張っているだけで一部を除けば火の車というのが実情だ。しかも無駄にプライドが高いので、彼らから貴重なマジックアイテムを奪おうものなら執念深く追いすがってくるのは必至。

 相手の立場や状況によっては国軍すら動かしかねない。ハイリスクにも程がある。

 

(……けど、もしもそれに見合う動機があったとしたら?)

 

 あれほど見事なゴーレムを操るからには、噂通りフーケはトライアングルメイジなのだろう。

 学院長の秘書を務めていたのだから能力は高いであろうし、貴族に相応しい気品もあった。おそらく没落貴族なのだろうが、だとしたらそこそこ高い家格の出身と思われる。

 

 しかし秘書や執事は下級貴族が務めるもの、位の高い貴族が着く仕事ではない。

 だが────もしも、上級貴族が没落したとしたら?

 あるいは────仕えた家の問題が家臣にまで及んだとしたのなら?

 

 郎党にまで責が及ぶ罪は二つしか無い。即ち『謀反』と『異端』である。

 ルイズはシエスタに語った言葉を思い出す。

 

『異端を領主に持った家臣団は職を失い野に下り、領民は白眼視されて迫害される』

 

 もし、フーケがその『野に下った家臣』であったとしたら?

 本人に何の罪も無く、ただ仕えた貴族が没落したと言うだけで全て奪われたとしたら?

 そしてトライアングルに届く才能に溢れていたとしたら?

 

「────成程、復讐ってところかしら? 盗みを働く理由は」

「「「「「……えっ?」」」」」

 

 突然のルイズの言葉に、フーケを含めた一同が呆気にとられる。

 その微妙な空気に構わず、ルイズはフーケに話し掛けた。

 

「ねえ、もしかして貴女アルビオンのモード大公に縁がある家の出身?」

「なっ!? ………何のことかしら、私はトリステインの出身よ?」

 

 予想外の台詞にフーケは一瞬取り乱すも、即座に冷静さを取り戻して取り繕った。

 しかしその仮面は続くルイズの言葉にあっさりと剥ぎ取られる。

 

「だって、貴女の立ち居振る舞いはきちんとした教育を受けた貴族のそれよ? それも低い身分のものじゃない、有力貴族の振る舞いだわ。貴女の年でそれほどの大貴族が受けた改易はモード大公ぐらいですもの。もしかしたらと思ったのよ」

 

 フーケは内心で舌打ちする。そこまで読まれているとは思わなかった。これ以上ボロを出せば、ルイズは簡単に『あの子』に辿り着いてしまいかねない。

 剥ぎ取られた仮面を強固に被り直すフーケ。これ以上ルイズに踏み込まれる訳にはいかない。

 ポーカーフェイスの下で何とか誤摩化そうと策を巡らし始めた彼女に、横からトモが口を出したのはそんな時だった。

 

「ああ、前々から少し癖のある話し方だなぁとは思っていたんですが、言われて見れば顔つきもあの国の色が濃い。トリステインの民にしては少し色白ですし」

「え? そんなこと解るの?」

 

 トモの講釈に食いついたルイズに、彼は『アルビオン人の特徴』とやらを列挙し始めた。

 

 曰く、堅苦しく皮肉っぽい台詞が多く、やたらと天候を話題に出したがり、強情なまでに頑固。

 曰く、批判的で内気なくせに気難しく、ちょっと排他的な部分もあり、腹黒さは一級品。

 曰く、どんな材料を使っても素材の風味を消して不味い料理に変えてしまう、等々……。

 

 アルビオン人が耳にしたら激怒すること間違いなしのとんでもない情報の羅列。

 くだらない挑発。そう思って無視していたフーケでさえ、段々エスカレートして行く内容にこめかみが引き攣り出す。

 

「そして女性は二十代を過ぎると急激に太り出し、やたら厚かましくなるので婚期を逃す、とか」

「だぁれが行き遅れかぁああああああっ!!!!」

 

 とうとう我慢出来なくなったフーケが爆発する。

 それを見たルイズとトモがにやりと笑みを交わす。

 

「おや、どうかしましたか? 私はアルビオンの民のことを言ってるのですが?」

「貴女トリステイン出身じゃなかったの? なんでアルビオン人の事で怒るのかしら?」

「ぐ、ぎいぃぃぃぃぃぃぃっ……!!」

 

 飄々としたルイズとトモに、へし折れんばかりに歯軋りするフーケ。

 その様を見てドン引きするキュルケ達。

 

「……これは酷い」

「なんか、フーケに同情しちゃうわ……」

「あれは、ちょっと……」

 

 更にエスカレートするトモの語り。

 アルビオン人が『三枚舌で周囲を混乱させ、都合の悪いことはしらばっくれ、緊急事態でも香茶を手放さない、変態と言う名の紳士』にされた辺りで、フーケの堪忍袋は限界を超えた。

 

「だ、だ、誰が味音痴の腹黒変態淑女で年増の行き遅れだってぇえええええええっ!?」

「おや、私はアルビオンの事を言ってるんですが? 何か気に障る事でもございましたかね?」

「恍けるなぁあっ!! ああ、私はアルビオンのサウスゴータ太守の娘さ。これで満足かい!?」

 

 射殺さんばかりにトモを睨み付け、吐き捨てるように己の身上を暴露するフーケに、ルイズは驚いたように両手を打ち鳴らす。

 

「あらやだ、本当にモード大公の家臣だったの? 適当に言ってみたのに」

「なっ!?」

 

 実の所、ルイズの推論とはフーケが貴族に恨みを持っているから貴族を狙うのではないか、と言う程度のものだった。そこで知る限りでは近年最大の改易を例えに持ち出したのだ。

 そんな彼女のカマ掛けに、フーケは見事に引っ掛かったのである。

 

「な、何言ってんだい!? あんなにわざとらしく貶しておいて……!!」

 

 慌てて取り繕ってももう遅い。青筋を浮かべてルイズに詰め寄るフーケだが、その答えは未だ剣を構えたままのトモから返って来た。

 

「お忘れですか、ミス・ロングビル。私は極東から呼ばれて来たんですよ? トリステインのことすら良く知らないのに、アルビオン人の特徴なんて知る訳無いじゃないですか」

「うぬっ!? じゃ、じゃあ先刻の悪口は……」

「女性が嫌がりそうな単語を適当に並べただけです」

 

 トモはいっそ爽やかなまでに、はっきり断言した。

 余りにも酷過ぎる答えにフーケは絶句する。

 ノリノリで糾弾していたルイズでさえ「それは酷すぎない?」と顔を顰めたのだから。

 

「……まあいいわ。貴女がマジックアイテムを盗むのは貴族に恥をかかせるため、でいいの?」

「だったらどうするんだい? 今この場で死刑執行でもするのかい?」

 

 眉間を揉みほぐしつつ動機を確認してくるルイズに、フーケは挑発的な態度で答えるものの、内心では焦りまくっていた。何しろルイズの目的が読めないのだ。

 殺すつもりの相手を詳しく知ろうとは思うまい。余計な情が湧いて殺し辛くなるだけだ。

 だからといって見逃す筈も無い。『土くれ』のフーケと言えばトリステインを散々騒がせた大盗賊、王宮に突き出せばかなりの名誉になるだろう。名声に拘るトリステイン貴族にとって、彼女の首は同じ重さの金貨よりも価値がある筈だ。

 見逃すとは思えないが、殺す訳でもない。さっさとふん縛ってしまえば良いものを、それすらしないで尋問するだけ。

 

(何なんだこいつ……一体、何が目的なんだい?)

 

 背中に冷や汗がじっとりと浮かぶ。内心の焦りが最高潮に達した時、ルイズはポンと手を叩いてフーケに提案した。

 

「そうだ! ねえフーケ、私達に雇われてみないかしら?」

「「「「「はい?」」」」」

 

 ルイズを除く、その場に居た全員が全く同じ反応をした事にフーケは気付けなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 朝の日差しが差し込む学院長室で、オールド・オスマンは任務の達成報告を帰還した『六人』から受けていた。

 

「……と、言う訳でこちらにも多少被害は出ましたが、許容範囲ですし問題は無いかと」

「しかし、こうして秘宝が戻って来たのは僥倖じゃ。よくやってくれたの」

 

 オスマンの労いを受け、誇らしげに胸を張るルイズ。

 そんな彼女とは対照的に、キュルケ達はバツが悪そうな表情で所在無さげに佇んでいる。

 挙動不審気味なキュルケ達に首を捻るオスマンだったが、コルベールの咳払いで言葉を続けた。

 

「秘宝は無事に宝物庫に収まった。これでフーケを捕らえていたら『シュヴァリエ』位は賜ったかも知れんが、彼奴めを逃してしまってはの……。代わりと言っては何じゃが、儂の方から報奨金を出しておくぞ。大金とまでは行かんが、小遣い程度にはなろうて」

「よろしいので?」

「構わん構わん。事情が事情だけに王宮には内緒じゃからな。口止め料とでも思えば良い」

 

 トモの疑問をオスマンは呵々と笑い飛ばし、用意しておいた小袋をそれぞれに渡す。

 小袋の中には十エキュー相当の新金貨、確かにルイズ達貴族にはお小遣いでしかない。が、平民のシエスタにしてみれば大金だ。受け取る手が震えるのも無理は無い。

 

「い、いいんですか? 勝手に着いて行った私がこんなに戴いてしまっても……」

「その金は『冒険者』としてのお主に払う正当な報酬じゃよ。素直に受け取っておきなさい」

「そうよシエスタ。貴女だって活躍したんだから、もらう権利はあるわ」

 

 恐縮するシエスタに苦笑しながら、オスマンとルイズは彼女に袋を押し付ける。

 

「そうそう、今夜の『フリッグの舞踏会』じゃが、予定通り執り行うぞい」

 

 オスマンは手を打ちながらそう告げる。それを聞いた途端、キュルケの顔が輝いた。

 

「そうでしたわ! フーケの騒ぎですっかり忘れていました!」

「今夜の主役は君たちじゃ。せいぜい着飾るのじゃぞ」

 

 その言葉に礼を返して退室する一行。

 その背中に、思い出したようなオスマンの言葉が投げ掛けられる。

 

「ああ、ミス・ヴァリエールとミスタ・ヤナギーダはちょっと待ってもらえんか? 聞きたい事があるでの」

 

 その台詞に思わず立ち止まるキュルケ達だったが、ルイズが「先に行ってて」と言うと心配そうな顔をしながら扉の向こうに消えていく。そして彼女達が姿を消すと、オスマンはそれまで浮かべていた好々爺の顔を引っ込めて眼光鋭い猛者の顔を表した。

 

「……ミス・ヴァリエール。何故、『冒険者の洗礼』を受けた?」

「やっぱり気付かれてましたか。誤摩化しは……出来ませんわね、流石に」

 

 単刀直入なオスマンの追求にルイズは肩を竦め、トモは顔を覆って天を仰ぐ。

 

「あの、どうしてご主人が冒険者になったと思われたのですか?」

 

 トモの疑問も当然だろう。ルイズの事情は皆に口止めしている。オスマンへの報告にも一切そのことは触れていなかったのだから。

 

「何、簡単な事よ。挙動不審なミス・ツェルプストーやミス・タバサ、お主をちらちら横目で見てくるミス・シエスタ、何より『彼女』が見せた怯え様は尋常じゃないわい。お主達の特殊な事情を知るものからすれば、何があったかを推測するのは簡単じゃろうて」

「……ああ、彼女達の態度からの推測ですか。それでは口止めも意味ありませんね。盲点でした」

 

 呆れたような、安心したようなオスマンの台詞に、トモは再び天を仰いだ。

 隠蔽を見抜かれて嘆息するルイズとトモに、今度はコルベールが詰問して来た。

 

「何故です、ミス・ヴァリエール? 君は魔法こそ使えないが聡明な生徒でした。そんな君が『冒険者』になることの意味、よもや知らない筈もないでしょうに」

「確かに、私の選択は始祖の教えに背く行為かも知れません。……ですが!!」

 

 コルベールの指摘にルイズは俯く。しかし再び面を上げた時、その目には昏い炎が宿っていた。

 

「私は何度も始祖に祈りました! 母様や父様、姉様達のようにとは言わない、ドットでもいいから魔法の才能が欲しいって! 毎朝毎晩毎日、繰り返し繰り返し、自室で、礼拝堂で、食堂で、教室で、王都で、領地で、他国で、道中で、どんなときでも、どんな所でも!!」

 

 いつしか鳶色の大きな目に涙をたたえながら、ルイズは誰にも明かした事の無い胸中を明かす。

 

「魔法の教本ならボロボロになるまで読み返しました! ルーンだって全部暗唱出来るまで繰り返しました!! なのに、全然魔法は使えなかった! あんなに一生懸命お祈りしても、始祖は応えてくれなかった!!」

 

 それは彼女が生きた十六年分の澱だった。魔法が使えないが故に嘲られ、それでも大貴族の息女と言う身分を妬まれ、助けを求める悲鳴を黙殺された少女の嘆きだった。

 オスマンとコルベールは沈痛な表情を浮かべ、トモは黙したまま何も語らない。

 

「だから、私は選びました! 私を見捨てた始祖ではなく、私の祈りに応えてくれた神を!!

 ────自分の運命を自分で切り開く『冒険者』の道を!!!!」

 

 ルイズの絶叫にも似た悲痛な告悔。

 彼女が縋った始祖は何もしてくれなかった。けれど運命の神は、自分を殺してくれるであろう『冒険者』を待つ神は、そんな彼女に応えてくれた。

 その事実は信仰心に篤かったルイズをして異端に走らせるには充分過ぎたのである。

 

「……ですが、貴女はトリステイン有数の大貴族たるラ・ヴァリエール公爵の息女なのですよ?

 そんな貴女が異端に堕ちたと知られれば、この国が未曾有の大混乱を起こすのは必至ですぞ!」

 

 ルイズの壮絶な告悔に絶句していたコルベールが慌てて捲し立てる。見れば隣に立つオスマンも厳しい顔で頷いていた。

 異端審問はブリミル教圏とも言えるハルケギニアにおいて最大の不名誉である。名誉を何よりも美徳とするトリステインの公爵家ともあろうものが、自ら異端に堕ちる意味を知らない筈も無い。

 だが、そんな二人の懸念に応えたのはルイズではなかった。

 

「ふむ、そのことでお二人と『貴女』にお願いがあるのです。お聞きいただけますか?」

 

 そう語り掛けて来たトモの顔はオスマンとコルベール、そして『彼女』の目にはまるで取引を持ち掛ける悪魔のように見えたと言う。

 

 

 

***

 

 

 

 アルヴィーズの食堂の上階に設えた大きなホール。そこが『フリッグの舞踏会』の会場である。

 豪華な料理が盛られた卓の周りで思い思いに着飾った生徒や教師達が歓談している中にあって、一際目立つ一団が居た。

 燃えるような緋色の髪とは対照的なきわどい黒のドレス姿のキュルケ。

 同じく黒のドレス姿ながら、シックに纏められたタバサ。

 そして一番目立っていたのが、その黒髪を引き立たせる淡いパステルカラーのドレス姿のシエスタであった。

 

「ほ、本当に平民の私がこんな所にいてもいいんでしょうか?」

「いいのよ、学院長も『私達が主役』って言ってくれたしね」

「元々ルイズは貴女を出席させるつもりだった。じゃないとそんなドレスを用意したりしない」

「は、はうぅ……」

 

 ガチガチに緊張しているシエスタを、キュルケとタバサが宥めている。

 舞踏会の準備に大わらわだったシエスタを拉致同然にかっさらい、ああでもないこうでもないと取っ替え引っ替え着せ替えさせたのが少し前。何が起きているのかさえ把握出来ないままに着替えさせられた彼女が現状を認識したのは、舞踏会の会場に引っ張り出された後である。

 平民である彼女にとってこんな大舞台は初めてどころか場違いでさえあったのだが、名目上シエスタの主人であるルイズは強引とも言える論法で彼女と周囲の関係者を説得した。

 曰く「シエスタはもう学院のメイドじゃなくて私の侍女です。その上、フーケ探索では重要な役目を果たしてくれました。そんな彼女を舞踏会に参加させても何ら問題は無い筈です」と。

 当然反発もあったのだが、今度は使い魔であるトモが説得と言う名の脅迫を行う。

 曰く「フーケ探索の功労者を労わずして何が貴族ですか? ……ああ、貴族としての責務も果たせなかったくせに体面を気にしても今更ですよ?」と。

 こうしてシエスタの出席は決定され、こうして舞踏会の会場に立っている訳なのだが……

 

「な、何か注目されてるような気がします。や、やっぱり場違いですよね?」

「やあねぇ、心配のし過ぎよ。それに貴女、そこらの有象無象よりよっぽど可愛いわよ?」

「大丈夫。自信を持って良い」

 

 何せつい昨日まで夢にさえ見なかった出来事である。おまけに緊張し切った彼女を気遣い、次々舞い込むダンスの誘いをキュルケが片っ端から断るせいで肩身が非常に狭い。

 そうこうしている内にまた一人男子生徒が歩み寄り、その手を差し伸べる────キュルケではなく、シエスタに向かって。

 

「勇猛果敢なる勇者のお嬢さん。宜しければ私と一曲お付き合いいただけますか?」

「……え?」

 

 ぽかんとするシエスタ。一瞬呆気にとられたキュルケだが、すぐに満面の笑みを浮かべて彼女の背中を押し出した。

 

「ほら、行ってらっしゃいな! 殿方を待たせないのも、一流の淑女の嗜みよ?」

 

 若干パニックに陥ったシエスタだったが、やがておずおずと差し出された手を取る。

 

「え、ええと……はい、こんな私で宜しければ」

「おお、イーヴァルディの再来たる貴女のお相手を務められるとは!」

「いやそんな! イーヴァルディの勇者様と比べられるなんて!」

「いえいえ、その身を賭して貴族の間違いを正し、あの盗賊フーケの討伐に赴いて見事秘宝を奪還せしめた貴女は彼の勇者にも劣りますまい! ご謙遜なさらず、堂々とその武勇を誇りなされば宜しいのです。貴女の功績の前には、雛鳥のさえずりなど風に散る朝靄の如く霞むのですから!」

 

 過剰なまでにシエスタを褒め讃える男子生徒。

 男子生徒の友人らしき生徒達が「……あいつ、本気だったんだ……」等と囁き合うのを横目で眺めつつ、適当な相手を見つけるべく行動を起こそうとしたキュルケの目がある人物を捉える。

 寂しい頭頂部を大きな金髪の鬘で隠したコルベールの誘いをやんわりと断り、涙目になった彼の見送りを受けて歩み寄る『彼女』に、キュルケは手にしたワイングラスを掲げて見せた。

 

「良かったのかしら? ミスタ・コルベール泣いてたわよ、『ミス・ロングビル』?」

 

 そう、結い上げられた髪に合わせたエメラルドグリーンのドレスに身を包んだ麗人こそ、学院長秘書のミス・ロングビルこと『土くれ』のフーケその人であった。

 水を向けられたフーケは通りかかったメイドからグラスを受け取って一気に呷り、一息ついてから胡乱な目でキュルケを睨み付ける。

 

「ふん、アンタ達のお陰で仕事は失敗、そのうえあんな取引まで持ち出されちゃ、呑気に踊ってなんて居られないっての!」

「あらあら、あの条件を呑んだのは貴女でしょ? 恨むのはお門違いだわ」

 

 フーケの恨み言を飄々と躱すキュルケだが、内心では彼女に同意していた。

 あの時、あの廃屋の前で拘束されたフーケにルイズが出した条件は、キュルケ達をして目を剥き絶句させる程の威力を備えていたのだから。

 

『ねえフーケ、貴女ほどの腕前なら何処にでも忍び込めるわよね? だったらちょっとロマリア行って、私達のこと知られないように工作してもらえるかしら?』

 

 それはフーケならずとも言葉を失う行為だった。

 ロマリア、正確にはロマリア連合皇国はハルケギニアの他の国々とは違い、ブリミル教の全ての権威を預かる教皇が直接治める宗教国家である。そこに単身乗り込み、よりにもよってルイズ達の異端認定を妨害しろと言うのだ。

 フーケならずとも「それは死ねって言ってるのかい?」と漏らしたくなる。

 

 しかしルイズは笑いながら否定した。

 

 現在ルイズ達のことを知っているのはキュルケ、タバサ、オールド・オスマン、コルベール、そしてフーケしか居ない。この四人が口を噤んでさえ居れば、ルイズ達は『珍しい東方の技を使う』程度の認識で済む。一生徒が画策するにはスケールの大き過ぎる策略だが、その『万が一』が起こる確率が低いのだからある意味飼い殺しとも言える。

 

 この前代未聞の大仕事に対する報酬もやはり前代未聞であった。

 

『別に今まで通り盗賊稼業は続けても構わないわ。ヴァリエール領と魔法学院から盗みさえしなければ私は関与しないもの』

『……ツェルプストー領も含めといてもらえるかしら?』

『……ガリアでは止めてもらえると助かる』

 

 ころころ笑って酷いことを言うルイズに、キュルケとタバサが追随する。

 けれどフーケが最も心惹かれた報酬は、何の気もなくルイズが口にした台詞であった。

 

『後は、そうね……、危なくなったらヴァリエールで匿うわよ? 勿論、貴女のお仲間も』

 

 その言葉を聞いて真っ先に浮かんだのは故郷の村で待つ『あの子』のこと。

 無論完全に信用出来る訳ではないが、いざと言う時に逃げ込める場所が出来たことは歓迎すべきであろう。それにロマリアにはあらゆるマジックアイテムに関する情報が集まってくる。フーケにとっても利はあるのだ。

 此処までは問題ない。いや、問題はあっても自力で解決可能な範囲に収まっている。

 自力では解決出来ない問題、それは……

 

「……で、結局どういう風に纏まったのかしら? あの子ったら『当てが無ければ作ればいいのよ!』としか言わないんだもの」

 

 長い回想からきらびやかな舞踏会の会場に意識を戻したキュルケは、何やら自棄になったようにワインを呷るフーケに聞いてみる。その問い掛けにフーケは鼻を鳴らし、呆れ声で学院長室での取引の内容を明かした。

 

「……あのお嬢ちゃん、とんでもないね。オールド・オスマン経由で『鳥の骨』につなぎを取らせるなんて、どうやって思い付いたのやら……」

「『鳥の骨』? ……って、マザリーニ枢機卿!?」

 

 キュルケが驚くのも無理は無い。王位不在のトリステインの政治を一手に引き受けるマザリーニを頼ると言うことは、即ちトリステインを巻き込むことに他ならないのだ。

 だがフーケはもう一度鼻で笑うと、彼女の勘違いを訂正した。

 

「ああ、もちろん詳しい事情は知らせないよ。オールド・オスマンからは『ロマリアで働きたいメイジを受け入れてくれる神官を紹介して欲しい』としか伝わらないからね」

「成程、要するにコネを使って堂々と潜入するって訳か。正式な、それも枢機卿の紹介なら疑われないって所かしら?」

 

 そう、問題は『どうやってロマリアにフーケを送り込むか?』と言う難題であった。

 単身乗り込んだ所で異端審問に関わる重要な役職に近づける訳が無い。だからある程度高い地位の神官に近付く為に、ルイズが頼ったのがマザリーニである。

 彼はロマリアにおいて教皇候補に指名される程度には影響がある。

 それを利用すれば少なくとも出自を疑われることは無いだろう。

 

「あのお嬢ちゃんもヤバいけれど、あの使い魔はもっとヤバいね。あの交渉、アンタ達にも聞かせてやりたかったよ」

 

 トモがオスマン達に持ち掛けた策謀は、ルイズがフーケに持ち掛けた取引そのままであった。

 ただし、トモはオスマン達に『ロングビル』の正体を明かしていない。その上で『ロングビル』をロマリアに送り込む────この突飛な提案を呑ませる為にトモが用意した言い訳がこれだ。

 

『ロングビルの没落にはロマリアの陰謀が関わっているかも知れない。だからそれを確認する便宜を図る代わりに、ルイズ達の秘密を守って欲しい』

 

 普通なら誰も信じない、苦し過ぎる言い訳。

 しかしトモは問題を殊更強調し、論点を微妙にずらし、虚実を取り混ぜてあやふやにして、遂にはオスマン達を煙に撒いてしまったのだ。

 

『道すがらに聞いた彼女の話から大体の見当が付きました。とは言え、これはあくまで想像の話、事実であるかどうかは解りません。ですが、愛する家族や領民達と引き離される悲しみを語ってくれたミス・ロングビルの涙に、私はどうにかして報いたかったのです』

 

 ぽろぽろと涙を零しながらの訴えは思いのほか説得力があったらしい。嫌らしいことに、ルイズ達の問題はあくまでも言い訳にしか過ぎないような印象を植え付ける語り口で。

 オスマンとコルベールは号泣しながら『ロングビル』に最大限の便宜を図ることを約束。そこにルイズが『だったらマザリーニ枢機卿を頼ってみては?』と畳み掛け、あれよあれよと言う間に『ロングビル』のロマリア派遣が決定してしまったのである。

 

「あれは一流の詐欺師のやり口だね。正直、敵に回したら厄介どころの話じゃ無いよ」

「……彼の話術にルイズの頭脳が加わったら、もう無敵なんじゃないかしら」

「…………非常に手強い」

 

 何故か出会ってはいけないもの同士がくっ付いてしまったかのような、取り返しのつかないものが産まれてしまったかのような悪寒に身を震わせる三人。曲が終わり、慣れないダンスから解放されたシエスタがそんなキュルケ達の元に歩み寄るのと、ホールの扉に控えた衛士がルイズ達の到着を告げるのは殆ど同時であった。

 

「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢、ならびにその使い魔ヤナギダ・トモ様のおな〜〜り〜〜!!」

 

 壮麗な扉が大きく開かれてルイズがその姿を見せた途端、ざわめいていたホールは一瞬にして静まり返る。

 長いピンクブロンドの髪をバレッタで纏めた小さな顔は、白いパーティードレスと相俟ってまるで宝石のように輝いて見えた。薄化粧だけのシンプルな装いも、肘までの長手袋の白さも、開いた胸元で揺れる三本の剣を重ねた聖印も、ルイズの高貴な美貌に良く映える。

 そしてその後ろに控えている使い魔もまた、普段とは違う装いを見せていた。

 無造作な短髪はオールバックに固められ、艶やかな黒い髪がエキゾチックな雰囲気を醸し出す。

 服装こそ何の変哲も無い黒の燕尾服姿だったがビシっと決まっており、いつものコート姿とは雰囲気が違う。背中に背負ったデルフリンガーだけが場違いだったが、それすらアクセントとなって彼を一流の従者に見せていた。

 

「あらシエスタ、そのドレス似合ってるわ、私の見立て通りね!」

「あらルイズ、貴女が選んだドレスはどれも地味だったわよ? シエスタにはもう少し派手な方が似合うと思うわ」

「………(がつがつ)」

「あ、あの私皆さんみたいに奇麗じゃないし、こんなドレス初めてだし、ええと、ええと……」

「いえいえ、とても良くお似合いですよシエスタさん。……むしろ私の方が場違いっぽいんですが」

 

 ルイズの感性に駄目出しするキュルケ、我関せずとご馳走を食い荒らすタバサ、そしていっぱいいっぱいなシエスタに何故か落ち込んでいるトモ。

 三者三様ならぬ五者五様に振る舞う彼女達を取り巻く生徒達を急かすように、楽士達が静かに音楽を奏で始める。それに勇気づけられたのか、生徒達が一斉に群がって盛んにルイズ達へダンスの誘いを申し込み始めた。

 殆どがキュルケ狙いであったが、意外な美貌を見せたルイズや、貴族の令嬢には無い素朴な可愛らしさを持つシエスタに熱い視線を送る男たちも多かった。タバサは興味が無いのか料理に向き直り、つられてトモも料理に手を伸ばそうとして……裾を引っ張られた。

 振り返ればそこに居たのは若干不機嫌な表情のルイズ。戸惑うトモに向かい、彼女は白い長手袋に包まれた手を差し伸べた。

 

「大勢に誘われていませんでしたか?」

「着飾った途端に群がって来るような安い男は御免だわ」

 

 ルイズの顔と差し出された手、そしてニヤニヤと笑顔を浮かべてこちらを窺う友人達を見比べ、トモは嘆息して天を仰ぐ。

 

「……ダンスの素養はありませんからね?」

「あら、ようやく貴方の弱点を見つけたわね!」

 

 ころころと笑うルイズの手を取り、トモは恭しく頭を下げた。

 

「それでは僭越ながら、一曲踊って頂けますかレディ?」

「もちろんお受け致しますわジェントルマン!」

 

 並んでホールに向かう二人。

 『邪魔だから』とその場に置いて行かれたデルフリンガーが小さく笑った。

 

「こいつはおでれーた! 主人のダンスの相手を務める使い魔なんて、初めて見たぜ!」

 

 

 

***

 

 

 

 どうにか踊り抜いたトモだったが、その後キュルケとシエスタにもダンスを申し込まれ、挙げ句見知らぬ女生徒からも熱烈なアピールを受ける羽目になった。

 これ以上晒し者になる気の無かった彼はどうにか煙にまき、デルフリンガーと幾つかの料理を抱えてバルコニーに逃げ込む。

 

「……想像以上にパワフルな方々ですね。まるで獲物を追い詰める猟犬みたいです」

「カカカッ、そりゃ言えてる! 皆あの嬢ちゃん達のおこぼれに預かりたいんだろうさ!」

 

 デルフリンガーの混ぜっ返しにげんなりしながら、テーブルからかすめ取って来たワインと料理に手を着ける。贅の限りを尽した料理は確かに美味で、高級であろうワインにも良く合う。

 けれどトモにはどこか物足りなく感じられた。

 

「マルトーさんの創作料理の方が美味いと感じるのは、私の舌が貧乏だからですかね?」

「そりゃ旦那、アンタの為に作った料理と見知らぬ誰かの為の料理じゃ気合いの入り方も違うってもんさ」

「……そう言うものですかね?」

 

 けたけた笑うデルフリンガーに同意しつつ、トモは天を仰ぐ。

 夜空に浮かぶ赤と青の月が、バルコニーに立つ一人と一振りを照らし出す。

 トモのグラスはいつの間にか空だった。継ぎ足そうと瓶を持ち上げ、手応えが軽い事に気付く。

 どうやら一本丸々空けてしまったようだ。

 

「……酒、弱かった筈なんですがねぇ」

 

 代わりを求めてホールに戻ろうとするトモの目の前に白の塊が現れる。

 真っ白なドレスの美少女。言うまでも無く、ルイズであった。

 

「楽しんでるみたいね」

「楽しんでいるかどうかはともかく、美味しい思いはしていますね。これで私を付け狙う方々の視線が無ければ言う事は無いんですが」

 

 トモが群がる女生徒から抜け出し、バルコニーに逃げ込む様子はルイズ達も目撃している。

 その時の事を思い返して吹き出すルイズに、彼は憮然としながら零す。

 

「昨日の大荷物の正体がコレだって知っていたら、昨日の内に燃やしておくところでしたよ。シエスタさんなんて物凄く緊張しちゃってるじゃないですか、可哀想に」

「でも可愛いからいいじゃないの。貴方も結構似合ってるわよ?」

 

 そう、彼らが着ている礼服は先日トリスタニアに向かった際に購入したものだった。

 ちゃっかりトモとシエスタの分まで確保して、彼らを驚かせようと内緒にしていたらしい。

 悪戯っ娘のようにころころと笑うルイズに、トモは少し躊躇ってからその疑問を口にする。

 

「……ご主人は『冒険者』の道を選んだ事に後悔は無いんですか?」

「無いわね」

 

 あっさり断定したルイズを思わずまじまじと覗き込んでしまうトモ。

 一方ルイズは無い胸を張り、実に堂々とした態度で彼を見返した。

 

「『私の人生は私の取り分』なんでしょう? だったらこれを元手に大穴に賭けるのも私の自由、損をしようが得をしようが私自身が選んだ答えですもの。後悔なんて必要ないわ。そうでしょ?」

 

 そこに居たのは自分の選択に誇りを持つ、立派な『冒険者』だった。

 その答えを聞き、一瞬だけ目を丸くしたトモだったが直ぐにいつもの無表情に戻る。

 

「……判りました。その覚悟、私は敬意を持って賞賛します」

「何よ、いきなり改まって?」

 

 突然居住まいを正すトモに、ルイズは目を白黒させる。

 そんなルイズを微笑ましく思いながら、トモは彼女に『お願い』をした。

 

「ところでご主人。ギルドを組んだら名前を付けなければなりません。後でシエスタさんも交えて相談しようと思っていたんですが、よければ私に付けさせてもらえませんか?」

「え? ……いいけど、あんまり変なのは駄目よ?」

「大丈夫です、いい名前を思い付きましたから。……怒らないで下さいね?」

 

 それを聞き、ルイズの眉が危険な角度に吊り上がる。

 

「……言って見なさい。その上で制裁するから」

「制裁は決定事項なんですか? ……コホン、では……

 もうそれ以下が存在しない極低温、後は熱くなるだけしかない絶対零度を表す言葉で、

 

 『アブソリュート・ゼロ』

 

 なんてどうでしょうか? ハルケギニア最初の冒険者ギルドには相応しいと思うんですが」

 

 ルイズはその言葉を舌の上で転がしてみる。

 『ゼロ』の呼び名が入るのは気に入らないが、言葉の響きはいい。

 何より『これより下が無い、だから後は上がるだけ』というその意味が素敵だ。

 成程、確かにハルケギニア最初の冒険者ギルドに相応しい。

 ルイズは花のような笑みを浮かべると、トモに向かって宣言する。

 

「いいわ、それで行きましょう。私達は今日から冒険者ギルド、『アブソリュート・ゼロ』よ!!」

 

 そしてこの日、神様に挑む愚者達の、余りにもささやかな旗揚げがなされたのであった。

 

 

 

 

 

 

CONGRATULATIONS!

THE 1ST SCENARIO ACHIEVEMENT!

 

シナリオ経験値:10(×3)

 

追加ボーナス

・セッションに参加した:1(×3)

・セッションで活躍した:1(×3)

 

達成したクエスト

・ヤナギダ・トモ:『破壊の杖』の奪還(追加EXP:5 報賞:任意のアイテム一点を得る)

・ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール:『破壊の杖』の奪還(追加EXP:5 報賞:任意のアイテム一点を得る)

・シエスタ:ギーシュと決闘(追加EXP:3 報賞:一回だけギーシュに命令が出来る)

      『破壊の杖』の奪還(追加EXP:5 報賞:任意のアイテム一点を得る)

 

 

 

ギルド名:『アブソリュート・ゼロ』

・ギルドスキル:耳打ち

 

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